タイトル通り、イナズマイレブンにドブカスねじ込んだだけの話。
流行に食らいつくために書きました。
関西弁に関してはほとんど知りません。完璧に雰囲気です。それでも良かったら読んでください!

ちなみに、続きません!
理由はシンプルに書いてて面白くないと思ったので。

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ドブカスイレブン

 禪院直哉という男を知っているだろうか?

 

 【呪術廻戦】というアニメにもなった超人気作品に登場するキャラクターであり、敵ながらも読者達に強烈な印象を残した存在。それが彼だ。

 

 彼は作中において、禪院家と呼ばれる呪術界の悪い部分を詰め込んだ最低な家系の中でも特に最低な男として描かれている。傲慢で、男尊女卑は当たり前、男女関わらず顔が悪ければ見下すルッキズム精神も併せ持ち、加えて、性格も人として終わってる。

 

 にも関わらず顔は良く、術式は恵まれ、地位も高い。実力があるタイプのクズだ。

 

 何故そんなクズ……いや、カスの紹介を始めたのかというと理由は簡単。

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

 ………………まあ、俺がその禪院直哉になっちゃったからだ。

 

 “憑依転生”って奴だろう。前世で不審者に背中刺されて死んだかと思えば、気付けば赤ん坊の姿で生まれ変わっていて、そして『禪院直哉』という名を付けられ、俺の目は死んだ。

 

 別に彼が嫌いなわけじゃあない。戦い方はスマートでカッコいい方だし、性格の悪さも中途半端でない一貫してクズを貫いてるところが逆に好感を持てる。

 

 ただな……ただ……。

 

 なりたいか? と問われれば断固としてNOと答えよう。

 

 性格からも大体予想はできるだろうが、彼は作中において最後までクズを貫いた結果、悪役として殺される。しかも死んだ後まで迷惑をかけるという酷さだ。他所から見ている分では面白いが、好き好んで直哉になりたいと思う変人などいるわけない。

 

 ただ顔と術式が良いのがせめてもの救いだ。禪院甚壱か禪院直哉、この二択なら俺は直哉を選ぶ。

 

 とはいえ、それはあくまで原作における直哉の結末。中身が俺である以上、ハッピーエンドに辿り着ける可能性はあるはずだ。というか、なければ困る。例えばの話だが、真希と真依に優しくするだけでもドブカスルートからは脱却できるかもしれない。

 

 だったら諦めるにはまだ早い。目指すは直哉生存ルートただ一つ。

 

 人の心がある直哉に、俺はなる!

 

 

……

……

……

 

 

 ……とまあ、そう意気込んだのが十年以上昔のこと。今となっては懐かしい話だ。そして俺は今、認めがたい現実と直面している。

 

「禪院! サッカーやろうぜ!」

「……」

 

 オレンジのバンダナに小汚いユニフォーム。サッカーボールを手に声をかけてきた男に俺は何も答えない。というか、答えられない・

 

 俺はずっと、この世界を【呪術廻戦】の世界だと思い込んでいた。うちの親も兄も揃いも揃ってクズばかりだし、原作で俺を殺す真希やその妹の真依もいた。そして何より、俺には“呪力”と“術式”がある。

 

 疑う余地なんてなかった。だからこそ、『雷門中』という学校に入学し、この男に出会った時は思考が吹き飛んだ。

 

 “円堂守”という、この男に。

 

 俺は円堂の真っすぐな眼差しから逃れるように空を見上げると、心の内に宿す直哉が嘆いた。

 

 (ざけんなや。なんでバトル漫画のキャラ(禪院直哉)超次元サッカー(イナズマイレブン)やねん)

 

 

 

⚽ドブカス……イレブンッ!⚽

 

 

 

 俺が熱血サッカーバカ……円堂守と出会ったのは今から数ヵ月ほど前のこと。

 

 あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。というか、インパクトが強すぎて忘れたくても忘れられない。

 

 いつも通りに学校へ登校し、いつも通りの簡単過ぎる授業を受けた後の、いつも通りの放課後。帰宅しようとしていた俺をどこか聞き覚えがあるような、ないような声が引き止めた。

 

「おーい、禪院!」

「……あん?」

 

 名前を呼ばれ、足を止めた俺は声の聞こえた後方に首を曲げて振り返る。その直後、まるで世界の時間が止まったかのように俺の思考は停止した。

 

 視界に入ったのは、オレンジ色のバンダナにサッカーボール。そして違和感があり過ぎるくらいには、見覚えのある顔。

 

「……嘘やろ」

 

 思わず、心の声が漏れる。

 

 その男は【呪術廻戦】とは縁もゆかりもない超次元サッカー作品【イナズマイレブン】の主人公、円堂守そのものだったのだ。

 

 【イナズマイレブン】。熱血系主人公である円堂守がサッカーの祭典、フットボールフロンティアで優勝を目指したり、宇宙人と戦って地球を救ったり、世界大会で戦争を未然に防いだりなど、続編、続々編なども含むと大ボリュームの超次元サッカー作品である。

 

 そんな作品の初代主人公が今、俺の目の前にいる。

 

「お前、禪院直哉だろ! なあ、俺と一緒にサッカーやらないか!」

 

 混乱する俺を気に掛けることもなく、円堂は興奮気味に詰め寄ってきた。

 

 ここは【呪術廻戦】の世界。そういう前提で、俺はこれまで動いてきた。禪院直哉のバットエンドフラグを全てへし折り、なおかつ今後の展開に対する対策も用意していた。というか、“呪力”も“術式”もあってそこを疑うわけがない。

 

 ……はず、だったんだが。

 

 なんでここに円堂守がいる。俺の思考はその疑問に支配されていた。

 

 しかし目の前の何も考えていなさそうな男は満面の笑みで同じ言葉を繰り返す。

 

「なあ、サッカーやろうぜ! 俺、お前とサッカーやりたいんだよ!」

「……なんでや?」

 

 とりあえず一番まともな疑問を返しておく。

 

 この世界が【イナズマイレブン】なのか【呪術廻戦】なのか、もしくはその両方が混ざり合った世界なのか。そこはまだ分からないが、いつまでも円堂のことを無視するわけにもいかない。

 

「……え?」

「なんで俺に声かけたんかって聞いとるんや。察し悪いなぁ。というか君、まず礼儀ってもんがなっとらん。名乗りもせんで、人のこと呼び捨てとか無礼過ぎるとか思わんの? 親から教育されなかったん?」

 

 俺の返しに、円堂は呆けたような顔を見せる。口にした俺が言うのもあれだが、初対面にしては少々トゲの強い返しだったからちょっと驚いた。くらいの反応だろう。

 

 でも俺だって好きでこんな敵を作るような言い回しをしてるわけじゃない。その理由はこの肉体にある。

 

 例え魂が別物だとしても、この肉体は禪院直哉のもの。だからだろう。禪院直哉らしくない言動を取った場合、俺の肉体は拒絶反応を起こす。具体的に言えば、体が一切動かなくなるのだ。術式によるデメリットとは根本から違う。肉体が魂を拒絶したことによる反動で指先一つも動かせなくなってしまう。

 

 過去、真希と真依をイジメから助けようとした際にそれを経験して以降、俺は常に禪院直哉らしき振る舞いを強制されてきた。まあ、要するにロールプレイしないと体を動かせないってわけだ。そこまで厳しい“縛り”でもないからある程度のズレは許されるが、それでも常に直哉らしい言動を意識しないといけないのは億劫になる。

 

 だがこんな言い方をしたにも関わらず円堂は言い返すこともなく、後頭部を掻いて気まずそうに笑って見せた。

 

「わ、悪い。自己紹介してなかったな。俺、円堂守。サッカー部のキャプテンやってるんだ。ポジションはキーパー」

「ふーん……で?」

「お前もサッカー部に入らないか?」

「だから、なんでやって聞いたやろ。質問に答えるぐらい猿でもできるで。話通じひんのなら、もう行かせてもらうけど?」

「わわわわっ。待った待った!」

 

 正直、本心ではかなり気になっているが、俺が話を終わらせて帰ろうとすると、円堂が慌てた様子で進行方向を塞いでくる。

 

「実はさ、昨日禪院が鉄塔広場にいるのを見たんだ!」

「鉄塔広場? …………ぁ」

 

 一瞬何を言い出すのかと呆れそうになったが、『昨日』そして『鉄塔広場』。この二つの単語から、昨夜の行動が走馬灯のように脳内を駆け巡る。そして思わず、目尻を抑えて顔を上げた。

 

 昨日というか、中学に上がってからかなりの高頻度にはなるが、俺は放課後によく鉄塔広場という場所で鍛錬していた。当然サッカーの鍛錬じゃない。俺の――禪院直哉の術式、“投射呪法”を使いこなすための鍛錬だ。

 

 何故か父親は術式の使い方を教えてくれなかったから完全に我流とはなるが、“投射呪法”の仕組みそのものは理解している。自らの視界を画角として一秒間の動きを二十四の瞬間に分割したイメージを予め頭の中で作り、その後それを実際に自身の体でトレースする術。

 

 言葉にしてみれば簡単だが、高速で動き、時には会話しながら次の動きを24fpsで考え続けるなど、通常では脳の思考速度が追いつかないほど高度な技術だ。

 

 だがこの肉体(直哉)は天才だった。幼い頃には術式を使いこなし、後はどれだけ伸ばせるか、という段階にまで達していた。

 

 だからこそ、学校から家に帰るまでの間という学生の役割にも家族にも邪魔されない時間を使って鍛錬してたんだが……まさか見られていたとは。あそこは人が寄り付かないことで有名だったから完全に油断していた。

 

 ……いや、そういえば原作では円堂もあそこでタイヤ相手に練習してるんだったか? そりゃあ、バレるか。

 

「凄いよなお前! あんな速さで動ける奴、俺見たことねーよ! あれ絶対サッカーに活かせるって! なあ、どうだ? サッカーやってみないか?」

 

 キラキラした目で、円堂が迫ってくる。裏のない純粋な瞳にこちらの方がたじろいでしまう。

 

 幸い、俺の“投射呪法”は【呪術廻戦】に登場する数ある術式の中でも地味な方だ。非術師が見ても信じられないくらい速いだけと納得するのも頷ける。円堂の反応も無理はない。

 

 でも……だ。だからといってこんな話に付き合うつもりはない。

 

「お断りや。興味ない」

 

 俺は円堂の誘いを正面から断る。

 

 円堂守がいることが分かった以上、俺は調べないといけない。この世界が【呪術廻戦】の世界であり、そこに円堂が紛れ込んでいるだけなのか。【イナズマイレブン】という世界に禪院家という異物が紛れ込んだのか。それともどっちも組み合わさったぐちゃぐちゃな世界なのか。

 

 そしてそのどれであろうが起こるだろう禪院家のゴタゴタ。

 

 もし円堂達がこのまま【イナズマイレブン】原作通りの展開を迎えたとしても、俺に………禪院直哉にこれといった被害はない。だが逆に【呪術廻戦】側の何かを放置してしまえば冗談抜きで死ぬ。

 

 サッカーで遊んでる暇なんて俺にはなかった。

 

 円堂の横を通り過ぎ、その後ろに立っていた女子生徒――木野秋にちらりと視線を向けてから、俺はそのまま校門へ向けて歩いていく。

 

 そして校門を超えたあたりで、背後から再び円堂の声が届いた。

 

「禪院ー! 俺、諦めないからなー!!」

 

 振り返ることも、反応することもなく、俺はそのまま帰路へとついた。やけに頭に残った円堂の言葉を振り払いながら。

 

 

……

……

……

 

 

 そして次の日から、地獄が始まった。

 

「禪院! サッカー部に入ろうぜ!」

「……」

 

 昨日の件で凝りもせず、円堂は再び俺の勧誘に来た。

 

「サッカーやろうって! 絶対楽しいからさ!」

「……」

 

 しかも一日や二日では済まない。何度も何度も毎日毎日。

 

「今日こそサッカー部に来てみろよ。皆面白い奴らだぜ!」

「……」

 

 教室の前。廊下。校門。帰り道。気付けば、どこに行っても円堂がいる生活が続いていた。何度もキレそうになったし、術式を使って撒こうとも考えた。というか、実際何度か撒いた。だがそれでも円堂は諦めなかった。

 

 もうほとんど無視してるというのに、飽きもせず、いつも何が楽しいのか笑みを浮かべながら、同じことばかり言ってくる。

 

 そんなある日、限界を迎えた俺はついに円堂へ言った。

 

「なあ、いい加減迷惑だって分からんの? 正直、かなりウザいんやけど。口を開けばサッカー、サッカーって。まともな日本語喋れんの? 猿の方がまだ利口やで」

「うっ……ごめん。でも俺、どうしてもお前とサッカーやりたいんだよ。お前となら、頂点に……いや、その更に上にだって行ける気がするんだ!」

「……頂点、ね」

 

 ガッツリクレーム入れるつもりだったが、円堂の返答に俺は少し考え込む。

 

 脳裏に浮かぶのは、俺ではない本物の禪院直哉の姿。

 

 禪院直哉はまごうことなきクズだ。これは疑いようがない。だがそんな彼にも、信念と呼べるものはあった。それは、最強の五条悟や呪力がないながらも圧倒的な強さを持つ禪院甚爾のような別次元の強さを持つ者達のいる領域へ辿り着くこと。

 

 自身が強者であることを理解していながら、更なる強者の存在を認め、その領域に辿り着くために足掻き続ける。努力とは無縁の彼にもそんな一面が確かにあった。

 

 それを知っていたからこそ、俺は円堂の話を聞いて考えてしまった。

 

 頂点。そしてその先にある光景を。

 

「アッチ側……か」

 

 自然と笑みが零れるのを感じた。

 

 認めたくはない。気にも入らない。だがその言葉に、ほんの僅かとはいえ揺さぶられてしまったことは事実。それが本当にごく僅かなものであったとしても、そこを否定するのは禪院直哉としても、俺という個人としても許されない。

 

「はあ……分かった。入部したる」

「ほんとか!?」

 

 円堂の顔が一瞬で輝いた。なんだかその顔を見れば、途端に折れたことを後悔しそうにはなったが、一度口にした以上、撤回はしない。まあ、少しだけ条件はつけさせてもらうが。

 

「ただし、あくまで入部するだけや。俺は俺の好きなようにやらせてもらうで?」

「ああ、これから一緒に頑張っていこうぜ」

 

 本当に俺の言ってる意味を理解しているのか。まあ多分理解してないであろう円堂は満面の笑みで手を差し出してきた。

 

 ……サッカーの練習で泥だらけになった手を。

 

「汚い手で触れようとすんな。握手はなしや」

「ありゃりゃ……」

 

 出端をくじかれた円堂がずっこけた。『そりゃないぜ』と言いたげな円堂の視線を横目に、俺は軽く手を振って去っていく。これでもう、円堂が俺を勧誘しにくることはないだろう。

 

「じゃあな、円堂君。また明日」

 

 それが俺と円堂との出会い。

 

 ちなみに後日、当たり前のように部活をサボろうとしていた俺が円堂

に待ち伏せされ、連行されることとなるのだが、この時の俺には知る由もない話である。

 

 

 

⚽ドブカス……イレブンッ!⚽

 

 

 

 円堂の押しに負けてサッカー部に入部してから、気付けばもう一ヵ月……その間、特に目新しい変化は何もなかった。

 

 そもそもこのサッカー部には部員が俺を入れても八人しかいない上に、揃いも揃ってやる気がない。誰がどう見たって分かる弱小サッカー部だ。スポコン作品らしく最初はそんな強くないことぐらい知ってはいたが、ここまでとは思わず小さくな衝撃を受けたのはよく覚えている。

 

 ただ……そんな弱小サッカー部にも例外はいる。

 

「さあ、練習だ!」

 

 勢いよくドアが開き、我らがキャプテンこと円堂が宣言する。この男だ。こいつだけは、試合も出来ないのにサッカーに対して馬鹿真面目に向き合っている。

 

「さあ、練習……」

 

 円堂は再び声を上げるが、誰一人として反応を返す奴はいない。無論、俺を含めて。

 

 大男のような巨体を持つ壁山は菓子を貪り食い、とても中学生には見えないヤクザ顔の染岡は椅子の上でふんぞり返り、語尾が『~でやんす』が特徴の栗松とアフロの宍戸はゲームに夢中。チビの少林寺は何故かカンフーの鍛錬中で、見た目が凡夫の半田は漫画を読んでる。

 

 誰一人として、円堂の方を見ようともしない。

 

「どうしたどうした。もうずーっと、練習してないんだぞ」

 

 それでも練習に誘うつもりの円堂だが、やっぱり誰もまともに取り合おうとはしない。当然だ。部員は足りず、グラウンドもラグビー部に占領され、練習できたとしても他の生徒達から遠目で笑い者にされる。例え本当のサッカー好きでも、その状況でやる気を出せるわけがない。

 

 練習する気ゼロの俺達に円堂は今年こそフットボールフロンティアという大規模なサッカー大会に出ようとか無茶を言い出すも、そんな無謀な夢物語を語られたところで心は揺さぶられない。

 

「なあ、禪院。お前も――」

 

 そうこうしている内に円堂が部員一人一人に声をかけ、最後に俺へ声がかかった。その情けない姿に呆れた俺は大きなため息を零す。

 

「……そんなに練習したいんなら一人で勝手にやればええやろ。グラウンドが使えん。メンバーも足りん。顧問はポンコツ。おまけにキャプテンの熱血バカは具体的な練習メニューも提案せん始末。話にならん」

「ぐう……」

 

 ぐうの音を出した円堂だったが、すぐに「サッカー部がサッカーをやらなくてどうすんだよ!」とキレ気味に正論を言って部室から出て行った。間違ってはいないが、こんな学校で真面目にサッカーをしようとしてる円堂の方が変人だ。

 

「何一人で熱くなってんだ?」

「頑張ってもしょうがないさ。もうすぐ廃部って噂もあるしな」

「「「「「「廃部ぅ!?」」」」」」

 

 興奮気味に出ていった円堂に呆れながら言った染岡の発言に、全員が驚愕する。

 

 といっても、信じられない話じゃない。試合も出来ないサッカー部をいつまでも残しておくほど、この学校も馬鹿じゃない。今のままじゃあサッカー部はただ部費を食らってるだけ金食い虫だ。当然と言えば当然。

 

(……そろそろか)

 

 しかし俺はそうはならないことを確信しながら、染岡達の話を聞き流していた。

 

 円堂に出会ってからの一ヵ月。この期間、俺はこの世界の仕組みを色んな方面から調べていた。

 

 結論から言おう。この世界は【呪術廻戦】ではなく【イナズマイレブン】だ。

 

 【呪術廻戦】の最強である五条悟はいないし、過去に両面宿儺という化け物がいた記録もない。原作主人公達が通う高専の存在は当然のように誰も知らないし、“呪力”を練れるのも俺だけ。禪院家ですら、呪術とはまったく関係のないただの才能主義な家系だったのだ。そりゃあ、父親が“術式”の使い方について教えてくれるわけがない。そもそも知らないんだから。

 

 対称的に【イナズマイレブン】に登場する記憶にある限りの学校はネットで検索したら出てきたし、去年のフットボールフロンティアの試合映像を見たらガッツリ超次元サッカーをしていた。

 

 つまり、例外は俺だけ。それ以外はほぼ全て【イナズマイレブン】そのものの世界というわけだった。

 

 正直に言うと、ホッとした。

 

 【呪術廻戦】の世界観は人の命がとても軽い物として扱われる。当たり前のように一般人は次々と死んでいくし、なんならメインキャラも敵味方含めてどんどん死んでいく。禪院直哉もその被害者の一人だ。

 

 しかし【イナズマイレブン】の世界はどうだ? 死人が出ないわけではないが、争いのほとんどはサッカーによって行われ、一部の例外を除いてルールは基本厳守。死人が出ることすら珍しい平和な世界である。

 

 これが嬉しくないはずがない。少なくとも、俺が直哉として生きていても死ぬ可能性がグッと低くなるのだから。

 

 だから……ってわけではないが、俺は【イナズマイレブン】原作、つまりは円堂の物語にガッツリ関わっていくことに決めた。基本的に無干渉でいてもこの世界は平和なままだろうが、せっかく好きな作品の世界に転生したんだ。楽しまなければ損というやつだ。

 

 それに命の危険がガッツリ減ったことで、円堂の言った“アッチ側”の世界というものが気になって仕方ない。直哉らしくはないが、円堂風に言うなら『燃えてきた』ってところだ。

 

 俺が持つ原作知識によると、時期こそ不明だが円堂の物語は廃部の危機から始まる。そして今、色んなところでサッカー部廃部の噂は耳にしていた。つまり、原作開始の時は近い。

 

 窓から外を眺めると、ドリブルしながら離れていく円堂の姿が見える。

 

「フッ……」

 

 思わず、俺の口が弧を描いた。

 

「退屈させたら許さんで。円堂君」

 

 “直哉らしくない”という肉体の拒絶から汗水垂れ流して練習というのが物理的に出来ないが、俺はこれから始まる波乱万丈な物語に想いを寄せ、気分を昂らせていくのだった。

 

 

……

……

……

 

 

 後日、練習試合が決まった。

 

「っ……で、お前っ」

「その試合、やるって言ったでやんすか?」

「やるさ! 廃部になんかさせない。きっちり十一人揃えてやる」

 

 部員全員が顔色を悪くして冷や汗をダラダラと流す中、円堂が怒り心頭の様子で答える。

 

 その報告は、いつも通り部室でだらけていた俺達に、怒りを爆発させた円堂によって突如として告げられた。

 

 練習試合といってもただの練習試合じゃない。試合までにメンバーを集められなければ廃部。負けても廃部。しかも相手は最強と言われる『帝国学園』。フットボールフロンティアで優勝を続けてる無敵の学園だ。

 

 校長室に呼び出された円堂が、名前だけの顧問である冬海と校長、そして理事長の娘である雷門夏美という女に練習試合の件を伝えられたらしい。そして煽られた円堂は感情のまま試合をやると宣言……まあそんな経緯だ。

 

 雷門夏美……一応存在は認識してたが、まさかここで関わってくるとはな。

 

 『帝国学園』という名前を聞いただけで、もう敗北を確信した部員達の空気がどんどん重く、暗いものへと変わっていく。廃部ムードになった部員達に円堂は「サッカーを愛する気持ちがあれば、不可能だって可能になる!」という名言のような精神論を語るが、誰もが呆れるばかりで真面目に耳を傾ける奴なんていない。

 

「相手は帝国ですよ……。無理、絶対無理!」

「ボコボコにされて恥かくだけですよ」

「禪院。お前もなんか言ってやってくれ」

「……あ?」

 

 円堂の話を耳では聞きながらも、興味なさげに窓の外を見ていた俺に半田から声がかかる。どうにかして円堂を説得してくれって意味だろうが、そんなことしたって無駄だろうし、説得するつもりもない。

 

 『帝国学園』と『雷門中』との試合。これに関しては、かなり原作知識の薄まった俺でも強く印象に残っている。まさに、円堂守のスタートラインだ。この試合がなければ、そもそも原作が始まらない。俺がそんな面白い展開を止めるわけがない。

 

「そうやな……」

 

 ただ敢えて何か言う事があるとするのなら、やっぱり直哉らしくコレだろう。

 

「とりあえずその夏美って女はアカンわ。話聞いただけでも分かる。そういう女は男を立てられへん」

「「「「「ズコー!?」」」」」

 

 全員が声に出してずっこけた。

 

「そこかよ!」

「……出たよ。禪院の男尊女卑」

「事実やろ。その点、秋ちゃんは立派やね。たまに円堂君みたいになるんは玉に瑕やけど、自分が女やと心底理解しとる」

「う、うわぁ……」

「……凄ぇな禪院。あのマネージャーが引いたぞ」

 

 直哉的思考でついそんな言葉が言ってしまったが、俺だって本気でそう思ってるわけじゃない。そう、冗談だ…………半分くらいは。

 

 俺の発言により、空気がガラリと変わったものの未だ部員達は廃部ムードのまま。その様子に円堂は諦めちゃダメだと言い張るが、本当に言い張っているだけで心には響かない。

 

「まずは足りない三人のメンバーを集めないと……」

「三人やない。四人や」

「え?」

 

 俺達の説得を諦め、部員集めの向かおうとする円堂にそう声をかける。

 

 現在のサッカー部は八人。最低でもあと三人入れば十一人揃って試合は可能だ……が、こんな負け色濃厚な試合で見世物にされるなど――禪院直哉が許せるはずがない。

 

「ピエロになる趣味はない。俺は出えへんで」

 

 だから俺は出ない。肉体の拒絶があって出れないというのもあるが、これは俺の意志だ。強者には、強者の出番がある。そして俺という強者の出番は、最初から出してはいけない。

 

 俺の言葉に、円堂達の反応は予想した通りで、

 

「「「「「えぇえええええ!?」」」」」

 

 部室に爆音のような絶叫が響き渡った。

 

 

 

⚽ドブカス……イレブンッ!⚽

 

 

 

 『帝国学園』との練習試合が決定してから一週間後。ついに、試合当日の日がやってきた。

 

 あれから元々円堂と仲の良かった風丸、存在感を出したい影野が入部し、退屈しなさそうという理由で松野が助っ人として試合に出てくれることになった。これで部員は十人。あと一人は……きっとあの男が入ってくれるだろう。

 

 それに、本気で帝国に勝とうとする円堂に感化されて、他の部員達もやっとやる気を出したらしい。相変わらずグラウンドは使えなかったが、全員が鉄塔広場で練習……というか特訓していた。

 

 悪くはない流れだ。現実はそう簡単じゃないが、少なくともこのサッカー部は変わり始めている。

 

 俺は相変わらず練習に参加していない。というか参加するつもりもなかったが、その変化は確かに感じ取っていた。

 

 そして遂に、奴らは現れた。

 

「……へぇ、これまた派手な登場やね」

 

 校舎の窓から校門の方を見下ろしていた俺は、バスにしては大き過ぎで、かつ厳つい車が現れたのを見つける。あまりにも分かりやすい『帝国学園』の登場だ。

 

 校門にレッドカーペットを引き、脇には軍隊のように統率の取れた選手達が立って道を作り、そこを帝国のスタメンであろう選手達が歩いて現れる。公式な大会でもこんな入場はありえない。まるで何かのイベントだ。

 

「あれが鬼道君か……」

 

 俺は先頭を歩く赤いマントとゴーグルが特徴の男に目を向ける。

 

 鬼道有人。【イナズマイレブン】原作にも登場する円堂にも劣らない人気を持つ選手の一人。最初は雷門の敵として円堂達の前に立ちはだかるが、しばらく経ったら味方になるという、よくありがちなキャラだ。

 

 俺は知識としてしか知らなかったが、こうして生で見るとその圧倒的な存在感がひしひしと伝わってくる。影野なんかとは比べ物にならない。

 

 ただ――

 

「……期待外れやな。まっ、こんなもんやろ」

 

 俺より上かと言われたら、そうでもない。別に円堂達みたいに必死にサッカーの練習をしてたわけじゃないが、それくらいは分かる。

 

 そんなことを考えている内に、帝国の選手達がグラウンドでウォーミングアップを始めた。

 

 まるで見せつけるかのように通常のサッカーではありえない動きを見せる帝国の選手達だが、その全てが目で追える速度。俺からしてみればそう大したものじゃない。しかも、“投射呪法”の鍛錬のおかげが、その動きから次の動きを予測した上で自分ならばどうボールを奪うのかさえ脳内で容易に組み立てられる。

 

 この程度のチームなら俺一人でも勝てる。その確信を得るのにそう時間はかからなかった。

 

 やがて、満足したのか鬼道が円堂にシュートを打って挑発し、帝国のデモンストレーションは終わった。本気でもないシュートにも関わらず、グローブが軽く焦げ、腕を痺れさせた円堂だったが、「面白くなって来たぜ!」と逆に気合いが入ったらしい。

 

 だが円堂は良くても他が良くない。

 

「あのー、ちょっとキャプテン。俺……トイレ行ってくるっス!」

「え、おい! 壁山!」

 

 壁山が敵前逃亡を図った。予想くらいはしてたが、本当にこの状況で逃げやがった。

 

「あー……」

 

 壁山の臆病さなら仕方ないと言えなくもないが、あまりのみっともなさに呆れて何も言えない。だがこのまま逃げられるのは困る。例えどんなにボコボコにされるとしても、試合を始めて貰わないと物語が始まらない。

 

「しゃあない。そんくらいは手ぇ貸したる」

 

 俺はグラウンドから視線を外し、校舎に逃げ込んだ壁山の行方を捜しに向かうのだった。

 

 

……

……

……

 

 

「もう、これ以上お客様を待たせられませんよ。さっさと……」

「は、はい! 分かりました!」

「その必要はないで、円堂君」

 

 帝国登場からしばらくして、いつまでも試合が始まらない現状に痺れを切らした冬海が急かし、壁山を探しに行こうとした円堂を俺は引き留めた。

 

「はっ! 禪院、来てくれたの……って、なんでロッカー担いでるんだ?」

「まったく、手間取らせんなや!」

 

 俺の声に希望を見つけたかのような顔で振り向いた円堂だったが、すぐに異様に歪んだロッカーを担いでいることに気付く。壁山を探すこと十五分。思ったより時間を使ったようで、グラウンドにはピリついた空気が漂っていた。

 

 俺はロッカーを円堂達の前に置き、後ろから思いっ切り蹴りを入れる。

 

「うわぁあああ!?」

 

 すると、ロッカーの扉が吹き飛び、その中から壁山が押し出されるように飛び出した。

 

「で、でれたっス。っ~~でも痛い! 凄い痛いっス!?」

「なんや、感謝もできひんのか?」

「「「壁山ぁ!?」」」

 

 ロッカーから飛び出した壁山に円堂達は唖然とする。あの巨体だから隠れるにしても場所は限られてる。すぐに見つかるだろうと高を括っていた俺の考えが甘かった。……まさかロッカーの中とは。

 

 しかも挟まって出られないとかいうふざけた状況に余計に時間を使わされた。見つけて早々、「助けてくださいっス」と言われたのには流石にキレそうにはなったが、今の蹴りで鬱憤も晴れたことだし、特別に不問としてやろう。

 

 ロッカーから解放された壁山は怖くなって逃げたことを円堂に告白するも、円堂による励ましの言葉によってやる気を取り戻し、再び帝国と戦う意志を見せた。まあ、ここまでは予想通りだ。なんだかんだで円堂を尊敬してる壁山なら、簡単に立ち直る。

 

 それよりも……

 

「君、なんでいるん?」

「ヒェッ!? ぼ、僕は最後の一人として弱小サッカー部を救ってやろうと助っ人に……」

「ふーん……君が?」

 

 俺はなんか10番のユニフォームを着て混ざっていた。眼鏡……目金という男に目を向ける。

 

 この男は知ってる。半田や宍戸みたいに原作知識を持ってる俺が普通に忘れてたような影の薄い奴じゃなくて、ちゃんと覚えてる雷門サッカー部のメンバーだ。

 

 ただ、俺の記憶が正しければこの眼鏡は選手というよりは、ベンチで必殺技の名前付けるのが仕事だったはずなのだが。

 

「まあええわ。じゃあ、俺はこれで」

「禪院!」

 

 俺が想定してた十一人目とは違うが、これでメンバーは揃った。俺が少し離れた場所で観戦するために移動しようとすると、円堂から声がかかる。その瞳には、確かな期待が込められていた。

 

「お前も――」

「やらん言うたやろ」

「そんな!」

 

 全て言い切る前に返す。俺の意志はまだ変わらない。まだ雷門サッカー部は、俺が手を貸すに足るチームじゃない。まだその時じゃないんだ。

 

 俺はその後も引き留めようとする円堂の声を無視して、その場を去る。

 

 そして数分後、雷門中サッカー部と帝国学園の試合がついに始まった。

 

 

 

⚽ドブカス……イレブンッ!⚽

 

 

 

 予想は出来ていたし、知ってはいたが試合は帝国学園の一方的な展開が続くばかりだった。

 

 それこそ一番最初にお情けで一度シュートを撃たせてもらったくらいで、そこから先は本当に酷かった。スピードもパワーも、テクニックも判断の速さも、チーム力だって雷門は劣っている。帝国の選手は敢えてこちらの選手の顔面にボールをぶつけたりして遊んでいるというのに、前半だけで既に10点が決められている。

 

 この時点でもう、円堂以外のメンバーは勝利を諦めていたし、観戦していた雷門中の生徒もとっくに敗北を確信している。元々、弱小サッカー部として知られているんだから期待なんかされてないが。

 

「なんだなんだどうした! まだ前半が終わったばかりじゃないか?」

 

 喋る体力もほとんどなく、ベンチの近くで疲労困憊の様子で弱音を吐く部員達に円堂は叱責する。しかし、一度は円堂によって燃えたやる気も既に風前の灯。後半すらやりたくないという意志が簡単に見て取れた。

 

「みっともないなぁ、君ら。最初のやる気はなんやったん? 恥ずかしくないんか?」

「禪院、テメェ……!」

 

 あまりにボロボロな部員達の姿に見ていられず、思わず俺は近づいて声をかけた。すると、肩で息をしていた染岡が地面を殴って立ち上がり、俺を睨む。

 

「試合から逃げた臆病者が偉そうなこと言ってんじゃねぇ!」

「止めろ! 染岡!」

 

 拳を振り上げた染岡に焦った円堂が止めに入ろうとするが、もう遅い。染岡は俺に向かって拳を振るう。

 

 しかし、

 

「なっ……!」

「堪忍したってや。君、そんな顔でも一応サッカープレイヤーやろ? 暴力はアカンで」

 

 その拳は、振り下ろされるよりも早く背後に周った俺に掴まれ、止められた。染岡は確かに普通の中学生にしては身体能力が高いが、俺からしてみればこの程度。殴りかかる前に止められたことで驚愕する染岡の腕を離し、軽く突き飛ばして地面に倒す。

 

 染岡だけじゃなく、円堂や他の部員達も俺の動きを追えなかったようで全員が目を丸くしている。そんな彼らに俺は一つの提案を告げた。

 

「ほな、こうしよか。後半、一回でもええ。円堂君がゴールを守れたんなら、俺も試合に出たる」

「禪院……」

「なんや、自信ないの?」

 

 俺が帝国の選手達に視線を向けながら言った言葉に、さっきから何度もシュートを受けて震えている手を見ながら円堂が真剣な表情で考え込む。対して、俺の動きに唖然としていた他のメンバーはすぐに否定の言葉を返した。

 

「無茶だよ禪院。……いくら円堂だって」

「そうでやんす。あんなシュート、止められるわけないでやんすよ」

「君らに聞いてないねん。俺は円堂君に聞いとるんや」

 

 マネージャーも含めて全員がそれが不可能だと思っている。だが俺は知っている。この絶望的状況でも、前を向き、立ち上がり、泥臭くも挑み続ける。それが円堂守というサッカープレイヤーなのだということを。

 

「禪院はさ……」

「ん?」

 

 震える拳を握り締め、円堂が小さく呟いた。

 

「禪院はさ、俺があのシュートを止められるって……信じてくれてるんだよな?」

「ひっどい妄想やな。本気でそう思っとるん?」

「ああ! お前はそんな無駄なことをする奴じゃない。俺がゴールを守れるって思ったから、そんな提案をしてきたんだろ?」

「……」

 

 ……本当に、なんでこういう時だけ察しがいいんだか。

 

 俺の提案にやる気を出した円堂が「任せてくれ!」と宣言し、他の部員達は「えー!?」と不満そうな声を上げる。その時の円堂の瞳は、本当になんの不安もなく俺への信頼が見て取れた。どうして、こいつはそんな簡単に人を信用できるんだ。

 

「……あ、そう。ほな、頑張ってな」

「ああ、ありがとな禪院! ウォーミングアップして待ってろよ! 行くぞ皆!」

「「「「「えぇええ……」」」」」

 

 多分、円堂の中では俺が激励をかけた感じに脳内変換されてるんだろう。物凄い大まかな括りで考えればそれも間違いじゃないが、あまりのポジティブ思考に俺はもはや呆れてしまった。

 

 そうして、やる気を出した円堂とやる気のない部員達がグラウンドへと戻り、試合は再開する。俺はその様子を見届けてから、再びその場から移動していくのだった。

 

 この約束を“縛り”として自分自身に掛けた上で。

 

 

……

……

……

 

 

「助けに行かんでええの? 皆、君を待ってるで」

「……お前は」

 

 後半が始まり、雷門中側のベンチから離れた俺は大きな木の影に隠れて試合を覗き見る一人の男に声をかけていた。俺の声に反応を見せた男は木に寄りかかりながら睨むようにこちらに視線を向けてくる。

 

「禪院直哉。一応、あのヘッポコサッカー部の部員や。君、豪炎寺君やろ? 円堂君から話は聞いとるで」

 

 金髪のツンツン頭の男――豪炎寺修也。雷門中の未来のエースストライカーであり、俺が十一人目としてサッカー部に加わると踏んでいた男だ。まさか、目金がここで出てくるとは思わなかったが。

 

 豪炎寺はすぐに俺から視線を逸らして再びグラウンドの方へと目を向け、小さく返した。

 

「お前こそサッカー部なのに試合に出なくていいのか?」

「負けの決まった戦いはしない主義なんや。まあ、君が出てくれんやったら話は変わるかもなぁ」

「……」

「……ふーん。やっぱ君はそうなん?」

 

 俺の言葉に豪炎寺は無言を貫く。やはり、試合に出るつもりはないらしい。原作では一体どうやってこの堅物を試合に出したのか。ここに来て中途半端な知識が仇になるとは思わなかった。

 

 現在、試合は前半以上に一方的な展開へと進んでいた。

 

 とうとう、帝国学園が必殺技まで使い始めたのだ。しかも勝つための戦術ではない。雷門のプレイヤーをどれだけ痛めつけられるか。悪意に特化したサッカーと呼ぶことすら認めがたいファールにならないギリギリのラインを狙った暴力によって、円堂達は圧倒され続けていた。

 

 そうしていく内に、円堂以外の全員が立つことが出来ないまでに叩きのめされ、最後に残された円堂にもボールを使った暴力を何度も浴びせられていく

 

「おお、やられとるやられとる。俺に“縛り”まで結ばせたんや。このまま負けましたじゃ、カッコつかんで」

「縛り……?」

「気にすんな。こっちの話や」

 

 豪炎寺と一緒に試合の流れを見守っていると、円堂が何度も何度も強烈なシュートで痛めつけられていく。ゴールを決めるためではない。円堂を吹き飛ばさない程度で、かつキャッチはできないであろう威力で加減したシュートを浴びせ続けている。だがどれだけ痛めつけられようとも、円堂が諦めようとする様子はない。

 

 もう勝ち目なんかないというのに、それでも立ち上がり続ける円堂。それを見て悔しそうに拳を握り締めていた豪炎寺に俺は声をかける。

 

「なあ、豪炎寺君。俺と賭けん?」

「なんの話――」

「内容はシンプル。もし円堂君がシュートの一本でも止められたら俺の勝ち。この試合に出てもらう。ただし円堂君がシュートを止められなかったら、君の勝ち。俺から円堂君の方に二度とサッカー部に誘わんよう言っといたる」

 

 疑問を問われるよりも早くその内容を語る。なんとも理不尽な賭けだろう。負うリスクの割にメリットが釣り合わない。

 

 しかし俺は、豪炎寺ならばこの誘いに乗ってくるという確信があった。

 

「……サッカーは、もう辞めたんだ」

「説得力ないなぁ。顔に書いてあるで、“助けたい”ってな。それに俺は君に頼んどるんやない。理由をあげとるんや」

「何が言いたい……」

 

 口ではサッカーをやらないとは言ってるが、豪炎寺の顔にはボコボコにされてる円堂達への心配を隠しきれていない。出会って一週間程度だというのにいつの間にこんな好感度を稼いだのか気になったが、きっと元から豪炎寺はその名の通り熱い性格なんだろう。

 

 サッカーを大好きな男がサッカーによって傷つけられている。そして自分には助ける力があるというのに、助けられない。その悔しさが顔に現れていた。それなら俺が何もしなくてもその内勝手に助けに行くだろう。

 

 だったら俺は、その背中を押すだけ。

 

「豪炎寺君がこの賭けに乗ったとして、もし円堂君がシュートを止めて、試合に出たとしてもそれは君の意志やない。俺との賭けを守っただけ。つまりは“仕方なかった”ってやつや。本心ではやりたくなかったとしても、君はやるしかない。……後は、言わんでも分かるやろ?」

 

 豪炎寺はサッカーが嫌いなんじゃない。自分の意志でサッカーをやることを恐れてる。そのくらいは俺にだって分かった。本当にサッカーが嫌いだったんなら、こうして試合を見に来ることもないはずだ。

 

 だが普通の中学生がそう簡単に一つのスポーツから縁を切れるわけがない。例えば雷門中でも体育の授業でサッカーをすることは稀にある。そんな状況で、サッカーは辞めたからやらない。なんて馬鹿なことを言い出す奴はいないだろう。

 

 つまり、今豪炎寺に必要なのは、円堂達は助ける覚悟ではなく助けなくてはならない“理由”。そうせざるを得ない状況だ。

 

 そして俺の賭けに乗れば、円堂次第でその状況は作り出される。本心では円堂達を助けたいと思ってる豪炎寺がこの提案に乗らないはずがない……と思ったんだが。

 

「……お前」

「なんや、アホ面晒して。キャラやないで」

 

 豪炎寺は何故か、目を丸くして唖然としている。その視線はグラウンドから俺へと向けられていた。

 

「お前……意外と優しいんだな」

「は? 今、めっちゃキショイこと言うたぁ? どこをどう捉えたらそうなんねん。どん引きやわ」

「ふっ、そういうことにしておくか……」

 

 何かを察したかのように笑みを浮かべた豪炎寺はそのまま視線を帝国学園の選手達にボールをぶつけられ続けている円堂の方へと再び戻す。

 

 そのまましばらく無言でその光景を見続けていた豪炎寺だったが、やがて小さく絞り出すような声で答えた。

 

「……その賭け。乗ってやる」

「へぇ、取り消しは聞かんで?」

「ああ、だがそっちこそ忘れるなよ。本当にアイツがシュートを止められたならだ。もしあのまま一度もゴールを守れなかったとしたら、俺が手を貸すつもりはない」

「止めるで、円堂君は」

「……そうか」

 

 やはり豪炎寺は円堂のことを助けたかったのだろう。もしくは帝国という最強のサッカーチームに心を揺さぶられたというのもあるかもしれない。理由はともあれ、こうして条件は整えた。

 

 後は、

 

 円堂がシュートを止める。それだけだ。

 

 

 

⚽ドブカスッ……イレブンッ!⚽

 

 

 

 俺――円堂守にとって、禪院直哉は“()()()()()()()()”だった。

 

 初めてその姿を見たのは鉄塔広場での練習中。その日、いつも通りタイヤを使ったキーパー練習をしていたら、雷門中の制服を着た生徒がやってきたんだ。それが禪院だった。

 

 鉄塔広場は稲妻町全体を見渡せる凄い景色の良い場所なんだけど、それを知ってる人は少ないし、そもそも同じ学校の生徒をここで見かけること自体かなり珍しかった。だから俺はつい気になって禪院の後をつけて何をしに来たのか見てたんだけど……

 

 ……凄かった。

 

 きっと何かの特訓をしてたんだと思う。物凄い速さで動いていた禪院に思わず目を奪われた。

 

 その動きはとにかく速かった。あまりにも速すぎて目で追うことすら難しい。そのくらいの速さだった。しかもそれだけじゃない。陸上部みたいにただ足が速いんじゃない。速さの中にも複雑な動きを組み込み、本当に一挙手一投足の全てが速かった。

 

 結局、その日は禪院の動きに圧倒されて声もかけることができなかったけど、俺の中にはあの動きをもしサッカーでやったら。そんなワクワクが止まらなくなって、『アイツとサッカーをしたい!』って思うようになったんだ。

 

 それで次の日、秋にその話をしたら禪院のことかもしれないと教えられて、放課後にあっちの事情も考えずにサッカー部に誘っていた。思い出してみると、あの時の禪院は凄い嫌そうな顔してたっけな。

 

 それでもサッカー部に入ってくれた禪院だったけど、アイツは他の皆とは違う感じでやる気がなかった。

 

 染岡も壁山も栗松も、他の皆も練習をしたがらなかったけど本当はサッカーが大好きなんだって気持ちはすぐに分かった。でも禪院は違う。サッカーに興味がなかったっていうのはその通りなんだけど、多分禪院はサッカー()()興味がなかっただけだと思う。

 

 勉強もサッカー以外のスポーツも、禪院はいつも一番。でもそれが好きだからというわけじゃなくて、きっとそれが当たり前だったんだろう。アイツにはどんな才能もあったけど、どんなことにも興味がなかった。しまいにはサッカー部なのに試合に出ないとか言い出すし……トホホ。

 

 自分から誘ったとはいえ、なんでそんな禪院がいつまでもサッカー部に入部したままでいてくれるんだろうとはずっと思ってたんだ。まあ、聞いたら辞めてしまいそうな気がして聞けなかったけど。

 

 でも俺はそれでもいいと思った。禪院がサッカーを好きじゃないんだとしても、何か別の目的があってサッカー部にいるんだとしても、アイツは仲間だ。仲間が嫌がってることを無理矢理やらせたくはない。だから無理に試合に出て欲しいとは言わなかった。

 

 だけどそんな禪院が、自分から試合に出てもいいと言ったんだ。

 

 その条件は俺が帝国学園からゴールを守れだなんて厳しいものだったけど、禪院は無理だと思ってそんな提案をするほど性格の悪い奴じゃない。確かに普段の言動に気になるところはあるけど、それでもアイツは……仲間想いの優しい奴だ。

 

 ならきっと禪院は信じてるはずだ。俺ならゴールを守れるって。

 

 それなら……

 

「絶対、このゴールは守ってみせる!」

「フッ、一度として守れてはいないが……」

 

 帝国学園のキャプテン――鬼道と呼ばれていた男がボールを高く蹴り上げる。すると帝国のフォワードがジャンプして蹴り上げたボールを飛び越え、シュートを撃った。

 

「“百列ショット”!」

 

 本当に百回くらい蹴られたボールが、恐ろしい速度で迫ってくる。これまで、何度も帝国の必殺シュートを受けてきたけど、まったく止められる気はしない。でもここで折れるわけにはいかないんだ。

 

 倒れた皆のために、禪院との約束を守るために、俺はもう一点も決めさせてやるわけにはいかない!

 

「このシュート、決めさせるもんか!」

 

 両手でボールを受け止める。これまで何度も受けてきたからか、やっと目が慣れてきた。でも問題はここからだ。

 

「うぉおおおおおお!!」

 

 やっぱり凄いシュートだ。俺の力じゃ耐えられない。

 

 そう思った瞬間だった。

 

「なっ……!」

 

 突然、俺の掌が輝き出し、シュートを抑え込み始めた。突然の変化に驚きながらも、俺の頭の中にはじいちゃんが残してくれた特訓ノートの内容が頭を過った。

 

――伝説のキーパー技、“ゴットハンド”。

 

 多分、これは違うんだろう。でも何かのきっかけを掴んだ気がした。だがそんなことを考えている内に、掌の輝きは収まってボールを抑えられなくなってくる。

 

 このままじゃあ耐えきれない。だったら!

 

「だぁあっ!」

 

 俺は感覚を忘れない内に両腕を持ち上げていく、しかしすぐにボールを抑えきれなくなって弾き飛ばされてしまった。両手が弾かれ、ゴールネットまで吹き飛ばされていく。

 

 しかし、

 

「……へ、へへ。守ったぞ」

「ほう、面白い」

 

 ゴールはポストに弾かれ、フィールドの外に転がっていった。

 

『は、外れた……いや、外したー! 円堂! シュートを力ずくで逸らし、ついに帝国からゴールを守りましたー!』

 

 ギリギリで軌道を逸らそうとしたが、どうやら上手くいったらしい。代わりに、掌が焼けるように痛いけど。

 

「だが次はどうする? その幸運がいつまで続くか見物だな」

 

 鬼道が言うように、これは幸運だ。何度も出来るもんじゃない。だが一度でいい。一度だけでもいいんだ。

 

「約束は守ったぜ、禪院」

 

 その数秒後だった。審判から選手交代の声が届いたのは。

 

 

 

⚽ドブカス……イレブンッ!⚽

 

 

 

「……は? なんで?」

「まさか、本当にやるとは……」

 

 円堂が帝国のゴールを守った。

 

 横で豪炎寺も驚きに目を見開いているが、俺の驚きはその比じゃない。思わず直哉ロールプレイを忘れてしまうくらいには、俺の思考はパニックに陥っていた。

 

 円堂がゴールを守ることは別に驚くことでもない。ストーリーの展開上、そうなるだろうとは思っていた。だが問題はその手段だ。この帝国学園との試合は円堂の分かりやすい覚醒シーンの一つであり、同時に円堂が初めて“ゴットハンド”というイナズマイレブンの代名詞とも呼べる必殺技を習得する瞬間だ。

 

 だから俺は当たり前のように、円堂がその内“ゴットハンド”に目覚めてシュートを止めるのだと、疑いもしなかった。

 

 だが実際はどうだ。必殺シュートを必殺技でもないただのキャッチで軌道を逸らし、ゴールを守って見せた。こんなシーン原作にはない。うろ覚えな知識とはいえ、その確信はある。

 

 俺が動揺を隠しきれず困惑していると、横にいる豪炎寺が声をかけてきた。

 

「ただこれは……どう判断すればいいんだ? ゴールは守れたが、シュートを止めたかと言われたら……」

 

 豪炎寺の言葉に正気に戻った俺はその問いを聞き、少し考え込む。確かに、豪炎寺には円堂がシュートを止めたなら試合に出て欲しいとは言ったが、今の円堂はどちらかと言えば止めたというより弾いたに近い。

 

 そうだな。ここは結構な悩みどころだが……。

 

「そうやな、今のは無効でええんやない? 守ると止めるは別もん。だから今ので手ぇ貸してやるんわ俺の方や」

「お前が?」

「あれ? 言うてなかった? 実は円堂君と約束してるんや。一回でもゴール守ったら試合出たるってな」

 

 豪炎寺との賭け。これはシュートを止めるという点で賭けているから無効だろうが、俺と円堂との間で結んだ“縛り”はゴールを守れたかどうかを基準としている。敢えてそう言い分けたわけではないが、今はそういうことにしておこう。

 

 今この状況で、俺と豪炎寺が一緒に試合へ出ることも……まあアリだとは思う。だがその場合、何が起こるかと言われれば簡単だ。

 

 シンプルに無双してしまう。さっきまでの雷門サッカー部のやられ具合が嘘かのようにボコボコに出来てしまう。それくらいには俺と豪炎寺というカードは大き過ぎる。

 

 目的が勝利であればそれでもいいんだろうが、円堂が“ゴットハンド”を習得しないままこの試合が終わってしまうのはマズイ。少なくとも一度、ここで円堂に必殺技を経験してもらわなければ、この先戦うことになるであろう相手達に雷門イレブンはついていけない。

 

 そんなわけで、ひとまず俺がフィールドひっかきまわして円堂に今度こそ“ゴッドハンド”でシュートを止めてもらってから豪炎寺には参戦してもらおう。

 

「そんじゃ、また……」

 

 俺は豪炎寺の傍から離れ、グラウンドへと向けて歩いて行く。

 

「……あ、そういや言い忘れとった」

 

 だがすぐにある事を思い出して振り返ると、未だにどこか躊躇っている様子の豪炎寺へと向けて最後のひと押しをかける。

 

「これは受け売りやけどな。出来が良かろうと悪かろうと、兄は兄妹(きょうだい)の手本になるらしいで。正しい道を歩んどるんなら、そのまま付いて来ればええ。逆に間違っとんのなら、別の道を探すだけ。そんな感じにな」

「一体何を……」

 

 豪炎寺の顔が強張る。

 

 原作において、豪炎寺の過去には必ずといっていいほど関わってくる妹の存在がある。確かな実力と大人びた精神性を持つ彼の最大の弱点。それが妹だ。シスコンの豪炎寺のことだ。きっとサッカーを辞めた理由に関しても妹のことが関わってるんだろう。

 

「やったらなぁ……」

 

 だからこそ、同じ『()()()()()』である彼の言葉は今の豪炎寺には強く刺さるはずだ。

 

「今の何もしてない君は、妹ちゃんの手本になれとるん?」

「っ……!?」

 

 何かに気づかされたかのように目を見開く豪炎寺を見て小さく笑みを浮かべてから、俺は再び振り返ってグランドの方へ歩いていく。あの様子なら、豪炎寺の中から円堂達を助けないという選択は消えただろう。

 

「待てっ! お前は……どこまで知ってるんだ?」

「さあな、知らん方がええかもしれんで?」

 

 そして俺は、振り向かないまま豪炎寺に軽く手を振ってから、そのまま進んでいく。それから雷門側のベンチに近づくと、そこにいる顧問の冬海へ告げる。

 

「――冬海、選手交代や。審判の人に伝えとき、禪院直哉が試合に出るってな」

 

 

……

……

……

 

 

『さあ! 雷門は風丸に代わり、禪院の登場です! 果たして彼の登場は、雷門にどういった変化をもたらすのでしょう!』

 

 雷門中側の選手の中でも特に酷く痛めつけられていた風丸と交代し、俺はフィールドへ足を踏み入れる。4番のユニフォームに着替えた俺の登場に観戦してる生徒達からは困惑したような、不思議がるようなざわめきが上がった。

 

 思えば、このユニフォームに袖を通すのも初めてだな。一応、サッカー部として数回ボールに触れたことはあるが、真面目に練習する気がまったくなかったからまるで新品だ。

 

 そして周囲を見渡せば、帝国の選手が不思議そうに俺を見つめ、同じサッカー部の奴らからも困惑の感情が強く向けられる。

 

 だが、ただ一人円堂だけは俺の登場に笑顔を見せていた。

 

「約束通り、助けに来てやったで」

「禪院……ああ、これで百人力だ!」

 

 満身創痍。ユニフォームもグローブもボロボロで今なお肩で息をしている状態。だがそれでも、円堂は笑みを浮かべていた。本当に、心の底から、俺ならなんとかできると言いたげな様子で。

 

「はっ。相変わらず汚いなあ。ほれ、手ぇ出しや。キャプテンがその様はカッコつかんやろ」

「ああ……って、うぉお!?」

 

 入部する際に握手することすら断った円堂の泥まみれな手を、俺は自分から掴み無理矢理立ち上がらせる。そして今度は円堂と同様に倒れていた他の部員達へ向けて声をかけた。

 

「いつまで寝てんねん。さっさと立てや寝坊助共。あんなカス共に負けて恥ずかしくないんか? 根性しか良い所ない君らがそこで負けてどうすんねや。それとも君らも円堂君みたいに手を貸さんと立てられへんの? 情けないなぁ」

「……んなわけ、ねぇだろ」

 

 俺の煽りに、染岡を筆頭に皆が立ち上がっていく。誰もが、苦しそうにしながらも笑みを浮かべていた。

 

「……信頼されとんな」

 

 円堂の方に視線を戻し、言葉を零す。自分で言うのはあれだが、俺は円堂以外の連中とそこまで仲良くはない。だからこいつらが信じてるのは俺じゃない。信じているのは、頼れるキャプテンの方。俺との約束を守るため、気合いでゴールを守った円堂に再び触発されたのだ

 

 全員が全員、肩で息をしているがその目には再び闘志が戻っている。この調子なら役立たずではあるが、足手纏いにはならないだろう。まあ、目金だけは未だにビビッてばかりで使い物にならなそうだが。

 

「なるほど……」

 

 その時、背後から静かな声が落ちて来た。

 

「俺達が“カス”か。随分と大きく出たな。選手交代と聞いたからやっと奴が出て来たかと思えば……ハズレか」

 

 赤いマントを揺らしながら鬼道が歩み寄ってくる。ゴーグルで分かりずらいが、その瞳には明確な侮りが見て取れた。

 

「あ? 上から物言うなや。カスはカスらしく地面這いつくばって無様に命乞いでもしてたらどうや?」

「お前、鬼道さんになんて口を――」

「言わせてやれ、辺見。この男が口先だけかどうかはすぐに分かる。気に入らないのならプレーで分からせてやれ。どちらが上なのかじっくりとな」

 

 淡々とした口調で語る鬼道は俺の煽りに一切表情を揺るがさない。自分を圧倒的な強者だと信じている者の顔だ。自分の実力を理解し、その実力に確かな自信を持っている。こういう男は厄介だが……逆に扱いやすくもある。

 

「生真面目な男が悪ぶっても、怖ないで。それとも、あの子が理由なん?」

「何を?」

 

 嘲笑うような笑みを見せながら、俺は視線を鬼道から外す。そしてグラウンドの外。雷門側のベンチに座っていた青い髪の少女へ向けた。それに釣られるようにして、鬼道も視線を流した次の瞬間、彼の余裕が崩れ、驚愕に顔を染めた。

 

「……」

「へぇ、やっぱそういう関係?」

「っ……」

 

 何故かマネージャーでもないのに雷門側のベンチに座る女。この女のことは知っている。といっても原作に登場するマネージャーの一人という認識でしかないが、グラウンドに入る前にあの女が鬼道へと向けていた視線は少なくとも他人へ向けるものじゃなかった。

 

 大方、家族や恋人とかの関係性だと思ってたが、鬼道の反応を見る限りは前者の方だろう。

 

「ほな、試合再開するで。鬼道君」

「……は?」

 

 俺は一瞬にも満たない間で鬼道の真横に接近し、肩に手を置き、耳元に顔を寄せて囁く。鬼道は恐らく、近づかれたという認識すらないはずだ。

 

 そしてピクリと体を震わせた鬼道はゆっくりとこちらを睨みつけてくる。先程までの余裕や傲慢さが今の彼にはない。その瞳には強い警戒心が宿っていた。

 

「貴様、どこまで知っている」

「おお、怖い怖い。そんなマジにならなくてもいいんとちゃう? 所詮、血が繋がっただけの女のことやろ」

「質問に答えろ」

「素直に言うとでも思うてんの?」

 

 威圧感を強めながら睨んでくる鬼道に俺は口角を吊り上げて返す。

 

「そんなに知りたいんなら無理矢理にでも聞き出してみたらどうや?」

 

 張り詰めた空気の中で、俺と鬼道は睨み合う。俺もそうだが、鬼道の方も引くつもりがないというのはすぐに分かった。後ろの方で、円堂が息を呑む音が響く。

 

 しかし先に動いたのは、鬼道の方。

 

「……いいだろう。全て話してもらうぞ」

 

 そう言ってマントを翻しながら鬼道は踵を返し、試合再開の準備を進めていく。俺もそんな鬼道を少しだけ目で追ってから振り返ると、そこにはどこか心配そうな様子でこちらを見つめる円堂の姿があった。

 

「禪院、何話してたんだ。ちょっとよく聞こえなかったけど……」

「どんな女がタイプかで盛り上がってただけや。鬼道君、あの新聞部の娘みたいなんがタイプみたいやで」

「……いや、絶対そんな空気じゃなかっただろ」

 

 即答で嘘吐いた俺に円堂の顔はあからさまに引き攣っていたが、それ以上特に追求することもなく自分のポジションに戻っていく。一応、ラインは弁えているらしい。

 

 そして俺も自分のポジションに着くと、帝国のコーナーキックから試合が再開した。

 

 

……

……

……

 

 

『試合は帝国のコーナーキックからスタートです! 雷門、このピンチをどう切り抜けるの――――』

 

 鋭いホイッスルの音と同時に、ボールが高く蹴り上げられた。そしてそのボールと同時に、一人の選手が勢いよくジャンプした。帝国のフォワード。確か寺門と呼ばれていた男だ。狙いは必殺技によるダイレクトシュートってところか。

 

「百裂――」

「それはもう何度も見たで」

 

 だが遅い。地面を蹴ってから飛び立つまでの速さも、必殺技を発動するまでのラグも、ボールを蹴る足の速さも、何もかもが遅すぎる。

 

『禪院取ったぁ! まさかシュートすら撃たせることなくボールをカット! なんという早業だ!』

 

「なんだとっ!?」

「遅いなぁ、欠伸が出るで」

 

 一秒後には、ボールは俺の足元に収まり、寺門はそこにはないボールに必殺技を放ち、見事な空振りを見せた。それを嘲笑うように見届けてから、俺はドリブルを始める。

 

 しかし相手も馬鹿じゃない。この程度のイレギュラーは想定済みだったというわけだろう。

 

「そう簡単に抜けるとでも思ったか?」

「まっ、君ならそう来るか」

 

 鬼道が指を弾いて合図を出すと、俺の目の前に六人の帝国の選手が事前に準備していたかのようにゾロゾロと現れ、俺の道を塞ぐ。流石は天才ゲームメーカーと呼ばれる男だ。イレギュラーに対する対策が早い。

 

『ドリブルで上がっていく禪院! だがやはり帝国、攻めだけでなく守りも堅い! これは禪院、絶体絶命か――――』

 

 確かに、普通ならこの戦術に押し負けて終わりだろう。……そう、普通ならば。

 

「……三回、か」

 

 俺は僅か三秒の間で、その全員を突破した。

 

「……ぇ?」

「なんっ……」

「消え……」

 

 ブロックに入った選手達は俺の動きを追うことすらできなかったようで、既に抜かされたことにすら気づいておらず辺りを見渡している。まあ、気付いても追いつけないだろうが。

 

 俺はそのままドリブルで一直線にゴールへ向かう。残すはキーパーただ一人。

 

『まさかの禪院、帝国の守りを一人で突破したぁ! これであとキーパ――――』

 

「ふっ……面白い!」

 

 帝国学園キーパーの源田が余裕の笑みを浮かべ、腰を低くし、両手を広げて俺を待ち構える。その構えには嫌な記憶しかないが、もう手遅れだ。

 

「そうか? 俺の方はつまらんかったけどなぁ」

「……は?」

 

 俺はゴールを背負う源田の横を()()()()歩いて通り過ぎた。

 

 唖然としてる源田だったが、そのまま俺が数歩歩いたところで、ようやく理解したらしい。

 

 ――ボールが既に、ゴールの中にあるということ現状を。

 

 一瞬、その場の全員が黙り込み、静寂がグラウンドに降りる。そして数秒遅れて、

 

『――き、き、き……決まったぁあああああ!!』

 

 今更だが何故か実況していた将棋部の奴の声がグラウンド中に響き渡った。同時に、雷門中の生徒達から歓声が沸き上がる。

 

『なんだなんだなんだあ! 禪院、一体何をしたんだー!!』

 

「まあ……“術式”使えばこんなもんやろ」

 

 耳障りな実況の声に耳を塞ぎながら俺は誰にも聞こえないように小さく呟く。

 

 俺は確かに平均的な中学生と比べたら桁違いに身体能力が高い。だがこの世界においてサッカーはただ身体能力が高いだけではどうにもならない。だから“術式”を使わせてもらった。

 

 俺の術式――“投射呪法”は事前に24FPSで作った動きを後追い(トレース)する。サッカーボールの分も考えて動きを作らないといけない分余計に脳を酷使したが、たかが日本一のサッカーチームを圧倒するくらいは余裕だ。

 

「すっげー! やったなあ禪院!」

 

 そんなことを考えながら自分のポジションに戻ると、円堂が詰め寄ってきた。その顔には隠しきれない興奮が現れている。

 

 続いて、他の部員達も集まってきた。

 

「やるじゃねーか、禪院」

「今の動きどうやったんだ!」

「は、速すぎて何にもわかんなかったッス……」

「ただのクズじゃなかったでやんすね」

「栗松。君は後でマジビンタな」

「んなっ!?」

 

 全員が全員ボロボロで、肩を支え合ってやっと立ってられている状態だが、それでも皆同じように笑っている。1点取れた。ほとんど俺のおかげとはいえ、その事実がそれほど嬉しかったのだろう。

 

「俺が出たんや。こうなるに決まっとるやろ。それよりさっさと戻れや。すぐに試合再開するで。俺はパッとしない君らの尻拭いに忙しいんや。余計な体力使わすなや」

「……あ、うん。その姿勢は崩さないんだな」

 

 シッ、シッ。と振り払うような動作でサッカー部員達を追い払う。そして、休む間もなく試合が再開するホイッスルの音が鳴った。

 

『禪院の活躍により帝国から一点を奪った雷門! ここから巻き返しとなるかぁ!』

 

「そうやな、もうちょっと遊んでやろか」

 

 帝国のキックで試合が再開する。ホイッスルの音の余韻が消えるよりも早く、俺は地面を蹴って跳び出した。そして再び一瞬でボールを奪い取る。

 

『禪院速い! 帝国にドリブルさせる隙すら与えず、ボールを奪い取りましたぁ!』

 

「「しまっ――」」

「学ばんなぁ。そんなんじゃあ、いつまで経っても俺を捉えられんで?」

 

 奪われたことをすぐに理解したフォワード二人の声が聞こえる。先程のように速攻でゴールまで突き進んでもいいが、ここは少しやり方を変えよう。

 

 俺は味方のいない敵陣ド真ん中で、軽くボールを蹴り上げ、足の甲で受ける。

 

「ほら、早く奪い返しに来た方がいいんとちゃう? サービスや。今度は君らにも分かるよう、ゆ~っくり動いたる」

「っ……舐めるなっ!」

「待て! フォーメーションを崩すな!」

 

 俺の挑発に帝国側の選手達が一斉に詰めてくる。鬼道の静止の声にも耳を貸さない様子を見るに、日本一といっても所詮は中学生だ。単純で扱いやすい。

 

 右からのスライディングを半歩引いて躱し、まず一人。正面から堂々と来たが踏み込みを利用して逆を取り、二人。タックルを仕掛けられる前にジャンプして躱し、三人。発動された必殺技は使う前に射程範囲から外れ、四人。

 

 そこから更に続けて五人、六人と。視界の端で人影が流れていく。だが誰一人として、俺の動きにはついてこれない。

 

『帝国学園の怒涛の攻め! ですが禪院、ボールを触らせません! なんというコントロールでしょう!』

 

「このっ……!」

 

 そんな中で、一人の選手が力強い踏み込みで迫ってくる。帝国のフォワード。名前は確か……そう、佐久間だ。佐久間は迷いなく俺との距離を詰めてくるが、焦っているのか動きが読みやすい。

 

「そんなにコレが欲しいん?」

 

 俺は見せびらかすようにボールを軽く浮かせる。

 

「ほな、やるわ」

 

 そして至近距離で、佐久間の顔面目掛けてボールを蹴り放った。

 

「がっ――!?」

 

 鈍い音と同時にボールが顔面にめり込み、佐久間はそのまま体勢を崩していく。だが、まだ終わらせない。

 

 落ちてきたボール越しに、体勢を崩した佐久間の腹へと蹴りを叩き込んだ。

 

「ッ、ぁ……!」

 

 身体がくの字に折れ、そのまま吹き飛び、転がっていく。

 

「佐久間!」

 

 これまでの冷静さがどこへ行ったのか、鬼道から焦ったような声が飛び出し、俺へ完全な敵意を向ける睨みを向けてきた。

 

「……なんや。君らも散々やっとったやろ? 文句あるん?」

 

 張り詰めたような空気の中で、鬼道の目がまっすぐと俺を射貫く。だが鬼道自ら俺に挑もうとする素振りはない。大方、俺の速さの秘密を探ろうとでもしてるんだろうが……まあ分かるわけがない。

 

 このまま帝国全員がリタイアして試合継続不可になるまで痛めつけるのも一つの手だが……。

 

「もういい、禪院! お前がそんなことする必要ない!」

「はぁ……。ほんま、お人好しやな」

 

 キャプテンからのストップが入ったからここで俺の遊びもおしまいだ。……まあ、そこまでやる意味も価値も今の帝国にはないが。

 

「そういうことや。そろそろ点を貰うで」

 

 宣言してから、俺は加速する。

 

 そして一瞬の内に“投射呪法”で最後尾にいるディフェンスまで抜き進むと、再び源田と相対する。

 

『なんということだぁあ! 禪院、先程の攻防が遊びだったと言わんばかりに帝国選手達をごぼう抜き! 再びゴール前まで――――』

 

「くっ……来いっ!」

「じゃ、お言葉に甘えて……」

 

 再び両腕を広げて構えた源田が立ち塞がる。そして俺も再び加速した。

 

 思考が加速し、世界がスローモーションになる。もうここは俺の世界だ。誰も俺にはついてこれない。このままゴールまでボールを運べば終わり……そのはずだった。

 

「っ……」

 

 一歩。だが確かに源田が俺の進行方向に一歩踏み込んだ。僅か二回目で、俺の動きに合わせてきたのだ。想定外に俺は一瞬、目を見開く。

 

 だがまだ甘い。

 

 俺はそのまま源田とすれ違い、そのままボールをドリブルでゴールの中へと置く。

 

「クソッ……」

 

 加速した思考が元に戻ると、背後で悔しそうに言葉を零す源田の姿が。

 

「残念。こっちは対応される前提で動き作っとんねや」

 

 そう言うだけ言って踵を返すと、再びやかましい実況の声が静寂を切り裂いて響いた。

 

『決まったぁああああ!! 禪院がまたしても決めたぞ! 速すぎてもう実況が追いつかなぁい!』

 

 歓声とざわめきが入り混じった生徒達の声が響く。それを聞き流しながら再び自身のポジションへと戻る俺は小さく呟いた。

 

「……さて、このくらいでええやろ。そろそろ円堂君にも出番作ったるか」

 

 そして再びボールがセンターに戻され、これまで余裕を一切崩してこなかった帝国の選手達が無言でポジションにつき、ホイッスルの音がグラウンドに響き渡った。

 

『2点目を獲得した雷門! 未だ点差は大きいが、試合終了までに巻き返せるかぁ!』

 

 実況の声がきっかけになったかのように、帝国のキックから試合が再開する。

 

「おぉおおおおお!!」

「はあ?」

 

 すると、驚くことにさっきボロボロにした佐久間が俺へ向かってドリブルしながら突っ込んできた。鬼道が驚愕しているところを見るに、あれはチームの意思ではなく個人の感情による行動なんだろう。

 

 俺に負けたくないという……単純な怒りによる。

 

「もうボールは渡さない!」

「それでこっち来てどうすんねん? 必死やなぁ。鬼道君の金魚のフン?」

「っ……黙れっ!」

 

 さっきの件で余程頭に血が昇ったのか、佐久間が真正面から考え無しに突っ込んでくる。

 

 冷静さを失った人間というのは実に扱いやすい。取ろうと思えばさっきみたいにボールを奪うことくらい簡単だ。狙いも次の行動も手に取るように分かる。

 

 ――だがそこを敢えて見逃す。

 

 俺は余裕を見せたままゆっくり歩いて行き、ボールにも佐久間にも触れずにその横を通り過ぎる。すれ違いざま、俺と佐久間の視線が繋がった。

 

「……な、んのっ!?」

「ごめんちゃい。遊びはもう終いや」

 

 過ぎ去る寸前に視た佐久間の瞳には、苛立ちや焦りなどがごちゃ混ぜになったかのような感情が見て取れた。だが互いに止まることはなく俺達は互いに前へと進んでいく。

 

『おおっと、禪院どうしたぁ!? ボールを取ろうともせず、一人帝国ゴールに上がっていく!』

 

 だが数歩進んでから、俺は首を曲げて背後の方へと視線を向けた。その先にいるのは……円堂。

 

 ――止められるよな?

 

 かなりの距離はあるが目線だけでそう語る。

 

「……っ」

 

 そしてその想いは、確かに円堂へと通じた。

 

「……ああ、任せろ!」

 

 僅かに目を見開くも、円堂はすぐに両手を叩き合わせてから構えた。その姿からは、確かな圧を感じられる。これなら問題ない。俺は俺の役割を遂行する。

 

「っ……後悔させてやる! 寺門、洞面! “デスゾーン”だ!」

 

 俺にスルーされ、円堂が本気でシュートを止めようとしている現状にプライドを刺激されたんだろう。佐久間はここまでの試合で一度だけ見せた“デスゾーン”という必殺技を放とうとする。

 

 佐久間の合図に三人は空中に浮いたボールを中心に三角形を描くように高くジャンプし、そのまま回転しながら紫色のオーラを纏い、三人同時にボールを踏みつけ、恐ろしい破壊力を宿したシュートを放った。

 

 対する円堂はと言えば、

 

「さっきの感覚を思い出せ。今度こそ……止めるんだ!」

「そう、それでいいんや」

 

 驚くことに一歩も退かず、()()()()を具現化し、強烈なシュートに正面から迎え撃った。

 

「はぁああ!」

「なにっ!」

 

 そして、“デスゾーン”によって膨大なエネルギーの込められたボールは黄金に輝く掌によって驚くほどあっさりと受け止められた。

 

『止めたぁああ!! ついに帝国のシュートを止めたぁ!』

 

 そう、これが俺の見たかった光景。俺の知る円堂守の必殺技――“ゴットハンド”。

 

「これだ!」

「せやな。認めたる。合格や」

 

 歯を見せてニカッと笑みを見せた円堂に俺はそう呟いた。そして敵味方含めて周りが唖然とする中、俺は駆け出した。

 

「行け! 禪院!」

 

 そしてそれを予測していたかのような円堂のロングスローにより、ゴール付近まで近づいていた俺にボールが届く。

 

『そしてボールは再び禪院に!』

 

 源田はまだ円堂が“ゴットハンド”を発動した驚愕から切り替え切れていない。だったらわざわざ立て直すのを待ってやる必要もないだろう。俺はこれまで二度見せたように“投射呪法”を使い、ボールをゴール内側までドリブルで持っていく。

 

 当然、反応の遅れた源田が反応できるわけもなく、俺は最後の砦を余裕で突破した。

 

『ゴォール! 禪院、帝国学園相手にハットトリックを決めましたぁ!』

 

 盛り上がる観客を無視して、俺は自然に歩いて雷門のフィールドへと戻っていく。そしてその際、すれ違い様に鬼道に声をかけられた。

 

「まさか、ここまでしてやられるとはな……」

「冷静やね。じゃあ、ダメ押しと行こか?」

 

 圧倒的な点差があるからか、それとも元々本気で戦っていないからか、未だに余裕を崩さない鬼道に俺はグラウンドの外へ視線を誘導する。するとその先からは、雷門のユニフォームを身に着けた人影が歩いてくるのが見えた。

 

『おや? 彼はもしや、昨年のフットボールフロンティアで、一年生ながらその強烈なシュートで一躍ヒーローとなった……豪炎寺修也!』

 

 逆立った金色の髪にその圧倒的な雰囲気に相応しい10番のユニフォーム。豪炎寺修也の登場だ。どうやら、ちゃんと俺との賭けは守ってくれたらしい。

 

『その豪炎寺君が、なんと雷門のユニフォームを着て、我々の前に登場!』

 

「ほう……」

「君らのお待ちかねなんやろ?」

 

 楽し気に笑みを見せる鬼道と俺の元へ、豪炎寺が歩いて来る。しかし、その事態に駆け寄ってきたのが審判と冬海だ。ただ鬼道が豪炎寺の参加を承認したことにより、すぐに選手交代は認められる。

 

 ところで……目金はどこいった?

 

「豪炎寺! やっぱり来てくれたか!」

 

 すると今度は円堂が駆け寄ってくる。だがただでさえボロボロな状態で“ゴットハンド”を使った影響だろう。崩れそうになってすかさず豪炎寺に支えられている。

 

 それでも円堂は笑みを崩さず、豪炎寺に「遅すぎるぜ、お前」と笑い、それに対する豪炎寺も微笑みで答えた。

 

「どうやら、賭けは俺の勝ちみたいやな」

「……ああ。だが手を貸す理由はそれだけじゃない」

 

 短く答えた豪炎寺は俺の方へ視線を向けてから微笑む。そして覚悟を決めた男の顔で言った。

 

「俺はお兄ちゃんだからな。一回くらい間違えてみようと思う」

「ふーん。じゃあ見せてくれや。長男の強さってやつを」

 

 

……

……

……

 

 

『さあ、雷門は目金に代わって新たな10番、豪炎寺が登場です』

 

 俺は自分のポジションに付き、試合再開の時を待ちながら隣に立つ最強の助っ人に視線を向けた。その鋭い眼は相手のゴールへと向けられている。そんな豪炎寺は視線だけは相手のゴールへ向けられたまま、こちらに短く声をかけて来る。

 

「ついてこれるか?」

「はあ? それこっちのセリフやない?」

 

 間髪入れずに返すと、豪炎寺は「フッ」と肩を竦めて笑みを浮かべた。なんとなく、馬鹿にされてる気がしないでもないが、まあいい。

 

「でもまっ、もう円堂君の仕事はないやろ」

 

 俺がそう言った次の瞬間、帝国のキックで再び試合が再開された。だがすぐに豪炎寺が飛び出し、スライディングでボールを奪い取る、流れるような早業だ。

 

「禪院!」

「せっかちやな!」

 

 そして俺にパスが届き、すぐに顔を上げて空間の状況を把握する。

 

『試合再開と同時に豪炎寺がボールを奪ったぁ! そしてすぐさま禪院に預けたぞぉ! これは再び禪院のドリブルが火を噴きそうだぁ!』

 

 豪炎寺の動きに対応しきれていない帝国学園の選手はまだ守りを固めきれておらず、俺の前にあるディフェンスは僅か三名。この程度なら二秒で抜ける。

 

 “投射呪法”を使い、すぐに脳内で作り出した動きをトレースする。

 

 そして二秒後。

 

「っ……クソッ!」

「またっ」

「なんなんだアイツの動きは……っ」

 

 俺はボールを奪いに来た三人を置き去りにし、ゴールへ向けてボールを運ぶ。

 

『禪院がグングン上がっていくぞ! このままゴールまで持っていってしまうのか?』

 

 だが流石にこれだけでは済まないらしい。

 

「少しは学んだみたいやねぇ」

 

 既に俺の前には人の壁が出来上がっていた。俺の速さを考慮した上で、鬼道の指示の下動いたディフェンスが守りを固めていたのだろう。流石だ。俺の動きに追いつけないというのに、予測だけで守りを固められる奴はそういない。

 

「でも残念」

 

 やろうと思えば、このディフェンスの隙間を潜り抜けるくらい大した労もない。だが俺のために守りの手を増やしてるってことは、同時に俺以外のマークが薄くなってるってわけだ。

 

「今回の主役は、俺やない」

 

 俺はボールを真上に蹴り上げる。同時に視線が一斉に上に向き、全員が気づいた。だがもう遅い。奴はもう止められない。

 

『おおっと、禪院! 帝国のディフェンスに攻めきれずボールを蹴り上げたぁ! しかし、これでは……いいや違ったぁ! これはパスだぁああ!』

 

 俺から空にパスが来ることを想定して跳んだ豪炎寺が、炎を纏い、空中で回転しながら撃ち落とすようなシュートを放った。

 

「“ファイアトルネード”!」

 

 炎を纏い、唸るような音を響かせながら突き進むボールはキーパーが触れることすら許さずに、ゴールネットを突き破りかねない勢いで突き刺さった。

 

『ゴォール! 雷門イレブン! 帝国学園から4点目のゴールをもぎ取りましたぁ!』

 

 実況の声がグラウンド中に響き渡り、観客達が盛り上がりを見せた。

 

 そんな中、帝国学園の選手達を見ると、どこか悔しさこそ残っているが、“豪炎寺修也の強さの把握”という目的が達成できたからか満足したように俺達に背を向け、そしてグラウンドから離れていく。その行動に一瞬違和感を感じはしたが、直後審判からの言葉にすぐに納得する。

 

「ただいま、帝国学園側から試合放棄の申し出があり、ゲームはここで終了!」

 

 もう用は済んだからこれ以上の試合は無意味。というわけだ。

 

「なんや、あっけないなぁ」

 

 多少消化不良なところはあるが、これはこちらからしてもありがたい展開だ。試合の点差は4対18。俺と豪炎寺がいるとはいえ、後半の半分を切ったこの状況で最低でもあと14点を取るのは物理的に無理だ。

 

 そうしてグラウンドから帝国の選手達が離れていく中、ただ一人、鬼道だけがこちらへ向かって歩いてきた。

 

 そしてすれ違いざまに、

 

「お前達のキャプテンに伝えておけ、この決着をつけたければフットボールフロンティアを勝ち上がってくるんだな、とな」

「へぇ、それで他の学校に負けたら恥かくで?」

「ふん、言ってろ。それと……」

 

 堂々とこちらに挑戦状を叩きつけた鬼道だったが、どこか迷ったような顔を見せると、視線を少し揺るがしながら決まずそうに最後に言った。

 

「春奈のことは……任せたぞ」

「……いや、それは俺に頼まれても困るわ」

「……」

「……」

 

 なんとも気まずい空気ではあったが、鬼道はそれ以上は何も言わず、そのまま来た時と同じやけに厳ついバスに乗って雷門中を去っていった。

 

 こうして、雷門中と帝国学園との試合は名目上ではあるが、雷門中の勝利として終わりを迎えたのだった。

 

 

……

……

……

 

 

 試合が終わり、観客も、帝国学園もいなくなると、俺は未だ興奮冷めやらない円堂達から逃げるようにグラウンドから離れていく。あのままグラウンドに居続けてしまえば、テンションの上がった奴らに胴上げとかされてしまいそうな勢いだからだ。

 

 だが、ふと背後からやけに耳に入る大きな声が響き、興味本位に振り向いた。

 

「よく来てくれたな。これで、新生雷門サッカー部の誕生だ」

 

 そこでは、円堂が助っ人として試合に参加してくれた豪炎寺に握手を求めていた。まあ、あの感じなら、『ようやくサッカー部に入ってくれる気になった』と思っても仕方ない。ただ、その考えは甘かったらしい。

 

「豪炎寺、これからも一緒にやっていこう――」

「……今回限りだ」

 

 10番のユニフォームを脱ぎ、円堂に投げ渡した豪炎寺はそのままグラウンドから立ち去っていく…………上半身裸のまま。

 

 素っ気ない態度に皆唖然としていたが、そんな豪炎寺を円堂は引き留めることはなく、ただ感謝を口にした。返答は返ってこなかったみたいだが、それでも構わないんだろう。

 

 円堂はバカだが無能じゃない。事情こそ知らないが察したはずだ。豪炎寺にはサッカーをやりたくてもできない理由があって、今回はその誓いを破ってまで自分達に助太刀してくれたのだと。

 

 そうして、円堂達はグラウンドの中心でここから自分達のサッカーが始まるのだと、声高らかに宣言した。

 

「へぇ、豪炎寺君はまだ入部しないん? ふーん……時間の問題やろうけど」

 

 勝利の余韻に浸る円堂達に声をかけることなく、俺はそのままグラウンドを離れていく。それからしばらくして、人気のない校舎裏までやってきてから俺はほっと一息ついた。

 

「……俺のサッカー、か」

 

 胸の前で握り締めた拳を見つめながら呟く。

 

 俺は今回、本来の使い道とは異なるが、初めて“呪力”、そして“術式”を実戦で使った。これまで一人で鍛える時にしか使わなかったそれを、戦うために使用したのだ。

 

 正直に言って、()()()()()()()()

 

 自分の力を、自分のために振るう。“術式”を使って帝国学園の選手を圧倒していた時は、相手の上に立った優越感と空間全て支配したかのような万能感を感じた。あれほどの爽快感はこれまで感じたことがない。

 

 【呪術廻戦】原作における禪院家が非術師を“猿”と呼んで蔑み、才能主義を掲げていた理由も今ならよく分かる。あれは麻薬だ。あの味を一度でも知ってしまえば、もう戻れない。自分という存在がどれだけ特別なのかを嫌というほど思い知らされる。

 

 それに今回の試合で理解した。俺にはまだ“上”がある。まだ本来の直哉に及ばないこの力を更に高みまで持っていける、と。

 

「くくっ……」

 

 それを知ってしまえば、もう興奮が抑えきれなかった。自然と口元が歪む。これでは円堂達のことを馬鹿にはできないな。

 

 しかしこの世界に呪霊はいない。敵となりうる呪術師や呪詛師もいない。これまでは生きるために敵を作らないことを意識していたというのに、今では真逆だ。自分が圧倒すべき敵を望んでいる。

 

 だったらやることは一つ。呪い合うのではなく、サッカーという舞台の上で戦う。この世界における俺の敵はもうそこにしかいない。

 

「ああ、そうや……」

 

 覚悟を胸に俺は顔を上げた。

 

 そしていつか辿り着いて見せる。本来の禪院直哉ですら到達できなかった強者側(アッチ側)に。

 

 俺は静かに宣言する。

 

「アッチ側に立つんは、俺……」

 

 しかしそこで見覚えのあり過ぎるオレンジバンダナの顔が頭を過り、呆れたようにため息を零してから言い直す。

 

「アッチ側に立つんは……俺()や」

 

 それから数秒。沈黙の時間が続き、

 

「……」

 

 自分自身を客観視した上で、自らの発言を思い返した俺は自然と顔が引き攣り、ある言葉が口から漏れ出てしまうのだった。

 

「…………キッショ」




おまけ(もしかしたら生まれるかもしれない未来)
直哉「染岡君はなぁ、顔がアカンわ。豪炎寺君と逆やったら良かったのにな」
染岡「んだとテメエ!」

直哉「三歩後ろを歩かれへん女は背中刺されて死んだらええ」
夏美「それは私に言っているのかしら禪院君?」

直哉「非道(ひど)いなぁ、人の心とかないんか?」
影山「勝つためならば、私はどんな手も使おう」

アフロディ「神の本気を知るがいい!」
直哉「ざけんなや。……努力も知らん。ドブカスが」

直哉「……嘘やろ?」
鬼道「何故お前が……」
ゴジョウ「領域展開――

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