両津勘吉がデスノートを拾った世界   作:梅酒24

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第1円:金脈

カラカラ……。

 

乾いた骨の音が、底の見えない闇の中を転がっていく。

骸骨が二つ、子供が投げたビー玉のように荒れ果てた地面を転がっていた。

 

そこは荒野だった。

 

いや――荒野という言葉ですら、生ぬるい。

 

空は灰色に濁り、空気は腐ったように淀んでいる。

風が吹いているのか、止まっているのかも分からない。

 

何も生まれない。

何も育たない。

 

ただ、死だけがある世界。

 

死神界。

 

その陰鬱な世界の片隅で、二人の死神が退屈しのぎの賭け事をしていた。

 

「髑髏二つ。また俺の勝ちだ。ケケケ」

 

骨の杖を振り回しながら、一人の死神が笑う。

 

向かいに座る角の生えた死神は舌打ちした。

 

「ケッ……また負けた」

 

言い返そうとしたが、結局言葉は出てこない。

 

その様子を、少し離れた岩の上から見ている死神がいた。

 

――五日か。

 

死神リュークである。

 

リュークは二人の賭け事を見て、すぐに視線を逸らした。

 

退屈だった。

 

この世界には刺激がない。

同じ灰色の空。

同じ退屈な死神。

同じように繰り返される意味のない時間。

 

だからリュークは、ちょっとした悪戯を思いついた。

 

自分のデスノートとは別にもう一冊手に入れ、

それを――人間界へ落としたのだ。

 

「……そろそろ様子見に行くか」

 

リュークが立ち上がる。

黒い翼がゆらりと揺れた。

 

「ん?どこ行くんだリューク?」

 

賭け事に勝った死神が声をかける。

 

「死神界はどこ行ってもつまらんぜ」

 

角の死神が投げやりに言う。

 

リュークは少し考えた。

 

「デスノート落とした」

 

「ギャハハハ!」

 

勝っていた死神が笑い転げる。

 

「またドジったのか!」

 

そして思い出したように言う。

 

「そういやお前、死神大王だまして二冊持ってたよな?

まさか両方落としたんじゃねーだろうな?」

 

リュークは面倒そうに答えた。

 

「人間界」

 

「……え?」

 

二人の死神は顔を見合わせた。

 

意味を理解するまで数秒かかった。

 

だが――

 

その頃にはもう、リュークの姿は消えていた。

 

灰色の世界には再び退屈だけが残る。

 

だが人間界では――

 

とんでもない騒動が始まろうとしていた。

 

 

***

 

 

日本・東京。

 

東京の下町。

 

そこにある小さな派出所。

 

『こちら葛飾区亀有公園前派出所』

 

ここには、警察官とは思えない男が勤務している。

 

両津勘吉。

 

角刈り。

太い眉。

ゴリラのような体格。

 

だが、その男を真に特徴づけているのは外見ではない。

 

金。

 

そう、金である。

 

世の中には、金を欲する人間などいくらでもいる。

だが、わしほど純粋に、そして真摯に金を愛する人間はそうはいないだろう。

 

金というものは実に正直だ。

友情のように裏切らん。

愛のように気まぐれでもない。

 

増えるときは増える。

減るときは減る。

 

実に合理的だ。

 

だからこそ、わしは思う。

 

この世で最も誠実なものは――金だと。

 

その日、わしは派出所の机に突っ伏していた。

 

「くそおおお!!」

 

新聞を叩きつける。

 

競馬欄。

 

そこに並ぶ結果は、わしの期待を見事に裏切っていた。

 

「絶対当たると思ったのに!!」

 

新聞を睨みつける。

 

「カラスのフンが馬に当たってバランス崩しただと!?そんな偶然あるか!!」

 

机を叩く。

 

「これで今月の給料全部吹っ飛んだじゃないか!」

 

――世の中というのは理不尽である。

 

才能ある者が勝つとは限らない。

努力した者が報われるとも限らない。

 

だが。

 

金儲けという分野においてだけは違う。

 

頭を使う者が勝つ。

 

わしはそう信じている。

 

だから諦めない。

 

金の匂いを嗅ぎつける鼻だけは、誰にも負けないからだ。

 

わしは顔を上げた。

 

「……そうだ」

 

ニヤリと笑う。

 

「中川に借りればいい」

 

すぐに後輩へ向かう。

 

「な~かがわくんっ!」

 

すると即答。

 

「先輩、お金は貸しません」

 

中川圭一が冷静に言った。

 

「部長に言われています」

 

わしは机に突っ伏した。

 

「くそぉ……」

 

公務員だからバイトもできない。

やってもすぐバレる。

 

「金でも降ってこないかなぁ……」

 

そのときだった。

 

ヒュゥゥゥゥ……

 

空から黒い何かが落ちてきた。

 

わしの目が光る。

 

――来た。

 

長年生きていると分かる。

これはただの偶然ではない。

 

運命というやつだ。

 

わしはサンダルのまま外へ飛び出した。

 

地面に落ちていたのは――

 

一冊の黒いノートだった。

 

表紙には英語。

 

DEATH NOTE

 

わしは首をかしげた。

 

「はて?デスノート?」

 

ページをめくる。

 

そこには書いてあった。

 

このノートに名前を書かれた人間は死ぬ。

 

わしは数秒黙った。

 

普通の人間なら震えるだろう。

恐怖に顔を青くするかもしれない。

 

だが。

 

わしの頭の中では、その瞬間――

 

電卓が鳴り響いていた。

 

カチカチカチカチカチ。

 

計算。

 

借金取り。

競馬。

株。

闇オークション。

企業買収。

 

ありとあらゆる金の流れが頭の中を駆け巡る。

 

そして、わしはニヤリと笑った。

 

「なるほど」

 

腕を組む。

 

「つまりだ」

 

「これを使えば……」

 

世界の金を動かせる。

 

人を殺す?

 

そんな小さい話ではない。

 

金は流れだ。

 

流れを操る者が、世界を操る。

 

そして、このノートは――

 

その流れを作れる。

 

わしは机を叩いた。

 

「これは金になるぞ!!!!」

 

その瞬間、わしの人生は変わった。

 

いや。

 

正確に言うなら――

 

世界の金の流れが変わる瞬間だった。

 

***

 

わしは振り向いた。

 

そこに立っていたのは――

まあ、なんというか、妙な生き物だった。

 

黒い翼。

やたら細長い手足。

口を開けばギザギザの歯。

 

どう見ても、まともな人間ではない。

 

普通の人間なら、ここで絶叫してひっくり返るところだろう。

テレビの心霊特番なら、BGMが「ドーン!」と鳴る場面だ。

 

だが、わしは違う。

 

人生というものは、長く生きていると大抵のことには慣れる。

神様だの宇宙人だの未来人だの、妙なものにはこれまで何度も会ってきた。

 

だから死神が出てきたぐらいで、いちいち驚いていたら身がもたん。

 

わしはポテチをつまみながら言った。

 

「お前誰だ?」

 

するとその怪物は、わずかに固まった。

 

「……死神だ」

 

なるほど。

 

死神。

 

言われてみればそれっぽい。

 

わしは腕を組んで少し考えた。

 

死神。

死。

このノート。

 

そして、ひらめいた。

 

「つまりノートのメーカーか?」

 

怪物が目をぱちぱちさせた。

 

「メーカー?」

 

わしは机の上のノートを持ち上げた。

 

「これだよこれ!」

 

ぱんぱんと表紙を叩く。

 

「このノート、よく出来てるぞ!」

 

「名前書くだけで死ぬなんて便利すぎる!」

 

「特許取ってるのか!?」

 

怪物は完全に呆気に取られていた。

 

「……待て待て。俺の姿を見て何も思わないのか」

 

わしはポテチをかじった。

 

「思わん」

 

きっぱり言う。

 

「わしは神様とか宇宙人とか会ってきてるから、今さら死神が出てきても驚かん」

 

そして指でノートを叩く。

 

「それより問題はこれだ」

 

「どう金儲けに使うかだ」

 

金。

 

世の中のあらゆる物事は、突き詰めればそこに行き着く。

 

愛だの正義だの言う連中も、最終的には金の前で膝を折る。

 

だからわしは考える。

 

このノートは――

 

世界一効率のいい金儲け装置ではないか?

 

怪物は肩を震わせた。

 

「ククククク……」

 

「はじめてだ、こんな奴……」

 

そして言った。

 

「まあ俺も話があってだな」

 

わしはノートをひらひら振った。

 

「ノートの話だろ?」

 

「これ、わしのだ」

 

堂々と言い放つ。

 

「拾ったからな」

 

「お前の物という証拠はない」

 

そして胸を張った。

 

「わしは警察だ」

 

「つまり公的に預かる」

 

「そしてわしの物になる」

 

完璧な理屈である。

 

怪物――後で聞いた話では

リューク

という死神らしいが――は、しばらく黙っていた。

 

やがて。

 

「くくく……」

 

笑い始めた。

 

「面白い人間だな」

 

そして机の上を覗き込んだ。

 

そこにはわしの計画ノートがある。

 

びっしり書かれた文字。

 

だが、そこに並んでいるのは犯罪者の名前ではない。

 

・競馬の八百長計画

・株価操作

・借金取り処理プラン

・闇オークション作戦

 

そしてページ中央には、堂々とこう書いてある。

 

世界一の金持ち計画

 

死神は腹を抱えて笑った。

 

「ギャハハハハ!!」

 

「これはすごい!」

 

ページをめくりながら言う。

 

「過去にも人間がこのノートを使ったことはある」

 

「だが……」

 

笑いながら続けた。

 

「殺しより金儲けに使う奴は初めてだ!」

 

わしは胸を張った。

 

「当然だ」

 

「わしは天才だからな!」

 

机を叩く。

 

「犯罪者を殺す?そんな小さいことするか!」

 

「世界経済を動かすんだ!!」

 

死神は完全にツボに入っていた。

 

「くくく……」

 

「気に入った」

 

そして言う。

 

「ちなみにノートは人間界に落ちた時点で人間の物だ」

 

わしは即答した。

 

「知ってる」

 

ノートを抱きしめる。

 

「絶対返さん」

 

死神は肩をすくめた。

 

「強情だな」

 

「まあお前なら他人に渡すって発想はなさそうだが」

 

わしは真顔で答えた。

 

「いや、そんなことはないぞ」

 

「高く売れるなら売る」

 

死神はまた爆笑した。

 

「ギャハハハ!」

 

「お前本当に人間か?」

 

わしは電卓を叩く。

 

カチカチカチ。

 

「ノートを1億で売る」

「→その金で株を買う」

「→社長の名前を書く」

「→株価暴騰」

 

机を叩く。

 

「完璧だ!!!」

 

すると死神が言った。

 

「ちなみに」

 

「ノートを使った人間にしか死神は見えない」

 

わしは頷いた。

 

「なるほど」

 

つまり。

 

こいつは透明人間みたいなものだ。

 

わしの脳内電卓がまた回り始めた。

 

そしてわしはニヤリと笑った。

 

「じゃあ派出所の雑用やれ」

 

死神が固まった。

 

「……は?」

 

わしは指をさす。

 

「透明なんだから便利だろ」

 

「書類運び」

 

「競馬の情報収集」

 

「金庫番」

 

「あとリンゴ買ってこい」

 

死神は腹を抱えて笑った。

 

「くくくくく……!」

 

「こんな人間初めてだ」

 

窓を開け、空へ浮かぶ。

 

「死神界は退屈なんだ」

 

「だからノートを落とした」

 

わしは腕を組んだ。

 

「わからん」

 

「わしは退屈とはほど遠い存在だからな」

 

そしてニヤリと笑う。

 

ノートを掲げた。

 

「だが安心しろよ」

 

「これから世界一面白い人生を見せてやる」

 

死神は思ったらしい。

 

(こいつ……)

 

(絶対ろくな使い方しない)

 

だが同時に確信した。

 

今までのどの人間より面白いと。

 

死神は笑った。

 

「デスノートが」

 

「死神リュークと――」

 

わしを指さす。

 

「両津勘吉を繋ぐものだ」

 

わしは即答した。

 

「違う」

 

死神「?」

 

わしは言った。

 

「これは金のなる木だ」

 

「それ以上でもそれ以下でもない」

 

死神は腹を抱えて笑った。

 

そのころ派出所の奥では、

 

大原大次郎の怒鳴り声が響いた。

 

「両津のバカはどこだぁ!!」

 

わしは窓から外を見た。

 

「やばい」

 

「部長だ」

 

死神が聞く。

 

「どうする?」

 

わしはノートを抱えた。

 

――さすがに部長は殺せないな。

 

「逃げる!」

 

そして走り出した。

 

こうして――

 

史上最も金に汚いデスノート事件

 

が始まったのである。




50周年記念に
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