守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
ホテルのレストラン。
昼食時を少し過ぎた店内で、ダグラス・カイエンは目の前の皿を怪訝そうに眺めていた。
純金さながらに黄金色だった。
カレーが。
「……何で光ってんだヨ」
「だから私は食べないって言ったでしょ」
向かいに座る桂木弥子は、自分の前に料理を置こうとすらしていない。
先日のK.O.G.ハヤシライス事件。
母、桂木遥が久しぶりに腕を振るった結果、
すえぞうが虹色に発光し、さらには原因不明の純金まで検出された。
そして今回。
遥が持ち込んだのは、その経験を踏まえて作ったという新作だった。
黄金のカレー。
「今度は普通に作ったわよ」
隣のテーブルで遥が笑っている。
弥子は即座に母を見る。
「お母さんの『普通』を信用できないんだよ!」
「失礼ねぇ」
「前回ハヤシライスから金が出たんだよ!?」
「今回はカレーよ?」
「料理の種類の問題じゃない!」
少し離れた席ではネウロが楽しそうにそのやり取りを眺めていた。
もちろん自分で食べる気配はない。
カイエンがスプーンを手に取る。
「まあいいじゃねぇか。見た目が変なだけだろ」
弥子が信じられないものを見る目を向けた。
「カイエンさん、前回の話聞いてた?」
「聞いてたヨ」
「すえぞう、光ったんだよ?」
「俺はドラゴンじゃねぇ」
「純金も出たんだよ?」
「腹の中から金が出たら儲けもんだナ」
「そういう問題じゃない!!」
ネウロが低く笑った。
「食え、カイエン。人間が食べた場合の反応はまだ分かっていない」
「お前、今完全に実験台にしてるだろ」
「安心しろ。我輩は安全な場所から観察している」
「何一つ安心できねぇヨ」
そう言いながらも、カイエンは一口食べた。
しばらく黙る。
弥子が恐る恐る聞いた。
「……どう?」
「うまい」
「そこが一番困るんだよなぁ……」
味そのものは普通に美味しかった。
いや、普通以上と言っていい。
牛肉の旨味と炒めた玉ねぎの甘さ、程よい香辛料。
妙に金色なことを除けば、料理として十分成立している。
遥は嬉しそうに頷いた。
「ほら」
弥子は頭を抱える。
「味だけはちゃんとしてるのが余計に怖い……」
◆
一皿食べ終えても、カイエンには何も起きなかった。
光らない。
歯も抜けない。
腹も痛くない。
カイエンは椅子へ深く座り、満足そうに息を吐いた。
「何もねぇじゃねぇか」
「まだ分かんないよ」
「心配しすぎだヨ」
その時だった。
ホテルスタッフが小走りでやってくる。
「ダグラス・カイエン様でいらっしゃいますか?」
「おう」
「先ほどロビーで行われていた抽選会ですが、お客様の番号が当選されました」
「ん?」
スタッフが差し出したのは、高級酒の詰め合わせだった。
カイエンの目が輝く。
「おお!」
弥子が固まる。
「……偶然だよね?」
「そりゃ偶然だろ」
カイエンは嬉しそうに箱を見る。
さらに直後、スタッフが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「それと先ほどのお会計ですが、当ホテルのキャンペーン対象となりまして、本日の昼食代が半額となります」
カイエンが笑う。
「ツイてるナ!」
弥子は笑わない。
「ちょっと待って」
ネウロの口元が吊り上がった。
「なるほど」
「ネウロ?」
「続けろ」
「何を!?」
カイエンは黄金のカレーを見る。
そして店員を呼んだ。
「これ、もう一皿」
弥子が椅子から立ち上がった。
「なんでそうなるの!?」
「一皿でこれだけツイてんだぞ。二皿食ったらどうなるか見てぇじゃねぇか」
「そういう効能だって決まってないよ!」
「だから試すんだヨ」
ネウロが満足そうに頷いた。
「良い心掛けだ」
「煽らないで!!」
遥も笑っている。
「いっぱい食べてもらえるのは嬉しいわ」
弥子は母を見る。
「お母さんも止めてよ!」
「美味しいって言ってくれてるのよ?」
「そこじゃない!!」
二皿目が運ばれてきた。
弥子は絶対に手を出さなかった。
◆
二皿目を食べ終えた頃から、偶然では済ませにくくなった。
ホテルを出たカイエンが何気なく立ち寄った売店で、以前から探していた希少な酒が一本だけ入荷していた。
しかも定価。
その直後、街角の福引券を一枚もらい、引いてみれば一等の高級宿泊券。
さらに知人から突然連絡が入り、昔貸していた金をようやく返したいという。
カイエンは完全に上機嫌だった。
「見ろヨ!」
「今日の俺は無敵だナ!」
弥子は引いていた。
「怖い怖い怖い!」
「何がだヨ。いいことしか起きてねぇだろ」
「いいことしか起きないから怖いんだよ!」
ネウロは面白そうにカイエンを眺める。
「人間とは愉快だな」
「何だヨ」
「幸運を手に入れれば、その出所には興味を持たん」
カイエンは肩をすくめた。
「運に出所なんかあるかヨ」
少し離れたところで承太郎が低い声を出した。
「……おい」
「何だ?」
「一皿目より二皿目の後の方が露骨だ」
弥子が頷く。
「そう! それ!」
承太郎はカイエンを見る。
「本当に運が増えたのか?」
「どういう意味だヨ」
「知らねぇよ」
承太郎は帽子のつばを下げる。
「ただ、タダほど高ぇものはねぇ」
カイエンは笑った。
「考えすぎだヨ」
その日は最後まで、何も悪いことは起こらなかった。
カイエンは上機嫌で帰っていった。
そして翌朝。
宇宙は請求書を届けに来た。
◆
最初は小さかった。
起きてすぐベッドから降りた瞬間、足の小指を家具へぶつけた。
「痛ぇ!!」
シャツを着ればボタンが取れた。
珈琲を淹れれば手元が滑り、テーブルへこぼした。
外へ出た瞬間に雨が降り始めた。
傘を買ったら、開いたところで骨が折れた。
「……今日はツイてねぇナ」
その程度なら、まだ笑えた。
昼。
楽しみにしていた店へ行けば、自分の直前で限定ランチが売り切れた。
別の店へ行けば臨時休業。
ようやく見つけた店で注文したら、カイエンの料理だけ注文が通っていなかった。
「何で俺だけだヨ!」
午後。
昨日当たった宿泊券を確認すると、予約しようとした希望日はすべて満室。
希少な酒は持ち帰る途中で箱の底が抜け、瓶だけ綺麗に割れた。
「俺の酒ぇぇぇぇ!!」
さらに。
街で見かけた美女へ声をかける。
「ねえちゃん、ちょっと――」
女性が振り返る。
その隣から、体格のいい男が出てきた。
「彼女に何か?」
「……何でもねぇヨ」
逃げる。
曲がり角。
工事中。
反対へ走る。
水たまり。
踏む。
跳ね返った泥水が顔面へ直撃した。
カイエンは立ち尽くした。
「…………」
弥子が遠巻きに見ていた。
「反動だよ!!」
「来すぎだろ!!」
◆
午後にはログナーの検査結果が出た。
カイエン、弥子、承太郎、Xi、アウクソーが集まっている。
カイエンだけ、朝より明らかにくたびれていた。
ログナーが資料を見る。
「黄金のカレーそのものに、直接的な毒性は今のところ確認されていない」
弥子が少し安心する。
「じゃあ安全?」
「いや」
即答だった。
「確率変動に類する現象が起きている可能性がある」
カイエンが眉をひそめる。
「何だそりゃ」
「幸運が増えたのではない」
ログナーは淡々と続ける。
「将来、本来発生するはずだった有利な事象を前倒しで消費している可能性がある」
沈黙。
弥子が恐る恐る言った。
「つまり……」
承太郎が先に答えた。
「未来の運の前借りだ」
ログナーが頷く。
「現状では、その仮説が最も近い」
カイエンの顔が引きつる。
「じゃあ昨日のアレ全部……」
「将来受け取るはずだった幸運を先に使った可能性がある」
「二皿食ったんだけど」
「知っている」
「二皿分?」
「可能性はある」
カイエンが頭を抱えた。
「先に言えヨ!!」
ログナーは冷静だった。
「昨日の時点では証拠がなかった」
「今日になって証拠が俺へ集中してんだヨ!!」
そこへネウロが楽しそうに現れる。
「未来から幸福を借りれば返済日が来る。当然のことだろう」
カイエンが睨む。
「てめぇ昨日止めなかっただろ!」
「むしろ二皿目を推奨した」
「堂々と言うな!!」
弥子が嫌そうな顔をする。
「これ、まさか利息とかないよね?」
カイエンが固まった。
「……おい」
全員がログナーを見る。
ログナーは数秒黙った。
「分からん」
「怖ぇこと言うなヨ!!」
◆
Xiは、疲れ果てた師匠をしばらく眺めていた。
「師匠」
「何だヨ……」
「油断してひどい目に遭うの、これで何回目?」
カイエンが顔をしかめる。
「うるせぇヨ……」
「毎回その時は『大丈夫だ』って言うよね」
「うるせぇって言ってんだろ!」
「今回なんか自分からおかわりしたし」
「弟子が追い打ちかけんな!」
その横でアウクソーが静かに口を開いた。
「マスター」
「何だヨ」
「しばらく買い食いはお控えください」
「そこまで!?」
「また未知の食品をお召し上がりになっては困ります」
「もう懲りたヨ!」
アウクソーは手を差し出した。
「お財布も預かります」
カイエンが固まる。
「何でだヨ!?」
「再発防止です」
「俺は子供かヨ!」
Xiが頷く。
「今の師匠には必要だと思う」
「お前はどっちの味方だ!!」
アウクソーは表情を変えない。
「飲食物は当面、私が確認いたします」
「厳しすぎるヨ!」
「マスター」
「何だ」
アウクソーは静かにカイエンを見る。
「心配するようなことをなさらないでください」
カイエンが黙った。
「…………」
Xiが横を見る。
アウクソーも何も言わない。
やがてカイエンは、小さくため息をついて財布を取り出した。
「……ほらヨ」
「お預かりします」
「ホントに持ってくのかヨ……」
◆
一方。
問題の黄金のカレー。
もちろん販売は禁止された。
ログナーの判定は簡潔だった。
「通行止めだ」
桂木遥は不思議そうに首を傾げる。
「悪いものは入れてないのにねぇ」
弥子が叫ぶ。
「悪意がないから余計困るの!!」
実際。
シックスのように誰かを困らせる目的で作ったわけではない。
違法薬物を入れたわけでもない。
遥はただ、美味しいカレーを作ろうとした。
その結果。
食べた者が未来の幸運を前借りするらしい料理が完成した。
遥本人にも。
なぜそうなったのか分からない。
ソープは分析結果を眺めながら興味深そうに呟いた。
「面白いね」
弥子が振り返る。
「再現しないでください!!」
「まだ何も言ってないよ」
「顔に出てます!!」
ログナーも続ける。
「陛下。再現試験は通行止めです」
「分かってるよ」
その隣でネウロが笑った。
「惜しいな」
弥子が睨む。
「何が?」
「人間の欲望を観察するには、実に良い料理だった」
「お前だけ楽しみすぎなんだよ!!」
そして少し離れた場所。
財布を没収された星団最強の剣聖が、アウクソーの後ろを歩いていた。
「なあ、アウクソー」
「はい」
「酒くらい買っていいだろ」
「駄目です」
「一本だけ」
「駄目です」
「昨日の運の反動で安売りしてるかもしれねぇヨ」
「なおさら駄目です」
Xiが笑う。
「師匠、完全に管理されてるね」
カイエンは肩を落とした。
その日。
ダグラス・カイエンは学んだ。
幸運には、たとえ値札が付いていなくても。
後から請求書が届くことがある。