リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
3 生徒会での調停申出受領、調停委員
翌日の放課後、西日が生徒会室の長卓を端から半ばまで染めている。卓の中央には申立書と代理人申請書、別室許可証が重ねて置かれ、その前にエドワルド様が着いていた。役員が席を埋めていくなかで、いつもと違うのは会長席の横である。そこには椅子が二脚並べられ、アレクシス殿下とイザルト様が着いた。
私が席に着くと、自分が署名した代理人申請書の隣には、エドワルド様を相手方代理人とする書面が揃い、申立書と合わせて一式の手続書類にまとめられていた。昨日ユスティナに託したのは、ドルリス様について正式な調停が申し立てられることだけである。
そこから一日で、ドルリス様本人への確認と代理の受任を済ませただけでなく、こちらの提出書類まで整えている。第一王子の近衛に関する問題を知らせれば動くだろうとは考えていたが、ここまで仕事を終えているとは思っていなかった。
今朝、生徒会からアレクシス殿下が生徒会役員会議に参加するという通知が来た。役員にはすでに通知されているが、それを改めて確認するために、第一王子が議事に先立ち、その経緯を話し始める。
「昨日のアレクシス殿のお申し出について、今日の議事に限って傍聴を認めることにした。今回の会議は、申出の受理から期日と調停委員を決めるところまでの手続のみであり、当事者の事情については触れないためである。そして、ここで知ったことを外へ出された場合には、留学を打ち切ることに同意していただき、会議での席を用意した」
アレクシス殿下は一度だけ頷き、イザルト様も異議を示さなかった。アレクシス殿下は、少しでも生徒会に関われる道を探っているのだろう。この手続を口外して得られるものが留学を打ち切られる危険に見合うとは思えず、この制限を負ってでも生徒会役員の人柄や能力を知るために会議へ入る方が、彼にとっては利益があるのだろう。
アレクシス殿下の傍聴についての話を終わらせ、本題に入るため、第一王子がエドワルド様へ視線を向ける。それを受けて、卓上の書類を一式に整えたエドワルド様が、そのうちの申立書を手に取った。
「役員にも従来どおり守秘義務があります。その前提で、リットン男爵家ジェーン嬢から提出された調停の申出を扱います。私は相手方の代理人ですので、申立ての内容には触れません。申立書と代理人申請書について、受理に必要な記載が揃っているかをご確認ください」
申立書と二通の代理人申請書が、エドワルド様の手元から役員の間を回った。私も、申立書に申立人と相手方、調停を求める旨が記されていることと、二通の代理人申請書に、それぞれ当事者による選任と代理人本人の同意が記されていることを確かめる。書類が一巡し、最後に第一王子の手元へ渡ると、しばらく確認したのち、頷いた。
「受理に必要な記載は揃っているようだな。ほかの役員からも不足の指摘はないようなので、今日付で受理することにする」
第一王子が申立書を戻すと、次にエドワルド様は、卓上に置かれていた別室許可証を手に取った。調停手続の流れを確認するために必要なことを、順に確かめていくのであろう。
「申立人には、相手方と同席せず、別室から調停を聞くことが認められています。相手方と同席しなくても、最終的な判断は本人が行えるようにするための措置です。ただし、申立人が別室にいることを知った者は、その事実を相手方本人はもとより、この場にいない第三者へ伝えてはなりません。相手方代理人である私も例外ではありません」
相手方の代理をしながら、役員として知ったことの一部をドルリス様へ伝えることはできない。それでもエドワルド様は二つの立場を区別し、制度上の義務を先に置いていた。
ここで、アレクシス殿下が第一王子に発言の許可を求めた。傍聴人に発言権はないが、会長が必要と認めた場合には質問を許すことができる。そのため、第一王子は許可するかを一瞬迷うように眉を寄せたものの、アレクシス殿下の発言を認めた。
「では一つ。役員が守秘義務に違反した場合は、生徒会での役職や資格を失う。一方、客員である私どもは、同じ守秘義務への違反で留学資格そのものを失う。この差は大きすぎるのではありませんか。客員についても、以後の傍聴を認めないという処分に留めれば、役員との均衡は取れるように思いますが」
アレクシス殿下は、口元にわずかな笑みを浮かべながら周囲を見渡す。生徒会役員が自分の発言をどう取ったのか、その理屈のどこが通らないかを理解できているのかを、各々の表情から判断しているのであろう。これ以上、アレクシス殿下に判断材料を与えたくはない。彼の対応をまかされている者として、私が止めるべきだった。
「アレクシス殿下。役員が守秘義務に違反した場合の処分と、殿下が今回の傍聴を認められる条件として受諾された留学の打切りを、同じ基準で比較することには無理があると、殿下もお分かりでしょう。役員は役職に伴って守秘義務を負いますが、殿下はその条件を受け入れることで、本来は認められない傍聴を許されています。条件そのものを受諾された以上、違反した場合の扱いだけを役員と揃える理由はないのではありませんか」
数秒の間を置いて、アレクシス殿下は口元の笑みをわずかに深めた。自分の発言を誰が否定するのかを確かめることも、この申し出の目的の一部であったのだろう。
「……おっしゃるとおりですね。少々、遊びが過ぎました。会長殿、議事を止めたことをお詫びします」
「謝罪は受け取ります。守秘義務については、先ほど示したとおりとし、変更はしない。エドワルド、議事を続けてくれ」
守秘義務の扱いは、傍聴を認めた第一王子が自ら定めた条件である。そこだけは自分の口で答え、手続の進行はエドワルド様へ戻した。
「では、期日を定めます。双方とも代理人が揃っておりますので、通知は各代理人からご本人へお願いすることになります。準備の期間と、当事者間で話がついた場合に取り下げる余地を考えますと、三日後をお諮りしたいと思いますが、いかがでしょう」
ジェーン様はドルリス様を前にすると言葉が出ず、私的な話し合いを退けた上で代理人を立て、同室さえ避けるため別室を選んだのであるから、少なくとも本人同士の話し合いでまとまる余地はないであろう。ほかの日程を求める者もなく、第一王子が三日後を期日と定めると、エドワルド様は次の議題へ移った。
「続いて、調停委員を定めます。規定と今回の関係者を照らして候補を確認します。会長殿は、不成立となった場合に裁判で同じ件を判断する立場です。私とリーゼロッテ殿下は各々当事者の代理人です。ヴィオラリア殿はリーゼロッテ殿下の教導役、ユスティナ嬢はリーゼロッテ殿下の側近であり、今回の相談にも同席しております。また、風紀官は執行を担う立場です。これらを除くと、候補となるのは副会長殿とアイリス殿の二名です。いずれを選任するかは、会長殿のご判断に委ねます」
「副会長は、裁判に移った場合には会長を補佐する立場になる。必ず判断に加わるわけではないが、制度施行後最初の調停である以上、調停とその後の裁判に関わる者はできるだけ分けておいた方がよい。それなら、今回はアイリス嬢に任せることが適当だろう」
他の生徒会役員はもちろん、リーデル様の顔にも疑問は浮かばない。王家の色を持たない王子が表へ立たず、別の者が役を担うこと自体を不自然とは考えていないのだろう。
しかし、リーデル様は片方の口角をわずかに上げ、アイリス様へ視線を向けた。議事はすでに委員を定め終えており、その表情にも選任への不満は見えない。むしろ、これから自分の見方を示そうとしているように思えた。その意図を測りかねているうちに、リーデル様はアイリス様へ向けたまま話し始めた。
「当事者の家格には明らかな差がありますし、役というものも、本来はその者の品位や家格に応じて与えられるものです。どちらへどの程度配慮すべきかも判断しやすいでしょうから、制度施行後に初めて扱う調停としては、難しくない事件なのではありませんか」
悪意があるわけではないのだろう。リーデル様にとっては、家格と品位から人の役割を定めること自体が秩序であり、身分差が明確なら判断材料も増える。その考え方からすれば、むしろ制度を運用する者に、有用な見方を示したつもりなのかもしれない。
だからこそ、ジェーン様の代理人である私が、ここで家格の優劣を論じるわけにはいかなかった。否定するためであっても、どちらの家が上かを争えば、家格をこの事件の判断基準として議論に持ち込むことになる。
「同じ事実関係を持つ事件は一つもありませんし、当事者にとっては、自分の生活や立場に関わる問題です。調停委員が先にどちらへ配慮すべきかを決めてしまえば、その後に示される事実まで、その結論に合わせて見ることになりかねません。双方の話を聞き、事実と主張を確認した上で合意できる範囲を探すのですから、初めて扱う事件であれば、なおさら簡単だとは考えない方がよいのではないですか」
リーデル様自身が有用な見方を示したつもりでいたところへ、私が正面から否定するものではない答えを返したことにより、リーデル様は眉を寄せて返す言葉を探してから口を開いた。
「先に結論を置けば、見るべき事実を落とすことがあるということですね。それなら、委員が先入観を持たない方がよいという点は理解できます」
家格を基準にすること自体を否定されたとは受け取っていないらしい。私が避けたかったのは、家格の優劣をこの場の争点にすることであり、リーデル様の価値観そのものを一度の応答で改めさせることではない。少なくとも、家格を基準にこの調停の容易さを決める話はここで止めた。
第一王子も家格そのものについては取り上げなかった。ここで論じれば、本来の議事を離れて家格そのものの是非を争うことになる。しかも、リーデル様の日頃の指導を任されているのはエドワルド様である以上、この場で一つずつ正す必要もないのだろう。
そのエドワルド様は、片手で額から目元までを覆っていた。しばらくして手を下ろすと、私とアイリス様へ軽く頭を下げる。私へ向けられたものが、リーデル様が家格を持ち出したことへの詫びなのか、こちらが家格そのものを争わずに収めたことへの礼なのか、その両方なのかまでは分からない。
ただ、担当が決まった直後のアイリス様に対して、その事件を難しくないと評したのである。エドワルド様が彼女にも頭を下げた理由については、私にも察することができた。私は意味を一つに決めないまま会釈を返し、アイリス様も小さく頭を下げた。
第一王子が閉会を告げると、リュートはユスティナのそばまで寄り、小声で何かを伝えた。距離のある私には内容までは聞こえない。ユスティナは短く頷いたものの、その場でこちらへ来ることも、何かを伝えることもしなかった。
視線を上げたところで、客員席のアレクシス殿下と目が合った。彼もリュートとユスティナのやり取りを見ていたが、何を尋ねることもなく、私から視線を外す。そのまま役員たちは、それぞれの書類をまとめ、各々生徒会室を退出していったのだった。