機動戦士ガンダム クロスボーン外伝 ~腐敗した宇宙を焼き尽くす者~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0133年。
フロンティアⅣ戦役から十年が過ぎても、宇宙の各地にはあの戦いの痕跡が微かに残っていた。
かつては混乱が渦巻いていた地球圏も、今は人々の生活がゆっくりと落ち着きを取り戻し、
大規模な紛争の気配は遠のいている。
技術の世界では、封印されたF91の内部データが今なお厳重に保管され、
研究者たちは過去の暴走を繰り返さぬよう、慎重さを第一に掲げていた。
だが、完全に手放すこともできず、
情動と機械を結びつけた技術の影は、多くの技術者にとって静かな課題として残っていた。
成長を止めたわけではなく、ただ、歩幅を小さくしただけのように見える。
その潮流は、日常の隅々にも影響していた。
人命救助用のロボティクスは以前より滑らかに動き、
コロニーの環境制御装置は人の判断に寄り添うように調整されている。
戦場ではなく生活に寄り添うための技術が、静かに広がり始めていた。
そんな時代の片隅で、ベラ・ロナ——今の名を知る者はいない——は、
シーブックと共に穏やかな日々を過ごしていた。
復興が一段落したコロニーは、緑が増え、子供たちの声がよく響く。
二人は教育施設の手伝いや、植栽の管理に力を貸し、
周囲には自然に馴染み、誰も彼らの過去を問わなかった。
ベラが時折見せる物静かな微笑みは、
かつて鉄仮面の恐怖に晒された少女とは思えないほど柔らかだった。
だが、彼女の目がふと宙域の彼方へ向けられる時、
そこには消えない影が映る。
愛と憎しみと喪失のすべてを背負った父の姿。
それはもう彼女を縛る呪いではなかったが、
完全に忘れることはできない記憶だった。
ある午後、学校の帰り道で子供たちに囲まれながら、
ベラは手を振る子供のひとりの中に、どこか昔の自分を見た。
自由に笑い、泣き、誰の思惑にも縛られず歩く小さな背中。
その姿は、あの戦いの果てに彼女が掴みたかった未来そのものだった。
家に帰ると、シーブックが台所で湯を沸かしていた。
彼はベラの様子に気づくと、静かに近づき、肩にそっと手を置いた。
「外、気持ちよかった?」
「ええ。子供たちも、今日も元気だったわ。」
彼女が微笑むと、シーブックも同じように笑った。
その何気ない温もりが、ベラにとって何よりの救いだった。
彼女は父の残した傷跡も、母の選んだ運命も、すべて胸の奥に抱えながら、
ここで生きると決めていた。
夕暮れ、コロニー内の照明がゆっくりと夜色に変わる。
街路樹の葉が風に揺れ、人工の星空が広がる。
ベラは窓際に立ち、静かな光景をしばらく見つめた。
その眼差しには、もう迷いよりも確かさの方が大きかった。
「……父さん。」
声に出すことはなかった。
だが胸の内で呟いたその呼びかけは、
哀しみでも、怒りでもない。
ただ、過去を受け入れた者だけが持つ静かな敬意に近かった。
狂気に呑まれ、愛に引き戻され、
そして消えていった父の姿は、
彼女の人生の闇でも光でもなく、
消えない輪郭として、そっと心の奥に残り続けるだろう。
それでも、
窓の外に広がるこの穏やかな暮らしは、
確かに前へ進んでいる。
シーブックが二つのマグを持ってきて、隣に座った。
湯気が立ち上り、柔らかな香りが広がる。
二人は言葉もなく並んで座り、
遠い星々を眺めた。
宇宙世紀0133年。
混乱が残した影と、そこから生まれた静かな再生。
ベラの小さな日々は、誰の記録にも残らないまま、
確かに流れ続けていた。
それは、
かつての狂気が到達できなかった——
人が人として静かに生きられる未来そのものだった。