「ルナさん。……ちなみに、ここにいる冒険者たちって、普段はどんなふうに過ごしてるんだ?」
僕はこれからの冒険者生活をどう送るかを決めるため、普段の冒険者がどんなものなのかをルナさんに聞いてみることにした。
「そうですね……。このアクセルは駆け出し冒険者が集まる街ですから、基本的には簡単な討伐や採取クエストをこなすのが本業です。でも、今の時期のように魔物が少なかったり、装備を整える余裕がなかったりすると……」
「……すると?」
「皆さん、街での『日雇いバイト』で食いつないでいますね。土木作業や荷運び、あとはお掃除とか。報酬は安いですけど、その日暮らしならなんとか。ただ、宿代を浮かせるために馬小屋で寝泊まりしている方も多いとか…」
(馬小屋……。異世界に来てまで、そんな世知辛い生活が待ってるとはな)
僕は肩をすくめた。
想像していた「華やかな英雄譚」とは程遠い現実。だが、嘆いていても腹は膨れないし、ステータスも上がらない。
あと今更だが、この街の名前ってアクセルっていうんだ。
(……いや、待てよ。日雇いバイトってことは、体を動かす仕事が多いはずだ。俺のスキルがあれば、ただのバイトも『特訓』になるんじゃないか?)
これはステータス上昇のチャンスかもしれない。そう考えると、少しやる気が出てきた。
「……分かった。まずはその日暮らしから脱却だな。ルナさん、今からでも入れる日雇いの現場、どこか知らないか?」
「あら、やる気満々ですね! それならちょうど、大通りの修繕工事で人手が足りないって話が来ていますよ。結構ハードですけど、新入りの足腰を鍛えるにはもってこいかもしれませんね」
「よし、決まりだ。そこを紹介してくれ。……俺の新しい人生は工事現場からスタートだな。」
僕は冒険者カードを懐にしまい、ルナさんに教えられた工事現場へと向かうべく、ギルドの喧騒を後にした。
工事現場での初日は、地獄そのものだった。
慣れない手つきで重い石材を運び、ひたすら地面を叩き固める。夕方になる頃には、手のひらは真っ赤な豆だらけになり、足腰は自分のものとは思えないほどガタガタに震えていた。
「…くっ、痛てぇ……。異世界に来てまで、なんで僕はこんなことを…」
現場では要領の悪さを先輩冒険者にからかわれ、「手が止まってるぞ!」と親方の怒声が飛ぶ。
疲れ果てて戻る先は、豪華な宿屋ではなく、藁の匂いが充満する薄暗い馬小屋だ。しかもふんの匂いもする。
「なあ、お前……。僕、日本じゃそれなりに文化的な生活してたんだぜ……?」
たまに襲ってくる1人の寂しさは馬に話しかけることでなんとか耐える。まぁ、「ブルルルッ」という返事しか返ってこないが。
唯一の救いは、ギルドで食べる安っぽいシュワシュワ(酒)と、一日の汚れを落とす銭湯の温もり。寂しさに押しつぶされそうになりながらも、僕は泥のように眠り、また翌朝には現場へ向かった。
だが、二週間が過ぎた頃。僕は、自分の体に起きた「異変」に気づき始める。
「…あれ? 今日、あんなに運んだのに…まだ余裕があるな。」
最初は一個運ぶだけで息が切れていた石材を、今は二個同時に抱えても足が震えない。それどころか、あんなにひどかった筋肉痛も今はそんなに酷くなく、ちゃんと動ける。
「…もしかして、これが 『無限上昇』の恩恵ってやつか?」
気になって、作業の合間に冒険者カードを確認してみる。すると、そこには驚くべき変化が刻まれていた。
「……マジかよ。ちからやまもりの数値が初期値の1.5倍になってる……!?」
普通の人間なら、二週間そこらの労働でここまで極端に数値は上がらない。だが、僕の体は「負荷」をかけるたびに、限界を知らずに強くなろうとしていた。
「おい、コウスケ! さっきから手が止まってるぞ…って、嘘だろ!?その大きさの木材を1人で抱えて…!しかもそれを足も震えさずに持ち続けてたのか!?」
「ああ、親方。これくらい、今の僕なら余裕ですよ!」
軽々と巨大な資材を持ち上げる僕の姿に、周囲の荒くれの先輩たちが目を丸くする。
異世界に来てから一ヶ月。
かつてのひょろひょろだった高校生の面影は、今の僕には微塵もなかった。
太陽の元に居続けたことで適度に焼けた肌、Tシャツを脱ぐとそこには前世では考えられなかったほど厚みを増した胸板、そして何より、一日中動き回っても切れることのないほど増したスタミナ。
「おいコウスケ!そっちの石材、三人掛かりで運ぶ予定だったんだが……お前、一人で担いでやがるのか!?」
「ああ、親方! バランスさえ取れば、これくらい大したことないですよ!」
以前は怒鳴り散らしていた親方も、今では呆れ顔を通り越して感心の声を漏らす。現場の先輩たちも、重労働を軽々とこなす僕の姿に「おい、あいつは将来有望な『前衛職』になるぜ」と一目置くようになっていた。ギルドでは一緒に酒を飲むようにもなっていた。
(……ふぅ。一ヶ月前は豆だらけだった手も、今では強くなった証みたいで少し誇らしいな。)
作業の合間に、僕は鍛えられた肉体を少しだけ誇らしく眺める。普通の人間なら「筋肉痛」で動けなくなるような負荷も、僕にとってはステータスを押し上げる絶好の餌に過ぎない。寝て起きるたびに、体が昨日より一回り強く、軽くなっている実感が心地よかった。
(『無限上昇』……。女神は地味だと言ってたけど、これとんでもないポテンシャルを秘めてるぞ。今の俺なら、もしかして…)
馬小屋での一人暮らしは相変わらずだが、最近では僕の顔を見ると馬が嬉しそうに寄ってくるようになった。寂しさは、確かな「成長」の充実感で埋め合わせられつつある。
「そろそろ冒険のことも考えてみようかな…」
食事を摂るためにギルドに入ると、僕の目にあり得ない光景が飛び込んできた。
受付カウンターでルナさんと話してる男の服装を見た瞬間、僕の心臓が跳ねた。
(……ジャージ!? なんであいつ、この世界でジャージなんて着てんだ? まさか……僕と同じ転生者か?女神がまた送り込んできたのか?)
だが、驚きはそれだけでは終わらなかった。
その男の後ろに立っているのは、見覚えのある——いや、片時も忘れようのない、あの透き通るような腹立たしい青い髪。
「…女神!? なんで、あいつがここにいるんだよ!?」
僕が絶句していると、やり取りを終えた二人がトボトボとテーブルへ歩いていく。ジャージの男と女神はひどく肩を落としている。何やら女神が何か言ってジャージ男を怒らせてるようだ。僕は2人が座ったテーブルのすぐ近くのテーブルに力なく腰を下ろした。
すると、なにやら女神が元気よく立ち上がって近くにいたプリーストの男性に話しかける。しかも自分のことを女神アクアの名乗っている。もちろん信じてもらえてないようだ。
(まぁ、普通なら頭のおかしいやつだと思うよな。)
しかもそのプリーストはエリス教という宗教の信者だったらしく、その目の前で女神アクアと名乗ったのだ。しかもそのプリーストにお金を恵んでもらってしまった。泣きそうになってる。
「ぶっ!」
思わず吹き出した。自分の死んだ姿を笑ったあの高飛車な女神が、よりにもよってライバル宗教の信者に同情されて小銭をもらっている。その光景は、一ヶ月間の泥臭い労働で溜まっていたストレスを吹き飛ばすのに十分な娯楽だった。
(……よし、決めた。ちょっとあの『残念な二人組』に挨拶してくるか)
僕は笑いすぎて出た涙を拭いながら、賑やかな二人のテーブルへと歩み寄った。
「こんにちは。あの…もしかして、日本人?」