月・火・水・木・金曜日を無事に乗り越え、ようやく土曜日がやってきた。午前十時四十分。集合時間の二十分前だ。
だが、その時点でもう全員揃っていた。
「思ってたより早く集まったな……」
そう呟く創に、苗木も頷く。
「ですね。なんだかんだで昨日はすごい楽しみでしたし」
「私も〜」
「もう全員集まってますし、少し早いですが、ファミレスに行きましょう。この時間ならそこまで混んでないでしょうし」
終一の言葉に全員賛成し、ファミレスに向かった。
ファミレスは、まだ昼前とは言え、客がチラホラと入っていた。テーブルに座って、まずはドリンクバーを注文する。それぞれドリンクバーで好きな飲み物を取ると、創が乾杯の音頭をとることになった。
「それじゃ改めて、今年はこのメンバーで挑むことになった。これから一年よろしくな。では計画の成功と、俺達の親睦を深めるってことで……乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
グラスを合わせ、各自飲み物を一口飲む。創はオレンジジュース、苗木はコーラ、楓は紅茶、終一はアイスコーヒーと、それぞれが選んだ飲み物は見事にバラバラだった。
コーラを一口飲んだ苗木は、鞄から小さな唇の模型を取り出し、唇を少し開いた状態にしてそれをテーブルの上に置く。楓がそれを見て尋ねた。
「あれ? 苗木君、それは?」
「ああ、これは『無駄グチ』といって、防諜用の死神道具だよ。創先輩に持ってくるよう言われてね」
「まぁ人が多いし、誰が聞いてるか分からないからな。念のためだ」
この無駄グチという道具は、設置場所で交わされる会話を第三者には意味のない雑音として聞こえさせるものである。唇の開き具合で効果範囲も変わるため、密談という点では非常に便利な防諜グッズとなっている。
「へぇ、そんなのもあるんだ! 便利だね!」
「確かに。人目の多い場所で死神の話をするなら必須かもしれませんね。でも苗木君、よくそんなの持ってたね」
「うん、今年の正月に福袋で当てたんだ。あの時は使い道が浮かばなかったけど、まさかこうして役に立つとは思わなかったよ」
苗木が苦笑しながらそう答えると、楓が「あ、そうだ!」と何かを思いついたように手を叩いた。
「誰かに聞かれる心配もなくなったわけだしさ、折角だから改めて自己紹介しない?」
「自己紹介って前にやっただろ?」
「でもあの時は、除霊砂時計のあれこれとかもあって、うやむやになったじゃないですか。今回は色々詳しくやりましょうよ!」
「でもまぁ、交流会なんですから、楓さんの言う通り、改めて自己紹介するのは悪くないと思いますよ」
「だよね! じゃあ決まり!」
改めて自己紹介をする流れになった。
「ではトップバッターは創先輩! お願いします!」
「お、俺かよ……」
「だってこの中で年長者ですし」
楓に満面の笑みでそう言われ、創は困ったように頭を掻いた。
「ったく、こういうの苦手なんだけどな……」
そう言いつつも、創は姿勢を正した。
「俺は創。
死神は基本的に苗字を持たない。だからこそ、希望ヶ峰学園浄霊計画に参加する際は、苗字の偽名を持つことになっている。
「どうして『日向』って苗字にしたんですか?」
終一が尋ねた。どういう経緯で日向という苗字を選んだのだったか、創は少し考え込んで記憶の糸をたぐる。
「ああ、思い出した。本棚を眺めて、それで目に入った作者の名前を選んだんだっけか」
「へぇ、何か由来があるのかと思いましたよ」
「別に深い理由はないよ。そういう終一はどうして『最原』って苗字にしたんだ?」
「僕はなんとなく響きが良かったからですね」
「人のこと言えないじゃん」
楓が思わず突っ込んだ。創はゴホンと咳払いする。
「それで話を戻すけど、趣味は散歩とゲーム、好物は草餅だ。だけど、桜餅は苦手だな」
「そういえば、創先輩はどうしてこの計画に参加したんですか?」
苗木が尋ねた。楓も頷く。
「ですね。一昨年とか重傷者が出て、危ないって話だったのに一人で参加するなんて本当に勇気があるなって思います」
「いや、参加者が俺しかいなかったことは参加の申し込みをした後に知ったんだよな」
創は苦い顔を浮かべた。グイッとオレンジジュースを呷る。
「俺……元々死神一高を目指してたんだ」
「死神一高ってすごいエリート校ですね」
「でも、この計画に参加しているということは、受験に落ちたんですか?」
終一の歯に衣着せぬ質問に創は苦笑しつつ、「落ちたのならまだ良かったんだけどな……」と呟く。
「……受験当日にインフルになったんだよ。おかげで試験は受けられなかったんだ。しかも、他の学校も同様に受けられず、残ったのが堕魔死神になるための専門学校くらいしかなかった」
「「「うわぁ……」」」
「それはまた、災難でしたね……」
終一が同情するように言う。
「うんうん。私だったら立ち直れる自信ないよ……」
楓も顔をしかめた。
「僕でも結構へこむと思います」
苗木も苦笑する。
「実際、あの時はかなりへこんだよ」
創は肩を竦めた。
「そんな時に枝垂から希望ヶ峰学園浄霊計画の話を聞いたんだ。あんな激務だとは思わなかったけど、充実していたと思うよ。枝垂や七海がいなかったら乗り切れなかったな」
「そういえば……」
楓がどこかワクワクした面持ちで尋ねた。
「前から気になってたんですけど、創先輩と七海さんって……付き合ってるんですか?」
「ブハッ!?」
思わず吹き出しかけた創は慌てて口元を押さえた。
「なんだよ、いきなり!?」
「だって創先輩、放課後の浄霊が終わったら殆ど毎日、七海さんとゲームしてるじゃないですか」
「確かに僕も気になりますね。霊が見えるとはいえ、人間の七海さんのことを随分気にかけているようですし」
「確かに二人は仲が良いですもんね」
「苗木まで……」
「それで、結局どうなんですか?」
後輩三人に問い詰められ、創は大きく溜息を吐きながら答えた。
「付き合ってない。俺と七海は、ただの協力者でゲーム友達だ」
「え~、絶対付き合ってそうなのに」
「そもそも恋愛にかまける余裕なんてないっての。それに、色々ハードルも高すぎるしな」
本科と予備学科。死神と人間。恋愛関係に至るにはハードルが高すぎる。苗木が首を傾げた。
「死神と人間というのは別に問題ないんじゃないですか? 珍しい話ではないと思いますよ。僕の祖父母だってそうでしたし、前の学校の友達も祖父母がそうだったらしいですし」
「っ……もう俺の話は良いだろ! 次はお前だ、苗木!」
「ええっ!? 僕ですか!?」
「……強引に打ち切ったな」
「……打ち切ったわね」
終一と楓の呆れた呟きをスルーして、今度は苗木が自己紹介する番になった。
「じゃあ、今度は僕だね。僕は苗木誠。おじいちゃんが死神で、おばあちゃんが人間、お父さんが人間だから……死神のクォーター……かな。趣味は前にも言ったように、死神道具集め」
「前の除霊砂時計の騒ぎの時も大活躍だったもんね! でも、どうして死神道具が好きになったの?」
楓が尋ねると、苗木は決まり悪そうに頬を掻く。
「実は僕、小学生の頃は成績が悪くてね。死神のクォーターだからか浄霊能力が他の皆よりもずっと低くて」
「そういえば、学年一の落ちこぼれだってよく笑われてたっけ」
終一が思い出したように言った。苗木は苦笑しながら頷く。
「……うん。それで、ある死神に言われたんだ。『地力で劣るのなら、道具を使いこなせるようになれ』って」
「ある時期から死神道具を使った授業に関しては成績が大幅に上がったよね」
「うん、最初はその言葉がきっかけで死神道具について勉強していたけど、気が付いたらすっかり趣味になっちゃった」
「へぇ、苗木にそんな過去がなぁ……」
創が感心したように呟いた。死神中学の頃に知り合った時には既に死神道具マニアになっていたので想像もつかなかった。
「それから、家の方針で人間の学校と死神の学校に通っていて、たまたま希望ヶ峰学園からスカウトを受けて『超高校級の幸運』ということで入学することになったんだ……」
「本当にすごい偶然だよな。話を聞いた時は俺も驚いたよ。てっきり『超高校級の死神道具マニア』とかで入学したのかと思ったぞ」
「だからそんなニッチな肩書きないですって」
創の言葉に、苗木は苦笑しながらそう返す。
「それにしても、お前がそんなに苦労してたとは知らなかったよ」
「創先輩と知り合った頃にはもう立派な死神道具マニアでしたからね」
苗木は照れくさそうに笑った。
「じゃあ、次は終一君だね!」
「えっ、僕?」
楓に言われて、困ったように視線を彷徨わせつつも、覚悟を決めたのか、終一は自己紹介を始めた。
「僕は終一。こっちでは最原終一と名乗っています」
「その苗字は響きが良かったから選んだんだっけか?」
創が揶揄うように言った。
「創先輩にだけは言われたくないです」
「ごもっともだな」
楓が思わず噴き出した。苗木もクスクス笑う。
「趣味は推理小説で、伯父が探偵をやっているのでその手伝いもしています」
「へぇ、すごいね! 探偵の仕事ってなんかすごそう!」
楓が目を輝かせながら言うと、終一は苦笑しながら首を横に振る。
「そんな大したことはしていないよ。主に資料整理とか、調査の補助とかだし」
「それでも探偵っぽくてカッコいいよ!」
「探偵かぁ。終一君はそういうの得意だよね」
「……そうかな?」
苗木の言葉に終一は首を傾げた。苗木は頷く。
「うん。小学生の時、霊自身も忘れていた未練を道具も使わずに推理だけで思い出させてたじゃない」
「ああ、そういえばそんなこともあったね」
終一は少し視線を逸らした。
「えっ!? なにそれ!」
楓が身を乗り出す。
「聞きたい聞きたい!」
「別に大した話じゃないよ」
「絶対大した話だよ!」
終一は話を逸らすようにゴホンと咳払いした。
「僕がこの計画に参加したのは、去年の実績を読んで興味を持ったからだね」
「去年の?」
「ええ。実績書を読む限り、謎が多くて、それで好奇心が湧いてきたんです」
どうやら、終一は探偵としての探究欲に駆られて、この計画への参加を決意したらしい。創は頷いた。
「なるほどな。それで、どうだ? 実際のところは?」
「まだまだ分からないことだらけですね。この間の霊道のことも含めて。だからこそ興味深いですが」
終一はそう答えると、アイスコーヒーを一口飲んだ。そんな終一を見て、創は小さく笑った。
「俺も去年は全然そういうのに気が付かなかったしな。頼りにしてるぞ」
「恐縮です」
終一も照れくさそうに笑った。そして、最後に楓の番になった。
「じゃあ、最後は私だね。私は楓! 現世では赤松楓と名乗ってるよ! 苗字の由来は、庭にある赤松の樹からとったんだ!」
「へぇ……」
苗木は創と終一をジッと見つめる。視線を向けられた二人はそっと目を逸らす。
「趣味はピアノで特技はピアノ! 小さい頃からピアノが大好きなんだ!」
「楓さんが浄霊しているところは何回か見たことがあるけど、すごいよね。あれだけ怒り狂ってた悪霊が安らかな顔で成仏していったし」
「音楽の力は偉大だよ!」
終一も思い出したように言った。
「そう言えば、楓さんは音楽の力で霊を浄霊させる一族の出身だったね。この計画に参加したのも、もしかして腕試しのため?」
「あ、うーん……」
楓は少し決まり悪そうな表情を浮かべた。
「実は、親に怒られてね。ピアノばかり熱中するんじゃなくて、浄霊もきちんとやりなさいって」
「な、なるほど……」
両親にそう怒られている様子が容易に想像できた。
「でも確かに、死神である以上は浄霊もしっかりやらないとって思ってね。だから、この計画に参加することにしたんだ!」
楓はそう言って、いつものように明るく笑った。
「ここならたくさんの霊と向き合えるから、浄霊の腕も磨けるでしょ? それに、私のピアノで霊達を安らかにしてあげられるなら、それってすごく素敵なことだと思うんだ!」
「なるほどな」
創は頷いた。
「つまり、親に言われたのがきっかけではあるけど、最終的には自分でこの計画に参加する意味を見つけたってことか」
「うん、そういうこと!」
楓は嬉しそうに頷く。
「ピアノも浄霊も、どっちも私にとって大切なものだから。だったら、どっちも同じくらい頑張ればいいんだよ!」
その言葉に、苗木が感心したように笑う。
「楓さんらしいね」
「でしょ?」
楓は得意げに胸を張った。
「だからこの一年、いっぱい浄霊して、いっぱいピアノを弾いて、もっともっと上手くなりたいんだ!」
「……なんだかんだで、一番やる気満々なのは楓かもしれないな。俺達も負けてられないな」
創が呟くと、苗木と終一も顔を見合わせて笑った。
「確かに」
「ですね」
こうして、四人の自己紹介は一通り終わった。それから昼食を食べながら、四人は他愛のない話に花を咲かせた。まだ集合してそれほど時間は経っていない。交流会は、始まったばかりだった。