守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
ある日の昼下がり。
桂木弥子は、ホテルのレストランでメニューを眺めていた。
「今日は何にしようかなぁ」
目移りする。
カレー。
パスタ。
ハンバーグ。
季節限定メニュー。
どれも魅力的だ。
しかし、ふと。
以前みんなで出かけた温泉旅行のことを思い出した。
その土地で食べた、煮込みソースカツ丼。
厚いカツ。
濃いソース。
卵。
そしてご飯。
あまりに気に入って、弥子は三杯食べた。
「……また食べたいなぁ」
ぽつりと呟く。
その声を。
近くにいた人物が聞いていた。
桂木遥だった。
「何を食べたいの?」
弥子が振り返る。
「あ、お母さん」
「今、何か食べたいって言ってたでしょう?」
「前の旅行で食べた煮込みソースカツ丼」
遥は首を傾げる。
「ソースカツ丼?」
「普通のソースカツ丼じゃなくてね。カツをソースで煮て、卵でとじてあるの」
「へぇ」
「すっごく美味しかったんだよ。三杯食べた」
遥の表情が明るくなった。
「三杯も?」
「うん」
「そんなに気に入ったのね」
「また機会があったら食べたいなぁ」
遥はにっこり笑った。
「分かったわ」
弥子。
「え?」
「作ってあげる」
沈黙。
弥子。
「…………え?」
遥。
「聞いた感じなら、だいたい分かったから」
弥子の顔から血の気が引いた。
「いや待って」
「カツをソースで煮て、卵でとじるのよね?」
「そうだけど!」
「大丈夫よ」
「その“大丈夫”が大丈夫じゃないの!!」
しかし。
母親はすでに厨房へ向かっていた。
◆
数十分後。
話を聞きつけた何人かが集まっていた。
ソープ。
ログナー。
ジョーイ係長。
そしてカイエン。
カイエンは厨房入口から距離を取っている。
「オレは食わんからナ」
弥子が振り返る。
「まだ何も出てきてないよ」
「出てきてからじゃ遅ぇんだヨ」
ソープが楽しそうに笑った。
「ずいぶん慎重になったねぇ」
「学習したんだヨ!」
ログナーも厨房の方を見る。
「今回は何だ」
弥子。
「煮込みソースカツ丼です……たぶん」
ジョーイ。
「“たぶん”て何ですの」
弥子。
「お母さんが作るから」
ジョーイ。
「ああ」
一言で理解した。
カイエン。
「な?」
ジョーイ。
「納得しましたわ」
弥子。
「納得しないで!」
◆
しばらくして。
遥が丼を持ってきた。
「できたわよ!」
弥子は恐る恐る見る。
「…………」
カツ。
卵。
ソース。
ご飯。
材料だけ見れば、確かに合っている。
だが。
見た目は。
弥子の記憶にある煮込みソースカツ丼とは、かなり違った。
「お母さん」
「なに?」
「これ……」
「ソースカツ丼よ」
「うん……」
否定しづらい。
カツはカツだ。
卵もある。
ソースもある。
ただし、全体として何かがおかしい。
卵の広がり方。
カツの並び方。
ソースの量。
どこをどう見ても、旅先で食べたものとは別物だった。
カイエンが遠くから見る。
「それ、本当に同じ料理か?」
弥子。
「たぶん違う」
遥。
「でも材料は合ってるでしょう?」
「料理って材料だけじゃないの!」
遥は首を傾げた。
「とりあえず食べてみて?」
弥子は覚悟を決める。
一口。
「…………」
もう一口。
「……あれ?」
遥。
「どう?」
弥子は目を丸くした。
「美味しい」
遥が嬉しそうに笑う。
「よかった!」
「見た目は全然違うけど、普通に美味しい!」
カイエン。
「ホントか?」
弥子。
「うん!」
ジョーイも少し安心する。
「今回は当たりですかね」
ログナー。
「まだ一杯目だ」
ジョーイ。
「その言い方怖いですわ」
◆
弥子は一杯目を完食した。
遥が嬉しそうに言う。
「まだあるわよ」
弥子。
「あるの?」
「三杯食べたんでしょう?」
「前はね!」
「じゃあ、三杯作ったの」
弥子は複雑な顔をした。
「そこまで再現しなくても……」
しかし。
美味しかった。
一杯目は。
なので。
「……じゃあ、もう一杯」
カイエン。
「チャレンジャーだナ」
弥子。
「好きな料理なんだからいいでしょ!」
二杯目が運ばれてくる。
今度は。
見た目が少し改善されていた。
弥子の目が輝く。
「あ、こっちはちょっとそれっぽい!」
遥。
「でしょう?」
「一杯目よりかなり近いよ!」
遥は満足そうだった。
「じゃあ食べてみて」
弥子。
「いただきます!」
一口。
「…………」
遥。
「どう?」
弥子。
「…………甘い」
「え?」
「甘っ!!」
もう一口。
やはり甘い。
「何これ!?」
遥。
「ソースよ?」
「なんでこんなに甘いの!?」
カイエンが笑う。
「デザートカツ丼かヨ」
弥子。
「笑わないで!」
ソープが興味深そうに言う。
「見た目は一杯目より近づいたのに、味は離れたんだね」
弥子。
「分析しないでください!」
ジョーイは二杯を見比べている。
「同じ鍋からですか?」
遥。
「そうよ」
「同じカツ?」
「そう」
「同じソース?」
「もちろん」
ジョーイ。
「なんで味ちゃいますの?」
遥。
「さあ?」
ジョーイ。
「さあ!?」
ログナーが淡々と言う。
「再現性なし」
ジョーイ。
「まだ商品化の話してません!」
◆
それでも弥子は二杯目を食べ切った。
甘かった。
かなり甘かった。
だが。
食べられないほどではない。
そして。
三杯目。
遥が持ってくる。
弥子は丼を見た。
「……!」
今度は。
かなり近い。
記憶の中の煮込みソースカツ丼。
ソースの色。
卵のとじ方。
カツの配置。
弥子は思わず身を乗り出す。
「これ!」
遥。
「どう?」
「かなり近い!」
「ほんと?」
「うん!」
弥子は嬉しそうだった。
「これだよ! 旅行で食べたやつに近い!」
遥は心から嬉しそうに笑った。
「よかった」
その表情を見て。
弥子も少し笑った。
「お母さん、ありがと」
「どういたしまして」
今回は。
もしかしたら。
本当に成功かもしれない。
弥子は一口食べる。
「……うん!」
味も良い。
「美味しい!」
遥。
「成功ね!」
弥子。
「うん! これは成功!」
ソープ。
「良かったね」
カイエン。
「今回は平気そうだナ」
ログナー。
「まだ食べ終わっていない」
カイエン。
「心配しすぎだろ」
弥子は気にせず食べ進める。
カツ。
ご飯。
卵。
そして。
上に乗っていたグリーンピース。
口に入れる。
カチン。
「……っ!」
弥子の動きが止まった。
ログナー。
「どうした」
弥子。
「硬い」
カイエン。
「来た」
弥子。
「来たって言わないで!」
口から緑色の粒を出す。
丸い。
小さい。
見た目は。
完全にグリーンピースだった。
弥子。
「これ……乾燥してた?」
ソープが手を出す。
「見せて」
弥子が渡す。
ソープは光にかざす。
少し角度を変える。
「……これ」
弥子。
「何?」
ソープ。
「豆じゃないね」
弥子。
「また?」
ソープ。
「翡翠っぽい」
一同。
「…………」
遥。
「まあ」
弥子。
「また宝石!!」
◆
簡易分析。
結果。
ログナーが資料を見る。
「翡翠に近い組成だ」
弥子。
「なんで!?」
遥。
「グリーンピースだと思ったんだけど」
「グリーンピースから翡翠はできないよ!」
ソープ。
「色は似てるね」
弥子。
「そこじゃないです!」
ジョーイは、丼の中を凝視していた。
「待ってください」
弥子。
「何?」
「ほかのグリーンピースは?」
全員。
「…………」
箸で探す。
普通のグリーンピース。
普通のグリーンピース。
普通。
普通。
そして。
普通。
翡翠だったのは。
一粒だけ。
ジョーイ。
「一粒だけ……」
ソープ。
「当たりだね」
ログナー。
「当たりではない」
ジョーイ。
「食品としては異物混入ですわな」
弥子。
「急に現実的なこと言わないで!」
カイエンが腕を組む。
「でも前のグリーンカレーよりマシじゃねぇか?」
弥子。
「比較対象がおかしい!」
◆
問題は。
そこではなかった。
ジョーイが三杯の丼を見比べる。
「ちょっと待ってくださいよ」
弥子。
「今度は何?」
「一杯目」
指差す。
「見た目は違う。でも味は美味い」
次。
「二杯目。見た目は改善。でも甘い」
次。
「三杯目。見た目も味もほぼ成功」
指差す。
「でも翡翠」
沈黙。
ジョーイ。
「同じ鍋ですよね?」
遥。
「そうよ」
「同じ材料?」
「そう」
「同じ手順?」
「そうよ」
「同じタイミングで作った?」
「だいたい」
ジョーイ。
「なんで丼ごとに結果が違うんですか!!」
遥は困ったように笑う。
「私にも分からないわ」
ソープ。
「面白いね」
ログナー。
「陛下」
「言っただけだよ」
カイエンが笑う。
「これもう料理じゃなくてガチャだナ」
弥子。
「嫌なガチャ!」
◆
弥子は三杯目も完食した。
結局。
全部食べた。
一杯目。
美味しかった。
二杯目。
甘かった。
三杯目。
かなり本物に近かった。
そして。
翡翠が出た。
遥が尋ねる。
「どうだった?」
弥子は少し考えた。
「……うん」
「?」
「最初に旅行先で食べたものとは、やっぱり違ったけど」
遥が少し残念そうな顔をする。
弥子は続けた。
「でも、美味しかったよ」
遥。
「ほんと?」
「うん」
そして少し笑う。
「三杯全部、違う意味で忘れないと思う」
遥も笑った。
「よかった」
弥子は。
母親の料理が恐ろしいことを。
誰よりよく知っている。
それでも。
今回だけは。
その笑顔を見て。
少しだけ。
食べてよかったと思った。
◆
その後。
ジョーイが翡翠を眺めている。
「……惜しいなぁ」
ログナー。
「何がだ」
「いや」
「見た目と味だけ安定したら、イベント限定で……」
ログナー。
「やめろ」
「まだ最後まで言うてません!」
ソープ。
「でも前回のカレーはエメラルド、今回は翡翠か」
弥子。
「分類しないでください!」
カイエンが、三杯目の空の丼を見る。
「今回は普通に食えたんだろ?」
弥子。
「まあ……翡翠以外は」
カイエン。
「ほらナ」
ログナーが視線を向ける。
「何が言いたい」
カイエンは肩をすくめた。
「いや」
「遥さんの料理でも、毎回ひでぇことになるわけじゃねぇんだナと思ってヨ」
アウクソーが。
少し離れた場所から。
静かにカイエンを見ていた。
「マスター」
「何だヨ」
「その考えは覚えておきます」
カイエン。
「なんでだヨ」
Xiがいたら。
きっと。
こう言っただろう。
「またフラグを立てている。」と。
◆
帰り際。
遥は弥子に言った。
「今度はもっと上手に作るわね」
弥子。
「……今度?」
遥。
「三杯とも同じ味になるように」
弥子は少し考えた。
そして。
「うん」
笑った。
「でも、宝石は入れないでね」
遥。
「入れた覚えないんだけどなぁ」
弥子。
「そこが一番怖いんだよ!」
ホテルの廊下に。
弥子の声が響いた。
母の善意。
その濃度。
百パーセント。
いや。
千パーセント。
ただし。
料理の再現性は。
ゼロパーセントだった。