【幕間連載中】『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
セドリックと二人、分厚い包囲網が敷かれた砦へと向けて駆け出した。
風を切って大地を走りながら、俺の脳裏に、このふざけた訓練内容を伝えられた時の姉さんの言葉が蘇る。
『ということで。うちの連中が固めた砦を、あんた達二人で制圧してもらいます』
ニヤリと凶悪な笑みを浮かべて言い放つその言葉に、俺とセドリックは「は?」と、完全に間の抜けた表情を並べるしかなかった。
そんな俺たちを見て、姉さんは昔と変わらない「ニシシっ」という楽しげな笑い声を上げる。
『ま、とはいっても、本格的な軍隊を相手にするようなガチガチの仕込みじゃないよ。配置する連中はエリアごとに固定させる。他の部隊との連携やカバーはさせないし……まあ、侵入されたとかの最低限の連絡くらいはさせるけどね』
そこまで言って。姉さんは獲物を前にした肉食獣のような、獰猛な笑みを浮かべて俺たちを見た。
『ただ。その与えられたエリア内においては、あいつらにも「本気(ガチ)」でやらせるから。……死に物狂いでやらないと、どうなっても知らないよ?』
***
荒涼とした大地を蹴り、砦に向かって一気に距離を詰めていく。
すると、砦の上部で哨戒していた《赤い星座》の狙撃手がこちらの接近に気づいたのか、ハッと銃口を振り向けるのが見えた。
――が、俺の方が早い。
走りながら《ヘカトンケイル》の機構をスライドさせ、即座に導力ライフル形態へと変形させる。向こうがスコープを覗き込み、狙いを定めるよりも早く。俺は駆け抜ける勢いを一切殺さないまま、照準を合わせて引き金を引いた。
全速力での疾走。その最中での、精密な長距離狙撃。
普通ならあり得ない曲芸じみた芸当だが、このシミュラクラの規格外の肉体スペックと演算能力なら、造作もない。
放たれた二発の銃弾が、屋上にいた二人の狙撃手を正確に撃ち抜き、無力化するのを確認した。
だが、こちらの銃声か、あるいは向こうの通信網による伝達が先か。
砦の正門付近に展開していた複数の傭兵たちが即座に武器を構え、彼らの手駒である凶暴な大型の軍用犬が、牙を剥き出しにして猛スピードで駆け出してくる。
「セドリック!」
俺が短く名を叫ぶと。
「ええ、わかっています。……アル、手筈通りに行きますよ!」
力強い声で応え、セドリックは走りながらグレネードのピンを抜き、足元の地面へと叩きつけた。
直後。地面から真っ白な煙が爆発的に吹き出し、瞬く間に俺たちの姿を深い白煙の中へと隠す。
猛烈な白煙によって視界が遮られたその中で。
俺は一つ、ちょっとした『ずる』をさせてもらった。
あのオレドの街で、マルドゥック本社へ潜入した際に用いた代物。
ノバルティス博士が用意した、光学迷彩――『ラムダ』もどきのデバイスを起動する。
すぐさま、俺の姿が外部の光から完全に溶け込み、見えなくなる。
ご丁寧に手にした《ヘカトンケイル》も、身につけた装備の数々も、すべてが風景と同化して隠された。
俺は煙幕の中から一歩後ろへ跳び退き、砦の屋上へと鋭く目を向ける。
もちろん、相手は一流の猟兵だ。
いくら姿を消したところで、その熟練の勘で微かな気配くらいは察知してくるだろう。
あるいは、嗅覚の鋭い軍用犬ならば、匂いで正確な位置を特定してくるかもしれない。
だが――しかし。
砦の屋上には、先ほど倒した二人の他にも、数人の猟兵たちが配置されているのが確認できた。
仲間の異変と俺たちの接近を察知したのか、急いで屋上の縁からライフルを構え直しているのが見て取れる。
だが、彼らの視界はセドリックの放った白煙によって完全に遮られており、標的を視認できず、撃つに撃てない状態に陥っていた。
いかに一流の猟兵といえども。
さすがにこの距離と遮蔽越しでは、光学迷彩で姿を隠した俺の正確な位置を掴むことは、極めて難しいだろう。
俺は音もなく足を曲げ、深く腰を下ろして射撃体勢をとる。そして、姿を隠したままの状態で、屋上で立ち往生している彼らへ向けて、容赦のない狙撃を開始した。
――ひとつ。
音を抑えた一撃が、猟兵の一人を正確に撃ち抜いて昏倒させる。
不可視の場所からの狙撃に、逆に虚を突かれた向こうは、倒れた仲間へとハッと視線を向けた。
――ふたつ。
意識が逸れたその一瞬の隙を見逃さず、同じタイミングで二人目を落とす。
――みっつ。
異変に気づいた三人目が、慌ててこちらへ銃口を向けようとする。
だが対象の姿が視認できず、焦りで銃口が僅かに迷った。
その致命的な遅れを突いて、三人目の意識を危うげなく刈り取る。
開戦の突撃と同時に仕留めた最初の二人と合わせて、これで合計五人。
『本気(ガチ)でやれ』とは言われていたが、さすがに命まで取るつもりはない。
急所はすべて外してある。……が、特殊な非致死性の弾丸とはいえ、当面は動くこともできないはずだ。
そして、セドリックも。
相手が鼻の利く軍用犬であるなら、煙幕など意に介さず匂いでこちらを察知してくることなど、百も承知だった。
この白煙は、あくまで向こうの狙撃手を封じるための目眩まし。
そして俺が光学迷彩を使用する一瞬の隙を隠すための、文字通りの『煙幕』に過ぎない。
俺が屋上の狙撃手を一人、また一人と落としていた、まさにその裏側で。
セドリックは、煙を裂いて飛び込んでくる三匹の軍用犬に対し、機先を制して鋭く大剣を振るっていた。
《赤い星座》が使役する軍用犬の俊敏さと反応速度は凄まじい。
いかにセドリックの踏み込みが鋭くとも、その重量のある一撃を空中で回避してのけるほどだ。
だが、大剣が空を切り、犬がその切っ先を躱した――次の瞬間。
片手で剣を振るっていた彼の逆の手には、いつの間にかサイドアームの大型導力銃が握られていた。
銃口が火を吹く。
放たれた数発の弾丸が、空中で回避行動を取り体勢を崩していた軍用犬を的確に撃ち抜いて仕留めた。
かつてのように、ただ大剣の剣術のみに縛られることはない。
今のセドリックには、周囲の状況を冷静に見極める視野の広さと、状況に応じて即座に手数を切り替えるだけの確かな『余裕』が備わっていた。
『――直線的で、動きが分かりやすいですね』
そう言わんばかりの冷徹な立ち回りで。
彼は残る二匹に対しても、大剣による重い牽制と導力銃による的確な射撃を巧みに織り交ぜ、危なげなく、そして確実に処理を終えていた。
やがて、戦場を覆っていた白煙が完全に晴れる頃。
屋上の狙撃兵を全て排除し、光学迷彩を解除して姿を現した俺。
そして、一噛みで人間の腕など容易く砕きかねない凶暴な大型犬たちを、無傷で処理し終えたセドリック。
俺たちは合流しながら、互いの戦果を確認するように、視線だけでニヤリと笑い合った。
俺は《ヘカトンケイル》の機構を操作し、ライフルから再び近接用のスタンハルバードへと変形させる。セドリックもまた、銃を収めて両手でしっかりと大剣を構え直した。
「行くぞ」
「ええ!」
短く声を掛け合い、俺たちは地を蹴る。そして、砦の入り口で迎撃態勢を整え、殺気を放って立ち塞がる数人の精鋭猟兵たちへ向けて、一気に飛び込んでいった。
***
そうして、俺たちは砦の入り口を守っていた猟兵たちを、正面からの連携で瞬く間に打ち破った。
この一年ほどの期間。
互いに泥まみれになりながらさんざっぱら刃を交わし合い、時には彼の執行者としての仕事を手伝ってきた仲だ。
俺たちの連携は、言葉を交わさずとも阿吽の呼吸で動ける、それ相応のレベルに仕上がっているという自負があった。
少なくとも、複数人の高位猟兵を相手にしても、引けを取らない程度には。
――だが。
砦の内部へと侵入した直後。
俺たちは、ガチで防衛網を固めた《赤い星座》という猟兵団が、戦場においてどれほど『ヤバい』連中なのかを、文字通り骨の髄まで身に染みて味わうことになった。
「くっ……!」
「アル、右からも来ます!」
まさしく『殺し間』と呼ぶにふさわしい、十字砲火のキルゾーン。
そこを突破する際、俺は愛機である《ヘカトンケイル》をセドリックに預け、彼にカウンターの狙撃と牽制を完全に任せた。
そして俺自身は、腕部の《パルスストライカー》から力場の衝撃波を放ち、四方から迫る狙撃の銃弾をすべて物理的に『撃ち落とす』という、とんでもない曲芸をやらされる羽目になった。
だが、相手は大陸最強の猟兵団だ。
こちらの迎撃手段を把握された後は、即座に射撃のタイミングを巧妙にずらされ、パルスストライカーの迎撃の隙間を縫うようにして、死の弾丸が迫ってくる。
まともに被弾すれば、いかにこの頑強な義体でも無事では済まない。
そんな絶体絶命の死地において――以前は『使い勝手が悪い』とぼやいていたグリーブの出力を上げたバリアに、俺は間違いなく命を救われていた。
過酷なのは、それだけではない。
個々の戦闘力に加え、純粋な『連携』という一点においては、俺とセドリックのコンビネーションよりも、彼ら猟兵たちの部隊行動の方が明らかに洗練されていた。
息の詰まるような、徹底的に理詰めされた死の連撃。
さらに、外で襲ってきた軍用犬の倍はあろうかという、もはや「犬」と呼んでいいのかすら怪しい、魔獣のような超大型の軍用犬の投入。
『本気(ガチ)でやらせる』という姉さんの言葉に、一切の嘘はなかった。
《赤い星座》の本当の恐ろしさに、俺もセドリックも幾度となく冷や汗を流しながら、死に物狂いで砦の奥へと進んでいった。
***
――そして。満身創痍になりながらも、すべての防衛区画を突破した俺たちの前に。
砦の最奥を隔てる、重厚な一枚の大きな扉が待ち受けていた。
「……ふぅっ」
俺は小さく息を吐き、隣に立つセドリックと顔を見合わせる。
互いの顔に浮かぶのは、深い疲労と、そしてここまで来たという獰猛な笑みだった。
力強く頷き合い、二人で同時にその重い扉を押し開ける。
重々しい軋み音を立てて、広大な最奥の空間が開けた。
「――来たか」
低く、静かな、けれど戦場の空気を一瞬で支配するような声が響く。
そこに立っていたのは。かつての歴史の中で姉さんと共に俺の指導にあたり、戦闘の基礎と戦場の非情さを叩き込んでくれた、師匠と言っても過言ではない男。
身の丈ほどもある巨大な導力ライフルを片手で軽々と提げた、《赤い星座》の大隊長。
《閃撃》のガレスが、静かな闘気を燻らせながら、俺たちの前に立ちはだかっていた。
クソ忙しいのと幻想水滸伝SPにどはまりしてました(´・ω・`)
エタらせるつもりはないのでまたお願いします