「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう   作:ますかるぽーね

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潜入

 夜明け前の森。わずかに東の空が赤みを帯び始めた樹海の中を、音もなく駆け抜ける。

 野営地の洞穴を出た後、セシルの話を頼りに一度ロシュドールへと続く山道に戻り、注意深く荷馬車が通った跡を辿って細い脇道を見つけた。

 ただでさえ暗い上に鬱蒼として見通しの悪い道を進み続けると、やがて視界が開けて石造りの屋敷が姿を現した。

 

 ――ここが、セシルの言っていた館か。

 

 ヒューガは幹の太い樹木の影に身を潜め、周囲の荒々しい自然とひどく不釣り合いな、大きく豪奢な建造物を見上げた。

 蔦の絡まるえらく年季の入った館の窓のうち、ひとつだけ灯りが漏れ出ている。

 闇商売の稼ぎで羽振りがいいのか、夜明け前だというのに宴でも開いているのだろうか。

 

 館を目指す道すがら、例の軍用魔獣に二度背後から強襲を受けた。

 一度目は1頭、二度目は三方から同時に。

 二度目の強襲を退けると、戦闘に加わらず遠巻きに様子を窺っていたリーダー格と思しき個体が森の奥へ逃げようとする気配を感知し、咄嗟に己の分身とも言える魔剣を投げて仕留めた。

 そのまま逃がしては主人に敵襲の報せを入れられてしまうリスクがある。他に投擲に適した暗器も持ち合わせておらず、やむを得なかった――ヒューガは自分とアシュリーゼにそう言い訳しながら獣の骸に突き刺さった剣を引き抜いた。

 その個体を最後に殺気立った肉食魔獣の気配ははたと消えた。昼間に倒した個体も含めて、放たれていた魔獣はこれで全てだったのだろう。

 幸いにしてその予想はやはり当たっており、外から窺う限りではとくに連中が警戒態勢を敷いているといった様子もなかった。

 

 ヒューガはすうっと大きく息を吸い、頭と肺に冷たい空気を巡らせた。

 敵地潜入の前に必ず行なっていた、集中力を高めるための一種の儀式のようなもの。

 

 ――行くか。

 

 素早く館の影へと移ると、窓明かりのないバルコニーに狙いをつけた。

 

 このまま正面から乗り込んで派手に大立ち回りを演じ、のこのこ現れた頭目を一気に仕留める方策もなくはないが、今はそれよりも遙かに優先すべき事がある。

 セシルに助言を授けた不可思議な女性と接触して真意を確かめ、その上で捕らわれたハーフエルフたちを解放する。

 《死神》に戻るのはまだ早い。無事に彼らの安全を確保して雇用主の命令を果たした後の話だ。

 

 ヒューガは音を立てずに地面を蹴った。

 重力を感じさせない身のこなしで外壁のわずかな凹凸を足掛かりに、影が這うかのごとく瞬時に2階のバルコニーへと到達。

 ガラス越しに内側の様子を窺い、人の気配がないのを確認して内部へと侵入した。

 まずは、ハーフエルフたちの捕らわれた地下牢を探さなければならない。

 入り口のドアに耳を当て、外の廊下の気配を探る。誰もいないのを確認すると慎重に扉を開けた。

 

 

      *

 

 

 豪奢な絨毯が敷かれた2階の廊下は、足音を殺すには都合がよかった。

 だが、油断は禁物だ。ヒューガは呼吸の音すら空気に溶け込ませ、影を縫うように進む。

 やがて、人の気配のする部屋の前に辿り着いた。扉の向こうから男たちの下卑た笑い声が漏れ聞こえてくる。

 ちょうど外から見上げたときに灯りの漏れていた、あの部屋だ。

 ヒューガは左隣の部屋に気配がないのを確認すると素早く忍び込み、壁に耳を押し当てた。

 

 カチンと、グラスの打ち合わされる甲高い音が響いた。

 

「どうだ、新入り? ウチの酒はどれも美味いだろ?」

 

「夜通し館の見回り当番なんて正直かったりぃと思ってたんスけど、こんなご褒美付きなんて知らなかったッス。俺を追放しやがった前の団の安酒とは比べモンになんねーくらいウマいッスよ!」

 

「なんだ、お前も厄介払いされた口かよ……ウチに来る連中じゃあべつに珍しくもねぇが、いったい何やらかしたんだよ?」

 

「べつに殺しとかはしてねーッスよ? ただ、ちょーっと稼ぎが足んなくて魔獣にやられた村のモンくすねたり、安全な町の孤児院に連れてってやるっつってガキどもを誘い出して裏の連中に売ったりして小銭稼いでたくらいッス」

 

「お前……さすがに人身売買はマズいだろうよ? 共和国(おとなりさん)なら死刑だぜ? よく追い出されるだけで済んだな……」

 

 到底、拉致した女子供を娼館に斡旋する立場で垂れる苦言ではない。

 やはり、この国ではハーフエルフは完全に同じヒトとして見做されていないことが窺える。

 

「明るみに出たら団の信用が終わるから、全部握り潰す代わりに追放処分で済ませてやる――らしいッス。日和見主義万々歳ッスね。そういう先輩こそ、何やってこの商会に流れ着いたんスか? それとも生え抜きってやつなんスか?」

 

「俺も会長に拾われたのは5年前だ、生え抜きじゃねぇよ。昔は東の紛争地帯でベゼルトっつー国に雇われてたんだけどよ……」

 

「あー、たしかあっちは帝国や共和国みたいにご立派な正規軍みたいなのがない小国ばっかで、傭兵団同士の代理戦争が主流なんスよね?」

 

「ああ、チンケな魔獣討伐なんかよりよっぽど危ねぇが、その分報酬も格段にいいから命知らずの団は喜んで飛びつくんだよ」

 

 ――どこの世で傭兵の考えることは変わらんな。

 

 大方、代理戦争に勝利した暁には正規軍として国防の中枢に居座り権力を得る腹積もりなのだろう。

 

「稼ぎがいいのに、なんでわざわざ悪行(おいた)したんスか?」

 

「べつになんも悪いこたぁしたつもりもねぇんだが……戦争には捕虜ってのが付きもんだろ? 俺は尋問にかけては団の他の誰よりも上手く吐かせる自信があったんだが、どうにも気分が乗ってくると興奮して、ついやり過ぎちまうクセがあってな……」

 

「……何人殺ったんスか?」

 

「何人殺って、何人ヤったかなんて、いちいち覚えてねぇよ」

 

「俺よりよっぽどエグいじゃないッスか……」

 

 さながら悪行の自慢大会だ。聞くに堪えたものではない。

 

「エグいのはベゼルトの大臣様と団長の方だろ? 尋問で吐かせた情報のおかげでどんだけ戦況が有利になったのか、その恩も忘れて勝ち戦と分かった瞬間に手の平返して俺を悪魔呼ばわりして国から蹴り出しやがった。捕虜にも権利がどうのこうのとうるせぇエルネストに目ぇつけられるのを恐れてなあッ!」

 

 テーブルを叩く鈍い音が壁越しに響いた。

 

「ちょっ――大声出さないでくださいよ、会長だってお休み中なんですから。ほら、もう一杯どうぞッス」

 

「あー悪ぃ悪ぃ、俺としたことがついカッとなっちまった。――まぁそんなわけで、余所で鼻つまみになったり帝都を追放されたようなロクでもねぇ連中の行き着く先がこのトロー商会っつーわけよ。会長が言うには、頭のネジ飛んでるヤツほど向いてるのが自分のビジネスなんだとさ」

 

「ま、いい子ちゃんに務まるしのぎじゃねぇのは間違いないッスね」

 

「お前も最初に聞かされただろうが、トロー商会の掟はたったの4つだ。商品に傷はつけねぇ、客先に迷惑はかけねぇ、褒美の取り分に文句言わねぇ、仲間内で争わねぇ――それさえ守ればなんも言われねぇし戦争より楽に稼げる、まったく素晴らしい職場もあったもんだぜ。実際、取り分に文句つけたくなったこともねぇしな」

 

「稼げるのももちろん嬉しいんスけど、俺は断然、月3回までロシュドールの高級店にロハで行けるっつーのが決め手でしたね。いくら他の団より稼げるったって、お忍び貴族様御用達の高級娼館なんか普通に通ったら一瞬で有り金吹っ飛びますから。まさに役得っスよ! 今から楽しみでたまらないッス!」

 

「文字通り桁違いの金積んで会員にならねぇと相手にもされねぇからな。実際、お前みたいに役得に釣られて入った連中も多いぜ。もう何度か納品には立ち会ってんだろ? 抱きたい女とか見つかったか? 人気の嬢は前もって話通しとかねぇと、なかなか予約取れねぇぞ。あくまで正規の顧客優先で、俺らは会長の人望でサービスしてもらってる立場だからな」

 

「てめぇらで納めた酒をわざわざ店に飲みに行くっつーのも変な感じッスけどね」

 

「商品は商品、それがビジネスってもんだ。タダ酒に文句言うんじゃねぇ」

 

「わ、わかってますって。一週間くらい前にオーダーの入った、ハーフエルフにしちゃお上品で箱入り娘って感じの女がいたじゃないッスか? ああいう世間知らずそうなの、じっくりいろいろ仕込んで手込めにしてやりたくなるんスよ。人気出る前に押さえときたいッスね」

 

「ああ、あの変なオーダーで引き渡した白い髪の小娘か」

 

「『魔法の資質が高い生娘を希望』ってヤツでしょ? キヒヒ、ロシュドールの連中、今度はハーフエルフに芸でも仕込むつもりなんスかね?」

 

「さあな。顧客の事情には立ち入らねぇ、それがウチの流儀だ。そのうちハーフエルフの魔法ショーでも始まったら、話のタネに俺も一度くらい見に行ってやるさ。――さて、そろそろ店じまいだ。片付けは任せた、俺はさっさと寝るぜ」

 

「まだ見回りの時間終わってないッスよ?」

 

「こんな辺鄙な屋敷に忍び込んでくるようなコソ泥なんていやしねぇよ。じゃなきゃ仕事中にボトルなんか開けるかよ? どうせ今ごろ、地下の牢屋番たちもすっかり出来上がってんじゃねぇか?」

 

「それもそうッスね。金持ち貴族の屋敷ならともかく、傭兵崩れの根城にノコノコ忍び込む命知らずもいないッスよね……。お疲れさまッス! 今度オキニの情報交換とかしましょうよ!」

 

 新入りという男の声が酒の入ったやたら上機嫌な声で挨拶すると、先輩の男は「ま、そのうちな」と適当にいなして部屋から出て行ったようだ。

 

 ――生憎だったな。コソ泥はいないが、命知らずらしい傭兵(きし)ならばここにいるぞ。

 

 ヒューガの表情に変化はない。今は怒りを覚えるよりも先に回すべき思考がある。

 男たちの会話は聞くに堪えない下劣極まりないものだったが、同時にいくつかの貴重な情報を与えてくれた。

 これを役立てない手はない。

  

 やがて片付けが終わったのか、若い男も隣の部屋を後にする音がした。

 ヒューガは廊下から人の気配が完全に消えるのを待ってから、改めて地下牢への入り口を探すために行動を再開した。

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