始めに謝らなければならない事が一つ。アンケートでの男性死神協会VS女性死神協会なんですが、長編になった挙げ句、煮詰まってしまいました。
私自身テンポも上げたいので、一旦ストーリーというかお話を進める方針であります。
ですので…大変申し訳ありませんが、楽しみにしていただいていた方々に深くお詫び申し上げます。
最後に、ここまでの長文失礼いたしました。
──源之助殿ー! ──
淡い景色の中で、駆け寄る光が一つ。白に包まれた世界の中、元気に手を振りながら、傍らに寄り添う。
麗しき光の輪郭は、近く共に同じ時を過ごした彼女であろうか。
──……──
音の無い世界で、光はただ見上げるばかりであった。手を伸ばせば届く程近く、すがるように求めた瞬間、ひらり桜が舞い落ちた。
ひとひらに舞う花びらは次第に増え、大きな風を巻き起こす。まるで彼女を囲む嵐のように。
檻に捕らわれるが如く包まれた彼女と目が会った。
──ふじき……さま……──
「っ! ……はぁっ……はっ……」
自室にて、布団から起き上がる源之助の額には無数の汗が浮かび上がっていた。頬を伝う汗を拭う事もせず、瞳を見開き呼吸を整えていた。
「……はぁ……」
おぼろげとは言い難い、脳裏に焼き付く夢であった。どこか心地よく、居場所を感じる瞬間だったが……
一瞬たりとてあの目を忘れる筈がない。共に心を通わせ、通じ合ったあの乙女の目を。
「……」
近頃、かような夢を見始めたのだ。確かな温もりを感じる世界に影が差す。そんな恐ろしき夢を。
頭を抱えても消し去る事は出来ず、源之助は纏わり付く汗を長そうと風呂へと歩を進めた。
汗を流し、風呂から上がった源之助はとある約束の為に七番隊へと訪れていた。隊長室で向かい合うは鉄笠を被る大柄の男、七番隊隊長を務める『狛村左陣』であった。
「藤木殿、ご足労感謝致します」
「……そう硬くなるな」
頭を下げる駒村を前に、源之助は軽く返事を返す。約束というのは、数日前から狛村より稽古、もとい手合わせの申し出があったのである。
「早速ですが、準備を……」
「……」
歩を進めようとする狛村だったが、源之助のどうにも浮かばぬ表情を前に、その足を止めた。
「……どうかされましたか?」
「……いや、問題ない」
そうは言いつつも、瞳は依然と伏されたままであった。
「思い悩む事でも?」
「……問題ないと言うたぞ。行こう」
「……」
踵を返し先を行こうとする源之助の背に、狛村は少しの間を置いて口を開いた。
「……少し、予定を変えましょう」
「……?」
「……左陣」
「はい」
「予定を変えるとは言ったが……これは……」
狛村の隣で呟く源之助。辺りを見渡せば、瀞霊廷の景色とは一線を画した現世の町並みに囲まれていた。
狛村は何故か稽古の申し出を取り止め、現世へと源之助を連れ出したのである。
「浮かぬ顔をされては、稽古にも身が入りますまい。たまの気分転換も良いものでしょう」
「しかし、現世とは……」
「瀞霊廷ばかりでは飽きもくるでしょう。なに、気が晴れるまで散歩でも」
「……」
返す言葉も無く、源之助は渋々と歩き出した。
共に歩く中、しばらくの時が経った頃、狛村は源之助へと語り掛ける。
「話す気にはなれませぬか?」
「……」
「……儂も人の事は言えませぬが、貴公はあまり感情を出さぬ。故に表情に出やすい……今もそうだ」
「……」
「無粋とは承知の上、そのしこりを吐いていただきたい……共に元柳斎殿より恩義を賜りし、
狛村は自身の身の上と近しい源之助が心配でならなかったのだ。恩師より義を賜った者が、かように詰まる表情を見せたのは初めてであったから。
そんな彼の思いに、源之助は固き口をゆっくりとほどいた。
「……近頃、夢を見る。暖かき夢だ……俺の傍で何者かが温もりをくれる……だが」
「……」
「手を伸ばせば、桜が舞うのだ……光を別つ風を吹かせ、彼女を取り囲むそれが、光を黒く染め上げるのだ」
「……」
「気付けば光など無く……俺を見つめておるのだ……彼女が……俺を……」
「藤木殿……」
「……光が……ルキア殿……!」
「藤木殿!!」
肩に手を置かれた源之助はやっと自分の惨状に気がついた。脂汗が滴る頬、竦む足、全身の筋肉が強張る感覚に。
「申し訳ありません……貴公の念、半ば軽んじていたと痛感しております」
「……何と言っておった……」
「……ルキア殿、と」
「……違う……彼女は……」
狛村から返された言葉に、源之助は夢に見る光の正体がやっと分かった。しかし、夢の最中に彼女では無くなる……忘れようにも忘れられぬ、戒めとも言える……自ら喪った彼女へと姿を変えるのだ。
「……
『岩本三重』
源之助の師、岩本虎眼の一人娘。生前、源之助が守り通すと誓った乙女である。岩本家の屋敷も、虎眼流の剣名も守れなかった源之助に、ただ一つ残された光であった。
そう……
桜舞う中で心通わせた一瞬の幸せは、今となっては源之助を苛むおぞましき代物と化していた。
変われぬ傀儡であるが故に、彼女を喪ったのだから。
源之助はルキアと共に過ごす日々の中、心の何処かで、三重を重ねてしまっていたのだ。
「……おぞましきは……俺の事よな……」
「……」
「人のように苦悩するなど……傀儡と変わりない俺が……」
震える源之助の拳からは、血が滴り落ちていた。痛ましい姿に、狛村は言い聞かすように口を開いた。
「おぞましくなど……あるものですか」
笠から覗かせた狛村の瞳は嫌悪の一つも無い、澄んだばかりが見て取れた。
「覚えておりますか? 貴公が儂の顔を初めて見た日を……」
何百年と前、源之助が元流の門下生に手解きを程していた日。山本が傍らに笠を被り、肌を見せぬ服装の門下生を連れやって来た。背は山本の半分ほどの小さきなりの、およそ少年というのは見て取れた。
「藤木よ、今日より入る新たな門下生じゃ。ほれ、挨拶せぬか」
「は、はい! 狛村左陣と申します! 本日より元流の門下となり申しました身の上、何卒ご指導ご鞭撻のほど、お願いいたします!」
「……ああ」
無愛想に返す源之助に、山本は呆れた風に口を開いた。
「まったく、お主もしっかり挨拶せんか」
「……藤木源之助。元流の剣には在らぬが、先生の命の下、指南を務めておる」
「うむ。早速じゃが看てやれ」
「はい」
山本の言葉に狛村と源之助は両者距離を取り、木剣を構えるが、目の前の狛村の姿に一言発した。
「笠は取らんのか」
頭部全てを覆う笠は、常識的に考えて視界を妨げる。それでも未だに被り続ける狛村は苦虫を噛み潰したように言葉を返した。
「……お見苦しき故」
「……」
狛村の言葉に察した源之助はそれ以上追言せず、木剣を向き合わせるのだった。
狛村が元流の門を叩いてから幾月かが経った。
いつしか雀部から賜ったように、源之助は兄弟子のように狛村の面倒をみていた。
その間、狛村の目覚ましいまでの成長ぶりは源之助、ひいては山本すらも目を見張るものであった。
彼の剣が他の門下生たちを次々と追い越す様に、鼻が高くなる心情であったのだ。
しかし、依然として狛村は笠を取る素振り一つ見せず、事情があるとは知りながらも、何処か惜しい気持ちも拭えずにいたのだ。
そんな日々の中、とある一日。
時刻は昼頃となりし時、源之助は狛村へと昼からの予定を伝えるため、彼の部家の前まで赴いていた。
襖に手を掛け、一言告げる。
「左陣よ、入るぞ」
「っ! お、お待ちください!!」
慌ただしく声を響かせる狛村であったが時既に遅し。彼の言葉を聞ききる前に源之助は襖を開ききってしまった。
「……!」
「あ……っ……」
目の前の狛村の姿に、源之助の瞳が僅かばかりに見開かれる。
昼飯を取っていたのであろう、彼の前に並べられた料理。放り投げたのであろう箸が飯に乗り掛かる。しかし、そんな物はどうでも言い。
いつもの笠を被ろうと頭に乗せる狛村の相貌は、およそ人に非ず。獣が如き、いや獣そのものの姿に目を奪われた。
「「……」」
気まずそうに目を伏せ、ゆっくり笠を被ると、沈黙ばかりが流れ出す。
「……何ぞ」
口を開く源之助。彼から出る言葉を想像した狛村は身を強張らせた。人に非ぬ、獣の容姿が故に傷を負ってきた人生。
黒く濁る思考の中、次いだ源之助の言葉は彼の予想とは反するものであった。
「思っていたより、綺麗ではないか」
「……!!」
「……昼よりは先生も参加する。遅れるでないぞ」
僅かな言葉で終わらせ、襖を閉める源之助。残された空間に一人黙りこくる狛村は詰まった喉を緩め、胸を浅くした。
稽古も終わりしその夕暮れ、狛村は源之助の元へと歩み寄った。昼頃からの疑問が、彼の脳内を旋回していたのだ。
「……藤木殿」
「……」
「昼の件ですが、申し訳ありません。お目に悪きものを……」
反応の薄い源之助にこれ以上の言葉が見つからない狛村は、ただ黙って源之助を待つばかり。
二人残された稽古場、涼やかな風が音を立て、室内の熱気を逃がす中、源之助は口を開く。
「何が悪い」
「……醜き姿を……」
未だ己を罵る狛村。源之助はそんな彼に背を向け、縁側へと歩を進めた。そんな様子に、笠の内で顔をしかめる狛村であったが、振り向きもしない源之助から声がかかった。
「来い」
「……」
その一言に歩み寄ると、差し込む夕陽が汗を照らす中、源之助は言葉を繋げた。
「耳が良く聞こえ、鼻が利く程度。なりの一つで、お前が人と何が違う」
「……!」
身なりが故に影を歩いた。笠を被らねば、顔を上げる事が出来なかった。陽が当たるのは、いつも曲がった背にばかり。
「……恐ろしくは……なかったのですか」
狛村はようやく言葉にできた。その問いに対する答えは嫌でも聞いてきた。故に自らに言い聞かせてきた……「醜い」と、「お見苦しい」と……
それでも聞きたくなったのだ……源之助の答えを。
「恐ろしくなどあるものか」
「……!」
一切の間を置かないその言葉に目を見開く中、源之助は途切れること無く言葉を繋げる。
「人の身を持ちながら、畜生にも劣る下衆の数々を見た。なれどもお前はどうだ?」
「……」
「先生の恩に報いんが為に振るう剣。時折その笠から見えた瞳は曲がり無き信念が作り出したもの」
「……」
「その眼が曇ること無くば、お前は充分人であろう」
この言葉は、源之助自身に対する皮肉でもあった。曇るばかりの生を生きた、傀儡と気付いた彼自身の皮肉。それでも今はと、狛村へと言葉を繋げる。
「もとより、お前の相貌に怖じ気づくようなすくたれ者など、元流には居らぬと知れ」
「……はい」
「……左陣」
名を呼ばれ、見上げれば狛村を見つめる源之助。結われた紙が少し解け、風になびかせ呟いた──
「我らは共に汗を流し、剣を磨く
──不思議な感覚がした。
頬を伝う何か。良く、源之助が見えない。
その時気付いたのだ。何とも清い涙が流れていた事に。
「…………っ……ふっ……!」
自然と笠に手が掛かった。ゆっくりと脱ぎ、顕になった獣の顔は地を見るばかり。差し出がましくも夕陽が涙を煌めかせる。
涼やかな風が、一際優しく毛先を揺らした。
「……涼しいな」
「はい……っ……!!」
「あの時の言葉……お返ししましょう」
かつての記憶を思い返す中、狛村は笠を脱ぎ、曲がらぬ瞳で源之助に告げた。
「貴公が自身を傀儡と申した理由、儂には分かりませぬ。それでも貴公は苦悩しておられる」
「……」
「傀儡などであるものですか。傀儡が苦悩などするものか……思い悩む貴公は、充分人でありましょう」
「……左陣」
真っ直ぐに語る彼の名が、自然とこぼれ落ちた。
「貴公の眼が曇ったとしても、儂は……儂にとってあなたは……!」
狛村は幼き頃よりのあの日、あの夕暮れにて誓ったのだ。己の心の内に、確かに誓った。
剣士として、人として、いつか私も……と
「もうよい」
遮る源之助は依然として表情を崩さぬが、先ほどまでの憂いは何処か薄れたようにも見えた。
「いらぬ心配をかけさせた……すまん」
「謝罪など……元はと言えば儂が掘り起こした身。頭を下げるは儂の方にございます」
「よいのだ」
頭を下げようとする狛村を手で制した源之助。次いで青空を見上げながら呟いた。
「少し、晴れた」
「……!」
狛村に目を移すと、大きく見上げる形となる。かつては源之助の腰にも満たなかった狛村が、今では優に源之助を越していることに時の流れが一瞬であることを感じていた。
少しほどける表情に、何時しかに似た風が吹き撫でる。
「現世の風も、良いものだな」
「ええ、涼しいですなぁ」
「……歩こう」
「はい!」
歩き出す二人。
後に野良猫なども交えて、現世散歩を謳歌するのであった。
原作ではいつ拾われたんやろか?