───√ ̄ ̄Interlude 16
決戦の朝はやってくる。不思議と眠気も、昨日ホシノ先輩に撃たれた痛みもなくて。私の心は自分でも驚くくらいに穏やかだった。
怒りもない。悲しみもない。きっとどうにかなる、というこの確信は、先生がゲヘナに向かう前に『任せてくれ』と言ってくれたからだろうか。
「シロコ先輩!」
呼ばれて、視線を上げる。走ってくるセリカとノノミに笑顔を浮かべて、
「……ん。お疲れ様、二人とも」
「お疲れ様です〜」
「補給拠点、できたわよ! ちょっと砂漠から距離はあるけど……」
「大丈夫。それでいい」
私たちの現在地はビル街の外れ。そこから少し歩けば、カイザーに売り渡した砂漠の地帯が見えてくる。
私たちの目的はホシノ先輩の奪還と────それから、カイザーPMCの撃退。本社に人影がないのは確認済みだ。
……現状のアビドスはとても静かだった。とても、カイザーが私たちを潰す気満々、とは思えないくらいに。
「……カイザー側としては、私たちを迎撃するだけでいいから。多分、こっちが動き出すのを待ってるんだと思うわよ」
そんな私の内心に答えたのは便利屋の社長。アルだった。その背後に、他の便利屋の面々も見える。
「何だかんだ、向こうも私たちの行動を信用してるんでしょうね。小鳥遊ホシノの今回の行動を『独断』だと知ってる。なら、私たちが助け出しに行くのも当然だ、と」
「……タチが悪い」
「大人は基本タチが悪いものよ。先生がちょっと例外なだけで」
揃って思わずため息を吐く。
件の先生は今頃ゲヘナで何をしてるんだろう。そんな思いを抱えながらも、私たちは砂漠へ足を進めた。
ビル街を抜けて、砂で朽ちた建物たちが目立ち始める。その中で、
「────銃声!」
辺りから響く無数の乾いた破裂音。朽ちた建物という遮蔽物の向こうから銃弾が飛来し、私たちは一斉に建物の影へと逃げ込んだ。
「じゃあ、ここからは作戦通りに。とりあえず先生が帰ってくるまで持ち堪えよう」
周囲を見渡しながらのカヨコの言葉。頷く私を他所に、セリカが小さく鼻で笑った。
「何後ろ向きなこと言ってるのよ。私たちだけで前線を取って、先生を驚かせてやるんだから!!」
セリカの懐から取り出されるグレネード。そのピンを抜きながら銃声の方角へと投げ込まれて、
「行くわよ。ホシノ先輩奪還作戦、開始!!」
時刻は七時ちょうど。
地面を揺らすほどの爆発音と共に、開戦の火蓋が切られた。
◇◆◇
……さて、先生にヘルメット団を任されたことだし。私も私で頑張らないと。
社長の後に続く形で高所を取り、戦況を見渡す。PMCの機械兵の姿はあるが、今のところ例のカードに生み出されたヘルメット団は見えない。
「……砂漠の方に集中させてるのかな」
納得はいく。あくまでもここでの戦闘は『前哨戦』のようなモノだろうし。繰り返し使いまわせる戦力を、『ここから超えられたくないライン』に集中させるのは道理だ。
「にしても……」
アビドスの面々はやっぱり強い。小鳥遊ホシノが居なくなった穴を感じさせない程度には。数的不利をものともせず、前進を繰り返して徐々に戦況を切り開いていく。それでも少し苦戦はしているみたいだけど、戦線が崩れる様子はなかった。
『……セリカが補給拠点から戻ったら前線を押し上げる。砂漠に入るから、準備して』
「了解」
所要時間は約三十分と少し。件のセリカが戦線に戻るのを確認してから、歩みを進めていく。
そこからは嘘みたいに静かで、私たちの足を止める者は居ない。そのまま歩みを進めていけば、私たちの視界が広く開けた。
「────、────」
その瞬間、思わず絶句する。
広々と砂が敷き詰められた一面の砂漠。そこに佇む無数のPMCの機械兵とヘルメット団の団員────それだけではなく、固定砲台や装甲車、戦車の類も。
「ホント、私たちのこと潰す気満々だね」
『大人に喧嘩売ったこと後悔させてやる、って言いたげじゃない。こっちだって後悔させてや────』
セリカの声を遮るように、遠方から凄まじい光が迸る。発射された砲弾は狙いを違えず私たちに向かって飛来して、
「退避!」
各々が足に力を込めるのがわかる。砲弾の位置を確認すべく空を仰いだ、その時に。
「────流星?」
そうとしか表現できない〝何か〟が、私たちの目に映った。
空を流れるひとつの影。空中で突如爆発した砲弾の炎を潜り抜けるように、その何かは私たちとPMCの機械兵の間を割るように────砂煙を上げながら飛来する。
ビームと見紛うほどの濃密な射撃が視界を薙いで、あちこちで爆発音を伴いながら現れたその『流星』は────、
「空崎ヒナ────!!」
◇Interlude out◇
「うわああああああ!?」
「先生、口閉じておいたほうがいいかも。舌噛んじゃう」
「ん゛、っ、────!!」
視界。視界が、凄まじい速度で過ぎ去っていく。空崎の跳躍はとても人間に耐えられるようなモノではなく、屋根を蹴って加速を繰り返すその度に、思わず死を覚悟するほどだった。
『で、先生。私たちに何か頼みたいことがあるんでしょ? 聞かせて』
そこからアビドスの現状を説明し、すんなり援軍要請を呑んでくれたことは良かった。装甲車やら何やらを法定速度度外視してかっ飛ばして、アビドスまで来てくれるってのも正直嬉しい。だけど、
『多分、ヘリよりも私の足のほうが早いわ。……先生も来る?』
あそこで素直に頷いてしまった俺のコトは、これから一生恨むことだろう。
「そろそろアビドス砂漠に出るわ。戦場のど真ん中に降りるつもりだけど、その手前で下ろしたほうがいいわよね?」
「────、────!」
「着地はどうにかできそう?」
「どうにか、する────!」
「わかった」
風で乾く瞳を潤すべく、瞬きを繰り返しながら必死に頷きを返す。
……だいぶ高い。でもそのおかげで、カイザーの基地の位置と数は確認できた。
全部で四箇所。その中のひとつに、ホシノは囚われてると見て良いだろう。いや、伊草と浅黄が見張ってた基地にホシノが入っていくのは見えなかったらしいし、残り三箇所のうちのひとつか。
手が離される。勢いをそのままに空中に投げ出され、空崎は一度だけ羽ばたくと空中で急旋回。空崎の身体能力の異常さを垣間見た気分だ。空中で羽ばたきひとつで方向転換するとは────。
「じゃ、なかった……!」
感心している場合ではない。凄まじい勢いで地面が迫ってくる。爆発音を聞きながら、自身の内側に意識を向けて、
「
魔術回路のスイッチを、叩き下ろす。
「────
体内から一気に魔力が引き出されるような感覚。一瞬目の前が眩む────が、軋むほど奥歯を噛み締め、何とか意識を手繰り寄せた。
「ぜ、ぁ────!!」
生み出された花弁の障壁を地面に叩きつけ、落下の勢いを相殺する。
地面。地面だ。こんな地面をありがたく思ったのは初めてかもしれない。
砂が身体に付着するのも気にせず、横になりながら耳元のAR機器を起動し、通信機能をオンにして────、
「ありがとう、空崎。助かった」
……けど、二度と頼まない。ヘリで一時間の距離を生身ひとつで、四十分程でぶっ飛ぶような常識ハズレの運送。ゲヘナ最強の名は伊達ではなかった。
胸の鼓動が未だにうるさい。息も絶え絶えで、大きく胸が上下している。
それらを落ち着けるために深呼吸を繰り返していると、駆け寄ってくるいくつかの足音があった。
「ち、ちょっと先生大丈夫!? 今空から────」
「……先生、顔が土気色」
「携帯食料とスポーツドリンク、持って来てますよ〜?」
横になったままの俺を覗き込むアビドスの面々。その全員が口々に言葉を発するモノだから、なんか可笑しくて。
身体はだるい。眠気は凄まじい。吐き気だって絶えず襲って来ているし、酷使し続けた魔術回路は休ませろと主張をやめないくらいだ。
だけど、
「……ありがとう、大丈夫だよ。スポーツドリンクと、携帯食料は貰っておく」
どれもここで立ち止まる理由にはなり得ない。
勢いよく立ち上がり、ノノミの手から携帯食料を受け取って頬張り、ソレをスポーツドリンクで胃の中へと流し込む。
魔術回路のクレームを受けるのは後回しだ。容赦なくスイッチを叩き下ろし、自身の魔力を張り巡らせて────戦況を
多勢に無勢。それでも俺たちは、今ここまで来たのだから。
「────よし。勝つぞ、みんな」
───√ ̄ ̄Interlude 17
背中に触れる、鉄格子が酷く冷たい。
右手にはまだ、神秘を吸い上げる感覚が残っている。
頭の中では自分の言葉が、思考が、ぐちゃぐちゃに────ミキサーみたいにかき混ぜられていて。
自分が今、どこに居るのか。何処に座っているのかすら、わからなかった。
────私は何をしたの?
「リーダーを█した」
────私は何をしたかったの?
「居場所を、守りたくて」
────その私の行動がもたらした結果は、何?
「何も、なに、も────」
────何も残っちゃいない。そうだよね。
殺したか殺してないかは問題じゃない。だって殺したようなモノだ。神秘を吸い上げられ、残された『あの人』の身体は、眠っているみたいなのに……熱が、奪われていた。
冷たかった。静かだった。もう一度目を開いて、私に軽口を叩くことはなかった。
嫌いな楽観的な思考も。何もかも上手くいくって馬鹿みたいな思考も。何もかも、私にもう一度くれることはなくて。
静かに倒れ伏すその身体が。力が抜けて倒れていく光景が。全部、全部、瞼の裏から離れてくれない。
「────私は、」
私は、正しいことをした。繰り返し呟いたその言葉は効力を発揮しない。
「私は、」
だから、きっと、私は、
「────私は、」
後悔、しているのだろう。
嫌いだったその全てが好きだった。鬱陶しかったその全てが暖かかった。だから、守りたかった。それなのに。
大人の言葉に踊らされて、私は大好きなものを、自らの手で────、
「罰を、受けないと。何かしないと」
じゃないと割に合わない。何か、何かしないと許されない。せめて────、
「アビドスとの戦闘、もう始まったってよ」
「ああ、じゃあそろそろ俺たちも出撃だな────」
ふと、背後から声がする。ドアが開かれる。ふと視線を背後に向ければ、機械兵の二人組が目に入った。
片方は気怠げに歩みを進めて。片方は私の食事を盆に乗せて、私を見る。
「コイツはどうするの? 理事はなんて?」
「ああ、なんでもゴールドクラスがもう見つかったから要らない、と」
「ああそう」
鉄格子の錠が落ちる。二人の機械兵がソレを潜り、床に盆を置いた。
「じゃあどうなっても良いんだよな。今のうちに『
言いながら、懐から取り出されたのは銀色のカード────、
「
彼の短い言葉に反応して、カードが眩い光を放つ。光が止んだその瞬間、私と機械兵の間に現れたのは、
「……、…………リーダー」
赤色のヘルメットを被った見慣れた人。普段とは違う、無機質な立ち姿で────その人は私に、銃口を向けた。
────その光景が、酷く痛かった。
この人に撃ち殺されるのも、それはそれとして贖罪になるかもしれない。
けれど、それではダメだ。それじゃあダメ。私は、何も残せない。
勢いよく立ち上がる。カードを持った機械兵に飛びかかって────背中に銃弾の雨を受けながら、その手からカードを引ったくる。
せめて、せめて────、
「私が、その席を代わるから!!」
私は、もう良いから。
「せめてリーダーは……ッ、」
奪ったカードを額にあてがう。中に込められた神秘を押し出すように、自分の意識を押し込むように。
「ごめんなさい────ごめんなさい、リーダー……ッ!」
近づいてくる地面を視界の端に捉えて、私の意識は暗転する。
ごめんなさい、リーダー。私は貴女の判断を信じきれずに、自分勝手に居場所を壊しました。
考えが足らなかったのは私の方。
だから、せめて。貴女だけでも、幸せになってください。
◇Interlude out◇