……結局眠れず、休憩を挟みつつ弾薬の投影作業を続けていた。
時刻は朝の五時半。おかげさまでまだ心許無くはあるものの、アビドスと便利屋が使える弾薬はだいぶ増えた気がする。どうにも、俺は生徒のことになると怒りや焦りで視野が狭くなっちまうらしい。
「────精進が足らないな」
正直、ああして黒服の言葉に乗せられていた時点でアイツの掌の上だった気がする。アイツの本当の目的は取引でもなんでもなく、多分俺という人間の────衛宮士郎の在り方の確認。
この世界に訪れた変数、という言い方をアイツはしていた。アイツにとって俺は『キヴォトス』という盤上に現れた駒でしかないのだろう。それはホシノたち生徒も同様に。
「だからこそ腹が立つ、って話なんだけど」
叶うなら二度と会いたくない。今度こそあの気に入らない仮面みたいなツラに拳のひとつでも入れてしまいそうだった。
閑話休題。ほんの少し軋む身体を伸ばし、長く息を吐く。脱力感と共に腕を下ろしたところで、またもや空き教室にノックの音が鳴り響いた。
……今度は曇りガラスで姿の確認をしておく。その向こうに見えているのはアヤネだった。
「ん、どうぞ。鍵は開いてるよ」
俺の言葉を受けて戸が開く。部屋に入ってきたのはまだ少しだけ眠たげなアヤネだけではなく、鬼方と伊草の姿も見える。三人は部屋に入るなり俺が投影した弾薬を見ると目を丸くして、
「……お、おはようございます」
「ああ。おはよう、アヤネ。早い時間に来てもらっちゃって悪いな」
「いや、それは全然構わないんですけど────」
戸惑いがちに泳ぐアヤネの視線。何か言葉に迷うアヤネの代わりに、口を開いたのは鬼方だった。
「……ねぇ、先生。もしかして一睡もしてない?」
「え? ……あ、ああ。まあ色々あって夢中になっちゃって、さ」
俺の言葉に、答えの代わりにため息だけが返ってくる。いやまあ、無謀なコトした自覚はあるさ。一応は。一応。
「と、まあ。俺の睡眠時間のことは一旦横に置いといて、だ。アヤネ、ここからゲヘナ学園まではどれくらいかかる?」
「あ、ええと……ヘリで大体一時間くらい、でしょうか」
そうか。ならヘリに揺られてる間寝れば、少しは体調もマシになるだろう。燃料も多分、カイザーとの戦闘を鑑みても────俺がここに来た時に持ってきた分で足りる。はずだ。予備燃料を積んでいく必要があるかもしれないけど、その辺は餅は餅屋というコトで。アヤネの判断に任せよう。
「わかった。長時間の操縦になっちまうけど頼みたい。……あとひとり連れて行きたいヤツが居るんだけど良いかな」
「はい、先生がそう言うのなら────」
なら善は急げ、だ。着いてもまだ目的の連中が登校してない可能性はあるけど……まあその時はその時だ。
気合いを入れ直し立ち上がる。アヤネを連れて空き教室を出ようとしたところで、
「あ、あの……!」
俺を呼び止める声があった。振り返れば、小さく震えた伊草と目が合う。視線はあちこちに泳ぎ、言葉を選ぶように口をモゴモゴと開いては閉じるのを繰り返しているけど、鬼方に背中を押される形でゆっくり息を吸い込んだ。
「……今回のことは、私の責任です。私がミスしたせいで、状況が厄介な方に転がりました。だから……その、ごめんなさい」
「────、────」
声は震えている。今にも泣きそうな程に瞳に涙を溜め込んで、床に落とされた視線はもう一度俺に上がるコトはない。
……かなり言いづらかっただろうに。自分の非を認める、というのはかなり勇気が要る。慎二にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
震える伊草に歩み寄り、手を伸ばして肩に添える。そのまま俯いた顔を覗き込んで、
「大丈夫だよ、伊草。そんなに気に病むコトない」
「で、でも────」
「正直な話、カイザーにやられっぱなしでむしゃくしゃしてたんだ。だから少しだけスカッとした。……それに、色々と難しいコトこねくり回すのは苦手でさ。わかりやすくなった分、助かってる」
この言葉に嘘はない。焦る気持ちはあったけどスカッとしたのも事実だし、最初に比べて状況が単純になってるのもまた事実。
「やっちまったことは無かったことにならない。でもカイザーをぶっ飛ばせばチャラだ。だから、伊草が思ってるより全部単純だよ」
俺の言葉が伊草にどれほど届くか。どれくらい罪悪感を和らげるかはわからないけど、その責任を負うのは伊草だけじゃないし……今更背負う荷物が増えたところで何も変わらない。カイザーのヤツがアビドスに背負わせた諸々に比べれば、ではあるけど。
伊草は何も答えなかった。代わりに小さく頷くと、再び黙り込んでしまう。その隣で鬼方は何度かその背中を柔く叩くと、
「……そうだ、先生。例のカードで生み出されたヘルメット団だけど……私たちに任せてくれないかな」
「ん? なんか妙案があるのか?」
「そう。考えがあるから……まあちょっと大変になるかもしれないけど、罪滅ぼしってことで」
……別に気にすることないのに。とはいえ、考えがあるってんなら有難い。俺たちも例のヘルメット団の対応には困っていたところだし。何より鬼方なら上手くやってくれるだろう、という気持ちもある。
「……わかった、なら任せよう。キミたちを守るって約束だったのに、こんな形になっちまって申し訳ない」
「ふふ。律儀だね、先生。気にしなくて良いよ。降りかかる火の粉を私たちは払うだけ────仲間が多い方が有難いと思ってるのは、私たちも一緒だから」
◇◆◇
「────、────!!」
「悪い!! 聞こえないからもう少し大きな声で喋ってくれ!!」
「────ら、────!!」
「だから聞こえないって!!」
「とりあえずインカムのスイッチ入れろよ衛宮!!」
……ああ、そうか。そりゃそうだよな。
目の前の座席に座り、必死に自分の耳元を指す慎二。それに従うようにインカムのスイッチを入れると、操縦席で笑いを堪えるアヤネの声と、慎二の疲れ果てたようなため息が聞こえてきた。
「すまん、慎二。ちょっと頭回ってなかった」
『オマエさ、馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、いつの間にそんなに救いようのない馬鹿になったワケ?』
「……いや、すまん。本当に」
弾薬の投影を繰り返していた時にはアドレナリンでどうにかなってはいたが、とうとう身体が疲れと睡眠不足を自覚し始めたらしい。魔力も馬鹿みたいに使ったし、当然の結果ではある。瞼も酷く重い。
『……で、衛宮。なんで僕がこんな朝早い時間にヘリに乗せられてるワケ? 僕はシャーレの先生の専属助手になった覚えはないんだけど』
「いや、それが。どうにも俺は生徒のことになると頭に血が上って視野が狭くなるみたいでさ。手伝ってもらおうと思って」
『…………あのさあ。オマエの視野が狭いってのは今更だし……言ったよな、オマエの手伝いなんて天地がひっくり返ってもゴメンだって』
「でもその時、外野から俺が踠いてる姿を見たいとも言ってただろ? 特等席で見せてやるから、付き合ってくれ」
『────、────』
向かいで慎二が目を丸くした後で、小さく舌打ちをするのがわかった。そのまま背もたれに深く身体を預けると、俺から視線を外して窓の外を眺め始める。これは慎二なりの降伏だと判断した。
とりあえず操縦はアヤネに任せておけば大丈夫だろう。プロペラの音はだいぶ大きいが、眠れないこともない。首根っこを掴んで離さない睡魔に従う形で、ゆっくりと瞼を下す。
……思いの外深く眠りの海に沈んでいたようで、慎二に起こされる形で目が覚めたその時には、窓の外に知らない風景が広がっていて────学園の校庭の隅にヘリが降りていくところだった。
『着きましたよ、先生。ここがゲヘナ学園です』
「ありがとう、アヤネ。風紀委員にはどこに行けば会える?」
『あ、ええと……あそこの一番高い塔だと思います』
操縦席からアヤネが指差すその先を見れば、背の高い塔が見える。なるほど、あそこが風紀委員会の部室的なモノか。
……朝早いせいか、まだまばらなゲヘナの生徒たちの視線を受けながら、慎二を連れて歩いていく。件の高い塔の出入り口が見えてきたところで、そのガラス製の扉を誰かが開くのが見えた。
見覚えのある顔だ。確か、風紀委員の……イオリ、って呼ばれてたっけ。
「見覚えのないヘリが降りてきたと思えば……またアンタか、シャーレの先生」
「そんなわかりやすく嫌がらないでくれよ。流石にちょっと傷つく」
「あのな。いくらシャーレの先生とはいえ、他校のヘリを使って勝手にゲヘナに降りてくるのはどうかと思う。見方によっては侵略行為でしかないぞ。この前会った時も思ったけど、ちょっと不用心すぎないか?」
言いながら、イオリは銀色のツインテールを風に靡かせつつ、赤い瞳を俺の背後の慎二に向ける。
「アンタは?」
「ああ、僕のコトは気にしなくて良いよ。ただの見物客だからさ」
「……?」
……明らかに彼女の頭の上に疑問符が浮かんでいるのがわかる。いけない。早いこと本題に入らなければ。俺たちに時間がないのは変わらないんだ。
「それよりも、俺は空崎に頼みがあって来たんだ。会わせてくれないか?」
「委員長に?」
「ああ。今アビドスは色々大変なコトになってて、戦力が足りてないんだ。力を借りたい」
眉間に寄っていく皺。わかりやすく不機嫌と怒りを表すように、大きなため息が吐き出される。数度首を横に振ると、肩に担いでいたスナイパーライフルを地面に突いて、イオリは鋭い視線を向けてくる。
「……委員長は忙しいんだ。ゲヘナの治安はお世辞にも〝良い〟とはいえない。やることはそれこそ五万とある。アポイントも無しに来て、アンタの頼みを聞けるわけがない」
「そこを何とか頼む。俺たちも困ってるんだ」
……深々と頭を下げることしかできない。正直な話、イオリの言葉も理解はできた。
天雨の口から聞かされたゲヘナの現状。トリニティとの間に交わされる、絶対不可侵条約。そんな大切な時期にアポイントも無しに来て頼み事────なんてのは流石に虫が良すぎる話だ。
「……ふぅん」
けれど、俺が深々と頭を下げる様子に気を良くしたのか。視線を上げれば、何やら楽しげな笑みを浮かべるイオリが目に入る。
「ま、そこまで頼むなら仕方ない。私の脚でも舐めるっていうんなら考えてやらないこともないけど」
なるほど、そう来たか。
「だってさ、衛宮。してやったら?」
「ああ。そうするか」
「ま、大人のプライドがそんなの許さないだろうけど────」
何やら嘲笑うイオリを他所に、地面に跪いて靴を脱がせる。そのまま、するりと靴下を脱がせて畳んで地面に置いて、足先に口付けを落とした。
「────は?」
背後から
ああそうだった、約束は『口付け』じゃなく、『脚を舐める』だったか────。
「ひ、ひゃあ!? おま……っ、!? 何考えて────大人のプライドとかないの!?」
「言っただろ、俺は困ってるんだ。プライドだとか外聞とか気にしてるワケにいくか。脚でも靴でも土でも何でも舐める」
「イカれ────イカれてる!! そこのワカメ頭も写真撮ってないで止めろよ!!」
うがー、と噛みつきそうな勢いで今度は慎二に怒鳴りつけるイオリ。ようやく満足したらしくシャッター音が止み、今度は慎二が長いため息を吐き出す番だった。
「ま、コイツはこの通り頭のネジがバカみたいに飛んでるヤツだからさ。交渉とか規則で縛りつけようとしても無駄だぜ。……それに、そっちはトリニティがコイツに貸しを作ってるのが気に入らないんじゃないの? 別に悪くない話だと思うけど」
「ぐ、ぐぅ────」
半笑いの慎二による思わぬ援護。唸り声をあげながらイオリは俺の手から足先を振り解くと、キッと地面に跪いたままの俺を睨みつけた。
……ほんの少しの気まずい沈黙。いや、慎二はひとりだけ楽しそうだったけど。もう一度頼み込もうと口を開いたその時に、
「……自分の欲のために頭を下げる大人はたくさん見て来たけど、誰かのためにそこまで頭を下げる大人は初めて見たかも」
俺が会いたかった相手。会いに来た相手。空崎の声が背後から聞こえて来て、勢いよく振り返る。
「空崎────!」
「おはよう、先生。朝、早いのね」
「いやそれは空崎も────というか、キミたちもだけど。まだ六時半だよな……?」
「……まあ。ゲヘナの子たちは元気だから」
言いながら、肩から下げたジャケットに付着した砂埃を軽く払う空崎。そのままゆるりと首を傾げて、
「で、先生。私たちに何か頼みたいことがあるんでしょ? 聞かせて」