守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
ホテルの厨房。
大きな鍋の中で、白いクリームシチューが静かに煮えていた。
……ただし。
普通のクリームシチューではない。
照明を受けるたび、表面が白銀色にきらきらと反射している。
桂木弥子は鍋を見ながら、早くも嫌な顔をしていた。
「お母さん」
「なに?」
「クリームシチューって、こんな金属光沢あったっけ?」
桂木遥は鍋を覗き込み、満足そうに答える。
「綺麗でしょ?」
「質問に答えて!」
少し離れた場所では、ソープが興味深そうに鍋を眺めていた。
「前回は金色だったけど、今回は銀色なんだね」
「そうなの。クリームシチューなら白いでしょう?」
「なるほど」
弥子が振り返る。
「納得しないでください!」
ネウロもいた。
もちろん食べるつもりはない。
ただ、見物に来ているだけである。
「黄金の次は白銀か。順調に進歩しているではないか」
「どこが進歩なの!?」
弥子が叫んだ。
そこへラキシスがやって来た。
「まあ。とても綺麗ですわね」
弥子は頭を抱えた。
「姫様まで……」
ラキシスは鍋を覗き込み、少し考える。
「ですが、まずは安全を確認した方がよろしいですわね」
「そう! それです!」
弥子が勢いよく頷く。
ようやくまともな意見が出た。
ラキシスは微笑む。
「では、まずはすえぞうに食べてもらいましょう」
「そこ!?」
厨房の入口から元気な声が響いた。
「ハラへった!」
すえぞうだった。
弥子は額を押さえた。
「基準として合ってるのかなぁ……」
◆
小さな皿に、白銀色のクリームシチューが盛られた。
すえぞうは待ちきれない様子で身を乗り出す。
「ハラへった!」
「はいはい」
遥が皿を置く。
すえぞうは勢いよく食べ始めた。
「うまい!」
一口。
二口。
三口。
食べ終わる。
全員が見守った。
……何も起きない。
光らない。
虹色にもならない。
倒れない。
暴れない。
ただいつものすえぞうである。
「ハラへった!」
弥子は目を瞬いた。
「……普通だ」
ラキシスも安心したように微笑む。
「問題なさそうですわね」
ネウロが鼻で笑った。
「つまらんな」
「それでいいんだよ!」
その時。
後ろから声がした。
「ほら見ろ」
ダグラス・カイエンだった。
「今回は大丈夫だろ」
弥子が振り返る。
「カイエンさん」
「何だヨ」
「その台詞、前にも聞いた気がする」
「今回はすえぞうが食っても何も起きてねぇだろ?」
「すえぞうを安全基準にしないで!」
アウクソーが静かに言った。
「マスター。もう少し様子を見た方がよろしいかと」
「大丈夫だって」
カイエンは皿を受け取った。
「前回の黄金カレーは運の前借りだった。今回のこれは、ただのシチューだろ」
Xiが横から言う。
「師匠、その理屈で前も痛い目に遭ったよね」
「うるせぇヨ」
そしてカイエンは一口食べた。
「……うまいナ」
弥子が嫌そうな顔をする。
「味はいつもちゃんとしてるんですよ……」
カイエンはそのまま一皿を平らげた。
◆
しばらくして。
カイエンが首を傾げた。
「……ん?」
アウクソーが尋ねる。
「どうされましたか?」
「いや」
カイエンは手を握ったり開いたりする。
「身体が軽い」
一歩。
二歩。
その動きが、妙に速い。
カイエンの目が輝いた。
「おい」
次の瞬間。
姿が消えた。
「え?」
シンが声を上げる。
一瞬後。
カイエンは厨房の反対側にいた。
「速っ!」
さらに戻る。
「なんだコレ!」
カイエンは完全に上機嫌だった。
「身体が勝手に動くヨ!」
ログナーが現れた。
「何をしている」
カイエンが笑う。
「ちょうどいいところに来たナ、ログナー」
ログナーが嫌そうな顔をする。
「何だ」
カイエンは構える。
「今の俺なら、お前より速ぇかもな」
弥子が青ざめた。
「やめた方がいいって!」
カイエンは笑う。
「わはは!」
ログナーが軽く手を伸ばす。
カイエンは、すっとかわした。
「遅ぇ!」
もう一度。
またかわす。
「見える! 全部見えるヨ!」
ログナーは黙っている。
カイエンはますます調子に乗った。
「わはは! ログナーの動きまで止まって見えるヨ!」
Xiが小さく言った。
「師匠、それ絶対あとで回収される台詞だよ」
「うるせぇヨ!」
アウクソーは静かにため息をついた。
◆
カイエンは完全に気を良くしていた。
「これ、商品にできるんじゃねぇか?」
弥子が即座に言う。
「まだ早い!」
「いいじゃねぇか。うまいし、身体も軽くなる」
鍋を見る。
「名前も付けよう」
アウクソーが嫌な予感に目を細める。
「マスター」
「クローム・クリームシチュー……は長ぇナ」
カイエンは腕を組む。
「白銀〈クローム〉シチュー」
少し考える。
「いや」
にやり。
「シュペルターシチューなんてどうだヨ!」
アウクソー。
「やめてください」
即答だった。
「何でだヨ!」
「シュペルターの名誉に関わります」
「まだ何も起きてねぇだろ!」
Xiが横から言う。
「その台詞も前に聞いた」
「弟子は黙ってろ!」
ログナーも腕を組む。
「命名は検査後にしろ」
「心配性だナ」
カイエンは笑った。
「今回は成功作だヨ」
◆
十五分後。
カイエンはまだ元気だった。
三十分後。
少し様子が変わった。
「……あれ」
アウクソーが見る。
「マスター?」
「腹減ったナ」
弥子が嫌な顔をした。
「来た?」
「いやいや」
カイエンは笑う。
「動いたから腹減っただけだヨ」
さらに十分。
「……腹減ったヨ」
五分後。
「おい」
カイエンは壁に手をついた。
「何か力入らねぇ」
ログナーが淡々と言う。
「座れ」
「大丈夫だ」
一歩踏み出す。
ふらっ。
アウクソーが支えた。
「マスター」
「……すげぇ腹減った」
すえぞうが横で元気よく叫ぶ。
「ハラへった!」
カイエンが睨む。
「お前と一緒にすんなヨ……」
ログナーはカイエンの脈を確認した。
「代謝が異常に加速している可能性がある」
キラが驚く。
「代謝?」
「ああ」
「身体能力が上がったのではない。体内のエネルギー消費速度そのものが上がった可能性がある」
弥子。
「つまり……」
ログナー。
「燃費を無視して全開運転していたようなものだ」
Xiが師匠を見る。
「師匠、ガス欠?」
カイエン。
「うるせぇヨ……」
◆
ログナーが、さっきと同じように手を伸ばした。
カイエンは反応した。
……が。
ぺし。
額を軽く叩かれた。
「痛ぇ!」
ログナーは無表情だった。
「止まって見えたんじゃなかったのか」
カイエン。
「…………」
Xi。
「司令、根に持ってた?」
ログナー。
「記録しているだけだ」
弥子。
「絶対ちょっと根に持ってる……」
◆
カイエンは椅子に座らされ、パンやスープを食べていた。
かなりの量だった。
それでも。
「まだ腹減ってるヨ……」
すえぞう。
「ハラへった!」
カイエン。
「お前は元気だナ……」
ラキシスが首を傾げる。
「すえぞうには、なぜ何も起こらなかったのでしょう?」
ログナーが答える。
「これがそもそもいつも通りだしな」
「ドラゴン独自の代謝機構によって、作用を無効化した可能性もある」
弥子。
「やっぱり検査基準にしちゃダメだった!」
ラキシスは少し困ったように微笑んだ。
「そうでしたね」
◆
その日の夕方。
成分分析の速報が出た。
ログナーが資料を読む。
「また妙なものが出た」
弥子。
「今度は何?」
「白金だ」
沈黙。
「…………」
弥子。
「プラチナ?」
「ああ」
遥が目を丸くする。
「まあ」
弥子。
「また貴金属作ったの!?」
遥。
「フツーにシチュー作っただけなのに……」
「それ前も聞いた!!」
ソープは興味深そうだった。
「白金か」
鍋を見る。
「触媒作用みたいなものが、生体側にも影響したのかな」
弥子。
「そこで納得しないでください!」
ネウロも笑う。
「黄金の次は白金か。次は何を錬成するつもりだ?」
遥。
「何がいいかしら」
弥子。
「相談しないで!!」
ログナーは資料を閉じた。
「白銀のシチューは通行止めだ」
カイエンがぐったりしたまま手を上げる。
「異議なしだヨ……」
Xi。
「珍しく素直」
カイエン。
「もう懲りたヨ……」
◆
アウクソーが、カイエンの前に立った。
「マスター」
「何だヨ」
「先ほどの商品名について」
「……ああ」
「シュペルターシチュー」
カイエンは目を逸らした。
「前言撤回だヨ……」
「そうしてください」
Xiが笑う。
「愛騎に変な風評つかなくてよかったね」
「ホントだヨ……」
アウクソーは少しだけ微笑んだ。
「では今後、マスターによる新商品の命名は、体調が安定している時にお願いいたします」
「そんな規則いつできたんだヨ」
「今です」
カイエンは肩を落とした。
◆
その後。
白銀〈クローム〉クリームシチューは、一般提供禁止。
検体のみ保存。
残りは適切に処分されることになった。
すえぞうは最後まで元気だった。
「ハラへった!」
弥子がため息をつく。
「結局いちばん参考にならなかった……」
すえぞう。
「うまい!」
カイエンが遠い目をする。
「俺も最初はそう思ったヨ……」
ログナーが横を通り過ぎる。
カイエンが声をかけた。
「なあ、ログナー」
「何だ」
「何か食うもん持ってねぇか?」
「ない」
「さっきまで止まって見えた仲じゃねぇかヨ」
ログナーは振り返りもせず答えた。
「そんな仲になった覚えはない」
Xiが吹き出した。
カイエンは机へ突っ伏した。
「もう白銀も信用しねぇヨ……」
その日。
桂木遥の料理から、また一つ貴金属が見つかった。
金。
白金。
次に何が出るのか。
それを楽しみにしている者も、少数ながら存在した。
主に、魔人と,MHマイスターである。
弥子だけは。
心の底から思っていた。
次は、普通の料理を作ってほしい。