当初カイジは、この力を使うことに強い葛藤を覚える。しかし地下という環境は非情であり、弱者は踏み潰されるのみ。生き残るため、そして這い上がるために、カイジは徐々にデスノートの力を“戦略”として用い始める。特に、死の直前の行動を操れる特性に着目し、金銭の移動や状況操作といった危険な手段にも踏み込んでいく。
一方で地下を支配する男、班長は、異様な流れに気付き始める。原因不明の突然死が点在する中、それを単なる偶然と片付けつつも、直感的な警戒を強めていく。カイジの動きにも違和感を覚え、「何かを隠している」と疑念を抱くが、決定的な証拠は掴めない。地下という環境上、不可解な死は珍しくなく、疑惑は霧のように漂うだけだった。
やがてカイジは資金を2000万ペリカまで増やし、班長に対して正面から勝負を挑む決意を固める。チンチロによる大博打――2000万対2000万。前半はあえて勝たせることで班長側の警戒を緩め、場の空気を掌握するが、後半に入ると班長は本性を現し、巧妙なイカサマでカイジを追い詰めていく。カイジは精神的に極限まで追い込まれ、ノートの力に頼らざるを得ない状況へと追い込まれる。
そしてカイジは、観衆の目を逆手に取った大胆な計画を実行する。アリバイを成立させるために人前で行動しつつ、裏では他者を操り、決定的な局面で班長を死に至らしめる準備を整える。最終局面では1億ペリカを賭けた史上最大の勝負へと発展し、地下全体を巻き込む大騒動となる。
第一話「ざわめきと黒い遅延」
ざわ……ざわ……
空気が、重い。
湿っているのに乾いている。
喉が焼けるように渇くのに、水はない。
地下――
光はあるが、希望はない。
伊藤開司は、今日もサイコロを握っていた。
「いくぞ……」
転がす。
コロコロ――
止まる。
「ヒフミ」
「はい没収~」
笑い声。
乾いた拍手。
金は吸われる。
骨の髄まで。
「カイジ……お前、ほんと弱いなぁ……!」
振り向く。
そこにいるのは――班長。
あの顔。
あの笑み。
すべてを見透かしたような、あの余裕。
(クソ……!)
歯を食いしばる。
だが、言い返せない。
言い返したところで、状況は変わらない。
ざわ……ざわ……
(負け……負け……また負け……)
気づけば、ポケットは空。
ペリカも、信用も、全部消えていた。
「もう貸しはねぇぞ?」
班長が言う。
にやりと。
「働け……一生な……」
ざわ……
ざわ……
その言葉が、ゆっくりと沈んでいく。
(終わり……か……)
視界がぼやける。
逃げ場がない。
上にも行けない。
金もない。
信用もない。
(詰み……!)
そのときだった。
――カサッ。
足元に、何かが触れる。
黒いノート。
場違いなほど、綺麗な。
(……なんだこれ……)
誰も気にしていない。
まるで、最初からそこにあったかのように。
(拾うか……?)
迷い。
だが――
(どうせ……何も変わらねぇ……)
拾う。
軽い。
だが妙に存在感がある。
表紙。
“DEATH NOTE”
「……は?」
意味が分からない。
だが、開く。
ペラリ。
ルール。
読む。
ざわ……
ざわ……
(なんだよこれ……)
笑えない。
むしろ、寒気がする。
(人が死ぬ……?)
バカバカしい。
だが。
(……もし本当だったら?)
その考えが、こびりつく。
しかし――
書かない。
まだだ。
こんなもので現実は変わらない。
そう思いたい。
そうであってほしい。
時間が過ぎる。
だが状況は悪化するだけだった。
「カイジ、サボってただろ?」
班長の声。
低い。
冷たい。
「罰、な?」
ざわ……!
連れていかれる。
別室。
暗い。
狭い。
「今日の分、倍な」
「……!」
強制労働。
肉体が悲鳴を上げる。
だが止まれない。
止まれば――終わる。
夜。
戻ってきたカイジは、床に倒れ込んだ。
息が荒い。
体が動かない。
(クソ……)
涙が出る。
情けない。
悔しい。
(なんで……こんな……)
思考が、沈む。
そのとき。
ポケットに、違和感。
取り出す。
黒いノート。
(……あったな……こんなの……)
ぼんやりと開く。
ルール。
また目に入る。
名前を書けば、死ぬ。
ざわ……
ざわ……
(……死ぬ……)
脳裏に浮かぶ。
さっきの現場。
怒鳴っていた男。
作業を監督していた男。
「動け!ゴミどもが!」
あの顔。
あの声。
(……あいつ……)
理不尽。
暴力。
当然のように人を踏みつける。
(……なんであいつが……)
指が震える。
ペンを握る。
(やめろ……)
もう一人の自分が言う。
(やめとけ……戻れなくなる……)
だが。
(戻る場所なんて……ねぇだろ……!)
ざわ……ざわ……
心臓がうるさい。
呼吸が荒い。
(試すだけだ……)
言い訳。
ただの確認。
(どうせ……死ぬわけねぇ……)
そうだ。
ありえない。
こんなの。
(……でも……)
もし。
もし本当なら。
(……変わる……!)
世界が。
一瞬で。
カイジは、歯を食いしばった。
そして――
ノートに、名前を書く。
ゆっくりと。
確実に。
震える手で。
(……終わりだ……)
書き終える。
息を止める。
40秒。
長い。
永遠みたいに長い。
ざわ……ざわ……
(何も起きねぇ……)
当然だ。
そう思った、その時――
遠くから。
悲鳴。
「お、おい……!」
「倒れたぞ……!」
ざわっ……!!
カイジの目が見開かれる。
(……え?)
「心臓……!?動いてねぇ……!」
「死んでる……!」
ざわ……ざわ……ざわ……
音が、消える。
世界が歪む。
(……本物……?)
手が震える。
止まらない。
(マジ……かよ……)
ゆっくりと、ノートを見る。
黒い。
ただのノート。
だが――
(これ……)
ゴクリ。
唾を飲む。
(俺……)
静かに、理解する。
(“持っちまった”……!)
ざわ……ざわ……
地下の空気が。
ほんのわずかに変わった気がした。
第二話「ざわめく違和感」
ざわ……ざわ……
地下は、今日も同じ顔をしている。
湿気。鉄。絶望。
だが――
ほんのわずかに、“何か”が変わっていた。
伊藤開司は、その中心にいた。
(……また、死んだ)
視線を逸らす。
直接は見ない。
見れば、壊れる。
だが分かる。
昨日、ノートに書いた名前。
そいつが、今日いない。
「最近多くねぇか……?」
「急に倒れるやつ……」
ひそひそとした声。
ざわ……ざわ……
(バレてねぇ……)
だが――
(近づいてる……)
確実に。
カイジはノートを胸の内ポケットに押し込む。
まるで、心臓を隠すみたいに。
チンチロ。
サイコロが転がる。
コロコロ――
「シゴロ!」
歓声。
「カイジ、振れよ」
言われる。
だが手が重い。
(どうでもいい……)
以前なら、ここがすべてだった。
だが今は違う。
(こんなもん……いつでもひっくり返せる……)
そう思ってしまう。
危険な思考。
(違う……違う……)
自分に言い聞かせる。
これはあくまで“手段”。
ここを抜けるための。
だが。
ざわ……
ざわ……
心の奥で、別の声がする。
(“神”だろ……これ……)
(名前書くだけで……)
(人が死ぬ……)
指先が、わずかに震える。
その頃。
班長は、黙って座っていた。
酒。
つまみ。
いつもの光景。
だが、目だけが違う。
鋭い。
「……おかしいな」
ぽつりと呟く。
誰も反応しない。
だが、班長は続ける。
「偶然にしちゃ多すぎる」
ざわ……
「何がです?」
子分が聞く。
班長はグラスを揺らす。
氷が鳴る。
「“都合よく”死にすぎだろ」
ざわ……!
空気がわずかに変わる。
「最近死んだやつ……思い出してみろ」
指を折る。
一人。
二人。
三人。
「全員……“目障りだったやつ”だ」
ざわ……ざわ……
(偶然か……?)
班長の思考は止まらない。
(いや……違う)
彼はこういう“偏り”を見逃さない。
「誰かが……やってる」
低く言う。
その一言で。
場の温度が下がる。
カイジは、それを聞いていた。
遠くから。
何気ない顔で。
(……気づいた……!)
心臓が跳ねる。
(やべぇ……)
汗が滲む。
(さすが……)
あの男。
ただの搾取者じゃない。
“嗅ぐ”。
異常を。
(クソ……!)
カイジは考える。
(止めるか……?)
ノートの使用。
ここでやめる。
それが安全。
だが――
(ここでやめたら……)
また元通り。
搾取。
絶望。
終わり。
ざわ……ざわ……
(どっちだ……!)
そのとき。
班長の視線が――
一瞬、こちらをかすめた。
(……っ!!)
凍る。
動けない。
だが。
班長は何も言わない。
ただ――
笑った。
いつもの笑み。
「まぁいい」
グラスを置く。
「面白ぇじゃねぇか」
ざわ……
「誰かが何かしてるなら……」
ゆっくりと立ち上がる。
「暴いてやる」
その言葉は。
宣言だった。
(終わりの始まり)
カイジは、ノートを握る。
強く。
(来る……)
確実に。
(勝つか……食われるか……)
ざわ……ざわ……
地下の空気が、変わる。
静かに。
確実に。
“勝負”が始まっていた。
わ……ざわ……
地下の空気は、いつも通り濁っている。
だが――
伊藤開司の内側だけが、決定的に変わっていた。
(……本物だ……)
あのノート。
名前を書けば死ぬ。
偶然じゃない。
現実だ。
(持っちまった……俺は……)
指先が、じんわりと熱い。
ポケットの中のノートが、まるで鼓動しているかのように存在を主張する。
そのときだった。
「くくく……」
――声。
低い。
乾いた笑い。
(……!?)
振り向く。
誰もいない。
だが。
いる。
“何か”が。
「やっと気づいたか」
空間が歪むようにして現れる。
黒い影。
異形。
人間じゃない。
「お前……誰だ……!」
喉がひりつく。
それは笑った。
大きく口を裂いて。
「俺はリューク。死神だ」
ざわ……ざわ……
現実感が崩れる。
(死神……?)
「そのノート、拾っただろ?」
リュークは、楽しそうに言う。
「そりゃ“デスノート”だ。人間殺せるに決まってるだろ」
(……やっぱり……!)
膝が震える。
だが。
(でも……)
「なんで俺なんだ……!」
叫ぶ。
「偶然だ」
あっさり。
「落としただけ」
(ふざけてやがる……!)
だがその軽さが、逆にリアルだった。
「安心しろ」
リュークは言う。
「お前がどう使おうが、俺はただ見てるだけだ」
(見てるだけ……?)
「ゲームみたいなもんだ」
ニヤリと笑う。
「面白ぇだろ?」
ざわ……ざわ……
(ゲーム……?)
違う。
これは――
(命だ……!)
その頃。
班長は、静かに動いていた。
「映像、全部持ってこい」
低い声。
子分たちが走る。
地下の監視カメラ。
死んだ連中の直前の行動。
すべてを確認する。
再生。
早送り。
巻き戻し。
何度も。
「……」
だが。
何もない。
誰も手を下していない。
毒もない。
争いもない。
ただ――
倒れる。
「……チッ」
舌打ち。
(人為的じゃねぇ……)
そう判断する。
だが。
(気持ち悪ぃ……)
この“偏り”。
この“タイミング”。
偶然にしては出来すぎている。
「……まぁいい」
グラスを持つ。
「今はな」
だが目は笑っていない。
「こういうのは……」
一拍。
「“来る”前触れだ」
ざわ……
子分たちが息を呑む。
「しばらく締めるぞ」
命令。
「全員、動きチェックだ」
(何かが起きる)
班長は確信していた。
一方、カイジ。
(……使うしかねぇ……)
ノートを見つめる。
もう後戻りはできない。
だが問題がある。
(証拠……)
ただ死ぬだけでは意味がない。
金にならない。
地下では“金”こそがすべて。
(だったら……)
思考が回る。
ぐるぐると。
そして。
(渡させる……!)
ひらめく。
危険な。
だが魅力的な手。
次の日。
カイジは一人の男に近づいた。
「なぁ……ちょっと頼みがある」
弱々しく。
いつものカイジを装う。
「なんだ?」
「金……貸してくれ……次で返す……!」
ざわ……
男は迷う。
だが。
「……少しだけだぞ」
ペリカを渡す。
(よし……)
カイジは受け取る。
その瞬間。
(条件クリア……)
ノートのルール。
「顔と名前」
すでに把握済み。
そして。
(書く……!)
その夜。
ノートに名前を書く。
死因は――
“心臓麻痺”
時間は――
“金を渡した後”
ざわ……ざわ……
翌日。
その男は、作業中に倒れた。
「おい……!」
「またかよ……!」
ざわ……
ざわ……
そしてカイジの手元には。
“増えたペリカ”
(いける……!)
息が荒くなる。
(これで……増やせる……!)
だが。
その笑みは、どこか歪んでいた。
遠くで。
班長がそれを見ていた。
(……増えてやがるな)
カイジの金。
不自然に。
だがまだ――
(証拠はねぇ)
ただし。
(面白くなってきた……)
にやりと笑う。
ざわ……ざわ……
地下に。
静かな狂気が広がっていく。
第三話「二千万の誘惑」
ざわ……ざわ……
地下の空気は、今日も濁っている。
だが――その濁りの底で、
確実に何かが“熟して”いた。
伊藤開司のポケットには、
もはや“紙”ではないものが入っている。
(……二千万……)
指でなぞる。
ペリカの束。
積み上げた。
一人、また一人。
“偶然”に死んだ者たちの上に。
(ここまで来た……)
息が荒くなる。
だが、顔には出さない。
出した瞬間、終わる。
この地下で、“異常”は嗅ぎ取られる。
特に――
あの男には。
班長は、いつもの席に座っていた。
酒。
つまみ。
笑顔。
すべて“いつも通り”。
だが――
目だけが違う。
(増えすぎだ……)
カイジの金。
あまりにも急激。
だが証拠はない。
監視カメラも。
動線も。
人間関係も。
すべて“クリーン”。
(クリーンで金がある……つまりやってやがる……何かを……)
だが分からない。
だからこそ――
(面白ぇ……)
班長は笑う。
静かに。
(こういう時は……)
一拍。
(泳がせる……!)
カイジは、その視線に気づいていた。
(見てやがる……)
背中が焼ける。
だが――
(関係ねぇ……!)
ここまで来た。
あと一歩。
(殺す……班長を……!)
心の奥で、黒い決意が固まる。
だが。
(無理だ……)
すぐに否定する。
班長は“いい顔”をしている。
そして――
名前が分からない。
デスノートでは殺せない。
(だったら……)
別の手。
(チンチロ……!)
ざわ……
ざわ……
あの場。
あのルール。
あの“勝負”。
(あそこで……仕留める……!)
その夜。
カイジは口を開いた。
「……班長」
ざわ……
空気が変わる。
「なんだ?」
ゆっくりと顔を上げる班長。
「勝負、しようぜ」
ざわ……!
「……ほぉ?」
「二千万ペリカ」
その一言で。
場が凍る。
「お前……本気か……?」
「本気だ」
即答。
「二千万対二千万……一発勝負」
ざわ……ざわ……
狂っている。
誰もがそう思う。
だが。
(いい……)
班長は内心で舌を巻く。
(乗ってきたか……)
予想通り。
いや、それ以上。
(こいつ……)
“何か”を持っている。
確信に近い感覚。
(だが……証拠はねぇ……)
ならば。
(引きずり出す……!)
「いいだろう……受けてやる」
ざわっ……!!
空気が爆ぜる。
「ただし……」
班長は笑う。
「すぐじゃねぇ」
「……?」
「まずは軽く遊ぼうや」
ざわ……
その言葉に。
カイジは一瞬だけ眉を動かす。
(来た……)
接待。
揺さぶり。
心理戦。
(乗るしかねぇ……)
チンチロ。
コロコロ――
「シゴロ!」
「おおっ!」
歓声。
酒が進む。
笑いが広がる。
「カイジ、調子いいじゃねぇか!」
班長が言う。
優しく。
異様なほどに。
(……優しい……)
不気味。
だが――
(勝ってる……)
カイジは勝つ。
勝たされている。
分かっている。
だが。
(気持ちいい……)
脳が痺れる。
ざわ……ざわ……
(違う……これは罠だ……!)
分かっている。
だが止まらない。
(もう少し……)
もう少しだけ。
班長は、その様子を見ていた。
(いい顔だ……)
カイジの表情。
緩み。
油断。
欲望。
(人間はな……)
グラスを傾ける。
(勝ってる時に“壊れる”……)
今は与える。
徹底的に。
安心を。
快楽を。
(その後で……)
一気に刈る。
(全部な……!)
一方、カイジ。
(乗ってる……!)
サイコロが手に吸い付く。
勝ち。
また勝ち。
(いける……!)
だがその奥で。
冷静な自分が囁く。
(違う……)
(これは“餌”だ……)
分かっている。
だが――
(利用する……!)
この流れ。
この空気。
すべて。
(最後に……叩き潰す……!)
ざわ……ざわ……
「さて……」
班長が言う。
静かに。
「そろそろ……本番いくか?」
ざわっ……!!
空気が一変する。
笑いが消える。
緊張が走る。
カイジは、ゆっくりと頷いた。
「ああ……やろうぜ」
二千万。
対。
二千万。
(ここで……終わらせる……!)
(来い……!)
地下に。
静かな雷鳴が走る。
第四話「沈む二千万」
ざわ……ざわ……
空気が変わった。
さっきまでの“遊び”は終わり。
ここからは――
処刑場。
サイコロが、静かに転がる。
コロ……
止まる。
「……ヒフミ」
小さな声。
だがその響きは、重い。
「残念だな、カイジ」
班長の声。
柔らかい。
だが――底に鉄がある。
(……来た……)
伊藤開司は、喉の奥で息を殺す。
(流れが……変わった……)
さっきまでの勝ち。
あれは、やはり“餌”。
今は――
(刈り取る時間……!)
次の一投。
班長の番。
コロコロ……
止まる。
「シゴロ」
ざわっ……!
場が揺れる。
「おお……!」
歓声。
だがカイジの耳には届かない。
(早すぎる……)
流れが。
完璧すぎる。
(偶然か……?)
いや。
違う。
(イカサマ……!)
確信に近い。
だが。
(分からねぇ……!)
どこだ?
手か?
器か?
サイコロか?
(見えねぇ……!)
班長は、内心で笑っていた。
(かかってる……)
カイジの視線。
泳いでいる。
焦っている。
(いい……)
最高だ。
(見抜けねぇだろ……)
イカサマ。
それは“技術”ではない。
“環境”だ。
“空気”だ。
“流れ”だ。
(全部、俺の支配下……!)
「どうした、カイジ?」
優しい声。
「顔色悪いぞ?」
ざわ……
ざわ……
笑いが漏れる。
(くそ……!)
カイジは歯を食いしばる。
(落ち着け……!)
まだ終わっていない。
まだ。
(逆転できる……!)
だが。
現実は冷酷だった。
コロ……
「ヒフミ」
また。
「……悪いな」
班長の声。
「これも勝負だ」
コロ……
「シゴロ」
ざわっ……!
また。
まただ。
(ふざけるな……!)
心臓が暴れる。
(なんでだ……!?)
何度見ても。
何度考えても。
(分からねぇ……!)
ペリカが削られていく。
山が。
崩れる。
二千万が。
音を立てて消えていく。
ざわ……ざわ……
「残り……五百万」
誰かが呟く。
(もう……ここまで……!?)
早い。
あまりにも。
(こんなはずじゃ……!)
班長は静かにグラスを置いた。
(いいペースだ……)
完璧。
予定通り。
(こいつの“何か”……)
まだ見えない。
だが。
(その前に終わる……)
それでも構わない。
(潰せばいい……!)
カイジの手が震える。
サイコロを握る。
(落ち着け……!)
(見抜け……!)
だが。
(無理だ……!)
視界が歪む。
思考が散る。
(くそ……くそ……!)
「カイジ」
班長の声。
低く。
優しい。
「降りるか?」
ざわ……
ざわ……
(降りる……?)
その言葉が、甘く響く。
(逃げ道……)
だが。
(できるか……!)
ここで引けば。
すべて終わり。
借金。
地下。
地獄。
(……やる……!)
顔を上げる。
「続ける」
その一言。
だが。
声はかすれていた。
班長は笑った。
(いい……!)
それでこそ。
「そうか……」
ゆっくりとサイコロを取る。
(なら……)
「全部、もらう」
コロ……
転がる音が。
やけに大きく響いた。
カイジの中で、何かが崩れ始めていた。
(負ける……)
初めて。
明確に。
(このままじゃ……)
終わる。
(全部……)
失う。
(デスノートも……意味がない……)
ざわ……ざわ……
追い詰められる。
精神が。
限界へ。
(どうする……)
(どうする……!?)
そのとき。
ポケットの中で――
“あのノート”が、わずかに触れた。
(……!)
カイジの目が、揺れる。
(まだ……ある……)
最後の手。
禁じ手。
(使うか……?)
ざわ……
ざわ……
班長は、その変化を見逃さなかった。
(……来るか?)
何か。
決定的な。
(見せてみろ……カイジ……!)
目が細まる。
地下は静まり返る。
すべてが。
次の一手を待っている。
第五話「逆転の悪魔」
ざわ……ざわ……
沈みかけた空気の中で、ただ一人。
伊藤開司だけが――
“別の熱”を帯びていた。
(……ある)
まだ。
(勝ち筋……!)
ポケットの中。
紙の感触。
冷たい、確かな存在。
――デスノート。
(ここからだ……)
カイジはゆっくりと顔を上げた。
その目は、さっきまでの絶望とは違う。
濁っている。
だが――鋭い。
「……続ける」
低い声。
だが、その一言で空気が変わった。
班長はわずかに目を細める。
(変わった……)
さっきまでとは違う。
(何かあるな……)
その頃。
カイジの頭の中では、すでに“計算”が始まっていた。
(班長を直接殺せない……名前が分からない)
(だから……)
狙うのは“周囲”。
(環境を壊す……!)
カイジは、さりげなくメモ用紙を取り出した。
誰にも見えない角度で。
震える指で――
名前を書く。
(……こいつだ)
さっきから班長の横で控えている男。
サイコロを扱う“手”。
(こいつが……鍵……!)
コロ……
次の勝負。
班長の番。
(来るぞ……イカサマ……!)
だがその瞬間。
「……あっ」
小さな声。
班長の横の男が、手を滑らせた。
サイコロが――
予定外の動きで跳ねる。
コロコロコロ……
「……ヒフミ」
ざわっ……!
(外した……!?)
班長の眉が、わずかに動く。
(何だ……今の……?)
男は青ざめている。
(な、なんで……?)
手が震える。
(いつも通りやったのに……!)
だが――
数分後。
その男は突然、胸を押さえて倒れた。
「おい!?」
ざわ……ざわ……
「またかよ……」
地下では珍しくない光景。
“突然死”。
(……よし)
カイジの心が、静かに震える。
(効いた……!)
班長は、その様子を見つめていた。
(偶然……か?)
だが。
違和感が残る。
(タイミングが……出来すぎている……)
「続けるぞ」
班長は言った。
だがその声は、ほんのわずかに硬い。
カイジは次の一手に出る。
(もう一人……)
別の男。
イカサマの“補助”。
(こいつも……操る)
コロ……
今度はカイジの番。
(ここで……)
サイコロを投げる。
コロコロ……
止まる。
「……シゴロ」
ざわっ……!
「おお!?」
歓声。
(来た……!)
班長の目が、鋭くなる。
(おかしい……)
流れが。
(逆転しすぎだ……)
さらに次。
班長が仕掛ける。
だが。
その瞬間。
後ろの男がぶつかる。
「す、すみません!」
手元が狂う。
サイコロが崩れる。
「……目なし」
ざわっ……!
(……連続で……?)
班長の中で、警報が鳴る。
(偶然じゃない……)
カイジは心の中で笑う。
(いいぞ……!)
(環境を壊せば……イカサマは成立しない……!)
さらに追い打ち。
カイジはもう一枚、名前を書く。
(次は……)
“勝たせる”。
自分を。
数分後。
カイジの番。
コロ……
「ピンゾロ」
ざわっっっ……!!!!
空気が爆発する。
「来たぁ!!」
(決まった……!)
班長の表情が、初めて崩れた。
(……異常だ)
ここまで揃うのは。
ありえない。
(こいつ……何かやってる……!)
だが。
証拠がない。
(見えない……)
カイジは静かに言った。
「どうした、班長」
にやりと笑う。
「さっきまでの余裕は?」
ざわ……ざわ……
班長の中で、確信が芽生える。
(……こいつだ)
(何かを……仕込んでいる……!)
だが。
分からない。
(どこだ……?)
(何だ……!?)
カイジは、さらに追い込む。
「続けるよな?」
低く。
鋭く。
「二千万……まだ残ってる」
班長は、ゆっくり笑った。
だがその目は――
笑っていない。
(面白い……)
ここにきて。
(本性を見せたな……カイジ……!)
ざわ……ざわ……
勝負は、再び振り出し。
だが。
立場は逆転した。
(次は……)
カイジの中で、さらに危険な考えが膨らむ。
(班長本人……)
(操るか……?)
地下の空気が、重く沈む。
これはもう――
ただの賭博ではない。
第六話「怒りの演出、死の仕掛け」
ざわ……ざわ……
空気は、すでに“異様”だった。
伊藤開司の連勝。
そして、崩れ始めた秩序。
だが――
その中心にいる男は、なお笑っていた。
班長。
(まだ余裕か……)
カイジは、内心で舌打ちする。
(なら……崩す……)
「なぁ班長」
カイジは、わざとらしく肩を回した。
「……やってるだろ?」
ざわっ……
一瞬で静まり返る。
「イカサマ」
その一言。
空気が凍る。
班長は、ゆっくり顔を上げた。
「……証拠は?」
低い声。
だが圧は強い。
カイジは笑った。
乾いた笑い。
「ねぇよ」
ざわ……ざわ……
「でもな……」
一歩、前に出る。
「やってる」
言い切った。
(根拠はない……)
だが――
(押す……!)
カイジの戦法は単純だった。
論理ではない。
“圧”。
「さっきからの流れ……おかしいんだよ」
「お前の動きもな……」
指を突きつける。
「全部……臭ぇ」
班長のこめかみが、ぴくりと動く。
(挑発か……)
だが。
(効いている……)
周囲の視線。
疑念。
(空気が揺らいでいる……)
「やってねぇよ」
班長は吐き捨てた。
「証明できるか?」
「できねぇよ」
カイジは即答した。
「でもな……」
一瞬、間を置く。
「やってる奴は……分かる」
ざわっ……
(いい……)
カイジの中で、確信が膨らむ。
(食いついた……)
その裏で。
すでにもう一つの“仕掛け”が動いていた。
(――今だ)
カイジの視線の先。
一人の男。
(さっき書いた……)
操られた“部下”。
その男は、ふらりと席を立つ。
誰も気にしない。
地下では、よくあること。
男はトイレへ向かう。
ポケットから紙を取り出す。
そこには――
“班長の本名”。
震える手で、それを端に置く。
そして。
無表情のまま、食堂へ戻る。
(準備完了……)
カイジの心拍が上がる。
だが顔は――
怒りに満ちている。
「ふざけんなよ!!」
突然、叫ぶ。
「こっちは命張ってんだぞ!!」
ざわっ……!!
班長が立ち上がる。
「落ち着け、カイジ」
だが。
その瞬間。
カイジは掴みかかった。
胸ぐら。
「やってんだろ!!」
ドンッ!!
吹き飛ばす。
「カイジさん!!」
仲間が止める。
「やめろ!!」
「頭冷やせ!!」
カイジは荒く息を吐く。
「……チッ」
手を振り払う。
「……悪ぃ」
そして吐き捨てるように言った。
「ちょっと……冷やしてくる」
トイレ。
静寂。
(ここだ……)
カイジは紙を拾う。
震える手。
だが目は鋭い。
(これで……終わりだ……)
ポケットからノートの切れ端。
そして――
書く。
“班長の本名”。
死因。
「心臓麻痺」
時間。
“今から数分後”。
(完了……)
カイジは息を吐いた。
(戻る……!)
ざわ……ざわ……
空気はまだ荒れている。
カイジが戻る。
「……さっきは悪かった」
頭を下げる。
班長は、きょとんとした。
「……あ?」
予想外。
(何だ……急に……?)
だがカイジは続ける。
「でもな」
顔を上げる。
「チンチロは別だ」
空気が張り詰める。
「お前……まだ隠してるだろ?」
ざわっ……
班長の目が細くなる。
(来たか……)
「全部出せよ」
カイジは言った。
「限界まで」
班長は、笑った。
「……いいだろう」
その笑み。
狂気。
「受けてやる」
「いくらだ」
「……一億」
ざわっっっ……!!!!
地下最大の金額。
カイジも、笑う。
「こっちもだ」
「一億ペリカ」
ざわ……ざわ……
地下の空気が、異様な熱を帯びていた。
一億ペリカ。
それが無造作に、卓の中央へ積み上げられている。
紙幣ではない。
だが、ここではそれが命と同義だ。
一瞬で天国。
一瞬で地獄。
その境界線が――今、目の前にある。
カイジは、サイコロを握る指先の震えを、必死で押さえ込んでいた。
(まだだ……まだ死なねぇ……!)
頭の中で、時計が鳴っている。
カチ、カチ、カチ……
班長の死までの時間。
それだけが、唯一の勝利条件。
(終わらせるな……!この勝負……絶対に……!)
だが――
対面。
班長の目が、細く光る。
ギラリ。
「……妙だなぁ、カイジ」
その声は、いつもの甘さを残しながらも、底に鋭い棘を潜ませていた。
「さっきまでの勢いが……消えてる」
ざわ……
周囲がどよめく。
カイジの喉が、かすかに鳴る。
(気付いたか……!)
班長は、ゆっくりと体を前に乗り出した。
「お前……今、“勝とうとしてない”な?」
ドクン――
心臓が、大きく跳ねた。
(やべぇ……!)
図星。
完全な図星。
カイジは今、勝ちではなく“時間”を稼いでいる。
だが、それはつまり――
“勝負をコントロールしようとしている”ということ。
そしてそれは、この場においては――異常。
班長の口元が、にやりと歪む。
「なるほどなぁ……」
指先で、卓をトン、トンと叩く。
「何かある……裏がある……」
ざわ……ざわ……
空気が変わる。
観衆もまた、違和感を嗅ぎ取る。
カイジは笑う。
無理やり、歪んだ笑みを浮かべる。
「何言ってんだよ……班長……」
だが――
声が、わずかに震える。
それだけで十分だった。
班長の目が、確信へと変わる。
「……見えたぞ、カイジ」
低く、囁く。
「お前の弱点……!」
ズキン――
その言葉は、まるで刃のようにカイジの胸を刺した。
(弱点……!?)
班長は続ける。
「お前、“終わらせたくない”んだろ?」
「この勝負を……」
静寂。
誰もが、息を呑む。
カイジの思考が、凍りつく。
(バレた……!?)
完全ではない。
だが、核心に触れている。
班長はゆっくりとサイコロを掴んだ。
「だったらよ……」
にやり。
「終わらせてやろうじゃねぇか……!」
その瞬間――
「次で決める」
ドンッ!!
卓に叩きつけられる音。
「全掛けだ……!」
ざわあああああ……!!
場が爆発した。
一億対一億。
さらに――
全掛け。
つまり。
“この一投で全てが終わる”。
カイジの背中に、冷たい汗が流れる。
(来た……!最悪の手……!)
これを受ければ――
一瞬で勝負が終わる可能性。
つまり。
班長の死を待てない。
(ダメだ……受けたら終わる……!)
だが――
断れば。
不自然。
逃げ。
疑いが、確信へと変わる。
班長の目が、カイジを貫く。
「どうした……?」
「さっきまでの威勢は……どこ行った?」
ギリ……
カイジの奥歯が鳴る。
(クソ……!詰んでる……!)
いや――
違う。
(まだだ……!)
カイジの脳が、極限で回転する。
(時間を稼げ……!どうにかして……!)
そのとき――
ふと。
一つの“違和感”が、頭をよぎる。
(……班長は、知らない)
“自分が死ぬことを”。
(なら――利用できる……!)
カイジは、ゆっくりと顔を上げた。
そして。
震えを押し殺しながら――笑う。
「……いや」
「それはやめとこうぜ」
ざわ……
その一言で、場が凍る。
班長の眉が、ピクリと動く。
「……ほぉ?」
「逃げるのか?」
カイジは首を振る。
「違う……」
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「“もったいない”って言ってんだよ」
「一億なんてよ……こんな一投で終わらせるにはデカすぎる」
班長の目が細まる。
探るように。
舐めるように。
「……続けろ」
カイジは息を吸う。
そして――
「もっと“絞ろう”ぜ……」
低く。
囁くように。
「じわじわ……削り合う……」
「その方が……面白ぇだろ?」
ざわ……
観衆がどよめく。
班長の思考が、一瞬止まる。
(こいつ……)
揺らいだ。
ほんの一瞬。
カイジは見逃さない。
(乗れ……!その思考に……!)
「なぁ班長……」
「せっかくの祭りだ……」
「すぐ終わらせるなんて……野暮だろ?」
沈黙。
数秒。
永遠のような時間。
そして――
班長は、にやりと笑った。
「……いいだろう」
ざわあああ……!!
空気が、再び動き出す。
だがその裏で――
カイジの心臓は、限界まで鳴り響いていた。
(助かった……!)
だが。
まだ終わりではない。
(あと少し……あと少しで……!)
視線の先。
班長。
まだ生きている。
だが――
“死は、もうすぐそこだ”。
ざわ……ざわ……
運命の針が。
静かに。
確実に。
その瞬間へと――近づいていた。
ざわ……ざわ……
熱気が、まとわりつく。
息苦しい。
空気が重い。
その中心に――俺はいる。
伊藤開司。
(……ミスった)
頭の奥で、乾いた声が響く。
(長ぇ……三十分……!)
あのとき――トイレ。
震える手で名前を書いた瞬間。
俺は“安全”を選んだ。
戻ってすぐ死ぬのは不自然。
だから時間を置いた。
(三十分後……)
だが――
(バカか……俺は……!)
相手は。
班長。
ただの人間じゃねぇ。
違和感を食って生きる化け物……!
ざわ……ざわ……
視線が刺さる。
観衆。
熱狂。
そして――
班長の目。
細く、粘りつく。
逃げ場がねぇ。
「……妙だなァ、カイジ」
班長が言う。
その声は、柔らかいのに――刺さる。
「急に大人しくなった」
ドクン……
心臓が跳ねる。
(やべぇ……)
バレてる。
全部じゃねぇ。
でも――
違和感は掴まれてる。
(俺は今……勝ちにいってねぇ……)
そうだ。
俺の狙いは一つ。
この大勢の中で班長が死ぬこと。
それだけ。
勝ち負けじゃねぇ。
時間。
三十分。
それを――
(稼ぐだけ……!)
だがそれが。
この場では。
致命的に不自然。
「お前……」
班長が、にやりと笑う。
「終わらせたくねぇんだろ?」
ズキン――
頭に響く。
(核心……!)
ざわ……ざわ……
空気が揺れる。
周りも感じてる。
異変。
(クソ……!)
押し返せ。
平静を装え。
だが――
班長は止まらねぇ。
「ならよ……」
サイコロを持つ手。
静か。
だが確実。
「こっちは“終わらせにいく”」
コロ……
転がる。
その軌道。
おかしい。
だが――
見抜けねぇ。
(またか……!)
止まる。
「……シゴロ」
ざわっ……!
歓声。
どよめき。
(やられてる……!)
だが証拠がねぇ。
確信だけ。
俺の番。
(落ち着け……時間を稼げ……)
投げる。
コロ……
止まる。
「……ニゾロ」
ざわ……
空気が冷える。
班長の口元が歪む。
「弱ぇなァ……カイジ……」
(違う……!)
勝ちにいってねぇだけだ……!
だがそんな言い訳――
この場じゃ意味がねぇ。
次。
班長。
またしても――
滑らかすぎる動き。
コロ……
「……シゴロ」
ざわあああ……!!
(連続……!?)
おかしい。
だが――
崩せねぇ。
ペリカが削られる。
じわじわ。
確実に。
(時間……まだか……!)
頭の中で時計が鳴る。
カチ……カチ……
(あと何分だ……!?)
だがその焦りが。
俺をさらに鈍らせる。
「ほら……どうした?」
班長が笑う。
「攻めてこねぇのか?」
(攻められるか……!)
終わったら終わりなんだよ……!
だがその“守り”。
それこそが――
班長にとっての確信。
「やっぱりなァ……」
低く。
確信を持って。
「お前……ビビってる」
ざわ……
周りも頷く。
流れが――
完全に傾いた。
(違う……!)
だが。
もう遅ぇ。
コロ……
また班長。
「……ピンゾロ」
ざわあああああ!!!!
爆発。
歓声。
絶望。
(終わる……!)
一気に削られる。
俺の手元。
残り。
二千万ペリカ。
(八千万……持っていかれた……!)
頭が真っ白になる。
班長は、ゆっくり笑う。
勝者の顔。
余裕。
支配。
「どうした……カイジ?」
「さっきまでの勢いは?」
俺は何も言えねぇ。
ただ――
歯を食いしばる。
(まだだ……)
(まだ終わってねぇ……!)
頭の中に残るのは一つ。
死までの時間。
(その時が来れば……)
全部――ひっくり返る。
だが。
その前に。
潰される方が早い……!
ざわ……ざわ……
地下の空気は、完全に班長に傾いた。
だが――
誰も知らねぇ。
この勝負が。
サイコロじゃねぇ。
“死のタイミング”で決まるってことを……!
ざわ……ざわ……
空気は完全に、奴――
班長 に傾いている。
俺は、卓の前で項垂れた。
(……ここからだ)
呼吸を落とす。
あえて――沈む。
「……クソ……」
小さく吐く。
「もう……ダメかもな……」
ざわ……
観衆がざわつく。
班長の目が、細くなる。
(食いついたな……)
俺は続ける。
「二千万……残り二千万……」
笑う。
乾いた、諦めた笑い。
「どうやって勝てってんだよ……こんなの……」
(弱気……)
(徹底的に……弱気……!)
班長は、完全に“上”に立ったと錯覚する。
それでいい。
それで――
(時間を稼ぐ……!)
サイコロを持つ手。
震わせる。
わざとだ。
落とす。
拾う。
深呼吸。
また迷う。
「ちょっと……待ってくれ……」
時間が流れる。
1分。
2分。
3分。
ざわ……ざわ……
空気が間延びする。
だが。
誰も止めない。
“負け犬の悪あがき”にしか見えないからだ。
(よし……削れた……)
頭の中で時計が鳴る。
だが――
「……カイジ」
低い声。
班長だ。
「お前……」
ゆっくりと顔を上げる。
その目は――もう笑っていない。
「何を待ってる?」
ドクン――
心臓が跳ねる。
(気付いた……!?)
ざわ……
空気が変わる。
班長は、確信に近づいている。
「さっきから……遅すぎる」
「考えてる時間じゃねぇ」
「“稼いでる時間”だ」
(やべぇ……!)
核心。
ほぼ。
踏み込まれている。
俺は即座に崩す。
「違う……!」
「ただ……怖ぇんだよ……!」
声を震わせる。
演技じゃねぇ。
半分は本音だ。
だが――
班長は、もう引かない。
「なら、こうしよう」
その一言で。
空気が凍る。
「サイコロを振るまでの“時間制限”を設ける」
ざわ……ざわ……
(最悪……!)
それだけは。
それだけは――
絶対にダメだ。
「ふざけんな……!」
俺は即座に拒否する。
「そんなルールねぇだろ……!」
班長は、にやりと笑う。
確信。
勝利を掴んだ顔。
「やっぱりなァ……」
「お前……時間稼ぎしてる」
ざわ……
観衆も理解し始める。
違和感。
異常。
(マズい……!)
完全に読まれる。
だが。
班長はさらに踏み込む。
トドメ。
「いいぜ……条件をやる」
静かに。
だが、全員に聞こえる声で。
「時間制限を設ける代わりに――」
間。
そして。
「五千万ペリカ……くれてやる」
ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……
爆発。
歓声。
混乱。
「なっ……!?」
思わず声が漏れる。
五千万。
今の俺にとって――
救済。
いや。
奇跡。
班長は続ける。
「ルールの後出しだ」
「だからな……それくらいの“代償”は必要だろ?」
ざわ……ざわ……
誰もが納得する。
むしろ――
“好条件”。
(クソ……!)
普通なら。
乗る。
絶対に乗る。
だが俺は――
(乗れねぇ……!)
時間が消える。
それは。
負け確定と同義。
「……いや」
俺は首を振る。
ざわ……
空気が揺れる。
「そんな話……急すぎるだろ……」
「信用できねぇ……」
苦しい言い訳。
だが。
言うしかねぇ。
班長の目が、完全に細まる。
(確信したな……)
「おかしいなァ……」
班長が呟く。
「普通なら……飛びつく話だ」
ざわ……
観衆も気付き始める。
「五千万だぞ?」
「それを蹴る……?」
ざわ……ざわ……
ざわざわが、長く続く。
収まらない。
空気が――
“濁る”。
(……あれ?)
その違和感に。
俺自身も気付く。
(何だ……この空気……)
ただの疑いじゃない。
“何かを待ってる空気”
(違う……)
(俺だけじゃねぇ……?)
ざわ……ざわ……
ざわ……ざわ……
誰もが。
言葉にできない“違和感”を抱えている。
そして。
その中心にいるのは――
俺と班長。
班長は笑う。
だがその笑みは――
完全に“狩る側”の顔。
「いいぜ……カイジ」
「もう分かった」
低く。
確信を持って。
「お前……“何か”を待ってる」
ドクン――
(来る……!)
時間。
残り。
わずか。
だが――
このままでは。
その前に。
潰される……!
ざわ……ざわ……
地下の空気は、今。
勝負の“本質”に触れ始めていた。
ざわ……ざわ……
空気が濁る。
誰もが、違和感を抱えている。
だが、その正体は掴めない。
俺は――ふと、止まった。
一呼吸。
ほんのわずか。
だがその一瞬で、
自分の異常さに気付く。
(……俺……)
(おかしい……)
五千万ペリカ。
普通なら飛びつく。
いや、地下にいる人間なら――
狂喜乱舞して当然の金額。
それを俺は。
拒んでいる。
(バレる……!)
思考が走る。
(時間を稼いでることが……)
(完全に見抜かれる……!)
なら――
逆だ。
俺は顔を上げた。
「……分かった」
ざわ……
「その条件……飲む」
「時間制限、受け入れる」
どよめき。
「五千万……受け取る」
班長――
班長 の口元が歪む。
(食いついた……!)
だが。
それでいい。
金を受け取る。
重い。
現実の重み。
俺はゆっくりと、卓へ近づく。
その時――
見た。
一瞬。
ほんの一瞬。
班長の手元。
(……隠した……?)
ざわ……ざわ……
サイコロ。
掌の中で。
不自然に。
(今……)
(何かした……!)
ざわ……ざわ……
違和感。
確信には届かない。
だが――
ある。
(イカサマ……!)
心臓が跳ねる。
だが。
ここで慌てるな。
(見る……!)
(全部……!)
班長がサイコロを振る。
コロコロ……
乾いた音。
その瞬間――
ククク……
ざわ……ざわ……ざわ……
(……!?)
音。
いや、違う。
“気配”。
背後。
リューク。
奴が――
笑っている。
(なんで……笑う……?)
思考が繋がる。
一瞬で。
(サイコロ……)
(今の手の動き……)
(そして……リュークの反応……)
確信。
(……やってる)
(班長……サイコロにイカサマしてやがる……!)
ゾクッ――
だが同時に。
(勝てる……!)
確信が、恐怖を塗り替える。
俺は静かに息を吐く。
(冷静に……)
(全部、見える……!)
次の一手。
次の動き。
班長の“仕込み”が見える気がする。
そして――
俺は、振る。
コロ……
勝ち。
ざわ……
また振る。
勝ち。
ざわあ……
さらに。
勝ち。
「お、おい……」
「カイジ……」
流れが変わる。
完全に。
班長の顔が歪む。
(読める……!)
(全部……!)
イカサマの癖。
タイミング。
手の動き。
(今なら……!)
俺は攻める。
勝ち。
勝ち。
勝ち。
ざわああああああ!!!!
「なんだよこれ……!」
「連勝……!?」
地下が揺れる。
俺の中で。
何かが弾ける。
(いける……!)
(いける……いける……!)
笑いが込み上げる。
(班長……!)
(てめぇのイカサマ……)
(全部、見えてんだよ……!)
さらに張る。
さらに勝つ。
気付けば――
王手。
あと一歩で。
完全勝利。
ざわ……
ざわ……
誰もが息を呑む。
その時。
ふと。
(……ん?)
頭の奥で。
何かが引っかかる。
ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……
(待て……)
(俺……何してる……?)
視線が、班長に向く。
まだ――生きている。
(時間……!)
思い出す。
死の指定。
(三十分後……!)
時計。
(あと……七分……!)
ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……
血の気が引く。
(まずい……!)
勝ちすぎた。
(このまま終わる……!)
チンチロが終わる。
↓
人が散る。
↓
班長が死ぬ。
↓
アリバイが消える。
(終わる……!)
完璧だった計画が。
ここにきて。
崩れる……!
ざわ……
ざわ……
観衆は気付いていない。
だが俺だけが知っている。
この状況の“歪み”。
(どうする……!?)
勝てば負ける。
負ければ終わる。
矛盾。
極限。
地下の空気が、再び狂い始める。
(ここからだ……)
本当の勝負は。
まだ終わっていない。
ざわ……
ざわ……
あと七分。
たった七分。
だが――
班長相手では永遠にも等しい時間。
(終わる……このままじゃ……)
俺は、指先に汗を滲ませながらサイコロを掴む。
視線。
全員が俺を見ている。
(ここで勝てば……)
(終わる)
勝利=敗北。
その矛盾が、俺の手を鈍らせる。
(なら……)
一瞬。
思考が弾ける。
(“落とす”……!)
次の瞬間――
ポロッ……
サイコロが、卓から零れ落ちた。
「……あ」
静寂。
「……しょんべんだな」
低く。
確信を持って告げる声。
班長。
ざわあああああ!!!!
「マジかよ!!」
「ここで!?」
ルール。
絶対のルール。
振りこぼし=無条件敗北。
俺は――負けた。
(よし……!)
内側では。
叫びそうになる。
時間は稼げた。
だが――
「……おかしいな」
ざわ……ざわ……
空気が、変わる。
班長の声。
「お前……」
じっと、俺を見ている。
「さっきまで……」
一歩、近づく。
「“勝ちすぎてた”よな?」
ざわ……
(来た……!)
違和感。
当然だ。
あの流れ。
あの勢い。
それが――
自滅。
「王手だった」
班長が呟く。
「あと一歩で勝ち」
「それを……」
間。
「“落とすか?”普通」
ざわ……
ざわ……
誰も答えない。
(読まれる……!)
だが。
ここで揺れるな。
俺は俯く。
「……手が滑っただけだろ」
か細い声。
演技。
だが。
班長は、笑わない。
むしろ――
静かに。
目を閉じた。
(……考えてやがる)
空気が、凍る。
班長の中で。
何かが、繋がり始める。
「連勝……」
ぽつり。
「異常な読み……」
「そして――」
ゆっくりと目を開く。
「この“しょんべん”」
(まずい……)
思考が回る。
奴の中で。
「……時間か?」
その一言。
ドクン――
心臓が跳ねる。
(やばい……!)
班長の目が細まる。
「お前……」
「“時間を待ってる”な?」
ざわあああああ!!!!
完全に。
踏み込んできた。
(ここで崩れるな……!)
だが。
班長はもう止まらない。
「勝てる場面で勝たない」
「負けてでも、時間を引き延ばす」
「つまり――」
一歩。
詰め寄る。
「勝負の外に目的がある」
(読まれた……!)
だが。
まだだ。
まだ終わってない。
班長の思考は続く。
「じゃあ何を待つ?」
「助けか?」
「いや……地下にそんなものはない」
「なら――」
一瞬。
ほんの一瞬。
思考が止まる。
(……?)
班長の中で。
“答え”に届きかけた何かが――
引っかかる。
「……いや」
首を振る。
「そこまでは飛躍だな」
(助かった……!)
まだ。
決定打には至っていない。
だが。
(時間は……)
残り。
わずか。
ざわ……
ざわ……
場の空気は完全に変わった。
これはもう――
ただのチンチロじゃない。
正体の探り合い。
心理戦の最終局面。
(あと少し……)
(あと少しで……終わる……!)
だが同時に。
班長の中でも。
確信が芽生え始めていた。
(こいつ……)
(何かやってやがる……)
静かに。
だが確実に。
追い詰められているのは――
どちらだ?
ざわ……
ざわ……
異様だった。
空気が、どこか“歪んでいる”。
俺――カイジは、それを肌で感じていた。
(何か来る……)
だが、その“何か”は、サイコロではない。
コロ……
次の一投。
班長が振る。
出目は――
悪くない。
いや、むしろ。
“拾える”出目。
だが。
コロ……
わざと。
ほんのわずかに、力を抜く。
サイコロは、卓の端をかすめ――
ポロッ……
落ちた。
ざわあああああ!!!!
「おい!?」
「班長が!?」
しょんべん。
班長の負け。
だが――
(……おかしい)
ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……
俺の中で、警鐘が鳴る。
(この人間が……ミスる?)
その瞬間。
班長は、俺を見ていた。
まっすぐに。
(やはり……)
観察。
ただ、それだけのための“負け”。
「……どうした、カイジ」
ぼそり。
だがその声は、俺にだけ届く。
「今度は……嬉しくねぇのか?」
ドクン――
(読まれてる……!)
俺は無理やり笑う。
「はっ……当たり前だろ」
「勝ったんだぞ?」
だが。
班長は、笑わない。
(違う……)
「お前……」
さらに声を落とす。
「勝負してねぇな」
その一言。
全身の血が、凍る。
(まずい……!)
だが次の瞬間。
班長の口が、わずかに歪んだ。
そして――
「なぁ……カイジ」
さらに低く。
「最近、地下でよ……」
一瞬、間を置く。
「心臓麻痺、多くねぇか?」
ドクン――!!!!
ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……
ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……
(……!!?)
来た。
最悪の角度。
(なんで……気付く……!?)
「偶然か?」
「それとも――」
じっと、俺を射抜く。
「お前か?」
ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……
ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……
心臓が、暴れる。
(やばい……)
(やばい……!!)
思考が、崩れる。
「な、何言ってやがる……」
声が、震える。
(しまった……!)
その“震え”。
班長は、見逃さない。
(確信)
「図星か」
静かに。
だが、決定的に。
その瞬間。
(終わる……)
このままでは。
崩れる。
すべて。
俺は――
叫んだ。
「全掛けだ!!!!」
ざわあああああああ!!!!!!
空気が、爆発する。
「なにぃ!?」
「マジかよ!!」
観客のどよめき。
怒号。
歓声。
音の洪水。
(これでいい……!)
声を、かき消す。
“あの会話”を、埋める。
班長は、一瞬だけ目を細めた。
(逃げたか……)
だが。
すぐに笑う。
「……いいだろう」
その一言で。
地下が、震えた。
「全掛けだ」
ざわあああああああ!!!!!!
ペリカが積まれる。
山。
山。
山。
1億――対――1億。
史上最大。
「やれ!!」
「いけええええ!!」
狂気。
だがその中心で。
俺と班長だけは。
静かだった。
(逃がさねぇ……)
班長の目。
(終わらせる……!)
俺の目。
コロ……
サイコロが、置かれる。
その瞬間。
すべてが止まる。
時間。
空気。
呼吸。
そして――
死。
(来い……!)
俺は祈る。
残り時間――あとわずか。
コロ……
転がる。
運命。
地下最大の一投が――
今、落ちる。
静寂。
ざわめきが、逆に遠のく。
音が消えた。
いや――
消えたように感じるほど、張り詰めている。
コロ……
サイコロが転がる。
遅い。
異様なほどに、遅い。
まるで。
世界が、その動きに合わせて“減速”しているかのように。
(……これが最後だ)
俺――カイジは、目を離さない。
(イカサマは、していない)
今回は違う。
誤魔化しも。
細工も。
操作も。
一切なし。
(純粋な勝負……)
だからこそ。
怖い。
(運だけ……!)
心臓が、喉元までせり上がる。
(……いや)
違う。
(ここまで来たのは、運だけじゃない)
積み上げてきた。
疑い。
恐怖。
計算。
(全部だ……!)
そのすべてを背負って。
コロ……
サイコロは、まだ転がっている。
一方で。
班長。
(……見えている)
彼の思考は、静かだった。
(カイジ……)
(お前は何かを隠している)
確信。
だが――
(それが何かは分からない)
そこだけが、霧。
(だが、いい)
目を細める。
(勝てばいいだけだ)
単純。
だが絶対。
(この一投で終わる)
コロ……
サイコロが、跳ねる。
カタン……
一つ、止まる。
全員が、息を呑む。
二つ目。
カタン……
残り、一つ。
(来い……!)
俺の中で、叫びが弾ける。
(時間は――)
まだ。
まだ足りている。
だが。
(ここで負けたら終わりだ……!)
金も。
未来も。
すべて。
(……頼む)
最後のサイコロが、回る。
ゆっくり。
ゆっくりと。
そして――
カタン……
止まった。
一瞬。
“誰も理解できない間”。
そして。
「――っ!!」
誰かが、叫ぶ。
「カイジの……!」
「勝ちだあああああああああ!!!!!!」
爆発。
ざわあああああああああああああ!!!!!!
歓声。
絶叫。
狂乱。
「すげええええ!!」
「マジかよ!!」
「勝った!!勝った!!」
ペリカが揺れる。
人が跳ねる。
空気が震える。
俺は――
しばらく、動けなかった。
(……勝った)
遅れて。
現実が、流れ込む。
(勝った……!!)
膝が、笑う。
息が、戻る。
その時。
ふと。
“違和感”。
歓声の中。
異質な“静けさ”。
俺は、見る。
班長を。
班長。
(……?)
立っている。
だが。
動かない。
ピクリとも。
「班長……?」
誰かが呼ぶ。
次の瞬間。
ガクン――
崩れた。
ざわ……?
「お、おい……?」
「どうしたんだ……?」
近づく。
顔色。
青白い。
目は、虚ろ。
そして。
「……心臓……?」
誰かが呟く。
理解が、広がる。
遅れて。
ざわ……
ざわ……
ざわあああ……
歓声は、完全に消えていた。
その代わりに。
恐怖。
ざわめき。
そして。
“偶然”という名の、不気味な納得。
(……終わった)
俺は、ただ立っていた。
勝利の中心で。
だが。
胸の奥で。
何かが、静かに笑っている。
(これが……)
(俺の勝ち方だ)
ざわめきの中。
地下は。
確実に、変わった。
ざわめきは、やがて“日常”へと戻っていった。
あの夜の騒動は。
あまりにも大きく、あまりにも異様で。
そして――あまりにも“それらしく”片付いた。
「ショック死……らしいな」
誰かが言う。
班長。
地下を支配していた男の最期は、あまりにも呆気なかった。
巨額のペリカを失い。
積み上げてきた地位も、威厳も、一瞬で崩壊。
その衝撃。
その絶望。
それに耐えきれなかった――
ただ、それだけの話。
誰も。
深くは追及しなかった。
いや、違う。
“追及しないこと”が、この地下で生きる者の知恵だった。
ざわ……
「まぁ……仕方ねぇよな」
「ありゃ死ぬわ……」
納得。
諦め。
そして。
どこかの安堵。
支配者は、いなくなった。
その夜。
地下は、かつてないほどの熱気に包まれた。
「おいカイジ!!」
「やったなあ!!」
カイジは、囲まれていた。
「今日は奢りだ!!」
ビール。
ビール。
ビール。
泡が弾ける。
笑いが弾ける。
「乾杯だあああああ!!!!」
ガシャン!!
ジョッキがぶつかり合う。
その音は、まるで――
鎖の切れる音のようだった。
(……終わった)
俺は、静かにそれを見ていた。
(本当に……終わったのか?)
胸の奥。
わずかな“空白”。
だが。
ぐい、とビールを飲み干す。
苦い。
だが、確かに“うまい”。
「カイジぃ!!もっと飲め!!」
笑う。
笑ってしまう。
(ああ……)
(生きてる……)
その実感だけが、すべてだった。
***
翌日。
地下は、静かだった。
あの狂騒が、嘘のように。
「夜明けだ……」
誰かが呟く。
鉄の扉。
重い音を立てて、開く。
ギィィィィ……
光。
まぶしいほどの。
現実の光。
「出ろ」
短い命令。
俺は、歩き出す。
一歩。
また一歩。
背後に残るのは――
暗闇。
汗。
絶望。
そして。
“勝ち”。
振り返らない。
(もう……戻らない)
地上。
風が、違う。
空気が、違う。
空が――広い。
俺は、立ち止まる。
深く、息を吸う。
(ここからだ)
まだ何もない。
金はある。
だが、それだけだ。
(だが……いい)
口元が、わずかに歪む。
(何度でもやり直せる)
それが。
“勝った人間”の特権だ。
遠くで。
誰かが笑っている気がした。
あの、乾いた声。
だが、振り返らない。
俺は、歩き出す。
新しい場所へ。
新しい賭けへ。
そして。
まだ見ぬ“地獄”へ。
――旅立ち。
デスノートを持たせるキャラクターは、基本的に両津、ウシジマ君、カイジ、ルルーシュなど、アウトローな主人公にしようと考えていた。ただ、カイジに関しては、デスノートを使ったとしても、Lのような探偵が相手ではすぐに敗北してしまう未来しか見えなかったため、班長と戦わせる構成にした。
Lと対峙させたバージョンの物語も存在するが、カイジがあまりにも不利で、作品としてはやや粗い出来になってしまっている。そのため、公開するかどうかは現在も検討中である。
本作では、デスノートを本来の「即時の死」をもたらす道具としてではなく、「死の時間までの攻防戦」を描くための装置として用い、短編としてまとめた。班長の死自体は確定しているものの、その死までの時間が長すぎるがゆえに、逆にカイジが追い詰められていく構造になっている。
このような展開は、月やLがデスノートを手にした場合にはまず起こりえない。極限状況で揺れ動くカイジだからこそ成立する物語である。
次の対戦相手にして欲しいのは
-
利根川
-
会長
-
L
-
和也
-
じゃんけんポーカー
-
完結でいい