───√ ̄ ̄Interlude 19
知らない天井を見上げる形で、目が覚めた。
久しく見ていない風景だった。人が生活できる程度に小綺麗な部屋。誰かが暮らすために整えた、綺麗な部屋……。
体を起こし、寝起きで霞む視界で辺りを見回す。未だに眠りの海の中に居るような、朧げなアタシの意識を引き上げるように……窓の外の何処か遠くから、戦闘音が聞こえてきた。
「……ここ、は」
順繰りに記憶を辿っていく。アタシは確か、アビドスを襲うようにカイザーに指示されて、それで────、
『俺はキミたちの居場所を奪いたいワケじゃない。壊したいワケじゃない!! より良い物にしたい。守りたいんだ!!』
『ごめんなさい────ごめんなさい、リーダー……ッ!』
────アタシは、
『私が、その席を代わるから!!』
「────、────」
頭が痛む。内側から、何か重い物で殴り続けられているような鈍痛がある。
全部、全部覚えている。自分が傀儡になっている間のことも、そうなる前のことも。
────だから、
◇Interlude out◇
「ホシノ────、ホシノ!!」
俺が呼ぶ声に反応はない。繋がれた機械の構造もわからない。ただし、この機械がホシノに良くない影響を及ぼしているコトだけは確かだった。
繋がれた無数の管のようなモノは、断続的にホシノの身体から何かを吸い取っている。その度にホシノの身体は小さく跳ね上がり、そして、掠れた悲鳴を────、
「壊すしかないか」
『ま、待ってください、先生!!』
懐に入れたシッテムの箱から、けたたましいアラート音が鳴り響き、振り上げた腕が止まる。投影しかけた剣が宙から消えたところで、
『その機械はホシノさんの神秘を吸い取っています。起動状態で破壊するのはとても危険です……ホシノさんの身体に何が起こるか……』
「じゃあどうすればいい」
『シッテムの箱を機械の近くに置いてください! 私がシステムをスキャンして停止させます。だから────、』
懐からシッテムの箱を取り出し、機械に立てかけるように置く。けど、それだけで安心できるような状況ではなかった。
この部屋に近づいてくるひとつの足音。俺が振り返るよりも早く、
「
スピーカーを通したようなくぐもった声。背中に突き刺さるような殺意を感じて、咄嗟に横に飛び退いた。
降り注ぐ弾丸の雨。俺の身体を追うように放たれ続ける弾丸を干将と莫耶で弾き、俺は────その声の源を、睨みつけた。
「初めまして、になるかな。シャーレの衛宮先生」
「おまえは────」
「ああ、恐らくご察しの通り。私はカイザーPMC理事。そして、そこで項垂れている生徒……いや。
コイツが……この男が。俺たちがずっと追いかけていた男。……点灯した赤いランプの瞳が俺を見つめ、喉の奥からくつくつと低い笑い声をあげている、なんの変哲もない機械人。
それでもその言動が、立ち振る舞いが────彼を庇うように立つ、二人の『意志を持たない傀儡のヘルメット団』の存在が。紛れもなく、俺の敵であることを告げていた。
「……いったい何を考えてる。ホシノを解放しろ」
「何を考えてる、と聞きたいのはこっちの方なんだがね。私は彼女が提示した取引に応じただけだ。傍から見ればキミの方が常識知らずで、間違ったことをしていると気がつかないのか?」
放たれる声音からは自信が滲み出ていた。本気でコイツは、自分が正しいのだと思っている。
……けれど、だとしても────、
「この部屋に広がるこの光景が、おまえの言う『常識』で、『正しさ』ってヤツなのか」
機械に繋がれたホシノ。そして、床に無造作に転がされたヘルメット団の生徒たち。
生徒をただ消費し、自分のものにする行為。それを俺は正しさとは呼びたくなかった。
「────ああ。そうだが? 紛れもなく、この光景が私の言う『正しさ』や『常識』だよ」
「────、────ッ」
「そもそも、私からすれば何故おまえがそこまで憤ってるのかもわからん。理解に苦しむ」
俺にそう問いを投げかける声は酷く平坦で、冷淡で。自分は正しいコトを言っている────心の底から、そう思っているような。
「むしろ感謝されても良いくらいだとは思わんかね?」
「……頭のネジを何処かに落としてきたのか?」
「はは。それはこっちのセリフだよ、先生。自分が一番倫理的だと言いたげな顔をしておきながら────おまえは、この世界の形を理解できていない」
「世界の形……?」
「ああ。……需要と供給。その噛み合いで世界は成り立ち、今この瞬間も回っている」
押し堪えることすらやめた笑い声が、部屋に響く。
「アビドスは金を欲していた。だから私は金を貸した。ヘルメット団の連中は『学籍すらも持ち得ない自分たち』に『価値』を求めた。だから、
「────、────」
「おまえがやってることと大して変わらないんだよ、先生。困っている生徒が居るから助ける。困っている人間が居たから手を差し伸べた。何も違いはありはしないだろう」
勝ち誇ったように笑う声が、鬱陶しくて。
「おまえの目にはこの世界がどう映っているのかは知らないが、おまえはこの世界を真の意味で理解していない」
「────じゃあおまえには、どういう風に映ってるっていうんだよ」
「膨大な神秘を持ち得ながら、それを持て余し、のうのうと暮らしている馬鹿の集まりにしか見えん。私はあくまでも、使い道を間違えた力に正しい道を与えただけだ。学生同士の小競り合いに使うなど、くだらない」
────膨大な神秘。それは、確かにとは思う。
魔術師の連中が見れば卒倒しそうな程の神秘。魔術師の連中が見れば、その誰もが喉から手が出るほどに欲するであろう力。
それでも、俺が触れてきた彼女たちは普通の女の子でしかなかった。
嫌なことがあれば傷ついて、ぶつかり合えば涙を流すことがあって。
嬉しいことがあれば笑い合って、共にソレを分かち合って前に進む────、
「じゃあ質問だけど。PMC理事、おまえにとって────
「化け物。それでいて、
────ただの、普通の女の子だったんだ。
コイツは生徒たちを人として見ていない。相手の気持ちを尊重しているように見せかけて、自分のコトと金のコトしか考えていない。
ああ、そうか。そもそも根本から間違ってたんだ。同じ言語を扱うのであれば、話が通じると思っていた俺が間違いだった。会話を重ねれば分かり合えると、甘いコトを考えていた俺が間違いだった。
「……そうか。なら────おまえと話すことはもう無いよ」
コイツが彼女たちにそうしてきたように。力づくで奪い返す以外に道はない。
コイツは────俺の敵だ。
警告も何も要らない。慈悲も情も必要ない。
「
「撃て」
放たれた弾丸の軌道を予測。銃身、銃口の角度から────僅かに俺の身体には当たらない。
「
宙に投影された剣の数々。その照準をPMC理事に定め、
「────づ、ぁ、!」
跳弾が腿に直撃。焼けるような痛みと共に視界が明滅し、僅かに狙いが逸れてしまう。
放たれた剣の数々はこの部屋の出入り口に直撃。煙を纏いながら壁が倒壊し、それでも痛みを無視して駆け出す。
機械はアロナがどうにかしてくれている。この部屋には他にも、ヘルメット団の子達がいる。
なら、この部屋の外に────!
「ぜ、ぁ……!!」
姿勢は低く。双剣を構え直して廊下に出る。
PMC理事の懐に潜り込み、振り上げた莫耶はその喉元を捉え、それでも相手の余裕綽々な空気は崩れない。
莫耶の刃がPMC理事の喉元に触れようとしたその瞬間、横っ腹に凄まじい衝撃が走り、身体が吹き飛んだ。
「ははは! 怒りで我を失ったか? 周りが見えていないぞ!!」
「────うるさい!!」
早く黙らせたかった。その喧しい口を。
怒りに囚われるな。視野を広く持て。そう自覚していても、諸悪の根源と対峙して冷静でいられるはずがなかった。
今まで彼女たちが受けていた屈辱や悲しみを思えば、冷静になんてなれっこなかった。
壁に手をつき、痛む身体に無理を言わせて立ち上がる。頭が重い。視界がグラつく。それでも、視線はアイツに。
「……ああ、そうか。これでも諦めないというのなら────おまえに最高のプレゼントをやろう」
剣を構え直す俺を眺めながら。PMC理事の懐から、一枚のカードが取り出される。
────ソレが纏う神秘は今まで見てきたものとはまるで違う。金色の、一枚のカード。
「……それは」
「おまえが救いたくて堪らない、小鳥遊ホシノの神秘が込められたカードだよ」
「────、ッ、てめえ!!」
コイツは、何処まで俺の怒りに油を注げば気が済むのか。
「これの真価は『再現』だけではない。『こういうこと』もできる」
駆け出す。再び剣を振り上げ、
「────『
たたらを踏む程の暴風が、剣戟を邪魔した。
膨大な魔力を、膨大な神秘を孕んだ業風はPMC理事が掲げたカードを中心に吹き荒れ、持ち主の声に呼応するように眩い光を放つ。
目が焼かれる。視界が白くなる。それでも加減なしに解放された神秘に対して身体が震え、本能が逃げろと叫んでいた。
「はは────! なるほど、これは凄まじい。これが、アビドス一番の神秘の味か!!」
風の音がうるさい。ごう、ごう、と喧しく聴覚を塗り潰すその中でも、
「どれ、試運転と行こう」
ムカつくアイツの声は嫌というほどクリアに捉えて。未だボヤけたままの視界は、勢いよく後ろに過ぎ去っていった。
地面に打ち付けられる感覚がある。痛みが遅れてやってくる。酷い耳鳴り、酷い眩暈。口の中まで血の味が迫り上がってきて、耐えきれずに地面に吐き捨てた。
剣、剣。ああ、ヤバ。何処かで取り落としたか。
「────い!」
「せんせ────」
ああ、この声。シロコたちもここに来たのか。そういや、ここに入ってから一回も連絡してなかったっけ。そんな心配そうな顔をしないでくれ。俺の方まで、胸が痛くなる。
「……悪い。シロコ、ノノミ、セリカ……ここを少し行った先に、ホシノが囚われてる。ヘルメット団の子達もだ」
「▇▇▇█!」
「だから、守ってやってくれ。アイツは、俺がどうにかする」
何かを捲し立てている。何かを必死に叫んでいる。それでも地面を両手について、重たい体をゆっくりと立たせて────気合いを入れ直すように、両の頰を強く叩いた。
「
魔術回路が焼け付く感覚がある。焦げ付くような痛みが走る。
それでも習慣というのは恐ろしいもので。痛みに意識を蝕まれながらも、両手に剣を投影して────、
「楽しそうなことしてるじゃねェか。アタシも混ぜろよ」