ある日、彩葉はかぐやとヤチヨから突然求婚されてしまう。
周囲に相談しながら結婚について考える彩葉は、ツクヨミで開催される夏祭りで二人に答えを伝えようとして……?



超かぐや姫!の二次創作です。
書いてて途中で(あれこれ某ガールズラブコメに展開が近づいてないか……?)と思ったんですけど、(まあ皆幸せになって欲しいしOKか!)という結論に至り書ききりました。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。

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彩葉がかぐやとヤチヨに結婚を迫られちゃうお話

良い子も眠る丑三つ時。

 人も少なくなってきて心地よい静寂の満ちるツクヨミの、私たち御用達である個室備えの喫茶店。

「で、えっと、なんだっけ?」

 今日の睡眠時間と明日の予定を確認していた私は、こちらに迫って来ている二人――かぐやとヤチヨにそう尋ねた。

 何を話していたのかは寝不足であまり聞いていなかったけど、二人の顔は真剣そのものだ。

「だから!」

「言ってるでしょ!」

「「かぐや/ヤチヨと結婚してって!」」

「……おー……」

 声を揃って耳を疑うような発言をした二人に、私は口から零れ落ちたような曖昧な相槌を打った。

 かぐやとヤチヨ、それから私の日常をようやく取り戻せた頃のこと。

 突然二人から話があると聞いてツクヨミにログインした私は、突然二人から求婚を受けることになったのだった。

「……ちなみに、なんでまた突然?」

「この間、配信で結婚の話題になってさ。わたしはその時、彩葉と結婚する―って言ったんだけどさ」

「なるほど? ……ん? 今なんて?」

 聞き捨てならないこと言わなかったか、コイツ。

「で、よくよく考えたらさ。わたしって彩葉に一目ぼれだったわけだしさ。なのにまだ結婚してないのおかしくない? ってなって」

「うん。……うん?」

 何か今論理が飛躍したような気もしたけど、一旦話を全部聞こう。うん。

「で一回ヤチヨに相談するか―って思って話してみたの」

 ……頭が痛くなってきた。

「そしたらヤチヨも彩葉と結婚したいって言うから、だったらどっちが結婚するか彩葉に聞きに行こう! ってなって!」

「なりました!」

「なりましたじゃないの!」

 にっこにこで手を上げているヤチヨに私は思わず叫ぶ。

 どうなってるの月人の結婚観!?

「ヤチヨは止めてよ! かぐやに比べたらまだ常識ある方でしょ!」

「わたし、常識ないの!?」

「常識あるやつは電信柱から生まれてこない!」

「彩葉、その言葉はヤッチョにも激刺さりですなあ」

「あ、ごめん」

 そうだよね、ヤチヨは年の功もあってまだ常識あるほうだもんね。

「で! 彩葉はどっちと結婚してくれるの!?」

「結婚前提で話を進めるな! あと人の話を聞け! まったくもう……」

 さも当然のように結婚が前提の話をされて、私は溜息を吐く。

 結婚? そんなの、今まで考えたこともなかった。

 なんとなく、大人になってからしばらくしたらどこかで好きな人と付き合うようなタイミングが来て、それからしばらくの付き合いを経た後に、ようやく結婚について考える。

 そんなまだまだ先のことだと、私は思っていた。

 なのに、こんなに急に言われたって。そんなの簡単に決められるはずがない。

 というか、そもそも結婚の前に恋人として付き合う期間があるんじゃないの?

 それをすっとばして結婚? 最近の恋愛は進んでるっていうけれど、そんなにあっさり進んで良い物でもない気がする。

 別に嫌だってわけじゃない。かぐやもヤチヨも、好きか嫌いかって言われたらもちろん好きだ。

 でもそれは、結婚したい好きってことなのかと聞かれたら、分からない。

 さっきも考えた通り、恋人すらいなかった私に結婚なんで意識したことがないんだし、簡単に決められるはずが……。

 まるでループでもしてるように、今日も今日とて睡眠不足な私の頭は同じ考えを繰り返す。

「うーん……」

 頭をぐるぐると考えが巡る中でかぐやたちの方を見ると、クリスマスプレゼントを待つ子供のような目でこちらを見てくる。

 かぐやもヤチヨも、決してこういうことで嘘はつかない。

 つまり、二人とも私と結婚しても思うくらいには、そういう意味で好いてくれているわけで……。

 待って、あのヤチヨが、あのヤチヨが!?

 私と結婚したいと言ってくれている!?

 いやね? 私も日々過ぎる中で考えることがないわけじゃないんですよ? 推しが結婚してしまったらどうしようって。ちゃんと笑顔で応援できるんだろうか、もし引退することになっても、最後まで全力で応援して見送ることが出来るんだろうかってね。でも心のどこかで私の推しであるヤチヨだけはそうならないんじゃないかって淡い期待があったわけででもまさかそんなヤチヨが私と結婚したいだなんてそんなの予想できないって言うか恐れ多いって言うかでもちょっといやかなりそれどころか天にも届きそうって言うかあれ待てよつまり結婚したらヤチヨが私の苗字になるってこといやもしくは私がヤチヨの苗字になるってことかいやそんなの最高じゃん待って顔無くなる――――

「……どうしようヤチヨ。彩葉壊れちゃった。マーライオンみたいに口空けて空見てる」

「本当だ、可愛いね。写真撮っちゃお」

「あ、わたしもわたしも!」

 ………………はっ!

「ごめん、放心してた。……なんで二人して写真撮ってるの?」

「んーん、何でもない!」

「で、彩葉! 返事は!?」

「とりあえずさ、返事はまた今度でもいい? 今日はその、研究とかで疲れてるし、もっとじっくり考えたいって言うか……」

「やーだー! 一日でも早く彩葉と結婚したいの!」

 オーバーヒート気味な頭でひとまずそう答えると、かぐやは泣きそうな顔で駄々をこねる。

「うわあ、ひっどい求婚……。そんな暴れてもダメだって。ふわあ……」

 欠伸をして上を向いた私の視界は、突如として整った理想の顔でいっぱいになる。

「ねえ彩葉。ヤチヨは真剣だよ? 彩葉となら、本気で結婚したいの、ね?」

 いつの間にか私の正面から右隣に席を移動してきたヤチヨが、まつ毛が当たりそうな距離まで顔を近づけて来ていた。

「うっ、顔がいい……」

 顔を近づけて潤んだ瞳で見つめてきたヤチヨに、さっきまでまどろんでいた私の眠気がかなり覚める。

 100人いたら100人が一億点を出すような美少女のヤチヨは、芦花や真実なら「メロい」だなんて言ってただろう、とてつもなく色気のある表情で私に迫ってきて、自分の顔の良さを全力でぶつけて押し切ろうとしてくる。

 けど、それに負ける私じゃない!

「いくら顔がよくても! たとえ推しでも! そんな簡単には頷けないの!」

「ふーん、じゃ、この手はなにかなー?」

「へ?」

 言われて自分の手を見る。するといつの間にか伸びていた手は、ヤチヨの手を恋人つなぎでしっかりと握っていた。

 しまった! 推しの顔が良すぎて……!

「はーい、このままバーチャル市役所行って、拇印を婚約届に押しちゃおうねー♡」

「う、うううう……」

「あ! ダメ! 彩葉はかぐやの!」

 かぐやが慌てて左隣にやってきて引きはがそうとする。

 二人に左右から引っ張られた私は、当然ただじゃすまないわけで。

「やめろやめろ! 千切れる! 千切れるから!」

「千切れたら彩葉増える!?」

「彩葉が二倍でハッピーも二倍!?」

「千切れたら二倍どころかライフが0になるんだよ!」

「あ、そっか。ごめん」

「彩葉、死なないでえ……」

 二人が慌てて離すと、私は机に突っ伏して今日何回目かも分からない溜息をつく。

「駄目だよかぐや、愛する二人を邪魔しないで」

「そっちこそ、こっちのアイデアに乗っかってきただけじゃん! いくらヤチヨでも彩葉だけは譲れない!」

 左右で言い合う二人は、私の真上で額をくっつけて睨み合う。

「ヤチヨは彩葉に推してもらってるじゃん! それでいーじゃん! 彩葉はわたしにちょうだい!」

「駄目でーす! 彩葉の推しも結婚相手もヤチヨだもん!」

 今までヤチヨをずっと見てきたけど、こんなヤチヨは初めてだ。

 いつもはどんな時も笑顔のヤチヨが、あんな風に子供っぽく頬を膨らませて怒っているところなんて数えるくらいしか見たこと無い。本当に珍しいというくらい、ヤチヨはムキになってかぐやに対抗している。

 つまり言葉にしてみれば、ヤチヨとかぐやが全力で私を取り合っているという状況なわけだ。

 ……なんかにやけてきちゃうな。いけないいけない。

 私はオタクのにちゃら顔をどうにか整えると、顔を上げてコーヒーを一口傾ける。

 ツクヨミに実装された嗅覚と嗅覚によって、私の鼻をコーヒーの香りがくすぐり、舌には苦味を与えて目をほんの少し覚まさせてくれる。

 カフェインを取らずにコーヒーを味わえる。ツクヨミに生まれた新たな利点の一つだ。

 ほう、と息を吐いて、私は一度心を凪いだ状態に戻す。落ち着け、かぐやたちのペースに巻き込まれるな……!

「ねー、彩葉もヤチヨと結婚したいでしょ?」

 私の方を向いたヤチヨは、再度顔の良さでこちらを篭絡してこようとしてくる。うう、反則……。

 落ち着いたはずの私の心臓は、ヤチヨによって再びただならぬ状態にされてしまう。なんて反則な顔の良さ。

「へ、へへへ……、ダメだってヤチヨ……」

 分かっていても推しは推し。腕に抱き着かれて密着された私は再び、傍から見たら気持ちの悪いであろう笑みを浮かべてしまう。

 視線をさまよわせていると、世界が終わったような顔をしたかぐやと目が合った。

「い、彩葉あ……。ぐ、う……」

 かぐやは瞳に涙を浮かべると。

「うあああああああーーーん! やだやだやだやだ!」

 床に転がって小さな子がスーパーでやるように駄々をこねだした。

 涙も鼻水もまき散らして、服が乱れるのもお構いなしに暴れている。

 汚い。

「彩葉はわたしのなの! 誰が何と言おうとわたしのなの! ずっと一緒にいるの!」

「ヤッチョもやだやだやだ! 何年彩葉のこと待ってたと思ってるの!? 彩葉がおばあちゃんになっても電子生命体になってもずっと一緒にいたい!」

「ええい、暴れるな迷惑だから! ヤチヨもかぐやの真似しないの!」

 ヤチヨもかぐやに倣うように床に転がると暴れ出した。倣わないで欲しい。

 というか今、さらっとすごいこと言わなかった?

「まったくもう……」

 ツクヨミのアイドル。誰もが目を奪われていく完璧で究極のアイドル、ってわけじゃないけれど。

 いや、ヤチヨはそうかもしれない。でもちょっと抜けてるところもあって、それがまた可愛いって言うか――――

 はっ、いけないいけない。一方的な推し語りは迷惑だ。

 でもまあツクヨミのアイドルって言われればワンツーフィニッシュで名前が挙がるくらいの、誰もが認める人気者。そんなかぐやとヤチヨは床に転がって、小さな子供のように両手足をぶんぶん回して暴れている。あ、二人して手ぶつけた。

「「いつつつつつつ……!」」

「こら、二人とも床に寝転がって駄々こねない! じゃないと結婚してあげないよ!」

「え、あっ、やだ! 泣かない! 泣かないから結婚して!」

「ほら! 泣き止んだ! 泣き止んだから結婚!」

 私が注意すると、二人は弾かれたように立ちあがって背筋を伸ばす。

「子供か……」

「彩葉は、結婚とかいや?」

「いやじゃ、ないけど……」

 二人のどっちと結婚したとしても、きっと毎日楽しいだろうなあと思う。

 けど、将来をそんな楽しそうってだけで決めていいはずがない。

「お金もあるし養えるよ?」

「はい! はーい! 美味しいご飯とか作れます! 彩葉も知ってるでしょ!?」

「そういう問題じゃないの! 結婚って言うのは、好きな人同士ですることで……」

「彩葉はかぐやたちのこと、好きじゃないの!?」

「えーんえーん。彩葉に嫌われたら生きてけないよお、もうヤチヨは終わりです……」

 彩葉とヤチヨはその場に崩れ落ちて、今度はよよよ……と泣き出す。

 一人でも騒がしかったのに、二人だと更に騒がしいな。

「やだあ、結婚してよ彩葉ぁ……。結婚してくれるまで諦めないぃ……」

「ヤッチョの心の豊かさお財布、残り200円……。どうしよう、もう駄目ぽ……ジュース飲も……」

 いや、本当に悲しんでるのかこれ……?

「別に嫌いとか、そういうわけじゃなくって……、その、私は、二人とも、好きだよ?」

「「でへへえ……」」

 顔が熱くなる中でそう告白すると、二人は緩みきった笑みを浮かべる。

 情緒ジェットコースターかよ。

「でも、だからって今すぐ結婚するってことは、考えられないっていうか……」

 私がやんわりと拒否しようとすると、二人は顔を見合わせ同時に頷いた。嫌な予感がする。

「ねえ彩葉、ヤッチョ、彩葉とハッピーエンドになりたいんだ。絶対に幸せにするから、ダメ?」

「お願い彩葉ぁ、彩葉に結婚してもらわないと、わたしノーマルエンドになっちゃうよお……」

 かぐやとヤチヨは左右から私を挟み込むと、潤んだ瞳と上目遣いでこちらを見つめてくる。 

 あ、ダメだ。二人してあの顔をしてる。なんだかんだで丸め込まれて、要求を飲まされちゃうあの顔だ。

「う、うう……」

 私はまるで太陽に焼かれた吸血鬼のような呻き声を上げると、手で顔を覆う。

 仕方ないな、と返事をしてしまいそうになる口を、懸命に噤んでこらえる。

 結婚してと言われて、すぐに回答できるほど、私はまだまだ大人じゃない。

 女の子と結婚する、っていうのが想像できないし、ましてや相手はかぐやとヤチヨだ。

 その後がどうなるか、私にはまったく分からない。

 今と変わらない気もするし、まだ知らない、新しい関係になるのかもしれない。

 どれにしたって、今すぐに結論を出せというのは、中々難しい話だ。

 どんな内容であれ、私はちゃんと答えを出したい。だから顔を逸らして、かぐやたちの瞳を見ないようにする。

「私、彩葉のこと満足させてあげられるよ。おばあちゃんになるまでの間、知識だって色々と蓄えてきたんだもん」

「わたしは! わたしは、えっと……い、彩葉のこと好きな気持ちは負けない!」

 すると私が渋っていると思ったのか、二人は自分と結婚することのメリットを健気にアピールしだした。可愛いなおい。

「私だって負けてませーん。はい、知識の分私の勝ちー!」

「ずるい! ……あ! フレッシュさ! フレッシュさだったらわたしの勝ちだもんね! お肌だってピチピチだし!」

「電子の歌姫舐めないでくださーい! 私だってお肌ツヤツヤですー! それに、彩葉はヤッチョが推しだもんね!」

「えっ、あ、うう……! わ、わたしは……! あ! わたし、彩葉に育ててもらったもん!」

「それ私も同じー!」

「あ!」

「……」

 しかし段々とアピールは張り合いのようになっていき、二人は何やら小型犬がじゃれあうような小競り合いを始めていた。

 言い合いを始める二人に、私は思わずため息を吐く。

 わちゃわちゃうるさいな……。

「あ! 彩葉があの顔になってる!」

「本当だ! 鬼の顔だ!」

 私が視線を向けていることに気が付いた二人は慌てて離れると、恐ろしい物を見る目でこちらを見る。誰が鬼だ。

「はあ……。とにかく! この件は保留! 私はもう落ちる!」

「あ、彩葉!」

「彩葉アアア!! 逃げるなアア!!! 結婚から逃げるなアア!! 絶対に逃さない!!」

「誰が卑怯者だ! 逃げてないし、ちゃんと結論は出すから!」

 私は立ち上がりながら、最近見たマンガで覚えたのだろうかぐやのセリフに言い返す。

 今日中に結論を出すことでもない。私は二人に有無も言わせずさっさとログアウトしてしまう。

 目を開けて現実空間に戻ると、私はドアにカギをかけてからさっさと眠りにつく。

 案の定かぐやが突撃してきたが、しばらく無視していると扉の前で色々と喚いた後、最後には涙声で「ぬるぽ……」と呟いて去っていった。

 かぐやには悪いけれど、今は睡眠を取ることが重要なんだ。

 二人の想いに、ちゃんと答えをだすためにも。

 そうやって悩んで悩んで悩み尽くして、私は二人に答えを返さなくちゃいけない。

 そのためにもしっかりと周りの人にも意見を聞いて。私なりの答えを出す。

 布団の中でうじうじ考えていたっていい考えは浮かばない。今日は少しでも寝て、明日から行動を起こすべきだ。

 私は布団にくるまると、目を固く瞑って意識が消えるのを待つ。

 ………………………………ぬるぽって何のこと?

 その日、私はちょっとだけ眠りにつくのが遅かった。

 

 

「いいじゃん結婚、玉の輿だー」

「可愛くて家事も出来て顔も良い。逆に結婚しない理由ある?」

「やだ。私の親友、軽すぎ……?」

 翌日、現実のカフェ。

 かぐやを始めて二人に見せる羽目になったあのカフェで、私は二人に相談していた。

 しかし返ってきたのは、あまりにもあっさりとしていてなおかつ軽い感じの回答で。

 私は口に手を当てて、思わずそう口にしていたのだった。

「いや、そもそもさ。お互いに両想いならOKでしょ。何を悩む必要あるの」

「だって、結婚って、結婚だよ!? まだ付き合ってもないのに……」

「そなの? てっきりもう付き合って夜はやることしちゃってるのかと思ってた」

「や……!?」

 やること:性欲に基づき人間が行う肉体的な交わりのこと。

 衝撃的な言葉に、私の脳裏には一瞬にして二人との、ピンク色で子供にはとても見せられないような行為をするシーンが出力されていく。

『ねえ、彩葉……♡ わたし、もうこういうこと出来る歳なんだよ……♡』

『彩葉のしたいこと、何だってしてあげる。ほら、ヤチヨにしたいこと、全部教えて……♡』

 まずい、これは、非常にまずい……!

 慌てて出力しかけの妄想を丸めて頭の中のゴミ箱に捨てた私は、落ち着いてパンケーキを一口食べる。

「あらあら、彩葉ってば顔真っ赤」

「初心だねえ」

「べ、別に何にも妄想してないから!」

 誤魔化すように二口目。パンケーキの味なんてほとんど感じない。

「妄想? へー、何考えてたの?」

「おらおら、白状しちゃいなよー」

「な、何でもないってば!」

 慌てて誤魔化すも、二人には既に全部バレているようだった。違うからね!?

「と、とにかく、結婚なんて私にはまだ早いよ。しっかり悩んで、相手のこと本当に好きなのか考えて結論ださないと……」

 そこまで言ったところで、二人はなぜだか「分かってないなコイツ」的な感じで首を横に振っていた。

「あのさ、彩葉。彩葉って、かぐやもヤチヨも大好きでしょ? ライクじゃなくてラブの方で」

「えっ!? な、なんでそれを……じゃなくて!」

 違う、と今更過ぎる言い訳をするには既に言葉は零れていて。

 二人は全部分かってるような、微笑ましい物を見る笑顔を浮かべていた。

「いや、丸わかりだから。さっきの反応からしてもう確定じゃん。前からヤチヨに対してはあからさまだったし、かぐやちゃんのこともそうなんだろうなってすぐに分かったよ」

「マンガアプリだったら『さっさと告白しろ』ってコメント欄に書かれてるよ?」

「う、嘘……」

 私、そんなに分かりやすかった?

 自分の分かりやすさに、思わず顔が熱くなる。

「大体さ、好きでもない人助けるために体作るまでやっちゃう人なんて、普通いないと思うけど?」

「好きな子のために体作ってそれに魂入れちゃうって、言葉にするとえぐいよね」

「うわあ、愛情の爆発だあ」

「ヘンタイみたいな言い方しないでよ!」

「でも事実じゃん?」

「そう、だけど……」

 確かにそうだ。かぐやに会うために、ヤチヨとの時間を取り戻すために、私はそれまで触れてこなかったような知識をいくつも勉強することになった。

 それは全部、かぐやとヤチヨに幸せになって欲しいから。

 言葉にしてみると、顔から火が出そうになる。

「彩葉さ、アタシの気のせいじゃなければだけど、もう答えは出てるんじゃない?」

「え?」

 芦花からの言葉に、私は冷や水を顔にぶちまけられたような顔になる。

 私の答えは、もう出てる?

「あー、そんな感じするね。確かに」

「多分彩葉が欲しいのはどうするべきかの答えじゃなくて、背中を押して欲しいだけなんじゃないかな」

「……それは……」

 芦花の言葉に、心当たりがないってわけじゃない。

 以前から考えていた、かぐやとヤチヨ、二人とのこれからについての、一つの答え。

 けれどそれは今の私にとって、選んでいいのか迷ってしまうようなものだった。

 だってそれを選んだら、私はきっと、色々なものを捨ててしまうことになるだろうから。

「大丈夫だよ彩葉」

 答えに窮していると、芦花はいつものように、人懐っこい笑みを私に向けてくれた。

「私たちは何があっても彩葉の味方。助けてって言ったら、たとえ月にだって助けに行くから」

「そーそー。帝との戦いだって行ったからね。まあ私は推しを目の前にして気絶したけど」

「……二人とも……」

 そうだよね。二人は私がかぐやの秘密について打ち明けた時も、信じてくれたんだ。

「あのね、私……」

 唇を一度噛んだ後、私は二人に、自分の今の答えを打ち明けたのだった。

 

 

「結婚だと!? 断固反対だ!」

「え!?」

 次の相談相手、というか、報告相手でもある人に話をしたところ、返ってきたのはそんな答えだった。

「かぐやちゃんが結婚なんて……! でも、推しが幸せならOKだ……!」

「あ、そっち……」

 涙を流しながら拳を固めている男――お兄ちゃんの言葉に、私は苦笑いを返す。

 私は近況報告も兼ねて、お兄ちゃんに相談することにしたのだった。

「めでたいな」

「披露宴呼んでねー。ゲームの余興とかなら出来るから」

 それからお兄ちゃんと一緒にいたブラックオニキスの人たち、雷さんと乃依さんにも話を聞いてもらうことにしていた。

 恋愛話をするのはちょっと恥ずかしいけれど、こういうのは色々な人から話を聞いて見た方が良いって聞くし。

「いや、まだ結婚するって決めたわけじゃ……」

「なんだ、結婚式の費用を立て替えてくれって話じゃないのか?」

「それはなんとかなる。皆お金はそれなりに稼げてるから……って違う! まだやるって決めたわけじゃないから!」

 いつの間にか結婚前提になっていた話を、私は慌てて引き戻す。

「ていうか、驚かないんだね。私がかぐやかヤチヨ、どっちかと結婚するかもしれないのに」

「かぐやちゃんの素性とか、お前が唐突に言い出したやりたいことに比べれば、なんてことないよ」

 すんなりと受け入れているお兄ちゃんに、私はそんなものか、と拍子抜けした気分になる。

 そういうタイプではないとは分かっていたけれど、こんなあっさり受け入れられるとまでは思っていなかった。

「母さんはびっくりするかもなあ。でも、彩葉が本気ならきっと認めてくれるよ」

 私の考えを読んだかのように、お兄ちゃんは苦笑いでそう付け足した。

「お兄ちゃんは、結婚とか考えたことある?」

「ファンに結婚してくれ! って言われることならいくらでも……、冗談だよ。悪かったから睨むなって」

「まったくもう……」

「彩葉」

「何?」

「今、幸せか?」

「何それ、急に変な質問……」

「いいからさ」

 今が幸せかどうか、か。

 お兄ちゃんの目を見て、私は迷うことなく、澱むことなく答える。

「幸せだよ。かぐやとヤチヨと、皆と過ごせて。私は幸せ」

「……そっか」

 私の即答を聞いて、お兄ちゃんはくしゃっと笑った。

 その笑顔は、小さな頃に見たお兄ちゃんの笑顔と、何にも変わってなかった。

「だったらいいよ。俺から言うことは何もない。お前が幸せだって思えるなら、どんな選択をしたって構わない。俺はお前の味方だ。もし何かやって欲しいこととか助けて欲しいこととかあったら、遠慮なく言えよ」

「……優しいんだね」

「当然だろ、兄貴なんだから」

 ……なるほど、これは確かにファンが増えるわけだ。

 頼りになるその背中は、あの日と変わらなくて。

 ほんのちょっとだけ、格好良かった。

「……でな、彩葉」

 私が改めてお兄ちゃんを見直していると、当の本人はなんだか言いにくそうに言葉を絞り出し始めた。

「お前、結婚式の予定はあるか? もしやるんだったら頼む、金は言い値を払うからアリーナ最前列で参加させてくれ! かぐやちゃんのウエディングドレス姿を生で見られるかもしれないのなら、いくらでも支払う……!」

「いや、家族なんだから呼ぶに決まってるでしょ。それに、別にそうするって決めたわけじゃ……」

「ウェディングドレスじゃなくって白無垢ってことか!? いや、かぐやちゃんの白無垢もそれはそれで……!」

「話を聞け!」

 涙ながらに熱く語るお兄ちゃんに、私は思わずそう叫ぶ。

「そこまでだ」

「どうどう。妹ちゃん引いてるよ」

 私とお兄ちゃんの会話をずっと静かに見守ってくれていた二人も、さすがに出て来てお兄ちゃんを止めだす。

 落ち着けられている間にも、お兄ちゃんは「推しの結婚コスチューム……!」と呟いていた。

 なんかやだな、鏡見てる気分だ。

 さすがに私はあそこまで気持ち悪くはないと思うけれど、いや、生ヤチヨの前ではあれと同じくらいかもしれない……。

「……はあ、悪い悪い。で、相談したいこと他にもあるんだろ? 話してみろよ」

「……じゃあさ、一個聞いて欲しいことがあるんだけど……」

 血のつながった兄のオタク仕草に呆れながらも、私は自分の心に浮かんでいる、一つの答えを口にしたのだった。

 

 

 お兄ちゃんたちのところからの帰り。

 電車に揺られながら私は、3度目の結論に達しようとしていた。

 芦花たちとお兄ちゃんたちに打ち明けた、私なりの答え。

 それを聞いた皆は、笑って頷いて、それから背中を押してくれた。

 まだ正直不安で、かぐやたちが受け入れてくれるかも分からない。

 だけど、私はもうやりたいことに怖がらないって決めたから。

 だからあとは、行動に移すだけだ。

「よしっ!」

 私はスマホのとあるページを見ると、意気込んで一人呟く。

 そこには『ツクヨミサマーフェスティバル!』と書かれたサイトが表示されている。

 ツクヨミで二日間開催されるフェス。その最終日、私たちは海辺でライブをすることになっている。

 もちろんそっちにも気合を入れているが、私が頑張るのはその前日。

 決戦はフェス一日目の夜、ライブ会場の近くで開催されるツクヨミ花火大会だ。

 そこで私は、二人に私なりの回答を返す。

 待っててね、かぐや、ヤチヨ。

 私の想い、ちゃんと伝えるから。

 手元に用意したそれを見て、私は一人頷いた。

 

 

「すごいすごーい!」

 ツクヨミの島の海辺に存在する、ヤチヨを神様として祀っている神社へ繋がる大通り。

 夜の闇の中、潮風をうっすらと感じるその場所に並んだ屋台に、かぐやは大はしゃぎの声をあげた。

「かぐやと彩葉の活躍もあって、ツクヨミはもっとたくさんの人に注目してもらえるようになってきてるからね! 味覚や嗅覚の実装以外にも、こういう大規模な期間限定イベントとかだって頻繁に開催できるようにまでなってきてるのです!」

 ふふん、と自慢げに胸を張るヤチヨに、私は何も言えないでいた。

 別に何か口を閉ざす理由があるからではない。単に口をぽかんと開けたまま、ヤチヨに見惚れているからだ。

 浴衣姿のヤチヨは、今日もとっても可愛い。いや、可愛いなんてもんじゃない。

 もしこの世に可愛いという言葉が無かったら、きっとその地位は代わりに「ヤチヨ」が担っていたことだろう。

 待ち合わせにやってきたヤチヨを一目見た時から、私はずっとヤチヨに見惚れてしまっていた。

「もう、彩葉ってば。そんなに見つめられたら穴が開いちゃうよ。そこまで見惚れてくれてるっていうのは、とっても嬉しいけど」

 そう言ってヤチヨは、紫陽花の模様が可愛い着物の裾をふわりとなびかせポーズを取る。

 私の胸はもう爆発しちゃいそうにときめいて、今の一瞬を切り取ってアルバムに飾り付けたい衝動に駆られてしまうほどだった。

「……可愛い……」

 人の言葉で表しきれないその魅力に、私は視線を釘付けにされたまま小学生並みの感想を零す。

 だって、だってヤチヨの浴衣姿だよ? こんなのもう、美の女神すら足元にも及ばないに決まってる。

 花火すらも勝てない。きっと花火が撃ちあがり始めたとしても、きっと周囲の人はヤチヨを見続けてしまうだろう。

 このままじゃ、花火大会じゃなくてヤチヨ大会になっちゃうかも……!?

「あー、いいないいな! ね、ね! かぐやのは、かぐやのは!?」

 ヤチヨと私の間に割り込んできたかぐやは、正面から抱き着いてくると浴衣の感想を求めてくる。

「くっつくな! 褒めようにも見えないんだってば!」

「あ、そっか」

 かぐやは私から離れると、満面の笑顔でくるくる回って見せる。

 向日葵の絵柄の浴衣は元気いっぱいのかぐやによく似合っている。

「…………ふうん。結構可愛いじゃん」

 じっくりと眺めた後、私は改めて実感したことを口にする。

 かぐやも間違いなく美少女と言う言葉が似合うだろう。黙ってじっとしていれば、だけど。

「でしょでしょ!?」

 まあでもそんなわんぱくなところもかぐやの可愛さか、と思いながら、私はかぐやの着物に視線を映す。

「浴衣の柄、あの時と同じにしたんだ」

「うん! 気に入ったから再現してもらったんだー!」

 くるりとまた回って見せたかぐやと、私はちょっと感慨深い気持ちで見つめる。

 あの時のかぐやから見た目は変わっていないけれど、ほんのちょっとだけ、性格は大人になったかな。

 本当に、電柱から生まれた時はあんなに小さかったのに、今や私に結婚して、なんて言ってくるくらいになっちゃうんだもんなあ。

 でも、私の腕の中に納まってしまうくらいだったあの頃から、ずっと変わらない物もある。

「? えへへ」

 近寄った私が頬に手をやってそっと撫でると、かぐやは私の手を取って、幸せそうに緩んだ笑顔を浮かべる。

 赤ちゃんの頃から変わらない、私の前だけでする笑顔。

 一時はもう二度と見ることは出来ないと思ってた、かぐやの笑顔。

 でも今はこうして、また一緒にいられるようになった。

 そう考えるとなんだか胸の内がどんどん熱くなってきてしまって、つい私は、かぐやを思いっきり抱きしめる。

「ふぇ、彩葉? 何、どこか痛いの……?」

 戸惑ったようなかぐやの声が、私の耳元で優しく響く。

 そのまましばらく抱きしめていると、かぐやは何も言わず、そっと頭を撫でてくれた。

 大丈夫、かぐやはもう、ここにいるんだから。

「なんでも? かぐやは可愛いなーって」

 離れた私が微笑んで感想を口にすると、かぐやは安心した表情を浮かべてから、満面の笑みにすぐ戻った。

「よしゃっ! ねえもっと! もっと褒めて! そうだ! ツーショも撮ろ!」

「分かった、可愛い、可愛いからあんまり引っ付くな! 浴衣着崩れちゃうでしょ?」

 まだ始まったばかりだというのに、かぐやは褒められたことがそんなに嬉しいのか、あっと言う間にハイテンションになってはしゃぎだす。

 こういうところは、まだまだ子供なんだから。

「じゃあ行こ! 彩葉! 早く早く!」

 写真を撮ったかぐやは待ちきれなくなったのか、ちょっと走ってはこっちを振り返って、お祭りの方へ進んでいく。

「はいはい。行こう、ヤチヨ」

「はーい!」

 我先にと小走りに進んでいくかぐやの後ろを、私とヤチヨで追うように歩いていく。

「ねえ、彩葉」

 こうしているとなんだか本当の親子みたいだな、なんてことを考えているとヤチヨは突然、私を呼びながら手を繋いできた。

「ん? どうしたの?」

「浴衣、似合ってる。可愛いよ」

 それはあまりにも、突然の殺し文句だった。

 おそらく私の残機が99機あったとしても、きっと1機も残らないような誉め言葉。

「えあっ、……ありがと」

 私の顔は一瞬でりんご飴のように真っ赤になってしまい、思わず浴衣の袖で隠す。

 その不意打ちの言葉はまるでトラックに追突されたかのような衝撃で、私は呼吸が止まってしまいそうになる。

 心臓がドクドク鳴る。顔が熱い、声が出ない。ヤチヨの方を見られない。

「ふふっ、照れた顔も、いと可愛ゆし♡」

「あ、うう……」

 ヤチヨは大人の余裕を感じさせる微笑みでこちらを見つめて、追い打ちの言葉をかけてくる。

 対して私は呻くような言葉を口にして、顔を隠すくらいしかできなかった。

「隠さないで。彩葉の顔ヤチヨに見せて? 独り占めしたいな」

「やだ……」

 隠そうとした手を取られて、ヤチヨの虹から作った宝石みたいな瞳に私が映る。

「可愛い。彩葉、可愛いね」

「ずるいよ、ヤチヨ……」

「ごめんね。でも彩葉の可愛い顔が見られるなら、8000年だって待てちゃうのがヤッチョですから」

 そう言ってヤチヨは私の腕を掴んでいた手を掌に移動させた。それからそっと恋人つなぎにして、まるで王子様みたいに優しく引いてエスコートする。その一通りの所作があまりにも美しくて、私の胸はもう大爆発してしまいそうだった。

 ……私、このお祭り終わるまで心臓もつんだろうか。こんなのが続いたら、私はひんしになっちゃうかもしれない。

「二人とも、早く早く!」

「わ、分かってる!」

 まだ熱の残る顔をかぐやに気づかれないようにしながら、私はそう返事をした。

 

 

 お祭りはまだ始まったばかりだというのに、既に通りはそれなりの人で賑わっていた。

 どこからか祭囃子のBGMが聞こえて来て、遠くからは焼きそばのソースの匂いが漂ってくる。

 その非日常感に、かぐやほどではないにしろ、私もなんだか浮ついた気持ちになってきた。

「わー、リアルにそっくりだ!」

「すごい、雰囲気出てるね……」

「でしょ? 今日の為にモデラ―さんたちが毎日毎日頑張ってくれたからね!」

 私たちは屋台や飾りつけを見ながら、両端に屋台が立ち並ぶ大通りを歩いていく。

 時折他の人たちが私たちに気づいて視線を向けてくるが、お祭りの方を優先したのか、それともこちらに気を遣ってくれたのか、声をかけずに通り過ぎていってくれた。ありがたい、こんなところで人だかり作ったら迷惑だもんね。

「まずはー。あ! あれ食べたい!」

 そう言ってかぐやが指さしたのは、かき氷の屋台だ。

 おそらくNPCなのであろう、犬耳の生えた女の子が鉢巻とエプロンを付けて屋台に立っている。

 屋台の上に書かれているメニュー表を見てみると、味はいちごを始めとして定番の味は大体そろっている上に、変わり種もいくつかあるようだ。……何あれ、ドリアンとか書いてない?

「かき氷もね、ちゃんとリアルを再現してるんだよ! 基本メニューは全部、色と香りが違うだけで味は同じ!」

「え!? かき氷ってそうなの!?」

 知らなかったのであろう事実を聞かされたかぐやは、寝耳に水といった表情を浮かべる。

「フルーツからちゃんと作ってるんじゃないのお……? わたし、ずっと騙されてた……?」

「あんた前にかき氷のシロップ全種類混ぜてかけて『最強のかき氷!』とかやってたでしょ。その時に気づかなかったの?」

「そんなあ……」

「にしても、あえてそこまで再現しなくても良かったんじゃない……?」

「駄目! そこはちゃんとリアリティーを追及するべきなんです!」

 そうかなあ……?

「まあいっか! 胃に入れば大体一緒!」

「世の中の食べ物作る人に謝れ」

 なんてこと言うんだこの女。

「どれにしよっかなー……。決めた、わたしいちご!」

「ヤチヨはブルーハワイの気分かな。彩葉は?」

「うーん……メロン、かな」

 私たちはそれぞれ味を選んでふじゅ~による支払いを済ますと、ほどなくしてかき氷が渡される。

 確かに見た目もリアルのかき氷と変わらない。いや、それどころかなんだかこっちの方が美味しそうにさえ見えてくる。

 すぐ近くにあったベンチに腰かけた私たちは、「いただきます」と口にしてかき氷に手を付けた。

 祭りでもよく見るストローを加工したようなスプーンで、メロンシロップのかかったかき氷を一口すくう。

「見た目はリアルそっくり、味は……?」

 一口食べると確かに、リアルと同じ氷の食感とシロップのチープな甘みが舌に広がっていく。

「すごい、本当にかき氷食べたみたい……!」

「本当! あの時食べたかき氷みたい!」

「ふっふーん! 今やツクヨミの技術力は世界一だからね!」

 自慢げにそう言ったヤチヨは、自分のかき氷を口にして微笑む。

 ああ、夏の絶景。今すぐ画家を呼んでこのヤチヨを絵画にして欲しい……。

 思わず写真を撮ろうとしていた私は、横から視線を向けられていることに気が付き目を向ける。

「……(だらー)」

 するとそこには、既に自分の分を食べきったかぐやが、私のかき氷を涎を垂らして見ていた。

「一口食べる?」

「いいの!? あー♡」

 目を輝かせたかぐやは、私に向かって口を開ける。

「ん、んむっ。美味しい!」

 スプーンですくってかき氷を食べさせてやると、満足そうにほっぺに手をあててそう言った。

「同じ味なんだけどね……」

「彩葉に食べさせてもらったから美味しいの!」

「どれどれー? ヤチヨも一口ご相伴。あーん♡」

 かぐやの言葉で脅威を示したヤチヨが、髪をかき上げながらこっちに口を開いて見せる。

 …………ヤチヨの口…………。

 可愛らしい小さな口と、同じくらい小さなピンクの舌。

 瞳を閉じてこちらに口を開けている姿は、なんだかちょっとだけ、ちょっとだけだけど、いやらしく見えてしまう。

 私はもう駄目になってしまったかもしれない。それもこれも、さっきのヤチヨのせいだ。

 人をおかしくしてしまいそうな色気を持つヤチヨのその姿に、私は写真を撮りたくなってしまう衝動をぐっと抑えると、網膜に焼き付けるだけで我慢する。

「……? 彩葉?」

 すると不思議に思ったのか、ヤチヨが片目だけ開けてこちらを見た。ああっ、可愛い。

「な、なんでもない! はい」

「ん~! 本当だ美味しい! 同じ味なのに!」

 慌てて私がかき氷を食べさせると、ヤチヨもかぐやと同じように目を輝かせて味わっている。

 危なかった。良くない気持ちになってしまうところだった。

 私はぶんぶんと頭を左右に振ると、脳裏に浮かんだ邪な考えを振り切る。

「彩葉、わたしもう一口!」

「私も私もー」

 そんな私の考えなど露知らず、二人はまるで餌付けを待つ小鳥の雛のように次の一口をねだって来る。

「はいはい……」

 結局、私のかき氷はほとんど二人に食べさせてあげた。

 ……別に、変なことを考えちゃった罪悪感だとかでは、決してない。ないからね!

 

 

 かき氷を食べ終えて私たちは再び祭りの通りを進んでいく。するとかぐやが「あ!」と何かを見つけて走っていった。

 追いかけてみてみると、それは箱に入ったくじを引いて景品をあてるくじ引き屋の屋台だった。

「こんなのもあるんだ。……ヤチヨに聞くのあれだけど、大丈夫なやつあれ? 屋台のこういうのって大体さあ……」

 正直、こういう運任せの屋台に良いイメージはない。まだ天井のないソシャゲのガチャの方がマシだとすら思ってしまう。

「あれはちゃんと当たりが入ってるんだよ。私たちのグッズとか、大当たりだとTentendoSwiccccccccch64とか当たるの! 当たった人には住所を打ち込んでもらって、後日ちゃーんと郵送でお届けします!」

「え、すご」

 さすがヤチヨプロデュースというか、あまりにも良心的な仕様に思わず私は感心してしまう。

「ふっふーん、そうでしょうそうでしょう!」

「ていうか、ヤチヨのグッズ!? ほ、欲しい。いくら積めば全部手に入りますか……?」

 貯金はそれなりにしてるから、ある程度なら出せる。

 お願い、いくらでも出すからある程度引いたらコンプリート出来るような確率になってて! ランダム数十種類とかはやめて……!

 はやる気持ちを抑えて屋台の景品目録を見ようとすると、不意に私の顔に手が添えられた。

 そのまま首を向かせられると、目の前には推しの顔。

「えー? 彩葉にはリアルのヤチヨがいるのに? それじゃあ不満?」

 私の両手を取って自分の頬に当てさせたヤチヨは、唇を尖らせて不満を訴えてくる。

「ひゅっ……。ま、満々満足です……」

「よろしい♡」

 か細い声で答えると、ヤチヨはにっこりと笑って頭を撫でてきた。

「それに後々通販とかもやるから、確実に欲しい人はそっちで買えるようにしてあるよ」

「さすがヤチヨ! 女神!」

「えへへ、褒められてもメンダコしか出ませんなあ♡」

「彩葉ー! ゲーム機出なかったー!」

 メンダコを取り出したヤチヨを見ていると、横から突っ込んできたかぐやが涙目で報告してきた。

 その手にはおそらく外れたであろうくじが握られている。いつの間に……。

「くじなんだから、簡単に当たるわけないでしょ」

「かぐやは何が当たったの?」

 ヤチヨに聞かれたかぐやは、「えっとね」と言ってくじを見る。

「ヤチヨのアクスタに缶バッジ、後はライブ衣装のぬいぐるみとか」

「え!?」

 何それ、世界で一番の当たりじゃん!

 私が食い入るように見つめていると、かぐやはそのままくじを私の方へ差し出してきた。

「いいよ、彩葉にあげる。欲しがってたでしょ?」

「え!? いいの!?」

 こんな誰もが欲しがる一繋ぎの大秘宝を!?

「彩葉はいつも頑張ってくれるから、そのお礼!」

「かぐや……! ありがと!」

 ここまでかぐやに感謝した日は、数えるくらいしかない。

 感情のままにわしゃわしゃと頭を撫でると、かぐやは「えへへ……」と声を漏らしながら心地よさそうに目を細めている。

 なんだかわんちゃんみたいだ。

「私がいるから満足だっていってたのに……」

 視線を感じてみてみると、私たちの横で拗ねたようにヤチヨが口を尖らせていた。

「ほ、本人がいるからこそグッズも欲しいっていうか……」

「むう……」

 いけない、話題を変えないと。

「に、にしてもすごいなあ。リアルの方だと当たりが入ってないこともあるのに……」

 拗ねた顔も可愛い、なんて言ったらますます拗ねてしまいかねないので、私は話題をずらすことにした。

「当たり入ってないことあるの!?」

 しまった。さっきのかき氷といいくじ引きといい、私とヤチヨによる悪意なき暴露に純粋なかぐやの夢がどんどん砕けてく。

「そうだよー。昔お祭りのお手伝いしたこともあったんだけどね。その時は今でいう暴りょ――――」

「そ、そこまでにしようか! ほら、他のお店も見て回ろう! ね!?」

 何やらとんでもないことを言い出しそうだったヤチヨを慌てて止めた私は、屋台を指さしてそう急かしたのだった。

 

 

 

「よし、彩葉を賭けて勝負だヤチヨ!」

「望むところ!」

 仁王立ちになった二人がいるのは、射的の屋台前。

 銃を持ったかぐやとヤチヨは、気合の入った顔で向かい合っていた。

「あの、勝手に賭けの対象にしないで欲しいんだけど……」

 片手にかぐやの食べかけわたあめ、もう片方に焼きそばを持った私は、文字通り手を出せないので口で文句を言う。

「勝負は簡単、どっちが多くポイントを獲得できるか!」

「分かりやすいね、乗った!」

「聞いてる?」

 私の言葉はスルーされ、二人は戦う気満々のようだった。

 はあ、と溜息を吐いた私は抗議の意味を込めてかぐやのわたあめを二口貰いつつ、射的の屋台に目をやる。

「……射的かな、これ?」

 目の前に広がる光景を見て、私は思わずつぶやいた。

 屋台のカウンターから奥、普通の射的屋台なら景品が置かれている場所は、そこだけ別空間になっていた。

 そしてその空間にあるのは、映画で警察とか軍隊が銃の練習をしているような射撃場だ。

 奥行きは大体50メートルくらい。そこに左右遠近、色々な距離に設置された人型のターゲットが置かれている。 

 かぐやたちが持っている銃もリアルの射的屋台にあるようなおもちゃの銃ではなく、FPSのゲームに出てくるような本物っぽい作りの銃だ。

 それにかぐやとヤチヨがそれぞれ設定したスキンやステッカーが反映されていて、なんだかすごい見た目になっている。

 かぐやの方なんて銃がピンクに染め上げられている上に大量のシールが貼られ、バックパッカーのキャリーケースみたいだ。

 …………やっぱりなんかここだけ屋台の雰囲気違いすぎない?

「ここの屋台はね、プログラマーの人でFPS大好きな人が是非やらせてくれって言うから任せてみたのです!」

「自由だね、ツクヨミって……」

「クリエイターのための島ですから!」

 貼り紙に書かれたルールを見てみると、どうやらターゲットに点数が割り振られていて、それを撃てば得点。

 時間内に獲得したポイントに応じた景品類の中から好きなものを選べるらしい。

「へー、面白そうだね」

 私はそう呟くと、残っていたわたあめをかぐやの口に突っ込み焼きそばを屋台の端に置き、ウインドウから自分の銃を出現させて肩に担ぐ。

 こういうのやるのは久々だなあ。たまにカッセンをやるくらいだし、そっちでも別に銃らしい銃を使うことはないし。

「ん、ん、んむ……。え? 彩葉もやるの?」

「当然でしょ」

 わたあめを食べきったかぐやが尋ねてくるのに対し、私は銃のサイトを覗き込んで感触を確かめながら答える。

「勝手に人を景品にしちゃってさあ。私が勝ったら私は私のものね。それに、たまにはかぐやとヤチヨと戦うのも面白そうだし」

 挑戦的な笑みを向けると、かぐやとヤチヨはぽかんとした顔から一転色めきたつ。

「負けないよ彩葉! 勝つのはわたしだから!」

「いいねー。歳の功ってやつを彩葉にみせてさしあげましょう!」

「二人とも、私がゲーム強いこと、忘れてるでしょ?」

 三人が準備完了のボタンを押すと、カウントダウンが表示される。

 私たちは銃を構えて勝負開始の瞬間を待つ。

 そして、時間がゆっくりに感じる中、カウントダウンは1から0に切り替わる。

 勝負開始のファンファーレが鳴ると同時に、私たちは出現したターゲットに向かって引き金を引いた。

 一つ、二つ、三つ。次々にターゲットは撃ちぬかれ、それに負けじと言わんばかりに次のターゲットが出る。

 カッセンとは違う、純粋な反射神経のゲーム。

 さすがというか、天才肌のかぐやとヤチヨはターゲットを次々に撃破していく。

 私も引けをとらず得点をゲットしていくが、それでも二人の勢いには追いつけない。

 さすが、でも私だって……!

 負けじと私は銃の引き金を引きターゲットを撃ち抜くと、次のターゲットを狙うべく視線を移す。

 その時。不意に、私の照準はまるでオートで動いているように、ぴたりと次のターゲットへ向いた。

 あれ、なんで……?

 最初は何かの不具合かと思ったけれど、どうやら違う。

 これって、もしかして……。

 私は思いついた仮説を試すため、そのままターゲットを狙っていく。

 するとやはり、私の思う場所にターゲットが出現してきた。 

「なるほどね……!」

 ということは、あれが来れば勝てる……!

 勝負は既に後半戦。かぐやとヤチヨは拮抗し、私はいくらかビハインド。

 けれど私は焦ることなく、来るであろうその瞬間を待つ。

 すると、不意にターゲットの中に金色に光る物が混じり始めた。

 予測して照準を向けて待っていた私は、即座にそのターゲットを撃つ。

 そして私はまた照準を向けて待ち構え、再度出現した金色のターゲットを狙い撃った。

 金色のターゲットを倒したボーナス特典が、私のスコアに入る。

「やっぱり……!」

 私は笑みを浮かべると、まるで未来が見えているかのように次々に金色のターゲットを撃ち抜く。

 かぐやは私に負けじと金色のターゲットを撃とうとするが遅れて撃てず、ヤチヨは私に対抗するのは諦め、普通のターゲットをたくさん撃って得点を稼ぐ戦略に切り替えたようだ。

 そうしているうちに制限時間が終わり、ゲーム終了を示す笛の音が鳴った。

「もー、全然金色の撃てなかったー! 彩葉に全部持ってかれちゃった!」

「彩葉、すごかったね。格好良かったよ~♡」

「ありがとう」

 左右からかぐやとヤチヨが迫り、私は額を拭いながら笑んで答える。

「さてさて、結果はどうかな~?」

 三人で話していると、屋台上にあるモニターへスコアが表示される。

 結果は、三位がかぐや、二位がヤチヨ、そして一位は……私だ。

「ま、負けた……! わたしが彩葉に……!?」

「よよよー、負けちゃったぞよ……」

 二人はがっくりと肩を落とす。よし、これで私の人権は守られた。

「なんでぇ! なんであのボーナスのやつの場所分かってたの!?」

 涙目になったかぐやが、私にすがりついてそう叫ぶ。

「ふふーん、それはねー。あのゲームが『バイバイハザード』の射撃場ミニゲームに良く似てたから!」

「それって、彩葉が子供の頃遊んでたってやつ?」

「うん。お兄ちゃんとよくね」

 ヤチヨの問いに頷いた私は、小さな頃のことを思い出す。

 そう、お兄ちゃんと一緒にゲームをしてた時期にハイスコアを争っていたゲームがこれだ。

 私がランキング一位になるとすぐにお兄ちゃんが抜き返す繰り返し。私たちは一時期狂ったようにそのゲームを遊んでいた。

「なんか知ってる気がするなって思ってたけど、始まったらすぐに分かった。上手く混ぜて誤魔化してるけど、そのミニゲームやり込んでた人なら次のボーナスターゲットはなんとなく予想が付くようになってる。これ作った人は分かってるね」

 あの頃、お兄ちゃんに勝つために毎日のように遊んでお母さんに怒られたことを思い出す。

 カッセンも楽しいけど、やっぱりこういうゲームも好きだな。

「何それ! ずる! ずるじゃん!」

「ずるじゃありませーん。経験に裏打ちされた予測でーす」

「ぐぬぬ……!」

 ……にしても、なんだかさっきから後ろが騒がしいような……?

 ふと後ろを振り返ると、そこにはいつの間に集まったのか、たくさんのギャラリーが私たちを取り囲んでいた。

「わわっ、人がいっぱい……」

 どうやら私たちの勝負を何かの企画だと勘違いしたのか、「いろPカッコいいー!」だとか、「かぐやちゃんどんまい!」だとかの温かい声援が聞こえてくる。

「こ、これはまずいかも……」

「皆ありがとうー! 明日のライブもよろしくねー!」

 とても身動きが取れそうにないこの状況に焦る私に対し、かぐやは呑気に手を振ってファンサしていた。

 どうしよう。このままだとここからしばらくは動けないだろう。もしこのまま時間が過ぎていけば、花火の時間を祭りの会場で迎えることになってしまう。となると、用意してきたあれも……!

「彩葉、お困りみたいだね?」

 顔を青くしていた私に、横から声がかかる。そちらを見ると、いつの間に交換したのか、ヤチヨのお面を付けたヤチヨがこちらを見ていた。ややこしいな。

「こういう時はヤチヨにおまかせ!」

 ヤチヨは私にウインクをしてみせると、ギャラリーの前に進み出る。

「ツクヨミの皆、やおよろー! 私たちの勝負はどうだったかな? 楽しんでくれた? そんなファンの皆には、特別サービスをお届け! さあさあ皆の衆、ご照覧あれ!」

 そう言ってヤチヨは一瞬にして上空まで跳躍すると、煙と小さな爆発と共に、小さな何十人のヤチヨへ分裂した。

 あれだ。ライブとかでみんなとお話するときになるあのモードだ。

「はいはーい、ゲリラお話会だよー! 私は逃げないから、他の人に迷惑かけないようにね!」

 たくさんのヤチヨが突然現れ、他のお客さんたちは皆そちらに気を取られている。

「さ、今のうちに」

 するとこっそりやってきた一人の小さなヤチヨが、私とかぐやを促す。

「さすがヤチヨ、頼りになる!」

「そうでしょうそうでしょう! ツクヨミで困ったことあれば、ヤチヨにお任せあれい!」

 そう言ってヤチヨはすぐさま元のサイズに戻ると、私たちにお面を一つずつ手渡してきた。

「ささ、お姫様たち。夜逃げの準備はいいかな?」

「言い方……」

「彩葉、逃げる前にタコ焼きだけ……」

「後で作ってあげるから! この場は引っ込むよ!」

「彩葉のタコ焼き! ソースで『ご主人様愛してる♡』って書いて!」

「はいはい」

「あとなんだっけ、ぼえぼえジョン! みたいなのも!」

「誰……?」

 なんて会話を交わしながら、私たちはお面を身に着けて走り出した。

 

 

 ヤチヨが用意してくれた、花火がよく見えるらしい高台の平屋。

 夏祭りの会場を見下ろせる、小さいけれどあちこちの意匠が凝っていて可愛らしい木造のおうちに、私たちは避難してきたのだった。

 中はそんなに広くはなく、なんだかずいぶん見慣れたワンルームをちょっと広くしたくらいの面積だ。ヤチヨが一番落ち着く家を作ってみたら自然とこうなったらしい。

「はあ、とんでもないことになっちゃってたね……」

「楽しかったー!」

「うんうん、良い一日だった!」

「アンタたち暢気すぎるでしょ……」

 楽し気に縁側で寝っ転がりながら足をぶらつかせているかぐやヤチヨに、私は呆れた視線を向けながらお盆を置く。

 盆には切った西瓜が皿に盛られており、身を起こしたかぐやたちは目を輝かせると、私が注意するよりも素早く一切れずつ口にした。

「んまい!」

「うんうん! これぞ夏って感じ!」

「あ、もう……」

 私はまあいいか、と縁側に腰を下ろす。するとすかさず二人は私を挟み込むように座った。ちょっと暑苦しいけれど、悪い気分じゃないからそのままにしておく。

 西瓜をしゃくりと口にすると、爽やかな甘みが口の中に満ちた。

「すごい、フルーツの味もここまで再現されてるんだ……」

「今なら彩葉の特製パンケーキだってツクヨミで食べられるよ!」

「そんなの食べたって嬉しくないでしょ?」

「えー? そんなことないよ」

 ちりん、と寂しげな音を鳴らす中、ヤチヨは懐かしそうに微笑んだ。

「実はね、味覚が再現できたとき、一番最初に作ってみたのが彩葉があの時作ってくれたパンケーキなの」

「なんでそれ? もっと美味しい物にしなよ」

「うん。だから世界一美味しい物にしたの」

 そう言って微笑んだヤチヨに、私は西瓜がいらないほどにお腹がいっぱいになってしまって。

 ただ一言、「そっか」と言ってヤチヨの頭を撫でた。

「えへへ。……あ、彩葉」

 目を細めて心地良さそうにしていたヤチヨは、何かに気が付くと後ろを指さす。

 するとそこには西瓜の最後の一切れを食べ終わったかぐやが、ププププと種を口から飛ばしていた。

「アンタねえ……」

「今のわたしにはこれが世界一美味しかったの!」

「そんなので誤魔化されるか! まったく……」

 私がかぐやの頬を軽くつねっておしおきしていると。 

『ツクヨミ花火大会にご参加の皆様、ただいまより花火が上がります。海岸線の方へご注目ください』

 というアナウンスが、不意に聞こえてきた。そしてほどなくすると、空に一条の光が打ちあがった。

 それは一瞬にして体に響く音と共に大輪の光の花になって、綺麗と思った刹那に散っていく。

「おおーすごい! ツクヨミの花火もリアルと同じだ! お腹にずしんとくる!」

「本当に、すごい……」

 リアルの花火と変わらない迫力のある大花火に、私は見つめながら感心の声を漏らす。

「プログラマーさんと音声さんが調整すっごく頑張ってくれたからね! なんたってわざわざリアルの花火大会にサンプリングまで行ったくらいだから!」

「すごいね、どこの?」

「彩葉もかぐやも知ってるとこのだよー」

「てことは、あの場所の?」

 思いつくのは、かぐやと行ったあの花火大会。

 かぐやがかぐや姫だと私に打ち明けた、楽しさと悲しさの混じる思い出が残る花火だ。

「あれは色々な意味で記憶に残ったからね。今でも昨日のことのように思い出せるよ」

「……そうだね。私も、あの日の花火はきっと忘れない」

 私とヤチヨが話していると、かぐやは私たちの手を取って、自分のほっぺに当てた。

「今度は帰らないから! ちゃんと側にいるよ!」

 満面の笑みでそういうかぐやに、私とヤチヨは思わずくすりと微笑んで。

「そうだね」

「うんうん、皆一緒」

 と言って笑い合う。

 すると、そんな私たちを祝福するように、大きな花火が打ちあがって。 

 私たちは圧倒されて、そこからは三人並んで無言で花火を見た。

 息つく暇もないほどに夜空に咲き乱れる花火たちは、しばらくの間私たちを照らし続けると、最後に一際大きく咲いた。

 それを見つつ、私はちらりと二人を盗み見る。

 かぐやもヤチヨも、花火を見て楽しそうに微笑んでいて。

 ああ、この子たちを幸せにしたいな。

 二人の姿を見て、私はふとそう思って。そんなことを思えるようになった自分が、ちょっとだけ誇らしく思えた。

 そうして、花火大会は終わり。私たちを照す明かりは、月と行燈だけになる。

 ……よし、ここしかない。

 私は覚悟を決めると、二人に話しかけようと口を開く。

 しかし。

「――ねえ、彩葉」

 先に口を開いたのは、かぐやだった。

「な、なに?」

 出鼻をくじかれた私は、慌てて取り繕うと返事をした。

「わたしのことはいいからさ、彩葉はヤチヨと結婚してあげて?」

「――――え?」

 かぐやが何を言っているか分からず、私は何も言えなくなる。

「わたし、すっごくすっごく考えたんだ」

 そう言って立ち上がったかぐやは、数歩前に出てから振り返って、私に微笑みかける。

「わたしは、彩葉が好き! 世界で一番好き!」

 全力で、臆面もなく好意を真正面からぶつけてくるかぐやに、私の顔は熱くなる。

「……でも、それはヤチヨも同じなんだって。だって、わたし(かぐや)だから」

 かぐやの笑顔は、いつか見たことある笑顔だ。

 そう、引退ライブをすると決めたあの日の、寂しさを無理やり振り切った笑顔だ。

「ヤチヨはずっと、彩葉のこと待ってたんでしょ? ずっと寂しいのを我慢して、彩葉に会うために生きて来たんでしょ? だったら、ヤチヨに幸せになってほしいよ。別に彩葉とお別れするわけじゃないし、側にいられるんだもん。だからわたしは、……わたしは、ヤチヨにだったら、おめでとうって言えると思うから」

 その言葉を口にするのに、どれだけ勇気がいったのだろう。

 好きに真っすぐなかぐやが好きを諦めるのに、どれだけの苦しさを味わったのだろう。

 それでもかぐやは、目の端に涙を浮かべた笑みで、私とヤチヨに向けてそう言った。

「それは違うよ」

 鈴の鳴るような声が、かぐやに向けて放たれた。

 声の主――ヤチヨは立ち上がると、かぐやの方へ歩み寄る。

 すぐ近くにまで顔を寄せて微笑んで見せると、その白く細い指で、かぐやの涙を掬ってみせた。

「え……?」

「私は確かにずっと彩葉と出会うのを待ってた。でも、今を生きているかぐやは、かぐやなんだよ?」

 慈しむ様な表情で、ヤチヨは小さな子供にするような優しい手つきで頭を撫でる。

「だから、彩葉はかぐやと一緒に生きるべきなの。私はツクヨミと同じ、電子の身体。でもかぐやは違う、かぐやは彩葉とおばあちゃんになっても、二人で笑って生きるんだよ」

「でも……!」

 それでも譲ろうとするかぐやの口に、そっとヤチヨは人差し指をあてた。

「物事に永遠はないの。ずっとあると思ってたものも、いつしか急に終わりを迎える。かぐやも、それを知らないわけじゃないでしょう? だから、後悔しないように生きて欲しいの。好きな人とは一分一秒でも長く、愛し合って過ごして欲しい。それが、私の願い」

 そうか、だからヤチヨは。

 私は、胸の内につっかえていた物がすとんと落ちる感覚を覚えた。

 やけにヤチヨがムキになっているような言動を見せていたのは、そうすればかぐやが対抗してくると分かっていたからだろう。

 だから珍しくかぐやに張り合って、挑発するようなことさえ口にした。

 そうして私を巡って争って、最後にはかぐやに譲るつもりだったんだ。

 きっとかぐやが相談にいったその時から、こうしようと決めていたのかもしれない。

「でも、それじゃあヤチヨは?」

「ヤッチョはもうおばあちゃんだから。だから、二人が幸せになって。……わたしは、彩葉にまた会えて、今までのことを話せて、かぐやが彩葉の側にいてくれるなら。もう、報われたから」

「駄目! そんなの駄目だよ!」

 最初に言い出したときにはあれほど私を取り合っていたかぐやとヤチヨが、今はお互いに譲ろうとしている。

 このままでは、きっと二人とも譲り合い続けるだろう。

 かぐやとヤチヨ。大好きと共に生きてきた女の子。

 好きに誰よりも夢中で、好きの為ならどれだけだって傷ついたって立ち上がる優しい子。

 ――ああ。だからきっと、私は――――。

「二人とも……」

 顔を向けた二人の方へ、私は立ち上がって近づいて行く。

 困ったような泣いちゃいそうな、そんな今すぐ抱きしめてあげたくなるような表情を浮かべた二人に、私は一歩、二歩と踏み出す。

 そして私は、二人に近づくと。

「えい」

 両手で揃ってデコピンをかました。

「「痛っ!?」」

 予想だにしなかったであろうデコピンをまともに食らった二人は、何が起きたのか分からず目を白黒させている。

「な、なにするの彩葉!」

「ヤチヨたち、真剣に話して……!」

「そうだよ、だから私が口を挟んだ。二人とも分かって無いから」

「「へ……?」」

 呆気に取られている二人に対し、私は腰に手を当ててはっきりと物申す。

「大体、なんで二人とも私がどっちかと結婚する前提なの!? 二人とも振られる可能性は考えなかったの!?」

「「…………あ」」

「あのねえ……」

 私は頭に手をやると、心からの溜息を吐き出す。

「でも彩葉、わたしたちのこと大好きじゃん……」

「結婚してって言ったときも、嫌じゃないって言ってたし……」

「ぐ、確かにそうだけど……。とにかく、今は言い合わない! 先に私の結論を聞くこと! いい!?」

「「は、はい……」」

 あまりにも予想外な出来事だったのか、二人は珍しく聞き分けよく頷いて見せた。

 普段もこのくらいだとありがたいんだけどな……。

 私はそんなことを思いながら、手の中に納まるくらいの小さな箱を、二つ取り出した。

「ん」

 二人の方に差し出すと、かぐやとヤチヨはその箱をじっと見る。

「……新しいワイヤレスイヤホン?」

「……SIMカード?」

「違うわ!」

 この期に及んでボケる二人に、私は思わず突っ込んでしまう。

 いや、そうか。きっとこの二人には、私が選んだ答えが思いつかないのだろう。

 ……恥ずかしいんだけどな。想いを口にするのって。

「じゃあいい? 今から私の答えを言うからね、耳かっぽじってよく聞くこと、いい!?」

 涙目になっているかぐやとヤチヨが、子供みたいにこくこくと頷く。

「まず、私は今までとことん頑張った。頑張りました! かぐやとヤチヨ、どっちも幸せになって欲しいから、色んな人たちの力を借りて、めちゃくちゃ頑張ったの! それこそ、世界中から称賛されてもいいくらいに頑張った! ここまではいい!?」

 まくしたてるような私の言葉に、二人はぽかんと口をあけながら頷く。

「だから私はただのハッピーエンドじゃ満足なんてしてあげない! それよりもずっと先の、もっともっと幸せな、さいっこうのハッピーエンドが欲しいの! ……それで! それには二人とも必要なの!」

 そこで言葉を切った私は、一度深呼吸をしてから、熱くなってくる頬も構わず続きの言葉を口にする。

「……誠実な答えじゃないって言うのは、一番私が分かってる。でも、私が考えるハッピーエンドの先には、二人とも必要なの。普通とは違うけど、そもそもそんなの月からアンタたちが来た時点で普通じゃないから気にしない! だから」

 私は両手に持っているその箱を、一箱ずつ、かぐやとヤチヨに差し出した。

 二人は受け取ると、箱を開いて中身を見る。

 そこには、かぐやとヤチヨの薬指にはまるサイズの、宝石が施された指輪が一つずつ入っていた。

「……二人とも、私と結婚してください」

 二人の手を取るなんて、普通じゃないのも分かってる。

 けど、それがどうした。私は死ぬほど頑張ってここまでどうにかこぎつけたんだ。

 だったら。

 だったらかぐやとヤチヨだって、同時に幸せにして見せる。

 そのくらいやってやるし、頑張ったんだからそれくらい選ばせてくれたっていいじゃん。

 そんな思いと共に、二人へ求婚の言葉を口にした、その瞬間。

「「……!」」

 かぐやとヤチヨ。二人が顔が、まるで花開いたようにぱあっと明るくなった。

 それも束の間、かぐやがロケットのような勢いで私に向かって突っ込んでくる。早っ!

「彩葉! 彩葉彩葉彩葉っ……!」

 顔面に抱き着いてきたかぐやを引きはがすと、かぐやは涙を流しながら笑っていた。

「うん! 喜んで受ける! 私と結婚して、彩葉!」

 押し倒されている状態の私の顔には、こちらを見るかぐやの顔からぼろぼろと大粒の涙がシャワーのように降り注いでくる。

 普段ならちょっと嫌だけど、心から笑っているかぐやの顔を見ると、まあ今はいいか。と思ってしまう。

 そうしてかぐやと笑っていると、遠慮気味な力で、私の袖が引かれる。

「彩葉、いいの? だってわたしは……」

 そちらを見ると、伏し目がちにヤチヨが、私の方を見つめていた。

 きっとまだ、ヤチヨはかぐやに譲るべきだと考えているんだろう。

「良いに決まってるよ」

 それ以上何かを言い出す前に、私はヤチヨを肯定する。

「でも、その、私、彩葉の前だとワガママになっちゃう。きっと迷惑かけちゃうよ?」

 どうにか私に言葉を撤回させようと、ヤチヨはその場で言い訳を考えて口にしていく。

 その様子はいたずらがバレた小さい子みたいで、なんだか可愛らしい。

「例えばどんな?」

 私はつい意地悪したくなっちゃって、質問を重ねた。

「え? えっと、髪型変えたら気づいてほしいし、ファッションは靴までちゃんと見て欲しいし、メッセージ送ったら3つ以上の言葉で返して欲しい……」

「そんなの簡単じゃん。私、ヤチヨのことずっと推してきたんだよ?」

 それを聞いたヤチヨは、さっきのかぐやと同じ、寂しげな笑みを浮かべた。

「うん、知ってるよ。ずっと見てたから。……でも、でも……」

「ヤチヨ」

 人差し指でヤチヨの言葉を遮った私は、手招きでヤチヨを近寄らせると、思いっきり抱きしめてから、答えをはっきりと告げる。

「私はかぐやもヤチヨも好き。その気持ちは変わらない。私だって二人と同じくらい我儘なんだから、ヤチヨとかぐや、二人とも離してなんかあげないし諦めたりなんてしないよ。どんな困難だって、三人で立ち向かって乗り越えよう。――だから、これからも私とずっと一緒にいて、お姫様(かぐや)

 それを聞いたヤチヨの目は、まるで星空のように輝いて。

「うん! うん……っ!」

 キラキラと彗星のように涙を零しながら、ヤチヨも全力で抱き着いてきた。

 私はバランスを崩して、地面に倒れ込む。

「もう、甘えん坊だな二人とも……」

「私っ……、私、こんなに幸せになっていいのかなあ」

「良いに決まってるじゃん。で、答えは?」

「結婚する……! 絶対、絶対に幸せにするから……!」

「そんなの、もうなってるよ」

 涙声のヤチヨの頭を、私はそっと撫でる。

 かぐやもヤチヨも、それからしばらく、ずっと泣いていた。

 私は二人が泣き止むのを頭を撫でてあやしながら、空に浮かぶ星を眺めていて。

 ずっと遠くに浮かぶ月の光は祝福するように、私たちをそっと遠くから照らしていた。 

 

 

 かぐやたちが泣き止んでからすぐのこと。

「そうだ、結婚式! 結婚式やらないと!」

 顔を上げたかぐやが、突然そんなことを言い出す。

「急だなあ……」

「でもいいねえ結婚式。せっかくだしウェディングライブとかやっちゃう?」

「いいじゃんいいじゃん! ツクヨミ全体使ってお祝いしようよ! わたしウエディングケーキはでっかいパンケーキがいい! ツクヨミの島くらい大きなやつ!」

「無理でしょ。参加者全員に配ってても食べきれないだろうし……」

「でもいいなあ、パンケーキ。ツクヨミくらいは難しいけど、大きなやつ作って皆で食べたいね。せっかく味覚は実装されてるんだし」

「わくわくしてきたね! 彩葉!」

「……うん」

 私はこちらに笑いかけるかぐやとヤチヨに、微笑んで返した。

 きっとこれから、私の物語は大変な困難が待っているんだろう。

 なんたって、かぐやとヤチヨとの結婚だ。ツクヨミ史上一番の大騒ぎになるだろうし、世間からの目も向けられるだろう。

 でも、きっと大丈夫。

 諦めない限り、ハッピーエンドは来るから。

 だからひとまず、今は。

「めでたし、めでたし。……なんてね」

 そう呟いて、私は楽しそうに話すかぐやとヤチヨの輪に加わった。

 

 

 おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ彩葉」

「んー?」

「この間のアプデでね、実はヤッチョ、こっそり管理者のみ使えるとある機能を追加したのです! なんだと思う?」

「そうなの? んー、管理者だけでしょ? 地形をリアルタイムで変える、とか?」

「ぶっぶー! 正解はね。………逢瀬を重ねるための機能だよ♡」

「……へ?」

「だから。結婚式の日の初夜、楽しみにしてるね? 三人でたーっぷり愛し合お、8000年分♡」

「………………………………えっ!?」

 

 

 おしまい……?


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