夜の亀有。
ネオンの光は弱く、駅前を外れるとすぐに街はくすむ。
表通りには居酒屋、パチンコ屋、コンビニ。
だが裏通りには別の世界がある。
借金。
闇金。
風俗。
パチンコ依存。
クズとカモが回る、金の地獄のサイクル。
金がない奴ほど金を借りる。
そして金がないから返せない。
返せないからさらに借りる。
最後には――
人生ごと回収される。
それがこの街の現実だった。
空から何かが落ちてきた。
ヒラ…ヒラ…
地面に落ちる。
一冊の黒いノート。
「……ああん?」
男がそれを拾う。
「なんだこのノート」
その男は、
坊主頭にメガネ。
ガタイのいい体。
目つきは蛇みたいに冷たい。
名前は――
丑嶋馨。
亀有で闇金融をやっている男だ。
会社名は
カウカウファイナンス。
金融といっても銀行じゃない。
闇金。
利息はトゴ。
十日で五割。
返せない奴はどうなるか?
風俗。
臓器。
人生。
全部回収。
「社長」
横から声。
中肉中背。
背は低い。
だが体はゴツい。
坊主頭。
丑嶋の真似をしているような格好。
相棒の
柄崎。
「社長これ…」
ノートを指差す。
「デテノテって書いてありますね」
丑嶋は無表情で言った。
「馬鹿野郎」
パラッ
表紙を叩く。
「デスノートだ」
柄崎は笑う。
「誰かの中二病っすね」
丑嶋はページをめくる。
そこには英語でルールが書かれていた。
このノートに名前を書かれた人間は死ぬ
書く時は顔を思い浮かべる必要がある
40秒以内に死因を書かなければ心臓麻痺
死の前の行動は操れる
柄崎が言う。
「完全に漫画っすね」
丑嶋はタバコをくわえた。
「……」
しばらく無言。
「まぁ、こんなの誰かのイタズラだろ」
だが。
ページを閉じながら言う。
「一応アリバイくらい作っとくか」
柄崎が笑う。
「社長疑り深いっすね」
丑嶋は言った。
「試すなら」
「死んでも困らねぇ奴だ」
少し考える。
そして一人の名前が浮かんだ。
滑川(なめりかわ)
地元のヤクザ。
半グレを集めて、闇金を荒らしている男だ。
最近カウカウの客を横取りしていた。
借金を踏み倒させて、
自分のシノギにしている。
厄介な敵だ。
丑嶋は言う。
「コイツなら死んでも問題ねぇ」
柄崎が聞く。
「死因どうします?」
丑嶋は書く。
滑川
居酒屋で酒を飲んだあと
店を出て階段で転落
頭を打って死亡
書き終わる。
「……」
二人は沈黙。
柄崎が笑う。
「何も起きないっすよ」
その時。
丑嶋の携帯が鳴った。
ピロッ
出る。
「……ああ」
数秒聞く。
そして言った。
「マジか」
電話を切る。
柄崎が聞く。
「どうしたんすか?」
丑嶋は無表情で言った。
「滑川」
「さっき居酒屋の階段から落ちて」
「死んだ」
沈黙。
柄崎の顔が青くなる。
「……え」
「マジっすか」
丑嶋はノートを見る。
静かに言った。
「……本物か」
タバコを灰皿に押しつける。
「これは」
ページをめくる。
「使えるな」
柄崎が震える。
「社長……これヤバいっすよ」
丑嶋は言う。
「当たり前だ」
そしてペンを持つ。
「だがな」
冷たい目で言った。
「この街で一番ヤバいのは」
「金がない奴だ」
ノートに名前を書く。
借金踏み倒した客
敵対してる半グレ
闇金荒らし
全員
事故死。
丑嶋は言う。
「アリバイ作って」
「順番に消す」
柄崎が聞く。
「社長…それって」
丑嶋は答えた。
「ビジネスだ」
数日後。
カウカウファイナンス。
客が増えた。
敵が消えた。
借金の回収率
100%
柄崎が笑う。
「社長…」
「今までで一番儲かってます」
丑嶋は言う。
「当然だ」
ノートを閉じる。
「神様が」
「金融業を始めたら」
どうなると思う?
丑嶋は冷たく笑った。
「こうなる」
だが――
その時。
ノートの後ろに
新しい文字が浮かんだ。
DEATH NOTEの持ち主には死神が取り憑く
そして
窓の外に
黒い影が立っていた。
***
夜の亀有は、昼より正直だ。
昼間は普通の顔をしている街も、夜になると本性を出す。
借金取り。風俗嬢。パチンカス。半グレ。
金に追われる連中が、暗い路地をうろつく。
俺はその中で金を回している。
カウカウファイナンス。
闇金。
十日で五割。
返せない奴は人生ごと回収。
それがこの街のルールだ。
ノートを手に入れてから数日。
人が死んだ。
何人も。
全部、心臓麻痺。
偶然にしては多すぎる。
俺はそのノートを机に置いて眺めていた。
「……」
その時だった。
部屋の空気が変わった。
冷たい。
重い。
気配がした。
柄崎は気づいていない。
だが俺には見えた。
窓の横。
黒い影。
人じゃない。
女の形をしている。
だが人間とは明らかに違う。
肌は青白く、骨ばった体。
長い黒髪。
目は大きく、どこか悲しげだ。
背中には歪んだ羽。
死神。
「……」
そいつは俺を見て言った。
「人間」
声は女だった。
低くて、静かで、湿っている。
「そのノートは本来、別の人間に落とす予定だった」
俺はタバコを吸った。
「知らねぇ」
煙を吐く。
「俺には関係ない」
死神の目が細くなる。
「その人間は――」
少し間を置いて言った。
「弥 海砂」
「その女を救うために、私はノートを落とした」
俺は言った。
「それで?」
死神が俺を睨む。
「だが、お前が拾った」
「運が悪かったな」
「……」
少し沈黙。
死神が言った。
「人間」
「ノートを返せ」
俺は答えた。
「断る」
死神の目が鋭くなる。
「じゃあ」
静かに言った。
「私のノートに書いて、お前を殺す」
空気が冷えた。
柄崎はまだ気づいていない。
だが俺は動かなかった。
「……」
タバコの灰を落とす。
「ちっ」
俺は言った。
「じゃあ条件だ」
死神が眉を動かす。
「条件?」
俺は言った。
「その弥海砂」
「俺らが何かあったら守る」
「それで文句ねぇな?」
死神は一瞬黙った。
人間にしては、妙な反応だったんだろう。
普通は怯える。
命乞いをする。
だが俺は違った。
死神が言う。
「……ああ」
「それなら自由にノートを使っていい」
「ただし」
「弥海砂に危害が及ぶ時は守れ」
俺は言った。
「わかった」
死神は俺を見た。
そして小さく呟いた。
――まさか死神相手にひるむことなく自身の要求をするとは。
――だがこちらが武力をちらつかせれば引くだけの頭もある。
――とりあえずこいつにミサのことは任せるか。
死神の名前は
レム。
それから
俺はノートを使った。
だが適当には使わない。
ルールがある。
一つ。
カウカウファイナンスに疑いが来ないタイミングで死ぬこと。
借金踏み倒した奴。
客を横取りした闇金。
半グレ。
ヤクザ。
全員
事故か心臓麻痺。
だが重要なのは
俺たちが絶対関与できないタイミングで死ぬこと。
出張中。
旅行中。
アリバイのある時間。
完璧だ。
結果。
カウカウファイナンスは
急成長した。
借金回収率
ほぼ100%。
敵
消滅。
柄崎が言う。
「社長…」
「最近この辺…」
「やたら人死にますね」
――馬鹿か。気付けよ
俺は言った。
「この街じゃ普通だ」
だが普通じゃなかった。
ニュースでも騒ぎになっていた。
「最近、暴力団関係者や闇金融関係者が相次いで心臓麻痺で死亡しています」
「警察は事件性も含め捜査を進めています」
死んでいるのは
全員
アンダーグラウンドの人間。
ヤクザ。
半グレ。
闇金。
債務者。
しかも
亀有周辺に集中。
警察が動いた。
そして
一番得している人間。
それが
俺。
カウカウファイナンス。
丑嶋馨。
結果
警察が来た。
「丑嶋さん」
「任意同行をお願いできますか」
俺は立った。
「いいぜ」
連れていかれた場所。
亀有警察署。
取り調べ室。
椅子に座る。
目の前の刑事。
デカい。
ガタイがいい。
眉毛が太い。
警察の制服。
そいつは言った。
「俺が担当だ」
「両津勘吉」
腕を組む。
「暴れる奴が多いからな」
「体術担当だ」
レムが俺の横で呟いた。
「……この男」
「人間にしては妙だな」
俺は答えた。
「この街じゃ」
「一番うるさい警官だ」
両津が机を叩いた。
「丑嶋」
「最近この辺で人が死にすぎてる」
目を細める。
「お前」
「何か知ってるか?」
取り調べ室の空気が
重くなった。
そして
レムが小さく呟いた。
「……面白い」
「この人間」
「少し危険かもしれない」
亀有の闇。
闇金。
死神。
そして警察。
全部が
同じ場所に集まり始めていた。