読んで下さっている皆様、飽きもせずお目通し下さってありがとうございました。
再開の際、また読んで下されば嬉しく思います。
今日のところは鬼鮫と則子の他愛なくも面倒くさいやり取りを箸休め?に。
来月からまた、よろしくお願い致します。
「則子さん。農業支援とか何考えてるんですかあなたは。そもそもあなた書店員だって言ってませんでしたか?」
「そうです。私は書店員です。よく覚えてましたねえ。でも書店員が農業支援始めたからって何考えてるんだとか言われることないでしょう?駄目なんですか?そういうルート」
「駄目とは言ってませんよ。ただ飛躍したなと…」
「本屋には沢山の知識がひしめき合ってるんですよ。興味さえ向けば大概の知識の扉を開いてくれるのが本屋なのです。知恵の泉、考える葦、オープンセサミ」
「…まああなた自身が飛躍ばかりの人間ですからね。別に不思議じゃないんでしょう」
「そもそも私が農業に興味を持っていると言うのはそこまで不自然なことではないですよ。祖父母は植物好きですし、よだかの星ですし?」
「よだかの星…。あの絵本が農業に関係ありますかね?そういう記述は見受けませんでしたが?」
「よだかの星でなめとこ山の熊の人は農学校の教員で農業従事者でもありました。だから私はその流れでちょっとだけ農業の知識もあるんです。よだかの人が大好きだから」
「ほう。地に足の着いた著者なんですねえ。それにしては随分幻想的と言うか、理想家肌というか」
「地に足が着いていようがいまいが、ロマンチストはロマンチストですよ」
「そういう著者がお好きですか」
「いいえ。私はロマンチストな著者が好きなのではなく、ロマンチストと誤認されるくらい甘ったれで狡くてズレていて一生懸命な著者が好きなのです」
「…ややこしい上に辛辣…あなたに好かれるのは苦労が多そうだ」
「そう?良いところも悪いところもその人のものだと思えた方が、より好きなんだなって実感出来ない?」
「…皆が皆そうであればいいんでしょうがね」
「そうかな。皆違って皆いい。正解はない方が面白い」
「皆違って皆いい?」
「人それぞれを認めあうのは豊かなことじゃないですか?彼我の隔ては世界の広がりです。理解しようとする姿勢も理解出来ずに途方にくれる経験も須らく己を耕す実績に繋がります」
「あなたは概念的な話し方を飛躍しながら展開するから対話し辛い。自覚してますか?」
「してるからあまり話さないようにしてきたって言ったじゃないですか」
「自覚はあるのに直らない?」
「ひとそれぞれに私が含まれて悪いことでも?」
「面倒な人ですねえ」
「人のこと言えないと思いますよ、干柿さん」
「私が面倒だとしてもあなたよりはマシだと思いますがね」
「どっちがマシかは知りませんが、私は面倒なのは嫌いじゃない。好きです」
「面倒が好きですか」
「不自由と一緒です」
大事なものがあって不自由になるのであればそれも悪くない。そのせいでしんどい思いをしても、それはむしろ誇らしいこと。
「つくづく面倒な人ですねえ、あなたは」
面倒な女の面倒な右手から、三つ掛けを外して素手を握る。
「…ですが、嫌いじゃありませんよ、私も」
「そう?それは良かった」
手を握り返して則子が笑った。
眉根を寄せながら眉尻が下げる困ったような不思議な笑い顔。こういう笑い方をする女。
口角を上げて、多分自分も同じく困り顔で笑いながら、握った手を手繰って則子を引き寄せる。
「どうやら好きなようですらある」
「ほらやっぱり干柿さんも面倒な人じゃないですか。お互い様ですねえ。話し易くて嬉しいですよ」
「…そういうズレたところも意外に嫌いではない…」
「どこかズレましたか?」
「情緒的にズレてるんですよ、あなたはいつも」
そう言って放した手に残る温もりと感触。
「まあそれも悪くない。分かり易すぎるばかりのものは私もあまり好きじゃありませんからね」
繋いで放した手が心許なくてもまた繋ぎ直せばいいことを知った。
何度放しても何度でも繋ぎ直す。何度放されても、必ず繋ぎ直す。
そうして生きていくことが出来ることに気付いた。
気付いたからにはもう奪われることはない。
そう信じたい。
皆様、お身体を大切に健やかな夏をお過ごし下さい。
暑中お見舞申し上げまして、また来月!
ありがとうございました。