その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
『迷宮伯ダサイクル・グルンドの凶行。王族皆殺しの狂気』
『王国救援との公式声明。疑惑の帝国軍王都侵入』
『初の女王戴冠。マルグリテ女王陛下に栄光あれ』
『深夜の惨劇。衛兵団による市民殺害事件』
『死亡者数累計三千名超えるか。王都動乱の傷跡』
並べ立てられた王都で発行されている新聞。その見出しを眺めてルナ・リングハートは嘆息した。ファラキア、マルグリテ、それからムクロによる会談が行われているのと同日のことである。
「なんていうか、世の中ムチャクチャね……」
ダンジョンからのドロップアイテムにより、大陸世界では印刷技術が広く普及しており、書籍と新聞の発行部数は膨大なものとなる。
とまれ、配送に関する機構が不完全であるため、各世帯に新聞が配られるような社会体制は整っていない。多くは、街の集会所に張り出されるか、新聞を揃えた喫茶店に読みに行くという形をとる。
そして冒険者ギルドでもまた、新聞を読むことが可能だ。すべての支部で、その街で発行されるあらゆる新聞が読める手筈が整っており、冒険者たちはそこから多くの情報を入手する。
ギルドの秘匿施設においてもそれは同様だった。王都で発行されたすべての新聞が揃えられており、いま、それは談話室の机上に広げられていた。
「王都の騒ぎなんてどうでも良いですよ。問題はコレですよコレ……」
レイテ・レノが嘆息しつつルナが目にしているのとは別の、複数の紙面を手の甲で叩く。
いずれも、物事を扇情的に書き立てる傾向がある新聞であった。
『女王の愛人ムクロ・スパルダとは何者か』
『愛人を近衛隊長に。異例の抜擢。新女王の治世にすでに暗雲か』
『冒険者から語られるその放蕩。寝所で手にした地位』
ダサイクルの叛乱から始まった王都の凶事。
結果として起こった、マルグリテの女王戴冠という慶事。
それに加えて王都を賑わせている話題は、唐突に現れたかのように見えるマルグリテ・セヴェリナの恋人——多くは愛人と呼ぶが——であるムクロ・スパルダという男の色事に関するものであった。
「ワタシの先輩についてあることないこと好きに書きたててくれちゃって。これだから新聞社ってやつは嫌いなんですよ。ルナリン週末一緒に新聞社爆破しに行きません?」
「行かないわよ! ——ていうか、なんとも思わないわけ? その、ムクロと女王陛下が、えっと、そういう関係になったことに関しては……」
「クッソ腹立たしいですねー。覚えてます? 甘ったるい声で
「行かないわよ!」
レイテの冗談口を切って捨ててから。ルナは嘆息する。この日、何度目のため息だろうか。
「でも、女王陛下だけでも生き残って良かったわ。これで王国も安定してくでしょ……」
「おっ、ルナリンって意外とお国のこととか考えちゃうタイプですか?」
レイテ・レノは揶揄する調子で尋ねた。若干、ルナの黄玉色の瞳に怒気めいたものが交じる。
「生まれた国なんだから。当然でしょ。そりゃ全滅したドライドラ支部の監査騎士みたく、生命賭けで国を! ってほどではないけれど」
平和が一番よ、とルナはひとりごちる。胸中では、結局自分が殺害に手を貸す形になった帝国兵と帝国に与した冒険者たちのことを考えていた。——人を殺すような羽目になるのは、これ以上はゴメンだ。
「なりませんよ。平和」
そんなルナの思いを知ってか知らずか。妙に楽しげにレイテ・レノは嘯いてみせた。あえて問い返さず、視線だけで続きを問うルナに、レイテは解説してみせる。
「そりゃ、一応は全部丸く収まったってコトになりましたよ。可哀想なダサイクル・グルンド迷宮伯が全部悪かったことにして。明らかな侵略である帝国の王都侵入も言い訳通り『救援活動』ってことにして。偉大なる女王陛下マルグリテ・セヴェリナのもと王国はこれからも繁栄を極めることだろう! めでたしめでたし——
軽薄な語り口調の中に、嘲笑を滲ませて。レイテ・レノは
「政治上は、悪いのは全部ダサイクル・グルンドで、帝国は全く悪くないってコトになりましたけど。国民感情、特に王都民の帝国への心象は最悪です。動乱終盤の混乱で市民に死者まで出ちゃいましたからね。アレは衛兵団の暴走でしたけど。いまは女王戴冠の話題が主流ですけど、そのうち帝国になんらかの代償を求める声がわんさと聞こえるようになりますよ。きっと」
「それはそれこそ、新女王の政治的努力ってやつでどうにかするんじゃ……」
レイテの未来予想にルナが反駁する。それに対して、レイテは口の中でだけ呟いた。「するつもり無いでしょ、あの女」。聞き取れないほどの小さな声のそれに、ルナは反応することが出来なかった。
それに、レイテは代わりの未来予測を口にした。
「まあ、帝国問題が片付いたとして。国内治安維持の問題もあります。監査騎士と衛兵団の被害は壊滅的です。冒険者を引き抜くか、それとも一から育てるか。どっちにしろ社会の構成員は今日明日ですぐ増えるものでもありませんからね。その組み換えには大きな混乱が生じるでしょうねー」
「真っ当な、素行の良い冒険者に治安維持を依頼するだけじゃダメなわけ?」
「真っ当な冒険者は、ダンジョンからドロップアイテムを安定供給する役目を担ってるような人たちですよ。いわば生産者。そこから引き抜きをしたらそれこそ社会は大混乱ですよ。困っちゃいますねー」
レイテはいちいちに、ルナの楽観論を否定する。それはそれは楽しそうに。社会に混乱が生じることが、愉快でたまらないとでも言いたげだった。
ルナはそれに対して、自分が有効な反論を出来ないことに気づき、歯がゆかった。それでもなんとか口を開こうとする。
だが、それよりレイテの言葉が先立った。軽い調子の中に嘲笑を滲ませて話していたレイテの声の調子が変わる。
暗いものを潜ませながらも。真剣な声で。あるいは自分に言い聞かせるかのようにレイテは言った。
「なによりも。先輩が
「終わらせる? 何を?」
「決まってるじゃないですか。ダンジョンとの戦いですよ。——この世代で、ダンジョン核を発見・破壊して、偽りのステータス依存社会を終わらせる。そのためにあのドスケベ女王の愛人にまでなったわけですし」
ドスケベ女王という身も蓋もないレイテの良いざまに、ルナは気を取られそうになる。だが、実際にマルグリテの振る舞いは、未婚の女性王族としては淫蕩と断じてさしつかえない型破りなものであったので、なんとも言えなくなる。即位以降のマルグリテのムクロに対する扱いを、男性王族で例えるのであれば、人前で愛人の服の下に手を入れてまさぐっているのに近い行為だ。
その本筋から外れた思考を、ルナは慌ててもとに戻す。
ずっと考えていたことがあったのだ。ダンジョンの秘密を知り、ギルド戦力候補として鍛えられている間、ずっと。
「これはずっと思ってたんだけれど、
「身も蓋もないこと言い出しましたねー。その心は?」
レイテは口調を軽いものに戻して尋ねた。その目は笑っていない。
「あまりにも、失うものが多すぎない? そりゃ、どこかの誰かに利用されてるってのは気分悪けれど、ダンジョンやドロップアイテム無しにこの世界はやってけないじゃない。何か、例えば対話とかで……」
「対話が絶対不可能、とまでは言いませんけどね。現状でもある種、ダンジョンとは言葉なき共生を成し遂げてるわけですし」
「だったら……」
ルナは、ずっと考えていた。ギルド戦力がその役目を果たした先を。
確かに、ダンジョンとドロップアイテムが失われたあとの社会立て直しのための準備を冒険者ギルドは密かに行っている。だが、それではきっと
文明は一挙に後退する。食料は必ず足りなくなり、飢餓と奪い合いが発生する。そして——人が死ぬ。大量に。
それは、自身の知識の足りなさを痛感するルナでさえ想像できる未来予想だった。
「ルナリン。ルナリン。ルナ・リングハート」
深刻な顔をするルナに対して、むしろニコニコと満面の笑みをレイテは浮かべていた。
「社会のことなんて
「——は?」
何かの聞き間違いかと。ルナは間抜けな声を漏らす。聞き間違いである可能性を、レイテが言葉を重ねて潰していった。
「先輩の、ムクロ・スパルダの目的は復讐。仲間を奪ったダンジョンに復讐さえできればそれで良い。ワタシも似たようなものです。とにかくこの社会が気に入らない。だから壊したい。ダンジョンともどもに。ギルド長は何でしょうかね。なんか人類教導個体とか大層な役目があるみたいですけど。老後の暇潰しみたいなもんだと思いますよ。ダンジョンとの戦いが。終わったらどうするんでしょうねー。今のうちに盆栽とか贈る準備しときましょうか?」
「ちょっと、アンタ、レイテ……」
「今回、晴れて協力者になったマルグリテ・セヴェリナ。あの人の正確な意図はちょっと読めませんけど——ロクなもんじゃないですよ。我欲でしか動かない人間ですよアレ。性欲に飲まれた脂ぎったオヤジと同じ顔してますもん。女王様」
レイテ・レノのあまりにもあけすけな告白。それはルナに最初、混乱をもたらし。そして怒りと、加えて大きな恐怖を呼び起こした。
ムクロ・スパルダ。
レイテ・レノ。同じく本当の魔法の使い手であり、一切の容赦もなく、人知れず数百の人間を殺し得る女。
ファラキア・エルフ。大陸世界を実質的に支配していると言って良い冒険者ギルドの長であり、長命と智謀と権力、そして秘匿された超技術の数々を持つ生命体。
マルグリテ・セヴェリナ。大陸三大国家のひとつ、王国女王。鋭敏な思考と類まれなる決断力を持ち、人を惹きつける圧倒的な王たる天禀を備えた権力者。
ダンジョンと戦う者たち、桁外れな力を有する、その主要な人物すべてが、社会のことなど考えずに我欲で動いている。
その事実が、ルナ・リングハートの心を恐怖で震わせた。自分が、その陣営に属しているというもうひとつの事実とともに。
「講義、しましたよね。核反応兵器と魔法についての話。個人が大きな力を。物理力を持ち得てしまう世界は、そもそもとても不安定なんですよ。
確かにそれは聞いた話だった。本当か嘘か。魔法の存在しない世界から転生した者を名乗った賢者ローゼンクロイツ・パラケルススが提唱した、この世界の壊れやすさ。聞いたときには、ルナには実感がなかった。
しかし、今は。王都で巻き起こった事象と、その主だった実行者たちの意図と、そしてこれから先の大陸世界のことを目前にした、今は。
「この天下泰平は長くは続きません。覚悟を決めてくださいね。ルナリン。
ファンタジー世界。ルナには聞き覚えのない言葉だった。だが文脈から察することはできる。レイテとの会話に慣れたからだろうか。つまりは、おそらく魔法が存在するこの世界のこと。ファンタジー世界。
◆ ◆ ◆
厳しさを約束された世界の住民たるルナ・リングハートのもとに、顔見知りである『ギルドの黒子』の少女——アルサ・サルシオネという名前だと最近知った——が訪れたのはそれからしばらくしてからだった。
以前とどこか、人当たりが変わったように思える『ギルドの黒子』アルサから伝えられたのは、ルナとアルサが二人ともに、マルグリテ・セヴェリナとの協力のために彼女のそばに控えることになるという話であった。
女王の護衛。栄達と言って良いはずの立場に、自身が立つこと。
それはルナを震わせた。
ほんの少しばかり前まで、欲しかったはずの『自分の役割』。
自分に、この
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