いつか途切れた、音の続きを 作:いつかの音色
皆さん最終楽章後編は見に行きましたか?まだ見ていない方はすぐに見に行ってください。絶対に後悔しません。
私は公開初日に見に行って感情をぶっ飛ばされました。
語彙力がなくなってヤバいしか言えませんが、とにかくヤバいのでぜひ見に行ってください。私は今週、今度はDolby Atmos対応の映画館に見に行く予定です。
そういえば、私からみぞれ先輩にグイグイ行くようになったのはいつからだっただろう。
ふと、そんな事を思った。
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これは色んな分野に言える事かもしれないけれど、吹奏楽の奏者に完璧というものはない。
そもそも音楽という分野において完璧というものが存在するかという話はさておき、その奏者のポテンシャルを最大限発揮した状態を仮に完璧とした時、常に100%を発揮出来るような完璧な奏者は基本的に存在しない。
楽器は生もの、あるいは生き物なんて称される事もある。その時の気温や湿度によっても音は変わるし、唇の状態が日によって悪い時もある。リードは同じ物を用意しても千差万別、ほんの手汗の少しで指の感覚なんて全く変わる。
だから、常に90%以上を発揮出来るようにする、調子が悪い時の最低ラインを上げていく。そんな風にして、常に発揮出来る幅をいわゆる実力と言ったりする。
だから、その日ごとにパフォーマンスは微妙に変わるし、一日単位で見れば昨日の方が上手かった、なんて事も普通にあり得る。
「なんか最近調子悪くない? もうちょっとで関西大会なんだから気を抜いちゃダメだよ?」
自由曲の合奏練習。橋本先生の指摘が飛んだ。
飛んだ先はみぞれ先輩だった。
「……すみません」
「いやいや、謝る必要はないよ。調子悪い時ぐらい誰にでもあるからね。ただ、あんまり続くとアレだから、何かリフレッシュするのも良いかもね。何か趣味とかある?」
「……えっと」
指摘と言っても、技術的な話ではない。どちらかと言えば、精神的なもの。
確かに、ここ数日にかけてみぞれ先輩は調子を落としていた。その日ごとの調子の違いこそあっても、みぞれ先輩が大きく崩れるところは見た事がなかったから、心配だった。
「ま、根を詰めすぎるのも良くないし、たまには普段あんまりしない事をするのも良いかもね。踊ってみるとか」
その原因は分からない。
踊るのは心にも身体にも良いとどこかで聞いた事があるような気がするので、それで解消出来るならアリかもしれない。ただ、みぞれ先輩が踊っているところはあまり想像出来ない。見てみたい気持ちはあるけれど。
合奏練習が終わって、解散してから。
みぞれ先輩が一人で帰っているのを見かけたから、急いで追いかけた。
「お疲れさまです、みぞれ先輩!」
「うん……お疲れさま」
「いやー、夕方になっても暑いですよね」
「うん」
「最近どうですか?」
「最近……別に」
みぞれ先輩が私に対して塩対応なのはいつもの事だから、それは良いとして。
「リフレッシュがてらカラオケとか行きません?」
「私は、いい」
「ですよねー」
不調の原因が分かれば何か出来るかもしれないけれど、みぞれ先輩はあまり私に心を開いてくれない感じがあるので、それも難しいかもしれない。
交友関係を広く持っているおかげで色んな話が耳に入ってくるので、何かトラブルがあれば既に把握出来ているはずだ。ここ数日はもちろん、入学してから今までもみぞれ先輩に関する話はほとんど流れてきていない。
二人で無言のまま歩く時間が生まれる。
希美先輩なら何とか出来る可能性もある。普段はない分たまたま調子が悪い時が一気に来たという可能性もある。もしかしたらみぞれ先輩的には放っておけば治るのに鬱陶しいと思うかもしれない。
関西大会まではもう少しだけ時間があるから、もう少しだけ様子を見るという選択肢もある。
「……コンクール」
と、悩んでいる間にみぞれ先輩がボソッと言った。
「……なんでもない」
ここで追求するのは悪手だというのは考えなくても分かる。
ほんの少しでも何かを言ってくれようとしたのは嬉しい。ただ、途中で切り上げられるともどかしいのも事実。
みぞれ先輩の不調の原因がコンクールに対する何らかの想いなのか、あるいは不調がコンクールに与える影響などで思うところがあるのか。
「また明日」
「はい! また明日!」
みぞれ先輩と別れて一人の帰り道。
一体どうするべきか。頭を悩ませながら家へと足を向けた。
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翌日昼休み。
まずは晴香さんに相談する事にした。
「確かに鎧塚さんが調子崩してるところって見た事なかったもんね」
「たまたまなら良いんですけど、何か悩み事とかがあってそうなってたらと思って」
みぞれ先輩の事なら希美先輩に、とも思ったけれど、こういう事は晴香さんの方が頼りになると思ったから。
言い方は悪いけれど、希美先輩はちょっと大雑把なところがあって、逆にみぞれ先輩は他の人が小さいと思う事を気にしそうなところがあると私は勝手に思っている。だから、希美先輩相手ならみぞれ先輩が心を開いてくれる可能性は大きくても、逆に拗れる可能性もあると思った。
「ひさめちゃんは何か心当たりはある?」
「昨日、コンクールに関して何か言おうとしてくれたので、コンクールに思うところがある可能性はあるんですけど、それが原因かどうかは……」
その点晴香さんならどんな事でも真剣に話を聞いてくれるだろうし、部長という話を聞きやすい立場もある。
「コンクールかぁ……でも、府大会までは普通だったもんね?」
「そうなんですよね……」
そう、仮にコンクールに対して何か思うところがあるなら、府大会前にも同じように不調になったのではないかと思う。そうではなく、府大会が終わってから不調になったという事は、やっぱり原因は別にあるのだろうか。
昨日の言葉も、コンクールどうしよう……みたいな心配からくるものだった可能性も高いような気がする。
「今になって考えてみると、一緒にオクテットもやったのに鎧塚さんと話した回数って数えられるぐらいだったかも」
「あ〜、希美先輩越しの事も多いですもんね」
オクテットは少数集団とは言っても8人いたし、そうなれば仲が良い人同士で集まりがちになる。多かったのは晴香さん、香織さん、ヒロネさんの現三年生組と希美先輩、優子先輩、夏紀さん、みぞれ先輩の現二年生組、そして私。現三年生組と現二年生組と私という三つのグループがあって、私は両方のみんなと仲良く出来ていたはずだから例外として、現三年生組は晴香さんや香織さん、現二年生組は希美先輩と優子先輩がよくコミュニケーションを取る事が多かった。
特にみぞれ先輩は、たとえば極端な例で言うと「鎧塚さんって何の食べ物が好き?」「みぞれって○○が好きじゃなかったっけ?」「うん」みたいな、みぞれ先輩に話しかけても希美先輩が答えを代行するような場面も結構あった。
希美先輩もノータイムでみぞれ先輩から主導権を奪うように答えたわけではないし、みぞれ先輩もみぞれ先輩で答えに詰まっているところを助けられたような形になっている事も多かったので、悪い事ではないのだろうけれど、確かに直接みぞれ先輩と話すという場面も少なかったかもしれない。
「不調が続きそうなら、私の方でも話聞いてみるね」
「お願いします」
ひとまずは晴香さんにお願いして、もう少しだけ様子見しよう。
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あっという間に合宿の日がやってきた。
合宿会場は宇治市内にある総合野外活動センター。野外活動センターというだけあって、キャンプ場やアスレチック、水遊びが出来る川などがある広い施設で、その中にある管理棟が私たちが合宿に使わせてもらう練習場所兼宿泊場所だった。
お泊りという普段とは違う非日常で、テンションが上がるイベントだ。楽しい気分で練習したらそれだけ上達も早くなるだろうし、部員同士の団結力を深めるという意味でも有効で、色んな面で良い結果をもたらしてくれるであろう合宿。
私も楽しみにしていたし、話をする限りみんなにとっても楽しみにしていたイベントだろう。
ただ、一つだけ心配だったこと。
みぞれ先輩の不調は収まる様子がなかった。とは言っても、日を重ねるごとに良くなる訳でも悪くなる訳でもない。
下手になった訳ではない。ただ、表現が単調なものとなってしまっていた。まるで感情の一部をどこかにおいてきてしまったかのように。
「何回か聞いたんだけど、何でもないの一点張り。そんな訳ないんだけどな……」
みんなが楽器を運んだり、椅子を運んだりしている間、希美先輩が駆け寄ってきてそう言った。
「希美先輩でも、ダメですか……」
晴香さんが話を聞きに行っても何でもないの一点張りだったと聞いた。
現状、他の部員たちはどんどん実力を伸ばしている中で、みぞれ先輩だけが良くない意味で浮いてしまっていた。依然として相対的な実力で言えば最上位。けれど、ソロがある事も相まって変化は目立つ。
ただ、明らかにただの一時的な不調ではなく、滝先生や橋本先生も下手に触らないようにしているのが見て分かる。橋本先生に関してはみんなの目がないところで何か動いたのかもしれないけれど、どちらにせよ効果のようなものは見えない。
あくまでコンクールで結果を残すという視点で見れば、みぞれ先輩は今の状態でも高校生レベルを超えているから、関西大会突破は十分狙えるレベルだと言える。
でも、このままにはしておけない。
「練習を始める前に、皆さんに紹介したい方がいます」
ただ、そうは言っても練習は始まる。
机を運び出し、椅子だけ残していつもの合奏の形に並べた研修室。指揮者の位置に立った滝先生はどうぞ、と研修室の外へ声をかけた。
滝先生の声に応えるようにして入室してきたのは、茶色の髪を伸ばした大人の女性だった。
「今日から木管楽器の指導をしてくださる、新山聡美先生です」
「新山聡美といいます。よろしくお願いします」
橋本先生に続いて二人目の外部コーチだ。もしかして新山先生もプロとして活動しているのだろうか。
なんて思っていたら、滝先生から新山先生はフルートのプロとして活動していると追加情報が入った。
すごい人脈だと改めて思った。
これも音大に通っていたが故のものなのだろうか。大学を選ぶ理由としては色々とあるだろうけれど、そうしてたくさんの音楽人と知り合えるというのも音大の良いところかもしれない。
パーカッション、木管ときたら、今度は金管楽器の指導が出来る外部コーチを呼んでくれるかもしれない。
全国大会出場という目標を叶えるために、新山先生がコーチとして加わってくれるのはとてもありがたい。
「みぞれ、もうやめたいって。すぐに取り消してたけど」
けれど、そんな事は頭の中から吹き飛んだ。
昼休憩に顎をしゃくって呼び出してきた優子先輩からの言葉を聞いてしまっては。
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合宿でも、私が課題曲を担当するといういつもの形は同じだった。いくら衝撃的な事を聞いたとしても、私が崩れるわけにはいかない。
指揮では楽器を吹かないから。自由曲ではクラリネットを吹いたけれど、楽団として個が飛び出すぎないように普段から少しセーブしていた事があって、そのおかげで最大限自分を客観視して問題なく今日一日の練習は乗り越えられた。
夜ご飯を食べて、みんなが各々お風呂に行くのを見送る。
「あの、みぞれ先輩……」
宿泊室や廊下などを探し回って、ようやく見つけたのは、半分屋外みたいなベンチ。
そこで、みぞれ先輩は両膝を抱くような形で座っていた。
「…………」
声をかけて、近付いていく。
どんな風に話せば良いか、分からない。
これだけ探し回っておいて、ようやく見つけたというのに、今の今まで話す内容をしっかりと考えていなかった。
みぞれ先輩の隣に腰を下ろす。
第一声。大切な第一声で何を言えば良いか。楽器の不調どころの話ではなくなってきている。
「倉崎さんは……」
「は、はい」
「どうして、そんな風に出来るの」
「そんな風に、というのは……」
「……コンクール。あんな事があったのに」
一瞬、呼吸を忘れてしまった。
コンクール。あんな事。
私とみぞれ先輩が共に経験したコンクールで、あんな事なんて言い方をするものなど一つしかない。
みぞれ先輩が中学三年生の時の、みぞれ先輩にとって中学最後のコンクール。私が台無しにしてしまった、コンクール。
どうして全て清算出来たなんて考えていたのだろう。
希美先輩や優子先輩が当たり前のように接してくれるから、身勝手にも終わった過去にしてしまっていた。時間が経ったからって、終わった事にはならないのに。謝ったからってそれで終わりなわけがないのに。
「す、すみま」
「そうじゃなくて……!」
弾かれるように立ち上がって、反射的に頭を下げた。
そんな私の反射的な謝罪を遮ったのは、普段の姿からは想像しづらいみぞれ先輩の大声だった。
「そうじゃなくて…………倉崎が、倉崎がって……あんなの、私だったら耐えられない。壊れていくところなんてもう見たくない」
「みぞれ先輩……」
「吹奏楽だって、別に好きじゃない…………コンクールなんて、大嫌い」
それは、決して小さくない衝撃だった。
私がどうとか、そんなのもうどうだって良いぐらいに。
「府大会で負けて、あんな事になったから……府大会まで頑張った。でも……関西大会で負けても、全国大会に行っても、いつかあんな事になると思ったら……苦しい」
「みぞれ、先輩……」
「私は……ずっと、オクテットをやっていたかった」
極端な話をすれば、コンクールなんてどうだっていい。音を楽しむから音楽だ。逆に言えば、楽しめないならそんなものは音楽とは言えない。
楽しむ事が一番大切なのに、苦しいとまで言わせてしまっている。
そんな事、駄目なのに。それだけは、駄目なのに。
「音楽は希美がくれたものなのに…………嫌いになりたくない」
それだけは、絶対に。絶対に、認められない。
なのに、どうすれば良いか分からなかった。
「どうして倉崎さんは、なんでもないように出来るの……?」
「それは……」
なんでもないように出来る。確かにそうだ。
根に持つタイプを自称しながら、都合良く件のコンクールの時の事なんて忘れたように。忘れたわけではない。ただ、あまり考えないようにはしていた。
過去を乗り越えた?
一体どの口で?
音楽が好きだから?
それを今言って何になる?
結局、何も言えずに部屋に戻るというみぞれ先輩を見送る事しか出来なかった。
みぞれ先輩の姿が見えなくなって、私も宿泊室へ戻ろうとした、その視界の端。隠れている誰かの肩が見えた。
「あ〜……っと、これはですね……なんと言いますか……」
久美子ちゃんだった。
「聞いてた?」
「……ハイ」
「全部聞いてた?」
「…………ハイ」
全然気が付かなかった。
無闇に聞かれて良い話ではない。忘れてもらうか、言い方を選ばなければ口封じをするか。きっと、聞いていたのが他の人ならそんな事を考えなければならなかっただろう。
ただ、もう私はなりふり構っていられなかった。
私は逃げようとする久美子ちゃんの肩に手を置いた。
「手伝ってくれるよね?」
「………………ウッス」
○黄前久美子
巻き込まれた。
偶然とはいえ盗み聞きをしていたから仕方ない。
次回、みぞれ先輩視点です。