これは夢に向かって走り始めた彩葉とヤチヨの、ちょっとした後日談。
タイトルは最後まで読んだらきっと分かるはず!

書きたかったもの
・ヤチいろ過激
生まれ落ちたもの
・なんかすんご~~いしんみりするいろヤチ。


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コメディが書きたかったんだよ私は!!


第1話

 それはとある少女に夢ができてから、幾日も経ったある日のことだった。

 

 「……あれ?」

 

 電気を消して、枕に頭を置いた少女──彩葉は、ふと自分が何かを忘れていることに気が付いた。

 なにを忘れているかは分からない。ただ、それはとても大事なことで、自分にとってかけがえのないものだったことだけは覚えていた。

 

(え~、なにこのモヤッとした感覚)

 

 人生を全速力で生き急いでいるめちゃ頑張り彩葉は、常にハードなスケジュールをこなしている。そんな中、夢を掴むための努力まで始めたのだから、社畜も真っ青になるほどの疲労困憊の毎日。

 できることならさっさと寝たいけど、この不可思議な不快感が睡眠の邪魔をするのだ。

 

 ハァ、とため息をついた彩葉は、枕元に置いたスマホを見る。

 最近は色々なことがあった。夢のために先生やお母さんを説得して、どうにか東工大への挑戦を了承してもらった。芦花や真美にも事情を説明して、受験勉強に全力をかけるために遊ぶ回数が減ることも許してもらった。バイト先は変わらないけど、勉強時間を確保するために前よりも少しだけ、ほんの少しだけシフトの調整をしてもらった。

 

 「う~ん、今日は夜に予定なんて入れてないし……」

 

 お兄ちゃんとは特に何もないし、かぐやが残していったモノとかでもないし、などと浮かんでは消えて、また浮かんでは消えてと思考すること十数秒。

 段々と悩むことにも疲れてきた彩葉は、手慰みにと近くに置いてあるヤチヨぬいをひょいと持って、

 

 ────ん? ヤチヨ?

 

 ふとタブレットを開き、いつものTukuyomitubeを開くと、そこには推しの配信枠が一つありけり。

 

 「……え!? ヤチヨの配信って今日っ!?」

 

 なんで私は忘れていたんだと驚愕しつつ、いったいいつから配信が行われていたのかと見れば既に1時間も前。

 あれだけ追いかけていた推しの配信を見逃すとは何事か。ただ、最近は忙しかったから寝る時間がいつもより少なかったし、ツクヨミにもログインできてない。仕方ないと言えばそうなのだけれども───。

 

 『それじゃあ次が最後! みんなはどんなセリフをヤチヨに言ってほしい?』

 

 アーカイブ無しのメン限ASMR配信を見逃した自分が憎い。

 ヤチヨは未来のかぐやで、彩葉が必ずもう一度人間にしてあげたいと願った相手。そんな自分の将来を捧げる推しの配信を逃すとは、なんて愚か者なのだろうか。

 

 「ぐぬぬ、せめて最後だけでも聞かないと」

 

 ヤチヨはこういった特殊な配信はあまり長引かせない傾向がある。万人に好かれるためにはクリーンなイメージも必要なため少ないのだろうが、そのぶん1回の配信が濃密であることは言わずもがな。

 しかし、それでも推しのファンサービスはいくらあっても足りないものだと、コメント欄にはヤチヨに言ってほしいセリフが濁流となって上へと流れていく。さすがは8000歳AIライバー、その人気度合いは計り知れない。

 

 彩葉は自分もなにか打つべきかと悩んだが、浮かぶことはあまりなかった。疲労のせいか、はたまたヤチヨの過去を知ってしまったせいか。

 そこまで考えた上で彩葉はふと、一つだけ思いついた。

 

 これは甘えでしかないけど、願わくば届いてほしい。そんな想いを込めてコメントを入れる。

 祈るようにヤチヨを見れば、ふと画面越しに目が合った気がした。

 

 『ふふ、それじゃあ最後はこれにしよう!』

 

 ────ねえ、このあとヤチヨの部屋でもう少しだけお話しない……?

 

 まるでそこにいると錯覚するほどの蕩けるような甘い声。かひゅっと漏れ出た吐息とともに、彩葉は自分の体温が急激に高くなるのを感じた。

 

 『それではみんな、今日も来てくれてありがとね! さらば~い☆』

 

 いつもなら最後はおやすみ程度の爽やかなものが多い中、これほど湿度の上がるセリフを言ったことなどあっただろうか。視聴者たちも同じことを思ったのだろう、叫びのコメントが怒涛の勢いで流れていく。

 

 あっさりと流れるエンディングテーマを聞きながら、彩葉はこうしちゃいられないとスマコンをつけた。

 瞳を閉じて、仮想空間ツクヨミにログイン。重力に優しく引きずり込まれるような沈潜感とともに銀河へ落ちていくと、波しぶきとともに大きな赤い鳥居が現れる。

 

 夕焼けの哀愁さ漂うここが、ツクヨミのエントリー空間。そして、ツクヨミの管理人である月見ヤチヨが顕現し、とある言葉を世界に発することで満点の星が煌めく夜空に換わるのだが……、

 

 「あ、あれ、ヤチヨ……?」

 

 そこにはニコニコと無言でこちらを見続けるヤチヨがいた。

 もしかしてツクヨミの起動に失敗してフリーズしたのかと勘繰ったが、足元に広がる水面は彩葉の動きに合わせて波打っている。

 

 (となるとこれはスマコンのせいではなく───、)

 

 「ねぇ、彩葉」

 

 ビクリと肩が跳ね上がる。それは先ほどスマホ越しで聞いていた推しの声、しかしその言葉に込められた重さは、先ほどとは別の意味で心拍を加速させる。

 彩葉にはこの流れに覚えがあった。それはかつて芦花を怒らせたときのことだった。静かに、されど異様なほどに重く感じる空気の中、二度と彼女を怒らせることはしないと固く心に誓ったことを覚えている。

 

 「あ、えっと、あの、その~ヤチヨ、さん……?」

 

 なにかを言わなければならないが、何故これほどに怒っているのか分からない。怒った顔も可愛いな、いやそもそも、この空間になんでヤチヨ本人がいるのだろうか、ぐるぐると回り続ける思考と気まずい空気の中、先に口を開いたのはヤチヨの方であった。

 

 「もう、彩葉はいつも無自覚たらしなのです」

 「ご、ごめん」

 

 些か気に障る言葉ではあるが、ふんすと頬を膨らませるヤチヨに言い返す権利など今の彩葉にはない。

 今この世界でヤチヨに怒られる人なんて私だけだろうと、嬉し悲しみ混ぜ合わせた面持ちで彩葉は彼女のお小言を聞く。

 せめて表情には出さないようにと思えども、彩葉の口角は徐々に緩んでしまう。

 

 「むー、ヤチヨは今ものすごーく怒っているのです。彩葉、分かってる?」

 「ごめんごめん、でもヤチヨと話せているのが嬉しくて……」

 「ぐっ……!!」

 

 唐突に左胸をおさえるヤチヨに彩葉は首を傾げた。

 

 「コホン、きょ、今日はこのへんで勘弁してあげます。……久しぶりだね、彩葉」

 「うん、久しぶり」

 

 『久しぶり』というのは言葉のとおりで、思い返せば最後に顔を合わせたのは、ヤチヨがかぐやだと知ったあの日以来である。大事にしようと思った矢先にこれほど最愛を放置する人がいただろうか。

 罪悪感はある。それでも、彩葉にはやらなければならないことがあった。そこに悔いはないけれど、だからこそ、こうして会ったからこそ改めて溢れる想いがある。

 

 ────ああ、やっぱり私ってかぐやのこと好きなんだなぁ。

 

 感傷に浸りたいわけでもないのに、涙だけは零れてくる。

 

 「まったく、彩葉は泣き虫さんなんだから……。ほら、部屋に行こ?」

 

 ヤチヨに優しく手を引かれて鳥居をくぐると、そこは彩葉が、彩葉たちが住んでいた1Rのアパートにいた。

 気がつけば、彩葉はパジャマの姿になり、ヤチヨはかつてかぐやが好んで着ていた部屋着になっていた。

 

 「彩葉、ほらこっちにおいで」

 

 部屋の中央に座ったヤチヨは膝をポンポンと叩く。以前だったら推しからのファンサに顔を赤らめてあたふたしていたが、今の彩葉にはそんな余裕などあるわけもなく、

 

 「かぐや~~~~!!!!!!」

 

 飛び込むようにヤチヨに抱き着くのであった。

 

 

■■■■

 

 

 幼子のように泣く彩葉を宥めがら、ヤチヨは昔のことを思い出していた。

 

 (中学生の頃の彩葉はよく泣いていたね)

 

 まだ一人暮らしを始める前、兄が家を出ていったことで、彩葉は心の安寧を失った日々を送っていた。母のちょっとした小言に言い返すことも出来ず、彼女は布団にもぐってヤチヨAI相談アプリに自分の思いを送っていた。

 

 その頃にはヤチヨも彩葉を認知しており、どうにかこうにか彼女の心労を少しでも軽くしようと、あらゆる言葉を尽くしたものだ。その結果、高校生にはあまりにも荷が重すぎる一人暮らしという選択を取らせてしまったのは、8000年の人生経験を持つヤチヨにとっても心苦しいばかりである。

 

 道中に様々なことがあって、噓をついてまでかぐやを月に送り出して、彩葉には残酷すぎるほどのリアルを伝えて、なんて悪い女になってしまったのだろうか。こんなに辛い現実ならFUSHIに忘れさせてもらった方が、彩葉にとっては幸せだろうとヤチヨは今も思う。

 

 ただ、かぐや(ヤチヨ)を人間としてもう一度一緒にいられるようにするだなんて、盛大な告白をもらってしまっては断ることもできない。好きな人には幸せでいてもらいたいが、同じくらい好きな人のそばにいたいのだ。

 

 だからこそ、好きな人が自分のために泣いてくれることが嬉しい。つい笑みがこぼれてしまうほどにはとーっても嬉しい。もし触覚があったら、この撫でている彩葉の髪のさらさら具合を堪能していただろうし、綺麗な瞳からこぼれ出る涙の温もりが胸の奥まで染み込んでいたに違いない。

 

 「ふふっ」

 「……ぐすん、どうしたのヤチヨ?」

 

 鼻水と涙でぐちゃぐちゃになっている彩葉を見て、内に秘めた愛しさが増々大きくなっていく。

 

 「ううん、彩葉は可愛いなーって」

 「……なにそれ、意味わかんない」

 

 彩葉は自分の醜態に気が付いたのか、乱暴に自分の顔を袖で拭いていく。感覚はないというのに、離れていく彩葉の体温が少しだけ寂しい。

 

 「その……ヤチヨ、ごめん……。急に会いたいとか送っちゃって」

 「大丈夫だよ。ヤチヨも……私も彩葉に会いたかった」

 

 このときばかりは、ここがツクヨミで良かったとヤチヨは思う。自分の気持ちに正直でいるだけで、表情機能のパラメータが見たこともない数値になってしまっている。耳まで赤くなってしまう前に調整しないと、彩葉にとっての完璧なヤチヨでなくなってしまう。

 

 「それにしてもこんな夜にどしたん、ヤッチョが話聞こうか♪」

 「なにそれナンパ?」

 

 クスクスと笑うその姿にホッとする。やっぱり彩葉には笑顔が似合う。

 

 「あれから少しずつだけど、いろんなことがあったんだ。聞いてくれる?」

 「もちのろんだよ~!」

 

 話をしてくれることが嬉しい。楽しそうにしていることが嬉しい。微笑んでくれることが嬉しい。些細な事まで共有してくれることが嬉しい。

 

────ああ、やっぱり私って彩葉のこと好きなんだなぁ。

 

 8000年も生きてしまったおばあちゃんだというのに、彩葉といるとあの頃に戻ったかのように錯覚してしまう。それでも、いつまでもこの時間が永遠に続けばいいのにと思ってしまうヤチヨは、かつてのサッパリしたかぐやとはもう別人なのだろう。

 楽しいことだけに夢中になれていた昔とは違い、今はこの一瞬が終わってしまうことへの恐怖が大きい。醜いほどの欲深さに嫌気がさしてしまう。

 

 (またあの時みたいに一緒にいられたら)

 

 おはようからおやすみまで同じ部屋にいられたあの頃に戻りたい。しかし、ヤチヨがヤチヨでいられるのは、このツクヨミだけである。現実では触れることなどできないし、見ることも叶わない。精々やれることは、彩葉が部屋にいる間ずっと通話しておくぐらいだろうか。だが、それは彩葉のプライバシーに関わるし、なにより彩葉だって一人に──、

 

 「────よ」

 「へ?」

 「……だから、通話しても良いよ」

 

 ぼんっとヤチヨの頭から煙が立ち上がる。負荷が高まりすぎたのか、大量のエラーメッセージと警告が目に映る。

 

 「ヤチヨ!? 今すごい音なったけど大丈夫!?」

 

 嗚呼、天性の魔性とはこういうことか。そんな目で言われてしまっては、大海原ほどの我慢も決壊してしまう。

 でも、これはあくまで通話しても良いってだけで、常識的に考えて毎日通話し続けるのは流石に良くないだろう。

 

 「毎日してもいいよ」

 

 そんなことしてしまったら、まるでゲームやアニメで見るような重たい女になってしまう。これから受験勉強を頑張るために方々に駆け回ったというのに、これから迷惑をかけてしまっては元も子もない。

 

 「散々無茶を言われてきたんだから、これくらいじゃ迷惑にもならないよ」

 

 言われてみれば、勉強やバイトで忙しいというのに、作曲して、一緒にライブに出てと数々の無理難題を出したものである。一人でかぐや姫の難題を叶えてきた人は、これくらいどうってことないのかもしれない。でもそれは彩葉にとって、彩葉の知るかぐやが行ってきたものであって、今のヤチヨではない。

 

 「でもっ、でも……!!」

 「あーもうっ!!」

 

 不意に、両手で頬を挟まれて彩葉と目が合う。

 

 「ねえヤチヨ、私は私のやりたいことをしたい。そこにはかぐやの、ヤチヨのやりたいことを叶えてあげることも入るの」

 

 そんなことを言われてしまっては、ヤチヨに言えることは何もない。これではどちらが子どもか分からないではないか。

 

 「も~、ほら、ヤチヨ」

 

 彩葉はヤチヨを抱きしめた。以前だったらもう少し上手く誤魔化せていたが、今のヤチヨにはそんな余裕などあるわけもなく、

 

 「いろは~~~~!!!!!!」

 

 二度と離すまいと抱きしめ返すのであった。

 

 

■■■■

 

 

 あれから、数日後。

 

 「あ、あの~ヤチヨさん? この大量のAm〇znの箱はいったい……?」

 「あっ、もう届いた? いつでも彩葉とおしゃべりできるように、部屋の数分だけカメラとタブレットを送ったんだ~♪」

 「部屋の数にしては多くない……?」

 「そんなことないよ☆ ちゃーんと玄関からリビングとキッチン、それからお風呂にトイレと─────」

 

 




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