今際の国で飯を食う。   作:有栖結華

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すぺえどのなな(3)

(7/22)

 

修理キットは、飛行機の前方の座席裏に隠されていたらしい。

永世が見つけた場所を改めて確認しに行くと、確かにそれらしいスペースがある。

普段なら目に入らない、意識してようやく気づくような位置だ。

 

(……最初から用意されていた、か)

 

そう考えるのが自然だ。

だが、その“自然さ”がどこか引っかかる。

最初からあったのなら、どうしてあのタイミングで見つかったのか。

どうして、あそこまで都合よく。

 

(……いや)

 

考えかけて、やめる。

答えは出ない。今はそれよりも――

 

幽鬼たちは、再び機内の探索を始めた。

先ほどまでとは違い、動きは明らかに慎重になっている。

 

座席の裏に手を差し入れる。

足元のわずかな隙間を覗き込む。

荷物棚の奥に顔を近づけ、影になっている部分まで確認する。

 

一つひとつ、確かめるように。

「さっきまではなかったもの」が、次の瞬間には存在しているかもしれない。

そんな前提で、全員が動いていた。

だが――

何も、見つからない。

 

床に散らばった紙片。

踏み潰された紙コップ。

中身のないペットボトル。

どれも意味を持たない“ゴミ”ばかりだ。

 

(……ない)

視線を動かすたびに、同じ光景が繰り返される

 

 

何かが起きる構造は、確かにある。

さっきの無重力と、窓の破損。それは偶然ではない。

だが、その“原因”に繋がるものが、どこにもない。

 

(……本当に、ないのか?)

 

見落としているだけなのか。

それとも――

そこまで考えて、思考が止まる。

やがて、機内の全座席を調べ終えた。

 

「……一通り、ですね」

藍里が静かに言う。

その声には、やはり感情の起伏がない。

疲労も、焦りも、達成感も感じられない。ただ、事実を確認するだけの声音だった。

「外、真っ暗ですね」

玉藻が、窓の方を見ながら呟く。

 

幽鬼も視線を向ける。

暗い。

ただの夜ではない。

光が、一切ない。

元の世界の夜とは違う。

遠くに街の灯りが見えるわけでもなく、飛行機同士の衝突を避けるための赤い点滅灯もない。

どこまでも均一で、深さすら感じさせない闇が、窓の外一面に広がっている。

まるで、空ではなく“何もない場所”を飛んでいるみたいだった。

 

(……どこを飛んでるんだ、これ)

 

高度も、方角も、距離も分からない。

そもそも、本当に移動しているのかすら怪しい。

視界に入るのは、ただの黒。

見ているうちに、距離感が曖昧になる。

窓のすぐ外にあるのか、それとも遥か遠くなのか、その境界すら分からなくなる。

 

(……)

 

ふと、目を逸らす。

見続けていると、何かがおかしくなりそうだった。

 

背後では、誰かが座席を軽く叩く音がした。

別の場所では、荷物棚を閉める乾いた音が響く。

誰も、言葉を発さない。

探索は終わったはずなのに、終わった気がしない。

何も見つかっていないのに、何かだけが残っている。

 

そんな、妙な感覚。

 

(……足りない)

何が、とは言えない。

だが、このままでは何も分からないまま、また“何か”が起きる。

 

理由も、対処も分からないまま。

(……それでいいのか?)

 

答えは出ない。

ただ、時間だけが静かに流れていく。

 

(8/22)

 

「修理キットしか見つからないってことは、この後も窓が割れるとか、そういうトラブルに耐え続けるゲームってことになるのかな」

幽鬼は、窓から視線を外さないまま言った。

「そういうことなのかもな」

真熊が短く応じる。

「用意されてる“対処手段”がそれしかないってことは、想定されてるトラブルも限られてるはずだ」

淡々とした口調だったが、その視線は機内をなぞるように動いていた。

「落ちているゴミに、何か意味がある可能性は?」

藍里が、足元の紙片をつまみ上げながら言う。

その声には緊張も疑念もない。ただ仮説を一つ置いただけの、いつも通りの調子だった。

「どうでしょう」

永世がそれに応じる。

「見たところ、普通のペットボトルや紙コップ……それに、この細かい紙屑も、特定の形や規則性があるようには見えません。暗号や手がかりとして使うには、少し無理がありそうです」

言いながらも、視線は鋭い。見落としがないかを確認するように、細部まで追っている。

玉藻は、そのやり取りを聞きながら、周囲を見回していた。

(……違う)

何かが、引っかかっている。

説明は通っているはずなのに、どうしても納得できない。

(さっきから……ずっと)

胸の奥に残り続けている、小さな違和感。

(……なんで、誰も気にしてないの?)

いや、違う。

さっき、一度だけ話題には出た。

けれど――あまりにも、あっさり流された。

(おかしい……よね?)

玉藻は一瞬迷う。

だが、そのままにしておく方が、もっと怖かった。

「あのっ」

声を上げる。

ぴたり、と空気が止まる。

全員の視線が、一斉に玉藻へ向いた。

 

「……あの修理キットって、どこにあったんでしたっけ」

一拍。

ほんのわずかな間を置いて、永世が答える。

「……座席の下の収納スペースです」

声は落ち着いている。

だが、その“間”が、ほんのわずかに長かった。

 

(9/22)

 

「……あれ、いつ気づきましたか?」

玉藻は続ける。

今度は、明確に。

問いの形で。

その瞬間――空気が、変わった。

誰もすぐには答えない。

沈黙が、機内に落ちる。

ほんの数秒。

だが、やけに長く感じる。

「……窓が割れて、すぐの時です」

先に口を開いたのは、永世だった。

「音がしました。何かが落ちるような。そちらを見たら、座席の下に……置かれていました」

淡々とした説明。

だが、“拾った”でも“見つけた”でもない。

“置かれていた”。

その言い方が、わずかに引っかかる。

「その時、どこにいましたか?」

玉藻は間を置かずに重ねる。

確認するように。

逃がさないように。

「……修理キットのあった座席の、すぐ前です」

「ですよね」

玉藻の声は、静かだった。

だが、その奥にわずかな確信が混じる。

「だとしたら……あまりにも、不自然です」

「何がだ」

真熊が低く返す。

「さっきまで、全員で機内を調べてましたよね」

玉藻はゆっくりと言葉を選ぶ。

「座席の下も、見ました。少なくとも、私は見ています」

視線が、床をなぞる。

「でも、その時は……何もなかった」

「……」

誰も否定しない。

否定できない。

「それなのに、“音がしたらそこにあった”って……」

言い切らない。

だが、十分だった。

(……出現してる?)

玉藻の中で、言葉にならない仮説が形を持ち始める。

 

(トラップ……だけじゃない)

何かが、“後から追加されている”。

そう考えた方が、筋は通る。

だが――

考えがまとまる、その直前。

 

(10/22)

 

ガコン――ッ!!と、機体全体がきしむような鈍い音を立てた瞬間、私は思わず息を呑み、次の瞬間には何かに持ち上げられるように体がふわりと浮き上がっていた。

 

重力が消える。

 

いや、消えたと理解するよりも先に、視界の方がわずかに遅れて持ち上がり、上下の感覚が曖昧になることで、それがまた“あの現象”だと気づく。

 

(また……!)

 

飛行機が急降下しているのだと頭では理解できるのに、手足はそれに追いつかず、掴もうとした座席の背もたれも指先をすり抜け、私は完全に空間の中へと放り出されてしまった。

 

「来るぞ!!」

 

真熊さんの声が、機内のどこかから鋭く響く。

 

その直後、頭上でガコン、ガコンと連続して響く重たい音とともに、荷物棚が一斉に弾けるように開いたのが見えた。

 

(……っ)

 

来る、と直感が先に告げる。

 

見上げた先にあったのは、やはり――包丁だった。

 

前と同じ。

 

そう思いかけて、すぐに違和感がそれを否定する。

 

(……多い)

 

明らかに、数が増えている。

 

 

弾かれたように、包丁が一斉に動き出す。

 

「避けろ!!」

 

誰かの叫びが聞こえた気がしたが、それを認識する余裕はもうなかった。

 

回転しながら、縦に、横に、斜めに、不規則な軌道で飛び交う刃は、もはや“飛んでくる”というよりも“空間そのものが襲いかかってくる”ような感覚で、どこにいれば安全なのかがまったく分からない。

 

(速い……!)

 

前よりも、明らかに。

 

そう感じた瞬間、私は咄嗟に体をひねる。

 

刃が、頬のすぐ横をかすめ、次の一本が肩のすぐ脇を通り抜けていく。

 

空気が裂ける音と同時に、ほんの一瞬遅れて、ひやりとした感覚が皮膚をなぞる。

 

(当たってない……)

 

そう判断する。

 

けれど、それで安心できる状況ではない。

 

次が来る。

 

確実に。

 

そのときだった。

 

ふと、違和感が混じる。

 

(……あれ?)

 

私の視界の端に、幽鬼さんの姿が映る。

 

その手に――包丁が握られていた。

 

(……え?)

 

思考が、ほんのわずかに遅れる。

 

さらに奥を見ると、真熊さんも、藍里さんも、永世さんも、同じようにそれぞれの手に包丁を持っているのが見えた。

 

(なんで……?)

 

理解が追いつかない。

 

そんな余裕、さっきまでなかったはずだ。

 

避けるだけで精一杯で、何かを掴むような時間なんて――

 

(いつ……?)

 

その疑問が形になるよりも先に、また一瞬、思考が途切れる。

 

その“隙間”に入り込むように、真熊さんが動いた。

 

勢いよく振り返る。

 

速い。

 

迷いがない。

 

その動きが、あまりにも自然すぎて――

 

次の行動を、理解するのが遅れた。

 

真熊さんは、手に持っていた包丁を――そのまま、幽鬼さんに向かって投げつけた。

 

(……っ!?)

 

それが“攻撃”だと認識した瞬間には、もう遅い。

 

回転しながら一直線に飛ぶ刃が、幽鬼さんの方へと迫っていくのが、はっきりと見えた。

 

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