霞む世界の先に見えるもの   作:雪白

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崩壊編-2

 

まだ日も昇り切らない夜明け前。

 

秋家の軒先では、いつになく騒がしい声が響いていた。

 

 

「……おーい、霞?動けないんだが……」

 

「わたしも行く…っ!」

 

「……いや、無理だからな。お前には歩けない」

 

「いやっ!!行ーくーの!」

 

「……」

 

 

秋嵐の右足にしがみついたまま、秋霞は絶対に離れようとしない。

 

本日何度目かわからないやりとりと、一向に足から離れない妹に秋嵐は遠い目をしたのだった……。

 

 

 

今日は秋嵐が定期的に麓の街に降りる日。

 

…だが、普段であれば「いってらっしゃい」と笑顔で見送ってくれるはずの秋霞が、今日に限ってひどく駄々をこねていた。

 

 

「やだ! わたしも行く! にいさまといっしょに行くの!」

 

「こら。わがままを言わないの。兄様は大事なお仕事があるんだから」

 

 

才も困った表情で窘めるが、秋霞は「いや!」と激しく首を振り、ポロポロと大粒の涙をこぼす。

 

 

「にいさまと、いっしょがいいの……」

 

そう言ってしゃくり上げる秋霞。

 

ただの我儘ではなさそうな様子に両親と秋嵐は顔を見合わせる。

 

 

「……どうした?お腹痛いのか?」

 

秋嵐は荷物をおろすと、妹の目線に合わせて身を屈める。

 

 

「ち、ちがうの……。にいさま、いっちゃや……」

 

「!」

 

(……こいつ、もしかして……)

 

 

ぎゅうと秋嵐にしがみつく秋霞。

 

その体は震えており、瞳には怯えと不安の色が浮かんでいた。

 

 

(霞は怖いんだ……)

 

ここ最近、父や村の大人達が毎日のように顔を突き合わせて、眉間に皺を寄せて戦況について話していた。

 

男達だけではない。村の皆がいよいよ迫りつつある戦の空気に殺気立っていた。

 

幼い秋霞には戦の話など分かる筈もない。

 

普段は穏やかな村の大人達が皆苛立っている。

 

……それがどれだけ彼女にとって恐ろしく、心細いものであったか。

 

秋嵐は拳を握る。

 

 

「……ごめんな。怖かったよな」

 

秋嵐は秋霞の背中に腕を回し、ポンポンと撫でる。

 

 

「大丈夫だ。父様も母様も皆、難しい話をしてただけだ。誰も怒ってないし、怖いことなんて起きない」

 

「……ほんとう……?」

 

「ああ。本当だ。俺が一番強いんだから、何が来ても俺が全部追い払ってやる」

 

 

秋嵐は霞の涙をそっと拭った。

 

 

「そうだ。明日の夜までには帰るようにするから、そしたら明後日は一日一緒に遊ぼう。霞は何がしたい?」

 

「……わたし、おにんぎょうあそびしたい」

 

「ぶっ……。お前、昨日も一昨日もやったじゃないか!」

 

 

秋霞はむぅ…と頬を膨らませる。

 

 

「だって、にいさまがやるお人形さん、ヘンテコでおもしろいんだもん」

 

「……わかった。約束だ。帰ったら人形遊びをいっぱいしよう。…だから、父様と母様の言うことを聞いて、いい子で待ってるんだ」

 

「…うん!」

 

 

秋霞はゴシゴシと目元を拭き、力強く頷く。

 

二人を見守っていた両親も顔を綻ばせる。

 

 

「よし。じゃあ、俺は行くぞ」

 

「うん!にいさま、いってらっしゃい!」

 

「ああ。行ってきます!」

 

 

秋嵐は手を振り、朝焼けの中を駆け出す。

 

その後ろで秋霞は兄の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた……。

 

 

 

 

秋嵐はいつものように険しい山道を駆け下り、麓の街へ向かう。

 

だが、街が近づくにつれて様子がおかしいことに気がつく。

 

街道は阿鼻叫喚の嵐であり、荷車や家財道具を持った大量の人々でごった返していた。

 

 

(一体、何が起きているんだ……!?)

 

群衆を掻き分け、何とか城門まで辿りついた秋嵐。

 

だが、城門は重い音を立てて、今まさに閉められようとしていた。

 

 

「おじさん!」

 

「坊主!?何だってこんな時に来やがった!」

 

 

いつもの飄々とした様子とは打って変わり、衛士の顔は青ざめ、額には脂汗が浮かんでいた。

 

 

「一体何があったんだよ!?何なんだよ、この人達は… !」

 

「蒙驁将軍が河外で破られたそうだ!合従軍の奴らがもうすぐそこまで迫ってんだよ!」

 

「何だって!?」

 

 

秋嵐の顔から血の気が引く。

 

もし河外が破られて、合従軍が向かうとしたら………

 

 

(敵は函谷関に向かっている!?……だとしたら、俺達の村は……)

 

 

秋嵐達の村は函谷関の東の山中に位置する。

 

敵の軍勢はまさに村がある一帯の横を通り抜けていくことになる。

 

 

「いいから早く入れ!今なら間に合う!」

 

 

衛士は秋嵐の腕を掴み、城門の隙間へ押し込もうとする。

 

 

「放せ…!まだ、村に家族がいるんだ…!早く知らせなきゃ、皆が危ない!」

 

 

秋嵐は衛士の腕を振り解き、踵を返す。

 

 

「ッ坊主!!薬屋から預ってた!親父さんの薬だ!」

 

「!」

 

「妙な連中見たら絶対逃げるんだぞ!」

 

 

衛士は閉まりかけの門の隙間から小さな包みを投げる。

 

それは孤を描き、秋嵐の手に収まった。

 

 

(おじさん、お爺さん…。ありがとう……)

 

手の中の薬の包みを強く握りしめる。

 

そこには、自分たちを最後まで気にかけてくれた人々の確かな温かさがあった。

 

 

だが、感傷に浸っている暇はない。

 

大軍がこの地を蹂躙すれば、その余波は確実に麓から山へと燃え広がる。

 

 

(俺が知らせなきゃ。俺が、家族を……皆を守るんだ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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