FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで 作:鳥獣跋扈
《龍宮》を出たのは、日付が変わる少し前だった。
別に、東堂の助言へ素直に従ったわけではない。ただ、あれ以上あそこに残っていても、大した収穫は見込めそうになかった。
とりあえずアルフは、拾える範囲で通信情報やら何やらを持ち帰ってきたらしいのだが、その辺りは俺にはさっぱり分からない。
「組織の方へデータを上げて、そちらでも確認してきます」
そう言って一度別れたのだが――なぜか戻ってきたホテルは同じだった。
理由を聞けば、
「人知れずの護衛は終わりましたので。今後は近い方が良いでしょうし」
とのこと。
まあ、確かに。
そんなこんなで翌朝。
アルフと一緒にホテルの朝食会場へ下りると、窓際の席に見覚えのある姿を見つけた。
「……柳さん?」
一人で焼き魚を食べている老人が、声に気づいて顔を上げる。
背筋は相変わらずピン、と伸びていて、箸の扱いも綺麗だ。
柳――名前は、まだ教えてもらっていない。
七十前後に見える痩身の老人で、白髪はきちんと後ろへ撫でつけられている。今日は薄い灰色のシャツに濃紺のスラックスという、ごく普通の旅行客らしい格好だったが、これでも組織の“元数字持ち”。
以前の案件で初めて知り合ったのだが……。
「おや、二階堂殿。奇遇ですな」
柳は箸を置き、まるで本当に偶然出会ったような顔で微笑んだ。
いや。
絶対に違うだろ。
疑問符を浮かべながらも促されるまま、俺とアルフは対面の席へ並んで座る。
「ええっと、柳さん。何してるんです?」
「なに、この辺りには良い湯治場があると聞きましてな」
絶対嘘だ。
横を見ると、アルフも柳へ視線を向けていた。
数秒ほど妙な沈黙が続いたものの、なぜか二人とも何も言わない。
仕方なく、俺はスマートフォンを取り出した。
組織用の端末だが、今使っているのはアルフが持ってきていた仮のものだ。
「……雨宮さんに確認しますね」
「どうぞどうぞ」
柳は止めるどころか、楽しそうに笑いながら緑茶を啜っている。
まだ朝も早かったが、電話はすぐに繋がった。
『おはよう。朝からどうしたの?』
「柳さんが来てるんですが」
『ああ、着いたのね』
やっぱり偶然じゃなかった。
「何でです?」
『依頼が入ったのよ。お休み中で申し訳ないんだけど、柳と一緒に動いてくれるかしら』
「誰から?」
『それはちょっと、ね。先方からの指名で柳を出したのよ。まったく、もう引退してるって言ったのにねぇ』
いつもの調子で、さらりと流された。
こちらが黙っていると、通話口の向こうで少し笑う気配がする。
『心配しなくていいわ。少なくとも、あなたたちと敵対する相手からの依頼じゃない。詳しいことは柳に聞いて。じゃあ、よろしくね』
そこで通話は切れた。
柳へ目を向けると、老人はたくあんを一切れ摘まみ、いかにも申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「依頼主についてはご容赦を。なあに、お二人の御助力があれば百人力。老いぼれを助けると思って、お願いいたします」
「柳さんが言っても、あんまり説得力ないですよね」
実際、この好々爺が人間を軽々吹き飛ばすところを見ている身としては、当然の感想だと思う。
「それは心外ですなぁ」
そう言いながら、本人は楽しそうに笑っている。
隣ではアルフが黙ったまま話を聞いていたが、依頼主について驚いている様子はなかった。
何か知っているのかもしれない。
ただ、聞いたところで素直に教えてくれる気もしなかった。
まあ、いいか。
龍宮の事も気にかかるが、こちらは今のところ急ぐものでもない。
それに、このタイミングで柳さんに依頼が来た、というのも気にかかるしな。
ちらりと視線をマップへ移す。視界の端にあるマーカーは、今も変わらず《龍宮》の方角を指していた。
* * *
改めて、柳から今回の依頼内容を聞くことになった。
対象は《海浜都市開発》という企業。
御厨蓮司――いわゆるボンボンが経営している会社で、雲浜市内の不動産取得や再開発事業を扱っているらしい。所在地は駅から車で二十分ほど、繁華街から少し外れたオフィスビルを構えているとのことだった。
「目的は、土地取得に関する資料の確保です」
「資料の確保? というと、忍び込んで、みたいな感じですか?」
俺とアルフも、朝食バイキングから適当に取ってきたものを食べながら話を聞いている。
多少行儀は悪いが、まあ許してほしい。
アルフはパン、俺はカレー。
朝食バイキングのカレーって、なぜか時々妙に食べたくなるんだよなぁ。
「そうですね。ただ、多少荒っぽくなっても問題ありません。向こうも脛に傷持つ身ですので」
柳は変わらず穏やかな口調のまま続けた。
「資料は紙でも電子情報でも構わないとのことです。土地取得に関して、証拠になり得るものを確保することが最優先。可能な限り迅速に、というところでしょうかな」
「分かりました」
聞く限りでは、それほど面倒な依頼でもなさそうだ。
横ではアルフが自身の端末で何かを確認していたが、少しして顔を上げた。
「《海浜都市開発》ですが、中国系の組織と繋がりがあるようです。ただ、詳細までは掴めていません。場合によっては、その手の人間が中にいる可能性もありますので、ご注意ください」
「中国組織、ねぇ」
なんとなく最近聞いたような話だ。
これは、もしかするともしかしたりするのかもしれない。
「では、怖ーいお兄さん方がいるかもしれませんし、気を付けて参りましょうか」
柳はそう言って、ゆっくり席を立った。
口元には、相変わらず人の良さそうな笑みを浮かべたまま。
* * *
《海浜都市開発》の本社は、駅前の新しいビル群から少し離れた場所に建つ、六階建ての自社ビルだった。
外観だけ見れば、特に変わったところはない。正面玄関には社名入りのプレートが掲げられ、一階のガラス張りのエントランスも、それなりに金を掛けた企業らしい造りになっている。
俺たちは、そのまま正面から入った。
「裏からじゃなくていいんですか?」
自動ドアをくぐりながら尋ねると、柳は不思議そうに首を傾げた。
「鍵が開いているのであれば、正面から入るのが一番早いでしょう」
そういう問題だろうか。そうかもしれない。
一階の受付には若い男が一人座っていた。
「ご用件を――」
こちらを見た瞬間、男の表情が変わる。なんだ?
疑問に思うと同時に視界へ赤い表示が浮かび、カウンターの下へ伸びた受付の男の右手に拳銃の輪郭が出た。
「危ないですよ」
引き抜かれたと同時に手首を掴み、そのままカウンターへ押しつける。
男は反対の拳を振ってきたが、身体を少しずらして避け、掴んだ腕を力いっぱい捻ると、握力の抜けた手から拳銃がカウンターを滑って床へ落ちた。
足先で遠くへ滑らせ、そのまま苦しんでいる顎先へ一発。
男が白目を剥いて崩れたところでカウンターの中に倒れ込むと、奥の扉が勢いよく開いた。
「侵入者だ!」
警棒を持った男が二人。
その後ろからは、すでに拳銃を抜いた男が出てくる。合計三人。臨戦態勢だ。
銃口がこちらへ向くより早く、横を柳が抜けた。
最初の男の懐へ滑り込み、振りかぶった警棒をいなしながら手首を返す。乾いた音とともに警棒が床へ落ち、その次には胸元へ短い肘が入って、男の身体が壁際へ叩きつけられた。
二人目にも、柳はほとんど大きく動かない。
半歩だけ軸をずらし、空振りした腕を取って肩口へ軽く手を添え、そのままクルリと回転。
頭から落ちそうになったところを、地面に落下する直前に足でさらに頭を蹴りぬく。
最後の拳銃を構えていた男は、目の前の二人が一気にやられたのを見て照準を決めあぐねたところを腹に一撃。
そのまま白目を剥いて夢の世界へ。
「……流石。早いですね」
「歳のせいか、長引かせると疲れますので」
そういう問題じゃないと思う。
さらに奥から二人ほど出てきたが、今度はアルフが前へ出た。
一人の腕を取ったまま壁へぶつけ、もう一人の膝裏を払って床へ落とす。派手な音こそしたものの、どちらも死んではいないようだった。
建物へ入ってから、まだ三分も経っていないが、それなのに、一階だけですでに六人。
「やっぱり、普通の会社ではなさそうですね」
「普通の会社は、受付が拳銃を出さないと思います」
アルフの指摘は、まったくその通りだった。
一階を抜けたあとも、建物の中はだいたい似たようなものだった。
二階には営業部らしい机が並び、三階には会議室と応接室。四階には経理や法務関係の部署が入り、五階へ上がる頃には、普通の会社にはあるまじき装備と警戒の様子だった。
こちらを見つけるなり、問答無用で殴りかかってくる者もいれば、最初から拳銃へ手を伸ばす者もいる。
その度に、俺とアルフと柳で順番に片付けていった。
俺が正面から来た男を倒している間に、アルフが横から回り込んだ相手を壁へ叩きつけ、気づけば柳がさらに奥の二人を床へ転がしている。
そんな調子だった。
一応、市街なので発砲の類はゼロに抑えている。真昼間からドンパチ五月蠅いと近所迷惑だし。
結局、最上階の六階へ辿り着くまでに、それなりの人数を床へ寝かせることになった。
最上階は、それまでと少し雰囲気が違う。
厚い絨毯が敷かれ、壁には絵画や調度品が並び、廊下の奥には大きな応接室と執務室がある。なぜか鎖がいくつか放置されていたが、何に使うんだろうか?
電子錠付きの扉も二つあり、警備役らしい男たちを拘束したあと、アルフが端末を使ってあっさり解錠した。
片方は御厨蓮司の執務室のモノ、もう片方は資料保管室だった。
御厨本人がいないのが少し気がかりだったが、先に資料を確認する。
「これは、当たりですね」
アルフが御厨の机にあるパソコンへ自分の端末を接続すると、俺にはさっぱり分からない画面が次々と流れ始める。
その間に、俺と柳で紙の資料を確認することにした。
契約書に土地登記。
取引先一覧。
どれも一見しただけでは普通の会社の書類に見えるが、ただ、その中に一枚、気になる地図があった。
雲浜港周辺。
複数の区画が色分けされ、取得済みの土地には青、交渉中には黄色、未取得には赤い印が付いているようだ。
そして赤は、一か所しかなかった。
「……黒崎?」
地図の中央に、《旧黒崎浜倉庫地区》と記されている。
周囲はほとんど青で埋まり、港へ抜ける道も、幹線道路へ繋がる区画も、倉庫や空き地もすでに取得済みになっていた。
その中で、黒崎組が持つ土地だけが穴のように残されている。
「知っておられるのですかな?」
柳が横から地図を覗き込む。
「ええ。先日ちょっと縁がありまして」
そういえば、柳には説明していなかった。
「地元の小さな組です。今、なんだか揉め事に巻き込まれてるみたいでして」
「存じておりますよ」
「……え?」
思わず柳を見る。
本人は何でもないような顔で地図を眺めている。
「まあ、昔からある組ですからな。名前くらいは」
そう言って、いつものように柔らかく笑う。
こちらが問いかけようとしたが、遮るように地図の区画を指さした。
「最後の一片、ということですかな」
別の資料を確認すると、周辺土地の取得経緯が残っていた。
表向きにはいくつもの別会社が買い取っているが、資金の流れを辿ると同じ名前へ行き着く。
《華辰国際集団》。
「これ、龍宮の……」
俺が呟くと、アルフがすぐ端末を操作した。
「ここも、その傘下の一つのようですね。資金がかなり流れています。それに……」
アルフが画面を見たまま言うと、座っていた椅子を少し引き、モニターをこちらに見せて来た。
画面に映るのは、《黒崎案件・対応記録》というファイル。
黒崎組員の行動調査。
資金状況。
関係先。
後半には《人的圧力》《家族への警告》という記載も。
なるほど。旧日栄水産での誘拐も、黒崎組への脅しも。
全部、ここかららしいな。
更に、アルフが別のフォルダを開く。
今度は《龍宮》関連のモノだ。
昨夜見た違法カジノの収益資料だった。
賭博利益に融資、債権回収、VIP顧客、地下興行。
事細かくリスト化されている。当然、すんなり見れるようなものではないはずなのだが、流石はアルフ、といったところだろうか。
さらに資金の流れを追うと、いくつもの海外法人を経由して《華辰国際集団》へ戻っていた。
そして、《新施設計画》と題された資料。
黒崎組の土地を含む海沿い一帯に、大型宿泊施設、複数の宴会場、地下設備、専用車路を建設する計画が描かれている。
「だから、あの土地が必要だったんですね」
「ええ。黒崎所有地だけが残っているせいで、沿岸部を一続きに使えないのでしょう」
アルフが資料を複製しながら、さらに別のデータを開いた。
「お二人とも。もう一人、気になる名前が出てきました」
「誰?」
画面には顔写真のない人事資料が表示されている。
《梁偉峰》。
その横には、《華辰国際集団・保安顧問》という肩書き。
「……リャン?」
「梁偉峰。別名、“人食い梁”」
それまで黙って資料を眺めていた柳が、ぼそりと名前を口にした。
「中華系の裏社会では、それなりに名を残している人間です。要人警護から報復、抗争の鎮圧まで――まあ、そういう仕事を専門にしていた男です」
俺はちらりとアルフを見るが、向こうは小さく首を振った。
「全盛期はかなり昔ですから、最近の方は知らなくても無理はないかと。しかし、梁が出てくるとなると……」
アルフは柳の言葉を聞きながら、自分の端末で検索をかける。いくつか資料が展開され、しばらくして一つの記録を開いた。
「……ありました。梁偉峰。元中国軍所属。その後、複数の中華系組織で警護、護衛、対立組織への実力行使に従事。特に九〇年代後半から二〇〇〇年代前半にかけて、幹部級の用心棒として活動していた記録があります」
「柳さんは、ご存じなんですか?」
そう水を向けると、柳は少しだけ肩をすくめた。
「ええ、まあ。多少、縁がある程度のものですがね」
口元にはいつもの柔らかな笑みが浮かんでいる。
何となく、因縁でもありそうな雰囲気だが、今は詳しく聞いている場合でもないだろう。
証拠データの複製が進む間、俺は御厨の机に残されていた予定表へ目を通した。
打ち合わせや来客予定が並ぶ中、今日の午前中にだけ短い記載がある。
《黒崎》。
「アルフ、これ」
予定表を示すと、アルフの表情がわずかに変わった。
「時間的には、すでに出ている可能性が高いですね」
御厨も梁も、ここにはいない。
そして、今日の予定は《黒崎》。
柳も予定表へ目を落とし、それまで浮かべていた笑みを少しだけ薄くした。
「急いだ方がよさそうですな」
「ですね」
必要なデータの複製をアルフへ任せ、俺たちはビルを後にした。
向かった先は、おそらく黒崎組だ。