※社畜転生と銘打っていますが、主人公は転生者ではありません。




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社畜転生

 

 

 

 

俺が生まれた時、既に俺の人生の終わり方は決まっていたらしい。

 

 

 

 

 

 

俺の人生で最初の記憶は「初代龍神様の悲願を達成する」だった。初代龍神の悲願、それはヒトガミの殺害だ。とはいっても俺自身はヒトガミに会ったことはない。そもそも存在しているのかさえ知らないが、村の長老はその存在を確信していた。彼等は初代龍神を直接知る者やその側近の子供だったりと、非常に古い世代の龍族だ。古代龍族の直系であり、俺自身も初代龍神の代から三代後の龍族の生まれだ。人間で言えば祖父世代に初代龍神がいる感じ。1万年近い開きはあるが。

 

俺達一族は初代龍神がヒトガミに神玉を砕かれ逝去した際、その間際に彼の子息の補助を言い渡された。ヒトガミに騙され世界を破壊した主君。それを諫めることも、共に戦って死ぬことも許されなかった先祖たちは、自分たちやその子孫が龍神の子息の最高の手駒になる事を誓った。

 

だから俺は生まれた頃からいつか現れる龍神の息子に仕えることは決まっていたし、その役目を果たして死ぬことに大きな抵抗も感じなかった。ただ古代龍族の本懐を遂げたい。その横でささやかな幸せを感じられたら、それ以上のものを俺は何も望まない。

 

望まなかったはずなんだがなぁ…。この時はまだ、自分がどう死ぬかなんて具体的には知らなかった。だが心のどこかで、そのささやかな幸せも手に入らないかもしれないという不安はあった。

 

 

 

 

 

 

俺と同年代の純血の古代龍族はわずか17人。世代を重ね憎悪を薄れさせる事を危惧した上の世代は、数千人に年一度一気に同年代の子供を増やす方策を採用した。その中から理想の龍族の戦士が育つ事を望み、幼少の頃から幾度も死にかけた。実際に200年で同年代の龍族の10人が死に、俺を含めても僅か7人にまで減ってしまった。

 

だが生き残った7人は龍族の中でも秀でた戦士となり、特に俺は次世代でも最有力の戦士として大いに期待を受けた。双子の妹であるブリギッドも生き残り、彼女は一族でも屈指の治療師に成長した。そのため彼女は戦士の課程から外され、治療師として将来の龍神に仕える事が決まる。当時は妹がこれ以上死線に立たなくてもいいと安堵したが、気付けば妹は戦う治療師として違う修行を積んでいた。なんだかなぁ…。

 

最終的に生き残りのうち3人も死亡し、ブリギッドの離脱もあって同期の戦士は俺を含め3人になった。

 

 

 

 

 

 

俺が300歳を迎えた頃、遂に初代龍神の息子が現れた。名前はオルステッド。厄介なことに他人に嫌われる呪いを受けているらしいが、村の面々には特に何も効かなかった。もしかすると古代龍族の血を引く者には効果がないのかもしれない。

 

俺とオルステッドの初対面は非常に変なものだった。ものすごく睨まれているし。まるで勝手知ったる場所のように村を進むオルステッドと、その周囲で大騒ぎをしている長老衆。オルステッドは彼の戦士候補である俺達の前に出ると、すぐに同期の1人を殺害した。理解が追いつかなかったが、オルステッド曰くヒトガミの使徒になっていたらしい。

 

判別方法はわからなかったが、どうやらこの短期間で彼は見破ったらしい。このまま自分も殺されるのではないか、一瞬だけそんな懸念が頭の中を駆け巡っていた。いっそのことここで自分が殺すべきか?そう考えかけたが、彼が死ねば一族の悲願は無に帰す。俺や同期が死ぬのとはわけが違う。それにオルステッドの言葉が嘘であると証明する方法はない。本当だった場合は頼もしいじゃないか。

 

自分にそう言い聞かせ、平静を装いながらオルステッドの命令を待った。意外にも彼は俺を直属の部下として指名し、今後200年で俺の取るべき行動がのった書物を数百冊渡された。そこには特定の場所や時間や話しかける相手、殺すべき存在の潜伏場所など、まるで未来を見てきたかのような指示が書かれていた。いや、「見てきた後の世界をなぞっている」と言った方が正しいかもしれない。そして細かにスケジュールが指定されており、この通りに行けば各大陸を190年以上放浪する羽目になりそうだ。

 

当初は何かの冗談かと思ったが、オルステッドの目を見た途端本気である事が理解できた。こうして俺の終わらない無限の旅と布石を打つ日々が幕を開けた。

 

残り1人の同期にも任務が与えられたが、彼は翌年に死んだとの報せが入った。原因は不明だが、恐らくオルステッドが関係していることは確かだろう。俺も早死にしそうだ。ブリギットの安全だけが気がかりだが、彼女は何かとオルステッドに近い位置にいるようになっている。本人の実力やオルステッドの健在を鑑みても、早々に害を受けることはないだろう。無いと信じよう。

 

 

 

 

 

 

オルステッドは魔力の回復が致命的に遅い。その欠点を補うのが妹のブリギットだ。彼女は卓越した治癒魔術の使い手であり、同時に剣術や弓術、槍など様々な修練を積んだ優秀な戦士だ。そんな彼女が側で護衛を務め、万が一の場合は傷の治療を行う。こうしてオルステッドの魔力が消費される機会を最小限に留めているらしい。

 

これは指示書通りに動いた結果、ブリギットが目的地に先取りで手紙を送ったために知れた話だった。最近はこうして妹からの一方的な手紙がいく先で待っている事が増えた。残念ながら俺から彼女に直接手紙を送ることはできないが、たまにある時間で故郷の村に彼女宛の手紙を送っている。既に俺が放浪を開始して50年以上が経過し、これまでにこなした指示の数は数十万を優に超える。オルステッドはあの指示書を俺以外に渡していた場合、どうなっていたんだろうか。普通に半数は達成できなかったのでは?

 

こうして死ぬ気で指示通りに動いてやっているのだから、ヒトガミの討伐後は大量の褒美と暇をたっぷりと頂こう。その時は家族でも作って、のんびりと森の中で過ごしたいなぁ。嫁さんは胸のでかい美人がいい。種族は問わん。出来れば長生き可能な種族であればありがたいなぁ。

 

この前ちょっと暇ができたので酒場に繰り出したら、やたらに美人なエルフに誘われて一夜を共にしてしまった。正直あんな感じの美人と家庭を築けたら理想的だったが、結局あれ以来再会することはなかった。俺も絶え間なく移動し続けているし、彼女も冒険者だったので二度と再会することはないかもなぁ。悲しい。でもあんな風に生きる彼女を、少し羨ましく感じてしまう。俺も自由に冒険しながら気に入った異性と逢瀬でもしたいなぁ。皆してずっりぃの。

 

どこかに俺の理想の嫁さんはいないだろうか…。恋人や婚約者だっていいよ。流石に50年も休まず指示に従っていると疲れが出てくる。自分でガス抜きをしているので耐えられているが、流石にオルステッドは部下の使い方を学んだ方がいいと思う。まじで人心掌握が下手くそ。俺じゃなかったら誰も従わんよこんなの。

 

 

 

 

 

 

50年でいろいろな事をやった。邪教の根絶、貴族の暗殺、災害の事前避難誘導、内戦介入、後進の指導などその他数万の布石を各地で打ち続けた。その途中でいくつもの出会いに恵まれたが、そうした人々と関係を深化させることはなかった。あっても1日か2日の縁で、再会することも決してなかった。これがオルステッドの計算通りなのかは知らないが、俺は誰かと友人になることもなかった。

 

こんな職場環境でもオルステッドに反旗を翻す気にはならなかったが、それでも僅かな癒しは求めてしまった。結局道中で僅かにあった空き時間で娼館に通ったり、賭場で一時の快楽を享受するようになった。酒は嗜むことはなかったが、道中で採取した薬草などを吸うことは増えた。香りだけで気分が高揚するようになり、今では憂鬱な旅の欠かせない相棒にまでなっている。移動しながら魔術で加工可能なので、時間を消費せずに量産できるのが最高だ。採取自体は旅に同行させている使い魔に任せ、俺は進みながら必要最低限の魔力消費量で量産。

 

ブリギッドが見たら少し悲しむかも知れないが、今の予定のまま進めば会うことはないので大きな問題にはならないだろう。彼女もオルステッドの側で仕えているが、彼自身も別ルートで各地を巡っている事を俺は知っている。だから妹と道を交える事がないと確信している。悲しいけどね。

 

だが手紙から伝わってくるブリギットは生き生きとしていて、オルステッドの側での役目を楽しんでいる事が察せる。大事な妹が幸せに生きている。その事実だけでいくらでもオルステッドの指示に従う気力が湧いてくる。薬草は止まらないけど。だからたまに夢に出てくる白いカスことヒトガミは無視である。どうせ俺が弱ったからつけ込みに来ただけに決まってる。

 

 

 

 

 

 

薬草依存になって十数年、俺は久しぶりにミリスに足を踏み入れていた。ここでの指示は家出をする貴族家の娘の支援だった。ミリス国内から彼女を安全に連れ出し、所定の町まで送り届ける。なんてことな要人警護の指示だった。ただ普段よりもかなり期間が長い、それしか特徴はなかった。約1ヶ月ほど彼女を行動を共にすることになりそうだ。

 

指示通りの場所に行くと、そこには上質な服に身を包んだ少女が肩で息をしながら座り込んでいた。場所は聖都の路地裏。

 

「そんな所で座り込んでると危ないよ」

 

「え…?」

 

誰かに声をかけられると思っていなかったのか、少女は酷く驚いた表情で俺を見る。目は赤く充血し頬には涙痕が。想像でしかないが、喧嘩して家出でもしたんだろうか。

 

はじめは警戒していた彼女だったが、少し言葉を交わした後に場所の移動を提案してきた。受け入れた俺はそのまま自分の宿に向かい、そこで少女——ゼニス・ラトレイア——から冒険者であるか確認を受けた。

 

恐らく俺の旅装束と軽い武装を見てそう判断したのだろう。一応S級冒険者ではあるので肯定してみると、彼女は俺に国外へと連れ出して欲しいと依頼してきた。なんでも実家で大喧嘩をしたので、もう飛び出して貴族令嬢を辞めてやるつもりらしい。

 

初級の魔術数種類と中級の治癒魔術と解毒魔術を使えるらしいが、正直このまま冒険者として生きていく上では心許ない。なので一時旅に同行することは承諾したが、条件として道中で魔術の指導を行うことを決めた。

 

俺も伊達に数百年生きていないからな。オルステッドに仕えるため適性のある分野は全て最大限鍛えられた。その中には魔術も当然入っており、聖龍闘気をはじめとする戦闘技術と共に魔術の両方を使える。

 

幸いにも移動中の1ヶ月間で出されている指示は簡潔なものが多いため、指導を行っても大きな影響力はないだろう。珍しく長期間一緒に過ごすことになるのだ、そんな彼女が何かの拍子で死んでしまっても忍びない。これもなにかの縁なので、できる限り彼女に俺の持つ技術を伝授しよう。

 

願わくば、この技術が彼女を助ける日が来ないことを願う。

 

 

 

 

 

 

1ヶ月はあっという間に過ぎ去ってしまった。同行者のいる旅なんて約70年で初めての経験だったので、尚更時間が経つのが早かったと思う。この期間で俺はゼニスに適正のある魔術の鍛え方を紙に纏めた。特に彼女は人の治療をやりたがっていたので、解毒と治癒魔術を重点的に書き記した。また火と水の魔術は殺菌や飲み水の確保において重要なので、低級の魔術でも魔力の効率の良い引用の仕方なども教えた。

 

幸いにもこの期間でゼニスの治癒魔術は上級相当に到達し、このまま成長すれば年内には聖級に至れると思う。いつか彼女が開く治癒所に世話になる日がくるかも知れない。そんな日を想像しながら俺は彼女を別れた。

 

ゼニスは俺とパーティを組みたいと言ってくれたが、流石にこの旅に彼女を同行させることはできない。なので泣く泣く彼女の提案を断ることに。彼女といる間は薬草も控えていたが、別れてからは以前よりも増えてしまった気がする。

 

このままゼニスが俺の助言に従って成長を続ければ、いつか王級に独力で至っても驚かない。俺自身も帝級まで治癒魔術を修めているので、ある程度の目利きはできるつもりではいる。ただ目立ちすぎても変な輩に目をつけられてしまうので、可能なら彼女の身を守れる人達と出会って欲しい。

 

あのまま放り出すのも忍びなかったが、俺と別れた日に「黒狼の牙」ってパーティに誘われていたので安心して旅に戻った。運命の悪戯なのか、あの時のエルフのお姉さんがいたが、彼女であれば問題なくゼニスを任せられる確信があった。

 

こうして長いようで短かった1ヶ月の修行の旅は終わり、俺は再びオルステッドの無限にも思える指示を遂行する旅に戻った。

 

 

 

 

 

 

久しぶりに訪れたシャリーアにて、俺は思わぬ再会を果たすことになる。なんと魔大陸で一度だけあったことのある冒険者、ロキシー・ミグルディアと再会した。以前は水の上級魔術師だったと記憶しているが、今はラノア魔法大学で学びながら水聖級の魔術師になったらしい。

 

ちょっと実力よりも自信が先行している雰囲気もあったが、特に指摘するほどの関係でもないので口出しはしない。そのままシャリーアであった用事を済ませ、再び次の目的地に向かう。果たしてロキシーは今以上に大成できるんだろうか?ポテンシャルは十分だが、あの顕示欲の強さを抑えないと成長の邪魔になってしまいそう。指摘した所で教え導く時間なんてないので、誰かが彼女に気付かせてくれることでも願っておこう。

 

それと最近やたらと白カスの使徒っぽい連中に襲われるが、あいつは未だに夢の中でブリギッド関係の世迷言を吐き続けている。その裏で俺を殺す手駒を放っているのだから、あのカスは随分と強かなようだな。絶対に殺してやるから、そのままどんどん刺客を送ってくれたまえカス野郎。

 

指示にない戦闘や殺人も最近ではただの刺激の一環に成り果てたし、正直刺客を徹底的に嬲り殺すのが最近の楽しみになりつつある。白カスの選ぶ刺客は基本それなりの実力者なので、その実力を真正面から受け止めて叩き潰すのが楽しくて仕方ない。

 

白カスの使徒に成り下がった時点でおしまいだし、これ以上生き恥を晒す前に殺してあげるのが俺流のせめてもの手向けである。来世では白カスに諭されても乗らないよう徹底的にへし折ってから殺す。それが礼儀である。本来なら有無も言わさず拷問して情報を絞って殺すべきだが、それだと時間の浪費が大きいので却下。

 

オルステッドも拷問で得た情報なんてあてにしていないだろうし、白カスが有益な情報をただの捨て駒に教えているはずもない。なので使徒はさっさと殺す以外選択肢はない。

 

ちょっと野蛮な刺激だが、退屈な流れ作業を熟す中だと貴重な異常事態。少しでも退屈を凌ぐために有効活用させて頂く。

 

 

 

 

 

 

ゼニスと別れてから二年が経過した。どうやらゼニスの加入した冒険者パーティは解散してしまったらしい。原因は彼女の妊娠。

 

彼女の懐妊は喜ばしいのに、少し残念に思ってしまう自分がいた。だが弟子の幸せを祝えないと師として失格なので、彼女が旦那さんと移住したというブエナ村に祝福の手紙とお祝いの品を送っておいた。あのあと聖級の治癒術師になったらしいし、そのお祝いも兼ねて少々奮発した。

 

ゼニスの近況を教えてくれたのは以前に会ったエルフ、エリナリーゼだった。酒場でのんびりしていたところ誘われたので、再会を祝して休みの全てを彼女と過ごすことに。その途中でゼニスの話題になり、彼女の近況を知ることになったわけだ。

 

エリナリーゼ曰く旦那のパウロはどうしようもない奴らしく少し不安だが、あのしっかり者のゼニスが認めた相手なら多分大丈夫だろう。ダメなやつでも俺にできることは特にないが。まぁ、彼女が幸せな家庭を築けることを願っておこう。

 

そしてエリナリーゼには久しぶりに会った俺の印象の話もされたが、前にあった頃よりも随分とくたびれたという。流石に70年間世界を駆け巡ると、古代龍族でも疲弊してしまうらしい。それと薬草臭いとも苦情を頂いた。残念ながらそっちは死ぬまで改善出来ないかなぁ。

 

 

 

 

 

 

異常な魔力の反応を感知すると、間もなくゼニスにつけていた護衛の使い魔が消滅した。召喚すればいつでも呼べるはずが、今では契約の繋がりも完全に喪失している。果たしてこれが俺と使い魔の間の問題なのか、それとも先程感じた魔力が関係しているのか。

 

残念ながら俺にそれを確かめる暇はなく、愛も変わらず布石を打ちながら刺客を殺す日々。流石に殺しすぎたのか最近は数が減ったが、同時に白カスが夢に出てくることもなくなった。もしかすると俺を諦めて他に行ったのかもしれない。ドンマイ次のやつ。刺客になるなら来世に送り出してあげるよ。

 

ただゼニスの安否が気になるので、使い魔を送り込んで情報収集だけは行っておく。無事なら構わないが、万が一があった場合はちょっと困ってしまうからな。

 

今は紛争地帯で戦災孤児の保護などを行っている。多分この中に将来使える人間がいるんだろうな。もう自分の中ではオルステッドがループしているのは確定事項となっている。じゃなきゃこの指示の説明がつかないし、あのオルステッドが白カスのような存在に操られているとも思えない。あれも伊達に初代龍神の直系をやってるわけじゃない。

 

今日も所定の場所で子供の保護を進めていると、前方からボロボロになった服装で走る女性が視界に映る。多分乱暴されそうになって逃げている御婦人なんだろうが、その装束が少々特徴的だ。明らかに貴族っぽい服装だが、その特徴は紛争地帯の伝統的な貴族の装束とは大きく異なる。

 

女性はこちらに助けを求めているので、違和感の正体を突き止めるためにも保護しておく。結果俺の違和感は大正解で、彼女はブエナ村もあるフィッティア領の領家であるボレアス家の夫人らしい。彼女の話では気付けば紛争地帯に立っていたらしく、傭兵に乱暴されそうになったところ逃げてきたらしい。

 

仮に彼女の話が本当だった場合、ゼニスも同じようにどこかに飛ばされている可能性がある。一瞬で血の気が引いていくのを感じる。頭はどんどん熱くなっていくのに、体は感覚が遠のいていくだけだ。これまでの人生で一度も経験したことのない感覚だった。

 

弟子の安否でここまで取り乱すなんて、一体どうしたというんだろうか。自分の変化に混乱しながらも、指示に支障が出ない範囲で使い魔を放ってゼニスの痕跡を探す。嫌な予感がするんだ、本当に嫌なのが。

 

 

 

 

 

 

保護した夫人、ヒルダ・ボレアス・グレイラットを伴って戦災孤児の保護を継続した。この孤児達はアスラ王国の孤児院に寄付と共に送ることになっている。ボレアス夫人は相変わらず顔色が悪いが、子供は嫌いではないのか彼女なりに努力して接している。貴族家の出身だから不慣れだろう。ただ同じ貴族出身のゼニスを考えた時に、彼女は貴族離れした他人への思いやりを持っていると思う。それと比べるとぎこちないが、それでも彼女は確かに子供達と真正面から接そうとしている。

 

彼女は夫の捜索をしたそうだが、俺にてつだってあげる時間はない。明日には子供達をアスラ王国に連れていくために出発し、三日後には国境地帯に到着する予定になっている。正直彼女もアスラ王国に連れていくかは悩みどころだが、このまま放り出しても乱暴された末に殺されるだけだろう。

 

悩んでいた日の夜、新たな来客があった。なんとそれはかつてのゼニスのパーティメンバーであるギレーヌだった。直接の面識はないがゼニスの加入前に見かけたのと、エリナリーゼから話を聞いていた。だが流石にボレアス夫人の家で雇われていたのは知らなかった。

 

そのままボレアス夫人をギレーヌに引き渡し、俺はそのままアスラ王国に向けて移動した。子供数十人を連れての移動のため遅いが、魔術で負担を軽減してできるかぎり移動距離を稼ぐ。

 

このままアスラ王国に入れば、ついでに正確なフィッティア領の様子も知れるかもしれない。だから子供達には少し無茶な移動になってしまったが、その分待遇は向上させたので許してほしい。

 

三日目の昼ごろにアスラ王国に入り、予定の孤児院に到着したのは夕方に差し掛かった頃。フッティア領の隣にある小規模な貴族の領地だが、隣ということもあって様々な話を聞けた。だが全ては最悪の方向で期待を裏切り、かつてフィッティア領があった領域は全て更地になったらしい。

 

つまりゼニスは使い魔と同じく消滅したか、ボレアス夫人のようにどこかに転移している可能性が高い。手がかりは掴んだものの、帰ってきたのは解決が不可能に近い難題。この時初めて俺はオルステッドに休暇の申請をしようか悩んだ。しなかったけども。

 

薬草の消費スピードが以前の十倍以上になったが、いつの間にかゼニスは俺の中でそこまで大きい存在になっていたようだ。以前に彼女の懐妊を聞いた際の落胆も、彼女への想いが叶わなかったことに対する失望だった。今になって理解したくはなかったがな。

 

 

 

 

 

 

ゼニスの捜索方法を考えた時、最初に思い浮かんだのは魔帝キシリカ・キシリスの存在。彼女の魔眼でゼニスの捜索ができるのではないか?一族の村で見た記録の中で彼女に関する魔眼のものもあり、それを活用することで発見できるのではないかと考えた。果たして彼女が古代龍族の血を引く俺の要望を聞くかは不明だが。

 

だが残念ながら今のままでは魔大陸に行く時間なんてないので、なんとかして短時間で行き来する手段を確立しないといけない。思いつくのは転移魔法だが、残念ながら今の状態では独力で転移魔法陣を刻むほどの知識がない。

 

とりあえず村に戻った際に諸々の資料を持ち出そう。旅をしながら転移魔法について知っていけばいい。

 

 

 

 

 

 

オルステッドから呼び出しがあり、向かった先で一人の少女を紹介された。ナナホシ・シズカと名乗る少女で、なんでもオルステッドからしても珍しい人物らしい。詳しい事情は知らないが、今後のためにも顔合わせをしておくことになった。

 

またオルステッド側も例の転移事件で予定が大きく変化したようで、新たな日程と追加の任務をいくつも与えらえた。おかげで村に帰る暇はないし、書かれている予定の中には人魔大戦期の人物の殺害をはじめ厄介な事柄も山のようにある。

 

正直全てを放り出してゼニスの捜索を行いたいが、彼女の親族が発見してくれることを願って仕事に集中するしかない。ゼニスにつけていた使い魔の情報では息子は相当優秀らしいので、彼の手腕に期待したいところだろう。自分の20分の1も生きていない少年に丸投げなのは情けないが、今はそれに縋るしか道はなかった。

 

 

 

 

 

 

あれから2年の月日が経ち、甲龍歴421年の末に差し掛かった。422年も目前に迫る中、俺は魔大陸に足を踏み入れることになった。目的は旧い魔王の殺害であり、今も生存する最後の武闘派の魔王の一角らしい。なんでも古代龍族と魔族の混血児だそうで、龍族の母親は初代龍神の所業で心を病んで自害したらしい。そのため古代龍族をひどく憎んでいるとか。

 

彼が白カスの使徒になると面倒なので、今のうちに殺害しろとの御命令である。ぶっちゃけ勝てるかは五分五分だが、聖龍闘気や光の太刀などを用いて早めに終わらせたい。だがここで敗死する危険性もあるので、とりあえずブリギッドに遺書紛いの手紙を送っておく。

 

死ぬ予定は更々ないが、数万年近く生きる怪物を前に必ず生きて帰れる保証もない。だから念には念を入れての手紙である。

 

 

 

 

 

 

ブリギッドは世界の創世後の歴史上で三本指に入るほどの治療師である。俺が村で戦士候補として修行をしていた頃、彼女は戦士としての修行を熟しながら更に高度な治癒魔術まで習得していた。はっきり言って神代クラスの才女だ。ちょっと羨ましい。

 

なぜ今そんな事を思い出すか?絶賛治療師が欲しいからです。ハイ。土手っ腹に空いた穴に魔大陸の砂がまとわりついて激痛が止まらんのです。

 

あのクソ魔王、俺が古代龍族の血を引くと見るや否や自爆覚悟で捨て身の攻撃を大量にお見舞いしてくれた。おかげで右半身は片肺の下から骨盤のあたりまで綺麗に消し飛んだ。

 

今はなんとか自分の使える治癒魔術を全力で重ねがけしているが、何分傷が大きすぎて回復が間に合わない。このままだと内臓が死ぬし、そもそも出血多量で干からびる。

 

立ち上がろうとすれば残った内臓がずり落ちるし、クソ魔王の部下の生き残りも俺を殺そうと周囲を駆け回っている。今は治療魔術と同時並行で連中を殺せても、魔力が枯渇すればどちらかに絞らなければすぐに死ぬ。

 

回復に専念しても治療が間に合わず最後は死ぬし、攻撃に専念しても数分後には死ぬ。結局死ぬしかなくない?まじでブリギッド来てくれねえかな。

 

そろそろ限界なんですわ。そもそも本来の予定なら数十年後にこいつ殺す予定だったのに、なんでオルステッドは予定を早めたんだ。恨むぞクソ龍神がよ。

 

 

 

 

目が覚めると故郷の村にいた。一瞬夢かと思ったが、右半身の激痛が現実だとすぐに教えてくれる。どうやら無事に生存出来たらしい。

 

「お兄様、かなり無茶をしましたね」

 

自分の生存に安堵していると、数十年ぶりに聞く肉親の声が室内に響く。

 

「ブリギッドが助けてくれたのか?」

 

「ええ。変な手紙を送ってきたので、オルステッド様にお兄様の所在を教えて頂きました」

 

「なら、あれを送った意味はあったみたいだね」

 

「…まさか本当に古代の魔王を単独で討伐しているとは、正直全く思っていませんでした」

 

今のブリギッドは見たことがないほどに顔色が悪かった。そういえば彼女が村でどんなふうに過ごしているのか、どのような形でオルステッドに仕えているのか知らなかったな。旅に同行してそばで護衛をしているのは把握しているが。

 

前にナナホシ・シズカと対面した際にはいなかったが、彼女は常にオルステッドの側に仕えているわけではないのだろうか?

まさか俺のように色んな場所を旅しているんじゃないだろうな…。

 

「私の御役目と随分違ったので、正直驚いてしまいました」

 

どうやら俺とは役目の毛色が違うらしい。一安心である。

 

「まあ、治療師と戦士では役割も変わるだろ。お前の場合戦士並みの戦闘能力も持ってるから出来るだろうけどさ」

 

「流石にあんな魔王の討伐なんて無理ですよ。決定打がなくて、最後は魔力切れで負けちゃいます」

 

そう言って俯いてしまったブリギッド。そういえば心なしか俺の腕が細い気がするのだが?どれだけ眠りこけていたんだろうか。

 

まだ霞む視界で自分の体を確認しようとしたところ、珍しい声が部屋に響く。

 

「起きたか」

 

俺の主君、オルステッドである。相変わらず目つき悪いなこいつ。あの無茶な仕事を乗り切ってから、俺の中でちょっと主君に対する扱いが雑になった。こいつ俺と魔王が相討ちになれば儲けとか思ってそうなんだよな。

 

「お前があそこまで重傷を負うとはな」

 

「正直あのまま死ぬって確信があったんですけど、生き残れたようです」

 

「そうか」

 

そこで会話は止まった。マジかこいつ。労いの一つもないのか?期待してなかったけど、そんな目付きで見つめられても困る。ブリギッドは相変わらず俯いたままだし、オルステッドも特に何かを話す気配もない。

 

「あの、俺はなんでここに呼ばれたんでしょうか」

 

沈黙を破ったのは見覚えのない青年だった。疲労のせいか声を発するまでそこにいるとは気付かなかったが、発言や声音から以前より室内にいたことが窺える。見覚えのない青年だったが、どことなくゼニスに似た雰囲気を感じる気もする。

 

「お前の同僚の紹介だ。」

 

「同僚?この方が?」

 

「同僚?」

 

唐突にオルステッドから知らされる同僚の存在。そんな発表を受けて2人して似たような反応をする。ブリギッドはその間も顔を上げず、ずっと毛布の裾を掴んで動かない。

 

「ルー、お前は3年間眠っていた」

 

「は?」

 

「その分仕事が遅れている。だから補佐役を迎えた」

 

「はぁ?」

 

 

 

 

 

 

思わずクソ龍神に掴み掛かろうとしたが、残念ながら立ち上がることも指を曲げることも出来なかった。そこで初めて気付いたが、俺ははじめから一切上体を起こしていなかった。自身の体たらくで初めて沸く実感。

 

まさか本当に3年も寝ていたのか?クソ、長命な龍族は早々容姿が変わらないから判断がつかない。そもそも補佐役ってなんだ、俺の役目の手伝いをするってことなのか?

 

訳が分からん。いきなり情報量が多すぎるし、段々と考えるのも面倒になってきた。

 

もうなんでもいいや。めんどくせっ。

 

 

 

 

 

 

あれからゼニスの生存を聞かされたり、補佐役の青年、ルーデウス・グレイラットが彼女の長男であることなども聞いた。まさかオルステッドの下で彼女の息子と同僚になるとはなぁ…。

 

予想外の事態に少し驚いたが、結局はたったの3年である。いきなり言われて混乱したが、3年も合法的に役目を休めたのなら役得だったと思うことにした。すぐに役目の修正案を渡してきたのは殺意がわいたが。あとルーデウスを俺の補佐役って言った割に、彼に補佐してもらう機会全くないんだけど。

 

もしかして名ばかりの補佐役か?ぬか喜びさせんじゃねぇよクソ龍神。せっかく仕事押し付けるヤツができたと思ったのに。

 

結局目が覚めた翌週には再び布石打ちの旅が始まり、俺はブリギッドやゼニスの近況を深く知ることなく旅立つことになった。幸いにも俺がスケジュール通りに役目を熟していれば大凡の現在地はわかるため、転移魔法を体得したブリギッドはその気になれば俺の発見が可能らしい。

 

じゃあまた今度危険そうな戦闘の機会があれば助けてね。切実に頼むよ可愛い妹よ。

 

 

 

 

 

 

また数年ぶりにオルステッドに呼び出されたが、到着した途端あのクソ魔王に襲われた。あれ、こいつは既に俺が殺したはずでは?は?生きてた?復讐心を糧に更に強くなった?ふざけんなクソ野郎。

 

なんで急に呼ばれて怪獣大戦に参加させられてんだ俺。なんか周囲に危ない連中の気配をたくさん感じるし、本当に嫌なんだが。ブリギッドもオルステッドの護衛で俺に加勢する気配はないし、名ばかりの補佐役ルーデウスも今は頼りにならない。

 

なんかこいつと再会してから右半身が激しく痛むし、厄日ここに極まれり。これが終わったらオルステッドに休暇を申請して娼館に引きこもろう。薬草を吸っても文句言われない店で5年くらい引きこもってやる。

 

とりあえず丸く加工した薬草の塊を炙り、その匂いで痛覚を麻痺させる。こうすれば鬱陶しい右半身の痛みも消えるし、気分も上がって一石二鳥である。こうすれば休暇のお礼を全力で出来る!ほな死ねクソ魔王。

 

 

 

 

 

 

決着は案外あっさり付いた。ちょっと拍子抜けだったが、オルステッド曰く殺しきることには成功しているらしい。ただ代わりに右半身には不治の傷ができた。あのクソ魔王は以前戦った際、俺の傷に極小の魔力の針を仕込んだらしい。それを今回活性化させたことで、俺の魔力回路の中に大量の魔力の針が動き出すことに。

 

戦闘中に治療魔術を含め力技で右半身のみで針を食い止めたが、おかげさまでこれからの人生では常に回復魔術を自分にかけ続けることになった。んで右手で魔術は使えなくなったし、腕の感覚も非常に鈍った。光の太刀などは片手で放てるので、左の健在で問題ないが、何かと不便になってしまった。

 

このことを知った時のブリギッドの反応は胸が痛んだ。頻りに訳も言わずに謝り続けていたが、いくら問い質しても口を割ることはなかった。あの様子だとオルステッド関連なんだろう。何を言われているのか知りたかったが、いつか彼女から話してくれることを待とう。これでオルステッドから聞き出しても、彼女を無駄に追い詰めてしまうだけな気がする。

 

幸いにも名ばかりの補佐役だったルーデウスは、この間の怪獣大戦以降はたまに役目の代打を担ってくれている。残念ながら忙しすぎて休暇を取れることはないが。

 

 

 

 

 

 

役目のついでに立ち寄った屋敷にて、俺は約30年弱ぶりにゼニスと再会した。神子になった影響で会話は出来なかったが、彼女の部屋で2人で1時間ほど向き合った。色々と彼女への想いがあったはずだが、彼女と対面して上手く気持ちに区切りを付けられた。

 

既に彼女には孫をはじめ多くの家族ができている。今更俺が何か言うこともないし、ただ心の中で彼女の家族の幸せをささやかに願った。ゼニスも自我があるのはわかったし、これからも孫や家族を見守りながら生活するのだろう。過程はどうであれ、彼女は間違いなく幸せな家庭を手に入れた。

 

ここに来て、初めて俺はクソ龍神に従ってよかったなと思った。これまでは一族や先祖の悲願から従っていたが、これからはもう少しちゃんと仕えてみようと思う。別にオルステッドも口下手なだけで悪い奴ではないのだ。今のところコミュニケーションをとる時間もそんなにないけども。

 

その内ちゃんと向き合ってみようかな。

 

その後ゼニスと握手を交わし、俺はそのまま街を出た。予定よりも長居をしてしまったので、次の役目までの時間がおしているのだ。

 

 

 

 

 

 

ルーデウスの子供たちもすっかり成長し、彼自身も気付けばすっかりおじさんになっていた。ルーデウス本人に最後に会ったの数年前だけど。俺?俺は変わらず青年の容姿を維持しているぞ。それとブリギッドが出産した。妊娠したって手紙が俺の下に届いた頃には、残念ながら彼女は既に出産してしまっていた。

 

魔力切れによる魔力針の進行に対処していたら半年の足止めを受け、届け先で手紙を開封した時には妊娠から一年以上が経過してしまっていた。おかげで出産に立ち会う事はできなかったが、父親は誰か知らない。勘がオルステッドだと言うが、俺の脳はその可能性を全力で否定している。

 

仮にそんなことがあった場合、白カスの次に殺すべきなのはオルステッドだろう。せっかく印象が好転した主君を殺すわけにもいかないし、一旦村には顔を出さず役目を継続する。

 

 

 

 

 

 

久しぶりにアリエルに会ってきた。以前にアスラ王国内で襲撃を受けた留学に向かう彼女を助けたことがあったが、それ以降何年かに一度役目の延長で会っていた。今回はオルステッドを通して彼女から連絡があったため、とりあえず王宮にて数年ぶりの再会を果たした。

 

既に人間基準では中年のはずのアリエルだったが、その美貌は20歳の女性と言われても驚かないほどに若々しかった。やっぱり貴種の容姿は整う傾向にあるのだろうか?ゼニスやヒルダさんも綺麗だったし。それと数人の子供も生まれていた。

 

揶揄うような声で俺の子供もいると言われたが、もちろん冗談だよな?頼むぞアリエル。このまま行くと俺はブリギッドに殺されてしまう。

 

 

 

 

 

 

アリエルのタチの悪い冗談で肝を冷やし、俺は10数年ぶりに故郷に戻った。幸いにもオルステッドは不在だったが、ブリギッドと俺の甥っ子とされる子供はいた。初の対面で子供に大泣きされたが。精一杯表情を作って対面したのだが、なんかダメようだ。

 

ブリギッドに殺気を指摘されたが、どうやらオルステッドへの殺気が漏れたらしい。ブリギッドからは子供に向かって大人気ないとお叱りを受けたが、父親の素性を聞く勇気はなかった。ここでオルステッドとか言われたら心が持たないもん。

 

とりあえず元気そうでよかったよ。だからその膨らんだお腹は見せないでくれ。お兄様が無性に死にたくなる。

 

でも治療はすごく助かりました。

 

 

 

 

 

 

その後旅の途中で出産の報せを受け取ったが、残念ながらお兄様に見舞いに行く精神的な余裕はありませんでした。ゼニスの幸せで卒業できてた薬草をまた吸い始めたので、クソ龍神は父親だった場合白カスの次に必ず殺そう。

 

それと最近ゼニスを見かけた気がする。もしかすると。

 

 

 

 

 

 

ブリギッドに手紙で次の子供の名付け親になってほしいと言われた。え?俺を殺そうとしてない?思わず治療魔術止めちゃって、回路内の魔力針が大暴れして激痛だったよブリギッド。

 

まさか第三子を孕んだとか言わないよね。数千年で数回しか子作りしない龍族のくせして、なんでこんなペースで子供できてんのよ。もしかして父親は非龍族でオルステッドでもない?心当たりがないんだが、まさかルーデウスか?でもあの甥っ子にルーデウスの面影は一切感じなかったぞ。

 

 

 

 

 

 

自作の転移魔法陣で拉致ってきたルーデウスを尋問したが、どうやらあいつは無実らしい。ほーん、じゃあ誰だか分かんないわ。あっ、おい、クソ鼠。甥っ子の父親の素性を話そうとするな。殺すぞ。

 

 

 

 

 

 

久しぶりに会ったギレーヌにヒルダさんからのお手紙もらった。去年旅立ってしまったらしい。

 

ちょっと悲しいな。

 

お手紙の内容はお礼だった。あんな美人にここまで感謝されるなら、悪くない選択だったかもね。

 

 

 

 

 

 

旅の途中でたまに会っていたルーデウスの娘、ララからゼニスの訃報を報された。もうそんなに時間が経ったのかぁ。って感想だった。

 

前にゼニスを見かけた時に覚悟はしてたけど、いざ明言されると泣いちゃった。

 

69歳だったんだって。つまり僕が彼女と最初に出会ったのは54年前。あの1ヶ月から既に半世紀以上が過ぎてしまった。お転婆な少女だったのに。気付けば母に、そして祖母に成長していたゼニス。今でもたまに最後に握手をした時の感触を思い出す。

 

また会えば自分の気持ちが揺らぎそうで会わなかったけど、せめて亡くなる前に一回くらい会えばよかったな。後悔先に立たずだけど、やっぱり少し後悔してしまう。

 

ただララは黙って懐から手紙の束を取り出すと、そのまま俺に渡してくる。1枚目の送り主を確認すると、そこにはゼニス・ラトレイアの名前があった。結婚してグレイラットに改姓したはずでは?なんて思う暇もなく手紙を読む。

 

内容は近況報告で、楽しく冒険者をしていること、S級になったこと、聖級の治癒魔術師になったこと、そしてまた魔術の指導をして欲しいと書いてあった。その次には最近よく言い寄られること、仲間の男が女性関係にだらしなくて嫌なこと、でもそんな彼は全力で自分を守ってくれること、その他にも色んな不安やお願いが書き連ねられていた。これもラトレイアの姓を名乗っている。

 

その後も数枚ゼニス・ラトレイアとしての手紙が続き、遂にゼニス・グレイラットの名前に変わってしまった。

 

この手紙たちはゼニスが俺に送ろうとした、過去の手紙たちらしい。移動を続ける俺に手紙を送る宛先なんてないし、彼女は俺に送ったつもりで書きためてくれていたようだ。

 

数年分の近況報告やお願い、不安の吐露などが並ぶ手紙。そこには確かにゼニスの営みが在って、彼女が幸せな生活を送っていたことが強く感じられる。彼女の夫であるパウロへの想いや、子供達の将来への不安、自分の母親としての不安。いろんな想いが絶え間なく綴られている。

 

あと俺が送った手紙とお祝いは無事に届いていたらしい。熱烈なお礼をいただいたので、思わず頬が緩んでしまう。

 

だが唐突に手紙の時系列が飛ぶ。転移事件後に救出されるまでの空白期間だろう。でもまだ何枚も手紙が残っている。ゼニスは神子になった影響で手紙を書く余裕があったとも思えないが、その内容は間違いなくゼニスの内面を書き記していた。

 

その中には俺と再会した際の話もあって、「あなたはあの頃と何も変わっていなかった」と書かれていた。また彼女への想いもバレていたらしく、俺は圧倒的に年下の女性に全てを見透かされていたようだ。とっても恥ずかしいが、もしかしたら神子としての力でバレたのかもしれない。そうでないとちょっと困るよね。

 

それからも家族と過ごす時間や、孫たちとの生活について綴られていた。転移事件前と変わらず、彼女は常に家族の話をたくさんしてくれる。脳内でその情景を容易に想像できた。

 

そして手紙は遂に最期の1通になってしまった。送り主はゼニスとしか書かれていない。だが手紙は白紙だった。何度見返しても、そこには何も書かれていなかった。訳がわからずララを見ると、彼女の隣には少女の姿をしたゼニスがいた。

 

あの日、路地裏で彼女に声をかけた時と同じ姿だった。

 

 

「ありがとうね、ルー」

 

 

 

 

 

 

ルーデウスも旅立った。最後には立ち会わなかったが、眠っている際にお礼だけ言いに行ってきた。結局補佐役として助けてもらう機会なんてほとんどなかったけど、いい奴だったなって思う。直接関わる機会が特筆して多かったわけではないけど、彼のことはゼニスを通してよく知っている。

 

彼も精一杯生き抜いての大往生だったのだろう。正直、不思議な気分だった。彼にはオルステッドとは違った性質の違和感を感じていた。それこそナナホシ・シズカと対面していた際に感じたような感覚だ。

 

結局その正体がわかる事はなかったけど、それでよかったとも思う。俺が踏み込むべき事柄じゃないし。

 

あと、アリエルはまだまだ元気だったよ。子供達をお願いって言われた。

 

 

 

 

 

 

久しぶりに会ったけど、ブリギッドはまだ第三子が生まれてなかった。でも名付けはしてと念押しを受けてしまった。本当にお兄様の心が死んじゃうよブリギッド。

 

 

 

 

 

 

アスラ王国で戦争が起こった。まだアリエルの子供たちは健在だ。彼女にお願いされたし、オルステッドからの役目もアスラ王国であるから参戦してもいいよね。

 

 

 

 

 

 

遂に白カスとの戦いに臨む。500年弱待ったんだけど、やっとだよ。ほんとに。

 

 

 

 

 

 

白カスに無事勝ちました。大勝利!

 

 

 

 

 

 

古代龍族の末裔の村。禁足地とも呼ばれる森の最深部に築かれた村で、周囲を結界に覆われている場所だ。

 

村では住人が初代龍神に捧ぐ宴を開催しており、初代様の怨敵であるヒトガミの討伐を祝っている。一族の悲願を果たし、オルステッドへの忠誠を改めて誓うことが宣言された。開戦前は80人ほどいた住人も、戦役やヒトガミとの戦いで30人ほどまで減少している。それでも本懐を遂げられた。

 

そんな宴には3人の子供も出席している。それは治療師ブリギッドと龍神オルステッドの子供達だった。村の時代を象徴する子宝の存在は、村の生き残りの士気を大きく引き上げた。

 

だが宴に子供たちの母の姿はない。彼女は今も兄、ルーの側で治療魔術を施し続けている。彼はヒトガミとの戦いで全身に魔力針が廻り、更には最終決戦で負った傷が原因で瀕死の重体にあった。

 

今は死の縁で無理やり繋ぎ止めているに過ぎなかった。あれから一度も目覚めない兄を、ブリギッドは片時も離れることなく治療し続けている。生まれて数ヶ月の我が子の名前も決まっていない。

 

枯渇しかける魔力を回復薬で無理やり戻し、神級の治療魔術を行使し続ける。それでも兄が目覚める気配はなかった。

 

間も無く室内に2人の人影が入ってきた。

 

「ブリギッド、どうだ」

 

それは彼女の番となったオルステッドと、戦友のララ・グレイラットだった。

 

「…お兄様が、一度も目覚めません」

 

「そうか」

 

普段ならオルステッドとの会話を続けるブリギッドも、この時ばかりはその気力がなかった。そんな彼女の様子を見兼ねたオルステッドは、神級の治療魔術を長時間重ねがけする事を選択した。

 

「…ありがとうございます、貴方」

 

 

 

 

 

 

耐え難い激痛で目が覚めると、側にララ・グレイラットの姿が見えた。

 

「…わぅぃ、ふおこぉのやぅおうとっえくぇ(わるい、懐の薬草とってくれ)

 

今喋ったの俺か…?ひっでぇ声してんな。幸いにもララには通じたらしく、彼女の手には俺の特性の薬草の玉が握られていた。普段通り火魔術で炙って煙を吸おうとしたが、全く魔術を発動できない。

 

それどころか自分の魔力が一切感じられない。空気中にも在ったはずの魔力が、全く感じられない。俺の様子をみたララが代わりに炙ってくれた。おまけに風魔術で俺の口内や鼻腔に香りを送り届けてくれる。

 

「は"ぁ"ぁ"い"き"か"え"る"ぅぅぅぅぅ」

 

瞬時に痛覚が麻痺し、あの耐え難い痛みは消え去った。

 

「ふぅぅぅ…最悪な目覚めだな、本当に」

 

「お兄様!!」

 

楽になった瞬間に響くブリギッドの声。そこで俺は初めて彼女とオルステッドの存在に気付いた。視界の中心に陣取っていたララには気付けたが、両脇にいた2人には全く気付かなかった。平時ならばまず犯さない失態。先程の魔力の違和感もあり、徐々に鮮明になっていく記憶。

 

「やはり使えなくなったか」

 

「…まぁ、そうですね。一切魔力が感じられなくなってます」

 

何か言いかけていたブリギッドも、俺の告白に完全に固まる。

 

「予定通りですか?オルステッド様」

 

「…いいや、今回は初めての機会だからな」

 

「そうですか。じゃあ悲願は達成できたんですね」

 

「ああ」

 

「…」

 

「俺は幾度も繰り返してきた。その中での大きな不確定要素の一つがお前だった」

 

「使徒にでもなりましたか」

 

「ああ、何度も。余裕を与えれば寝返ったな」

 

「…それはまた、随分と不名誉ですね」

 

「だから俺はお前を使い潰す選択をした」

 

「つまり、役には立ったと」

 

「ああ」

 

「…そうですか。では、感謝しますよ。オルステッド様」

 

「そうか」

 

「あなたのおかげで、大事なひとに出会いましたから」

 

「…そうか」

 

「嫌いなところも、恨んだこともありますけど、それでもありがとうございました」

 

「ああ。お前も、ご苦労だった。」

 

「…200年の酷使を一言で許されるのは、あなたくらいですよ。ほんとに。」

 

図太い主君に思わず笑いが漏れてしまう。彼に仕えて197年、彼のために育てられて497年。その全てが終わろうとしている。結局ささやかな幸せは手に入らなかったが、それ以上のものが手に入ったと思う。自分の体が徐々に機能停止に向かっていくのを感じる。

 

「ブリギッドを幸せにしなかったら、ヒトガミを復活させますからね」

 

「…お前ならやりかねないな」

 

「その程度の力はあるつもりですから」

 

 

 

 

 

 

それからブリギッドと語り合った。彼女はオルステッドが俺を使い潰すつもりだと察していたらしい。聞いたのではなく、ただ状況から理解してしまっただけ。だが聡い彼女は同時に彼の無限の輪廻をも理解し、その間で苦しんでいたらしい。泣きながら告白されたが、幸いにも笑って赦すことができた。

 

それから兄妹としての語らいを重ね、ゼニスの手紙のように俺もたくさんの思い出話をブリギッドにした。生まれて初めてこんなに話した気がする。でも、正直これでお終いなのが惜しいなぁ。

 

「お兄様、ずっと貴方恋い慕っておりました。だからもう少…」

 

そう言いかけたブリギッドは、言葉を止めてしまった。そのまま俺の手に彼女の両手が添えられ、頬の柔らかい感触が手に伝わる。暖かいのだが、少し濡れている。

 

止まってしまった彼女に続きを促そうとするも、急激な眠気で言葉を紡ぐことができない。空いた口からはかすれた呼吸音が漏れるだけ。瞼も徐々に重くなり、今、これが俺の人生最後の光景なんだとわかった。

 

「…おやすみなさい、お兄様」

 

涙を流さぬよう、健気に笑う妹。その隣で彼女の背をさする女性がいた気がするが、その顔がはっきりと見えることはなかった。

 

でも酷く懐かしい気配が、確かにそこにはあったと思う。

 

 

 

 

 

 

また、あいたいなぁ。

 

 

 

 






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