服部が工藤新一の宛名で受け取ったという手紙。人魚に殺されると書かれていた不審な手紙の真相を探るために俺たちは服部たちと共に福井県若狭湾沖に浮かぶ小島、美國島にやってきていた。
手紙の差出人門脇沙織さんが服部の電話にくぐもった声を残した後に失踪しているらしく、彼女の足取りを追っているうちに儒艮の矢にまつわる不老不死の伝説の話も関係しているらしい。
「あまりに怯えすぎていて本土で占い師さんに視てもらったくらいで⋯⋯人魚の影が濃くてよく視えないなんて言われててお金返されていたけど」
神社の巫女で沙織さんの友人の島袋君恵さんは4日前に沙織さんの歯の治療で一緒に本土に渡ったようだった。その時の様子を話してくれたが当の沙織さんは儒艮の矢を紛失したことによりひどく怯えていたらしい。
なにやら矢を粗末に扱ったり紛失したりすると呪われるらしい。科学的にあり得ないが沙織さんの幼馴染の海老原寿美さんや黒江奈緒子さんなんかはその呪いを信じているようであった。
情報収集の中で感じたのは島民はあまり沙織さんの事を深刻に考えている様子が無いこと。そして人魚伝説への強い信仰を持つ島民がいるという事であった。それ以外大きな収穫は得られないまま迎えた儒艮祭り、服部の連れの和葉が矢に当たったのと、先程人魚伝説に強い信仰を見せていた寿美さんが当たったようなそぶりを見せていた。
そして儒艮の矢の贈呈式で事件は起こった。矢の当選者の寿美さんが滝の中で吊るされて死んでいたのである。俺達はここから沙織さんの失踪事件の他に寿美さんの殺人事件も追っていくことになった。
翌日行われた寿美さんの通夜でもう一つの事件が起きてしまった。会場の外の浜辺に網に絡まれた姿で、首を絞められていた奈緒子さんが発見されたのだ。奈緒子さんの遺体に魚の鱗がついていたり足跡が海に向かっていたりと人魚伝説を想起させる現場であった。
そしてそんな現場に俺の予想もしなかった人物が現れた。黒い喪服とベールに身を包んでいるがベールの下の場にそぐわない派手な金髪は弔問の場所かつ田舎の島では浮いていた。なぜこんなところにいるんだと困惑が支配した。
「明日谷リンネ⋯⋯」
「なんや工藤、あの姉ちゃんと知り合いなんか?」
「ああ、占い師を名乗る女で俺の正体に気づいてるかもしれない⋯⋯いや、俺のこの状態を予言した女だ」
「はあ⁉そないなけったいな事⋯⋯」
俺達が二人でこそこそと話していれば件の明日谷リンネは俺達の姿を見つければ近づいてくる。奇遇ね、コナン君と寄ってくる彼女の表情は読めない。キャンプのような得意げな顔ではない。どこか憂いと影を帯びているような表情のように感じた。
「リンネさんは観光に来たの」
「ええ、不老長寿って気になるじゃない⋯⋯そんなモノを欲しがる人の顔が見たくてね」
そういう彼女の顔は言葉の内容の割に嘲笑めいたものは感じさせなかった。それが自分がこれまで抱いていた明日谷リンネのイメージと違い不思議に思ってしまった。彼女は奈緒子さんの死体をじっと見つめていた。
「姉ちゃん奈緒子さんの知り合いなんか?」
「いいえ、初対面よ。彼女の事は知らないわ」
彼女の言葉から嘘は感じなかったがその姿は観光先の現地の人が死んで死体に出くわしたという状況とはあまりに違うように感じられ、その姿はとても奇妙に映った。そしてその奇妙な姿を俺はその日のうちにもう一度見ることになった。
儒艮の矢の当選者の名前を管理する名簿を見せてもらうために神社に移動した先、君江さんが蔵の方も見に行ってみると言ったあと、何故か火事になっていた燃え盛る蔵の前で、火事で騒ぎになる中同じように憂いをおびた表情でジッと燃える蔵を見つめていた。
「リンネさん、リンネさんは事件の事何か知っているの」
「⋯⋯知らないわ。私が知っているのは本土で門脇さんと島袋さんが私の占いに来たっていう事だけ。門脇さんがひどく怯えていた様子を島袋さんが必死になだめている姿だけよ」
喪服姿のまま私はコナン君達が出ていった後の命様の寝室に向かう。部屋に入れば横たわる命様の姿があった。
「何用じゃ、そなたも不老長寿が望みか」
「⋯⋯呪いなんて一つで間に合っているわ。島袋さん」
私がそういうと命様、島袋さんは驚いたような表情を見せる。そして布団の中で静かに拘束具を外そうとする。彼女は秘密を守ろうとしているのだろう。
「⋯⋯私のなりで説得力はないかもしれないけど言わないわよ。ここに来たのは⋯⋯懺悔、かしらね。独り言を言いに来たの。貴女は命様として聞いてくれればいいわ」
彼女の手は止まらない。パチパチと拘束具を外す音が静かな空間に響いていた。
「私の呪いは未来が視える事なの。制約もいろいろあるし変わることもあるけれど細かいことは省くわ」
「私はあの日貴女と門脇さんの未来を視たわ。だからあの時点で貴方が門脇さんを手にかけることは知っていたの」
拘束具を外す音が止む。
私の身体は老婆の顔に押し倒されている。私はたぶん残酷な事をしている。この事は秘していた方が間違いなく良かっただろう。門脇さん達を救う事も、島袋さんを止める事だってできたのである。島袋さん自身が止めて欲しいなどというはずもない。もとは存在しなかった運命の小窓を見せびらかしている。
趣味が悪いなどというレベルの話ではない。多分八つ当たりだ。誰も幸せにならない、不幸の押し付けおすそ分け。
老婆の顔を下からじっと見る。24時間拘束具で四肢を縛り老婆として生活する。それをこのまま幾年も終わりの見えない中、閉塞した島で。
下手な獄中生活以上に凄惨な予後であろう。しかしその生涯は自身の務めとして島袋さんは勤め上げるだろう。まるで呪いのように。人を呪わば穴二つとはよく言ったものである。
「覚悟というより呪いかしら。貴女にその呪いをかけたのは門脇さん?いやあなた自身かしら」
老婆の顔が強張る。悪戯に心をかき乱す私に対する怒りだろうか。
「何が言いたいとでも言いたげね。安心して意味も答えもない八つ当たりなのだから。」
「私はどの選択をするべきだったのかしら。どの面を彼女たちに向ければよかったのかしら。教えてくださる?命様」
八つ当たりの何が悪い
彼女は答えられない。私もこれ以上余計なことは言わない。マウントを取られた状態で奇妙な沈黙と視線の交錯が数分続く。かける言葉が互いになかった。
救えない女が二人、足を引きあっているだけだった。
事件の捜査で沙織さんの家にやってきていた俺は沙織さんの家で保険証が無い事に気が付いていた。通帳やキャッシュカードはまとめられており家出セットを用意するような周到な人が持ってないとは考えにくい。
そんな折に服部から連絡がかかってくる。サンダルについた矢を踏んだ跡。それで犯人が幼馴染の禄郎さんと沙織さんの父の弁蔵さんに絞れたという報告であった。そんな服部に俺は自分の推理を聞かせた。
「アホ!!そんなわけあるかい!!オレは信じひんぞ!!」
「服部⋯⋯不可能な物を除外していって残った物がたとえどんなに信じられなくてもそれが真相なんだ」
電話を切った後に今一度考える。
⋯⋯そう、不可能な物を除外していく。服部はリンネさんと初対面であった。だとすれば服部が白乾児を持って来た事にリンネさんは関与していない。例えリンネさんが白乾児で解毒が発生すると知っていたとしてあの時の工藤新一に戻った件に関与しようが無いのである。
だったら蘭に言った予言。あれは本物なのか。そんなことはあり得るのか?