【完結済】機動戦士ガンダム 鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0133年。
フロンティアIV戦役から10年が過ぎても、宇宙の各地にはあの戦いの痕跡が微かに残っていた。
かつて混乱が渦巻いていた地球圏も、今は人々の生活がゆっくりと落ち着きを取り戻していた。
技術の世界では、封印されたF91の内部データが今なお厳重に保管され、研究者たちは過去の暴走を繰り返さぬよう、慎重さを第一に掲げていた。
だが、あの戦いで示された、守りたいという想いが力に変わるという記録だけは、いまも一部の技術者の間で、静かに語り継がれていた。
情動は、技術の敵ではなく、技術を導く光なのかもしれない、と。
そんな時代の片隅で、ベラ・ロナ ──
今の名を知る者はいない ──
は、シーブックと共に穏やかな日々を過ごしていた。
復興が一段落したコロニーは、緑が増え、子供たちの声がよく響く。
2人は教育施設の手伝いや、植栽の管理に力を貸し、周囲には自然に馴染んでいた。
ベラが時折見せる物静かな微笑みは、かつて鉄仮面の恐怖に晒された少女とは思えないほど柔らかだった。
だが、彼女の目がふと宙域の彼方 ──
月へと向けられる時、そこには消えない影と、そして温かい光が同時に映った。
愛と憎しみと喪失、そして最後に取り戻された父の心。
彼女は時折、古い手帳の間に挟んでおいた、とうに色を失った1枚の赤い花弁を見つけることがある。
あの日、父が最期に胸に抱いていた薔薇の、たった1枚の名残だった。
それは、彼女の心を、責めることも、縛ることもしなかった。
ただ、優しく見守ってくれているようだった。
それは、父の心そのものだった。
断つ者の仮面の下で、最後まで消えなかった、たった1つの情。
その夜、ベラは夢を見た。
銀色に輝く宮殿。
白いドレスの姫君。
そして、その傍らに佇む、黒いタキシードの仮面の男。
それは、かつて父が心の中で見ていたのと同じ、ありもしない舞踏会の幻だった。
だが夢の中の姫君は、ベラに向かって微笑んでいた。
「あなたは、よくやりましたね」
そして、タキシード仮面が、静かに頷いた。
その仮面は、もう何とも争ってはいなかった。
夢の中でだけ、父の断つ心と守る心は、ようやく寄り添っていた。
ベラは、それが自分の願いが見せた優しい夢にすぎないと知りながら、その夢を、大切に胸に抱いた。
宇宙世紀0133年。
混乱が残した影と、そこから生まれた静かな再生。
ベラの小さな日々は、誰の記録にも残らないまま、確かに流れ続けていた。
それは、かつての狂気が到達できなかった ──
人が人として、愛を持って静かに生きられる未来そのものだった。
窓辺に置かれた小さな鉢には、誰かが植えたものか、あるいはただの偶然か ──
1輪の赤い薔薇が、月の光を浴びて、静かに蕾を開き始めていた。
その傍らには、いつの間にか、黒い薔薇も1輪。
2つの薔薇は、もう争うことなく、寄り添うように、同じ月光の下で咲いていた。
かつて1人の男の中で引き裂かれていた、断つ心と守る心のように。
今はただ、静かに、寄り添って。