FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで 作:鳥獣跋扈
御厨蓮司は、簡易ベッドの上でひどく機嫌が悪そうにしていた。
いや、手足を撃たれて機嫌のいい人間がいるとも思えないが、何度目かの悪態をついたところで、傍らにいた東堂から「それ以上騒ぐとろくなことにならんぞ」と言われてしまい、今は唇を歪めるだけに留めている。
ここは《龍宮》の医務室だ。処置を終えた医療担当者が、御厨の容体を東堂へ伝えて出ていったところだった。銃創の手当てが必要な状態で長く喋らせる気はないらしく、東堂も質問は手短に済ませると言っていた。
静香は別の部屋でまだ眠っている。ほかの女性たちと一緒に医療班へ任せてあり、黒崎邸にも無事は伝えたそうだ。親分たちはえらく喜んでいたようだ。良かった良かった。アルフは回収した端末の確認と雨宮への連絡、柳は押収班の手伝いへ回っている。
「梁偉峰はどこだ」
ベッドの脇に立ちながら東堂が尋ねると、御厨は嫌そうに顔を背けた。
「……知りませんよ。あの男は私の指揮下じゃないですから」
「知ってるさ。だが、心当たりはあるんじゃないか」
「何度訊かれても同じです」
なるほど。素直に喋る気はなさそうだ。
何か手はないかと御厨へ視線を向けたところで、不意に視界に文字が浮かんだ。
A:梁はお前を見捨てて逃げたのか
B:梁は別の仕事を片付けに行ったのか
……。
以前、別件でも現れた質問の選択肢。条件はいまだによく分からないが、ちょうどいい。
やってみるさ。
「梁さん、別の仕事を片付けに行ったんじゃないですか」
睨みあいを続ける二人の間に入る形で声をかける。
御厨のまぶたが僅かに跳ねた。今まで黙っていた俺を見て、少しばかり目を細めてから睨みつけてくる。
「……何を根拠に」
「いえ、何となく」
「ふざけたことを……!」
相手の反応に合わせて、視界の文字がすっと入れ替わった。
A:梁は海外へ逃げるつもりなのか
B:梁は組織の資産を守りに行ったのか
どちらもあり得るが……。
逃げたのなら御厨が庇うように口を割らないのは不自然。ということは、別の場所へ向かった、か。
「ココにはない、組織の資産でも守りに行ったんでしょうか」
「……っ」
今度は分かりやすかった。御厨は口を閉じると、初めて東堂の方へ目を向けた。質問している俺ではなく、隣の男へ助けを求めるような視線だ。
まるで俺だけが悪者みたいじゃないか。
東堂は御厨の視線を受け止めつつも、俺の方へ視線を向けてくる。
「続けろ、二階堂」
了解。
そう思った瞬間、次の文字が現れている。
A:黒崎組か
B:雲浜国際物流センターか
流石に、黒崎組ってことはないだろう。となると、物流センターの方か。
「雲浜国際物流センター」
施設名を告げた瞬間、御厨の顔色が変わった。
「な……誰から聞いた!」
選択肢さん。
そんなことよりも、だ。
「東堂さん。ということらしいので、急ぎましょうか。場所はご存じですか?」
なおも喚いている御厨を無視しながら、横に立つ東堂に聞く。
東堂は眉間に深い皺を刻みながらも、ひとつ大きく息を吐いてから耳元の通信機に手を当てた。
「港湾の雲浜国際物流センターを洗え。華辰関連の保管区画だ。今夜中に何かを搬出する可能性がある。外周を先に押さえろ」
『了解』
短い返答に続き、東堂は近くに居たアルフへ声をかけた。施設名を伝えると、すぐに資料の照合を始めたようだ。
「……出ました。物流センター内で華辰関連会社が借りている保管区画です。今夜、出荷予定の記録があります」
「当たり、だな」
東堂が何やら諦めたように言う。
アルフが不思議そうに俺たちを見てくるが、肩を竦めるだけで答えておいた。
「ともあれ、だ。俺たちも準備が出来次第向かうぞ」
了解。
* * *
《龍宮》の外へ出ると、大分日が傾き始めていた。
駐車場には物々しい様相の車両がいくつか停まり、東堂の部下らしき人間が走り、保護された一般人が肩身を寄せながら事情を聞かれたりしている。
ある程度、周辺の封鎖のようなモノをしているのか、他の人間がこちらに向かってくる様子はない。
保護対象の搬送や御厨の身柄は東堂の部下に任せ、俺たちは一度装備を補充した。
と言っても、使用した弾を補充した程度だが。
そのまま、東堂の運転する車で高台を下り、市街地から湾岸道路へ入る。
遠くの港では巨大なクレーンに明かりが灯り始めていた。
物流センターが見えてくる。
今回の目標は華辰の関連会社が借りている海側の一角だ。管理棟、荷捌き場や保管棟を含む広い区画で、日中は一般の作業員も出入りしていたらしい。
先ほど東堂が連絡していた通り、外周の無関係な作業員たちは先に退避させているとのことだ。
「一般の従業員はほぼ非難させているハズだが、絶対じゃない。銃口向けんなよ」
物流センターのすぐ脇に止めた車内で、東堂が何度目かの注意をした。
「了解です」
「御厨の所からサルベージした構成員の名簿と顔写真はそれぞれの端末へ送った。確認しておいてくれ」
端末を見ると、強面の男たちの写真と名前がずらりと並ぶ。
写真がグレーアウトしている人間は、既に確保、ないしは先ほどの龍宮内で排除した構成員だろうか。
ひときわ目立つ位置に、梁偉峰の顔がある。
ちらりと後部座席に座る柳に視線を送るが、いつもと変わった様子はない。
俺たちが確認を済ませたことを見た東堂は、紙の地図を広げながら三つの経路を指し示す。
南の荷捌き場、東の保守用通路、中央のコンテナ搬送路。
奥の管理棟へはどの経路からも繋がるが、恐らく警備が分散されているためと、取りこぼしや挟撃を防ぐため、侵入箇所を分けることになった。
「アルフは南。柳さんは東。俺は中央ですね」
俺の確認の声に、アルフと柳は小さく頷いた。
「……俺の部下も同行させないが、本当にいいんだな?」
念を押す様に言ってくる東堂に、柳が静かに答える。
「ええ、勿論です。この程度であれば十分かと」
アルフも気負いしているような顔も見せず、柳の言葉に同意するように首を縦に振る。
「……そうかい。なら、コッチは部下の指揮を取らなきゃならんから、中はオタクらに任せるさ。……終わったら連絡をくれ」
どこか投げやりな口調の東堂をよそに、俺たちは車を降りた。
外へ出ると、潮風に混じって錆びた鉄のような匂いが鼻をつく。
「では、行って参りますかな」
「また後ほど、恒一さん」
柳とアルフが、それぞれ反対方向へ歩き出す。
海側の空は徐々に暗くなっていた。俺は二人の背中がコンテナの陰へ消えるのを見送り、中央の搬送路へ続くフェンスに向かってゆっくりと歩き出した。
* * *
南側の荷捌き場には、搬出を急ぐ男たちが残っていた。
アルフは、貨物トラックの前へ箱を積み上げる作業員たちを、金網越しに眺めていた。
全員が武装しているわけではない。だが、端末に表示されていた顔写真を確認すると、フォークリフトを扱っている二人は普通の雇われ作業員で、その横で指示を出している三人が華辰側の警備員だった。
どうやら、殲滅、というわけにはいかないらしい。
「こんばんはー! ちょっといいかな」
フェンスの外から声を掛けると、三人のうち一人がこちらを振り向いた。
「何だ、嬢ちゃん? ここは立入禁止だぞ」
「うん、知ってるよ! だけど、今からちょーっと危なくなるからね、関係ないおじさん達には出て行ってもらおうかと思って」
話を振った警備員の顔つきが変わった。
その手が腰へ動いた瞬間、アルフはサプレッサー付きの短銃身銃を構えた。
抑えられた発砲音が続き、男の肩と、隣で拳銃を抜こうとした警備員の胸が跳ねる。
残りの一人がトラックの陰へ逃げたところで、作業員たちも悲鳴を上げた。
「作業員のおじさんたちは、そっちの門から外に出てねー。迎えが来てるから」
アルフが示した方には、東堂が用意した車両が停まっている。何が起きたのか分からず戸惑っていた作業員たちだったが、武装した男が倒れているのを見て、言われるまま走り出した。
その背中を見送る間にも、トラックの陰から銃声が響いた。
弾がフェンスを叩き、火花が散る。
アルフは一歩だけ退き、フェンスの横、金属製の門扉へ手を掛けた。南京錠で閉められた鎖を握り、グイと引く。
ミチミチと鈍く硬い音を立てると、鎖が千切れ、金属音を立てながら地面にじゃらりと落ちる。
内側で撃っていた男が、目を剥いた。
「な……!」
反応するより早く、門扉を開いたアルフが間合いへ入り、男の銃を掴む。引き寄せた身体をトラックの側面へ叩きつけると、男は悲鳴を上げてその場へ崩れた。
その騒ぎを聞きつけ、倉庫からさらに四人が現れる。
うち一人は明らかに大柄で、胸元には厚い防護具を着込んでいた。両手で抱えた銃をアルフへ向け、仲間へ向かって何か叫んでいる。
アルフは短い連射で相手を足止めすると、今まさにトラックへと積み込もうとしていた、金属製の台車を片手で持ち上げた。
百キロ近くはありそうなそれを、盾でも構えるように正面へ持ってくる。
「……は?」
間抜けな声と共に、一瞬銃声が止まる。
その隙に、金属の塊を抱えたアルフが男たちに向かって走り出す。
「う、撃て!」
男の声と銃声が重なり、台車へ弾が当たった。
しかし、アルフは止まらない。
そのまま距離を詰め、台車ごと男たちへ押し込む。後ろへ逃げ損ねた一人が荷箱に巻き込まれて潰され、残る二人も地面に倒れ込んだ。
防護具の男が辛うじて踏みとどまったところへ、アルフは台車を横へ投げ捨て、その腕を取って地面へ叩き伏せる。
男の身体が、コンクリートへ鈍い音を立てて沈んだ。
やや遅れて、転んでいた二人が拳銃を取り出そうとしたが遅い。アルフはそれぞれの武器を蹴り飛ばし、片方をトラックの荷台へ押しつけ、もう片方の首筋へ短い打撃を入れた。
静かになった荷捌き場に、トラックのエンジン音だけが残る。
アルフは乱れた前髪を整えてから、通信機へ指を当てた。
『南側、通過しました。一般作業員も退避しています』
『了解。続けて進め』
東堂の声だ。
そのまま通信が切れ、周囲を一瞬見渡してから奥へと進んだ。
* * *
東側の通路は、南と違って人通りがほとんどなかった。
柳は建物の壁へ沿うように歩きながら、腰の刀の位置を確かめていた。
外灯が点き始めた通路には、機械設備から漏れる低い音が響き、少し離れた場所で荷役用の車両が走っている。
この先にいるのは六人。
東堂から渡された配置図と、巡回の情報ではそうなっていた。
だが、最初の角へ差し掛かったところで、柳は足を止めた。
「……ひとり多いですな」
壁の向こう、靴底の音が想定より増えている。
その直後、角から警備員が現れた。
「誰だ――」
男が拳銃へ手を伸ばした時には、柳はもう懐へ踏み込んでいた。刀を抜く代わりに鞘を持ち上げ、相手の手首を打つ。拳銃が床へ落ちるより早く、柄頭が鳩尾へ入り、男は声を漏らす間もなく膝を折った。
奥から続けて二人が飛び出す。
今度は柳が鞘から刃を抜いた。
街灯を反射した白い線が一瞬だけ走る。男の銃口が外へ弾かれ、次の瞬間には手首から先が落ちる。柳は悲鳴を上げながら下がるその動きに合わせて一歩進み、さらに袈裟懸けに胸を切り裂いて相手を倒す。
もう一人が短機関銃を構えるが、引き金へ指を掛ける頃には柳は既に間合いの外へ出ており、袖から放たれた棒手裏剣が男の喉へ突き立った。
「……!?」
声にならない声を上げ、銃口が逸れる。
柳は再び距離を詰め、突きで額を穿った。
男が倒れたところで、通路の奥からさらに四人が姿を現す。
どうやら騒ぎを聞きつけたらしい。二人が拳銃、残りが警棒と散弾銃を持っている。
「……爺さん一人か?」
先頭の男がそう言い、構える。
目の前で倒れている仲間だったモノと、白刃から滴る赤い液を見て、ゴクリと喉を鳴らした。
「いかにも」
柳が薄く笑う。
男が銃を向けた。
その瞬間、柳は真正面へ踏み込んだ。
銃口がこちらを追いかけるより早く身体を半身にずらし、構えた銃ごと相手の指先を落とす。悲鳴を上げた男を盾にするように身体を入れ替え、背後にいた散弾銃の男へ近づいた。
発砲音が響く。
盾にした男がビクンと跳ね倒れるが、柳はもうそこにいない。
散弾銃を抱えた男の懐へ滑り込み、銃身を押し上げる。続けて足を払うと、男は背中から地面へ倒れた。
起き上がろうとしたが、地面に縫い付けるように上から刃が喉に突き立てられた。
ごぼりと口から赤い物が溢れる。
残り二人が左右へ散ろうとした時には、棒手裏剣が片方の右目へ突き立ち、もう一人は金的を突かれ絶叫と共に跪いた。
声が途切れる前に、一閃。
首筋に赤い線と飛沫が舞う。
「さて」
大きく乱れた呼吸はない。
刀の刃を払って鞘へ戻すと、手近な壁の陰から管理棟の灯りが見えた。奥へ続く通路に人影はない。
『こちら柳。東側、通過いたしました』
『了解』
東堂への通信を切ると、柳は再び歩き出した。
* * *
中央の搬送路へ続くフェンスの前で、通信機が鳴った。
『南と東、問題なく通過した』
東堂の声だ。
俺は短く返事をし、腰の拳銃を確かめる。
左右に目を向ければ、青いマーカーが二つ、ゆっくりと奥へと進んでいるのが見えた。
『二階堂、中央は距離がある。気を付けろよ』
「了解です」
フェンスの向こうには、夜の灯りに照らされたコンテナが何段にも積み上がっているのが見える。
ぺろり、と唇を舐める。
意識をゆっくりと盤面に落とす。