RE:対魔忍世界転移憑依物語 ─綴木みこと─   作:楠崎 龍照

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8話 深層に沈む命

 

 

 

 

鉄の扉が蹴破られ、轟音を立ててへしゃげた扉が音をたてて地面に倒れる。

 

「誰だテメェら!!?」

 

炎条の怒声が倉庫内に響く。

彼の身体から発する熱で陽炎が揺らめく。

しかし、その熱気すらも、次の瞬間には凍りついた。

 

「動くな」

 

低い声だった。

怒鳴っているわけではない。

だが、その一言だけで、倉庫の空気が完全に凍結した。

 

「……ッ」

 

炎条が息を呑む。

取り巻きたちも、先程までの下卑た笑みを消し、顔を引き攣らせていた。

蹴破られた扉の向こうに立っていたのは、八津紫の他にもう1人、青みを帯びた黒髪を持ち、翡翠色の瞳が彼らを完全に凍らせた。

井河アサギ。

その名を知らぬ対魔忍はおろか、闇に住まう世界の住人すらもいない、最強の名を背負う対魔忍の頂点であり、古寺智樹が住んでいた世界にて起源にして頂点というべき存在だ。

そして、その2人の奥にふうま小太郎と望月卯奈の姿もあった。

 

「みこと!!」

 

ふうまの声が聞こえる。

 

「みことちゃんっ!!」

 

卯奈の悲鳴のような声も聞こえた。

 

「……せ……ぱ……」

 

声にならない声が、喉の奥から漏れる。

首を絞められ、腹を何度も蹴られ、両手足を拘束されていた身体は、もうまともに動かなかった。

 

「な、なんで……」

 

炎条の取り巻きの一人が、震える声を漏らす。

 

「なんでここが……」

「それを説明する必要があるか?」

 

紫の声が冷たく落ちる。

 

「お前たちが今、何をしていたのか。こちらが訊きたいくらいだ」

 

紫の剣呑な眼差しが取り巻きたちの神経を麻痺させた。

「ひっ」と声をあげて硬直する。

しかし、炎条だけは違った。

 

「……くっ、くそ……!」

 

もうどうにもならない。

退学処分は避けられないどころか、家の追放もあり得ると考えた炎条は、もはや無敵に近かった。

凍りついた空気を溶かすように、拳に爆炎を燃やして拘束して意識が消えつつある私のお腹を殴ろうとした。

だが。

その拳は、届かなかった。

 

「……ッ!?」

 

炎条の腕が、空中で止まっていた。

いや、止められていた。

いつ動いたのか、誰にも分からなかった。

気がつけばアサギが炎条の目の前に立ち、その手首を掴んでいた。

 

「なっ……!?」

 

炎条の顔が引き攣る。

拳に纏っていた炎が揺らぎ、弱々しく消えていく。

 

「今、何をしようとした?」

 

アサギの声は静かだった。

その静けさが何よりも恐ろしかった。

だが炎条は、もうなりふり構ってられなかった。

 

「邪魔すんじゃねぇぞクソババァ!!!」

 

弱々しかった炎が、禁句の言葉と共に燃え上がる。

それは怒りと逆巻く怨憎の豪炎となり、その炎がアサギに襲いかかる。

それでも、彼の炎は届かない。

 

「あぐっ!?」

 

燃え上がったはずの炎。

人を焼くには十分すぎる熱量。

炎条の間抜けな言葉と共に霧散していた。

彼がアサギへ攻撃を仕掛けようとした、その刹那。

認識できるかどうかすら怪しい、0.1フレームにも満たない一瞬。

アサギの手刀が、炎条の首へと叩き込まれていた。

炎条の身体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 

「炎条っ!」

 

取り巻きの一人が叫びかける。

だが、

紫の視線に射抜かれ動きを止める。

 

「動くなと言ったはずだ」

 

その声に、取り巻きたちは完全に固まった。

炎条が倒れた事で誰一人として、逃げることも、言い訳をすることも、抵抗することもできない。

「お前たちはその場から一歩も動くな」という紫の言葉に、取り巻きたちは完全に沈黙。

 

「みこと!」

 

ふうまが、仰向けで拘束されているみこと(智樹)のそばへ駆け寄ってくる。

その後ろから、卯奈も駆け寄ってきた。

 

「みことちゃん! みことちゃんっ!!」

 

泣きそうな声。

いや、もう泣いているのかもしれない。

視界がぼやけていて、よく見えない。

 

「……う、な……」

 

声を出したつもりだった。

けれど、実際に音になったのか分からない。

ふうまが、土に固定された私の手足を見る。

 

「土遁の拘束か」

 

ふうまがそうボソリと呟くと、それを聞いた紫は、取り巻きの一人である土遁使いへ視線を向けた。

 

「解除しろ」

「え……」

「解除しろと言った」

 

その声に逆らえる者はいなかった。

土遁使いの取り巻きは震えながら前へ出て、私の拘束を解いた。

土が崩れる。

手足が解放される。

 

「みこと、みこと!」

「みことちゃん! しっかりして! みことちゃん!」

 

しかし、既に私の意識は暗い水へと沈んでいた。

 

 

 

「……」

 

意識の水に沈んだ私。

ゆっくりと目を開けた。

辺りは薄暗く、暗い海の底から、気泡がぽつりぽつりと浮かび上がる。

それらは水の中で揺れながら昇っていった。

 

「海の中……?」

 

そう呟いたつもりだった。

けれど、声は水に溶けて、どこにも届かなかった。

息は苦しくない。

身体も沈んでいるはずなのに、重さを感じない。

ただ、暗い水の中に漂っているような感覚だけがあった。

 

「……何があった?」

 

私は先程の事を思い出す。

炎条に連れられて……。

腹を蹴られ……。

首を絞められ、取り巻きたちの笑われ……。

そして最後に聞こえた、ふうまさんと望月さんの声……。

 

「綴木みことの意識の中か……!?」

 

私はハッとしたように大声を出す。

しかし、その声は泡となり天へと登り消えていく。

 

「……これが……意識の中なら……もしそうなら……」

 

私は下へと自らの身を深層へと沈ませていく。

こんな所で子供の頃に習っていた水泳が役に立つとは思わなかった。

 

「もしかしたら……私の考えがあっているのなら、あの時のことが真実なら……!!」

 

私の身体は下へ、私の言葉は気泡となり上へ。

 

「頼む……居てくれ……!」

 

救えるかもしれない。

私は藁にもすがる思いで底へと沈んだ。

やがて、私は深層へと辿り着いた。

そこは砂のような白い粒子が、海底のように敷き詰められた場所だった。

暗く静寂が満たされた空間。

足元の粒子が淡く光り、ゆっくりと揺れている。

その一粒一粒が、小さな記憶の欠片のように見えた。

 

「……」

 

そして、私の前には想像通りの光景があった。

ただ、いざ目の当たりすると全身の血が引くような沸騰するような感覚に襲われて過呼吸になる。

 

「綴木……みこと……」

 

結晶に閉じ込められた本物の綴木みことの姿を認識し、自然にポロリと彼女の名を呟く。

しかし、直ぐに私はハッとして彼女の元へと歩く。

言わなければ、彼女に言わなければならない……!

私は結晶の前まで歩いた。

一歩。

また一歩。

しかし、もう少しで彼女の元へと辿り着く……その刹那に私の腕を後ろに引っ張られる感覚に襲われた。

 

「っ!?」

 

私は咄嗟に後ろを振り向く。

そこにはおびただしい数の手が触手のように伸びて、私の全身にまとわりつき始めた。

 

「なっ……にっ……!?」

 

咄嗟に私は身体を暴れたりして抵抗する。

だが、その無数の手を振り払うことは出来ず、引っ張られるばかりだ。

 

「こ、こいつら……なんやねんマジで……!?」

 

キレながらも必死に暴れて抵抗する。

その時だ、私の耳を舐めるように、あの忌々しい声が聞こえてくる。

ハロウィンみことの竿役共の声。

本当に消えることのない地獄のような声が私の脳天に響かせてくる。

 

「ぐぅぁ……!!」

 

黒板を爪で引っ掻く音を聞いた時のように、私は苦痛に歪む表情を浮かべた。

無数の手は更に引っ張り、私を深層意識から引っ張り上げ始める。

 

「や、やめ……ろ……!」

 

必死に抵抗する。

しかし、無数の手は、ハロウィンみことの竿役の言葉を発しつつ、私を深層意識から引っ張りあげていく。

 

「やめろ……!! やめろ……!!」

 

ハロウィンみことの竿役のセリフが私の耳を舐めるように囁かれる。

意識が浮上していく。

言わなければならない事を言えなかった悔しさや、無数の手に何も出来ない無力感、永遠と私の耳で囁くクソみたいなセリフ。

次第に覚醒する意識の中で、私は最後の力を振り絞り、大声で叫んだ。

 

「私にあの回想を思い出させんなああああああああああアアアアアアアアアアアアアアァ"ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ"ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ"ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

「っっっ!!?」

 

喉が焼けるような痛みと共に、私は目を覚ました。

白い天井と消毒液の香りに保健室だと直ぐに理解した。

 

「はっ……はっ……はっ……!」

 

鼓動する心臓を必死に落ち着かせる。

先程の感覚が全身に残っており、得体のしれない嫌悪感があった。

 

「綴木さん、大丈夫ですか?」

 

そう言って保健の先生が、こちらへ駆け寄ってくる。

私は深呼吸をして無理矢理落ち着かせた。

 

「すみません、少し変な夢を見てしまって……」

 

そう言って、私は無理矢理笑おうとした。

だが、頬がうまく動かない。

喉は焼けるように痛み、腹の奥は呼吸するたびに鈍く疼いていた。

 

「変な夢、ですか……」

 

保健の先生は、私の顔を覗き込む。

その表情は心配と困惑が入り交じったものだった。

 

「はい。ただ、大丈夫ですよ」

 

私はそう言ってベッドから起き上がろうとした。

しかし、お腹と首に重い痛みが走り、私は「うっぐ……」と唸り声をあげて動きが停止する。

 

「大丈夫ではありませんよ。綴木さん、無理に起き上がらないでください」

 

保健の先生に制され、私はベッドへ背中を戻す。

再び白い天井が目に映り、消毒液の香りが鼻を突く。

ここが現実の世界であると教えてくれる。

しかし、未だにあの暗い海の底にいた感触が気持ち悪いぐらい残っている。

ただ、そのおかげであれが夢なんかではなく、私が見た事実なのだと……綴木みことはあの場所にいるという事が分かる事ができた。

そんな時だ、扉をノックする音が聞こえ、「失礼するわ」と優しげな口調で、ある女性が入ってきた。

 

「綴木さん、身体は大丈夫かしら?」

「っ!? え、あ、はい。大丈夫……ではないですね」

 

その女性を見た私は、目を丸くして心の底から驚きつつも、必死で平静を保とうとする。

井河アサギ。

対魔忍アサギ主人公、対魔忍の起源とも言える人物が今私の目の前にいる、その事実に心臓が口から飛び出そうになった。

その様子を見た井河校長先生は柔らかな表情で「そう」とだけ言った。

そして、井河校長先生は私に呆然と見つめる私に向けて一言、「何か伝えたい事があると思うけど、明日にしなさい」と柔らかな表情だが、それでいて

 

「っ!?」

 

柔らかな表情でありながら、それでいて逆らわせない重さがあった。

私は「わ、分かりました」としか言うことが出来なかった。

ただ、1つ、気になったことがあり、私は井河校長先生に訊ねた。

 

「炎条たちはどうなりましたか?」

 

井河校長先生は少しだけ目を細めた。

怒っていると感じた。

けれど、その怒りは私に向けられたものではない。

もっと静かで、もっと深い場所に沈められた怒りだった。

 

「今は八津先生と他の教員が預かっているわ」

 

井河校長先生は、ゆっくりとした声で答えた。

 

「詳しい処分は、事情聴取をした上で決めることになるでしょうね」

「……そう、ですか」

「後のことは私たちに任せて、今日はここで泊まりなさい。万一に備えて、医療班を2人つけておくわ」

「すみません、ありがとうございます」

 

私が井河校長先生にお礼を言うと、井河校長先生は保健の先生と二言三言話をしてから保健室を出た。

保健の先生も「何か身体に異変があったら直ぐに言ってくださいね」と言ってから机へと向かった。

それを見た私は、目を瞑って眠りについた。

もしかしたら、また深層意識へと行けるのかもしれない。

少しの想いを抱き、私は眠りへとついた。

 

 

 

 

綴く気がしないし、綴けれる自信が無い。

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