同居人+1 作:CBR
次回から4章に入りますが、執筆が難航しているのでしばらく間が開くと思います。
それと感想等いつもありがとうございます。執筆の励みになります…!
それでは、良きジャガー炎上祭ライフを。
肩にどっと疲れがのしかかる。神父はドッピオからより詳しい(少なくとも彼が思い出せる範囲で)話を聞いた後、一旦女性を空いているソファーに寝かせて自室に戻った。
(彼女が監禁されてから5、6年は経っているのか…)
先ほど考えたとおり、女性が正気に戻るのは望み薄だろう。彼はこれから彼女をどうするか、その段取りを考えなければならない。
罪の片棒を担ぐ覚悟をしたにせよ、これはあまりにも気が重くなる作業だった。
(それでも、あの子たちが自分の罪と向き合い続けるなら…)
神父はあと10年も生きられるかわからない身である。彼にできることといえば、罪の償う道を示すことだけだ。その後、どう向き合っていくかは彼ら次第になる。
祈り、信じるほかない。彼らの未来を。
「………ん?」
思案していた彼の思考がその時止まった。
5、6年前といえば、そういえば近場で事件が起きていた。このような田舎では事件もとんと少ない。それこそ強盗殺人ともなれば。
犯人は結局捕まっていなかった。ただ、タクシー仲間の証言によれば、亡くなったその日に運転手の男は旅行客と思しき女性を乗せていたところを目撃したという。
犯人はその女性かもしれないと考えられたが、いかんせんコスタ・ズメラルダがあるここいらは観光客が多い。その女性は結局見つからないまま、事件の音沙汰はパッタリと途絶えた。
(観光客の女…)
遠目からではわかりにくかったが、その女は色素の濃い、長い髪が特徴的だったと。
ソファーに寝かせた女とくしくも特徴が一致する。
彼の心臓は早鐘を打っていた。そんな、まさかと。
(見られたから……殺したのか?)
ドッピオはどこで母親と落ち合い、そして金を渡したかまでは思い出せなかった。ただ母親に
(夜の海ならば、人もまず来ないだろう。密会するにはちょうどいい場になる…)
その現場をタクシー運転手が目撃してしまったのだとしたら?
義父の思考は恐ろしい方向に向かう。
まだ人として戻れる範囲だからこそ、救いの道が開けると思った。しかしただ目撃しただけの人間を殺してしまっているのだとしたら…。それも、自分の身勝手な都合で……。
「ッ……」
彼はテーブルに手をつき、口を押さえた。
(
なら、その方法を選んだのは。
彼はふらつきながら目の前にある受話器に手を伸ばす。
震える手でそれを持ち上げ、ボタンに手を伸ばした。
母親への罪だけなら、まだ償う余地があった。だが人の命を奪っているなら──そしてこれからも奪う可能性があるなら、彼は止めなければならなかった。
そして、一人の親として。
「………なぜだッ!」
だが、かけた電話は繋がらない。疑問に思った彼は視線をたどり、途中で切れたコードに気づいた。思わず息を呑む。
「結局………貴様もオレを裏切るのか」
低い男の声だった。ドッピオとネモのものではない。
ギィ、と思い音を立てて開いた扉の隙間から、まっすぐに立てない性根の歪んだ
その男の手には床下を掘ったピッケルがあった。
「君は……いや、
「オレはあの女と違い、貴様には多少の尊敬の念というものを持っていたのだ。だが……」
警察には通報しないと言いながら、彼は警察につながるボタンを押した。
これは明確な
「オレの『絶頂』を阻むというなら、ここで今、始末してくれる」
「………タクシー運転手の男を、手にかけたのだな?」
「アレは金を持っていることに気づき、脅しをかけてきたからな」
「……そのことを、ドッピオやネモは知らないのか」
「フンッ、知ってどうする。あの小僧ならまだしも、ネモ・テルツォは良心の呵責に耐えきれまい。オレがゴロつきを殴っただけで追い込まれるような人間だ」
ディアボロは語った。聖職者を前にして、まるで自分の罪を告白するように、さらなる過去の殺人を自供した。
誘拐され、そこで起こした殺人。そいつらごと、燃やして葬ったと。
「………君はあの子たちを、守っていたのだな」
「それはただの『役割』に過ぎない。オレはこれからこいつらに縛られず、オレの『絶頂』をつかむ。すでに自由に動ける土台はできた」
精神内のバランスは、ネモ・テルツォの崩壊から始まり、次に
どのみち──あの時、ドッピオが母を救うことを選んだ時点で、ディアボロがネモ・テルツォに手を貸そうが貸すまいが、ドッピオの精神的な崩壊は起こっていた。あの女の元にいたならなおさらだ。
「あの子の……ドッピオの記憶の齟齬も、君が原因か」
「だとしてどうするんだ? これからオレに殺される分際で」
ディアボロは一歩、二歩と距離を詰める。神父は彼を見据えたまま後ろへと後退した。
「……私は所詮、生い先短くない身だ。神にも偽りを働いてしまった」
神父はおもむろに横にあった本棚に手を伸ばした。一連の様子をディアボロは片眉をあげて見つめる。そして、本の中から出てきたものに一瞬、動揺した。
「………聖職者が銃か」
「ここには金庫があるからな。念のため、隠し持っておくことにしていたんだ」
ディアボロはハッと笑った。その銃口を自分に向けてくるのだろうと。誰だって命は惜しい。ネモ・テルツォのように。
人間は自分勝手に生きる生き物だ。あの気狂いの少年や、母親のように。
他人のために自分を犠牲にするような──『黄金の如き精神』など、鼻で笑える。
なればこそ、ディアボロも自己のために生きるべきであった。
なぜなら彼は、
「これ以上、君が罪を重ねる必要はない」
カチャリと音が鳴る。
「これは………そうだな。個人的な『お願い』になってしまうが」
引き金に手がかかった。
神父は微笑む。親の顔を、ディアボロの前にさらした。
「あの子たちを、これからも守ってあげてほしい」
ネモもあれはあれで極端なところがあるからな、と神父は言い、引き金を引いた。
血がディアボロの顔にかかった。
彼はただ、呆然とその一部始終を見届けることしかできなかった。
「………は?」
我に返ったのは数秒後か、はたまた数分後か。
彼は床に倒れた遺体を見た。すでに神父の──義父の目に生気はなくなっていた。
状況が飲み込めないまま床に尻をつく。その拍子に尻に広がっていた生温かい血の感覚が触れた。
「はっ………ははっ!」
笑いがこぼれた。心から笑いがこぼれる。だがそれは愉快さから来ているものではないらしい。
「自分で自分の頭を、撃ちやがった……」
彼はよろめきながら立ち上がり、遺体へと近づく。脈をみたがやはりすでに息はない。それから銃に視線を移し、その銃がよくよく見れば見覚えのあったものだと気づく。
これは自分で自分の頭を撃った
(精神世界が現実世界のものに影響を受けているならば、やつは幼少期にこの銃を発見していたのかもしれんな…)
銃からはまだ硝煙くささが漂っていた。
ディアボロは事切れた男を見下ろす。静かに、じっと。
内側からあふれてくるこの感情は何だろうか? 溢れ出た感情はそのまま瞳から溢れる。
「
その声はいつの間にか、低い男のものではなくなっていた。
『彼』は倒れた父親にしがみつき、大声で泣いた。
夜がふけるまで、ずっと。
●
ディアボロが瞬きをした次の瞬間、世界は現実から
彼はうずくまるネモ・テルツォを見下ろした。
「どうも貴様には
「………」
「フン、あのガキのようにおめおめと泣くのか?」
「………」
ネモは顔を膝に埋めたまま、手だけ動かし中指をディアボロに向ける。それに彼は心底不愉快だと言わんばかりの表情を浮かべる。
「言っておくが、母親を監禁したのはオレじゃあない。お前の意思でもあり、あの小僧の意思でもあった」
立っていた中指は今度、アメリカ方式からイタリア方式の“ふぁっきゅー”に変わる。ディアボロは舌打ちする。
「自分だけが清廉潔白な人間であると思うなよ。貴様も
ディアボロは苛立ちのままネモの襟首をつかみ、無理やり起き上がらせた。肉体は同じであれど、そこには精神の差異が反映されているのか、身長はネモの方が低い。
「あの小僧は精神的な大きな支えを失った。さらに壊れるだろうな」
「………」
「ドッピオの面倒は貴様が見ろ。いいな」
「………ろ」
「ハ?」
「一発、ブン殴らせろ」
拳が飛んだ。ディアボロは再度舌打ちし、ギリギリで交わし相手の髪をつかんで腹を蹴りぬく。
肺の呼吸が一気に抜ける音がした直後、ネモの体は白い壁にぶつかった。
「貴様も早々にガキかッ…」
「お義父さんは」
ネモの目頭が熱くなる。ただ、ドッピオのようにみっともなく泣くことだけはできなかった。
「お義父さんは…
「……」
「けどよ…ッ、平然と殺そうとしたテメェも許せねぇよ…」
義父が通報すれば自分たちが刑務所に行くことは免れない。監禁や強盗に見せかけた殺人を踏まえれば、終身刑は固い。年齢を考慮したとしてもだ。(ただし精神の病を加味すれば、話は変わってくるかもしれない)
「忘れたのか?」
「……あ゛?」
「このディアボロの手を取ったのは、ネモ・テルツォ────貴様だということを」
「……ッ!」
ふと、何かが崩れるような──あるいは壊れるような音がした。
すると何かが頭上から降ってくる。それは泣いていた少年の魂であった。それが雪のように光り輝きながら降り注ぐ。
「貴様の罪はこの小僧であり、死んだ義父だ」
あの女は……まあいいだろう、とディアボロは呟く。
「それを
「ハッ…私に洗脳は効きにくいんじゃあなかったのか?」
「さらに壊せば問題ない」
「……人の心とかねぇのかよ」
悪魔だからな、とネモのぼやきに返答が返ってくる。ネモは悪魔の男を睨みつけた。
「人を操り人形にして、テメェの『絶頂』とかいう駒にしようってわけか…」
「少し違うな」
否定したディアボロに、彼は胡乱な目を向ける。
「強いて言えば、協力者か……もしくは、共犯者か」
ただし頂点に立つのはオレ一人だ、と宣ったディアボロに、ネモはフランス方式でふぁっきゅーした。
その次の瞬間、とうとう指をへし折られた。