「その前に、確認しておくべき人がもう一人います」
八幡が新たな作戦の骨組みを頭の中で組み立て始めていると、牧野が冷静な声で促した。
「……轟か」
「はい。紙屋が死んだ以上、この愛知コロニーで残る最大勢力は、美甘井燈二と、轟武玄の二人だけです」
八幡は再びコガネを呼び出し、短い命令を下した。
「コガネ。轟武玄の情報を出せ」
『りょーかいっしょ!』
ディスプレイが切り替わり、新たなテキストが表示される。
轟武玄
得点 85点
ルール追加回数 0回
滞留結界 愛知コロニー
「八十五点……燈二よりは少ないな」
「比企谷くん、得点の多さは、そのまま絶対的な強さの順位ではありません。得点はあくまで、誰をどれだけ殺したかの結果でしかない」
「分かってるよ。相性の問題だろ」
牧野の事前の説明によれば、純粋な真正面からの物理的な戦闘において、轟武玄は燈二にとって最悪級の天敵だ。
そこで、八幡はある面白い、そしてひどく不気味な事実に気づいた。
「百二十七点も持ってるあの変態野郎が、八十五点の轟を今まで殺せてねえってことか」
数字の暴力性だけで言えば燈二の方が圧倒的に上だ。だが、現実の盤面上では、燈二ですら轟との直接対決を避けていたからこそ、これまで愛知コロニーは三すくみの膠着状態を保っていたのだ。
その事実が、八幡の中で『轟武玄』という男の戦力的な格をグッと引き上げた。
「これまでは、燈二、紙屋、轟の三すくみでした」
牧野が、八幡の思考を代弁するように言葉を継ぐ。
「ですが、あなたが紙屋を倒したことで、その均衡は崩れた。現在のコロニーは、燈二と轟の二極対立……その間に、あなたが強制的に割り込んだ状態になっています」
「嬉しくねえ昇進だな。平社員からいきなり取締役の泥沼派争いに放り込まれた気分だ」
八幡は肩をすくめ、小さく舌打ちをした。
愛知コロニーの勢力図の、明確な一角。それが今の自分の立ち位置だということに、八幡自身も少しの恐怖を感じていた。
俺はただ、小町を助けに来ただけの一介のシスコン大学生に過ぎない。それなのに、三十五点を抱え、紙屋を殺し、二人の本物の怪物から認識される側に立ってしまっている。
燈二を直接釣るのが正解か。轟の好戦的な性格を利用するか。あるいは、一時的にでも轟と組んで燈二を叩くか。最悪の二人がぶつかるように誘導するか。
考えられる手はいくつかある。だが、まだそれを決断するための材料が足りない。それに何より――。
「考えているところ申し訳ありませんが、少なくとも朝までは休んでください」
牧野が、戦術家から一人の保護者のような顔に戻り、八幡に強制的な休息を命じた。
「……またそれか。俺はまだ動けるぞ」
「またです。動けることと、戦えることは違います。これ以上傷が開けば、本当に取り返しがつかなくなる」
牧野の静かだが譲らない言葉に、八幡は少しだけ毒気を抜かれたように息を吐き、壁際の瓦礫に深く背中を預けた。張り詰めていた空気が、ごくわずかだが緩むのを感じながら、八幡は痛む身体を休めることにした。