翌日。
太陽が高く昇り始めた荒野を、一台の黒いバイクが土煙を上げて疾走していた。
野営を終えた光太郎は、手塚から提供された端末のナビゲーションを頼りに、葵が保護されているという『習志野ドーム』へと向かっていた。
――昨夜、セラフ基地を出発する直前のこと。
『これを持っていって』
手塚は、一枚のプラスチックカードを光太郎に手渡した。
『これは……IDカードか』
『ええ。これがあれば、表向きは一般人としての身分を証明してくれるわ』
光太郎は手の中のカードと、手塚の顔を交互に見る。
『俺はただのドーム住民じゃない。基本は外に出て、あちこちを転々とすることになるだろう。怪しまれないか?』
『だから、あなたには「運び屋」としての身分を与えるわ』
手塚は淡々と説明を続けた。
『軍とは別で、各ドーム間を行き来して物資を届ける仕事をしているという体裁なら、その怪しさは消えるわ。……大阪ドームにいた時も、似たようなことをしていたと言っていたでしょう?』
『なるほど……分かった』
光太郎は手塚の周到な根回しに感心しながら、そのカードをポケットへとしまった。
◆ ◆ ◆
そして現在。
習志野ドームの巨大なゲートをくぐり抜け、光太郎は指定された駐輪スペースにバトルホッパーを停めた。
IDカードを提示して内部へと足を踏み入れると、そこには光太郎の想像とは少し違う光景が広がっていた。
ドームという名前がついているものの、天井が丸く覆われているわけではない。巨大なキャンサーの抜け殻を利用した堅牢な防壁によって外敵から完全に隔絶されているだけで、頭上には澄み切った青空が広がり、暖かい日差しが居住区を照らしている。
(大阪ドームよりは多少設備が整っているが、あの最新鋭のセラフ基地に比べるとやはり簡素だな……。どこのドームも、人々が身を寄せ合って暮らす似たような環境なのかもしれない)
光太郎が周囲の居住区を観察しながら歩いていると、ふと、視界の端に見覚えのある小さな後ろ姿を捉えた。
(ん? あれは……)
「葵、体の具合はどう?」
「うん、大丈夫だよ。私は重傷を負わなかったし、こうして外に出られるくらいには回復してるかな」
少し離れた広場で、手に白い包帯を巻きながらも、自分の足でしっかりと歩いている葵の姿があった。その隣には、彼女を気遣うように寄り添って歩く、同い年ほどの少女の姿がある。
(……そうか。ここのドームに、もう馴染めていたのか)
新しい友達らしき少女と会話する葵の横顔は、大阪ドームを失った悲しみを抱えながらも、少しだけ前を向いているように見えた。
その姿を確認できただけで、光太郎の胸の奥にあった重いしこりがスッと溶けていく。
(俺が今ここで声をかけるのは、藪から棒になってしまうかもしれないな。……彼女の新しい日常を、俺のような余所者が邪魔するべきじゃない。外に戻るか)
葵の無事を見届けた光太郎は、それだけで満足し、静かに踵を返そうとした。
その時だった。
ドンッ!
背後から歩いてきた巨大な図体の男と、光太郎の肩が勢いよくぶつかった。
「どすしゃい! すまないったい!」
「いや、こちらこそすまない」
咄嗟に謝罪を返した光太郎だったが、目の前の男を見て思わず目を見開いた。
(やけにガタイがいいな……まるで力士じゃないか)
「ん? あんた、見かけない顔っしゃい」
男が不思議そうに首を傾げる。
(そうだろうな。俺は今来たばかりだからな……「今北産業(いまきたさんぎょう)」ってところか。……って、なんで俺の頭にこんなネットスラングが出てくるんだ!? 昨夜の少しの会話で、あの國見タマの言葉遣いに影響を受けすぎたのか……?)
光太郎は内心で頭を抱えながらも、表面上は冷静を装って咳払いをした。
「ああ。俺は運び屋なんだが、このドームには今来たばかりでな。あんたが知らないのも無理はない」
「そうたいか……! そいつは、遠いところご苦労してるたいね」
「あんたは……その体格、ちゃんこ屋か何かか?」
「氷菓子屋ったい!」
男はビシッと親指を立てて、白い歯を見せた。
「……そうか」
(その力士のような風貌でアイス屋か……人は見かけによらないな)
「今日はなんと、『HARM(ハルム)』があるたい!」
「ハルム?」
「滑らかな氷菓子に、極上のチョコをコーティングしたやつっしゃい! 口どけがとてもいいったい!」
「いやそれ、前の時代にあった『パル○』……いや、なんでもない。……気が乗れば寄らせてもらう」
「ぜひ寄ってってくれったい! どすしゃい!」
男はそう言うと、ズリ、ズリ、と見事なすり足で広場の方へと移動していった。
(あの尋常じゃない熱量で、アイスを売っているのか……。平和なドームだな)
光太郎が呆気にとられ、その場を離れるのをすっかり忘れて立ち尽くしていると。
ふと、背後から控えめな声がかけられた。
「……光太郎……さん……?」
「!?」
光太郎がハッと我に返って振り向く。
そこには、氷菓子屋との奇妙なやり取りに気を取られている間に、いつの間にか光太郎のすぐ隣まで歩み寄ってきていた葵が、信じられないものを見るような瞳で立っていた。