幼少期に幼馴染から言われたその言葉。ひょんなことからそれを思い出した彼女は、封印していた夢を叶えるため走り出す。
いつかあの、眩しい彼女の隣に相応しくなるために。
スパダリエイミが見たくて書いた、エイミ×モブ生徒百合です!表紙もあるよ。
「こいびとがほしいの?」
いつだったか、おそらく十年以上前のこと。
穴を開けんばかりに少女漫画雑誌を見つめていた時、仲の良い幼馴染にそう声をかけられた。
「ほしいよ。イケメンで、こうしゅうにゅう?で、あとは——」
今やタイトルすら覚えていないそれ。当時のあたしは慣れた手つきで紙を捲り、とあるページを指差す。
不良生徒の集団に襲われた主人公が倒れ、あわや誘拐かといったタイミングで、隣家の幼馴染が不良の銃を全て叩き落として救いの手を差し伸べる。そんなシーンだ。
「それと、つよいひと!」
「わかった」
『わかった』という返事に違和感を覚えることなく、雑誌に目を奪われたままの自分。
「おおきくなったら、私がなるね」
とんでもないことを言われたは良いものの、そんな記憶を忘却の彼方へ葬り去ったまま十年。
高校一年生に上がる前準備で家を整理している最中、あたしは押し入れから発掘された一冊の古びた漫画雑誌を手にする。
そして襲いくる甘酸っぱいフラッシュバックに、情緒をめちゃくちゃにされたのが……ミレニアム入学前のことである。
あたしは十数年と一緒に居た幼馴染『和泉元エイミ』に......今更。今更になって狂わされたのだ。
*
「うえぇ……どうして?」
放課後、軽快な通知と共に届けられた数字に項垂れるあたしを、友人が不思議そうに眺める。
「総合評価B-?凄いじゃん、何がダメなのさ」
「足りないって」
少なくともB+は欲しかった。
確か三枚目にターゲットが中心をだいぶ外していたし、六つ目は分厚いターゲットだったから銃弾が貫通できなかった。おそらくその二つが大きな減点ポイントなはず。
「ずっと気になってたんだけど、高校生になってから超張り切ってない?C&Cでも目指してんの?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
事細かに書かれたフィードバックを難しい顔で眺めながら、彼女のことを考える。
和泉元エイミ。
同じミレニアムサイエンススクールの一年生である彼女は、高校生になる前からその頭角を表していた。
まさに文武両道才色兼備。とりわけ武の値が飛び抜けており、まあ彼女に敵う人など中学時代までは居なかった。
「もっとやらなきゃ」
入学したては何をやっているのか分からなかったけど、聞いてみると『特異現象捜査部』なる部活に所属をしているらしい。
そのよく分からない部活、なんとリオ会長直下の特務組織だとか。今は会長が失踪中だから違うらしいけど。
要するにかなりの評価を受けているってことだ。下手するとセミナーやC&Cに匹敵するレベルで。
「真面目ちゃんになった……って訳じゃないよね。バリバリギャルだし、メイクバッチリだし」
「失礼な。ギャルしてても真面目にできますぅー」
今までそんなエイミを凄いなーとぼんやり眺めていたあたし。しかし半年前に発見した雑誌が、諦めかけた恋心に希望を縫い付けてしまった。
『おおきくなったら、わたしがなるね』
別に戦いの才能がある訳じゃないし、勉強だって普通。そんなヤツが彼女の一番側に立つ......なんてのは夢物語だと思い、意図して考えないようにしていた。
でもあの言葉。あの言葉を思い出してしまったから。
「ワンチャン、ないかなぁって」
「......マジ?ラブのために自分磨きってこと?」
そう一言で纏められるとムカつくけど、大体はその通り。問題は一体どれくらいまで登り詰めれば、彼女に相応しい人になれるのかという話だ。
「誰なん?教えてよ」
「やだ」
この半年間慌てて色んなものに手を出してはいるけど、ここ一ヶ月は成績がほとんど変動していない。頭打ちというヤツだ。
何か革命が必要な気がする。レッドウィンターに行くという意味ではない。
スマホ画面と睨めっこする。ああ、来週の特別講義受かんないかな。C&Cの誰かが講師に来てくれるらしくって、抽選なんだよね.....
「あ、電話」
「っ!」
振動する端末をタップし画面を付けると、見慣れた文字が浮かび上がった。
「!……あ、もしもしエイミ?部活は今日早上がりなの?オッケー、じゃあ駅前に新しいクレープのキッチンカー来てるみたいでさ。そっちで合流――
彼女にはいつも特命がある訳ではなく、こうして時間の空いた日はよく連絡をくれる。
小中学生の頃から、毎週レベルで遊びに行く幼馴染……という感覚だ。
「ね、ねぇ!今のあたしメイク変じゃない?あと洋服のコロコロ持ってない!?」
「はいよ。メイクは良いけど、後ろ髪跳ねてるね」
急にスピードを上げた放課後の時計を横目に、コンパクトミラーと睨めっこする。
ギャルっぽい格好なのはお察しの通り彼女が可愛いと言ってくれたからであり、幼年期の発言を思い出す前からなのが始末に負えない。
「よっし、ちょっと用事できたから先行くね!また明日!」
「あいよー」
教室を飛び出し駅へと一直線。
彼女と過ごせる大切な放課後、一分一秒たりとも無駄にはしたくないのだ。
「うーん、分かりやすいヤツ」
*
「じゃあまた明日ね、部長」
「はい。この後はいつもの子とお出かけですか?」
ミレニアムの都市部。
一部の人間しか知らない特異現象捜査部の部室で、エイミを見送る。
今日はデカグラマトンの反応もなく、調査に行けるような準備も整ってはいません。早めの解散として問題ないでしょう。
「おや、どこかに行かれるのでしょうか」
ぴょこっとトキが私の椅子から顔を出す。
さっきから姿が見えないと思っていましたが、もしやずっと私の後ろに居ました?
「うん。駅前にクレープのキッチンカーが来てるんだって」
「クレープですか。私がお供しても?」
彼女は無表情で涎を垂らす。ちょっと私にかかってますよトキ。
「うーん、ごめん。デートだから」
「そうですよトキ。デートのお邪魔をしては……え?デート?」
待ってください、今エイミはなんと言いました?
「あの、エイミ。デートって……こ、恋人が居たのですか?初耳なのですが」
「あれ、言ってなかったっけ。さっき部長が言ってたあの子だよ」
突然のカミングアウトに言葉を失ってしまいます。まさかエイミに恋人が居ただなんて。
確かにあの子とは仲が良さそうでしたが……恋愛関係だったとは、この天才美少女ハッカーの目をしても見抜くことはできませんでした。
まあスペックは高い子ですし、異様な暑がりという点を除けば結構モテるのかもしれないですね。
「どうしましょうヒマリ部長、私たち行き遅れです。こうなればこのデカグラマトン通報システムを起動し、先生をお呼びしたほうが良いのでは?」
「やめなさいトキ。あと私は別に行き遅れては……」
「じゃあ行ってくるね、二人とも」
部室を出ていくその背中は、その事実を知った後なんだか少し大人に見えてきます。彼女とは半年くらいの付き合いですが、まだまだ知らないことがあるものですね。
「ふぅ......若いって良いですねトキ」
「部長、やはり行き遅れのセリフでは?」
やっぱり先生をお呼びしましょうか。普通の方法で。
*
「やっ」
昼下がりのミレニアムサイエンススクール。
その正門から出てしばらくの場所に構える駅で、見知った後ろ姿に声をかける。
大胆な肩出しルックに、腰あたりまで伸びた三つ編み。
背後から見ればまあそこまでおかしな服装でない彼女は、まさしくあたしの親友だ。
「おつかれ〜!部活は大丈夫?」
「うん、平気」
振り返った彼女は、なんとまあ整ったお顔をこちらに向けて微笑む。
その瞬間目に入ってくる豊満なバストと、やたらに面積の広い肌色は......相変わらずあたしの目には毒だ。
「とりあえずクレープ屋さん行って、洋服見に行こうよ!」
「いいね。もうすぐ本格的な夏になっちゃうし、涼しいのが欲しいな」
そう言って歩き出す彼女は、すれ違いざまに手を取った。
「行こ」 「っ......うん!」
二人手を繋いで目的地へと向かう。これは昔からそうで、中学時代はどうってことなかったけれど、例の件を思い出して以来意識して止まない行為だ。
なんでもないように手を握る彼女を、あたしはどうやったら振り向かせることができるんだろう。
「何する?」「あたしはね、ストロベリーコンポートとチョコアイスのやつ!」
それなりの行列を並び、お目当てのクレープを手に入れる。以前からスイーツショップのチェックを欠かしたことはないけれど、最近はもうエイミとお出かけをする場所を探すのが主目的となっている。
ちなみに彼女はアイスを五個ぐらいトッピングしていた。もはやクレープはアイスのコーン扱いだ。
「撮るよ〜」「ん」
端末を天に向け、身を寄せ合って連写する。この習慣を続けていて良かったと、溜まっていくエイミとのツーショットフォルダを眺めるたび思う。
「うま!コンポートとクリーム最高だわ......」
隣を見れば、凄い勢いでアイスが消えていく。あんなに急に食べて頭が痛くなったりしないのだろうか。
そんなことを考えていると、その視線に気づいた彼女はそのクレープをこちらに差し出してきた。
「食べる?」
「え?......ああ、うん!」
羨ましがってる風に見えたかもしれない。がめついヤツだと思われちゃったらどうしよう。そういえばこれ間接キスじゃないかな?
まるでウブな中学生の思考を振り払って、ほぼアイスなクレープをいただく。果たしてこれは何味か、オーバーフローした脳では判断がつかない。
そうして私だけドキドキなスイーツタイムを過ぎていく。我々現代JKはこの陽気でも、アイスに溶ける暇は与えないのだ。
*
「お疲れ様でした、エイミ、トキ」
爆炎を上げ、沈んでいく鋼鉄の巨体を眺める。
先ほどまで雨のように振るわれていた触手やビームはピタリと止み、それが沈黙したことを示した。
その名は『ホド』。 デカグラマトンの預言者であり、私たち特異現象捜査部が追っている脅威の一つだ。
ミレニアムの最先端通信ユニット『ハブ』が乗っ取られたものであり、ミレニアム中に張り巡らされた通信ケーブルを制御するための機器だったらしい。セミナーはさぞ迷惑を被っただろう。
力なく垂れ下がった触手を眺めながらそんなことを考えていると、部長がヘリからハシゴを降ろしてくれる。
中では救急箱を持った彼女が待ち構えていた。
「流石のエイミでも、預言者本体と戦えば怪我をしてしまいますよね......いえ、だいぶかすり傷ですが」
部長は手際良く消毒をし、バンドエイドを貼ってくれる。今回の相手は素早い触手を振り回すものだから、どうしても細かい傷は避けられなかった。
「それでもかすり傷以外は全部回避して、反撃を叩きこんでいました。C &Cでもないのに、どうしてエイミはそんなに強いのですか?」
トキが不思議そうにこちらの覗き込んでくる。どうしてと言われても......
「何か特別な訓練を?」
「特に何も。昔から、あんまり戦いで困ったことはなかったかな」
強くある理由。あえて挙げるとすれば一つだけあるのだけれど、別に聞かれているのはそういうことじゃないだろう。
「さて、戻りますか。念のためメディカルチェックを受けましょうね」
救急箱をしまった部長が、ホバリングしていたヘリをミレニアム本校舎へ向けて進ませる。
「どうです、今度メイド服を着てみませんか?コールサイン06......」
「暑いからヤダ」
*
「っ!」
素早く膝立ちで構えて引き金を引く。狙い定めたターゲットは三つ、命中したのは二つ。
それからすぐ反撃のマシンガンを避けるため横跳びして姿勢を立て直……あいた!
「遅い!着弾を確認する暇はないぞ、命中を前提に次の行動を取らなければならない!」
「は、はい!」
弾をちょうど撃ち切るタイミングで武装入れ替え、手榴弾をとってピン抜いて投げてその隙にリロード!
弾倉落とした!
「所持武装は全て目視せず使用可能にするんだ!反復練習!」
「はいっ!」
「体力は戦闘の基本だ!どれだけ戦闘技術を学んでも疲労で動きが鈍れば全て無意味である!」
ひたすらにルームランナーを駆ける。四肢をめぐる疲労感を無視するため、頭を空っぽにして走ると、フォームが崩れて怒られる。
「常に意識をしろ!実戦では思考を巡らせながら走るんだぞ!」
「は、はぃぃぃ!」
「んぐ......ぷはぁ!スポーツドリンク美味しすぎでしょ!もはや最高のスイーツじゃん」
「お疲れ。いやぁガチってんね?」
ミレニアム演習場の休憩スペースでぶっ倒れていると、友人がタオルを差し出してくれる。
「まあね。でもこれくらいやらないとさ」
一般で受けられそうな中では高水準のはず。
とはいえあたしがついていけるギリギリを責めたレベルのコースで訓練をしている。トレーニング部?あれは論外。
「ぶっちゃけ私からみたらもう十分強そうなんだけど」
そう言って首を傾げる彼女に、一枚の紙を見せる。
「何これ、C&Cの......模試?」
「この前メイド服の子と一緒に歩いてるの見てさ、釣り合うレベルってそのくらいなんじゃないかなって」
ミレニアム最強の掃除屋、その試験のハードルは言わずもがな。どの項目においても不合格だった。中には一般のC&C部員との模擬戦があったのだけど、手も足も出ず。コールサイン付きはどんだけ強いんだ?
「まじか、やっぱあそこはレベチだね。本当に平気?体壊したらしょうもないからね」
「その辺は気をつけるよ......よし、そろそろ続き行ってくる。差し入れあんがとね」
あたしがその域に到達するまで一体どれくらいかかるのだろうか。その間に、エイミに恋人ができちゃったらどうしよう。
焦る心はある。それでも、今あたしに出来る精一杯をやるしかないんだ。
「あ、あと見てよこれ。お腹引き締まってくびれできた!」
「え、私もやろうかな......?」
立ち上がって頬を叩く。気合い入れてさあいくぞ——と一歩踏み出そうとしたその時、置いていたカバンから聴き慣れたメロディが鳴り出した。彼女専用の着信音である。
「あ、もしもしエイミ。どした?」
『もしもし。さっき大きな案件が終わったから、来週は部活丸々お休みになったの。どこかいく?』
おお、それは良い。じゃあこれからドキドキなデート大作戦のスケジュールを練って——
と、思ったが。そういえば来週にはとある予定が入っていたのだ。
「あー、えっと」
来週はなんと、あのC&Cコールサイン03が丸一週間訓練をしてくれる特別講習があるのだ。
抽選だったし、これを逃せば次いつ機会が巡ってくるかもわからない。こ、ここは断腸の思いで......
「ご、ごめん。来週はちょっと予定があってさ」
『......!そ、そうなんだ』
くぅ〜!耐えろあたし!輝かしい未来への投資だ!
『えっと……来週全部?』
「う、うん」
詳しい事情を説明——は、ちょっとできない。あなたに告白するために強くなるの〜♡とか絶対言えません。
微妙な空気が流れる中、気づけば時間になっても戻らないあたしを不満そうな目で見つめる教官。ヤバい、早く行かなきゃ色々二倍にされる!
「ほんとごめん!また誘って!」
『え、ちょっと――
エイミとのデートを犠牲にしたこの時間、必ず成果を得なきゃいけない!
*
「その、つまり......デートをお断りされたので、こうなっていると?」
体育座りで虚空を見つめる彼女を横目で見ながら、トキの説明を聞く。
「かいつまんで言えば」
彼女の側によって見る。正直表情はいつもと変わらないけれど、焦点が合っていません。
横からトキが突くと、そのまま横にコテンと倒れた。
「ええと、エイミ?本当に用事があるだけじゃないでしょうか。あまり気にすることはないと思いますよ」
彼女がこんな姿を見せたのは、はっきり言って予想外です。表に出ていないだけで、思ったよりお熱だったんですね。
「断られたの、ここ十年間で初めて......」
「なんと」
それはまあ気にしてしまうかもしれません。だからといって放っては置けませんし......
「これは、ビデオレターが送られてきてしまうのでしょうか。エイミの脳を守護らなくては」
「どこで仕入れたんですかそんな知識」
まあどうせ先生がそういった類の本を隠し損ねたとかでしょう。なんとも教育に悪い教師ですね。
とにかく十中八九杞憂なので、とりあえずエイミを立ち直らせる方向で行きましょうか。
「こほん、よく考えてみてください。あなたの恋人は浮気をするような人ですか?」
「しない......」
数回会ったことがありますが、元気で素直な良い子でした。私個人としても一切心配をしておりません。
「そうですよね、思い出してみてください。想いを伝えた日を」
「それは私も気になりますね。どっちから告白したのですか?」
性格からしてあの子の方な気がします。いや、これだけお熱なのだから案外エイミからだったりして。
「告白......?」
しかし私たちの期待に反して、確かな答えが返ってくることはなく......彼女は視線を斜め上に向けて考え込んでしまう。
「え、まさか忘れたんですか?」
「ううん。告白は......してない。強いていうなら約束」
え、告白をしていない?
それなのに成立する恋人関係はないと認識しているのですが、それはもしや時代遅れだったりします?
「約束とはなんでしょう」
「幼稚園の頃に約束したの。大きくなったら、私が恋人になるって」
トキと顔を見合わせる。これはまた、ややこしいことに......
「あの、エイミ。落ち着いて聞いてください」
私たちの様子に何も感じることがないようで、彼女は訝しそうにこちらを見つめる。
ちょっと言いたくはないけれど、それでも言わなければなりません。取り返しのつかないことになってからでは遅いのです。
「おそらく彼女は、あなたを恋人と認識していません」
「............え」
たっぷりな余白の後......がーん、というSEが聞こえてくるほどのショックな表情を浮かべる彼女。出会って以来、これほどの感情を表の出したのは初めてのことではないでしょうか。悲しいことに。
「だって、大きくなったよ.......?」
「そりゃなりましたけど。幼稚園の頃の記憶は大抵消えますし、かなり曖昧な約束ではないですか」
「いつも二人で遊んでいるのに」
「幼馴染の友人ならそういうこともあるでしょう」
「デートに誘ったら絶対来てくれるよ?」
「今断られたじゃないですか」
エイミが痙攣し始める。しまった!
「部長......もう少し優しく言ってあげてください」
「す、すみません。ですから、これを解消すれば良いだけなんですよ。嫌われているわけではないでしょう」
そういうと、ハッとしたように彼女は起き上がる。
「つまり、告白をすれば良いんだよね」
「まあ......有り体に言えばそうですが」
どうやら立ち直ってくれたようだ。ラックにある銃とカバンを手に取ると、部室の出口へと歩き出す。
「じゃあ告白してくるね」
「ちょ、待ちなさい!ああ、トキ。止めてください」
飛び出そうとしたエイミがトキに手を引かれ、不満そうに戻ってくる。
「彼女は用事があって断ったのでしょう。今行ったら迷惑ですよ」
「む......」
どうしたものか。エイミが恋愛方面に関してこんな感じだったとは。
「......おや、警報?」
微妙な空気の部室に、アラートが鳴り響く。これはデカグラマトンの反応を検出した際のもの。
たまには彼らも空気を読んでくれるようですね。今どうしようもないのですから、一旦彼女の恋愛事情は忘れるべきでしょう。
「さあエイミ、気晴らしに調査へ行ってきてください。トキもサポートをお願いしますね」
「はい。行きますよエイミ」「うぅ......わかった」
トボトボと連れられて部室を出る彼女。まあ彼女もプロ、いざ戦いになれば切り替えてくれるでしょう。
「さて」
先ほどはタイミングに感謝しましたが、考えてみればついこの間預言者を撃破したばかり。前例で見ればこのような短期間に現れたことはなかったはず。
「こっちはこっちで、面倒ごとにならないと良いんですが」
*
「ありがとうございましたっ!」
早いもので、気がつけばあっという間の一週間。室笠アカネ大先生のお掃除講座は今日でフィナーレを迎えた。
「ふふ。ふふふ......」
快晴の空に不適な笑みを浮かべるあたしは、側から見れば不審人物。しかしそんなことは一切気にならないほど素晴らしい気分だ。
「A、判、定!」
取り出したるは、講座の最後に実施されたC&C模擬試験の結果が記された用紙。そこにはなんと、戦術判断A判定の文字!
戦術判断とはつまり、戦闘中に正しく優先順位を付けてより良い位置から攻撃を行う......そういった部分。何もかもアカネ先生の素晴らしい講義のおかげである。
まあその他技術はまだまだ。それでも体力系の項目以外は軒並み向上したと言って良い。
「えへへ、流石のエイミもビックリするんじゃないかな?」
ウキウキで街頭を練り歩く。気づくと駅前で、そこには以前見たクレープの屋台が目に入った。
丁度いい。来週以降のエイミとのデートでも結局駅前には行くんだし、クレープのメニュー新規開拓をして彼女におすすめできるものを増やしておこう。
「どうも〜って、あれ?」
「ああ、すみませんお客さん。ちょっと今機材トラブルで......」
覗き込むと、店主さんが背を向けて背後の機械を弄っていた。
「えっと、発電機ですか?」
「ええ。どうにも調子が悪くって、とホットプレートが温められないんです」
そりゃ大変だ。ぱっと見知っているメーカーのものだけど......うん、デート本番で壊れられても困っちゃうし。
「良かったらあたし見ましょうか?こう見えてもミレニアム生なんでね」
「本当ですか?ありがとうございます......!」
厨房に入れてもらって発電機を見る。外見に変なところはないので、携帯工具で蓋を外していく。
「うーん......普通に発電機してそうだけど、電気がホットプレートに行ってないね」
「実はその、周りの屋台も同じ状況になっているみたいで......ここ、発電機が壊れるパワースポットだったりします?」
なんと、別の屋台も?ここは結構いろんな人が出店してるし、変な噂が出回ってデートスポットを心霊スポットにするわけにはいかない。
「うーん、そんな変な場所では……あれ?」
構成されるパーツの中に、見覚えのない機器が挟まっている。結構大きめで、隙間にぎっちり詰まっているんだけど、これが悪さしてるのかな。
それを引き剥がそうと、手を伸ばす——その瞬間。その機械は一人でに飛び出した!
「うお!なんか逃げた!」
なんだあれ。他の屋台のやつにもあれが付いているのか?そう思ってあたりを見回すと、その場の発電機がありそうな屋台から一機ずつそれらが飛び出している。
虫みたいでちょっとキモい!ホットプレートの可動ランプが点灯し始めたのを見るに、故障の原因はやっぱりあの機械だろう。
なんで一斉に出てきたんだ?いや、一個見つかればミレニアムのセキュリティシステムに見つかると......そう思ってのことかもしれない。
「発電機に取り付く......まさか盗電?」
そうだとしたら、とんでもなく高性能なバッテリーだ。ここではドローン技術の発達でかなりバッテリーの小型化が進んだけれど、ここまでじゃない。
そいつらは一ヶ所に集まって合体した後、車輪を一輪形成、そのまま走り出した。なんかのゲームであんなのがいた気がする!
「こら、待て!」
咄嗟に走り出して奴を追う。あたしとエイミのデート計画に水を差しかねない障害は、今のうちに排除しておかなきゃ!
それに盗電犯を捕まえたら、ちょっとは箔がつくよね?
「お、お客さん!」
「来週くるからね!」
昼下がりの街を全力疾走する。まあ器用に人の間をすり抜けて走るものだ。
しかしここ一ヶ月鍛え抜かれたあたしから逃れようったってそうはいかない!
地獄のランニングマシンのおかげで、いくらでも追いかけてられそうな気分だ。
数十分のチェイス。その果てに辿り着いたのは、ミレニアム第三公園だった。その機械は公園の隅っこ、マンホールを目指して一目散に駆けていく。
あそこに盗電犯のアジトでもあるのだろうか。とっ捕まえてやる!
機械は細かく分裂し、マンホールに雪崩れ込む。追いついたあたしはマンホールに手をかけ、その中を——
*
「最後に信号が観測された地点まで、およそ三十分といったところでしょうか」
私と部長、トキの三人を乗せて、ミレニアム上空をヘリが飛んでいく。
ここ一週間捜索を行っていたけれど、これといった手掛かりは見つけられなかった。
ヘリから見える空は何処までも青いけれど、私の心は今も曇り切ったまま。
しかしそれも明日になれば晴れるはず。あの子の用事が終わって、そうしたら今度はちゃんと想いを伝えなきゃ。
「それにしても、この信号の正体はいったいなんなのでしょうか。ずいぶん振り回されていますが」
「この間撃破したホドに関連するものかもしれません。あるいは、あの時我々を欺いて死んだふりをしていた可能性もあります」
だとしたら往生際の悪いことだ。しかし確かにダメージは与えているので、この短期間に再び相まみえたとしても、私たちであれば大した脅威ではないと思う。
「......暇だね」「ここにトランプとルドーがあります」
無言でトランプを選ぶ。
「ああ、私も混ぜてくだ――おや?」
部長が抱えていた端末が、通知を一つ鳴らした。
「......デカグラマトン反応?これは、ミレニアムの中央駅前です。ごく小さな信号ですが......まさか」
「いま私たちが向かっているのは、囮?」
今向かう先は都市部から離れた場所、そして遅れてきた信号......まさかずっと、相手はミレニアムに潜んでいたのかもしれない。
「すぐに戻ります。ここまで潜伏できるということは、やはり相手はホドでしょう。元々あれはミレニアムの地下に張り巡らされたケーブルを制御するためのハブですから」
部長が端末を切り替えると、モニターには中央駅付近に設置された監視カメラの映像が映る。
「何か、私たちの感知できない方法でエネルギーを補給していたのでしょう。とにかく足取りを――」
そこに映っていたのは、ホドの端末と思わしき小型の機械群。そしてもう一つ、それを追う影。
「え――?」
どうしてか、あの子の姿がそこにいた。
*
爆発。その瞬間、何が起こったのかさっぱりわからなかった。マンホールを開けた途端に現れたのは白い機械の怪物。
当然収まりきらないその巨体はマンホールどころかコンクリートをも突き破り、そこら一体を吹き飛ばしながらその正体を表した。
「いった......マジで、何......!?」
チカチカする視界をどうにか正して前を見る。あんまりにも想像と違う。あの中には、バツの悪そうな盗電犯が居るはずだったのに。
「うぅっ!?」
それは本体に接続された触手をムチのように振るった。それだけで地面は砕け、破片が降り注ぐ。地面に当たっただけでこの衝撃、直接当たりでもしたら一巻の終わりだ。
「む、無理......!」
逃げよう。これはあまりにも無謀だ。
やっぱりあたしには無理だ。実戦じゃない試験でいくつか良い点をとっただけで調子に乗ってたんだ。
「誰か、エイミ――」
こんなにも怖くて、震えた足で。
彼女の隣になんて立てやしない。
そう思って、あたしは背を向けがむしゃらに駆け出そうと。そうしたその時、一つの声が聴こえた。
「......?」
声......声にならない声。啜り泣きだ。
「子供......」
瓦礫のそば。恐怖を堪えて蹲り、泣くまいとする子供の姿があった。
ああ、そうか。ここは公園なんだから、子供くらいいるよね。
『私が守るよ』
その隣に見えた気がした。それは幻覚で、あたしの記憶の再現。最近はこんなことばっかりだ。
子供の頃から、エイミはあたしの側に居た。その姿があまりにも眩しくて、それ以上を求めようだなんて気持ちはいつのまにか封印されていた。
でもきっと、それだけじゃダメだ。いつまでも守られてばかりのお姫様じゃ、彼女と対等になれない。
決めたんだ。あたしの居場所は、エイミのとなりにするって。
誰にも。渡したくない!
「......っ!」
再び降り注ぐ、瓦礫の雨。
咄嗟に飛び出したあたしは、蹲る子供に覆い被さった。
背中を刺す鋭い雨、それが止んだのを確認した後、その子の目を見て話す。
「あっちに逃げて!」
それから奴に向けて、効くはずもないアサルトライフルを乱射した。
「こっちに来い、化け物!」
ついでに手榴弾も投げる。しかし奴はこっちに注意を払うつもりはないみたいで、あたしを無視して前進し始めた。
何か注意を引ける何か......!
......あれだ!さっきまであたしが追っていた小型の機械!
よく見ると、それが体の節々に引っ付いてる。それを引き剥がすかのように狙いを定めて撃つと、奴はようやくカメラとその触手をこちらに向けた。
予備動作。今度は明確にこちらを狙った攻撃。
視線をそらさずに、軌道をしっかりと予測して回避する。
襲い来るのは相変わらずの衝撃。必死に避けたとしても、音と閃光でじわじわとこちらの体力を奪う。
「はぁ、はぁっ.......!考えながら、戦う......!」
銃や手榴弾ではとてもじゃないけどダメージを与えられそうにない。奴をあたしが仕留めるためには、何かズルをする必要がある。弱点......何かコアのようなものがあれば。
そういえば、アイツは案外ボロボロの外装をしている。もしかして弱っていてこの強さ?
「あ、しまっ――
触手の回避、その隙をしっかりと狩られる。隠されていた別の触手が足にしっかりと巻き付いた。
無理だ、振り解けない。踏ん張ることは無意味で、おそらくこの後あたしは振り上げられてはるか大空へ......そのままコンクリートに叩きつけられる!
「っ......!」
とんでもない加速。以前エイミと行ったボーダーランド遊園地の遊具なんか目じゃない速度で上へと飛ばされていく。
よく、観察!こっちは戦闘判断Aだぞなめんな!
「......あるっ!上からならコアが見えるっ!」
黄色く光るコア。誰がやったのか知らないけど、幾つかの装甲をぶち抜いた跡があった。今は即席の防壁なのか電磁バリアが貼られている。
咄嗟にそれ目掛けて手榴弾を落とす。ピンを抜いている暇はなかったけれど、落下地点としてはコアの目の前まで落ちてくれるはず。
急上昇する視界で必死に銃を握り、タイミングを測る。早くても届かず、遅くてもバリアに阻まれてしまう。
落ち着いて、ばっちりのタイミングで手榴弾を撃ち抜くんだ......!
「あたしの恋路——」
今だ!
「誰にも邪魔させないんだから!」
祈りを込めて放った弾丸は......手榴弾に直撃。激しい閃光と共に爆風を受ける。さすが虎の子、C&C特別講義の参加特典だ。そこらの既製品とは威力が違う!
同時に私の体が、振り上げられた触手と共に頂点の位置に達する。
しかし。考えとは裏腹に、あたしの足を掴む触手は......その力を抜くことはなかった。
「あ......」
つまり、あいつの動力はまだ生きている。煙で見えないけれど、コアまで届かなかったか、位置がズレたか。
いずれにせよこの化け物は健在で、あたしに出来ることはない。この高さで加速と重力を受ければ、意識を保てはしないだろう。
「届かなかった」
もうやれることはない。あたしに出来ることは全部やった気がする。引き延ばされた思考が、いろんな後悔と恐怖を繰り返す。
「ごめんね、エイミ」
週明けのデートは、行けそうにな——
「届いたよ」「......え?」
声だ。聞き馴染みのある声。奴のコア付近、煙の中から聞こえる。
「——エイミ!?」
いつの間に?いや、気が付けばあたしの頭上にヘリがいる。戦闘音で聞こえていなかったけど......まさか手榴弾の煙に紛れて、ヘリから直で降りてきたの!?
煙が薄まって見えたその姿はまさしく彼女。電磁バリアの消え去ったコアへと銃を突き立てて、触手が地面へと振り下ろされるその直前に......その一撃を撃ち込んだ。
一瞬の硬直。そしてその怪物は......火花を散らして、力なく崩壊を始めたのだった。
*
「わあああああっ!?」
そしてあたしはそのまま落ちる!自由落下!しばらくジェットコースター乗れなくなっちゃう〜っ!
「ぁぁあああああってあれ」
「よっと。平気?」
やがて訪れる衝撃に備えて縮こまっていたけれど、気づけばあたしは彼女の腕に抱かれていた。
そのまま彼女は余裕なそぶりで着地。そのまま安全地帯へとあたしを運んで行く。
「あ、ありがとう。エイミ......」
「あんまり、無茶しないで」
安心したせいか、エイミのお顔がいつもより輝いて見える。いや、もとよりめちゃめちゃ美少女なんだけど、今はどちらかと言うとイケメンさん。あたしの王子様といったところでしょうか。
......はぁ、何言ってんだろ。結局これだけ意気込んだところで、こうして最後は彼女に守られて。
いつもそうだ。私が困った時、泣いている時、すぐそばに駆けつけてくれる......あたしの特別な人。
記憶を思い出したとか、そんなことは関係がなく。出会ってから今に至るまで、あたしはただ彼女に惹かれ続けていた。
「ごめん、あたし......エイミに助けられてばっかりだね」
「そんなこと——ん?」
いつの間にかあたしのポケットから落ちた一枚の用紙を、彼女は見つめた。
「これ、C&Cの模試?あそこに入りたいの?」
「ああいや、えっとぉ......」
なんと言ったら良いのか。しかしバレてしまったし、もうこのまま玉砕した方が良かったりしないかな。
何よりも、これ以上悶々とした気持ちを抱えたまま過ごすのは正直言って苦しいのだ。
「あたしはC&Cに入りたいわけじゃなくて、その、エイミの隣に相応しい人になりたいなって。それで戦闘訓練を最近してたんだ......今週の用事っていうのも、それ」
「? 私は今のあなたでも、隣に居て欲しいけど」
こいつ!恥ずかしいことを涼しい顔で言いよって......
「そ、そういう意味じゃなくて。その......!す、好きなの!あなたの恋人になりたいの!」
ああ言ってしまった!なんて顔されるだろう。キモいとか言われたらその場でヘイロー砕け散るけど。
「......やっぱり」
「だからね、あの、今すぐじゃなくて良いから。あたしがもっと強くなって、エイミに相応しい人になったらその......考えて、くれない?」
恐る恐る横目で彼女を見ると......目を閉じ、ため息を吐く姿が見えた。
終わった。
「ねえ、幼稚園の頃した約束を覚えてる?」
「......え?う、うん。最近思い出して、ワンチャンないかなって」
今思えばだいぶ失礼な話じゃない?でも彼女はあの約束のこと、覚えていてくれたんだ。
「大きくなったら、恋人になるって約束。もう大きくなったから、私はもうあなたの恋人だと思ってた」
「......はい?」
どゆこと?
「つまり、ずっと恋人としてあたしに接してたってこと?いつから?」
「うーん、中学くらいからかな」
じゃああれ......あたしは勝手に言ってるだけじゃなくて、本当にデートだったってこと?
ほぼ毎週のようにお出かけをして、手を繋いで、間接キスして、それで。
「そ、そうなんだ......ごめん、気づかなくって——」
「でも伝わってなかったみたいだから。今から告白するね」
ん、待って。今から告白?
エイミが。
あたしに?
「ちょっ、待っ「好き」
急激に彼女の声が近くなり、その言葉が直接響いて体が跳ねる。あたしが十数年欲して、ただ諦め切っていたその言葉。彼女はそれをたった今、吐息に乗せてあたしの耳へと運んだ。
「大好き」「ま、待って!」
囁かれるたびに心臓の鼓動が加速していくのを感じる。さっきの戦闘なんて比じゃないくらい。
つまり、このままだと死にます。
「もう私から離れないで」「ひぃ!」
逃げようと身を捩るけども言葉通り全っ然離してくれない。どう足掻いても、自分の左耳と彼女の唇の距離一センチが変動することはなかった。
てかよく見たらいまのあたしお姫様抱っこじゃん!だ、誰か助けて!!!
「愛してる」
彼女が言葉を発するたびに、吐息が耳をくすぐって全身を駆け巡る。あたしってこんなに耳弱かったっけ?
いや違う、あたしはエイミに弱いんだ。ただ足をばたつかせて、顔を真っ赤にすることしか許されないまま。
そして彼女は、とどめの一撃を放った。
「私の、お嫁さんになって」
「〜〜〜ッ!?」
エイミの艶やかな唇が、あたしの頬にゆっくりと......その存在を刻み込むかのように触れた。
暖かくて柔らかな感触は、もう二度と脳裏から離れることはない。
「......エイミ......それ、告白じゃなくて......プロポーズじゃ......」
当然あたしのキャパシティは限界を迎え、その意識を簡単に手放した。遥かなる恋の旅路、その最後に立ちはだかったのは......エイミ自身によるラブコールでした。
我が友人、鬼教官、アカネ先生。
終わったよ......
「どうしよう部長、気絶しちゃった。まだ返事を貰ってないのに」
「どうしたもこうしたもありませんよ......この子も大変ですね」
「エイミ、ASMRに興味はありませんか?」
こうして私の初恋は、十数年越しにその想いを実らせた。本当は一年くらい早くに叶ってたらしいんだけどね。
今でも彼女には色んな面で敵う気がしない。それでもあたしは、あらゆる手を尽くすだろう。
大好きな彼女のとなり。あたしの居場所を守るため、どんな試練だって乗り越えていける。
エイミと一緒なら、どこだって平気だ。
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『あたしの居場所はエイミのとなり! 』
おわり。