人間に脳を焼かれた上位存在による世界改変に現代社会で国家が翻弄されていくタイプの話。なお上位存在は一切の誇張なくかませにもならないマジで最後まで強さランキング1位の最強龍とする   作:人見小夜子腹パン部

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第6話

 

 

「では、場所を移そう」

 

龍が軽く指を鳴らした瞬間、総理たちの視界は完全に裏返った。

 

足裏にあったはずの官邸の絨毯は消え失せ、代わりに強烈な潮風が全身を打つ。

眼下には、荒れ狂う太平洋の波濤。

人目の一切ない絶海の孤島。その上空数百メートルの宙に、彼らは見えない床に立つようにして固定されていた。

 

数週間前なら、誰かは悲鳴を上げ、誰かは失神していただろう。

だが、今の彼らは違った。

龍という、世界そのものより格上の終末を既に見ている。

今さら空中に固定された程度では、恐怖の優先順位が上がってこない。

 

『パニックになるな。転移の応用で、君たちを安全な空間に固定し、私の声が直接脳に届くようテレパシーを繋いでいる』

 

全員の脳内に、龍の無機質な声が直接響いた。

 

視線を上げる。

そこにいるのは、灰色のショートボブの少女ではない。

海上の空に浮かぶのは、最初に官邸へ現れたときと同じ、あの黒龍の姿だった。

圧倒的なまでに異質で、しかし今や彼らにとっては“労災”でもある、終末そのもの。

 

黒龍は翼をはためかせることなく空中に静止したまま、講義を続ける。

 

『空間をゼロ秒で繋ぐ転移能力というのは、純粋な戦闘においても極めて凶悪だ。例えば、相手の首と無の空間を繋げば防御不能の空間斬撃になる。火山のマグマや深海の超水圧、あるいは致死性の毒ガスとゲートを繋げば、それ自体が回避不能の砲撃になる。相手の足元を太陽の中心に繋いで放り込むこともできる。アナログな物理法則の範囲内においては、転移こそが最強の能力と思っている。今、私と君達の周囲にはその転移効果を宇宙の果てに設定した絶対防御の結界を纏わせている』

 

いつものように、戦闘の直前だというのに説明が始まる。

だが総理たちは、今やそれをただの癖とは受け取っていなかった。

 

これは魔術導入の前提講義であり、国家中枢へ向けた強制的な教材でもある。

 

この怪物は、戦うついでに人類へ神秘への思考法を叩き込んでいるのだ。

 

 

防衛大臣は、説明の内容を聞いた瞬間、再び別方向の冷や汗を流していた。

 

首と無の空間。

太陽の中心。

毒ガス。

 

それらはどれも、概念爆弾としての転移の範囲外にあるからこそ恐ろしい。

 

国家が本気で研究し、対策を考えねばならない“兵器体系”に落ちてなお脅威だ。

 

次官は「宇宙の果てに設定した絶対防御」という一節だけを頭の中で何度も反芻していた。

この戦闘の記録を、どう報告書の体裁へ落とし込めばいいのか。

そんなことを考えてしまう自分が、もはや狂っているように思えた。

 

龍が解説を終えるか終えないかのタイミングで、空がどす黒く割れた。

 

次元の裂け目。

そこから現れたのは、ボロボロのローブを纏った巨大な骸骨だった。

眼窩には冥界の炎。

異界の絶対者、『不死者の王(ノーライフキング)』。

 

確かに禍々しい。

確かに凄まじい死の圧がある。

だが、総理たちの脳内で最初に立ち上がったのは純粋な恐怖ではなかった。

 

――ああ、これが“次”か。

 

その程度の、妙に冷えた理解だった。

龍という最悪を見たあとでは、別世界を滅ぼした王ですら「今から龍が処理する案件」に分類されてしまう。

人類の感覚は、もうとっくに壊れ始めていた。

 

王は出現と同時、一切の躊躇や前口上もなく、最悪の初手を打った。

 

――世界から、音が消えた。

 

波の動きが完全に静止し、カモメが空中に縫い留められる。

止まった時間の中、不死者の王の杖から放たれた極大の雷撃魔術が、静止した黒龍の頭上へ、幾重もの光の槍となって殺到する。

 

『時間停止』である。

 

だが、凍りついた世界の中で、龍のテレパシーだけは総理たちの脳へ響き続けていた。

 

『実際のところ、時間停止という能力は強いことは強いが、そこまで万能で強力な能力ではない。例え時間を完全に止めて、蟻がゴジラに一方的に噛みつき続けても、何か意味があるのかという話だ』

 

直後、王の放った雷撃が、宇宙の果てへ繋がるはずの転移結界の機能すら停止させてすり抜け、黒龍の巨体へ直撃した。

 

『同格の相手であれば致命傷になり得るため有用だが、圧倒的な格上相手には効果が薄い。逃走や工作には便利だが、それらの用途であれば、ゼロ秒で移動できる転移能力に大幅に劣る』

 

止まった時間の中、直撃を受けた黒龍は傷一つ負っていなかった。

鱗一枚剥がれていない。

翼膜の端すら焦げていない。

 

――時間停止が解除された。

波音が世界へ戻る。

 

自らの初手が完全に無効化されたことに、不死者の王の眼窩の炎が大きく揺らいだ。

その驚愕は、人間たちにもはっきり伝わった。

別世界を滅ぼしてきた王でさえ、目の前の黒龍を見て“理解不能”の側へ回されたのだ。

 

「■■■■!!」

 

王は言語絶する咆哮と共に、かの世界における最上位の殲滅魔術『ニュークリア・ブラスト(核爆発)』を放った。

 

対する黒龍は、爪先からRPGの古典的かつ最強の攻撃魔術『ティルトウェイト』を放つ。

 

二つの極大魔術が空中で激突し、凄まじい閃光と爆音と共に、眼下の海水を一瞬で蒸発させた。

 

巨大なクレーターのような空間が海面に穿たれ、遅れて周囲の海がそこへ崩れ落ちていく。

余波だけで島が吹き飛びそうな光景だった。

 

大統領が息を呑む。

防衛大臣は反射的に被害半径を計算しようとし、途中で諦めた。

次官は“これが魔術の実例なら、今後の法体系は根本から書き換えになる”という一点にだけ思考を集中させていた。

 

『ビビる必要はない』

 

龍の冷静な声が響く。

 

『お互い、見た目ほど強力な攻撃は撃っていない。相手の魔術は核の名を冠しているが、実際の核兵器の出力に比べれば子供のおもちゃみたいなものだ。君達だって、ICBM核弾頭を使えば、これよりよっぽど凶悪な射程と広範囲の殲滅攻撃を、これの比にならない回数撃ち込めるだろう。核を抜きにしても、気化爆弾やバンカーバスターの連続爆撃の方が遥かに効率的だ』

 

それを聞いて、今度は大統領が別の意味で顔を引きつらせた。

この怪物は、人類側の兵器体系を正確に把握したうえで、それを“比較対象として下敷きに使っている”。

魔術という未知を、既知の軍事技術と同じ土俵で語れるのだ。

 

魔術の撃ち合いが通じないと悟った不死者の王は、ついにその奥の手を解放した。

 

かの世界において、神すらも例外なく殺し尽くした、絶対にすべてを殺す即死の大魔術。

全てを殺す魔法(エクリプス)』。

 

どす黒い死の奔流が、世界を黒く塗り潰しながら黒龍へと迫る。

 

黒龍は指をパチンと弾き、空間から未知の魔法合金を分厚い城壁のように大量に出現させ、盾とした。

だが、『絶対にすべてを殺す』というその魔術の概念は、無機物であるはずの金属の盾にすら「死」を与えた。

魔法合金は一瞬で灰のように崩れ去り、無防備となった龍の全身を死の奔流が完全に飲み込んだ。

 

『素晴らしい。見事な殺傷概念だ』

 

漆黒の奔流の中から、黒龍が称賛の声を上げた。

全くの無傷だった。

 

絶対に死ぬはずの魔術を浴びて、なぜ立っているのか。

不死者の王はもちろん、日米のトップたちにも理解が追いつかない。

龍はそんな彼らへ、いつものように講義を続ける。

 

『各能力の「テキストデータ(設定)」は、その世界においては絶対的な効果であっても、世界を跨いだ別の宇宙では、必ずしも絶対ではない。極論、テキストが全て適用されるのなら、ポケモン図鑑に「すべてを焼き尽くす」と書かれているギャラドスは、すべての創作物において最強のキャラクターになってしまうだろう?』

 

日本の頭脳達の脳内に、なぜか青い凶悪な海竜の姿がよぎった。

 

『また、それでもなお、この世界において相手の「絶対即死」のテキストデータが絶対視される場合に備えた保険として、私はあらかじめ自身に「無敵」「絶対勝利」といった、絶対即死以上に凶悪で優先度の高いテキストの能力を上乗せしている』

 

だから、効かない。

論理的かつメタ的な、あまりにも理不尽な防御力。

 

『――が』

 

黒龍が、空中でゆっくりと翼を閉じた。

 

その巨体が、内側から軋むように縮み始める。

黒い鱗がほどけ、角が短くなり、尾が消え、圧倒的な捕食者の輪郭が、ひとりの少女の形へ収束していく。

 

灰色のショートボブ。

黒いパーカー。

ジーンズ。

あの、人間に擬態した少女の姿。

 

終末の象徴たる龍形態が消えたことで、総理たちは初めて戦慄した。

 

不死者の王が怖かったのではない。

今、彼らの目の前で起きているのは、絶対者が自分で絶対性を外していく儀式だったからだ。

 

『それでは、エンタメとして面白くない』

 

カチャリ、と。

少女の身体から、目に見えない幾重もの『鍵』が外れるような音が響いた。

 

『一旦、それらすべての能力と保険を、破棄する』

 

「なっ!?」

「お待ちを――!」

 

総理と次官が、ほとんど同時に声を上げた。

勝てるか負けるかではない。

 

この存在が何を遊び始めたのか、本気で理解できなかったのだ。

 

無敵も、絶対勝利のテキストも、宇宙の果てへ繋がる転移結界すらも完全に解除された。

そこにあるのは、魔術に対する絶対耐性を持たない、ただの「生身の少女」の肉体だった。

 

『さあ、生身の状態になった』

 

少女の形をした終末が、降り立った。

 

すべての絶対耐性と無敵の概念を自ら破棄した龍へ向け、不死者の王の放った即死の大魔術が再び殺到した。

 

生身となった少女は、迫り来る黒い死の奔流に向かって、ただ無造作に指を伸ばした。

そして、虚空を軽く引っ掻く。

 

『あらゆる構造物には崩壊点というものが存在する。死の点、死の線。それは「死」という概念そのものであっても例外ではない』

 

彼女の指先が、その見えない点を正確になぞる。

今の見た目通りの脆弱な出力にもかかわらず、死の奔流はガラスが砕けるようにあっけなく霧散した。

 

総理はその瞬間、はっきり理解した。

この少女の方が、先ほどまでの無敵の龍より怖い。

無敵だから倒せないのではない。

無敵を捨ててもなお、相手のルールを分解して殺すから倒せないのだ。

 

その要領で、四方八方から放たれる凶悪な魔術の急所を的確に殺し、無効化しながら、龍は静かに不死者の王へと歩み寄り、肉薄する。

 

魔法が通じないと悟った王は、その巨大な杖を振り下ろした。

無防備な少女の顔面に、岩盤すら砕く質量が直撃する。

 

だが、吹き飛ばされたのは、殴りつけたはずの不死者の王のほうだった。

巨大な骸骨の体が宙を舞い、海面を激しくバウンドする。

 

『体内で力の流れを操作し、一周させて返しただけだ。受け流した力がそのまま杖を通り、彼の顔面に打ち込まれるようにした』

 

龍は淡々と解説する。

 

『攻撃無効化の能力があるから彼には効かないだろうが。……そして、これが魔術だ。今の生身の私でも使えることから分かるように、もうこの世界に導入してある』

 

その一言で、総理たちの血の気が一斉に引いた。

 

戦闘の勝敗など、一瞬どうでもよくなった。

問題はそこではない。

今この瞬間、世界の仕様変更が既に完了している、という事実の方だった。

 

言葉と共に、龍の指先から先ほどの極大魔術『ティルトウェイト』が連射され、吹き飛んだ王を追撃する。

 

「お、お待ちください!」

 

真っ先に叫んだのは防衛大臣だった。

不死者の王ではない。

今まさに当たり前のように行使されている魔術の方へ向けた悲鳴だった。

 

「こんな戦術級の爆発能力を個人が持ってしまえば、社会構造が完全に壊れます!」

 

次官も半ば叫ぶように続ける。

 

「法整備が追いつきません! どうか、せめて法整備までの時間を! 今この場で世界に実装されたなどと言われても、我々は統治も規制も教育も治安維持も何一つ!」

 

戦闘の最中だというのに、日米のトップたちは揃って制度設計の悲鳴を上げていた。

異界の王との死闘を前にしてなお、彼らの思考は国家運営から離れられない。

それこそが、この場に立つ人間たちの役割だった。

 

龍は振り返り、ほんの僅かに、しぶしぶといった様子を見せた。

 

『……分かった。第一位階までの導入にとどめておく』

 

交渉が成立した。

 

直後、海面から不死者の王が立ち上がる。

攻撃無効化の恩恵により、やはり物理的・魔術的なダメージは通っていない。

 

『やはり、ただの攻撃ではこの程度の出力では効かないか。なら、こうだ』

 

龍の眼差しから、王の存在に対する「敵」という認識が完全に抜け落ちた。

 

『土を踏むことを、大地への攻撃とは言わないだろう。攻撃というのは、ある程度同じ土俵にいる相手に対して言うものだ。それと同じだ。彼への合理に対する称賛を一時的にカットし、単なる背景として認識する』

 

システム上の『攻撃』という判定を意図的にすり抜けたティルトウェイトが、無効化の盾を貫通して王の身体に直撃し、その巨体を大きくよろめかせた。

 

不死者の王の眼窩の炎が揺れる。

そこで初めて、この王自身が理解した。

自分は戦っているのではない。

いま目の前の存在にとって、自分は既に「処理対象」へ格下げされたのだと。

 

『トドメだ』

 

龍は空間そのものを引っ掻いた。

空間の崩壊点をなぞり、空間を殺し、殺し、殺し続け、辿り着いた次元の奥にあるバグの点を刺激する。

 

次の瞬間、空間そのものを引き裂く巨大な見えない爪痕が出現し、不死者の王の巨体を次元ごと斜めに切断した。

絶対的な死の王が、音もなく崩れ落ち、沈黙する。

 

呆然とする日本のトップたちを見下ろし、龍は言った。

 

『驚くことはない。理論上は誰でも可能な戦闘技術だ。傲慢の魔王の技術の極致を、見様見真似で作っただけの模造品に過ぎない』

 

龍は切断された次元の修復を確認しながら続ける。

 

『もっとも、あのような技術など無くとも、今の彼と君達が本気で殺し合った場合、無効化の壁さえ力押しで抜ければ、射程の問題で戦術的には君らの方がやや有利だろう』

 

「……弱肉強食という彼の思想は、非合理だったのですね」

 

次官が、震える声で呟いた。

 

『いや、極めて合理的だ。その思想自体は、自分も、自分の愛する者たちも、強者からはいかなる扱いを受けても良いという拷問同意書に自ら署名するようなものだが。しかし、それを理解した上で実行する合理の種もいた。今回の彼の場合は、単に自分が弱者側に回ることを全く想定せず、自身の侵略を正当化するためのプロパガンダとして使っていただけだ。それもまた、極めて合理的と言える』

 

龍は指を軽く弾いた。

海上に散らばっていた不死者の王の残骸と、次元の裂け目の向こうで待機していた巨大な死の軍勢が、空間ごと強烈に圧縮されていく。

すべては瞬く間に小さなビー玉ほどのサイズになり、龍の手の中に収まった。

 

彼女はそれを、無造作に口の中へ放り込み、飲み込んだ。

 

『さあ、ダンジョンだ。既に出現させたぞ。総理官邸の地下室を入り口にしてある』

 

絶海の孤島から、一瞬にして元の官邸の会議室へと視界が戻る。

 

戻った瞬間、誰も何も言えなかった。

ついさっきまで会議していた床。

書類の散らばる机。

冷めたコーヒー。

そして、その真下に、もう異界が口を開けている。

 

官邸はもはや政治の中枢であるだけではない。

日本で最初のダンジョン管理拠点であり、神秘災害の最前線であり、現実と異界の境界になってしまっていた。

 

誰も、地下へ続く方向を直視できなかった。

 

龍はそんな人間たちを見回し、淡々と告げる。

 

『先ほどの約束通り、君たちの準備が整うまでは段階的な措置とする。人類が即死しないための暫定措置だ。レベル3までの上限解放、黒魔術と白魔術の第一位階、及びに戦士、魔術師、僧侶、盗賊の基本クラスのみを解禁した』

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