四葉からは逃げられない   作:シャケナベイベー

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今回から大漢編です!


大漢編
いざ断頭台へ


 チャリ、と鎖の音がする。

 

「……あぁ」

 

 諦観にも似た声が漏れる。

 鎖で繋がれて、監禁されて……散々だ。

 おまけに連中は拷問も実験も嬉々としてやってくるのだから質が悪い。

 

「……代わりになれたなら、まだ良いか」

 

 兎にも角にも彼女が壊れる未来は回避できたと思えば万々歳だ。

 その時、ギィ、と鉄格子が開いて数人の人間が入ってきた。誰も彼もが目を冷たく光らせ、実験動物を扱える歓喜に打ち震えている。

 

「実験の時間だ、立て」

「……暇人どもめ」

 

 健気な少年一人を使い潰すほどの時間があるなら世のため人のためになることをすれば良いものを。

 本来の歴史で四葉真夜を壊し、彼女からあらゆる幸福を奪った屑どもめ。

 

 早くしろ、と言わんばかりに背を押され舌打ちを溢す。

 

 やがて研究室のような場所に通され、そこにある台に横にさせられると四肢を拘束された。ご丁寧に口も塞がれる。

 

「──これより、魔法師人体実験を始める」

 

 冷たい声が室内に響く。

 

 

 

 ──司波龍郎が崑崙方院に拉致されてから三日目の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年少女魔法師(マギクラフトチルドレン)交流会?」

 

 お呼ばれした七草家の邸宅でクッキーを摘んだ龍郎は弘一からの提案に目を細めた。

 

「ああ。国際魔法協会のアジア支部が主催するパーティーでね。未来有望な魔法師たちのより良い発展を願ってパーティーを催すんだそうだ」

「戦争真っ只中のくせに良くやるよ……」

「もしかしたらこれを期に同盟を結ぼうって魂胆なのかもしれないな」

 

 肩を竦めた龍郎はクッキーを齧り窓の外に視線を向ける。

 

(いよいよか……)

 

 この交流会で四葉真夜が崑崙方院に拉致され、語るも悍ましい人体実験の果てに生殖機能を喪失、世界を憎むようになる。

 

 悲劇を回避することは出来るのだろうか……いや、やらねばならない。未来を知る者の一人として──何より四葉家の人達と関わり、彼らの幸福を願うがゆえに。

 

「四葉の婿殿には是非とも、と招待が来てる」

「……行こう」

「わあ珍しい」

 

 弘一の口から思わず素直な感想が溢れた。

 龍郎ならこの提案は渋るだろうと長年の付き合いで踏んでいたのだが……明日はきっと隕石でも降ってくるだろう。

 

「日程は?」

「四月の中頃……より詳しく言えば再来週だ」

「正装か?」

「それはもちろん」

 

 「礼服に関しては四葉家の方で用意するそうだ」と弘一が微笑めば龍郎は一つ頷いて手元の紅茶を飲み干した。

 

「弘一、真夜の側を離れるなよ」

「そういう君こそ深夜を独りにしないように」

「分かってるよ」

 

 お互いに軽口を叩く。

 相手が次期七草家の当主筆頭だとしても畏まらない彼にこそ、弘一はきっと救われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 息を吐く。十二歳ながら黒の礼服を着こなすその様は端から見ればとても大人びているのだろうが、本人的には社畜時代を思い出して遠い目になるのだ。

 それに交流会自体も龍郎の気疲れを加速させていた。

 

 どこで異変が起こるのか分からず、真夜と弘一を注意深く観察しながら周りの人達とも交流せねばならない。

 

 未来を知るが故の苦悩に龍郎は直面していた。

 

「龍郎さん」

「……深夜?」

「ええ、疲れているようだったから飲み物を持ってきたわ」

「ありがとう、助かる」

 

 グラスに注がれたノンアルコールのそれを受け取り、喉を潤す。何分、龍郎は『四葉家の令嬢が婿に選んだ少年』なので事情を詳しく知らない者たちから好奇の視線と共に会話を試みられていたので喉が渇いていたのだ。

 

 そして龍郎はグラスをくゆらせながら周囲を軽く見渡し、自身の横に張り付くように身体を滑らせた婚約者に苦笑した。

 

「……素直だな」

「あれから二年経ったもの」

「それもそうか」

 

 確かにそれだけの年月は経っている。お互いのことを良く知り、仲を深めるのには充分な時間と言えるだろう。

 

「深夜は疲れてないか?」

「う〜ん……それなり、かしら。なにせよく話しかけられるものだから」

「いつにも増して綺麗だものな」

「……もうっ」

 

 深夜がそっぽを向くがその耳は紅く染まっており、龍郎はクスクスと笑った。

 

 とはいえ、今日の彼女がいつにも増して綺麗だというのは龍郎にとっての偽らざる本音であった。

 普段は降ろされている艷やかな黒髪は品よくポニーテールで纏められ、雪のように白い肌で構成された整った顔には控えめな化粧が施されてそれがより美しさを引き立てている。

 

 ドレスは藍色の落ち着いた色合いで胸元にはルビーのペンダントを下げている……目の色と同じものだと龍郎は察して薄く微笑んだ。

 

 交流会の会場は、香港近郊に存在する巨大複合施設の最上階を丸ごと使用していた。

 

 夜景を一望できるガラス張りのホールに天井から人々を照らす豪奢なシャンデリア。弦楽器による静かな演奏。

 そして各国の若き魔法師たち……実に煌びやかな空間だった。

 

 ──だが龍郎は知っている。

 

 この場には“獣”が紛れ込んでいることを。

 

(崑崙方院……)

 

 アジア圏でも特に危険視される魔法師研究機関。

 

 表向きは単なる魔法師を研究する団体。だが実態は人体実験すら辞さない狂気の集団だ。

 そして本来の歴史では、この交流会を利用して四葉真夜を拉致する。

 

 龍郎はグラスを傾けながら、さりげなく周囲を観察する。年若い少年少女らは和やかに談笑し、誰も彼も気を緩ませている。

 

 しかしその裏側で、恐ろしい蜘蛛の巣が張っているのだ。

 

「……胃が痛い」

「またそんな顔してる」

 

 隣で深夜が呆れたように言う。

 

「だって怖いだろうこの空間」

「貴方、戦闘訓練だと平然としてるのにこういう場は本当に苦手よね」

「方向性の違う地獄なんだよ」

 

 命の危険より社交界の方が嫌かもしれない、と龍郎は本気で思っていた。そんな彼を見て深夜が小さく笑う。

 

 何やら可愛いものを見る目だった。龍郎の額を嫌な汗が伝う。

 

「でも安心したわ」

「ん?」

「いつもの龍郎さんだったから」

 

 龍郎は少し目を瞬く。

 

「……緊張してる俺を見て安心するのか?」

「ええ」

「なんだそれ」

 

 深夜は悪戯っぽく微笑む。

 

「変に格好付けてるより、そっちの方が私は好きよ」

「おっと?」

 

 龍郎がニヤリと笑うと、深夜は「あ」と声を漏らした。

 言ってから気付いたらしい。顔が一瞬で赤くなる。

 

「ち、違……今のは……!」

「へぇ、“好き”」

「龍郎さん!!」

 

 羞恥で真っ赤になる婚約者を見て、龍郎は思わず吹き出した。

 

(だからこそ)

 

 守らなければならない。この笑顔を、この未来を。

 その時だった。

 

 ゾワリ、と龍郎の背筋を悪寒が走った。

 

「……っ」

 

 反射的に視線を巡らせる。

 

 そして見つけた。

 ホールの端に立つ白い礼服にシルクハットを被った男がこちらを見ている。

 年齢は三十前後。顔は穏やかで微笑みを浮かべているというのに目だけが冷たい。そして何より──

 

(完全に『殺し慣れてる』って目をしてるな)

 

 龍郎の直感が警鐘を鳴らす。

 四葉家の人達にこの二年間みっちり扱かれ叩き潰され訓練されたが故に、龍郎は穏やかでない気配というものに敏感になっていた。

 

「龍郎さん?」

「……深夜」

 

 龍郎は声を潜めた。

 

「真夜と弘一、どこだ?」

「え?」

 

 深夜が不思議そうに視線を巡らせる。

 少し離れたテラス付近で真夜と弘一が談笑しているのが見えた。

 だがその周囲で何人かの人間が微妙に位置取っている。

 

 偶然を装いながら自然に逃げ道を塞ぐように。

 

「……っ」

 

 龍郎の顔色が変わった。

 

「深夜、ここを動くな」

「え?」

「絶対だ」

 

 それだけ言い残し、龍郎は歩き出す。

 

 深夜が慌ててその腕を掴んだ。

 

「ちょ、ちょっと待って! どうしたの!?」

「……まずいことになるかもしれない」

「……何が?」

 

 龍郎は答えなかった。

 

 その代わりに視線だけで真夜たちのいる方を示す。

 

 深夜の表情が変わった。

 

「まさか……」

「弘一がいるから即座には攫われない。けど時間の問題だ」

 

 その瞬間だった。

 

 会場の照明が、一瞬だけ不自然に明滅した。

 ピシリ、と空間に魔法式の気配が走る。

 

 龍郎の目が驚愕に見開かれた。

 

(結界魔法だと!?)

 

 会場全体を覆うように、強力な妨害式が展開されていく。

 

 通信阻害、感知阻害、外部遮断。

 

 完全に“狩場”を作るための術式だった。

 

「っ、深夜!!」

 

 龍郎が彼女を抱き寄せた次の瞬間、凄まじい爆音と共にホールの一角が吹き飛んだ。

 

 悲鳴と怒号が響き、魔法の奔流が吹き荒れた。

 一瞬にして華やかな会場が戦場へと様変わりする。

 

「諸君、動かないように」

 

 冷たい声が響く。先程の白服の男だった。

 その背後には武装した魔法師たち。

 

 ──崑崙方院。

 

 龍郎の知る“悪夢”そのもの。

 

「行け」

 

 男の視線が真っ直ぐに真夜へ向いた。

 

(させるか)

 

 龍郎の中で、何かが切り替わる。

 次の瞬間、彼の身体から膨大なサイオンが噴き上がった。

 

 武装した魔法師達が目を見開くのが分かる。彼らの武器には強固な硬化魔法が組み込まれている……しかしそれに構っているほど龍郎は悠長では無い。

 

 銃型のCADを取り出し、そこから魔法師たちの武器目掛けて圧縮したサイオンの塊をぶつけた。

 

 パリン、という音と共に武器に施されていた硬化魔法が砕け散る。驚愕する一人の腹に移動魔法を利用して即座に踏み込み、膝蹴りを喰らわせた。

 

術式解体(グラム・デモリッション)!?」

「なんであんなガキが使える!?」

 

 驚愕する武装魔法師たちを他所に、幾人かの年若い魔法師たちもそれぞれの魔法をぶつけて抵抗を始めた。

 

 龍郎は即座にもう一人の顎に掌底を打ち込むとこちらに飛び込むようにしてやってきた弘一、深夜、真夜とそれぞれ背中合わせになり武装魔法師たちを見回す。

 

「三人とも無事か?」

「なんとか。兎にも角にもここにいたら危険だ……連中は?」

「武装はそれなり、練度も高い……けど彼ら(四葉の戦闘魔法師)に比べたらなんてことない」

「そんな感想が出るのは君くらい……っと」

 

 襲い掛かってきた一人を弘一が迎撃する。瞬間、空間が轟音と共に爆ぜた。

 

 

 ──スパーク

 

 

 最も基礎的な放出系統の魔法。しかし弘一の使うそれはもはや落雷と言っていい程の轟雷を持って襲撃者たちを一掃した。

 

(軽い言葉で放たれていい威力じゃないだろ……)

 

 それだけ怒っているということか。何にせよさすが十師族、殺意が高いこと。見れば深夜と真夜も『精神構造干渉』と『流星群』で以て襲撃者たちをシバいていた。容赦がない、怖い。

 

 

 

 

「──いや、いや。流石は十師族。予想していた以上に優秀だ」

 

 そんな場違いなほど明るい声が壇上から聞こえてきた。視線を上げれば先程の白服の男がパチ、パチ、とやる気のない拍手をしながらこちらに降りてくるところだった。その周りにはパーティーに参加していた年若い魔法師たちが倒れていた。

 

 死んだ、という訳ではない。気絶させられているだけだろう。とりあえずそう結論付けた龍郎は銃口を白服の男へと向けた。

 

「怖い怖い。そう怒らないでくれよ司波龍郎くん?」

 

 ケラケラと笑いながら男は龍郎に友好的な笑みを見せる……が、目が笑っていないので龍郎は銃口を下ろさなかった。

 肩を竦めた男は倒れた武装魔法師たちを冷ややかに一瞥した後、温度を感じさせない紫の瞳を深夜と真夜に向け、そしてまた龍郎と弘一に戻した。

 

少年少女魔法師(マギクラフトチルドレン)交流会……実に良い催しだ。魔法師の卵たちをとても身近に評価出来る場……実に我々向けだ」

「……『我々』?」

 

 その一言に深夜が首を傾げる。その様子に「おっと失敬。自己紹介をしていなかったか」と態とらしくそう言った男は胸ポケットから名刺を取り出すと龍郎に向けて飛ばす。

 それを銃を握っていない左手でキャッチした龍郎は軽く目を通して背に庇うようにしていた深夜と真夜に渡した。

 

「『崑崙法院』……やっぱりか」

「おや。こちらのことを知っているみたいだな?」

「“魔法師達により良い未来を”だったか? この時代にらしくないキャッチフレーズだなと思っただけだ」

「まあ、その崑崙法院がこうして襲撃を仕掛けてきた以上、その御大層な名目も意味が無くなったみたいだが」

 

 弘一が冷ややかにそう告げる。もはや誰も、崑崙法院がただの研究機関だとは見ていない。

 それでも男は「最近の若いのは感心だ」と拍手をするとシルクハットを胸に当てて一礼した。

 

「なら、改めて自己紹介させてもらおう。崑崙法院、戦術立案科の幽寂だ。よろしく頼む」

「宜しくする気はさらさら無いな」

「冷たいなぁ、フレンドリーに行こうじゃないか」

 

 大仰に手を広げてそう語る男──幽寂に龍郎は薄ら寒いものを覚えた。危険だと龍郎の本能が警鐘を鳴らす。奴のペースに乗せられるな、今の内に殺せと叫んでいる。

 

「オレとしては上の命令で四葉の令嬢を拉致してこいと言われたから来ただけなんだが──」

 

 幽寂の昏い紫眼が龍郎と弘一の背後にいる深夜と真夜に向けられ、その視線から庇うように龍郎と弘一がそれぞれのCADで魔法を起こす。

 

「まずはお前たちと遊んだ方が良さそうだ」

 

 そう言って幽寂が指を鳴らすと先ほどまで気絶していた年若い魔法師たちや崑崙法院の武装魔法師達が一斉に起き上がる。その数、合計で五十名。

 誰もその目に生気を宿してはいない。

 

「……洗脳?」

「みたいだな、しかもこれだけの数を一瞬で……アイツ、相当な魔法師だぞ」

 

 武装魔法師たちは良いとしても同じパーティーの参加者達を殺すという選択肢は龍郎たちの中には無い。外に行って助けを呼ぼうにも結界が邪魔をするし、大人たちは生憎この付近には居ない……居たとしてもそれは近くで待機している護衛くらいだろうが、崑崙法院の態度からするにやられているだろう。

 

 即ち、今の龍郎たちは孤立無援に等しかった。

 

 

 

 

 

「さあ、精々足掻いてみろ少年少女。魔法師の未来とやらでオレを愉しませてくれよ?」

 

 幽寂の声と共に洗脳された魔法師達が一斉に龍郎達へと襲い掛かった。




崑崙法院がどうやって原作で真夜を拉致したか分かんないのでそれっぽいことはこちらの好きに書きます

拙いけど許してね!
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