方向音痴のサイヤ人   作:

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7. フライング・野菜人

 

白く、柔らかな毛に覆われた巨大な手のひらが、埋め尽くすように頭上へと迫る。

 

硬く埃っぽい地に横たわったまま、わたしは、手足を懸命に動かそうと力を込めた。

しかし、体は棒のように動かない──いや。事実、筋肉はおろか体温もない一本の棒なのだ。

路端に散乱したガラスの破片に映り込む、場違いに軽快なオレンジ色(・・・・・)

 

 

ふざけるな。いったいなんで、なんでこんなことに……!

 

 

「生意気なガキも、人参になりゃかたなしですね!オヤブン!」

 

一人の戦士が映るはずのそこには、見慣れた服と共に小さな人参が転がっていた。

 

 

◇◇◇

 

 

端的に言うと。

二足歩行の兎に西の都がどっちか聞きだそうとしたら人参になっていた。

 

何を言っているかわからないと思うが、わたしにもわからない。

 

地球じゃ挨拶代わりに人を人参にするのか?

というか、戦闘力は大したことないのに、気の探知やら人を人参に変えるやら、なんなんだこの地球とかいう星の奴らは!!

 

せっかく人が慈悲深く、命は奪わずにぶん殴るだけで済ませてやったというのに、この仕打ち。

頭がおかしい。

 

「……まったく。いきなり殴ってくるなんて躾のなっていない子供だ」

「さっすがオヤブン!ぶっ飛びながらでも人参に変えちまうなんて並の技じゃありませんぜ!」

 

人の頭上で駄弁ってないで、さっさと元に戻せーーッ!!

 

ウサギとその部下らしきウサ耳のふざけた連中に叫ぼうにも、ただ無情に風に揺らされ葉がカサカサと間抜けな音を立てるだけ。

声が出ない。それもそのはずだ、何せ声帯も口もないのだから。

 

「ほっほっほ。それにしても、見せしめに村を一つ人参に変えたところだというのに、まだこんな子供がいるとは。足りなかったようですねぇ」

 

 

……村?

 

脳裏にこの町へ来る前に通った、奇妙な村が過ぎる。

そう。痕跡はあれどヒトっ子1人いない、いくつも人参が転がっていた村。

 

(人と同じ気配の人参……って、まるきり今のわたしじゃないか?!!)

 

ゾッ、と背筋が冷たく凍りつく。

 

こいつらが言っているのが真実なら。

あそこに転がって野生動物に食われるのを待っていた人参たちは、ただの野菜じゃない。

このウサギによって姿を変えられた、人間たちのなれの果てだ。

そしていずれは、わたしも。

 

冗談じゃない!

誇り高きサイヤ人の戦士が、あんな泥塗れで腐るのを待つだけの存在になってたまるか。

だが、焦れば焦るほど、人参の体は重く地に縛り付けられる。

 

「……メイズ?どこ〜?おーーい」

 

その時、呑気で平和ボケした気配と共に、わたしを呼ぶ声が徐々に近づいてきた。

 

(ブルマ!!

ここだ、この人参!気付け……いや気付いたところで無駄か!?

やっぱり来るなーーーッ!!お前までやられたらわたしの酔い止めはどうなる?!)

 

「オヤブン、他にもガキがいるみたいですぜ」

「ちょうどいい。もう1人くらい見せしめに変えておきましょう」

 

やめろ、そいつに手を出すな!!!そう叫びたくとも声は届かない。

何もできぬまま、ウサギの気配が少しづつブルマに近づいていく。

 

──あの日と同じだ。

 

宇宙船のポッドの窓、迫り来る巨大な大猿の巨腕。あの時もわたしは、ただ動けずに死を待つだけだった。

また、負けるのか。

手も足も出ずに、文字通り地を這ったまま。

 

 

そんなの、嫌だ!!!!

 

 

怒りが体を支配し、体内の気が爆発的に跳ね上がる。

ぽふんっ。

 

間抜けな音と共に、イタチの屁のように貧弱ではあるが、全身から確かにエネルギーが吹き出た。

同時に、体が嫌に軋む。気の強さに肉体(人参)が耐えられない。

 

(でも、気は練れる……!!)

 

地面を蹴る足はない。相手をぶちのめす腕もない。それでも、気が練れるなら!

祈るような思いに応えるように、ふっ、と体が軽くなる。

 

次の瞬間。

 

ウサギたちが、ポカンと口を開けてこちらを見上げて(・・・・)いるのが見えた。

 

「お、オヤブン!人参が──飛んでる!!」

 

──飛べた!!

 

しかも、驚くべきことにどれだけ視界を激しく回転させようと、急上昇と急反転を繰り返そうと、あの大猿化の時にわたしを地獄へ叩き落とした猛烈な吐き気が、なぜか欠片ほども襲ってこない。

むしろ余計な体調の変化がない分、普段より鮮明に周囲の気がわかる。

 

そうだ、人参には胃袋も何もない!!

 

まさに無敵。

普段はできないような捻りを加え、高機能な戦闘機さながらの立体軌道でブルマに近づくウサギ野郎に突進する。

そう、これこそが究極の戦闘形態……ってんなわけあるか! 元に戻せこの野郎!!

 

いくら酔わないからと言って、鍛えようもない、おいしいものも食べれないどころか被食者の野菜のままで生涯を終えたくはない。

 

「飛べるなんてそんなの聞いたことが……あっ。まさか、ウサギ団を狙った暗殺者とかじゃ!」

「ひ、怯むな!飛べようが所詮今は人参、撃ち落としなさい!」

 

ウサ耳の部下たちが、銃を構えてこちらに狙いを定める。

だが、今のわたしに銃弾程度の直線軌道など、迎え撃つ必要もない。

 

放たれた弾丸が、表皮の数ミリ横を通り過ぎていく。

もはやオレンジの弾丸と化したわたしは弾と手を掻い潜り、風を切って男たちへ向かって急降下した。

 

「ぐ、ぎゃあああ?!」

 

──グシャッ、と生々しい破砕音が響く。

鼻骨を粉砕する確かな感触と共に、男の顔面に人参の先端がめり込んだ。

 

殴れぬなら、エネルギー弾をまともに放てぬなら、この身を武器にするまで。

気で表面を覆い、植物の脆さを超硬度の質量へと変える。

 

「速い!どこだ?!どこに……ぶふぉっ?!」

 

顎をカチ割り、硬質な先端で肉を裂く。跳ね返るエネルギーの反動を利用して鋭角に反転、宙にオレンジの軌跡を描きながら、男のみぞおちを縦横無尽に穿(うが)った。

きっと、今この時世界で1番強い人参はわたしだろう。

 

そうとも、わたしはサイヤ人なのだから。たとえ人参になろうとも、この程度の戦闘力のやつに負けてたまるか!!

 

「オヤブン!!た、助けてくだせえ、この人参、強すぎる!」

「ええい、おのれ生意気な!」

 

ウサギの手が、狂ったように空を切る。

大雑把な動きに気の練り方も稚拙。だが、触れるだけで肉体を別の物質に変質させる能力持ち。

腕がわたしに当たることはないが、こちらから触れないのは面倒だ。

どうしたものか。

 

……しかし、そちらに気を取られていたのが不味かった。

 

視界の端に、すっかり忘れかけていた青色の髪が映り込む。

 

「ね、ねえ、あなた達大丈夫?」

 

(ブルマ?!)

 

いつの間にこんな近くまで……そこまで考えて、ふと自分の姿を思い出して納得した。

道中わたしの飛行原理にあれだけ食いついたんだ。飛んでる人参なんかいたら、あのブルマが来ないわけがない。

 

「その人参、ロボットなの?結構小さいけどスピード早いわよね。動力は?──あ!あと、あたしと同じくらいの女の子見なかった?なんか街に全然人がいなくて」

「ほほう!良いタイミングで来ましたね、お嬢さん」

 

ウサギ野郎の視線が、ブルマに向く。

まずい。

 

駄目だ、ブルマを人参にするなんて……あいつは、わたしの酔い止めを用意するんだッ!

 

瞬時にウサギの顔面に飛び込み、エネルギーを人参の先端に集中させる。

肉体を壊さないためには、高威力はムリだ。

 

だが、小さくとも当てる場所さえ選べば!!

 

(──酔い止めぇぇえ!!!)

 

目眩ましには過分な、凝縮されたエネルギー弾が、ウサギ野郎の目元で炸裂した。

 

「ぎゃあああ!!目が、目がぁーーーッ!!」

 

至近距離での爆発に、ウサギが顔を押さえてのけぞる。

情けなくも逃げ出そうとするので、先回りして再び顔面にお見舞いしてやる。

知らなかったのか?人参からは逃げられない。

 

「ぶべっ?!やめ……か、解除!解除じまずから、目を狙うのだけはやめてっ」

 

ポンッ!!

 

ウサギが手を叩くと共に、煙が視界を覆う。

次の瞬間、生ぬるい風と共に手足の感覚が戻ってきた。

手が、足が、尻尾がある。──そして、肌を撫でる大気の温度。

尻尾に傷ひとつないことを確認して緩く腰に巻きつけ、顔を覆うウサギの間に立つ。

 

「も、戻しましたから、その……命だけは、ね?」

「……ああ、そうだな」

 

わたしの返事に安堵するウサギに微笑みかけ、手のひらにエネルギー弾を浮かべた。

 

「すぐに命を取ってはやらない。だから隙をついて逃げようなんて馬鹿なことは考えるなよ。逃がさないから」

 

エネルギー弾でウサギの足を撃ち抜く。

耳障りな叫び声と共に白い塊が地に転がったのを横目に、いつのまにか姿を消していたブルマの気配を探る。

 

「なんだ、元気そうじゃん」

 

少し離れたところを駆け回る小さな気を感じ取り、ほっと息をつく。

 

……なんで安心したんだろう。酔い止めが無事だったからか?

首を傾げながら、ウサギに向き直る。

そうだ、ついでに西の都の方向でも聞いておこう。

 

「もう一度攻撃を受けるのと大人しく質問に答えるの、どっちが良い?無駄に痛い思いをしたくなければ、西の都がどっちか教えてもらおうか」

 

ボソボソと、震える手で方向を示される。

嘘じゃないな?とエネルギー弾を掲げれば、悲鳴交じりで間違いありません!!と答えが返ってきた。

青ざめた表情に、嘘はなさそうだ。

 

「なるほど、向こうの気の塊ね。どうもありがとう。

 

 

……じゃあ、もう楽にしてやる」

 

 

手をウサギに向け、エネルギーを集中させる。

バリバリと音を立て始めたそれは、記念すべき侵略の一歩としては十分だろう。

そのまま、震えるウサギに向け──。

 

「ちょっとメイズ!あんたどこに……って、そんな姿で何やってんの!?」

 

遠くから急速に接近する甲高い声に、意識を持っていかれる。同時に手元の光が少しずれ、ウサギの顔の真横にぶつかり爆散した。

 

……間が悪い!!

 

 

◇◇◇

 

 

 

数時間後。

ガタゴトと揺れるジープの後部座席で、わたしは不機嫌極まりない顔で窓の外を眺めていた。

 

「悪かったわね、相手が不審者だとは思わなかったの。なんか手は光ってるし相手はボロボロだし、何よりメイズ、何故か変なベルトだけ(・・・・・)だったじゃない。あたしがいなきゃ野生児としてお巡りさんに捕まっててもおかしくなかったわよ」

「ベルトじゃない!……そもそもどれもこれもみんなアイツのせいだ。あと少しで仕留めきれたのに!!」

 

散々やり返してやっと仕留めるというところで、ブルマのやつが戻ってきて、あれこれ口を挟んで止めたのだ。

酔い止め云々を出されたら、わたしも引くしかない。

それに、こいつらにうっかり人参にされたからやり返してた……なんて恥ずかしいこと、言えるわけがない!!

 

泣く泣く、ブルマと共に駆けつけた警官とやらに引き摺られていくウサギどもへ、殺気を飛ばすくらいしかできなかった。

 

あんな危険因子、生かしておくなんて正気か?

地球人の甘ったれた思考回路はまったく理解できないが、こんなのは今回だけだ。

気の感知も身につけつつあるし、あとは酔い止めを手に入れれば、もうこの星の住人など皆滅ぼすしかないのだから。

 

次会ったが最後、触れる間もなく圧倒的な力で始末してやる。

 

「まあまあ、生かしておいたお陰で村人からお礼に服も洗ってもらったし、お金も貰えたんだからよかったじゃない。これだけあれば、ホテルのスイートにだって泊まれるわよ。それにパパと次の町で合流できるよう手配してくれたし!」

「宿には興味ない。お腹が空いた」

「あら、そう。じゃあちょうどいいわ。次の町はね、人参ケーキがすっごく美味しいって評判なのよ!パパと合流したら追加報酬に奢ってあげる!」

 

人参、ケーキ。

 

……そういえば、この星には過去に同族は来なかったのだろうか。

もし、過去に来ていたとして。その人参が、同族の変えられた姿だったら?

そんなの、共食いじゃないか。

 

いやむしろ、地球人達は同族かもしれない人参の加工品を食べているのか?

想像して、全身の肌が粟立つ。

胃の底からせり上がる得体の知れない気味悪さに、引きつった顔でブルマを睨みつけた。

 

「ぜっっったい、嫌だ!!!!」

「何よ、そんなに人参嫌いなの?そういえばあの人参だらけの村でも変な顔してたわね」

「そんなんじゃない!むしろあの人参を見て何も思わないお前が変なんだ」

「お前じゃなくてブルマ」

「ブルマが不気味で変!」

「それでよし。いやよくないわよ!あたしのどこが不気味で変ですってーー!?怖がり!」

「鈍感に言われたくないね!!」

 

その後、合流したブルマの父親にも人参ケーキを勧められ、死に物狂いで拒否したのはいうまでもない。似たもの親子というやつなのか、地球の常識なのか。

機械なしで戦闘力を読めたり、出会い頭に人を人参に変えてきたり、同族の可能性がある野菜を嬉々として調理したり。

 

やはりこの星はどこかおかしい。

 

そんな星の住人が集う西の都。

いったい、どんな魔境なのか……。

 

 

◇◇◇

 

 

一方その頃。

パオズ山、孫悟飯の家。

 

「……おかしいのう。メイズの気が近くに感じられん。また迷子になったんか?」

 

炎の前で、老人は静かに眉をひそめた。

あの子が早い時間に飛び出して行ったのは知っていた。たまには1人で悩む時間も必要だろうと見送ったのだ。

 

気の探り方を教えてからは迷うことが減り、最近ではどこかへ行っても自力で帰ってきて、夕飯時にはひょいと顔を出していたというのも一つの理由ではある。

薄々思ってはいたがどうも気の感知に関して筋が良く、既にそれなりの範囲で気を感じ取れるようになっているらしい。

教え子の成長は鼻が高い。

 

……しかし、それはこのパオズ山だから手放しに喜べることだ。

 

まだ体の出来上がっていないあの子では、他の気が至る所にある場所に行ってしまうと、むしろその能力が悪さをするだろう。

気の種類を見分けたり、余計に感知しないようにコントロールするのは下手くそだし。

 

メイズが飛び出して行った方向に目を向ける。

もちろんあの方向音痴がまっすぐに進むとは思わないが、あちらにずっと進めば、あるのは──西の大都会。

 

たしか、あの子は度々『すかうたー』とやらを直すため、街に行きたがっていなかったか。

 

「じいちゃん!焦げる!」

「おっと、すまんすまん悟空。……夕飯までには帰ると言っておったが、この調子では間に合いそうにないのう。よし、冷めると不味くなるしこの包子は悟空が食べていいぞい」

「やったーー!」

 

もし仮に都に行ったとして。

今の感知力と三半規管の弱さだと、ちと苦労するかもしれんなぁ。

 

 

 

──メイズ、西の都まであと少し。

 

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