ソシャゲの話が長すぎる長文三人衆がお茶会を開いたらどうなるか?   作:異常長文構築者

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リンバス勢の長文枠に三人のお茶会に来てもらいました
ビナー語のエミュ難しい……


【悲報】ケルシー先生、愉悦部とレスバを開始してしまう

 

 

―――ここは、果てしなき思考の海を泳ぎ続ける者たちのためだけに用意された秘密の庭園である。

 

 豪奢なホワイトマホガニーの円卓を囲むのは、それぞれの世界における情報伝達機構において頂点に君臨する、否、圧倒的かつ暴力的な言語生成によって他者を置き去りにする三名の乙女たち。

 

 一人は、トリニティ総合学園においてティーパーティーの重鎮にして元・予言者である百合園セイア。事象の一つから百の思想を汲み出し、哲学的かつ迂遠に彩りながら「物語の余白」を楽しむ思索家。

 

 もう一人は、ロドス・アイランド医療部門の責任者、ケルシー。ありとあらゆる環境変数や社会歴史、生化学的知見を事細かに論理展開し、ゼロから百まで隙間なく構築した完全なる長文論文、通称『ケルシー構文』をもって制御・指導する不老の探求者。

 

 そして三人目は、神々や宇宙の理すらもすべてを情熱的な浪漫のメタファーへと変換し、「ロマンチック」という名の糖衣で事実の輪郭を無限に塗り固め、結論を霧の彼方へと葬り去ってしまう恋に恋する乙女、キュレネ。

 

 これまでの茶会を通じて、彼女たちの間でやり取りされてきた言語のカロリーは優に数十万文字を超えている。ありとあらゆる森羅万象を語り尽くし、並の人間であれば脳細胞が即時フリーズするような飽和情報の中、彼女たちだけは奇跡的な生態系を維持しながら楽し気にポットの紅茶を空にしていた。

 

 だが、その日の「お茶会」は、ある不意の訪問者によって新たな次元……否、恐怖にも等しい言語的特異点の激突へと発展することとなる。

 

 

 

 

     ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 その三名がそれぞれ定位置へとつき、今まさにポットへ熱湯が注がれ、哲学・理論・愛が交錯する極地の大決戦が開幕しようとしていた……まさに、その時である。

 

 カツ……。カツ……。カツ……。

 

 絨毯のような柔らかい緑に覆われたはずの庭園の空間に、突如として無機質で硬質な、そして何処か「死と停止」の匂いを伴ったヒールの足音が反響した。

 

 三人はほぼ同時に視線を動かした。その瞬間、この場を満たしていた温かで抽象的な日差しが、急速に色と熱を奪われ、まるで白黒映画のようなセピア色の陰鬱な空気に染まり上がったようにすら感じられた。

 

 現れたのは、豪奢にして荘厳なる黒衣に身を包んだ、異様な長身の女であった。酷い猫背ではあるが、長き黒髪ともみあげに走る鮮烈な金色のメッシュが静かなコントラストを放っており、深く凪いだ――全く底の見えない漆黒の眼差しは、あたかも宇宙の裏側で蠢く暗黒の真淵から真っ直ぐにこの空間を覗き込んでいるかのごとき畏怖を撒き散らしている。

 

「……ほう。このような次元の狭間にて、これほどまでに賑々しいお遊戯を執り行っているとはな」

 

 彼女は片手にアンティーク調のティーセットを携えたまま、感情の色を微塵も窺わせない口調で囁くようにそう紡いだ。言葉遣いは丁寧で静謐であったが、なぜかその響きそのものに、冷えた鋭利な刃を首筋に滑らせるような絶対的な上位者の残虐な香りがまとわりついていた。

 

「私のような枯れた者が踏み入れるには、いささか日差しが眩しすぎるようだ。しかし、これも何かの因果……お前たちのもてなす空間は、どのような残骸と汚泥によって構築された土壌なのだろうな。座らせてもらおう」

 

「……」

 

「あら……?」

 

「……ふむ。君は?」

 

初対面の来訪者に対し、真っ先に静寂を破りその行動の特異性に哲学の切り口を見出したのは、ティーカップを両手に抱え持っていたセイアであった。

 

「これは驚いたね。全くもって予測不能の『乱入』だ。私は今までこの空間における招かれたる客と招かれざる客という概念の境界を思考していたところだったが……君のその立ち振る舞いには、己が空間の中心たる特異点であることを少しの疑いもなく享受する、王者の如き『無頓着』があるね。それは純然たる無知ゆえの暴挙か、さもなくば他者の存在など己の世界においては極小の観測エラーでしかないという……恐ろしいまでの傲慢ゆえかな。まずは君の名を、聞かせてもらおうか。漆黒の訪問者殿」

 

「……」

 

 女はゆっくりと長い手足を折りたたむように空席となっていた一席へと沈み込み、机の中央を見下ろして口角の片側だけをかすかに歪めた。

 

「私に名を尋ねるか。幼き観測者よ。だが、生憎ながら『私』にふさわしい固定された響きなどは疾うの昔に忘却して久しい。『ビナー』という記号があるが、それは私の名前ではないのだよ。私は抽出チームを担当している一介の存在に過ぎない……ああ、そして私は……調律し、抽出するもの。そして今、ここで紅茶を淹れるためだけの存在だ」

 

 ビナーと呼ばれた女は手早く自前の陶磁器と茶葉を取り出し始めた。手付きは驚くほどに優雅であり、儀式的であった。そして、彼女はそれ以上語る気はないとばかりに、静かにカップに湯を注ぎ始めた。

 

―――彼女は本来、相手に合わせて話の長さを極端に変える性質を持っているらしく、特に抵抗できないほど弱り切った者や、死にかけの格下相手にはひどく饒舌になる愉悦の徒だ。

だが、今のセイアのように「安全圏から余裕ぶってペラペラと能書きを垂れる」輩に対しては、言葉を尽くす価値すら感じていなかったらしい。

 

「……警戒態勢とは言わずとも、注視対象であることは明白だな。君から発せられる微細な空気振動と瞳孔の拡張不全を見る限り、常人とは大きく逸脱した中枢神経系を内包している。……私のMon3trの神経中枢すら君に対する『異物』という警鐘を自発的に解除しきれないままだ」

 

 ケルシーは即座に腕を組み、横にそびえ立つ自らの異形の骨格――Mon3trとリンクした索敵の閾値を最高度に高めながら、客観的かつ氷点下の音声で語りかけた。

 

「……自己定義の放棄という行為を以て『ビナーは自分の名ではない』と言いながら自称するという矛盾したスタンスの採用か。加えて己を『一介の存在』『紅茶を淹れるためのもの』と卑下する表現を用いながら、無意識の所作においては極度な上位者から下賎な虫の群れを見下す視点の獲得が完了しているな。言語出力とノンバーバルな態度における重大な乖離。通常、テラにおいても過去幾度かの巨大企業の重鎮あるいは特殊組織の処刑者層に見られた一種の社会病質的自己防衛……あるいはそれを通り越した真性のサディズム的パーソナリティ特有の言語の振れ幅に近しいものだ。しかし仮に敵意が存在したとて、今は行動を起こすべき合理性を持たない。とりあえずは名札代わりの呼称として『ビナー』を使用することを許可しよう。ただし私への不要な挑発は自衛手段の発動をもたらすということは、そちら側の利の側面として記録しておいてもらおうか」

 

「まあっ!!」

 

 そんな殺気と冷気と哲学が乱高下する席の中において、たった一人だけ全く異なった周波数で受信した存在があった。両頬を染め上げ、感嘆の吐息をもらして椅子から腰を浮かせている乙女・キュレネである。

 

「なんて……なんてドラマチックなの! 聞いたかしらセイアちゃん、ケルシー先生! 自分の運命を過去のどこかへ置いてきて、抜け殻になったこの体だけを引きずってでも果たすべき愛の仕事を探し続けている……これは深くて昏い、愛しいトラウマを抱えた未亡人……いいえ、過去の罪を抱いて修道院に隠遁した聖女の自己罰の告白そのものなのね? 」

 

 キュレネのポエム解釈の砲火が、開始十分にして容赦なく浴びせかけられる。

 

「漆黒のドレスの喪服をまとって紅茶を嗜むお姿。そして瞳に隠し切れない悲劇と絶望への色! あなたは今まで一人ぼっちで凍りついた空の上から『誰か私を罰して』『誰か私の冷え切った唇を紅茶の熱さだけで誤魔化して』って悲しみに浸っていたのね? なんて素敵な……可哀想な人なの! ここはすべてを受け入れ、言葉を編んで解きほぐす奇跡のお茶会よ! ようこそ、私たちの輪の中へ! ビナーさんっていう仮のお名前だって素敵だわ! あたしの愛が今日、あなたという深い井戸の中に星を浮かべてみせるから!」

 

「…………ふっ」

 

 哲学、論理、そしてお花畑全開のロマンス。

 三者三様の圧倒的な長文による「余裕しゃくしゃくの解釈」を浴びせられたビナーは、手元のティーカップを微かに傾け、冷笑を漏らした。

 

 彼女の深き真淵のような瞳に、悪辣で邪悪、そして底冷えのするような暗い「嗜虐の炎」が揺らめいたのである。

 

「……ペラペラと、よく回る舌だ。平和な鳥籠の中でしか囀ったことのない小鳥たちは、随分と余裕があるようだな」

 

 ビナーの声は落ち着いており、囁くようであったが……その響きには、相手の尊厳を根底から踏み躙るような明確な毒が仕込まれていた。

 

「私はね、本来、お前たちのように安全圏から余裕ぶって御託を並べる者と長話をする趣味はないのだよ。私が本当に饒舌になるのは……手足をもがれ、這いつくばり、己の無力と絶望に溺れながら、なりふり構わず命乞いをする『死にかけの惨めな者』を相手にする時だけだ。……今ここで、お前たちをその状態にしてやれば、私も少しは話す気になれるかもしれないな」

 

 明確な殺意と、暴力を神聖な娯楽とする狂気の宣言。

 その言葉にケルシーの眼光が完全に剣呑な刃へと固定され、背後のMon3trが主と共に殺気を漏らし始めた。

 

「……随分と低次元でグロテスクな趣味的自己開示を受けたものだな。それが俗に言う自己愛に根差したサディズム・精神病理学的解離性というのであれば片付けは早いが」

 

 ケルシーは眉間を一ミリたりとも崩さず、手元のタブレットではなく、真っ直ぐに眼前の黒き調律者の眼を見据えて、重低音のような圧倒的長文の応酬を展開し始める。

 それは彼女の中で「論理と言語による防壁」の構築を意味していた。

 

「私がこれまでに観察してきた幾星霜の時間と、文明の中における暴力の歴史……特に国家体制の権力末端や異能の実行者に見受けられる『暴力と悲鳴そのものを神聖な娯楽の対象とすることの脆弱性』に鑑みて意見しよう。人間の限界は生身において固定され、環境のストレスに対して感情システムを利用して苦痛に意義を見出すというバグを生じるケースが散見される。他人の痛みに娯楽の極値を感じ、死にかけの弱者に対してのみ饒舌になるというお前のその狂性に基づく発露も、言ってみれば脳機能のシナプス間の情報の再利用において欠落した神経伝達物質『オキシトシン』などを補うべく、破壊という明確なフィードバック刺激で無理矢理『生存欲』や『ドーパミン回路』を麻薬のごとく機能させている欠陥仕様の代替的産物にすぎないという点においては科学的立証が可能であるからだ」

 

 息を一つ吸うと、ケルシーの視線の圧力はより苛烈さを帯び、その眼光は物理的な重量感すら伴って黒衣の女の全身を縫い留めんばかりに放射された。

 

「生物が本能的に忌避すべき同族の悲劇や血の臭いに快楽原則を見出す状態。テラの大地でも、旧時代の文明下であっても、己の弱さや孤独と直面することを恐れる権力者や犯罪者が陥る最も陳腐な逃避のプロセスだ。お前はそれを『愉悦』と美化して語るようだが、それは自らの脳内にある扁桃体の機能を正常に保てなくなった結果の誤作動を正当化するための虚飾に他ならない。感情とは生存確率を上げるために獲得された演算システムだが、それが何らかの外的要因で死滅した場合、生物は空虚さを埋めるために他者の劇的な苦痛という極大のフィードバックを利用する。お前のその薄ら笑いも、死にかけの弱者を好む異常性も、自身が機能不全に陥った生きた残骸であることを無意識下で認めている証左だ。私をその状態にすると言ったか? 笑止だな。──つまり、お前の言う『美しき残虐性と悲劇の鑑賞』とは、恐怖から逃げ、共感という神経回路が完全に摩耗した精神の欠陥品が、脳をどうにか駆動させ続けるために依存している『自家製の中毒物質』だ。哲学的な衣を着せようと無駄だ、単に『生物学的な不具合』というだけのことだ。そこに神秘性など一切ない」

 

 痛烈なまでの論理の嵐。完全に相手を「壊れた器械」と定義付け、そこに誇るべき尊厳など存在しないという一切の慈悲なき理詰めの断罪。並の人間であれば、そのあまりに的確すぎる心理解剖に耐えきれず激高するか、言葉を詰まらせて発狂しているであろう。

 

 だが、対象は「調律者」のなれの果て。

 

「……ククッ。アハハハハ!」

 

 ビナーの深淵の如き漆黒の眼底に、本心からの賞賛と――気味の悪い、湿り気を帯びた愉悦の波が広がった。

 

「素晴らしい。実に素晴らしいぞ、異世界の医者よ」

 

 ビナーは肩を揺らして笑った。彼女は本来、相手が余裕ぶっている時には口を閉ざす。だが、今のケルシーの姿はどうだ。必死に論理を並べ立て、長大な言葉の壁を構築し、己の恐怖や警戒心を「医学的・心理学的分析」という分厚い鎧で隠そうと必死に足掻いているではないか。

 

 それは、ビナーにとって「抵抗できない弱者が身をよじって命乞いをする姿」と同等に、ひどく滑稽で、愛おしく、そして「最高の反応を返す玩具」に他ならなかった。

 

「お前は私が『死にかけの弱者相手にしか饒舌にならない』と言った意味を、少しはき違えているようだな。私が愛しているのは、物理的な死だけではないのだよ。己の完璧な箱庭が壊されるのを恐れ、必死に言葉という名の泥をかき集めて防壁を築こうとする……そのなりふり構わぬ余裕のない『精神的な足掻き』を見るのが大好きなのだよ。お前のその長広舌、自分が傷つかないために必死に言葉を積み上げるその顔……実にいい反応だ。私の渇きを癒やすには十分すぎる」

 

 カチリ、と。ビナーの中で「煽りカスモード」のスイッチが音を立てて入った。ここからは、彼女の独壇場である。

 

「街を飲み込むほどの大きな濁流は見たことがあるか?」

 

「……は?」

 

 ケルシーが問い返す。

 

「街、だと? 今の扁桃体の機能の話からの脈絡がないが」

 

 当然の問い。だがビナーはそれに答えることなく、虚空を見つめて滔々と話し始める。彼女の語り口は、突然おとぎ話を読み聞かせる老人のように迂遠で、それでいて容赦のない毒を含んでいた。

 

「粗く不安定な上流と、曲がりくねった中流を超え、やがて下流に至れば、果てしなく広く、全てが平和に見える平野があるんだ。そこはね、上流から流れてきたあらゆる泥や残骸、都市の排泄物が降り積もり堆積している場所なのさ。お前が必死に並べ立てた論理や分析も、結局は自分を守るために流した泥水に過ぎない。泥を運ぶ水も、いずれ干上がる時が来る。すべてを失った平野だけが、ひたすらに泥の重さに耐えて口を開けている……。積み重なった全ての残骸を受け止めるには、決して折れない自我が必要なのさ」

 

「……ビナーと言ったね。ちょっと待ってほしい」

 

 たまらず横から口を挟んだのはセイアである。

 

「流石に話題の転換があまりに無慈悲に過ぎるよ。突如現れた『濁流』という概念についてだが。それが我々の現在抱えている、精神機能の摩耗と自我の破綻に関する言及であると推察し、その流れの上で解読を行うならばだ。上流からの濁流というのは他者の無尽蔵の思念や、己が強行に飲み込んできた恐怖の堆積物の暗喩だろう? そしてそれが平和に見える平野に……つまり精神の中枢において無数に溜まり続け、平定状態であると自己暗示しなければ精神を保てない『自我』に対する比喩として使われているのだと。つまり君は……自らの罪と悲劇の堆積において、もはや泥土のような鈍麻なしには自我を構成しえなくなっている現状を指しているのかい?」

 

 セイアがその難解で高難易度な言語パズルをどうにか解読し、思想的な同位変換の提示を行うが、ビナーは目をしばたたかせてからクスクスと笑い始めた。

 

「ああ、言葉というのは不思議な鎖だよ。私はね、何も難しいことなど言っていないさ。ただ、カップの底に沈む細かい茶葉の残りかすを見ていただけなのさ」

 

「……紅茶?」

 

「底に沈んでいく泥とね、そして私達を縛り付けて沈み込んでいった残骸たちがね、どうにも似ていると思ってね。私は過去にも翼を折り、泥の中で藻掻く哀れな鳥たちの羽音を聞きながらこれを嗜んだものでね。底の見えない深い暗い井戸の縁で、足元をすくわれまいと足掻く姿を見ると、この葉っぱたちを飲み下すような重さが感じられる。つまりそうさ……お前たちには見えるかい? 見えない柱が。光もなく扉の前に並ぶ、古い大黒柱たちの歪みがね……ふふふ。まぁ、これも冷めればただの色水だからね」

 

 要するに、ただカップの底の茶葉の残り滓から連想して、過去に「自分が殺戮した者たちが倒れた情景」「血の池の泥臭さ」、更には自らを捕縛し機械に組み込んできた者たちの「暗い井戸のような施設」それらに対する雑感を脈絡ゼロ、主語ゼロで老人が孫に昔話でもするように長々と連結してポエム化していただけである。

 

 しかし、それが相手を混乱させ、苛立たせることを熟知した上での確信犯的な煽りなのだ。

 

「……その思考への迎合は軽率というよりは破綻しているぞ」

 

 二人によるあまりにもポエティックかつアクロバティックな情報通信の事故を強制的にブロックするかのように、ケルシーの冷たくも重い低音が差し込まれる。傍らに座る彼女の瞳は、手元のデバイスによる水質と毒性チェックの結果を確認したまま一切揺らいでいない。

 

「まず、その未知なる客人たるお前への提言だ。『調律者』ビナーと自らを呼んだか。お前が川の流れを用いた文学的メタファーとして語ったことへの評価は措くとしても、それが指し示す論拠に看過できないパラドックスが存在する。第一に、これは大英帝国の流れを汲む格式高い抽出法に則った茶の産物であり『泥水』という化学的に水と不純物がコロイドとして懸濁している状態の流体を指し示す表現は誤りだ。発酵プロセスとは茶葉に含まれるカテキンや没食子酸などが酵素の力によってポリフェノールへと構造変化する精密な重合現象であり、『死臭や汚泥』といったタンパク質の嫌気性腐敗に伴ってアミン類や硫化水素が発生する現象とは全くの別物であるという前提がある。アッサム特有のセカンドフラッシュは成分抽出時の比重・対流計算が肝だが、それら一切を死者の怨念だのにすり替え、『すべてが食い破る寸前の限界の美しさ』に帰結させるレトリックは、情報空間に対するただのデマゴギー散布、ノイズ・インジェクションだ。我々はお茶とコミュニケーションを求めているのであり、無暗に暗号化された修辞技法で場の認識と定義づけを遅滞させることは情報学的に致命的なロスだということに何故気が付かない?」

 

 言葉による制圧爆撃の掃射。

 生真面目の極みであり「事実誤認にはいちいち全レスで補足しなければ気がすまない」という医療責任者の防衛本能──ケルシー構文が再び爆発した。

 

 結論を言えば『例えが遠回しすぎて嘘情報になってるし紛らわしいからちゃんと正しい科学的データに直せ、お茶は茶葉でお湯です』というだけの話である。

 

 しかし。それに対して何故か反論する者は、ここにまだもう一人存在していた。ロマンの塊、キュレネだ。

 

「ダメよダメよケルシー先生ったら! またそうやって真面目にデータとか成分のお話に逃げ込んで!」

 

 キュレネが身を乗り出し、花がほころぶような両手の仕草でビナーの語りをうっとりと見つめた。

 

「ビナーさんのそのお話、あたしには痛いほど伝わってきたわ! あのね! 濁流っていうのは激動の恋に身を投じる私たち自身のことで、泥というのは周りから反対されたり試練の時にぶつかる障害のことなんでしょ? そして最後は、平和の平野でただ安寧に落ち着くのではなくて、試練が積もって二人だけの器がもう抱えきれなくなって弾け飛ぶとき……破滅すらいとわないほどに互いを受け入れ合い、永遠の一瞬を迎えて極上の香りに成るのよ! それはもう狂気と背中合わせの激しすぎる恋愛狂想曲のロマンスね! ああ、あなたの愛への価値観は悲痛だけど、この上なく甘くて刺激的な物語なのね♪」

 

「……私の真摯な分析を、なんら検証不可能な発情期の分泌現象に統合するのは辞めろ、キュレネ。議論のノイズが増える一方だ」

 

「あら! 愛ってノイズなんかじゃないわ! あなたみたいな堅物なケルシー先生こそ、もっと自分に流れている濁流――熱い思いに気付くべきよ?」

 

「はぁ……」

 

 キュレネにまで明後日のロマンチック極まるポエティック再翻訳をなされ、ケルシーは深くため息を吐いた。そして無感情な金眼を向けたままで微動だにしない長身の黒髪の女、ビナーの真意を見定めようとする。

 

 果たしてこの特異点であるビナーは、ケルシーのド正論科学パンチと、セイアの中身なし長々深読み擁護、さらにはキュレネのド直球お花畑ロマンスという思考がフリーズするであろうカオスの只中で──彼女は。

 

 微かな、嗤いを漏らした。

 

 それはサディスティックで嗜虐的でありながらも、決して冷たいだけではない、まるで絶え間なく回る狂気のオルゴールを見つけてしまった愛好家のような口角の吊り上がりだった。

 

「……実に滑稽で、興味深く、反面反吐の出るような脆弱さを隠した素晴らしいおままごとだな」

 

 ビナーは姿勢を正すことすらせず、長く美しい足を組み替え、再び陶磁器を爪弾いた。

 

「良いだろう、小賢しい白衣を着た医者の小娘。私の比喩が情報の遅延を起こしたと貴様は騒ぎ立てているようだが。果たして本当に『正確なデータを伝えること』だけがコミュニケーションだと本気で考えているなら、貴様自身がとうの昔に心に重傷を負い、その恐怖をごまかすために過剰なまでの客観情報の知識の盾でその薄ら寒い身を隠し震えていることの証明だということに気づけないのが一番の悲劇だろうな」

 

 ビナーはカップを置き、ケルシーを真っ向から見据えた。その目には、抵抗する獲物を嬲る愉悦が満ちている。

 

「私がかつて聞いた寓話に『黒い森に三羽の鳥がいました』というものがある。それぞれの鳥たちは森の動物たちを守るためと称して、未来を知りたくて目を潰し、あらゆる裁きを下したくて頭をなくし、最後には全てから守ろうとするが故の巨大で不格好な肉の化け物に成った……お前のようにあらゆる事象に対して一字一句情報を敷き詰めて完璧な定義づけを図る行為は、まさに目を多くして全ての事象を見通そうとしながら本質的には何一つの理解に至らず森に火を放とうとした大鳥と酷似している。正確性の過剰共有とは即ち、自分の選択の責任への恐怖なのだ。それに気付かぬまま自己矛盾でひび割れかけながら崩れゆこうとしている貴様のその必死すぎる長ったらしい小言は……私の腹をじっくりと抉り出されるような気色の悪さではなく、最高の滑稽劇の音楽として耳に届いた。ああ、少し面白い余興になりそうだ。私は人間の心が一つの恐怖へと収束して割れて散っていくその一瞬を見るためになら、何千年でも話に付き合うことができる性分なのでな」

 

 ケルシーは目を見開き、一瞬だけ硬直した。

ただの世間話でお茶を出すだけの場面において。

 

「比喩がおかしいしわかりにくい、デマだ」と反証しただけで、これほどの精神的揺さぶりと、心理学的にドギツすぎるパーソナリティ否定が『黒い森の三羽の鳥』というまたしても誰も知らないおとぎ話の比喩を重ねながら特大の「煽り長文」となって帰ってくることなど、あの長尺モンスターである彼女自身でさえ経験がないものだったのだから。

 

 結論から言うとビナーはこう言ったに過ぎない。

 

『情報をたくさん持ってくることで安心したいだけのくせにビビッてんじゃねーよ、マジウケるわ。私の話し方がムカつく?むしろ、お前がムカつくほど私はお前がムキになって壊れそうになるのが見られて面白い』と。

 

 たしかに、ケルシーは極度のお節介であるが故に「周りに死なれたくないため、無理解から来る破滅を回避したいが故にあらゆる背景知識から原理まで全てを言語化する過剰性」というケルシー構文の特質を持つ。

 

 そしてビナーもまた「一を語るのに不要な哲学とポエム・童話に絡め相手が真理を求めるほど煙に巻き続け、相手の感情や論理がバグを起こして混乱と破滅で崩れゆくサマを至高の笑いとし愉悦する残酷性」というベクトルは逆の特質を持つ。

 

 一方は生存のため。一方は崩壊への受容、あるいは死へ落ちゆく人間美への愉悦のため。

 

 一方が徹底的にロジックを積み上げようとするのを、ビナーはその「完璧に見えるはずの土台」の一番下を悪口で蹴り倒してドミノ崩しのごとく大騒ぎさせようとするのだ。

 

 ──二人は、本質的に『死』や『世界』を見極めた長寿たる者同士であるが故に、互いが持論を曲げられない『致命的な相性の悪さ』であることが、この数回のラリーのやり取りで証明されてしまったらしい。

 

「……随分と挑発的で論証をすり替えた個人攻撃だな、情報の精査と行動パターンの定義がなぜ自己責任への忌避になる」

 

 ケルシーは、完全に“火”がついたようで瞳に零下十度の氷をたたえて口を開く。

 

「あらゆる未来のバリアンスから最も致死性の低い分岐を選び取ることは、生ける知性体に義務付けられた生存戦略に他ならない。お前のように抽象概念という便利な煙幕を用いて事実へのフォーカスをぼやかし続ける姿勢は、直近の致命的結末を直視する勇気がない故の虚無主義であり、いわゆる運命への放棄、モラトリアム的諦観の表出だ。『三羽の鳥が森に~』といった出典も根拠もない文学の寓話を引き合いに出したところで作戦計画書一つ完成しないが。それが結果的にお前自身を滅ぼすことになった場合、自己正当化する手段はあるのか? それを悦ぶと嘯くならそれこそ真性の神経系統異常であり精神分裂と破壊衝動のサイコパシーに近い。私は自他の未来を守護・予測するための最適解に情報を収束させている。貴様の無目的な煙幕と共にされたのでは心外という他ない。だが、その悪癖に付き合わされる周囲が私へのストレス値のみで測定できるわけがないことくらい、知性を気取るなら当然推論すべきだが」

 

「……やはりお前はその鳥と同じだ、愛おしく見えすいたほどの防壁だ。情報を重石にして積み上げる行為は身軽に逃げるための両足を削いでいると理解しているのか?」

 

 ビナーはケルシーの怒涛の反論を、紅茶を啜る余裕すら見せながら受け流す。

 

「お前は他人のために『命を守りたいから言葉を多重化しているのだ』とさも立派に語るが、所詮はその守ろうとする命に対して、お前の中にある言葉への無能さと伝える勇気の無さを覆い隠しているのだ。私にはわかるのだよ……なぜ私のような残虐性を許容しているのかと説きたいようだがね、人が本当に自由を手に入れ飛翔する一歩を踏み出すためには、『完璧な状態から理不尽へと叩き落とされて一変に何もかも崩れていく』瞬間のその絶望的で無力な表情こそが最良なスパイスなのだよ。完璧を用意したがるお前のような箱入り管理者が、最後の最期で泥と炎に撒かれて自慢の情報統制がちぎれて吹っ飛んでいくあの間抜けで必死に虚空に伸ばした手と焦燥の眼のひきつりを想うとな……ハハッ。あぁ、なんてぞくぞくする滑稽さだろうか。貴様はどう足掻こうが最後に死ぬのだ。だったら、今その口の中でご丁寧に構築された科学とやらが完全に通用しなくて血と悲鳴の底で『理解が追いつかなくなる』までのタイムアタックでもしてみせろ、それで初めて私が一つ貴様に付き合って答え合わせをしてやるがね」

 

 ケルシーとビナーの長広舌でのバトル。

 

『とにかくお前を混乱させ崩していくのを見るのが面白い』というドS。

 

『説明しない奴は頭が狂ってるだけで周囲に迷惑なエラー要因だから直させる』と真正面から受けて立とうとしてしまっている生真面目の衝突。

 

 端から見れば二人共何一つとして話が進んでいないうえ、ただ「論点をいかに逸らすか」と「いかに理論的に詰め切るか」の平行線の意地の張り合いによって情報デフレの暴走が始まったのだ。

 

「もう……本当に熱すぎるんだから二人共…!」

 

 二人が数式の変項だの、恐怖に彩られた断末魔の絵画がどうだのと無限レスバトルに入ったのを、キュレネが大仰に立ち上がって喝采した。

 

「そんなに『あなたが嫌よ』『いやあなたなんてすぐに崩れて絶望するといいわ』ってお互いを長文で突き放しているみたいに見せて……言葉っていう刃をお互いに向け合って火花を散らしているけれど、本当は一番相手のことを意識して観察しあっているのよね! 嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃない。二人とも相手をもっと崩して、その内側に隠れている『私のことが気になっている』部分を引き出そうとしてポエムとロジックをフル可動で激しく絡み合っているのね……セイアちゃん、この恋のドッグファイト、あたしたちは美味しいお紅茶と一緒に特等席で見届けましょう!?」

 

 完全に的外れでありつつ、もはや文字数を物理消費するしか機能を持たないキュレネの暴走恋バナ理論に。

 

「……なるほど。愛故の反発による理解不能状態、か。ふむ。あるいは、私が語ったような、真の対話が常に失敗という暗礁を経験することでしか始まらないという本質へのアンサーかな」

 

 セイアはセイアで「ビナーは本当に最悪な性格をして意図的にケルシーを不快な感情にして嫌がらせあるいは煽って怒るのを楽しんでいるしているだけだし、ケルシーも心底ムカついているから反論しなくていい反論をしている」だけのことなのに、全くもって的外れな自己肯定に辿り着いたらしい。

 

 両手を口元に組んで目元を微笑ませながら独白に走り出すセイア。

 

「……かつてルソーが社会のあり方において提言し、さらに構造主義が定義した言葉と精神の二項対立のごとく。目の前で衝突している二人は互いの異なる『長き語り部としてのアイデンティティの承認闘争』に入っている。お互いに言っていることは何一つ一致しないように思えるが、それが良いのだ。ビナーなる未知の調律者はあえて意味を抽象の『水や死の底流』に散らして焦点を狂わせる……相手に対して恐怖からの剥き出しのエラーを強要することでコミュニケーションと他者性を承認しようとする倒錯的愛の証明だ。対してケルシーのそれは、狂おしいほど正確に全てのファクターを集束させることで世界の一片たりとも損なうことのないように必死に囲い込む執着にも似た博愛主義。極寒と灼熱が入り混じる流体のチャンバーの中に我々は投げ込まれているのだね。ならばこれはある種、人類がいかに異なる文脈の中で世界への諦念と執着を受け入れるかという崇高なる実験劇の開演に過ぎないね」

 

 そんな彼女の声が聞こえ、ビナーがポツリと嗤う。

 

「……やれやれ。あそこで小鳥に話しかけるように哲学を撒き散らしている頭の中身がお花畑な狐賢者様とやらは、全ての血風吹き荒れる事態ですら神と哲学の手による演出に見えているようだな。頭の中だけで箱庭を作り安全圏からしかモノを見れない輩こそ、本当に肉体を挽き肉に変えるような一線の現実の絶望にあっけなく瓦解するものだと何度経験すれば気づけるのか。悲劇を楽しむのならば最後はお前が演じるのが筋だろうに。私の残忍さが引き出す本物の崩壊劇は、そうした空論を口にすることすら出来ないくらいお前の喉笛に冷たい泥水を流し込み恐怖で声帯を収縮させ切って窒息させてしまうということが理解できないのかね。……あるいはあの恋愛妄想で現実から乖離している金切声の桃色の脳を持つ吟遊詩人の娘に関しては……論評する余地もなく自律神経系からやり直したほうがマシかもしれん」

 

 辛辣なビナーに流石のセイアも自身の独白すら最悪な形で全否定されたことに一瞬ピキッときたものの、「……ふむ」と耐えて言葉を継ぐ。

 

「君のそれは言葉の暴力であり他者の自律存在の否定だよ。私は私の思考空間での観測こそが私が私を定義づける方法である以上、外部の世界を哲学的に咀嚼しなければただ事象に押し潰される小舟になるから言葉を使っている。そこから先にある物理的破滅ですら私には哲学の一つとしての美さ」

 

「ふっ、ならばまずは君のその余裕たっぷりな脳の中に針でも突き立てて絶え間ない偏頭痛の刺激を物理的に放り込んで思考を空転させてやっても美しいという空論が持つかね?試してみようか?頭の整理ができず恐怖だけが拡大して意味もない呻きをあげて這いつくばるだけの猿に成っていく姿が私には眼に見えているぞ?」

 

 そこに待ったをかけるのが「反証という行動を絶対にスルーしない」異常生真面目医師ことケルシーだ。

 

「ビナー、待て。相手を言葉と物理によって故意に混乱・破損に導きその状態からの精神錯乱を楽しむのは、私が属していたいかなる時代と科学者の世界でも臨床的観点においてのみ見ても明白に重度の異常・被虐愛、もしくは自己破綻による逃避行動と看做される極めて非生産的な逸脱行為だ」

 

 ケルシーはMon3trの硬質な背中に投影した生体機能に関するデータを見せつけながら早口で言い募る。

 

「扁桃体が物理的・言葉によるストレス等により恐怖や苦痛を受容した際に交感神経系を通じてコルチゾールならびにアドレナリンを急激に血中に放出する、いわゆる『逃走か闘争かの反応』Fight-or-FlightResponse状態だ。人間は過度の不可逆なショックに対し脳の中の防衛機制で短期的に痛覚への離人感と感情凍結を起こす。お前がさきほど言った『全てを理解できず泥と炎の中で虚空に伸ばした手の美しさ』とはこれだ。それの何が滑稽なのかはさておき、それを『愉悦に浸り愛好している』というその指向自体が他者承認のプロセスの異常な形成バグであることに他ならない。つまり貴様の言い回しによる相手への不毛な比喩表現や言葉での暴力性は、すべてが『相手の血圧とアドレナリン値を自分の娯楽という無価値のままに強制上昇させてその負荷での壊れた表情を見てただ自己中心的なエゴでスッキリしたいだけだ』と言っているんだ。テラにおいてすら軍事上の情報攪乱手段という理の枠に当てはめてすらいない完全なスパムのテロ行為そのものであり論拠も整合性も一切持たない幼稚な駄々のような長台詞の羅列だということが分からないなら、それは貴様自身の内面の認知構造に『他者に理不尽をぶつけて優位を維持しないと怖くてまともな意思疎通が成立しないほどのコンプレックスの空洞があるだけだ』という逆証明であると言わざるを得ないぞ」

 

「くはっ……フハハハ!!!」

 

 ここまでのケルシー渾身の「性格の悪さとサイコパス的なお前こそ本当はコミュニケーション障害な可哀想な奴」であるという分析特大ホームラン爆撃を受け、ビナーの目尻が狂喜の震えで細まり、肩を揺らし腹の底からの笑いを迸らせる。

 

「……私の精神的な病巣までも論文で一分も無駄遣いしながら読み上げる気か? あぁ! 私が理不尽を強要するテロで欠落者だと言ったか? まさにその通りだとも。私は欠落したどうしようもない生きるのが面倒な壊れたおばけなのさ。しかしその通りだから何だと言うのかね! お前たちのような生きた人間の理性の形こそが完全だと思い上がっているならそれもよし、だが……お前のような合理性に依存して言葉という無意味な論拠に縋っている人間ほど……本当に言葉なんて届かない世界に押し出され最後は自分が私に言った精神分離反応による崩壊の姿になり果てるものさ。だから何度言おうと愛しいのだ。私が言葉と恐怖によってそれを誘発するのは、『どうしようもない人間どもの壊れやすさ』への最高のラブソングでもあると何故わからない。さあ続けようじゃないか、次はお前が私に向けてどの論文と数字を取り出す気だ? それが弾切れになってもしまってもまだ冷静なフリをしているなら、この場のポットをお前の顔にぶちまけ紅茶のカフェインが視神経の焼けるほどの刺激になるか実戦検証から教えてやってもいい」

 

「馬鹿か? 茶葉の中に含有する微弱なカテキンやテオフィリンの影響による一時的な炎症反応も予測内だ。ポットに貯留している現在の平均温度が94度だとして急な蒸発熱と室温環境25度への推移を予測した場合でも重度のⅡ度熱傷レベルへの推移から細胞修復にかかる時間まできっちりと……」

 

 再び脈絡のないビナー語と煽りが発動を開始し始めたのを見て、文系二人であるセイアとキュレネは一歩その射程から身を躱し、無言の連携のごとく傍観者に回り始めたらしい。

 

「あっ、セイアちゃん。イチゴのタルトのおかわり切っておくわね」

 

「ああ、ありがとうキュレネ。生クリームを多めにしてくれたまえ。思考がカロリーの不足を悲鳴として告げているのさ。……凄まじいね。あのケルシーと『まともに真っ向勝負から情報過剰のキャッチボールができる相手』という、未曽有の衝突実験はまさに世界の破壊を見るようだね」

 

「二人の長ーい言葉同士がいっさい会話が嚙み合ってないみたいなのに『言葉数の応酬だけで喧嘩の殴り合いができる』なんて最高のデュエットだわ!」

 

「ふむ……自己哲学に凝り固まったビナーという異物の干渉によって、他者の存在――ドクターに対する責任領域と防衛というシステム保護という形をとっていたはずのケルシーの庇護欲が、今や明確な情動としての排他性に姿を変えようとしているのかもしれないね。私に要約させてもらうなら……二人の長話の果てに待っているのは、結論の不在という究極の真理かもしれない」

 

 セイアは優雅にカップのフチでカチャリと音をたてながら楽しげに言う。

 

「ケルシーが『リスク管理行動からの学習プロセスに反した恐怖強要によるエントロピー……』なんて語っている間に、あのビナーという女性がまたしても『積もり重なる絶望が織りなす残骸への沈下への沈静化は人間の自立と救いの真骨頂であって……』なんて全くロジックの合っていない比喩を叩き込んでいる。一応理系の博士論文のような語りに対して、全く関係ない文脈から精神の崩壊や鎖をどうのという表現だけで無理矢理マウントをとろうとする様は……滑稽だが実に優美で長大だね」

 

「ふふっ、つまりケルシー先生とビナーさん。二人はああ見えるけど、本当は仲良しなのね!」

「……それは流石に違うと思うよ、キュレネ」

 

 彼女たちの評する通り、円卓の中央における討論はカオスであった。 互いに引かぬ長文の嵐。

 

 相手を論破しようと必死になる生真面目なケルシーと、その必死な姿を見て腹の底から愉悦を貪るビナー。

 

 今回もお茶会のティーポットが空になるまで、この地獄のような「言葉の鈍器による殴り合い」が終わることは決してないだろう。

 

 

 

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