―――記録 1164年9月14日 讃岐国(現在の香川県坂出市)
『―――赦せぬ』
喉を焼く灼熱が、五臓六腑にしみわたる。
『嗚呼、赦せぬ。
決して赦してなるものか。
我が至るべき“
我が誇りを、我が愛する者たちを、我が全てを奪われて』
溢れ出るような怒涛の熱は、世界さえ灼く呪詛と化す。
『赦せぬ。嗚呼赦せぬとも。この怒りこそ、我が呪詛の源なりて。故に――
その宣誓を
貴きその身は、人ならざるものへと転化する。
『日本国の大魔縁となり、皇を取って民となし、民を皇となさん』
―――保元の乱にて敗れ、讃岐国へと配流された讃岐院の呪霊への転化を確認。
対象は直後より、特級相当の呪霊としての活動を開始。
呪術界はこれを"特級過呪大魔縁”『崇徳天皇』として登録した。
「……たとえ如何なる理由があろうとも、己が呪詛を撒き散らし、世を戦乱へと導こうと言うのであれば――我が全霊を持って切り伏せましょう」
―――朝廷の命により、かつての"五虚将”や"日月星進隊”に比肩する天皇家直属部隊である"幽蘭胡蝶衆”及び"八大夜叉大将”が討伐に赴くも――これを失敗。
『そうか、あぁ、汝でさえ、我が怒りを共にはできぬか』
怒りに呼応し世界が揺れる。
―――その後、対象は三度に渡り都を襲撃。
撃退。及び一時的な封印に成功するも、甚大な被害が発生し、神器の一部が紛失。
これにより、朝廷は武力による祓いを断念した。
保元の宣明を破却し、対象を『崇徳院』と改め、鎮魂の儀を執り行うことで、讃岐の地に封印。
『よかろう。嗚呼よかろうとも。他ならぬ汝だけには、我が至上の悪逆を妨げる権利がある―――!!』
大魔縁の叫びが海を割り。
―――しかしその後も、『崇徳院』の呪詛の完全停止は確認できず。
―――1330年代、後醍醐天皇による建武の新政、およびその後の南北朝分裂により、日本の呪術的均衡は崩壊。
当時の呪術総監部は、これを対象の呪詛によるものと認定。
この混乱期、呪術界は対象の祓除を完全に放棄し、封印を強化すると同時に、対象の膨大な呪詛を逆用する「無力化」の模索を開始した。
「……参ります」
刀の一振りが空を裂く。
―――明治元年。
明治維新に伴う王政復古。新政府及び呪術総監部は、崇徳院の呪詛を掌握せねば近代国家の成立は不可能と判断。明治天皇の宣旨により、対象を讃岐から京都『白峯神宮』へと遷座。
対象を「守護神」へと転化させ、対象の呪詛と莫大な呪力を、天元様の『結界』の増幅器として作用させることに成功。
それに伴い、対象の封印を命じられていた特級呪術師■■(※規制済み)も京都へと帰還。
遷座の完了に伴い、■■が天元様へと接触。
天元様より、■■は『崇徳院』の封印の管理を任命される。
その後、■■は当時の高専組織及び呪術総監部との協力関係を維持。
「……我が身では、至りませぬか」
正しく、世界さえも震撼させる激戦が繰り広げられ。
後に残るは、どこまでも続く地平線。
勝者たるは、大魔縁。
『―――
―――なれば。我が呪いの最たるを、その清き魂に刻み込もう』
大魔縁―――人ならざるものと化した、その指先が触れる。
そして刻まれるは、死よりも重く、永遠に続く
『死を、赦さぬ。老い果てることを、赦さぬ。忘れることを、赦さぬ。滅びることを、赦さぬ。
例え天が地に堕ちようとも、我が怨嗟の調べが、この世全てを焼き尽くすまで。
―――我が苦痛、我が呪い、宿業となりて背負うが良い』
それは、慈愛の形をした、最果ての呪詛。
――■■は現在、「白峯神宮」の管理および、対象の不規則な覚醒を抑え込むための安全装置として、呪術総監部からの支援を受け、呪術高等専門学校内での滞在が許可されている。
備考:
一部の呪術師の間では、■■に対する不可解な噂が広まっている。
公式記録上、■■は数百年に渡り同一の個体として生き続けていると推察されており、その正体は―――。
『嗚呼、
――――日本三大怨霊の一柱。
"特級過呪大魔縁”『崇徳天皇』の、実の娘であるとされる。
◇
「……おはようございます。今日もお天気がよろしゅうございますね、父上」
高専の片隅。
かつての特級呪術師は、枯れた老婆の姿で、空っぽの虚空に向かって穏やかに微笑んだ。