キリトの前に現れたのは、一人のNPC――ブローノ・ブチャラティ。
それは、茅場晶彦によって生み出され、そして“離反した存在”。
プレイヤーを救うため。
仲間を守るため。
その男は、NPCでありながら“黄金の精神”を貫く。
そして迎える、最終決戦。
すべてを見通す支配者に対し、二人は刃を交える。
その結末は――
“誰か一人が、すべてを背負う覚悟”。
【第75層最終決戦】
剣が、閃いた。
連撃、加速、限界を超えた踏み込み。
「はぁぁああッ!!」
黒の剣士――キリトのソードスキルが連なる。
だが、届かない。すべてが届かない。
「遅い」
目の前の男――茅場晶彦は一歩も動かない。最短の一撃が剣を弾き、体勢が崩れる。
(まずい――!)
踏み込まれる。
「終わりだ」
振り下ろされる斬撃。
――間に合わない。
その瞬間、空間が裂けた。
「……そこまでだ」
現れたのは――ブローノ・ブチャラティ。
「ブチャラティ……!」
助かった、そう思ってしまった。
「立て、キリト」
短い言葉。それで十分だった。
再び踏み込む。
ジッパーが走り、斬撃を裂き、死角へ回る。
だが――
「読めている」
一閃。肩が裂ける。
(速い……!)
それでも止まらない。狙いは“盾”。
踏み込む。読まれている。それでも――
「……それでいい」
ジッパーが盾を裂いた。
同時に、茅場晶彦の剣が胸を貫く。
「――ッ!?」
思考が止まる。理解が追いつかない。
(なんで……!?)
だが、ブチャラティは止まらない。
「スティッキィ・フィンガーズ」
腕が射出される。
一直線に――茅場へ。
「読めている」
躱される。やはり通じない――はずだった。
次の瞬間、腕が“開いた”。
ジッパー。その先は茅場ではない――自分の足元。
「なっ――!?」
地面が裂け、身体が引き込まれる。
(そうか……攻撃じゃない、“位置取り”だ!)
視界が反転し、次の瞬間には茅場の背後。
「……そういうことか!」
踏み込む。迷いはない。
「うおおおおおッ!!」
斬撃が走る。手応え。だが、浅い。
その時、気づく。ブチャラティの身体が崩れ始めている。
(もう……限界か……)
「後は任せたぞ、キリト」
「……待て」
違う、何かがおかしい。あの男は“帰る”という言葉を一度も使っていない。
「ブチャラティ……あんた……」
現実の話も、元の世界の話も何一つない。
まるで最初から、帰る場所がないかのように。
「ブチャラティ……あんたの体は……この世界にある体は……」
言えない。言ってしまえば決定的になる気がした。
ブチャラティは静かに笑った。
「幸福とは、こういうことだ」
一拍。
「これでいい。気にするな」
「皆んなに、よろしくと言っておいてくれ」
止められない。分かっているのに、何も言えない。
そのまま、光となって消えた。
「……ああ」
胸の奥が重い。それでも前を見る。
「ちゃんと、伝えるよ」
剣を握る。視線の先――茅場晶彦。
「――行くぞ」
踏み込む。今なら届く。
連撃。崩れた均衡。
「うおおおおおッ!!」
最後の一撃。
剣が、茅場を貫いた。
「……見事だ、キリト君」
「さらばだ、キリト君」
光が溢れ、世界が崩壊する。
ログアウトが解放される。
だが。
帰れない男が、一人いた。
それでも。
彼は、幸福だった。