事務所のドアは薄い。
だから外の音はよく通る。
「お願いします!お金を貸してください!!」
やけに通る声だった。
張りがある。腹の底から出てる声だ。
借金しに来る奴の声じゃない。
普通はもっと濁る。怯えが混じる。
こいつは違う。
「帰れって言ってんだろ」
まさるの苛立った声。
俺は煙草を咥えたまま、視線だけを上げた。
違和感が残る。
「……江崎」
呼ぶと、奥から顔を出した。
「どうした?」
「社長……こいつプー太郎のくせに金貸せって言うんですよ」
後ろには男が立っていた。
痩せてる。目だけがやけにギラついている。
「両親もいない施設育ちっす。絶対返せないタイプです」
江崎が吐き捨てる。
「だから追い返そうかと」
俺は男を見た。
服は安い。靴も擦り切れてる。
だが姿勢が崩れてない。
「あなたが社長ですか?僕は結城 勇気です」
男が一歩前に出る。
「僕の話を聞いてください」
間髪入れない。
「金さえ借りられれば、それ以上の金を生み出せます」
目が死んでない。
借金に来る奴の目じゃない。
取りに来てる目だ。
「……おい江崎」
「その話、聞いたのか?」
「いや、こういう空想論は――」
「成功した試しがない、か」
江崎は黙った。
俺は椅子から立った。
「ふぅん……まぁいい」
男を見る。
「プー太郎らしいが、何やってた」
男は迷わない。
「遊戯王です」
間を置かず続ける。
「全国1位、3年連続です」
空気が少し変わる。
「カード売買で生活してます」
俺は目を細めた。
嘘じゃない。
こういう実績は、嘘なら声に滲む。
こいつは平坦に言った。
事実として。
「……いいぜ」
「話だけ聞く」
「江崎、まさる。入れ」
部屋に戻る。
革の椅子。低いローテーブル。
壁はコンクリむき出し。
安い空気清浄機がうるさく回っている。
俺は椅子に座った。
「話せ」
男は深呼吸してから話し出した。
革の椅子に沈みながら、俺は結城の顔を見ていた。
痩せている。
だが目だけは死んでいない。
この手の人間は二種類いる。
ただの妄想家か、現実を歪める側に回る人間か。
結城は口を開いた。
「遊戯王バーチャルデュエルがsteamやアプリでリリースされます。VR空間を使って室内で自分や相手のモンスターがビジョン化しながらインターネット対戦ができるゲームでアニメを再現しています。僕は日本チャンピオンであることから、このゲームのβ版のテストプレイをして、これは売れると確信しました。クオリティが非常に高く、アニメを再現できているからです。またカードゲームは、課金との相性がいいことから間違いなく、ストアランキングで1位を取ります」
長い。
だが無駄は少ない。
自分の優位性と市場の話を同時にしている。
ただのオタクの自慢話じゃない。
俺は遮る。
「それは分かる。でもお前ニートだろ。お前が社員な訳じゃない。どうやって金を稼ぐんだ」
核心だけを突く。
ここで詰まる奴は終わりだ。
結城は一瞬も止まらない。
「トレード機能というのが実装されていて、誰とでもカードのトレードができるんです。しかもこのトレードは、カードとカードの交換や電子通貨とカードの交換が可能なんです。電子通貨は、現金化もできます」
江崎が小さく鼻で笑った。
俺は視線だけで黙らせる。
「そんなことしたらコナミは大損じゃねえか。基本的にカードゲームでトレードはできない。そうなるとゲーム内のパックに課金しなくなるからな」
結城は首を横に振る。
「そこでブロックチェーンシステムをコナミは導入しました。実際にコナミは水面下で『ジルコン』を開発してテストしてました。勿論公式にあります。例えばAとBのトレードでブラックマジシャンを1000コイン(1000円)で交換した場合に、カードに紐づけされたブロックチェーンにより、900円をAが得てコナミに100円入ります。つまりトレードをすればするほどコナミが儲かる仕組みなんです。そしてカードゲーマーというのは強いデッキを作りたいため、強いデッキを作るためにトレードが加速します。さらに、レアリティというのが存在して同じカードでもパラレルレア、シークレットレアや色違いや絵違いなど色々なパターンがあり、おそらく第一弾で登場する『ブラックマジシャンガール』の最高レアリティの絵違い&色違いは数億で取引されると思います。β版で封入率を調べ計算しているから予測ですがほぼ間違いないです。またいわゆるチート対策も万全のため、このようなカードをプログラミングをいじって入手することはできまsん。なぜならブロックチェーンシステムで世界の枚数をそれぞれ設定しているからです」
止まらない。
知識量が多い。
だがそれ以上に――
自分の中で完結してる。
他人に理解させるためじゃない。
自分が勝つための説明だ。
俺は煙草を咥えた。
「俺も江崎と遊戯王はやっていたからだいたいのことは分かっている。それでどうするんだ?」
ここからが本題だ。
結城は一拍置いた。
「コナミはこのゲームで覇権を取りに来ています。そのためにはユーザー数を集めること。ログインボーナスが豪華で、毎日5パックを無料で引くことができます。これは750円相当です。事前登録得点と一か月のリリース記念宝箱で合計10000円分のパックを引くことができます。つまり一か月で約30000円の価値を生み出します。僕は、アカウントを無職であり、全ての時間を自分のために使えるので10万アカウントを作成しています。さらに僕のXには大会優勝者としての招待コードをリリース前日に行い、それを入れてゲームを始めることでさらに10000円分のパックを引くことができます。つまり、現時点で40億円ポイントがあるのに等しいです。ただトレードをしていくには、人がいるし、専用の作業所が必要だったり、トレードをしやすい掲示板などを作ったり管理をしたりする必要があり、その為にお金が必要なんです。またどのカーが需要がでるかなどももちろん手に取るように分かるのでそのカードを交換で集めておいて高くなるタイミングで売りまくるなどもできます。」
部屋が静まる。
江崎もまさるも黙っている。
理解したからだ。
こいつがやろうとしていることを。
10万アカウント。
普通はそこで諦める。
だがこいつはもうやっている。
つまり――
実行してから来ている。
借りる前に、勝ち筋を作っている。
俺は煙を吐いた。
この男は借金をしに来たんじゃない。
金を増やすためのレバーを引きに来た。
そしてそのレバーの先にいるのが、俺だ。
「……面白いな」
自然に口から出た。
久しぶりだ。
金の匂いじゃない。
金が増殖する匂いだ。
江崎が顔を上げる。
「社長?」
「貸す」
「で、いくらだ」
男は迷わない。
「1000万」
江崎が即座に遮る。
「馬鹿か、お前」
「うちは50万までだ」
俺は煙草を潰した。
「……馬鹿はてめーだ」
「江崎」
「1000万持ってこい」
空気が止まった。
金は貸した。
当然、条件付きだ。
トゴ(10日で5割)。
手数料も抜く。
1000万渡して、手元に残るのは800万ちょい。
それでも借りる。
それが闇金だ。
一週間後。
事務所の隅で、江崎とまさるがモニターに張り付いていた。
「うお、きた!!」
「ブラックマジシャンガール引いた!!」
「すげえええええ!可愛い」
画面の中でカードが光る。
二人ともガキみたいに笑ってる。
「これ売ったらいくらっすかね!?」
「知らねーけど高えだろ!」
俺は横目で見た。
くだらない。
だが――
金の匂いはする。
「社長もやりましょうよ」
江崎が振り返る。
その時。
ドアが開いた。
「失礼します」
あの男だった。
結城勇気。
前と同じ目。
だが、少しだけ余裕がある。
「これ、返済です」
テーブルに置かれたバッグ。
中身は現金。
俺は数えない。
重さで分かる。
「……早いな」
「利益が出ました」
淡々としている。
そして続けた。
「もう一つ、お願いがあります」
俺は煙草に火をつけた。
「なんだ」
「10億、貸してください」
部屋の空気が止まる。
江崎とまさるが固まる。
結城は言う。
「日本だけじゃない」
「世界で展開します」
「今がタイミングです」
目は変わってない。
いや、少し違う。
確信してる目だ。
俺は煙を吐いた。
「……いい度胸だな」
普通の人間はここで引く。
だがこいつは違う。
借りる側なのに
取りに来てる。
俺は少し笑った。
「話を続けろ」
金の匂いが、濃くなった。
両津編と並行して不定期更新