もしも影野君がセカイを持っていたら、というお話です。
注意事項:
・原作既読がほぼ前提
・影野君が原作比ちょっと感情豊かかも知れない
・七陰は出ません。
・プロセカキャラさえほとんど出ません。
・時系列は 超克のプロタゴニスタ あたりです
きっかけがなんだったのかはよく覚えていない。ただ、物心ついたときには、もう憧れていた。
陰の実力者。
物語に陰ながら登場し、実力を見せつけていく存在。誰もが、子供の頃に夢見たヒーローの憧れを捨てていく中、僕だけはそれを捨てなかった。
そして、その憧れの存在になるために、僕は人生を注いでいた。
出来ることは何でもやった。普段の学校生活ではモブAを演じつつも、その裏では肉体を鍛え、世界中の武術、剣術、格闘術といったものは片っ端から習得した。
自惚れかもしれないけれど、僕は人類としては相当強くなったと思っている。
けれど、僕は目指す姿に全く近づけているとは思えない。
例えば、完全武装の軍人に囲まれたらおしまいだ。万が一ボコり返せたとしても、空から核ミサイルが落ちてきたらどうしようもない。物語の実力者が核ミサイルで蒸発?おかしいだろ。仮に核ミサイルが本当に爆発したとしたら、死んだと思わせておいて後々「お、お前はあの時死んだはず!?」と言われつつ再登場する。これこそが僕の目指す姿だ。
だから僕には、核でも蒸発しない実力を身に着けるためのアプローチが必要だった。
でも……今のところ、目途はたっていない。
一つアイデアはあるんだ。それは、魔力。またはそれに類する呪力や妖力といった超自然的なエネルギーを手にすること。まだ誰も見つけていないけれど、僕の夢を叶えるにはそれしかない。人間の身体には限界があるからだ。現実にある方法でいくら鍛えても、物語のような圧倒的な力は手に入らないのだ。
魔力のために、この世界に存在するありとあらゆる修行を重ねているのだけれど……当然と言うべきか、まったくそれらしき力は扱えない。古今東西のあらゆる修行、滝内から磔まで色々試したけれど、結果は全然ダメだ。
……やっぱり、核に打ち勝つなんて無謀なんだろうか。そんな疑問が頭によぎるけれど、それを振り払って修行に専念する。それが最近の僕だった。
◇
それはそうとしてだ。
最近ちょっとしたイベントがあった。転校だ。両親の仕事の都合で引っ越すことになって、僕は神山高校の2年A組に入ることになった。
「影野実です。よろしくお願いしまーす。」
「というわけで、このクラスに加わった影野君だ。みんな仲良くね。」
可もなく不可もない挨拶。それに応える拍手がちらほら。よーし、僕の想定通り。見事なモブ挨拶だろう。
陰の実力者たるもの、表ではモブであるべし。普段から存在感を持っていたら、それはもうただの実力者、主人公だ。だからこうして、普段はモブになり切って目立たないように過ごしている。友達も、ゼロではないけれど最小限程度に抑えるつもり。余計に人間関係が増えると、裏で修行に費やせる時間が減るからね。
お誂え向きに、一番後ろの窓に近い席が空いていたのでそこが僕の席になった。
この教室での最初の仕事は、僕のモブライフに相応しいモブ友を見つけることだ。見た感じ陽キャが多めのクラスだな。それなら僕は、ちょっと明るめ系モブとして過ごすことにしよう。
◇
まあそれは結構どうでもいい。
大事なことは今やっている修行だ。
「……魔力ッ!」
夜の山奥。
僕は白装束に身を包み、目の前の大岩に頭を打ち付ける。衝撃に頭が揺れ、意識が揺れる。頭から血が出るが、僕はこの行動を止めない。
「魔力……魔力ッ!」
再び打ち付ける。顎から血が垂れ、痛みに意識が途切れそうになるが、倒れるなんてもってのほか。大事なことは、僕の身体の中に意識を集中すること。
この修行は、僕が今まで聞いたこともない宗教でされていた、らしいもの。メジャーな修行を全てやりつくしてしまったので、こうして片っ端から記録がある修行法を試しているのが現状だ。なんでも、この修行をこなした果てに悟りを開き不思議な力を得たという人が、過去にいるらしい。数十年前の文献にそう書いてあった。
正直可能性は低いだろうけれど、例え1%でも魔力にたどり着く可能性があるのならば、試さないわけにはいかない。
その証拠にだ。僕はいま、かすかに感じている。普段の感覚と違う何かを。
「魔力……魔力…………」
目を何とか開けると、見える。夜の森にあるはずのない光が。
「魔力、魔力、魔力……!」
ついに、ついにだ!僕は見つけたかもしれない、魔力を!
僕は夢中で走り出した。その光のある方向へ。
「魔力魔力魔力!!!」
その先に会ったのは、僕のスマホ。スマホが光るのはおかしくないことかもしれないけれど、この時僕はスマホの電源を切っていた。通知音で修行の邪魔をされちゃたまらないからね。
だから、スマホが光っていたのは本来あり得ないことなんだ。きっと、僕の修行の成果が出たに違いない。厳しい修行の果てに、常人には見えない物が見えるようになったとか、きっとそんな感じだろう。
「魔力ゥゥゥーーーーー!!!」
僕はその光に触れた。そして一瞬の浮遊感を感じ、気が付くと全く知らない場所にいた。
「ようこそ影野君。ここは君のセカイ……
「魔力魔力魔力魔力魔力魔力ゥゥゥゥゥ!!!!!」
「って、きゃああああああ!!!ち、血まみれえええーーー!?」
◇
「……つまり、ここはセカイという場所で、僕の想いによって生まれた場所、ってことなのか?」
「う、うん。……それよりも、頭の怪我、どうしたの?大丈夫?」
残念ながら、魔力は手に入らなかった。
目の前……から2mくらい距離を開けて、そこにいるのはバーチャルシンガーの初音ミク、らしい。そしてここはセカイという不思議な場所なんだそうだ。
ここに来た僕は、目の前のミクが長い間に追い求めていた「魔力」に関わる存在だと思って追いかけた。
だってさ。目の前のミク、見るからに『陰の実力者』っぽいんだもん!黒いロングコートに、赤く輝く目。まさしく陰の強者って感じの出で立ちだ!さらにこの場所、夜の中世ヨーロッパみたいな……あれ、近世だっけ?とにかくそんな感じのオシャレな夜の街が、このセカイの雰囲気だ。この空気に滅茶苦茶マッチしている!まさに、まさに僕の理想とした恰好!
……だというのに、僕が近づいたらこのミクは逃げてしまうんだ。なんでも僕が血まみれだからとか何とかで。あんなカッコいい見た目で、こんな不思議な場所なんだからきっと魔力もあるに違いない。だからこそ彼女にはぜひ力になってほしいと思っていたのだ、逃げないで欲しかったな。
だいたい30分は追い掛け回して、2mくらい離れることを条件にようやく会話をしてもらうことができたんだ。
「僕の怪我はどうだっていいんだ。それよりも、魔力は……超能力とかチャクラとか、そういう感じの力は、ここじゃ手に入らないの?さっき紫色のエネルギーみたいなの出してたけど?」
「そうだね……。アレは私がセカイの中でしか使えないんだ。で、でもそれよりも、影野君の頭の方が心配なんだけれど、本当に大丈夫?」
なんで魔力が手に入らないんだ!?さっき追い回してた時、ミクの方は紫のザ・魔力みたいなのを使って飛びまわってたじゃん!おかげで僕が鍛えてきたパルクール力をフルに使うことになってしまった。あれはあれで、エージェントごっこみたいで楽しかったけれど……
「ああ、これ?ちょっと修行して皮が破けただけだから気にしないで。」
「うーん……?修行?」
……さっきから、ミクは僕の行動が不可解だと言わんばかりのリアクションだ。僕の想いから生まれたんだろ?なんで僕の行動に疑問を持つんだろ?
「えっとね。実は、このセカイも私もちょうど生まれたばかりなんだ。だから、影野君の想い……カッコいい存在に憧れる感じかな?それはなんとなく分かるんだけれど、具体的な状況はよく分かっていないの。」
なるほど。単に状況説明が必要ってことか。
でも僕は……僕が本当に大事に思っていることは誰にも言わないようにしている。
だからわざわざ説明するのは、ちょっとなあ。
「……まあ別に知らなくてもいいよ。多分あんまり信じてもらえないだろうし。」
「影野君が嫌なら仕方ないけれど……でも、私は知りたいな。こんなに素敵なセカイを一人で作り出した影野君が、どんな想いを持っているのか。絶対馬鹿にしたりしないよ。」
うーん……どうなんだか。半信半疑っていう感じだ。
まあでもこの感じだと、僕の心の中が見れるのかな。だとすると、ミクには隠していても仕方ないよね。
あまり慣れないことだけど、正直に全部話すことにしよう。
「しょうがないなあ……まず、僕は『陰の実力者』になりたいと思っている。」
「うん。このセカイからはかっこいい存在になりたいっていう想いを、とっても強く感じるよ。」
「けれど、最近は行き詰まりを感じててね。」
「そうなんだ……聞かせてもらってもいいかな?」
「僕は『陰の実力者』になるべく、古今東西のあらゆる戦闘技術、修行を重ねてきた。自分でいうのもなんだけど、僕は人類の中でもトップレベルで強いと思ってるよ。」
「そうなんだ……!すごいね。影野くんはもう立派な実力者なんだね!」
「いいや、全然だ。」
「……どういうこと?」
「例えば、今の僕では完全武装した軍人に囲まれたらお終いだ。それに、空から核ミサイルが降ってきたら、蒸発するしかない。そんなの、『陰の実力者』じゃないだろ?」
「うん……ん?そんなこと無いと思うけど……」
「そこで僕は、核に打ち勝つ力を得るために頭を捻った。その答えが『魔力』だ。」
「……えっと?え?え?」
「僕は魔力を得るべく修行を重ねているんだ。坐禅や滝行といったスタンダードなものから、鞭打ち、絶食、磔まで、いろいろ試した。さっきも、岩に頭を打ち付けてあえてダメージを受けることで、感覚を鋭敏にして『魔力』を感じ取ろうとしていた。だから額から血を流していたというわけさ。」
「????????????????」
あ、あれ?鳩に豆鉄砲を喰らったような顔をしている。おかしいな。僕は真面目に説明したつもりなんだけれど……。
「……あ、ごめんね。悪いとか言うわけじゃないんだけれど、えーっと、冗談じゃない、の?」
「もちろんさ。」
うーん……僕の想いから生まれたって言ってるけど、本当かどうか怪しいぞ?態度がやっぱり懐疑的だ。
……まあいいや。目の前の存在がなんであろうと、僕のやることは変わらない。
それに、僕は彼女に少しだけ感謝している。だって、魔力の手がかりかも知れないんだから。
「まあとにかく。君は、僕に魔力を与えてはくれないのか?」
「え?あ、ごめんね。バーチャル・シンガーは、セカイの中だと色々自由なんだけれど、現実世界に出ることはできないんだ。それに、影野君が言うような『魔力』のような力を与えることもできない。」
「そうか……それでも、これは大きな進歩だ。魔力は手に入らなかったけれど、このセカイというファンタジー空間を見つけ出すことができたんだ。ならば、ここを起点に努力を積み重ねていけば、いつかは魔力も見つかるかもしれない。」
「私、そういうことは何にも保証できないんだけれど……?」
「ありがとう、バーチャルシンガー・初音ミク。最近の手詰まり状態から一歩抜け出した気分だよ!ぜひお礼を言わせてくれ。」
「えっと、元気になってくれたなら、よかった、のかな。」
ミクは困り顔だったけれど、ここでやっと笑みを浮かべた。
「私たちはこのセカイで、強い想いを持つみんなのお手伝いをするためにいるんだ。」
「本当か?それは、素直にありがたい話だ。」
僕の夢は、誰にも理解されない夢だ。昔誰かに言ったような記憶があるけれど、冗談だと思われて誰も取り合ってくれなかった。
ある時期から僕は理解されるのを諦めた、気がする。もうあまり覚えてないことだけど。それに、陰の実力者を目指すんなら本当の目的は誰にも知られちゃいけないからね。
……でも確かに、それで孤独を感じていないと言えば嘘になる。みんなが憧れていたヒーローの話をしなくなって、ほんの少しセンチな気分になったこともあった。
目の前の彼女は僕の夢を応援してくれるといっている。僕の夢を理解した上でだ。さっき修行の話をした時は全然納得してくれなかったけれど、陰の実力者を目指すってこと自体は大まじめに応援してくれるようだった。
陰の実力者が助力を乞うなんてちょっとカッコ悪いけれど、話を聞いた限りチート能力を与える神様みたいな感じじゃなさそうだ。
それなら僕の目指す「陰の実力者」像にとってなんの問題もない。
「うん。君のことはまだよく理解できていないけれど、応援したいって気持ちは本当だよ。」
「そうかそうか!なら、どうやったら魔力を手に入れられるかを相談させてくれ!」
「う、うーん……それは分からないけれど、でも相談にはいつでも乗るよ!正直言って、影野君の本当の想いはまだ私には見えてないんだ。でも、まずは夢に向かって頑張る影野君を応援するよ!」
「本当の想いっていうのはよく分からないけれど……ありがとう。夢に向かって、僕は頑張るよ!」
うんうんと頷くミク。さっきまでの挙動不審さは消え、本当に僕を応援してくれるみたいだった。
なら、僕のやることは一つ。修行を重ね、肉体を鍛え、精神を鍛え、技を鍛え、そして『魔力』を見つけ出す。核でも蒸発しない「陰の実力者」になるために!
「それなら、僕はいったんここから出るよ。時間的にはそろそろ家に帰らないと学校に遅れちゃうからね。ここから出るにはどうすればいいの?」
「スマホの『Untitled』の再生を止めれば出られるよ。そしてセカイに来るときは、『Untitled』を再生すればここにいつでも来られる。」
「なるほど、実にファンタジー要素の強い移動方法だ。」
「……ファンタジー要素?」
首をかしげるミクをよそに、僕はスマホを確認する。なるほど、確かに「Untiteld」という入れた覚えのない音楽が再生されている。
「というわけで、明日から早速修行に付き合ってよ!どうすれば強くなれるのか、ぜひミクの意見も聞きたいしさ。」
「うん、もちろん!」
魔力の手がかりを得た嬉しさを胸に、僕は「Untitled」の再生を止めた。
「……で、でも。修行って何するつもり?あと、頭の怪我があるんだからちゃんと手当てしないと……」
去り際にミクが何か言った気がしたけど、まあいいだろう。多分大事な話じゃないし。
◇
「ヒャッハアアァァァ!!!!!」
「影野君!?は、犯罪はダメだよおおぉ!?」
僕は、大体月に1, 2回のルーチンワークがある。それは、夜に暴走族に殴りこむことだ。
陰の実力者としての実力磨きのためでもあるが、純粋に暴れるのが楽しいこと。物語のような高揚感がある訳ではない。でも、そもそも夜な夜な騒音をまき散らす暴走族なんだからちょっとくらい痛めつけてもいいよね。ミクは犯罪とか言ってるけど、法律的にも正当行為とかで言い訳できるかもしれない。多分、きっと、おそらく。
「なんだこいつ!?どっから現れた!?」
「ギャアアアアア!!!痛ってえええ!!!」
「テメエよくも……なんだ今の動き!?」
「スタイリーーーッシュ・バアアァァァル!!!」
「ま、まさかコイツ、別地方で出てた俺たちみたいなのにバール一本で殴りこむ、目出し帽のバーサーカ-!?なんでここに!」
「なんだあの動きは!?は、速すぎる、強すぎる!逃げろおおおおお!!!」
「見るがいい!これがバールのポテンシャル!」
「うぎゃあああああああ!!!お助けえええええ!」
この前、西……西野さんだっけ?その時にスタイリッシュ暴漢スレイヤーとして戦った際、バールはとても役に立った。それ以来、僕の愛用武器となっている。
「……あれ、もう全員伸びちゃったかあ。この辺の暴走族はあんまり強くないなぁ……」
前戦っていた時は、いつからかヘルメットを着けていたので戦う時少し歯ごたえがあった。でも、今回の奴らはそれもない。戦闘能力も結構低かった感じがした。
まあこんな感じで、暴走族と戦うのはそれなりに楽しいけど、物語のような白熱したようなものでもなく、ほとんどストレス発散にしかならない、程度の低い戦いだ。
陰の実力者としても、全然なっていない戦いだった。真の陰の実力者なら、こんな奴らは5秒もかからずに消し炭にするはずなのに、今の僕では分単位で時間をかけてしまっている。
嘆いていても仕方がない。無様だが、これが僕の実力。僕はこの思いを込めて、月に向かって手を伸ばす。
「
「……ングッ!」
うん?笑いをこらえるような声がしたような……気のせいかな。
まあそれはともかく。いつもだったら、このまま帰るところだ。でも、今日からは違う。
僕は遠くに置いておいたスマホを回収しに向かった。
「おーい、ミク。もう出てきてもいいよ。」
「………………」
するとスマホが光り、セカイにいたミクが出てきた。本人曰く、セカイにいるバーチャルシンガーは世界から出ることはできないけれど、スマホの画面からホログラムみたいに出て来ることはできるんだって。さすがファンタジー。この機能を詳しく調べることが魔力への近道かもしれないと、僕はひそかに期待している。
……ところで、ミクの様子がちょっとおかしい。何というか、なんて顔をしたらいいか分からない、って顔をしてる。
「ミク、どしたの?なんか様子がヘンだけど。」
「…………何やってるの?影野君……」
「何って、事前に説明したじゃないか。これから修行を兼ねた陰の実力者ごっこをしに行くって。」
「ほ、ほ、本当に戦うなんて思うわけないでしょ~~~~~!?」
すごいな、このミク。表情がコロコロ変わる。っていうか、その恰好でする表情じゃないでしょ。黒のロングコートなんていうまさに「陰の実力者」の恰好なんだから、もっとどっしり構えて欲しいな。
う~ん、この様子だと、僕の言動に疑問を抱いているみたいだ。本当に僕の想いから生まれたのか?このミク。
戦い方のアドバイスとか、より陰の実力者っぽく振る舞うにはどうすればいいのかとかをいろいろと聞きたかったんだけれど、この様子じゃ無理そうだ。残念。
「なんであんなことするの!?危なすぎるよ!」
「え、そう?20日くらい絶食したときの方がもっと危なかったよ。あの時は山中でギリギリまで追い詰めたせいで動けなくなっちゃったんだ。奇跡的にも、近くにいた幼虫を食べることで命が助かったんだけどね。」
「虫!?え、ええ!?」
「あの後は大変だったよ。なんと熊が出てきてね。あの戦いは本当にきつかった。僕が今まで培ってきたものすべてを出し切って、何とか撃退できた。まあ、陰の実力者なら熊なんて瞬殺なんだけど。」
「あば、あばばばばばば…………」
うわ、なんかミクの目がグルグル回っている。仮想の存在だから表情も漫画みたいにできるんだなぁ。人間じゃ絶対できない形状になってる。
でもしばらくすると、ハッした表情をした。正気に戻ったってやつか?
頭をブルブルと振ると、ミクは僕を説得し始めた。
「こ、こんなことしちゃだめだよ!」
「えー?なんでさ。別にそこまで悪いことしちゃいないと思うんだけどなあ。」
「多分法律的にダメじゃないの……?もしバレたらどうするの?将来にいろいろ影響がでるんじゃないの?」
「そこは大丈夫さ。僕は今まで何百という暴走族を殴ってきた。でも僕のところに警察が来たことはない。だからこれからもきっと何とかなる。僕はモブとしての振る舞いも徹底しているからね。」
「え、え、え?????」
ミクはずっとあたふたしている。うーん、陰の実力者的にそんなに変なことはしていないと思うんだけどなあ。そもそも「陰」って法律の光が届かないところで活躍する感じじゃない?
「……で、でも!法律抜きにしても、やっぱり駄目だよ!」
「えー?」
「今までうまく行ってたかもしれないけど、もし逆に殴られたらどうするの!?後遺症とか残っちゃったら夢を追うどころじゃなくなっちゃうよ!」
なんだそんなことを気にしてたのか。結構ビビりだなあ。
「その時はその時だよ。僕の実力が足りなかっただけのこと。残念だけれど、陰の実力者を目指した僕の人生に悔いはないのさ。」
「そ、そんなのダメーーーーー!!!」
ミクは突然大声を出した。そこまでリアクションされると思ってなかったらちょっとビクッてなった。
「私は、思ってたよりもすごく危ないことしてる影野君が心配なの!」
「心配って言われても……」
僕と一緒に陰の実力者ごっこをする人なんていなかったからか、そんなこと始めて言われた。
うーん……まあ確かに、ミスって目を潰されたりとかしたら大いに困る。でも、だからと言って妥協することはできない。命の危険なんかで日和っていたら、一生僕の目指す「陰の実力者」にはなれないだろう。というか、陰の実力者が自分の命を大事にするなんてむしろダサくないか?
もし目が見えなくなったら、僕は盲目なりに戦えるように努力して「な、なぜ目が見えないのにそんな動きを!」って言われて「……心の眼こそ、真実を映し出すのだ。」と言えるように努力するつもりだ。デバフを負ったとしても、できることは沢山あると僕は信じている。
まあ結局何が言いたいかというと、僕は自分の命よりも陰の実力者になる方が大事なので、心配とか言われても反応に困るってことだ。
「そんなこと言われてもなあ。陰の実力者になるためには、核に打ち勝つにはこの程度は軽くこなせないと、だろ?」
「そうかもしれないけど…………こんなことしなくても……」
ミクはしばらくブツブツ独り言を言っていた。熟考って感じだ。
…………この様子、僕はちょっと彼女に期待しすぎたのかもしれない。
だって、明らかに僕がやること楽しんでない。僕の想いから生まれた存在で、服装のセンスもいいから僕のやることに当然ノッてくれると思ってたけど、ここまでの様子を見る限り、彼女の感性は一般人寄りだ。
今までの僕の周りにいた人たちと同じ。夢を話しても最終的には「この狂人があ!!!」と言って距離を置かれてしまう。
必要でもないのに、気が合わない人と一緒に居ても良いことなんてない。魔力への手がかりが消えるのは残念だけれど、面倒ごとになるのも嫌だしね。
「……ミク。無理して僕の傍にいる必要ないよ?」
「えっ?」
「見た感じ、暴走族狩りもあんま楽しんでないみたいだし。残念だけど、僕とミクではセンスがあんまり合わないみたいだ。」
「…………」
「僕の夢を応援してくれるのは嬉しいけど、お互いに少し距離を取った方が良いんじゃないかな。無理してくっつく必要も無いんだしさ。だからこれからは」
「そういうんじゃないの!!!」
ミクが意思の籠った目で僕を見てきた。
「確かに……あんな大人数相手に戦う影野君はすごいって思う。カッコいいってちょっと感じた。でもそれどころじゃなくて、危なすぎて見てられなかったの!」
「そんなこと言われてもなぁ……」
「私は影野君に夢を叶えて欲しいって思ってるけど、それ以上に死んでほしくない!死んじゃったらもう『陰の実力者プレイ』はできないし、それにいろんな人が悲しむよ!」
「まあそうかもしれないけど……」
そこで、ミクは僕の手を取ってずいっと顔を覗き込んでくる。
「ねえ、他にやれることを探そう?あんなに危ないことしなくたって、できることはきっとあるはずだよ!私も頑張って考えるから。だから、自分の命を大事にして!そうじゃないと、私は影野君と一緒に楽しめないの!」
「興味ないならわざわざ一緒にやらなくても……」
「そんな寂しいこと言わないで!私は影野君と一緒に『陰の実力者』をやりたいって思ってるの!ねえお願い、少しでいいから、考えてくれないかな?」
僕と一緒に『陰の実力者』をやりたいか……そんなことも今まで言われなかったな。このミク、僕の人生で言われなかったことを結構言ってくるからなかなか慣れない感じがする。
ミクは、手をかなり強く握りながらずっと僕の眼を見ている。うーん、これは多分僕が「いいよ」って言わないと面倒なことになるパターンだ。
まあ……いいか。もう少し様子を見よう。僕のことを心配してくれてるのに何もしないのはほんの少し悪い気がするし。別に邪魔してこないなら、あんまり口うるさく言うつもりない。
それに、魔力を得るための作戦に行き詰っているのも事実だしね。せっかくファンタジー存在なんだから、ミクの言うことにも耳を傾けてみるのも良いかもしれない。
「わかったよ。そこまで言うならちょっと方向性を考えようか。」
「本当?私の言うこと、聞いてくれるの?」
「従うってわけじゃないけど、まあ君の考えは聞いてみるよ。魔力を得る方法に詰まっているのは確かだからね。」
「ありがとう影野君!私、頑張って考えるね!」
ミクはすごい嬉しそうな表情で手を振った。そんなに嬉しかったんだ。さすが僕の想いから生まれた存在……なのか?
そうして今日のところは解散となった。ミクは今夜から明日にかけて、どうするべきかを夜なべして考えるんだって。
まあ夜も更けて来たし、僕もそろそろ寝ないといけないといけないので、続きは明日聞くことにしよう。
◇
「昨日の夜にあったらしい暴力事件の場所を見たけど、パトカーがかなり来てたな。結構大事になってるみたいだ。」
「迷惑行為していた奴らが10人以上ボコボコにされたってよ。犯人はまだ捕まってないらしい。」
「怖いね……ここから離れた場所だけど、この辺治安が良かったと思っていただけにショックだなー。練習の帰り道とか気を付けないと。」
まあその犯人は悪い奴らだけをターゲットにしてるから君たちが狙われることは無いんだけどね。
彼らの噂話をよそに、僕は鞄の位置を調整する。
「ふーん?これで見える?」
「うん!バッチリ!じゃあ、今日はこの鞄を見えるところに置いておいてね!」
「はいはい。よっと。」
ミクが徹夜して考えた結論だけど、「僕が普段どうやって過ごしているのかをもっと知りたい」だった。
なんでも、生まれたばっかりなせいで僕の普段の行動を知らないんだって。本当に僕の想いから生まれた存在なのかなあ?やっぱり疑わしい。まあともかく、今日はスマホのカメラ部分を鞄からちょっとだけ出して一日を過ごすことになった。
今日は転校三日目だ。この間、僕は無事モブとしての地位を確立した。初めの頃は転校生という珍しさから結構話しかけられたけれど、今は机の前後数人にしか話しかけられない。いい傾向だ。
「あっ!影野君。神高にはもう慣れた?」
おっと、ネームド・キャラクターに話しかけられた。せっかくなので、この高校における特記事項を紹介しよう。
まず、目の前にいる髪の長い女子は白石杏。見た目が良くてコミュ力抜群、誰に対しても優しいというまさにカースト最上位に位置する女子だ。まあカーストなんて言ったけれど、このクラスはいじめとかないみたいだから「クラスの一番の人気者」って感じかな?
その証拠に、単なるモブ生徒の僕にもこうやって話しかけてきてくれるわけだ。
ならば僕は、「ちょっと不安だったけれど人気者に話しかけられて嬉しいモブ」として応えよう。
「あ、うん!ありがとう白石さん。このクラスの人はみんな優しいし、僕にもよく話す人が出来たんだ。」
「そうなんだ、よかった!私風紀委員やってるから、困ったことあったら言ってね。じゃねー。」
ふむ。誰に対してもコミュニケーションをとるがために一人一人にかける時間はそう多くはないと見た。この様子なら、僕に関心を向けてくることは少ないだろう。ネームドに注目されるなんてモブじゃないからね。
さらにだけれど、この人ストリートミュージックをやってるんだって。わざわざアメリカにまで行ってるらしく、結構ガチな奴らしい。ついでに、同じクラスの東雲彰人もそうらしい。
一回二人の歌うところを見てみたけれど、思っていたよりもかなりすごかった。僕の目指す陰の実力者とは全然方向性が違うし、ストリートミュージックの修行は今まで全くしてこなかったから細かいところは分からないけど。
多分バンド物のストーリーなら王道主人公やってるんじゃないか?この二人はネームドとして少し警戒している。
それからもう一つ。この神山高校には「変人ワンツーフィニッシュ」と呼ばれる変人が二人、3年にいるらしい。ひとりはめちゃくちゃ声がデカいことで有名で、もう一人は爆発する発明品を作るマッドサイエンティストキャラらしい。
その二人も主人公属性がある可能性が高いな。要警戒だ。
ついでに言えば、この付近には宮益坂女子学園と呼ばれるいわゆる「お嬢様学校」と呼ばれる高校もあるらしく、そこには芸能人が数多く在籍しているらしい。あんまり関わらないだろうけれど、万が一にもネームドに目を付けられないよう頭に入れておこう。
まあこんなところかな。
彼らに気を付けていれば、僕はモブとして過ごしていけるだろう。この場所でどうやって「陰の実力者」プレイをするかはまだプランが固まっていないけれど、いつかきっと成し遂げてみせるぞ。
◇
授業中の隠れトレーニングも一切バレることが無く、無事放課後を迎えた。
今日は放課後、意味深なことを呟くために絶好の屋上ポジショニングを探そうかな。前の学校だと屋上は立ち入り禁止だった。なので僕だけの空間だったけれど、この学校だと禁止されていないらしい。ネームドが重要会話しているところに飛び入ったらまずいからね。状況を調査しておかねば。
……おっと、そうだ。その前に。
僕はトイレの個室に入って、スマホを取り出す。
「ミク、約束通り放課後になった。出てきていいよ。」
「あ、うん。」
放課後になったら、誰にも見られないところでスマホを取り出して欲しいと言われていた。今日の僕の観察結果の報告をするんだろう。
ところで、出てきたミクがほんの少しだけ不満げだ。
「なんか不満気だけど、どしたの?」
「えーっと、ここって男性用お手洗いの個室?」
「そうだけど。」
「私一応女の子…………」
あ、そういうところなんだ。
「……できればだけど、次からはもう少し雰囲気のあるところで呼んで欲しいな。まあともかく。これから今日一日影野君を見ていて感じたことを話すね。」
「うん、お願い。モブとしての僕はどうだったかな?」
「モブ……?」
なんかミクは納得してないみたい。やっぱりノリが合わないんじゃないかなあ。
「えっとね。影野君、みんなと同じように過ごしていたみたいだけれど、隠れてトレーニングをしていたのかな。」
「そうそう。言ってなかったのに、よく気が付いたね。」
「うん。努力を怠らないのはとってもすごいと思った。ああいう積み重ねが、影野君の強さの秘訣なのかな?」
「そうだね。努力は大事だねー。」
「でも、ちょっと気になったことがあって……」
「というと?」
「影野君、自分の好きなものの話を誰ともしていなかったなあ、って。」
まあ、そりゃねえ。
この年になって自分のノートに黒魔術の魔法陣を本気で書いている奴は僕以外いないだろうし。体を鍛えている人は沢山要るけど、それは大抵部活とかの一環であって、ガチバトルするために鍛えてる人は残念ながら存在しないだろう。
僕がその話をしている中でボロが出てしまう可能性もある。うっかり夜な夜な暴走族を殴っていることがバレたりしたら面倒だし、筋トレ関係で妙な熱血学園物のシナリオに巻き込まれるリスクだってある。
それになんて言ったって、僕が「陰の実力者」を本気で目指していることを知られたらどう反応するかなんて大体想像つくしね。
「……そうなんだ。まあ僕は、自分にとって大切なことは誰にも言わないようにしているからね。クラスメイトとの会話では、それ専用の会話レパートリーを用意しているんだ。」
この話をすると、ミクはなんだか悲しそうな表情をした。
もしかして僕に同情してくれるのか?それなら同情パワーで魔力への手がかりを見つけてくれると嬉しいんだけど……
「どうかなミク。もしかして、魔力への手がかりを思いついたりしないか?」
「え?ま、魔力はちょっとまだよく分からないかな。」
うーん、まあそう簡単にはいかないか、魔力。
「それで私、思ったんだ。」
「うん。」
「影野君が行き詰ってるのは、誰とも協力せずに自分一人の力だけで頑張ってるからじゃないかって。」
「えー……?」
うーん……正直あんまりピンと来ない。陰の実力者がそんなことするか?まあ確かに原因の一つかもしれないけど、なんか違うっていうか。
陰の実力者が「陰の実力者になるために協力してください!」って言うのって、ちょっとカッコ悪いっていうか……
「カッコ悪くなんてないよ。目標に向かって頑張ってる人って、自分一人の力だけで成し遂げたわけじゃない。影野君。君が目標にしている人を頭に思い浮かべてみて。そしてその人が、どうやって努力してきたのかを。」
目標の人……あんま思い浮かばないなあ。
言われてみると、僕には明確な「陰の実力者」像というものがない。したがって、憧れの人もいない。強いて言えば大昔の伝説の人?ドラキュラ伯爵とか、シモ・ヘイヘとか、ああいうミステリアスな感じの。まあ彼らならば、生きる過程で人に助けられたことなんていくらでもあるのだろう。
でも、そうなりたいて言われるとそれもなんか違うっていうか、人間の範疇を超えてる感じがしないんだよね。もっとこう、いかなる相手でも圧倒する善悪を超越した実力者になりたいっていうか……
うんうん悩んでいると、ミクがさらに言葉を投げかけてくる。
「影野君。誰かに頼るのは、恥ずかしいことじゃないよ。物は試しだと思って、まずはクラスの人ともっと話してみるのはどうかな?私、影野君だけじゃなくて他の人たちの話も聞いていたんだけど、いろいろな夢を追いかけている人がいるみたい。」
「え、そうなの……?」
「やっぱり……影野君、もっと他の人の話も聞いた方がいいよ。きっと、いいアイデアが生まれるんじゃないかな。」
そうか……?まあ確かに僕は今日ずっとモブ会話をすることに集中してて、それ以外はほぼ頭に残ってないけど……。
「うーん……まあ、一応気にかけとくよ。じゃあ、そろそろ戻るね。」
「うん。頑張ってね。……一応聞くけど、今日は帰ったら何をするつもりなの?」
「もちろん修行だよ。今日は肉体強化のために、古今東西のあらゆる毒を舐めて耐性を得る修行だ。毒によって脳が活性化されて超能力を得たって本を最近見つけたんだ。もしかしたら魔力への手がかりもあるかもしれない。」
「え?ま、まってそんなの」
僕はスマホの電源を切った。ミクが何か言いかけた気がするけれど、まあいいだろう。屋上に寄ってから早く帰らないと。
◇
僕はトイレから出て屋上に直行したけど、やっぱり話している人がいた。知らない女子生徒だった。うん、黄昏ポイントとしてここの屋上はやっぱり駄目だな。他の場所を探さないと。
そうして僕は家に直帰……することなく、一旦教室に戻った。荷物を置いたままだったからだ。
しかし教室のドアを開けると。
「あ、影野君。ちょっといい?よかったらこれ。」
「ん?えっと君は……」
緑色の髪をした女子生徒に話しかけられた。
誰だっけ?なんか見覚えあるような……多分同じクラスの人だ。
でも確か頭文字が「草」で、草、草……
「ああ、草村さん。」
「ちょ、違うわよ私は草薙寧々。まあ転校してすぐだし仕方ないか。えっとね、これを渡したかったの。」
渡されたのは何かのチラシだった。
なんだこれ?……ミュージカルの宣伝か?
「えっと、これは?」
「私はワンダーランズ×ショウタイムっていう劇団でショーキャストをしているの。それで、今度アークランドで大きな公演をすることになっているの。」
……アークランドって、結構デカい場所じゃなかったっけ?日本最大級とか何とか。
そこで公演ができるって、めちゃくちゃすごいことじゃないか?もしや彼女、ネームドキャラクターか?油断した。自己主張が少ないからってあんまり気にしてなかった……反省だ。
「……?なんで悔しそうな顔してるの?」
「え?あ、いや。気にしないで。」
おっと、顔に出ていたようだ。モブ顔を心がけねば。
「それにしても、そんなすごい場所で講演かあ。すごいね。」
「……ありがとう。せっかくだからみんなにも見てもらいたくって、こうしてチラシを配ってるの。私たちにとってもすごく大事な公演なんだ。影野君も、興味あったらぜひ見に来て。」
なるほど、そういうことか。みんなに配ってるのね。ネームドに目を付けられたわけじゃなくてよかったぁ。
「うん。公演がんばってね、草野さん。」
「いや草薙だって……まあ、そういうことで。じゃあね。」
そう言って彼女はどこかに行ってしまった。
僕、劇にはそんなに興味ないし、それよりも修行したいから悪いけどパスかな。
……ん?あれ、でも、待てよ。
僕はそうやって、周りに注意を向けないことでネームドの存在を把握できなかったという失態を犯してしまった。ここは心機一転、僕の周囲に居るネームドキャラクターの様子を探るのも良いかもしれない。
まあ劇の内容は……僕の好きなジャンルじゃないけど、たまにはこういうのも良いのかもね。僕にとって重要なアイデアが出るのは、普段と違うことをした時だった。僕が核に対抗するために魔力を得ようという発想をしたのも、普段はあまり入らない温泉に入ったときだったからね。もしかしたら、いい刺激になるかもね。
そういえばミクもクラスの人に目を向けろとか言ってたし、ちょっと行ってみるか。チケットって今からとれるのかな。
◇
いやあ、思っていたよりすごかった。
彼女たちは間違いなくネームドキャラクターだ。きっと青春モノのシナリオの主人公たちなんだろう。僕も普通に見入ってしまった。それくらい上手かった。
後で聞いた話だけど、あの「変人ワンツーフィニッシュ」もあの劇団の所属らしい。やはりあの草薙寧々、ネームドキャラクターとして警戒するべき相手だった。公演を見ていなければ軽んじていただろう。
ネームドの存在を正確に把握できたという点で、今回の件は幸運だった。
「草薙さん!公演見たよ!本当にすごかった!」
「本当!?ありがとう。正直興味なさそうって思ってたから、見に来てくれて嬉しいな。」
「ワンダーランズ×ショウタイムならきっと世界でも通用するよ!これからも草薙さん達のことを応援するね!」
「……?うん、ありがとう、影野君。」
モブらしく「なんてすごい人たちなんだあ!」オーラを纏った会話を済ませつつ、僕は席に着く。
なんか一瞬僕の方が気になっていたみたいだけれど、僕と同じく劇を見たらしき人たちに囲まれたので視線を外された。
ノルマを達成したので、僕は席に着きつつ昨日のことを思い返す。
モブノルマとして見た劇のことを褒めておいたけど、本心としてもかなり印象に残っている。僕も「陰の実力者」として、来るべき日にはあれくらいの存在感を出したいものだ。
……来るべき日、か。
僕には来るのかな、それ。……可能性は低い、んだろうな。
気が付くと、僕は柄にもなく深いため息をついてしまっていた。
◇
うーむ、今日はちょっとネガティブになってしまったな。反省反省。
こういう日は修行に集中して、雑念を消すに限る。そうだ、前やってた大岩に頭を打ち付ける修行。アレはセカイに出会ったことで中途半端な形で終わってしまっていた。今日はあの修行を完遂させるとしよう。
そんなことを考えながら、僕は帰路についていた。
「……えっと、影野君。ちょっといいかな?」
「どしたの?」
鞄を開くと、ミクがホログラムになって出てきた。
念のため周りを見渡してみると、誰もいない。このミク、何かの能力で周囲に人がいないかを察知しているのか?そうだったらスパイごっこに協力してもらえるかもしれない。
……うん、これは我ながらいい発想だ。今度相談してみよう。
「今日も、影野君の一日を見させてもらったよ。協力してくれてありがとう!」
あー……そういえば今日も鞄から覗かせてくれって言ってたな。すっかり忘れていた。
「邪魔しなければ何でもいいよ。」
「うん。それで、ちょっと気になることがあるんだけど……」
「ん?今日なんかあったっけ?」
「影野君、ちょっと、元気なかったなって。」
え?僕が?
…………あー。まあ、心当たりはちょっとある。
「もしよかったらなんだけど、話してくれないかな?」
「えー?別にいいでしょ。言っても仕方ないことだし。」
「影野君が言いたくないならいいんだけど、私は心配だよ。話すだけで何か変わるかもしれないし、どうかな。」
そ、そこまで不安そうな顔をされると断りづらいっていうか……。
まあいいか。今までこのミクにはいろいろ言っちゃったし、今更隠してもあんまり意味はないかもね。
「……正直羨ましいって思ったよ。」
「羨ましい?」
「うん、昨日の劇。多分めちゃくちゃ頑張って完成させたよね。草薙さんもなんかニコニコしてたし。」
「そうだね。私も、見ていてすごくドキドキした。」
「多分……あの人たち、夢を順調に叶えてるんだろうなってさ。」
「…………」
そう、彼らは夢を叶えている。
最終目標がどうなのとか、細かいところはよく分かんないけど。世界で活躍するのも夢じゃないとか言われてたし、多分目標に向かって確実に進んでいる。
翻って、僕はどうだろう。
ハッキリ言って、夢を叶える見込みが無い。
本当は心の中で分かっている。核に打ち勝つなんて無謀だと。魔力なんて多分手に入らないと。
そりゃそうだよね。人類の歴史が何千年もあるなか、疑わしい記録のみ残っている魔力の存在。実在してたらとっくに誰かが見つけてる。本当に存在する可能性なんて、小数点以下何十桁の確率なんだ、って話だ。
それでも、僕の夢を叶えるには不可欠な要素だ。可能性が低いからって諦めるつもりはない。
諦めない、けれど……
ああやって夢を叶えてる人を見てると、ちょっとだけ思ってしまう。
「もう少し現実的な夢を持つべきなのかな……って。」
「影野君……」
はっきり言って、叶うはずの夢を持ち続けるのは楽じゃない。
まあスタイリッシュ暴漢スレイヤーでもしていればそれなりに気は晴れるけれど、僕がいつも感じているのは無力感だ。理想の自分とのギャップ。軍人や暴走族を瞬殺できない自分に対する苛立ちだ。
耐えられないってレベルじゃないけれど、嫌になるときはどうしてもある。
今日は特にそうだ。夢を多分叶えられていた草薙さんはすごくニコニコしていた。ちなみにあの後、3年の変人ワンツーフィニッシュさん達の様子をチラ見したけどすごい満足げだった。
まあとどのつまり、叶えられる夢をもっている人たちが羨ましいんだ。
「ま、こんな感じかな。これは正直言ってもどうしようもないし。僕は陰の実力者を諦めるつもりなんて一ミリもないから、この先ずっとこんな感じだろうね。」
「そうなんだ……」
「……ミクも、僕はもっと現実的な夢を持つべきだと思うのか?」
おっと、余計な質問をしてしまった気がする。例え否定されても、僕はやることを変えるつもりはないけどね。
……ぽろっと言ってしまったけど、あんまりいい気がしないな、これ。
「…………そうだね。影野君の夢は、叶えるのがすごく難しいと思うよ。」
「えー……そこは「君なら出来る」っていう場面でしょ。」
正直否定されるとは思ってなかった。ちょっとショックだ。やっぱり僕の想いから生まれたって嘘なんじゃないか?いや別に間違ってはないけどさ。
「でも、不可能じゃないと思うよ。」
いやそんなこと言われてもな……結局魔力を見つけてないんだし。
「じゃあ聞くけどさ、ミクは魔力を見つけたのか?それとも、魔力ナシで核に対抗する手段があるのか?」
僕はちょっとキレ気味に言ってしまった。
……けど、ミクの顔は意外にも決意がある感じだった。何が言いたいんだ?
「見つけてないけれど……私からも聞かせて。影野君の夢って本当の『陰の実力者』になることだよね。」
「もちろん。何度も言ってるじゃん。」
「その『陰の実力者』は、例えばだけど、もしも『絶対に人間が核には勝てない世界』に現れた時、どうすると思う?核じゃなくてもいい、例えば宇宙が終わるとか、『打ち勝つ』ことができない世界にいたとしたら。何もしないと思う?」
…………どう、するだろう?
考えたこともなかった。僕の憧れは核兵器に勝てて当たり前だと思っていた。それが絶対に出来ない世界、か。
「勝てなかったとしても、かっこ悪くなるって思う?」
「いや、多分そんなことはない……ような気がするなあ。」
まあ少なくとも、核に勝てないからって何もしないことはあり得ない。核が迫ったとき智謀、技術、あらゆる手段を使って当然のように「やれやれ、僕を働かせないで欲しいな」と言いながら陰で止めるのが陰の実力者。宇宙が終わるとしても、裏で次元ワープ装置かなんかを作ってしれっと主人公を別世界に送り届け、「次の世界ではうまくやってくれよ」と物知り顔で呟くのも、陰の実力者の役割と言えるだろう。
そこまで考えて、僕はふと思った。
「限られた舞台でも……可能性はある、か。」
「うん、そうだよ。」
ミクの優しい声を聴きながら、僕ははっとした気分になる。
「ミサイルで蒸発してしまう『陰の実力者』はカッコよくないかもしれないけれど、取れる手段は一つだけじゃない私はそう思うな。」
「なるほど……」
「影野君は、戦う以外に修行していることは何かある?」
「えーっと、芸術分野でも実力アピールしたかったらピアノで「月光」をちょっとだけ……」
「流石影野君。ねえ、セカイに行ってみない?そこでピアノを弾いてみてよ。」
そして、僕が何を言う間もなくスマホが光りだした。
◇
連れてこられたのは、中世、いや近世だっけ?面倒くさいから中世ヨーロッパってことにする。
その中世ヨーロッパの時計塔の頂上だった。
改めて見てみると……このロケーション、イイ!
眼下に浮かぶロンドンっぽい街並み、そしてそれを見下ろす僕。なかなか雰囲気が出てる。この町の全てを手中に収めている実力者って感じだ。
あー、でも今のぼくは学生服。これじゃちょっと格好がつかないな……
「あ、そうだ影野君。これ、貸してあげる。」
ん?ミクがなにか黒い物を差し出してきた。
……こ、これは!
「黒のロングコート!僕が陰の実力者として必須だと思っているアイテムナンバーワン!僕が今欲しい物品じゃないか!」
「このセカイの中限定だけどね。残念だけど、現実世界には持ち出せないよ。」
「いや、十分だよ!ありがとうミク!」
このロングコート、現実世界で妥協せずに手に入れようとしたら多分数百万はくだらない代物なのだ!単に素材が高いだけじゃなくて、僕の理想の為には防弾性、静音性、そのほかあらゆる機能が搭載されたものが必要なのだ。
そして、触れればわかる。このセカイ産ロングコートはその機能全てが備わっていると!
袖を通してみれば、心が満たされているのが感じる。服にゴツゴツと感じる感触は、バトル用の何か細かい機能なんだろう。探せが仕込みナイフとかあるに違いない。
ああ、今の僕は、最高にカッコイイ!!!
「さらに、これも用意してみたけれど、どうかな。」
ミクの方を見ると、いつの間にか大きなピアノが置いてあった。しかもこれ、絶対高いやつだ!スタンウェイズ……何とかってブランドの超高級品!まさに陰の実力者が弾くにふさわしい代物だ!
「ミク、これすごいね!これだけでもこのセカイに来る価値がある!」
「私も頑張って用意したからね。喜んでもらってよかった!ねえ、影野君。今、楽しい?」
「もちろんさ!!!!!!」
納得のいく陰の実力者コスができて嬉しいに決まっているだろう!
僕はミクにスマホで写真を撮ってもらった。月光を弾きながら、「世界が、泣いている……」とか「覚醒の刻は近い……」とか呟いてみれば、もうテンション爆上がりだ。
月光を弾き終わって、ミクに撮ってもらった動画を確認してみる。
中身を見た僕は、もう大満足。僕の理想とする「陰の実力者」がそこにいた。
これで実力を見せつけるバトルシーンが入っていれば完璧だったんだけれど……それでも、久しぶりに納得のいく陰の実力者プレイが出来た僕は大満足だった。
「ねえ影野君。今の君、とっても楽しそう。」
「そりゃあ楽しいさ!これからも定期的に陰の実力者コスプレをしにここに来てもいいかい?」
「もちろん、いつでも来ていいよ。それに、私も嬉しいな。」
ん?ミクが喜ぶことって何かあったっけ?
「影野君、ずっと修行のことばっかりで張りつめていたから。たまには、夢の楽しさを思い出して欲しいなって。」
……まあ、そう言われてみれば。
魔力が手に入らないせいで、ずっと修行のことばっかりだった。陰の実力者を追い求めるのがちょっと辛かったのは事実。
別に僕は修行がしたかったんじゃなくて、そもそもは陰の実力者になりたいのだ。ちょっと手段と目標が入れ違ってしまっていたかもしれない。
なんかミクは僕のことを気にかけてくれるし、僕の様子が心配だった、ということなのか。
……そう考えると、ちょっとは感謝しても良いかもしれない。
「そうだね。楽しい気持ちを思い出してくれてありがとう、ミク。これで、僕はまだまだ修行を頑張れそうだ。」
「うん。今まで沢山頑張ってきた影野君なら、魔力でなくてもいろんなことを頑張れると思うよ。」
「そうか……方向性の見直しか。ちょっとは考えても良いかもしれない。芸術方面でもこれだけカッコよかったんだから。……ん?」
僕のスマホが光ってる。なんだこれ?
「影野君、歌が生まれるよ!」
「へ?」
「セカイでは、想いの持ち主が本当の想いを見つけた時に歌が生まれるの。さあ、一緒に歌おう!」
そ、そうなんだ……?バーチャルシンガーだからそういうノリなのか?
でもタイトルを見た時、なるほどこれは僕の理想とするものだと思った。
たしかに、僕は僕の目指すものについて考え直す必要があるだろう。ミクには感謝しているし、ここはひとつやってみようか。
そして、僕は歌った。慣れないジャンルだったけれど、結構ノリがいい感じで、嫌いじゃなかった。
◇
「ククク……このルートがやはり最適か。」
「影野?ニヤついているけれどどうしたんだ?」
「え?ああ、なんでもない。ちょっといいことがあっただけさ。」
いかんいかん、モブ演技を忘れるところだった。
僕がなんで教室でニヤけているか。それは、心機一転して考えている作戦がうまく行ったときのことを考えたからだ。
名付けて、「放課後に響く謎の月光!奏者は一体何者なんだ!?」作戦!
ある日の放課後、誰も寄り付かないはずの音楽室から聞こえてきた「月光」!その腕前はプロ並みの心を揺さぶりまくる代物だった!しかし音楽室に行ってみると、誰もおらず、意味深にカーテンが開いているのみ!果たして奏者は何者なんだー!?
うん、なかなかミステリアスでカッコいい!聴いた人が音楽関係者で、「俺以外にこれほどの演奏ができるやつがいるのか!?」とリアクションされるのがベェスト!
しかし、この作戦には問題点がある。例えば音楽家の幽霊の仕業だと思われたら方向性が全然違ってしまうことだ。
人間であることを確信させつつ、それでいて正体は謎のまま。これが最高のムーブだ。ふむ、この作戦にはもう少し練りこみが必要か……
という話を放課後になったときにミクに話してみると、少し困ったようにしつつもミクは笑みを浮かべた。
「楽しそうだね、影野君。」
「もちろん。いやあ、前は改めてありがとう、ミク。あの『陰の実力者なりきりセット』は本当に良かったよ!」
残念ながらロングコートは無理だったけれど、あそこで撮影した映像は現実世界でも見ることができるようだった。
今改めて見ても……うん、コスプレ中の僕は本当にカッコイイ!まさに僕の理想って感じだ。
いつか、このカッコよさに見合う実力を身に着けたい。僕は改めてそう思えた。昔はどうだったか忘れたけど、最近はこういう格好をしてこなかったせいで少し後ろ向きになってしまった気がする。
その点、僕はミクに対して本当にありがたいって思っている。前まではノリが合わないって思っていたけれど、あのロングコートを用意できたあたり、センスは似ている気がするな。
「……影野君、ピアノを弾くのもできるなんてすごいね。」
「当然さ。僕はピアノを結構ガチでやっていたからね。」
「こんなに頑張れる影野君なら、きっと自分が納得いく形で夢を叶えられるって思うよ。私も、ずっと応援しているからね。」
まさか本当に僕の夢を応援してくれる存在がいるなんて思ってもみなかった。
このミクとどうやって付き合っていくか、ちょっと自分でも決めきれていない部分があるけれど。僕の夢の実現に必要不可欠なことは多分間違いない。ついでにミク経由で魔力も見つかるかもしれない。
本当にありがたい話だ。夢の為に修行を一層頑張らないとね。
「ありがとう。これからもよろしくね、ミク。」
「うん!」
さて、ダラダラしちゃいられない。一刻も早く修行を始めよう。
「さて、僕はさっそく山に向かうよ、ミク。」
「いいn……ん?ちょ、ちょっと待って影野君。嫌な予感がするんだけど、何をする気?」
「この前ミクを追い回しちゃったとき、普段より運動能力が落ちてたなって思ったんだ。痛みのせいもあるとはいえ、傷のせいで能力が低下するなんて実力者としてあってはいけないことだろ?それに、多分出血による感覚のずれも感じたんだ。」
「え、えっと、待って」
「というわけで、僕は山で岩に頭を打ち付けてから走り回る修行をしようと思う。人間は全血液の30%まではギリギリ失ってもイケるらしいから、まずはそこまで体の血を抜いて」
「お願いだから危ないことはやめてえええええええええ!!!」
この初音ミクはプロセカの対象年齢9歳以上仕様です。あと恰好はカゲマスのミクコラボみたいな感じです。
なお続くかは未定。