かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜 作:おたっきー
これは、上澤有智が己の過去であり素顔である『有澤ゆう』として、多数の一般生徒たちの眼前に晒し、かぐやと白銀を激励したあの日。
メガネをかけ、
時は、奉心祭初日、正午。
2年A組のメイド喫茶が大盛り上がりを見せるその片隅では、学園のあらゆる情報を嗅ぎ回る『捕食者』、マスメディア部の紀かれんと巨瀬エリカが、鋭い視線を走らせていた。
彼女たちの目的はただ一つ。先ほど学園中を震撼させた『大ドッキリ』の裏側に潜む、真のスクープを暴くことだった。
かれんたちの正面、少し離れたテーブルでは、白銀の父がトレンチコートの襟を立て、サングラス越しに重厚なオーラを放っていた。
その傍らで、白銀圭が潤んだ瞳を、眼鏡をかけ直して「ジャガイモ(モブ)」へと戻ったはずの上澤に向けている。
「……圭。見事だったな。あの病室で見せたゆうちゃんの涙、そして今日のあの凛々しい姿。あれは『嘘』という名の、魂の叫びだよ」
白銀父の重厚な低音ボイスを、かれんは一言も漏らさず聞き入った。
圭が確信に満ちた声でそれに応える。
「お兄は、あんなに綺麗な人を『男装』させてまで、自分の傍に置いて守りたかったんだね……。かぐやさんという巨大な権力の目を欺くために、彼女に『上澤有智』という偽りの性別を与えて。なんて、なんて悲しい純愛なの……っ!」
白銀父も深く頷き、その妄想を真実へと昇華させた。
「その通りだ。あれほどの美貌、男であるはずがない。御行は、愛する乙女を日陰に隠すために、あえて芝居という形を取って世間の目を誤魔化したのだ」
その瞬間、かれんは鼻血をティッシュで抑えながら、猛然とメモを走らせた 。
『上澤有智男装女子説』
『有澤ゆうが本名説』
彼女の脳内では既に、『会長の愛人・ゆうの正体は、四宮家から身を隠すために男装して潜入している薄幸の美少女』という完璧な物語が完成していた。
一方、店の入り口付近では、伊井野ミコと大仏こばちの風紀委員コンビが立っていた。
「……こばちゃん、あの上澤先輩の骨格の黄金比、立ち居振る舞い……。あんな完璧な造形の『男の子』、この世に存在するはずがないわ」,
伊井野ミコは、少女漫画のフィルターを通したような熱い瞳で、去りゆく上澤の背中を見つめながら言葉を重ねる。
「細胞レベルの美しさは嘘をつけない。恐らく『彼女』は、なにかの事情で男性として育てられ、秀知院という魔境を生き抜くために『一生徒』という仮面を被っている……『現代の騎士道』を地で行く、高潔な男装の麗人ーー」
大仏は分厚い丸眼鏡の奥の瞳をさらに細め、深いため息をつきました。
「……おーい、ミコちゃん」
「ーーって、分析しているんでしょ? こばちゃん」
「いやしてないよ? 働きすぎておかしくなっちゃった?」
「うん…。会長が倒れた後の生徒会、風紀委員、
「そっか、お疲れ様だったね」
だが、物陰で興奮状態に陥っていた巨瀬エリカの耳には、その会話を聞く途中『現代の騎士道』を地で行く、高潔な男装の麗人』のみが取り残されていた。
彼女はシャッターを切る指を激しく震わせ、それを『風紀の守護者・伊井野ミコの太鼓判』という名の、動かぬ
その後、部室へと戻ったマスメディア部の二人は、撮れたての映像を見返しながら熱い涙を流しました。
「ううっ……かぐやしゃま、報われてよかった……! あの見事な和解、まさに奉心祭の奇跡……!」
そう言ってエリカは白いハンカチで溢れる涙を拭う。
「当然ですわ! あの清廉潔白な白銀会長が、四股なわけないですわ! やはりお二人の『純愛』は、ありもしない
かれんはキラリと目を光らせ、鼻息荒くエリカへ詰め寄る。
「でも、エリカ。『ドッキリのダミー情報』という話もありますが、私は騙されませんよ。あのビジュアル、あの気高さ……。あれがただの『男子生徒による女装演技』で片付くはずがないわ!」
「そうですわね、かれん! 会長に尽くすために自分を殺して男として生きる『男装の麗人』……! 男だと思われていることすら、『彼女』にとっては会長を守るための盾なんですのね!!」
当の上澤有智は、ようやく取り戻した『生徒会の平和』に安堵していた。
しかし、上澤が必死に守り友のために手放したその嘘は、マスメディア部が作り上げた『生徒会に咲く一輪の男装のバラ』という、より強固な
***
場面は白銀家の食卓。
奉心祭が、四宮かぐやと白銀御行の劇的な和解によって幕を閉じたその夜。
白銀が夕飯の並んだ白銀家の食卓についた時のことだった。
「お兄のバカァァァァァァァ!!」
バンッ!! と、中等部の制服を着た妹の圭が、涙目でスマートフォンを食卓に叩きつけた。
その画面では、秀知院の中等部・高等部を問わず爆発的に拡散されている動画――2年A組のメイド喫茶で、圧倒的な美貌を放つ『ゆう』が、黒縁眼鏡をかけ直し、冴えない『上澤有智』へと戻る『ドッキリのネタバラシの瞬間』がループ再生されていた。
「ゆうお義姉ちゃんが! 健気で優しい、私の憧れのクールビューティーなお義姉ちゃんが!!」
「まだ言っているのか圭ちゃん…。だから俺は病院で『あいつは女じゃない! 上澤だ!』って百万回言っただろうが!! あと、これはドッキリ企画だって、何度もーー」
「お兄がかぐやさんを選ぶのはわかるけど…! でも、ゆうお義姉ちゃんが救われないよぉ…!」
「だ、だからそれはだな!」
白銀は木曜日を思い返す。
***
ーー木曜日、白銀が入院した日のこと。
バタン、と。 病室の重い扉が閉まり、彼女ーー有澤ゆうもとい上澤有智が退室して静寂が訪れた。
(……行ったか。今だ! 今誤解を解かないと、俺の退院後の家庭環境が完全に終わる!!)
白銀御行は、意を決して「んん……」とわざとらしい寝返りを打ち、ゆっくりと瞼を開いた。
「……ん、親父? それに圭ちゃん。……来てくれたのか?」
「御行!!」
「お兄!!」
白銀が目を覚ました瞬間、二人はベッドに駆け寄り、その両手をしっかりと握りしめてきた。その目には、先ほどの『悲劇のヒロイン劇』の余韻である、感動の涙がたっぷりと溜まっている。
「御行……よく頑張ったな。そして、本当に果報者だよ、お前は」
親父が、深い声で力強く頷く。
「お兄のバカ……っ。早く起きて、お義姉ちゃんを安心させてあげなよ……っ!」
圭ちゃんも、鼻を啜りながら白銀の胸に顔を押し付けてきた。
(お義姉ちゃんって上澤の事か!? いや、待て、落ち着け俺。ここは冷静に事実を伝えて、親父たちの幻想を打ち砕くんだ)
白銀は、大きく息を吸い込み、真っ直ぐに二人を見据えた。
「……親父、圭ちゃん。さっき俺、少しだけ意識が戻ってて話が聞こえてたんだけど……お前たち、完全に誤解してるぞ!! さっきここにいたのは『ゆうちゃん』なんていう女じゃない! あいつは上澤有智っていう、うちの優秀な臨時総務なんだ!!」
白銀渾身の、真実の叫び。 しかし、白銀父は、優しく、けれど断固とした手つきで白銀の肩をポンと叩いた。
「……もういいんだ、御行」
「え?」
「男のフリをさせるという、君たちの『隠れ蓑』の事情は、彼女自身の口からしっかりと聞いた。……愛するお前のために自らの性別すら偽り、日陰の身でいいと涙を流す。あんなにも気高く、美しい魂を持った乙女を、これ以上『上澤くん』などという偽名で呼ぶ必要はないのだよ」
「ち、違う!! 親父と圭ちゃんがあいつの顔立ちと謎の演技力に騙されてるだけだ! 先週の件は、濡れた服の代わりに俺の服を貸しただけで……!」
白銀が必死に抗うが、今度は圭が涙目で彼をキッと睨みつけた。
「お兄、もう無理して庇わなくていいよ!」
「け、圭ちゃん! 何を……!」
「ゆうお義姉ちゃん、お兄が四宮先輩と一緒にいるからって、自分が身を引こうとしてたんだよ!? あんなに健気な人を日陰の身にするなんて、私、絶対に許さないんだから!!」
『四宮』という名前が出た瞬間、 父が、まるで悲恋のロミオとジュリエットを語るかのように、渋い顔で天を仰いだ。
「……なるほど。四宮グループの令嬢という巨大な権力には、流石のお前も逆らえぬか」
「は?」
「表向きは権力者である四宮くんと
「だァァァァァァァ!! なんで俺が『四宮と政略結婚しつつ、男装の愛人を囲う大悪党』みたいに変換されてんだ!! そもそもあいつは――!」
「案ずるな、御行」
白銀父が、白銀の両肩をガシッと掴み、満面の笑みで宣告した。
「我々白銀家は、いかなる困難があろうとも、お前とゆうちゃんの『純愛』を全力でサポートすると誓おう!! だから、四宮くんとのことは……時期を見て、穏便に済ませるんだぞ?」
「私、今度お義姉ちゃんと一緒にケーキ買いに行くんだー! えへへっ!」
病室は今、かつてないほどの温かい『家族の絆』と『希望』に満ち溢れていた。 この思い込みの激しい鈍感家族のフィルターを通すと、白銀の必死の弁明など、もはや『愛人を庇う見え透いた嘘』としてしか機能しなくなっていたのだ。
「……あー。……マジで、どうすんだこれ……」
白銀御行は、完全に心がへし折られ、シーツを頭から被った。
明日自分は、四宮かぐやとの最後の恋愛頭脳戦に挑もうとする最中、父の謎の推理力と、それを鵜呑みにする妹、そして上澤の『天才女優を模倣するオーラ』。
(この最悪のシナジー効果の前に、俺の言葉は完全に無力だ……!!……俺は……今後どうやってこの地獄を収拾つければいいんだ……っ!)
白銀は、絶対に目を開けられないという絶望の中で、ただただ静かに、シーツの下で震え続けることしかできなかった。
彼がこの後、上澤と早坂の暗躍による『メイド喫茶でのドッキリ大作戦』によって悪夢のような噂から救済されるのは、もう少し先の話である。
***
「お前らが勝手に『男装して俺を支える訳ありヒロイン』だの『日陰の愛人』だのって、斜め上の脳内変換をして俺の言葉をガン無視したんだろうが!!」
「? 男装はいつものことなんでしょ? だってあんなに綺麗で……! 病室で『夜の雨宿りの場所であれば、それでいいんです』って、すっごく儚げに泣いてたのに……っ! 私、一緒にケーキ買いに行く約束までしたのにぃぃ!!」
圭は両手で顔を覆い、「私のお義姉ちゃんを返してよぉ……!」と本気で咽び泣き始めた。
あの病室での上澤の、天才子役としての狂気じみた「
「ていうかお兄! 入院中だってのに、金曜日はかぐやさんを連れ込んで、その…随分盛り上がっていたみたいじゃない! 」
「? 金曜日に四宮は来てーー」
白銀が否定しようとした時、金曜日の出来事を思い返す。
***
ーー金曜日、白銀と上澤が、かぐやとの最終決戦を控えてシミュレーションに明け暮れた日のこと。
夜の静寂に包まれた、総合病院のVIP特別病室。
カーテンで仕切られた密室の中では、奉心祭前夜の決戦を前にした、あまりにも不毛で、けれど切実な『地獄の耐久シミュレーション』が最終局面に達していた。
「……はぁ、はぁ。も、もうやめましょう会長……。喉が、喉がもう限界なんです……」
上澤有智の声は、長時間の『氷かぐや』への
ダメだ! お前の『お可愛いこと』の冷たさが、まだ本物の四宮の殺意に一歩及ばない! さあ、もっと奥まで……俺の魂を凍らせるような声で、トドメを刺してくれ!」
白銀は、点滴の管に繋がれたままベッドの上で身を乗り出し、最期の灯火のような鋭い眼光で迫ります。
彼は『完璧な生徒会長』というペルソナを維持するため、本番での失敗を恐れていた。
その傾向が、入院療養中の現在においても現れているのは、もはや長年の積み重ねが成せるものだろう。
その時、病室の重い扉が静かに開きました。
「――白銀くん、まだ起きて……おや」
入ってきたのは、担当医の田沼先生でした。彼の目に飛び込んできたのは、閉め切られたカーテンの向こう側、密着した二人の人影。そして耳に届いたのは、艶っぽく掠れた『女の子』の声による「もうやめましょう、壊れちゃう」という悲鳴と、それに応える男子の「もっと奥まで」という異常な熱量。
人の気配を感じて、白銀と上澤はハッとする。
「あ……いや、これは先生、違うんです! 私たちはただ、シミュレーションを……!」
上澤はパニックになり、かぐやの声のまま必死に弁明しようとしますが、それが逆に『隠し事をしている美少女』のような響きを病室に響かせる。
田沼先生は一瞬絶句した後、悟ったような深い溜息をつき、眼鏡を押し上げました。
「……白銀くん。君が栄養失調で倒れるまで何を頑張っていたのか、ようやく分かった気がするよ。……私が若い頃も、それくらい情熱的だったよ」
「先生、今の絶対違うから!!」
白銀の絶叫も虚しく田沼は、
「お熱いのは結構だが、今は眠ることが君の仕事だよ。まぁ、それだけ元気なら明日には退院できるだろうね…若いって素晴らしいね」
そう言い残して退室して行った。
病室に気まずい沈黙が流れる。上澤の口内には、極度のストレスによる強烈な『重曹の味』が広がる。
「これ以上はやめておこうか…」
「その方が賢明ですわ…」
咳払いをし、気を取り直して白銀は思い詰めた顔で、上澤をみる。
「……何も聞かずに、今から送るデータを確認してほしい」
白銀は、真剣な眼差しでスマホを操作し、上澤のスマホへデータを送る。
「……っ。な、何ですかこれ……」
上澤がファイルを開くと、そこには学園内の風向きシミュレーション、ヘリウムガスの充填タイミング、そしてキャンプファイヤーの安全管理を装った『キャンプファイヤー私物化計画』の全容が、秒単位で書き込まれていた。
「むちゃくちゃだわ、こんな作戦……。雨が降ったら水の泡よ……。それに、文化祭をここまで私物化するなんて、バレたら退学ものじゃない……。だけど……」
上澤の口からは、いまだに四宮かぐやの声が漏れ出す。
けれど、その内容は参謀としての冷徹な分析だった。
彼は白銀の『泥臭い
「上澤……。一生に一度、いや最後の最後、根性を見せる時が来たんだ。……協力してくれ」
白銀のその言葉は、『持たざる者』として『本物の天才』の隣に立とうとする、一人の少年の剥き出しの素顔。
上澤は、そんな白銀の溢れ出るかぐやへの想いを、彼の部屋を覗いてしまった罪悪感と共に、噛み締めるように受け入れる。
もはや共犯者。運命共同体。
「了解しましたわ、会長。……あなたたちのハッピーエンドのためなら、私が最高の『黒衣』になってみせますわ」
かぐやの声で潤んだ瞳を隠すように眼鏡をかけ、決意を込めて頷く。
そこには白銀から託された「赤いスイッチ」を完遂させようとする、最強の参謀の意志が宿る。
***
白銀は悟る。圭は田沼と同じ勘違いをしている。
これ以上誤解を重ねると収集がつかなくなる。妹の心境を慮ると、事実を伝えるのは気が引けるが、やむを得ない。
「いや、あれはだな、圭ちゃん。上澤が今回のドッキリ企画の演技のために身体を張って手伝ってくれたんだ」
「演技……? 身体を張って手伝ってくれた……?」
圭は箸を止めたまま、ポロポロと涙をこぼす。
その瞳には、兄への軽蔑を通り越し、もはや『有澤ゆう』という一人の乙女への、底知れない同情と崇拝が宿る。
「……最低。お兄、最低すぎるよッ!!」
「な、なんでだよ!? 事実を言っただろうが! あの金曜日の病室にいたのは四宮じゃなくて、四宮の声を完璧に真似した上澤だったんだ! 喉を壊すまで練習に付き合ってくれた、ただの『友情』なんだよ!」
「それが最低だって言ってるのよ!!」
圭は食卓を激しく叩きつける。
「ゆうお義姉ちゃんは、本当はあんなに綺麗で、お兄のことが大好きな女の子なのに……。お兄のために自分の性別を捨てて『
「違う! 逆だ! あいつは女装が演技なんだよ!!」
「ただいマングース。…話は聞かせてもらった。もうよせ、御行」
玄関から響く、不必要にダンディな低音ボイス。
トレンチコートを翻して現れた白銀父は、サングラスを外すこともせず、食卓の惨状を一瞥して深く頷く。
「お、お父さん! ちょうどいいところに!」
圭はちゃぶ台を返さんばかりに、スマホの画面――そこに映る、眼鏡を外し『ゆう』としての圧倒的な美貌を晒している上澤の写真を突きつける。
「お兄が最低なの! ゆうお義姉ちゃんが『ドッキリの配役だった』なんて、あんなに酷い嘘で彼女の存在を消そうとしてるのよ! 木曜日の夜、あんなに儚げに泣きながら『自分は影でいい』って言った彼女の想いを、お兄は踏みにじろうとしてるのっ!!」
「……圭。落ち着きなさい」
父は重厚な足取りで近づくと、圭の肩に手を置き、悟したような遠い目で窓の外を見つめる。
「御行。お前が四宮くんという『太陽』の光を守るために、ゆうちゃんという『月』の存在を、闇の中へと葬り去ろうとする……その非情な決断。……フッ、男としては一つの正解なのかもしれん。だがな、彼女の命懸けの『メソッド演技』を『ただのドッキリ』という安っぽい言葉で上書きするのは、表現者への冒涜だぞ」
「だから! あれは本当にドッキリで、あいつは上澤なんだって!!」
白銀の叫びは、もはや父と妹の強固なフィルターの前では、『不都合な真実を隠蔽しようとする悪役の台詞』聞こえていなかった。
「ねぇ、お兄。……はっきりさせて」
「な、なんだよ圭ちゃん。不穏な空気出すなよ」
白銀御行は、奉心祭の疲れを癒やす間もなく、妹からの冷徹な追及を受けることになります。
「お兄は、本当にかぐやさんを選ぶの? それとも、ゆうお義姉ちゃん……上澤先輩を、あの地獄の生徒会室から救い出してくれるの!?」
「救い出すも何も、あいつはただの有能なスタッフなんだって!!」
「最低!! お兄はいつもそう! 都合が悪くなると、ゆうお義姉ちゃんの『性別』まで否定して、彼女の愛を『事務的な協力』だったことにしようとするんだわ!」
圭は食卓を叩いて立ち上がる。
「かぐやさんが本命なのはわかる! でも、ゆうお義姉ちゃんを日陰の愛人にして、挙句の果てに『ドッキリの役作り』なんていう残酷な嘘で口封じするなんて、最低以外の何者でもない!!」
ここで、白銀父が重厚な声で援護射撃を開始。
「……圭。そう兄を責めるな。御行もまた、二人の美女の間で精力を使い果たし、過労で倒れるほどの修羅場を生き抜いてきた『漢』なのだからな」
「お父さんまで何を言ってるの!? お兄は不潔なのよ! 絶倫のクズ男なのよ!!」
白銀は、もはや味噌汁に顔を沈める勢いで石化しそうになった。
「お兄。……私、決めたわ」
そう言って、圭は顔を上げる。
その瞳には、かつてないほど鋭い決意の光が宿る。
「お兄がかぐやさんを選ぶのは、もういいわ。それが『表向きのハッピーエンド』なんでしょうからね! でも、ゆうお義姉ちゃんを『ありもしない
「け、圭ちゃん……?」 と白銀の顔が引き攣る。
「お兄が生徒会室で、彼女を『男装の愛人』として一生日陰に置くつもりなら……私が、彼女を奪還するわ! 私が、ゆうお義姉ちゃんを白銀家に迎え入れて、今度こそ一緒にケーキを買いに行くの!!」
「……見事な覚悟だ、圭」
白銀父は、満足げにスマホの出前アプリで、特上の寿司の出前ボタンを押す。それはまるで、圭の決意を後押しするかのように。
「御行。お前が『コンインノキズナ』という名の十字架を背負い続けるのであれば、我々家族はその重みを分かち合おうではないか。……明日、上澤くんには私から『最高のヒロインだった』と伝えておこう」
「やめろぉぉぉ! あいつの胃壁が死ぬ!! 物理的に消滅する!!」
白銀の絶叫も虚しく、圭の中では『冷徹な恐妻にして正妻・かぐや』vs「悲劇の男装ヒロイン・ゆう」という、奉心祭後も続く終わらない聖戦が確定した。
「……ごめんね、かぐやさん。でも、今はゆうお義姉ちゃんを一人にはできないの……っ!」
圭はスマホを握りしめ、上澤有智という名の『お義姉様』を救い出すための『女子会デート計画』を爆速で練り始める。
それは「重曹の味」が一生消えないほどの、新たなアンジャッシュの幕開けだったが、当の上澤は知る由もなかった。
「だ、だから、違っ!! …ああぁぁぁぁああ!!」
発狂寸前の白銀の大声が、狭いアパートに響き渡るその時。
彼のスマホにラインが届く。
通知画面に『スミシー・A・ハーサカ 1件のメッセージ』と表示される。
白銀は、噂の引き金となった『金曜日のあの日』がデジャブするや否やーー
ーーピンポーン。
「ん? こんな時間に誰だろう?」
圭が玄関へと向かう。白銀の呼吸が荒くなる。
ーー四宮と和解した今、家族にこれ以上誤解を招く要因はやめてくれぇぇぇぇ!!
心の叫びが漏れ出したかもわからないまま、白銀はただその腕を伸ばすのだった。