とある転生者の受難日記 作:匿名
僕はただ残り香程度の
£月★日
どうも、少し前までこの世界の主人公だと勘違いしていた愚か者です。
身に覚えのないチートを授かって、一撃でモンスターを屠って、瞬く間に一国の聖騎士長に駆け上がって……なんて輝かしい経歴なのだろう。
もしかしたら、この世界に最も愛されし人物──つまるところ主人公に選ばれたと、本気でそう思っていた。
アーサー・ペンドラゴンという圧倒的主人公が現れるまでは。
騎士王アーサー・ペンドラゴン。かつての世界で伝説として崇めたてられる唯一にして絶対の王。
その名を知らない人間はいないだろう。
俺はそんな人物と出会った。これから時代を彩る絶対的な光に。
思い返せば至るところにヒントはあった。
キャメロットという国。
予言と王の不在。
そして、ブリタニアという地名。
俺が転生した世界は『アーサー王物語』──その黎明期だったのだ。
もちろん少しショックではある。
もしかしたら主人公なんじゃないかって期待してしまった自分の気持ちに嘘はつけない。
だけど、それ以上に興奮している。
アーサー王という伝説上の存在に出会えたことが。そして、そんな彼をこれから指導できることが。
なんて誉だろうか。これから幾千幾万の崇拝と尊敬を授かる王が『師匠!』と呼んでくれる。
それに妙に人懐っこいんだわ。今は威厳も何もなく、ただただ元気で礼儀正しい男の子って感じ。
俺はすでに彼のファンボーイだぜ☆
〻月℃日
アーサーとの修行が本格的に開始した。
少し手合わせしてみたが、筋はいい。ちゃんと人の話も聞くし、人一倍努力家なのも理解できた。
ただ……ただ……まぁ、うん。普通だ。どうしようもなく普通。
一般人ならこれで充分なんだろうけど、アーサーという特大級の主人公にしては普通すぎる程度の才能だった。
てっきりとんでもない才能マンで一夜で俺なんか超えちゃうかもと危惧していたが、ある意味で裏切られた。
なるほど、アーサー王は努力成長系主人公だったか。生まれもってのチート野郎とは真反対に位置するわけね。
ククッ、随分と扱きがいのある主人公じゃないかァ!とことん剣術を叩き込んでやらぁ!
〒月◇日
アーサーは魔法が使えないらしい。というか、魔力そのものが発動できないらしいのだ。
この世界で魔力と魔法は切っても切り離せない関係性にある。
ブリタニアの大地に住まう人々にはそれぞれ魔力が宿っているらしい。その魔力がなければ魔法を発動することができない。
巷で囁かれる『将来なりたい職業』堂々のNo.1である聖騎士になれるかどうかの判断材料の一つでもあるらしい。
なんかやけに聖騎士に憧れてるからね、アーサーもリオネス国民も。前の世界でいう『なりたい職業No. 1:スポーツ選手』みたいなノリなんだと思う。
さてさてさーて、そんな魔力を発動できない。モンスター溢れるこの世界においてその事実はどうしようもなく重い。
うーん、なんかめっちゃ苦労系主人公なのね?世界に愛されるべき人物とは思えないぐらい不憫……
※月Å日
アーサーに魔法の本を読ませてみた。
意味なんてあるのか?といわれると、多分意味なんかないと思う。
ただ、最近妙に張り詰めてるなって思ったから、彼に提案してみただけで。
だから、魔法の本を読むだけで心に安らぎを得られる。アーサーもそうだったら嬉しいんだけど……
………書いてて思ったんだけど、俺ってこの世界に来てから誰かと魔導書を読んだことなんてあったっけ?なんとも不思議な感覚である。
℃月‖日
アーサーは不屈の少年である。何度倒れても起き上がる。
その姿は、なるほど確かに『騎士王』の称号を冠するだけの勢いが見られるともいえよう。
ボコボコにされても立ち上がる姿………なんか、なんていうか、こう……ないはずの古傷が痛むというか。
昔、自分も誰かにボコボコにされた苦い経験があるような感覚に陥り、ないはずのトラウマを発症しそうになった。
……今度病院行こうかな。この時代に精神科があればだけど。
∇月♀日
アーサーとピクニックしてみた。
やはり外に出て大自然の空気を吸うのは体にいい。おかげで業務のストレスから少し解放されたように思えた。
それでも、何故か虚しさが心のどこかで存在していた。
何かが足りない、決定的な何かが……
⁂月仝日
リオネスも徐々に元の街の姿を取り戻しつつある。
そこで、以前リオネス王国における第三王女の誕生祭をやり損ねたということもあって、街中で祝賀祭が開かれた。
その日の街の様子は以前絶望の淵に落とされていたとは思えないほどに画期的で、運営側である俺も場の雰囲気に流されてついつい遊び倒してしまったほどだ。
それにいい買い物もできた。
一目惚れとはまさにこのことを言うのだろう。すごく綺麗な紫の花飾りだった。
名前は確か……スカビオサ。そんな名前だった気がする。
☆月∂日
家の前でラベンダーが咲いていた。
こんな石畳の道に咲くなんて随分と強かな花だと思った。
ラベンダーの匂いを嗅いでみた。……なんていうか少し落ち着く。
“好き”ではなく、“落ち着く”。言いようもない安心感に駆られる。実家の安心感っていうのかな?
……俺ってこんな花を愛でる系男子だったっけ?
◇月▲日
今日はリオネスでもっとも高い丘の上で修行した。リオネス王国全土を見渡せるぐらい大きな丘だった。
その景色が、その光景が、何故か脳を痒くさせる。ないはずの記憶を無理矢理出そうとしているような感覚がした。
……やはり最近少しおかしい。俺の体はおかしくなってしまったのか?
◇◆
最初は違和感だった。
何かが足りない、そんな虚無感に心を蝕まれた。
違和感はやがて寂幕に変わる。
この寂幕を完璧に表せる言葉を、俺は知らない。
俺はきっと、
この寂寥を埋めるための、そんなナニカを───
「ここが妖精王の森跡地か……」
アーサーに休暇を命じ、久しぶりに完全単独行動となって訪れた先は───今はもうない、かつてあったとされる妖精王の森だった。
妖精王の森は約十年前に焼失したとされる、由緒正しき妖精族の森。
リオネスでその話を耳にした時から行きたくて行きたくてしょうがなかった森に、ようやく訪れることができた。
「…………」
何かを得られると期待していた。
この森の名前を聞いた瞬間、脳が大きく揺さぶられるのを感じた。
その感覚を信じて、ずっとこべりつく違和感を払拭させるナニカを得られると期待して、この森に来たが……
「………なんか、別になんとも思わないな、うん」
恐ろしいまでに無感動だった。
そりゃ森が燃やされてかわいそうって思うし、この森に住んでいたであろう妖精族の方々の気持ちを考えれば心も痛むさ。
でも、それだけだ。殺人事件のニュースを画面越しに眺めているような気持ちと同じだ。
懐かしさを覚えることも、感情的に揺さぶられることもない。
目の前にあるのはただの焼け野原で、それ以外何物でもないと既に結論づけてしまった。
「………帰ろう。どうせ全部気のせいだったんだ」
リオネスから持ってきた花束をそっと地面に置いて、後ろ髪を引かれることなく踵を返す。
その時。
「──────」
さらり──と、そよ風が頬を優しく撫でた。一歩踏み出した足は再び元の位置に戻る。
なんの変哲もない風がどうしようもなく心を締め付ける。鼻がツンとして、胸底から何かが込み上げてくる。
俺は、この風を知っている……のかもしれない。そうでなくても、たった今、ほんの少しだけ、ぽっかり空いた穴の隙間が埋められた気がした。
「…………なぁ、カリバーン。お前は一体なんなんだよ。お前は一体何を求めてんだよ……」
綺麗さっぱり消え失せた森の跡地の前で座り込み、膝を抱えて顔を埋める。
その間も、懐かしさを帯びる微風は労うように傍で纏わり付いていた。
記憶はなくても心に深く刻まれている。
大切な想いは、そう簡単に消せないものなのです。