最初の挑戦者は、井田さん、秋毫さん、佐波さん、千三郎さんの四人だった。
俺たちは未成年で参加できないこともあり、スタジオでのモニター前に残ることになる。
「勝ったな。俺ァ酒には強ぇからな」
千三郎さんが自信満々に胸を張ると、酒寄さんが静かに釘を刺した。
「千三郎さん、お酒に強いのと味がわかるのは別ですよ」
「わかってますって酒寄さん。バッチリ決めてくらぁ」
テーブルには、二種類のワインが並べられた。
Aのワインは、スーパーなどでも買える千円のワイン。
Bのワインは、シャトー・ペリュトス。
フランス、ポムロールで造られる世界最高峰のワインの一つだ。
『では、Aのワインからどうぞ』
最初に挑戦するのは、井田さんだった。
『ふむ……』
グラスを傾け、ゆっくりと味わう。
理屈をこねるでもなく、静かに舌で確かめている顔だった。
続けてBを口に含むと、少しだけ目を細めた。
『……こっちだな。香りが深い』
迷いのない足取りで、井田さんはBの部屋へと進んでいった。
「井田さん、めっちゃ落ち着いてるな」
「そりゃワイン好きで有名だもの。これは楽勝ね」
朝香が感心したように頷く。
あの人ほど背中で語る漢が似合う人もいないだろう。
次に挑戦するのは、秋毫さんだった。
『んー、私、正直あんまり自信ないんのよねぇ』
困ったような顔をしながらも、Aのグラスに口をつける。
『もう一口、確認させてもらってもいいですか?』
スタッフの許可を得ると、秋毫さんはさらにグラスを傾けた。
『あ、やっぱりもう一口だけ』
「ノノさん、それもう味の確認じゃなくて、ただ飲んでるだけですよね!?」
萌絵のツッコミが飛ぶが、当然向こうには聞こえていない。
『あっ、違いますよ? シャトー・ペリュトス飲めるチャンスだーとか思ってないですからね?』
「銘柄まで当てとるやないか! 君の先輩どうなってるん?」
「すみません……あの人、個人チャンネルで酒を飲み歩く企画やってるので……」
小浜さんと萌絵が話している内に、秋毫さんはさらにおかわりをしていた。
『……やばい、どっちがどっちだったっけ?』
最終的に、秋毫さんは飲んでいる内にどっちがどっちだかわからなくなりAの部屋へと入っていった。
「外してますがな! 何やってんすかノノさん!」
萌絵が頭を抱える。
「あの人、中堅の中でもトップクラスの凄腕声優よね?」
「確か、四年前の声優アワードで主演女優賞取ってた気がするんだが……」
「どうして……どうして……」
朝香が呆れたように呟くと、萌絵は両手で顔を覆っていた。
続いて、チームエコドル。佐波さんの番になる。
『私、お酒は飲めるけど、味の違いとなると、その、あまり自信が……』
グラスを両手で持ったまま、佐波さんは明らかにおろおろしていた。
『どうしよう、どっちも美味しく感じちゃう……』
視線がAとBの間を、何度も往復する。
『んー……』
しばらく悩んだ末、佐波さんは意を決したようにAではなくBを指差した。
『こっち、な気がします』
まったく確信のなさそうな声だったが、それでもBの部屋へと足を進めていく。
「さっすが、四音さん」
ルナが微笑ましそうに呟いた。
「あの人が自信ないときって、だいたい信じていいやつなのよねー」
「それ褒めてるの?」
「褒めてるよー」
『おっ、四音ちゃん。いらっしゃい』
『よかったー! 井田さんがいるなら絶対大丈夫だぁ……』
Bの部屋に入った佐波さんは、井田さんを見た瞬間、心の底から安堵したようにソファーへ崩れ落ちていた。
最後に、千三郎さんの番がやってきた。
『ワインというものは、土壌と気候、それから熟成年数、この三つで全てが決まる』
グラスも傾けずに、まず講釈から入る。
「おっ、いつものが始まったな」
「千三郎さん。先に飲んでほしいんだがね……」
小浜さんは慣れた様子でモニターを眺め、酒寄さんは苦笑していた。
『昔、フランスの畑で生産者に直接話聞いたことがある。こりゃ楽勝だな』
「お願いだからそれ以上語らないで! 前振りにしか聞こえないよ!」
頭を抱えた酒寄さんが思わず声を張り上げる。
「相変わらずペラペラしゃべるおっさんやなー!」
小浜さん自身も芸能人の中じゃ大御所よりだが、千三郎さんにここまで言える人はそういない。
格付けでよっぽど慣れているのか、自然に千三郎さんをディスっていた。
千三郎さんはようやくグラスに口をつけ、目を閉じて数秒黙り込んだ。
『……こりゃ、Aだな。フランスの土の香りを感じる』
「あのおっさんは何言うとるんや」
「千さん……それ、国産だよ」
スタジオのリアクションを他所に、千三郎さんは自信たっぷりにAの部屋へと足を向けた。
全員の選択が出揃ったところで、小浜さんがカメラの前に立った。
『さぁ、それでは結果発表いきましょか。正解は……Bです!』
井田さん、佐波さんのいる部屋のドアが開いた。
「よっしゃ!」
「さすが井田さん!」
俺と朝香は思わず拍手をしていた。
「やっぱり井田さんは信頼できるな!」
「あの人が迷わないときは、まず外さないもの!」
二人で顔を見合わせて喜んでいると、続いてAの部屋のドアが映し出される。
そこには、秋毫さんが肩を落としている姿が映し出されていた。
「ノノさん……」
『お酒美味しかったなぁ……』
「反省してないですよね、あれ」
そして、千三郎さんは本気で悔しがっていた。
『カァー、惜しかった……』
「二択で惜しいも何もないでしょうよ」
ひとまず、俺たちプライベートAIチームは一流芸能人を維持したまま次の格付けチェックへ挑むのであった。