しんしんと雪が降る白銀の山奥。
ここは日本――試される大地、北海道。
吐く息すら凍りつく極寒の地。本来であれば、大人であろうと十分な装備なしでは数日と持たず凍え死ぬだろう。
そんな場所に、ボロボロの服を纏った白髪の少年がいた。
少年は、湯気を立てる巨大な熊の亡骸にかぶりついている。血と脂にまみれた口元を赤く染めながら、無心に肉を食いちぎる。
「はぐ……はぐはぐ」
凍てつく世界の中、その中でクマから立ち昇る熱に顔を赤らめながら食らいつく。
『どうだ、美味しいか?』
どこからともなく、優しく低い声が響く
「うん! お母さん! お母さんも一緒に食べよ!!」
少年は、嬉しそうに顔を上げる。
その瞬間、周囲の空間がゆらりと歪んだ。
『そうか。それは良かった。私は腹を空かしていない。お前がたくさん食べな』
「うん!」
少年は力いっぱい頷き、再び熊の肉へとかぶりつく。
その様子を、雪を踏みしめる音が遮った。
しゃく、しゃく、と静かな足音。
「いやいや。呪霊の収集のつもりで今日は北海道まで来てみたけど……まさか呪霊が子供を育てているだなんてね」
軽薄さを含んだ声。
振り返ると、前髪を垂らし袈裟を着た男が立っていた。
「だれ?」
少年が首をこてんと傾げる
。
「おや、しゃべれるんだね。私の名は夏油傑。呪詛師さ」
『ふん。呪詛師風情が、何の用でここまで来た』
「言ったろう、呪霊の収集だと。私の術式でね今強い呪霊を集めて戦力を増やしているんだ。
ここらで最近残穢の反応が強まったという噂を聞いてね確かめに来たんだがまさかこれほどの呪霊がいるとは思わなかったよ。」
『…話はそれだけが』
声と同時に空間がぐにゃりと歪む。
現れたのは、白銀の毛皮を持つ巨大な狼。
太陽光を反射して煌めくその毛並み。顔には四つの眼。
圧倒的な呪力が、雪原を震わせる。
「おお……素晴らしい。これほどの呪力量、まさに特級。それも私の手持ちのどれよりも飛び抜けている……」
夏油の瞳が愉悦に細まる。
『その鬱陶しい口を閉じろ』
「おっと失礼。だが待ってくれ。さっきは君を取り込むと言ったが、それは撤回しよう。君と“取引”がしたい」
『……取引だと?』
「ああ。見たところ、君はその子を育てている。
私に協力してくれるなら、その子を育てる手伝いをしよう。人間社会で生きる術を教え、守ろう。どうかな?」
大狼の眼が細まる。
『話にならん――』
「僕、行ってもいいよ」
『何?』
紅矢は熊の肉から顔を上げ、静かに言った。
「僕ね、お母さんとここで過ごすのは大好きだよ?
でもね、僕はお母さんとは違うでしょ?
ずっとここにいるわけにはいかないと思うんだ」
そう言って狼へ近づき、毛並みに触れる。
優しく撫でるその手に、狼は目を細める。
「この人に手伝ってもらうの、いいと思う。いい?」
長い沈黙。
やがて。
『……分かった。お前の言う通りにしよう』
「お母さん、ありがとう!」
紅矢は振り向き、夏油を見る。
「これでいいですか? えーと……」
「夏油だよ。説得してくれてありがとう。
これから君は“家族”だ」
差し出された手。少年は迷わず握り返す。
その瞬間、夏油の目に一瞬だけ妖しい光が宿った。
「さあ、まずは風呂だね。皆に紹介する前に、綺麗にならないと。私の家に帰ろう」
夏油は少年の手を引き、街へと歩き出す。
紅矢はもう片方の手で母の毛をぎゅっと握る。
まるで両親と手を繋ぐ子供のように、弾む足取りで。
それを見て、大狼は静かに目を細めた。
「ところで、君の名を聞いてもいいかい?」
「ぼく? ぼくの名前はね――」
少年は振り返り、にっと笑う。
「紅真だよ」
雪原に、三つの足跡が並んで続いていった
術式は次回出します。拙作の青の魔弾を見てくれている人にはどんな術式か見当がつく人は居るかも知れません
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