ダンジョンに落ちた蒼灰の剣姫 ―永遠を失った少女は、もう一度“求める”― 作:天狐空幻
■第四話:憧憬の火種
廃教会の中は、静かだった。
石造りの壁に灯る小さな明かり。
簡素な机と椅子。
質素だが、どこか温かい空間。
「ごはん、できてるよ」
ヘスティアが振り向く。
その声に、ベルはようやく肩の力を抜いた。
「……ただいまです」
「……ただいま」
アセリアも、小さく続く。
二人とも、疲れ切っていた。
戦いの後。
死にかけた緊張。
そして――それぞれの“衝撃”。
それらを抱えたまま、椅子に腰を下ろす。
■食卓
湯気の立つスープ。
硬めのパン。
簡素だが、確かな食事。
「今日は遅かったね。何かあった?」
ヘスティアの問い。
ベルは一瞬迷い、そして頷いた。
「……ミノタウロスに、遭遇しました」
「――っ!?」
ヘスティアの表情が強張る。
「上層でかい!? ありえないだろそんなの!」
「はい……でも、本当に……」
震えが、少し戻る。
それを見て、ヘスティアはそれ以上の追及をやめた。
「……で、無事だった、と」
「はい。……助けられました」
「助けられた?」
「ロキ・ファミリアの……アイズ・ヴァレンシュタインさんに」
その名前を聞いた瞬間。
ぴくり、と。
ヘスティアのこめかみが動いた。
「……ヴァレン某に?」
「は、はい」
「……ふぅん」
声色が、少しだけ低くなる。
ベルは気付かない。
だが、隣のアセリアはわずかに視線を上げた。
(……おこってる?)
明確な怒りではない。
だが、感情が揺れている。
それは分かる。
■違和感
食事が進む。
ベルは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
だが、アセリアは違った。
じっと、ベルを見ている。
「……?」
視線に気付いたベルが首を傾げる。
「どうしたの、アセリア?」
「……ベル」
「うん?」
「……へん」
「えっ」
「……ちがう」
言葉を探す。
「……いつもと……ちがう」
曖昧な表現。
だが、それは本質を突いていた。
「……そう、かな?」
「……うん」
断言。
アセリアは、今日一日ベルと共に戦っていた。
同じ敵と戦い、同じ時間を過ごした。
だから分かる。
“同じ経験値”ではない。
「……はやい」
ぽつりと。
「……?」
「……つよく、なってる」
ベルは戸惑ったように笑う。
「そんなことないよ」
だが。
ヘスティアだけは、何も言わなかった。
■刻印
食後。
「じゃあ、更新するよ」
ヘスティアが立ち上がる。
「ベルくん、先においで」
「はい!」
ベルがシャツを脱ぐ。
背を向ける。
その背中には――神の恩恵【ファルナ】が刻まれている。
ヘスティアは針を取り、軽く指先を傷つけた。
神の血が滲む。
それを、ベルの背に触れさせる。
「――」
一瞬。
空気が変わる。
神の力が、文字として浮かび上がる。
そして――
「……え?」
ヘスティアの目が、見開かれた。
■異常
数値が、跳ねている。
筋力、耐久、敏捷、器用――
すべてが。
“ありえない伸び方”をしている。
一日の成長量ではない。
通常の数日、いや、数週間分に匹敵する。
「……なにこれ」
思わず、呟く。
だが、本当の問題はそこではない。
浮かび上がった“スキル”。
それを見た瞬間。
ヘスティアの表情が凍った。
■憧憬一途
そこに刻まれていたのは。
《憧憬一途(リアリス・フレーゼ)》
説明文が流れる。
――早熟する
――懸想が続く限り効果持続
――懸想の丈により効果上昇
「……は?」
理解に、数秒かかる。
そして。
意味を理解した瞬間。
「……はぁ!?」
声が裏返った。
■嫉妬
(懸想……って、それ……)
誰に向いているのか。
考えるまでもない。
「……ヴァレン某ぉ……!」
拳が震える。
顔が引きつる。
「ボクのベルくんに……なにしてくれてんのさああああ!!」
理不尽。
完全に理不尽。
だが止まらない。
「いや待って!? 何もしてないのは分かってる! でもだからって!!」
ぐるぐると同じところを回る思考。
完全に嫉妬である。
しかも重い。
■隠蔽
だが。
ヘスティアは神だ。
深く息を吐く。
冷静さを取り戻す。
「……ダメだ。これ、教えられない」
即断。
こんなスキルを知られたら。
ベルは意識してしまう。
それは“歪み”になる。
そして何より。
「……ボクがムカつく」
ぼそっと本音。
■報告(嘘)
「……終わったよ」
ベルが振り返る。
「どうでした?」
「うん。順調だね。ちょっと成長期入ってるっぽい」
「成長期?」
「そうそう。今は伸びやすい時期ってこと」
完全な誤魔化し。
だが、ベルは素直に頷いた。
「そっか……!」
嬉しそうに笑う。
その顔を見て。
少しだけ、胸が痛んだ。
■制裁
そして。
ぺしっ。
「いたっ!?」
背中を叩く。
「え、え、なんで!?」
ぺしっ、ぺしっ。
「いたい! ヘスティア様!?」
「……別に」
ぺしっ。
「理不尽!?」
「理不尽じゃない!」
ぺしっ。
「なにかした!?」
「してないのが問題なんだよ!!」
「えぇ!?」
完全に巻き込まれ事故である。
■観測者
その様子を。
アセリアは静かに見ていた。
「……」
言葉はない。
だが。
理解はしている。
(……あつい)
感情。
ベルの中にある“何か”。
それが、形を持ち始めている。
そして。
(……わたしも)
胸の奥。
わずかに揺れる。
名前も分からない“熱”。
それはまだ、小さい。
だが確かに、そこにあった。
■アセリア更新
「次、アセリアくん」
「……うん」
同じように背を向ける。
刻まれる神の恩恵。
表示されるステイタス。
「……」
ヘスティアの目が、細まる。
数値は、正常。
むしろ平均よりやや低い。
だが。
一つだけ。
変化があった。
「……消えてる」
バッドスキル。
《神剣能力行使制限》
それが、消失している。
代わりに。
新たなスキル。
《神剣解放 Lv1》
「……へぇ」
小さく笑う。
「やっぱり、ただの子じゃないね」
「……?」
「いいよ、順調。ちゃんと成長してる」
「……うん」
アセリアは頷く。
だが。
その目は、どこか遠くを見ていた。
■余韻
夜が更ける。
それぞれが眠りにつく。
だが。
完全に静かにはならなかった。
一人は。
“憧れ”を抱いた。
一人は。
“違和感”を抱いた。
そして一人は。
「……ヴァレン某……」
布団の中で、歯ぎしりしていた。