上杉謙信に転生したけどアルビノじゃない件   作:また連載増やしたよこの人

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政景と……?

「断る。俺はまだ、妻を娶めとらない。俺が嫁にしたい娘は、虎千代しかいな

い」

 

 為景が送った使者の前で、政景は敵将どもの首実検をしながらそう言い放ったという。

 

 為景は、政景がなにを考えているのか、まるで理解できなかった。

 

 虎千代を?嫁に?

 

 あのとんでもない暴れん坊を?

 

 猪を手懐け、熊と相撲を取る娘を?

 

 だいいち、虎千代はまだ背は立派だが年は子供ではないか。 

 

 為景が分家の政景に娘を娶らせて本家の一門衆に組み入れるということは、来たるべき晴景政権において政景に一門衆筆頭に置き越後の宰相という破格の地位を与えるという決断を意味するのだから政景は易々と受け入れると思っていた。

 

(気概のない晴景は、俺が死んだあとは厄介な仕事をすべて政景に預けるだろう。つまり俺は政景を事実上の越後守護代にしてやろうと言っているのに、まさか選り好みをするとは……しかも、あの男勝りどころか野生児の虎千代を嫁にしたいなどと、正気とは思えん)

 

 虎千代はまだ子供だし、嫁修行すらさせれていない、なんとか矯正してまともになるまで嫁には出せん、と為景は返答した。

 

 春日山長尾家と上田長尾家の縁談話は、いちどはこうして流れた。

 

「出し惜しみをするか、老いぼれが! ならば力ずくで奪い取る!」

 

 断りの使者に対してそう言って笑ったという政景は、関東管領・越後守護の家系である上杉家の血筋の者を担ぎ「上杉家復興」を掲げて、ついに反為景の兵を起こした。

 

 本来は上杉家の家老にすぎなかった為景は、越後をわがものとするため、主筋である上杉家の人間を戦で殺した。越後守護を殺し、関東管領も殺した。今の越後守護は、上杉家の血筋の者ではあるが、為景が担ぎ上げたお飾りである。

 

 長尾為景の横暴を終わらせ越後守護上杉家を復興するという政景に、大義名分はある。むろん、政景もまた別のお飾りを担いでいるだけで、実質的には長尾家同士の抗争にすぎない。

 

 越後、そして隣国の越中は、いよいよ乱れた。

 

 勇猛で鳴る為景自身が出兵すれば必ず勝つが、その出兵じたいが為景の老いた身体に負担をかけていた。

 

 越後中の豪族国人たちは、為景と政景のどちらが最終的に勝利を収めるか、息を殺して見守っている。

 

 為景はいよいよ苦境に追い詰められつつあった。

 

 

 

 さて、所変わって。上越、新発田城。

 

 ここの城主に新発田長敦という若き将が居た。

 

「さて、どちらに着くにしろ……だな」

 

 おにいちゃーん、という声が掛けられ。長敦の視界が塞がれる。

 

「……源太、そういうことは、はしたないからやめなさい」

 

「えっへへ、おにいちゃんお悩みのようで、やっぱり此度の戦さのことですか?」

 

「為景も政景も変わらん、政を疎かにするのは厳しい。今の越後で相争っている暇などないのだ。ただでさえ天文の乱でバタバタしたというのに」

 

「アレは……酷かったね」

 

「まあ、それよりも。源太、やはり姫武将になるつもりなのか?」

 

「上方で流行りだし、わたしもお兄ちゃんの力になりたいから。もうちょっと大きくなったら、だけどね」

 

「そうか……」

 

 兄妹は静観の構えを取るようだ。

 

 

 

 一方、その頃。三分一原では、柿崎景家の返り忠によって反乱軍の旗頭である上杉定憲が夜襲により粉砕!され、上条城に逃げ帰り、窮した長尾政景はなおも残存兵を統率して激しく戦ったが、宇佐美定満が「為景は病を発している。今が頃合いだ」と政景を説得して交渉の席へ着かせた。

 

 「宇佐美! さては、貴様が柿崎を寝返らせたな!」

「守護代の座を狙うなら、為景が病で衰えている今が好機だ。今を逃せばお

前には二度と回ってこないぞ」

 こうして、春日山城に長尾為景・長尾政景・宇佐美定満らが集まり、和睦

と越後支配体制の今後についての交渉が実現したのだった。

 

 宇佐美も、ここまでは念入りに下準備してきたが、この先はぶっつけ本番である。長尾家の人間ではない宇佐美自身の発言力は、ほとんどないに等しいのだ。

 

 しかし宇佐美のほうに、風は吹いていた。宇佐美も読み切れなかった要素が付け加わっていた。

 

 交渉の直前に、隣国の越中でまたしても反為景一揆が起きたという急報が国境から届いたのだ。一揆勢は、春日山を目指し進軍してくるという。

 

 この場で政景と和睦を成立させなければ、為景の命運は尽きるだろう。

 

「俺は隠居して、息子の晴景に家督と越後守護代の座を譲る。が、それは名目だけで、実権は渡さん。生きている限り、俺こそが越後の王だ」

 

 為景は咳き込みながらも、なおも野望の炎に燃えていた。

 

 しかし、あれほどの巨体の持ち主だったはずが、ずいぶんと痩せていた。

 

 政景も、これはあまり長くない、少なくとも戦に出られるのはあとわずか

だろう、と為景の衰えを一目で理解した。

 

「だが晴景には子がいないな。しかも、晴景は病で伏しがちだという。こんどの三分一原の戦にも顔を見せなかった。晴景が子を残さずに終わったら、どうする」

 

「……その時は、政景。長尾の分家である貴様が守護代を継げばよかろう」

 

 為景は忌々しげに、吐き捨てた。

 

「フン。俺はしょせん分家だ。守護代を継いだとて、越後の国人どもを統率できるかどうか。それに、口約束だけでは保証がない」

 

「なにを要求するというのだ。こほ、こほ」

 

「かつていちど流れたあの話を今こそ実現しよう。婚姻同盟だ。春日山長尾家の娘を、俺の嫁とする。これで俺は本家の一門衆だ。春日山と上田の両長尾家は完全につながる。仮に晴景の次の守護代が俺になっても、いずれ守護代の座はお前の血を引く孫に戻ってくることになる。どうだ」

 

「だが、それだけでは一方的だ。政景、貴様が晴景を裏切らぬという保証がないぞ!」

 

「これから言う俺の要求をのんでくれれば、俺は絶対に晴景もあんたも裏切らない。先陣を務め、ただちに越中の一揆勢を蹴散らしてやろう」

 

「要求とはなんだ。どこぞの領地でも欲しいのか」

 

「虎千代を、俺の嫁にする。今宵、俺は府中の館で待つ。夜明けまでに、虎千代をよこせ」

 

「虎千代だと? 貴様、本気であいつに執着していたのか? 綾ではないのか?」

 

 為景は政景がいったいどのような無理難題を言いだすのかと警戒していたので、むしろ気が抜けてしまった。

 

「虎千代か……、しかしあれは貴様にも手に余るだろう。なにせ猪を従え、熊と相撲を取り、明け方には馬と早駆けし、日がくれることに帰って来るような野生児だ、まだ綾の方が手が掛からん」

 

「いいから、虎千代をよこせ! あんたにとってはどうでもいい娘だろうが、長尾家の存続と晴景の命の保証が娘一人で済むのだぞ! それともまだ俺と戦をするか、ジジイ!」

 

「……わからぬ。虎千代のなににさほどにこだわるのだ、貴様は。あれは、女としては出来損ないだぞ、本気で嫁にするならそうとうな覚悟が……」

 

 短気な政景はぶるぶると震えだし、「貴様にはわからんのだ。もうろくしおって!」と激高した。

「為景! 次に虎千代を侮辱するような言葉を吐いたら、貴様をこの場で刺し殺すぞ! 俺はな! 天下に嫁とすべき女は虎千代ただ一人と、あいつが生まれた時から思い定めてここまで独身を貫いてきたッ!」

 

「な、なんだと?」

 

 為景は、あっけにとられた。

 

 為景の傍らにはべっていた宇佐美も、政景が見せた異様な執念に息をのんだ。

 

「鳶が鷹を生んだようなものだからな、貴様のような野獣にはあの娘の美というものがわからんのだ! 越後の王には、王にふさわしい女が必要だ! ただ血筋が高いだの見た目が麗しいだけだのでは足りんのだ! 虎千代のあの琥珀の瞳から放たれる力強さ。あれこそ、この長尾政景の伴侶にふさわしい」

 

 ただの女ではだめなのだ、ただの女では、と、政景は熱にうなされたように立ち上がって叫び続けている。完全に、狂乱していた。

 

「虎千代は特別な女だ。人でありながら神。あの聖なる者を、春日山から引きずり下ろして、この俺のものにしたいのだ!」

 

 もはや、越後守護代の話などはどうでもいい、と言わんばかりだった。

 策士の宇佐美ですら、政景がこれほど鬱屈した感情を虎千代に抱いていたことを、想定できなかった――。

「……そうも虎千代に執着されると、否と言ってやりたくなってきたぞ。なにやら不意に虎千代が不憫にもなってきた。ただの嫁入りではない、これはもっとおぞましいなにかであろう」

 

 政景の狂乱ぶりを見ているうちに、虎千代への親としての愛情と憐憫れんびんを抱いたのだろうか。

 

 為景が、生理的嫌悪感を剥き出しにして、政景をにらみつけた。

 

 宇佐美が「わけがわからねえ」と頭をかきむしっていると、座のいちばん奥に隠れるように立っ

ていた一人の痩せた武士がいきなり、「その婚儀の話、承知いたしました」と為景を制して返答してしまった。

 

「直江大和、ひかえい!」

 

 為景が怒鳴ったが、「直江大和」と呼ばれた青白い顔の男は、「先日、殿はわたくしを虎千代さまの守り役に任じられるとおっしゃいました。ならば、虎千代さまの嫁ぎ先についてはわたくしにも発言する機会があります」と無表情のまま淡々と答えて受け流す。

 

 直江大和守実綱。

 

 長尾為景に仕える側近中の側近。

 

 叛服つねない越後国人の中で、直江大和は為景を主と仰ぎ決して裏切らな

い、珍しい男だった。

 

 ただ、身体は細く、顔は青く、女のように静かできゃしゃで、全身から発

する存在感というものがない。

 

 その上、口数もこれまでは極端に少なかったために、為景も政景も宇佐美

も、これまで直江大和の存在を意識したことはなかった。

 

「な、直江大和よ、そなた。よもや最初からそのつもりで、年頃となった虎千代のお守り役を志願したというのか?」

「御意。長尾政景さまは、以前より虎千代さまを所望しておられましたので。すべては、越後の内乱を終わらせ越中一揆勢の侵入を防ぐためです」

 

 宇佐美が、だめだ! だめだ! と直江大和の胸ぐらを掴んだ。

 

「おや。宇佐美さま。あなたは長尾家の内乱を終わらせるために奔走していたのではないのですか。今こそがその時です。やっと迎えた婚姻同盟を結ぶ好機を、自ら潰されるのですか?」

 

「政景がこれほど虎千代にいかれているとは知らなかったんだよ! なんかやべぇだろう! こいつに虎千代を渡したらどうなる? それにな、虎千代は越後初の姫武将にすると決めているんだ! 越後に義を知らしめるための、特別な武将にするんだ! そこまでが越後を平定するためのオレの策だ! 今、政景に嫁がれちまったら台無しだ!」

 

「虎千代は義には納得してくれなかったが、姫武将になって越後を一つにすることは受け入れてくれたんだ、それを台無しに……」

 

「画竜点睛を欠くとはあなたのことですね、宇佐美さま。虎千代さまを義を掲げた姫武将として押し出せると気づけたのなら、そのありがたい虎千代さまを私物化しようとする男が続々と現れることくらい予想できたはずですが」

 

「あいにく、オレさまにはそういう特定の女への執着がねえんでな!」

 

「たいていの男には、あります。ことに越後の武士はそうです。すべてにおいて『私』というものが強いのです。義よりも、私のために生きているのです。そういう者には、虎千代さまは餌にしか見えません。宇佐美さま、あなたは人間というものを過大評価しすぎて失敗したのです」

 

「……ぐ……」

 

「これで決まったな! ふ、ふ、ふはははは! 長らく戦ってきた甲斐があったぞおおお!」

 

 政景は「それでは今宵、虎千代を送ってこい」と言い捨てて、笑いながら立ち去っていった。

 

「俺は今ッ! 最高の気分だ!」

 

 残された為景は「飼い主の手を噛みおって」と直江大和をにらみつけていた。

 

 だが、越中の一揆勢はこうしている間にも春日山へ迫っている。柿崎景家の返り忠でどうにか勝てた今しか、政景と和睦する機会はない。

 

「……仕方があるまい。直江大和、虎千代のことはお前に任せる」

「御意」

 

 宇佐美は、為景に猛抗議した、が覆らず。軟禁されてしまった。

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