鯱。   作:パイナップル手榴弾

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第二話【奸人】(かんじん)part2

「そうなると、十中八九その肉蝮は尚也って奴にゆすりかけてるでしょうね」

 

「あぁ、しかも監禁されてるとなりゃただ金を奪っただけで(しま)いなはずがねぇ…おそらく親かはたまたBUMPSの関係者まで飛び火するだろうな」

 

六本木の高級クラブ。以前アヤが働いていた店。その奥にあるVIP個室では鯱鉾と彼の叔父が組長を務める壷井組の若衆らが、今回起きた一連のトラブルに関して密談していた。

 

「しかし、鯱鉾さんがわざわざ出張るとは、その肉蝮ってやつは相当ヤバいんすね」

 

「馬鹿野郎、テメェも噂ぐらいは知っとけ」

 

バチンという音が個室内に響く。頬を赤くし、鼻から血を垂らした若衆が涙目になりながら「すんません」と張り手をした兄貴分に頭を下げた。

 

「すいません鯱鉾さん、ウチの若ぇのが」

 

「気にすんな、俺んとこの部下も知ってたのは名前だけだ。やつの凶暴性について説明したときには、明らかに引いていた」

 

鯱鉾はそう言いながら、胸ポケットのハンカチを鼻血を流している若衆に差し出す。受け取ろうとする若衆を兄貴分が制し、自らのハンカチを伸びた手に押し付けた。

 

「今回の頼みはかなり危険だ、肉蝮って野郎は人の形をした化物だからな、殺す気でかからないと撃退はできないだろう。それに、明確じゃないがタイムリミットがある」

 

「警察ですか」

 

「それもあるが、最悪尚也がその肉蝮に殺されかねん。」

 

仮に肉蝮に監禁されている以上、尚也はただ拘束されているだけでは済んでいないはずだと鯱鉾は確信していた。すでに半殺し状態になっているだろうし、仮にそうなれば肉蝮が尚也から金を奪えるだけ奪って去った際に、彼が被害届を出して警察が出張るのは確実と言えた。

 

そうなれば、尚也は警察の庇護下に置かれることになる。こちらが妙な動きをすれば警察は絶対にそれを見過ごさないだろうし、尚也にケジメを取ってもらうのは困難になるだろう。

 

そもそも、それ以前に肉蝮が尚也を殺す可能性だってあり得る。いずれにせよ、この計画において肉蝮は非常に目障りで邪魔な存在だった。

 

 

「この際、肉蝮の対処は必要最低限として尚也をアパートから拉致するのはどうです?」

 

「そうなると、こちら側に非が生まれちまう。仮に尚也の強姦を盾に親に示談を迫っても、相手側は拉致った事実で反訴してくるだろう。なるべくなら、10:0で向こうを悪にしたい」

 

「…だとしたらやはり」

 

「あぁ、肉蝮を尚也から引っ剥がすしかない。そうなれば、肉蝮から救ってやった恩もある、尚也もソイツの両親も俺を無下にはできないだろう」

 

「でも、恩を仇で返されたらどうするんです?」

 

鼻をハンカチで抑えながら、若衆が鯱鉾に訪ねた。

鯱鉾はテーブルの上に置かれたウイスキーグラスを持ち上げながら言った。

 

「させない。」

 

 

 

 

 

 

 

第二話 【奸人】(かんじん) part2

 

 

 

 

 

 

 

BUMPSの代表である小川純は焦っていた。

今しがた、音信不通になっていた尚也からの電話、どこで何をしているのかを激しく問い詰めようとした矢先、その電話の主は尚也本人ではなかった。

 

 

『テメェ…イベサーBUMPSの代表なんだろ?』

 

聞き慣れない声。

滑舌は悪く、喋りはトロい。しかしながら、その声色からは背筋に冷や汗が流れるほど冷酷な雰囲気が漂っていた。思わず呆気にとられる純の耳に、末恐ろしい言葉が告げられた。

 

 

『慰謝料100万用意しろ…。』

 

 

何がなんだか全く持ってわからない。

そもそも電話の主は名乗りさえせず、唐突に因縁をつけてきた。いたずら電話かと一瞬の苛立ちを湧き上がらせた純だったが、電話の主がさらに述べた内容に思わず絶句した。

 

曰く尚也が、電話の主の大事な女性に対し、いつもの無理ウチ(蛮行)をした。そして今現在、尚也は電話口の男から凄惨な仕打ち(何か)を受けている。

 

あ゛ふい゛(熱い)あ゛ふい゛(熱い)

 

尚也が枯らした声で叫んでいるのが電話越しに伝わった。

シャーっという音とともに、聞き覚えのある声の響き方。小川純の脳内には、今現在、尚也がどこか…それこそ彼の自宅の風呂場で給湯器から供給される熱湯を、シャワーでかけられている姿を想像した。

 

 

「な、尚也…大丈夫か?」

 

『大丈夫だよ!俺全然、熱くないから。』

 

 

電話越しに尚也の叫び声が聞こえる中、不気味な声が純の声に反応する。この時点で、純は電話の相手が全く話の通じないヤバい奴であることを本能的に察した。

 

『こいつの皮膚がベロンベロンになる前に、カネの話しよ〜ぜ』

 

「な、なんで俺が100万払うわけ?」

 

『今夜8時までにカネを用意しろ』

 

 

もはや質問にすら答えてもらえなかった。

 

『逃げんなよ、純』

 

自身の名前を呼ばれ、思わず息が詰まる。

 

『逃げたらどうなるか参考までに、尚也の拷問メールマガジン、1時間おきに送るから』

 

電話が切れる。

数秒後、純のケータイに一通のメールが届いた。

 

 

「(…歯?)」

 

 

そこには、尚也のものであると思われる、血塗れの奥歯が6つ並べられている写真があった。

最悪の気分であった。

 

今の小川純にとって尚也という存在は、イベントを成功させるために必要不可欠なピースとも言えた。彼の存在、もとい彼のチケットの売上が無いと、催促されているイベント会場費を支払うことは困難である。

 

そうなれば、ここまで築き上げてきた帝国は崩れ、BUMPSは終わる。それすなわち、純にとっての出世街道は絶たれるも同然であった。

 

このとき、純は冷静さを欠いていた。

電話帳にある金を持っていそうな連中に片っ端から連絡をかけた、イケメンゴレンジャイの他のメンバー、広告代理店の知り合い、果ては極力関わりたくない地元の先輩の暴走族に至るまで。

 

必死の連絡も虚しく、日は暮れ、ついぞ金を貸してくれるような人間は現れなかった。

渋谷の街を駆け、彼は最後の頼みの綱にすがった。

 

 

「頼むよネッシー」

 

 

根岸裕太、通称ネッシー。

小川純の幼馴染であり、ラブホ街で未成年の少女"舞たん"を使って美人局をしている小物。普段から金を無心にしている相手であるため、必死さを伝えれば、また金を貸してくれるであろう。そう考えた純はできるだけ長い時間説得できるよう、場所をスクランブル交差点付近にある喫茶店に移した。

 

しかしながら

 

「カネなら貸さねぇ、つってんだろ」

 

「…」

 

体よく断られた。

アイスコーヒーの氷がカランと音を立てて浮上する。グラスに付いた水滴のように、小川純のこめかみから汗が流れた。

 

「カネは人間関係をぶち壊す力があるからな」

 

「そこをなんとか頼むよ!明日までに150万用意しないとBUMPSは終わりなんだよ」

 

「お前は無理しすぎだよ、周りからカネ借金しまくって…信用どんどん失って孤立してんじゃねぇか」

 

「…」

 

根岸がタバコを取り出しながら言う。

 

「お前は今、自分を見失ってる」

 

「…」

 

「自分をもっと大切にしろ」

 

 

幼馴染からの心配に、純は内心でありったけの悪態をついた。今必要なのはそんな慰めや心配の言葉ではない、カネなのである。心の内の苛立ちを、眼の前のチンピラに向かって奥歯を噛み締めながら呪詛のように脳内で唱えた。

 

「(ありきたりなこと言ってんじゃねぇよ、大切にしたい自分が無ぇから無理して這い上がる努力してんだよ。てめぇみたいに何もしてないヤツに限って偉そうに言いやがるんだ)」

 

「…」

 

「(…)」

 

「…」

 

ふと、根岸の横でミルフィーユを食べていた舞たんが口を開いた。

 

「ネッシーなんとかしてあげてよ」

 

純にとって頼みの綱が切れた現状、彼女の同情は琴線に触れるものがあった。この場においては意見として味方であるにも関わらず、純はそんな彼女の何もわかっていなさそうな表情を見て額に青筋を浮かべた。

 

「純くんにも一口あげる」

 

舞たんはミルフィーユをフォークで切り分け、純に差し出した。

 

刹那。

 

フォークが手の甲で勢いよく払われる、手からこぼれ落ちたフォークとともにミルフィーユの欠片がスクランブル交差点が望める窓にペチャリと引っ付いた。

 

 

「いらねぇよ!テメェ、ウリやりまくりでどんな病気持ってるかわかんねぇだろがっ!イソジンじゃ性病は予防できねぇんだよ、知らねぇの…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうのは良くないな。」

 

ヵ……あ?」

 

唐突な重厚感のある声色(こわいろ)に、純も、根岸も、舞たんも思わず視線を同じ方向に向けた。

 

この期に及んで、とんだお説教を口にする偽善者が現れた、今まさに苛立ちを最高潮にしている純にとって、そんな茶々を入れるような相手は誰であろうと、胸ぐらを掴みかかってやろうと…あわよくばカツアゲしてやろうとさえ思えた。

 

しかしながら、血走った目を声の主に向けた瞬間、危うく口に仕掛けた罵詈雑言は口腔の寸前で止まり、同時に満たされていた威勢も一瞬にして霧散した。

 

「(デカい…)」

 

まず第一印象で感じたのはその大きさだった。今現在、座っているがゆえに、自分を見下げているその人物が巨人のように思えた。ふと向かいに座る根岸に恐る恐る目線を向ける。

 

普段、美人局で散々恐喝してきた根岸でさえも、眼の前の大男には唖然と見上げる他なかった。

一体全体誰なんだ。

 

小川純の中で様々な思考が交差する。

 

「(…ヤクザ?根岸の知り合い?いや違う…だとしたら…もしかして電話の相手か!?なぜ居場所がわかったッ?てかまだ時間はあるはず、え、何しに来た…)」

 

自然と下唇が震えているのを感じる。

 

そんな恐怖に怯えている小川純に男は声をかけた。

 

 

「それ」

 

「へ?」

 

男の指さす方向には、窓についたミルフィーユの欠片があった。

 

「…」

 

「…」

 

「人の好意を無下にするものじゃない」

 

「…」

 

「女に手を上げるのもだめだ。俺は嫌いだよ、そういうやつ」

 

 

普段であればそんな説教臭い言葉を投げかけられた瞬間、光の速さで文句をつらつらの心の内で言う純だが、相手の威圧感に完全にブルって反抗的な思考を巡らせることすらできなかった。

 

沈黙が続く。

しかしながらそんな沈黙を破ったのは、意外にも舞たんであった。

 

「おじさん…(だあれ)?」

 

「…そうか、名乗るのを忘れていたな。鯱鉾(しゃちこ)という。君はBUMPS代表の小川純くんだね」

 

「え」

 

なぜ名前を知っているのか。

今まで会ってきた人脈の中から顔の一致する人物を、脳内で必死に探すが思い当たるフシがない。

 

「誰だこいつと思うのも無理はない、俺は君に会ったことがないしこれが初対面だ」

 

「…」

 

「…座っても?」

 

「え、あ…はい」

 

純が座席の奥へと追いやられ、そこにドカリと鯱鉾が座る。ソファのクッションの沈みに、純は隣の男の重量感を感じ、本能的に生物としての強さの格が違うことを悟った。

 

「さてと…」

 

鯱鉾は、傍らにあったカトラリーケースから新しいフォークを舞たんに渡しつつ言った。

 

「尚也くんに関して…」

 

知っている名前が出てきて思わずドキリと心臓が跳ねた。恐る恐る、こちらに向けられた眼差しに純は視線を合わせる。

 

「少し、お話したいんだ」

 

 

 

その瞳は、不気味なほど…

 

 

闇のように黒かった。

 

 

 

 

 

 

 




肉蝮
作中トップクラスでクソヤバイやつ。
殺人、恐喝、強姦などを平気で行う極悪人。会話が全く通じず、己の都合のみで生きる人物。フィジカルは化物並みで、小指一本で逆立ち腕立て伏せができる。
スピンオフ版では、もはや刃牙の住人レベルの異常なスペックを見せており、人であるかも怪しいレベルのことを平然としている。


小川純
イベントサークルBUMPSの代表。サークルメンバーからはお父さんと言われている。3つのガラケーに3000件以上の連絡先が登録されており、なりふり構わずに人脈を構築するさまは、石橋を叩いて渡るの真逆を行く。そのせいか、切るべき縁ですらもダラダラと長引かせており、特に地元の暴走族の先輩である石塚というチンピラからは毎月3万円のケツモチ料を搾取されている。
現在、原作主人公である丑嶋馨をハメて留置所にぶち込むことに成功している。その手法は、知り合いの女性4人+自分で丑嶋の経営するカウカウファイナンスから金を借り、取り立てに来たところを恐喝で現行犯逮捕。
被害届を女性4名と自分、計5件同時に出して保釈の条件として示談金をせしめようとしている。
なお、彼が恐れている地元の先輩 石塚は、かつて顎戸三蔵というクソヤバイやつに、根性焼きでブラジャーの跡をつけられるというえげつないヤキを入れられており、そんな鰐戸三蔵の頭を金属バットでフルスイングしたのが丑嶋馨である。
つまり、今現在彼は、自分が恐れている先輩が更に恐れているアウトローを、金属バットでぶん殴った滅茶苦茶ヤバいヤツをハメて大金をせしめようとしている状態である。命知らずにもほどがある。

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