カジノ【アナザーワールド】。ここ最近、ネット上にて話題になっている違法カジノの名前である。
そこでは億を超える大金が一夜にて動いている。極小数の夢を手に入れる勝者と大半の人生を台無しにする敗者が生まれ続けており、そのカジノに関わった者は等しく不幸になっていく。
そんな違法カジノが話題になっている理由。それは──。
「ちっ。厄介な連中に狙われたわね」
そう言ってグラスに注がれたワインを一家に飲み干し、苛立ち混じりに愚痴を溢すのは【アナザーワールド】のオーナーである女性。
グラマラスなボディを露出度の高いドレスに着飾り、他にも豪華な装飾品を身に付けて分かりやすく己の力を誇示する女傑。
赤ら顔で睨み付けるその先には一枚のカードがあった。
闇の中で踊る赤と青と黄色の三つの翼は、ここ最近若者の間で人気のデザインとなっている。しかし彼女の注目はそちらでは無く裏に書かれた文字。
『今夜の23時に、異世界に眠る秘宝を頂戴しに参る。
三つ色の盗賊団より』
「――カラーズ・スリー。コソ泥共め……!」
カラーズ・スリー。それは一年前から活動している怪盗団の名前。
構成員は若い少女三人だが、その手口は鮮やかの一言で、彼女たちの予告状を受け取った者達は等しく大切な物を奪われてしまっている。
しかし世間はそれを称賛している。何故なら、カラーズ・スリーが狙うのは普通の金品財宝ではなく──。
「──ねぇ、オーナーさん。そんなに怖い顔しないで?」
「ミノルくん」
オーナーの怒気を鎮める様に、そしてそれ以上に彼女の関心を己に向かわせる為に密着しながら甘い声を出す美少年。
マゼンタ色の髪に桃色の瞳を持つその少年は、まるで踊り子の様な衣装を身に纏いその陶器の様に白い肌を晒していた。
ミノル、と呼ばれた少年はオーナーの頬に口づけを一つしてリップ音を響かせる。それだけでオーナーの心はドロドロに溶かされていく。まるで毒に犯されている様に。
「それにしても僕ガッカリかも。世間を騒がしている怪盗様たちが、お金目当てでこのカジノを狙うだなんて」
ちゅっ、と口元付近に焦らすようにキスの嵐を降らせるミノルに、オーナーは快楽の波に呑まれて思わず零した。
「いや、どうせアイツらの狙いはこれでしょう」
そう言って彼女が手を掲げると怪しい光が現れ、次の瞬間には手のひらサイズの黒と赤のサイコロに変わった。
その光景を見たミノルはキスを辞めて驚いた様子で呟いた。
「カオス・オーダー……!?」
カオス・オーダーとは、異世界から違法に輸入されているアイテムであり、この世界の秩序を乱し混沌を生み出す第一級危険物だ。
所持しているだけで罪に問われ、使用すれば極刑に処される。
それだけカオス・オーダーは危険であり、それだけ力を求める者にとっては魅力的な劇物なのである。
「これはねミノルくん。イカサマダイスって言って無敵のカオス・オーダーなのよ。これさえあれば私はギャンブルで負けないし、警察に捕まらないし――何より怪盗にこれを盗られる事もない」
カラーズ・スリーのターゲットは全てカオス・オーダーである。
彼女たちは、カオス・オーダーを悪用する者たちからカオス・オーダーを奪い、ついでにその者が犯してきた罪を白日の下に晒す為、若者を中心に人気が高い。
逆に警察関係者や犯罪者たちからは目の上のたん瘤となっている。
それはオーナーも同様であり、しかし同時に怪盗たちに負けると微塵も思っていない様子だった。
「凄いよオーナー! それにしてもボク、カオス・オーダーを見たの初めて……ねぇ触ってみても良い?」
「ははは。流石にミノル君の頼みでも――」
オーナーの言葉はそれ以上続かなかった。何故なら彼の熱い情欲によって口を塞がれてしまったから
オーナーと彼の間で銀色の雫の橋が作られ、そしてプツリと途切れる。
「だったらオーナー。ボクと勝負してよ。もしボクが勝ったらソレ触らせて」
「……私が勝ったら?」
彼女の問いにミノルは妖艶な表情を浮かべて、オーナーの耳元に口を寄せて。
「――全部あげる」
彼の言葉に、オーナーは勝負の舞台に駆け上った。まるで獣の様に。
これからの夜は長く、熱く、激しい物になりそうだ。
♡
「はい、終わり」
ベッドの上で一心不乱に腰を振りながら体液を撒き散らす女性の手からイカサマダイスを取り上げるミノル。
オーナーは白目を剥いて舌をだらしなく突き出しながら獣の様な咆哮を上げている。
今頃、彼の見せた夢で快楽の渦に呑み込まれているのだろう。
「ランクは……なんだ、
「だったら私が貰って良い?」
そう言って暗闇から伸びた手がイカサマダイスに伸ばされるが、その手を躱して逆にもう片方の手で指を絡める様に握り締めるミノル。
「おや、早かったねレッド。デートでは早めに着いておくタイプ?」
「そうだね。ついでに言うとエスコートする為に念入りに下調べするタイプかな? 場合によってはデートプランの変更もするよ。相手に悪いからね」
「自信がないんだね。男を楽しませるのに」
「まさか、何時だって私は本気さ――特に君相手ならね、マゼンタ」
紅の髪と瞳に、その美貌を隠す仮面。その身に包むのは黒と赤のライダースーツ。背には真っ赤なマント。
手にはまるでオモチャの様な銃を握り締めており、しかし銃口は誰にも向けられていない。
彼女こそ、カジノ【アナザーワールド】のオーナーに予告状を送り付けた張本人。盗賊団カラーズ・スリーのメンバー、怪盗レッド。
「今回のターゲットは、君のお目当ての物じゃなかったんだろう? どうだい? 悪い話じゃないでしょ?」
「あら? 男からただで物を貰うつもり? ボクも安く見られたものだ」
「まさか。お金なら用意するし、それ以外でも良いよ。例えば――私と楽しい夜を過ごすとか?」
次の瞬間、青い閃光が夜闇の中を走りミノル――否、マゼンタの手からイカサマダイスを弾き飛ばす。
放物線を描いたカオス・オーダーは、その先に居た金髪金眼のレッドと色違いの衣装を着た怪盗の手に渡る。
「イカサマダイスゲット! ごめんねマゼンタくん」
「謝る必要ないイエロー。隙を見せれば痛い目に遭うのはいつもこっちだ」
そう言って油断なく銃を構えながら現れるのは怪盗ブルー。ここに怪盗団カラーズ・スリーが揃った。
マゼンタは降参と言った様子で両手を掲げて呆れたように言い放つ。
「ブルーちゃん今日もクールだねぇ。惚れちゃいそう」
「黙れ……この男狐め!」
「あらら。ボク随分と嫌われちゃってるね。いつも言っているけど、ボクは君たちの敵じゃないんだけど?」
何故ならこのマゼンタもまた怪盗であり、狙うのもカオス・オーダーのみである。
「でもマゼンタくん、味方でもないよね? 普通に裏切ったりするし、囮にもするし」
「男の裏切りを許すのが女の度胸って聞いたことあるなぁボク」
「うげぇ。アタシそういうの嫌いだし分からん……」
心底そう思っているのが仮面越しに分かり、思わずマゼンタは笑ってしまった。
「うんボクもそう思うよ。別に許して欲しいとは――思ってないかな?」
そう言ってマゼンタはいつの間にか手に持っていたボールを地面に叩き付ける。
するとボールが破裂し周囲がピンク色の煙に包み込まれた。レッド達は口元を腕で覆い、煙を吸わない様に気を付けながら後ろに下がる。
「それじゃあ、もう時間になったし帰るね? バイバイ、可愛い怪盗さんたち」
「……! ブルー! カオス・オーダーは!?」
「ちゃんと持って――」
そう言ってブルーは自分の手元を見て、絶句した。
握り締めていた筈のイカサマダイスはそこに無く、代わりにあったのは男物の下着と張り付けられたカード。
そこには『ボクの一張羅、ブルーちゃんだけにあげるね♡』と書かれていた。
「~~~っ! あの変態野郎!!」
途端、ブルーはそれを地面に叩き付けて顔を真っ赤にさせて叫んだ。
その声を聞いたレッドはまんまとしてやられたな、と時計を見ながら思う。
時刻は23時。自分たちの予告状通りに異世界のお宝は奪われてしまった。
「ブルー、イエロー。とりあえず帰るよ。そろそろ煩いのが来るからね」
一方その頃、建物の外に出たマゼンタは月の光の下に晒されているイカサマダイスを見据える。
これがあれば億万長者も夢ではない。それだけの力があるし、実際カジノのオーナーもそれで荒稼ぎをしていた。
「でもボク、ギャンブル興味ないんだよね。やっぱり人間、堅実に生きるのが一番だよ」
パトカーのサイレン音がこちらに近づいてくるのを聞きながら、彼は闇の中に消える。
あのカジノのオーナーは逮捕されるだろう、自分が読んだ警察によって。
同時にたくさんの人間もまた捕まる。それだけこのカジノに関わった者は多い。
警察の捜査はスムーズに進むだろう。証拠は分かりやすい場所に置いておいたのだから。
♡
「おはようシン」
「おはよー。ふぁあ……ねむい」
坂倉高校の朝礼前に登校してきた生徒たちが教室に集まる中、
それを見たクラスメイトは珍しい、と意外そうな顔をした。
「寝不足? 珍しいね」
「ちょっとソシャゲにハマっちゃってね」
「そうなんだ。それよりもさ、昨日の夜また現れたみたいだよ! カラーズ・スリー!」
そう言ってそのクラスメイトはスマホの画面にあるネットニュースを表示してシンに見せて来る。
【違法カジノ【アナザーワールド】のオーナー逮捕! 闇のカジノの裏にカオス・オーダーの影アリ! 怪盗たちの活躍の前に、再び超常課は何もできず!】
「カラーズ・スリーカッコいいよね! 特に怪盗マゼンタ!」
「……マゼンタはカラーズ・スリーじゃなかったんじゃないの?」
「そう? でもかっこいいじゃん!」
そう言って盛り上がるクラスメイトを尻目に、シンはため息を吐いた。
怪盗マゼンタは人気だ。悪党を懲らしめるダークヒーローは何時だって民衆から求められている。特にこの世界の
困った事に。
「へぇ、また出たんだあの怪盗たち」
「あっ、赤峰さん……!」
クラスメイトの声に喜びの色が混じる。
会話に入って来たのは赤峰キラ。最近転校してきた赤い瞳が特徴的な女生徒だ。長身でスタイルが良く、さらには運動も勉強もできて男子にも優しい為学校での人気は高い。
シンと話していたクラスメイトも例に漏れず「赤峰さんと話しちゃった」と顔を赤くさせて幸せそうにしている。
「おはよう赤峰さん。怪盗にも困ったものだよね。警察に任せれば良いのに」
「はは。そうだね。でも怪盗たちにも理由があるのかもね。特にマゼンタちゃんとか」
「さぁね。意外と私欲で動いているのかも。カラーズ・スリーはともかく」
「相変わらず桃宮さんはクールだね。でも――そういう所も可愛いよ?」
そう言ってウインクを一つして、キラは自分の席に戻って行った。
その後姿を見ながらクラスメイトはカッコいいと目をハートにし、シンは内心呆れていた。
「変わらないな……ボクと違って」
彼の呟きは誰にも聞かれる事は無かった。
桃宮シンには秘密が幾つかある。
その一つは彼が転生者である事。シンは前世の記憶があり、この世界に生まれ落ちた時大いに戸惑った。前世との違いに。
この世界は貞操観念が逆転していた。痴漢ではなく痴姦。男性専用車両の電車。熱湯風呂に入って局部にモザイク掛けられるのは女性。
男女比も傾き、女性は男性に積極的にアピールする世界だった。
さらにカオス・オーダーと呼ばれる超常の力を持つアイテムが存在していた。その力を使った犯罪によってこの地球は苦しめられている。
そんな世界にシンは普通の子どもとして生まれ落ちた──筈だったのだが。
「怪盗マゼンタ。何でこんなに人気になるんだよ。あんなのただのビッヂじゃん」
彼は頭を抱える。怪盗マゼンタの人気に。
彼は悩み続ける。怪盗マゼンタが活動を続けないといけない事に。
何故なら──彼こそが怪盗マゼンタなのだから。
「絶対バレたくねぇ」
彼は心の底から思っていた。ドスケベ変態怪盗マゼンタの正体が自分である事をバレたくない、と。