半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.87「夢の中」

 ヒユが兄シロホンへ過去を追及しようとしたが、何も話すことはないと突き放された。

 シロホンが立ち去った後、ヒユはバルコニーに注がれる(なぎ)達の視線に気づき、そちらへ顔を向ける。

 

「はあ? 何見てやがる!」

 

 ヒユは低く凄んだ。

 

「いや~なんとなく?」

 

 凪が緩い顔で答え、アナナスが手を振る。

 モドキは笑い、(かのと)爪戯(つまぎ)、ティーは静観を決め込んでいた。

 

 次の瞬間、ヒユは跳躍し、モドキへ強烈な蹴りを落とした。

 

「何故おれだけ!?」

 

 モドキの絶叫が木霊する。

 クッションのような弾力がヒユの足を包み込んだ。

 

「こうなったらお前にすべてを話してもらう!!」

 

 ヒユは矛先を完全にモドキに向けた。

 

「いやだっ!! そんなことをしたら、おれがシロホンに殺される!!」

 

 モドキは必死に抵抗する。

 ヒユの怒りは収まらず、追撃の手を緩めない。

 たまらずアナナスが止めに入った。

 

 その喧騒の中、凪は宿でのシロホンの言動を思い返していた。

 

「そう言えば、前に会った時に何か言ってたような……」

 

 凪の言葉に、ヒユがピタリと動きを止める。

 

「はあ?」

 

 ヒユが睨む。モドキは涙目だ。

 

「でもその後に襲撃にあって……襲ってきた子が復讐がどうとかって……」

 

 凪は宿にて真白(ましろ)がシロホンの頭を撃ち抜いた光景を思い出しながら答える。

 

「その人を、兄貴は殺したのか?」

 

 ヒユはモドキの頬を引っ張りながら問う。

 あの時、真白を殺したのかどうかが気になったのだ。

 

「殺してはないよ。蹴りは入れてた」

 

 凪が答え、あの時その場に居た爪戯が右手で蹴りのジェスチャーをした。

 辛はその光景を見ていなかったため、不思議そうに首を傾げる。

 ティーは心底どうでも良さそうに欠伸を噛み殺している。

 

「……」

 

 ヒユは黙った。と同時に、蹴りを入れるところが実に兄貴らしいと思った。

 

「まあ……恨まれて当然な奴だし、それだけのことをしたんだ」

 

 ヒユは遠くを見つめながら呟く。

 過去の出来事を反芻するように。

 

「いや……分かるでしょ。アレ絶対訳ありだから」

 

 アナナスが核心を突く。

 

「アナナス! お前どっちの味方だ!?」

 

 ヒユが叫ぶ。ヒユとしては、兄の肩を持ってほしくないのだ。

 

「待って! 置いてけぼりにしないで。ちょっと気にな……いや、でも話したくないなら、それで良いんだけど……いややっぱ、ちょっとは解説してください」

 

 凪が目を丸くしたまま右手を前に出し、懇願する。

 なんでもするからとは絶対に言わないが、好奇心は抑えきれないようだ。

 

 そんな凪を、ヒユは冷ややかな目で見下ろす。

 

「へ~気になっちゃいましたか~」

 

 突如、声をかけてきたのはルリだ。

 そこに居なかったはずだが、ふと湧いて出たように現れた。

 

「!?」

 

 爪戯と凪が目を丸くして驚く。

 

「オレは帰っても良いですか?」

「ダメ!」

 

 ティーは嫌そうに言ったが、即座にルリに却下された。

 

「いや~なんとなく流れで、言ってしまっただけと言うか~」

「ふ~ん」

 

 凪は空を見上げながらあたふたと誤魔化す。

 そんな凪の周りを、ルリは値踏みするように回りながら言う。

 

 この人、いつの間に……。

 

 爪戯は神出鬼没なルリの存在に驚きを隠せない。

 辛はルリの気配が苦手なのか、額に冷や汗を滲ませていた。

 

「分かったよ」

 

 ルリが一言、呟いた。

 

 瞬間、ノイズのような音が走り、ルリとモドキ以外はその場に倒れ伏した。

 

「うちが良い夢、見させてあげるね」

 

 ルリは精神感応系の能力を応用し、全員の意識を夢へいざなった。

 シロホンの過去という、深淵へ。

 

「る……ルリたす……全員に能力をかける必要はなかったのでは? バレたら怒られちゃう……」

 

 起きているモドキが冷や汗を滝のように流しながら、ルリへ訴える。

 

「ん~? そう? まあいいじゃん!」

 

 ルリは呑気に答えるだけだ。

 

「お前ら」

 

 不意に、モドキの背後からドスの利いた声がした。

 シロホンが戻ってきたのだ。

 

 モドキはギギギと振り返り、後ずさる。

 

「なななな何故此処に!? さっき出かけたはずでは!?」

「能力使っただろ」

 

 モドキの焦りに対し、シロホンは即答する。

 自身の記憶に干渉された気配を察知し、戻ってきたのだ。

 

「シロホンさんの記憶に繋いだからバレますよね~」

 

 ルリは悪びれる様子もなく、明るく言い放つ。

 ひええっ、と大量の汗を吹き出すモドキ。

 

「そういえばお前……あの時──……」

「?」

 

 シロホンがモドキを見下ろし、口を開く。

 

「奴の血を貰いに行った時、お前持っていないって言ってたが……本当は持ってたんだろ? 奴が預けてたと言ってたぞ?」

 

 シロホンはモドキを踏みつけながら言う。

 

「すぐキレる兄弟め!」

 

 モドキは叫ぶ。

 

 (きゅう)の国の宿にてシロホンが血不足に陥った際、アヴェルスのもとへ血を貰いに行ったが会えなかった。

 その時、留守番のモドキは血を預かっていたにも関わらず、寝こけていた。

 アヴェルスは羽方(うかた)へ移動する際、確かにモドキに血を託していたのだ。(44話と57話)

 

「いや~あの時眠くて寝てたし、おれ~」

 

 モドキは踏まれながらも苦しい言い訳をする。

 シロホンは足をぐりっと捩じり込む。

 

「ま……まさか……」

 

 モドキは冷や汗と共に思い出す。

 羽方にて、アヴェルスが「後でシロホンに殴殺されるな、確定事項」と言っていた予言を。

 

「そのエピソードは回収しなくて良いんだよおおおおおおおおおお!!」

 

 鈍い音と共に、モドキの絶叫が木霊した。

 これほどの騒ぎにも関わらず、眠らされた皆は起きる気配がない。

 

「ったく、余計なことしやがって」

 

 シロホンは腕を組み、ルリの行動を咎めるように見た。

 足元には魂が抜けたように転がるモドキ。

 その様子をルリは楽しそうに笑って見ていた。

 

「別に良いじゃん? いつかは分かることだし」

 

 ルリは満面の笑みで答える。

 

「だとしてもヒユ以外は無関係だろ」

 

 ヒユ以外の人間まで巻き込まれたことは、シロホンにとっては計算外だった。

 

「いいじゃん、細かいことは気にするな」

 

 ルリは全く悪びれない。

 

「それより良いの? ウミちゃんに用事あったんじゃ?」

 

 よろめきながら復活したモドキが問う。

 

「いやまあ……『急いで戻ってくるから酒用意して待ってろ』って、それだけだ」

「ふーん」

 

 シロホンが答える。

 通信符でウミリンゴと交わした会話は、酒の催促だけだったらしい。

 

「じゃあ用事済ませて来るから、そいつら部屋に運んでおけよ」

「へーい」

 

 シロホンは再び踵を返し、出かけて行った。

 モドキは緩く返事をし、ルリは終始笑みを浮かべていた。

 

 ◇

 

 その頃、玖の国。

 開けた平野の向こうに、山々の稜線が見える。

 

 真白が一人佇んでいると、軍の同期である(くろ)(すい)が歩み寄ってきた。

 

「何をそんなに考えてんの~?」

 

 玄が緩い口調で問う。

 真白は遠くを見つめたまま、思考の海に沈んでいた。

 

 ……何故、私は生きている?

 あの悪魔シロホンは、姉さんを殺した。

 姉さんを殺すような冷酷な奴が、何故自分を殺さなかった?

 

 真白は自問自答を繰り返す。

 自分も殺されていて当然の状況だった。けれど、殺されなかった事実が胸に引っかかっている。

 

「お姉さんを殺すような奴が、何故自分を殺さなかったかってこと?」

 

 玄が心を読んだかのように聞く。

 

「辛も殺す理由がないって俺を生かした……でも、辛がかつて仲間を殺した事実は変わらないと思いますよ!」

 

 翠も辛との戦闘で敗れたが生かされた一人だ。

 けれど、かつて辛が犯したとされる罪の事実は曲げられないと信じている。

 

「でも……」

 

 真白は逡巡する。

 本当に、彼らは「悪」なのだろうか。

 

「困ったな……あまり疑問を持たれると、これからの戦いに支障がね」

 

 玄が遠くを見つめながら呟く。

 そして真白に近づき、右手をその顔に押し付けた。

 

「駒として使うなら」

 

 玄が冷たく告げる。

 翠が制止しようと手を伸ばすが、遅かった。

 

「心は要らないよね?」

 

 真白の髪から、姉の形見である髪飾りがするりと外れ、地面へ落ちる。

 そして、彼女の意識は深い闇へと塗りつぶされた。

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